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    2026.04.22
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    カリウムイオンがイオンチャネルのスイッチに!―細胞外カリウムイオンを感知して開閉するチャネル分子の発見―

    概要カリウムはあらゆる細胞・生命にとって不可欠なミネラルです。例えば動物において、カリウムイオン(K⁺)は、神経や心臓の拍動を支え、その濃度異常が、てんかんや不整脈を引き起こします。これらのはたらきは、K⁺がイオンチャネル(注1)を“通って”細胞内外を移動するためであることが広く知られていましたが、イオンチャネルの働きを切り替える“スイッチ”として機能する仕組みは知られていませんでした。今回、生理学研究所の下村拓史助教(研究当時)(現:広島大学大学院医系科学研究科)、久保義弘教授、名古屋市立大学大学院薬学研究科の鈴木力憲講師、東京都医学総合研究所の齋藤実プロジェクトリーダーらのグループは、動物においてはじめて、細胞外のK⁺を“スイッチ”として直接感知するチャネル分子を発見しました。本研究結果は、Nature Communications誌(2026年4月22日18時解禁)に掲載されました。   背景カリウムは細胞からなるすべての生命に必須のミネラルです。ヒトを含む動物では、体液中(細胞外)のカリウムイオン(K⁺)濃度の異常はてんかんや不整脈につながるため、その濃度は厳密に制御されています。K⁺の濃度は、細胞膜に存在するイオンチャネルなどの膜タンパク質(注2)を介した、K⁺の細胞内外への移動(透過)を通じて調整されています(図1左)。   【図1】Alkaは細胞外のK⁺を“スイッチ”として結合する (左)これまで、K⁺の恒常性に関わる膜タンパク質は、K⁺自体を細胞膜を超えて透過させる機能を持つことが知られていました。(右)今回、塩化物イオン(Cl̠⁻)チャネルであるAlkaは、細胞外のK⁺を結合する領域を持ち、その結合に応じて、K⁺とは異なる出力であるCl⁻の細胞膜透過を制御することが明らかになりました。   イオンチャネルが開閉し、イオンを通すかどうかを決める“スイッチ”には様々なものがありますが、重要な“スイッチ”の一つが、特定の分子(リガンド)がチャネルに結合することです。この結合が“スイッチ”となりチャネル開閉の変化を引き起こし、電流の変化などを生み出します。 これまで、K⁺は、単にイオンチャネルを透過する対象であるだけで、チャネルにとって“スイッチ”としての役割は無いと考えられており、実際、動物や植物において、K⁺がスイッチとして働く明確なものは、イオンチャネルのみならず膜タンパク質一般で今まで見つかっていませんでした。   本研究による発見本研究において、ショウジョウバエの脳に存在するAlkaと呼ばれるイオンチャネルが、細胞外K⁺をスイッチとして認識する受容体であることを発見しました(図1右)。   研究内容研究グループは、まずAlkaを発現させた細胞の電気活動を記録し、同時に細胞外のK⁺濃度を変化させたところ、K⁺濃度によってチャネル電流が変化することを明らかにしました(図2)。この結果は、細胞外K⁺がリガンドとしてAlkaに結合し、Alkaの開閉を変化させ、電流の変化を引き起こしたことを示唆しています。   【図2】細胞外K⁺によるAlkaチャネル電流の変化   細胞外K⁺濃度を上昇させると、Alkaを流れる電流量は減少しました(A)。これは、K⁺が結合すると、Cl⁻電流が流れなくなるような状態にAlkaチャネルの状態が変化することを示しています(B)。   そこで次に、Alkaのどの部分に、細胞外K⁺が結合するのかを検討するため、近年急速に発展した生成AI技術を用いたタンパク質立体構造予測プログラム(注3)と電気生理学的解析を組み合わせて調べました。その結果、AlkaのK⁺結合領域は、K⁺が水溶液中で安定的に存在している状態と極めて似た環境を原子レベルで作りだすことで、K⁺を結合できるようにしていることがわかりました(図3)。これは、2003年のノーベル化学賞受賞理由ともなったK⁺チャネルのK⁺選択性・透過性のメカニズムとよく類似しています。このように、細胞外K⁺を結合し、異なる出力(チャネル電流)を生じることが明確に確認された膜タンパク質は、動物も含め真核生物では初めての例です。   【図3】AlkaがK⁺を認識する原子レベルでのメカニズム   (A) Alkaの予測立体構造モデル。Alkaに相当する部分はリボンで、結合したK⁺は紫色の球であらわしています。 (B) Alka予測構造におけるK⁺結合領域と、他の環境でのK⁺との比較。赤い棒は酸素原子。K⁺は水溶液中では水分子に包まれ、エネルギー的に安定な距離・配置で酸素原子と結合します(右下)。AlkaとK⁺チャネルは、この水溶液中の環境を再現するような立体構造を持つことで、K⁺を結合できるようにしていることが明らかになりました。   では、ヒトの体の中でもK⁺が同様の働きをする可能性はあるのでしょうか?この疑問に答えるため、さらに研究グループは、ヒトの脳に存在し、Alkaとよく似たイオンチャネルであるグリシン受容体が、細胞外K⁺により制御されるかどうかを調べました。一般的なタイプのグリシン受容体はK⁺濃度の変化に影響されることはありませんでしたが、興味深いことに、RNA編集(注4)により性質が変化したタイプでは、K⁺の濃度によってチャネル電流が変化することがわかりました(図4)。このことは、K⁺が“スイッチ”として働くしくみが、ハエから進化的に遠く離れたヒトでもある程度残存していることを示します。 下村講師は「本研究によって、細胞外K⁺濃度を感知する分子メカニズムとして、“透過”タイプだけではなく、“スイッチ”タイプが存在することが明らかになりました。これをきっかけに、新たな細胞外K⁺恒常性メカニズムが発見され、てんかんなど病気との関連や、これらK⁺依存性チャネルを標的とした治療薬の開発などにつながるかもしれません。」と話しています。   【図4】RNA編集型のヒトグリシン受容体はK+による制御を受ける   (左)ヒトの脳内に存在するグリシン受容体は、通常のタイプと、RNA編集を受けたタイプが存在します。(右)通常タイプはK⁺によって影響を受けない一方で、RNA編集を受けたタイプは、細胞外K⁺濃度に応じてCl-電流が変化することが明らかになりました。   ※ 図は一部Biorender.comを利用して作成しました。   用語説明注1)イオンチャネル:細胞膜に存在するタンパク質の一種で、特定のイオンを選択的に通すことができる。これにより、神経や筋肉のはたらきの基盤となる、細胞内外の電気的なバランスが作られる。 注2)膜タンパク質:細胞の内外を区切る膜に埋め込まれて存在するタンパク質。細胞の内外をつなぐ“通路”や“センサー”として働き、物質の出入りや情報のやり取りを担う。 注3)タンパク質立体構造予測プログラム:タンパク質の機能を理解するために重要な立体構造を計算機により予測する手法。近年、機械学習や生成AIの発展により予測精度が大きく向上し、実験結果と遜色のない高精度な予測が可能となった。これが評価され、2024年のノーベル化学賞の受賞理由の一つとなった。 注4)RNA編集:遺伝子DNAをもとに作られたRNAの情報を書き換える細胞の仕組み。これにより、同じ遺伝子から異なる性質をもつタンパク質が作られることがある。   【助成金等の情報】本研究は文部科学省科学研究費補助金、住友財団、豊秋奨学会、上原記念生命科学財団の補助を受けて行われました。   <今回の発見> 動物において、細胞外K⁺で開閉するイオンチャネル分子を初めて発見し、そのK⁺結合メカニズムを解明 ヒトのイオンチャネルでも、同様のメカニズムが残存していることを発見 細胞外K⁺が細胞機能を調節する新しいシグナルとして働く可能性を示唆   <この研究の社会的意義> 体液中のK⁺濃度は極めて厳密な濃度(3-5 mM以内)に制御される必要がありますが、てんかんでは、K⁺濃度が異常なレベルに高くなることがあります。本研究で見いだされたK⁺をスイッチとして認識するタイプのグリシン受容体は、側頭葉てんかん患者の脳では多く存在していることから、こうしたグリシン受容体タイプの変化は、病的なK⁺濃度の変化に対処するメカニズムなのかもしれません(図4)。本研究をもとに、こうした細胞外K⁺に応答する新しいメカニズムや病気との関連が明らかになり、これらを標的とした治療薬の開発につながることも期待されます。   発表論文 掲載誌:Nature Communications. (日本時間2026年4月22日18時解禁) DOI: 10.1038/s41467-026-71629-z 論文タイトル:Extracellular K⁺ modulates the pore conformations of Cys-loop receptor anion channels. 著者名:Takushi Shimomura, Yoshihiro Kubo, Minoru Saitoe & Yoshinori Suzuki*. *:責任著者   報道発表資料(716.97 KB) 研究者ガイドブック(下村 拓史 講師)   【お問い合わせ先】 <研究について> 自然科学研究機構 生理学研究所 神経機能素子研究部門(兼任) 国立大学法人 広島大学 大学院医系科学研究科 生理学及び生物物理学教室 講師下村 拓史(シモムラ タクシ)   <広報に関すること> 自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室 E-mail: pub-adm*nips.ac.jp   広島大学 財務・総務室 総務・広報部 広報グループ E-mail: koho*office.hiroshima-u.ac.jp 名古屋市立大学 総務部広報課 E-mail: ncu_public*sec.nagoya-cu.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください)

    • デジタル/AI
    • 医療/ヘルスケア
    2026.04.20
    • デジタル/AI
    • 医療/ヘルスケア
    日本のB型・C型肝炎の持続感染者(キャリア)数は大幅に減少し、WHO目標をほぼ達成~全国規模の疫学ビッグデータと数理モデルにより、2020年時点の感染状況と2050年までの将来予測を提示~

    本研究成果のポイント 日本では、B型肝炎(HBV)・C型肝炎(HCV)の診断率および治療率が国際的にも高水準であり、WHOが掲げる2030年肝炎排除目標(診断率90%、治療率80%)を概ね達成しており、欧米を含む多くの国で達成が道半ばである中、日本は国際的にも先行している国の一つと考えられます。 日本におけるHBV・HCVの持続感染者(キャリア)数は、2000年の300–366万人から、2020年には110–142万人へと大幅に減少していました。 特に、検査未受検(undiagnosed)のキャリアが大きく減少し、医療機関受療済み(患者およびHCVの治癒)が増加しており、検査・受療体制の進展が反映されていると考えられます。 将来予測では、HBV・HCVともに減少傾向が続き、特にHCVは2050年までに2万人以下となる可能性が示されました。   概要 広島大学の大学院医系科学研究科 疫学・疾病制御学の秋田智之講師、田中純子理事副学長らの研究グループは、日本におけるB型肝炎(HBV)およびC型肝炎(HCV)の感染者数を全国規模で推定するとともに、2050年までの将来予測を行いました。 その結果、日本ではHBV・HCVの診断率および治療率が国際的にも高水準であり、WHOが掲げる肝炎排除目標を概ね達成していることが明らかになりました。 2020年時点の推定では、HBVキャリアは約92–94万人、HCVキャリアは約18–48万人であり、2000年以降大幅に減少していました。特に検査未受検(undiagnosed)のキャリアはHBVで約5万人、HCVで約3万人と推定され、過去の推定と比較して顕著な減少が認められました。 将来予測では、HBV・HCVともに減少が続くと見込まれ、特にHCVでは治療の進展により、2050年までに2万人以下となる可能性が示されました。 本研究では、全国のレセプトデータ(National Database: NDB)や公的統計、疫学データを統合し、状態遷移モデル(Markovモデル)を用いて解析を行いました。   発表論文 掲載誌:Hepatology Research (Q1, IF: 3.4) 論文タイトル: Updated Burden and Long-Term Projections of Chronic Hepatitis B and C in Japan: A Nationwide Markov Modeling Study 著者名: Junko Tanaka 1, Akemi Kurisu 2, Ko Ko 2, Aya Sugiyama 2, Tomoyuki Akita 2*   1. Hiroshima University, Japan 2. Department of Epidemiology, Infectious Disease Control and Prevention, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University, Japan   *Corresponding author, DOI: 10.1111/hepr.70174   背景 B型・C型肝炎は、肝硬変や肝がんの主な原因であり、世界的に重要な公衆衛生課題です。世界保健機関(WHO)は、2030年までにウイルス性肝炎を公衆衛生上の脅威として排除する目標を掲げていますが、多くの国ではその達成は依然として困難とされています。 日本では、B型肝炎母子感染対策、輸血用血液・血液製剤の安全性向上、さらに抗ウイルス治療の進歩により、長年にわたって肝炎対策が推進されてきました。その結果、診断や治療の体制は世界的に見ても高い水準にあります。 しかし、これまでの研究では、最新の全国規模データを用いて感染者数の現状と将来予測を統合的に評価したものは限られており、日本が肝炎排除にどの程度近づいているのかを定量的に示した研究は十分ではありませんでした。   研究成果の内容 本研究では、HBVあるいはHCVの持続感染者(キャリア)を以下の6つの状態に分類し、包括的に評価しました。 ▷検査未受検のキャリア(undiagnosed) ▷検査受検済だが未受診のキャリア (diagnosed but not linked to care) ▷医療機関受診中の患者 (Patients in care) ▷新規感染によるキャリア ▷治癒 (HCVウイルス学的著効例) ▷死亡 その結果、日本では診断率(diagnosis rate)はHBVで約95%、HCVで82–93%、治療率(treatment rate)はHBVで83–84%、HCVで78–100%と推定され、WHOが掲げる肝炎排除目標(診断率90%、治療率80%)を概ね達成していると考えられました。 また、検査未受検(undiagnosed)のキャリアが大幅に減少していることが明らかとなり、検査体制および医療へのアクセスの改善が示唆されました。 将来予測では、HBV・HCVともに持続感染者数の減少が続くと見込まれ、特にHCVでは治療の進展により大幅な減少が予測されました。   今後の展開 日本は肝炎対策において世界的にも先進的な国の一つであり、本研究はその成果を全国規模で定量的に示したものです。 今後は、肝炎排除の達成に向けて、PWID(注射薬物使用者)やMSM(男性間性交渉者)などのハイリスク集団における感染状況の把握と、対策の強化が引き続き重要となります。 また、本研究で用いた解析手法は他国にも応用可能であり、国際的な肝炎対策の評価や政策立案への貢献が期待されます。   【参考資料】日本におけるHCV・HBVのCascade of care(2020年時点) 用語解説(※1)B型肝炎ウイルス(HBV): 血液や体液を介して感染するウイルスで、主に母子感染や性的接触などにより感染します。慢性化すると肝硬変や肝がんの原因となります。日本では主に母子感染や幼少期の感染による慢性化が多いとされています。 (※2)C型肝炎ウイルス(HCV): 主に血液を介して感染するウイルスで、過去には輸血や医療行為を通じた感染が問題となりました。慢性化すると肝硬変や肝がんに進展することがありますが、現在は直接作用型抗ウイルス薬(DAA)により高い確率で治癒が可能です。 (※3)NDB(National Database): 日本全国の医療機関で保険診療として行われた診療情報(レセプト)や特定健診のデータを集約したデータベースです。国が管理しており、全国規模で医療の実態を把握するための研究などに活用されています。 (※4)Markovモデル(マルコフモデル): 時間の経過とともに人の状態(健康、病気、治療、死亡など)が一定の確率で変化していく様子をシミュレーションする数理モデルです。将来の患者数や病気の進行を予測するために、疫学研究や医療政策の評価で広く用いられています。   報道発表資料(780.36 KB) 国際学術誌:Hepatology Research 研究者ガイドブック(秋田 智之 講師)   【お問い合わせ先】大学院医系科学研究科疫学・疾病制御学 講師秋田智之 Tel:082-257-5162FAX:082-257-5164 E-mail:epi*hiroshima-u.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください)

    • 情報通信
    • 宇宙
    • 素材
    2026.04.14
    • 情報通信
    • 宇宙
    • 素材
    小惑星リュウグウから予想外の巨大有機分子を発見 ―従来の常識を覆す立体構造を持つ巨大有機分子を直接観察―

    本研究成果のポイント 高分解能の原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、リュウグウ試料から抽出された個々の有機分子の骨格構造を直接観察しました。 従来の分析では確認されていなかった、環の数が100個を超えるような巨大な有機分子を多数発見しました。 この成果は、太陽系形成以前の星間分子雲から小惑星へと受け継がれた有機分子の進化過程を解明するための極めて重要な手がかりとなります。 原子間力顕微鏡によって小惑星リュウグウからの試料に含まれる有機分子を観察した(©JAXA、東京大学など)   概要東京大学大学院新領域創成科学研究科の岩田孝太特任研究員(研究当時)と杉本宜昭教授の研究グループは、北海道大学低温科学研究所の大場康弘准教授、九州大学大学院理学研究院の奈良岡浩教授、広島大学大学院先進理工系科学研究科薮田ひかる教授、東京大学大学院理学系研究科の橘省吾教授の研究グループと共同で、探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウ(注1)から持ち帰った試料に含まれる有機分子を、高分解能の原子間力顕微鏡(AFM、注2)を用いて単一分子レベルで直接観察することに成功しました。本研究により、従来の分析手法では見逃されていた100環を超える巨大な有機分子の存在が明らかになりました。これらの有機分子は、5員環(注3)や7員環、さらには8員環といった多様な環構造を含んでおり、平面ではなく立体的な構造を持っていることが分かりました。この成果は、太陽系形成以前の星間分子雲から小惑星へと受け継がれた有機分子の進化過程を解明するための極めて重要な手がかりとなります。   発表内容【研究の背景】宇宙空間に存在する多様な有機分子は、太陽系が形成された際の化学進化(注4)の情報を保持しており、それらが初期の地球にもたらされたことで生命の誕生に寄与したとも考えられています。そのため、宇宙由来の有機分子がどのような構造を持ち、どのように形成されてきたのかを解明することは、現代の宇宙化学における重要なテーマです。 2020年、探査機「はやぶさ2」によって小惑星リュウグウの新鮮な試料が地球に届けられ、世界中で分析が進められてきました。これまでの質量分析を中心とした研究では、リュウグウには数万種類もの有機分子が含まれていることが明らかになっています。その中でも注目されてきたのが、ベンゼン環がいくつも連なった分子「多環芳香族炭化水素」です。これまでの研究では、環の数が4つ程度の比較的小さな分子(ピレンやフルオランテンなど)が主に存在すると報告されてきました。しかし、化学的な抽出や質量分析には限界があります。極めて巨大な分子や、溶媒に溶けにくい不溶性有機物のような成分は、従来の「重さを量る」手法ではその詳細な構造を特定することが困難でした。   【研究の内容と成果】本研究グループは、個々の分子の形を直接「見る」ことができるAFMを用いて、リュウグウの有機分子の正体に迫りました。本研究では、リュウグウ試料から抽出した有機分子を銅の単結晶基板上に蒸着させ、極低温(5 K(ケルビン)=マイナス約268.15℃)かつ超高真空の環境下でAFM観察を行いました。この手法は、探針の先端に一酸化炭素(CO)分子を付着させることで、分子内の原子間の結合までも可視化できます。 観察された22個の分子のうち、多くの分子がこれまでの予想を遥かに上回る巨大な構造を持っていました(図1)。最大のものでは環の数が100を超え、見積もられる分子量は3,000以上に達します。これは従来の質量分析で主に検出されていた分子(分子量200〜500程度)とは異なる、新たな有機分子を可視化したことを意味します。これらは、従来の定義で不溶性有機物に相当するサイズでありながら、巨大な一つの芳香族骨格として存在していることが初めて直接証明されました。 さらに内部構造を詳細に解析したところ、主要な六角形の環(6員環)に加えて、5員環や7員環、稀に8員環が含まれていることが分かりました。これら特殊な環状構造が存在することで、分子は平坦ではなく、立体的にゆがんだ複雑な3次元構造をとっていることが明らかになりました。   【今後の展望】本成果は、太陽系形成以前の星間分子雲(注5)から小惑星へと受け継がれた有機分子の進化過程を解明するための極めて重要な手がかりとなります。また本研究により、地球外試料に対して高分解能AFMを用いた分子構造の直接観察が極めて有効であることを実証しました。質量分析などの従来の手法では分析が困難であった巨大で複雑な有機分子に対して、AFMは「個々の分子の形を直接可視化する」という強力かつ相補的な情報を提供します。今後は、この革新的な測定手法をより広範な地球外試料に応用していくことで、宇宙における有機分子の化学進化の過程、さらには太陽系の形成や地球生命の起源へとつながる物質進化の全容解明に向けた研究が飛躍的に進展すると期待されます。 図1 小惑星リュウグウに存在した多様な有機分子のAFM画像 それぞれの有機分子について、AFM画像と構造モデルを重ねたAFM画像を並べている。構造モデルの赤、青、水色、オレンジはそれぞれ5員環、6員環、7員環、8員環を表す。全画像のスケールバーは1 nmを示す。(原論文の図を改変したものを使用しています。)   研究助成本研究は、科研費「学術変革領域研究(A)(課題番号:JP20H05849)」、「基盤研究B(課題番号:22H01950)」、科研費「若手研究(課題番号:23K13665)」、科研費「基盤研究A(課題番号:23H00148)」の支援により実施されました。   発表者・共同研究グループ情報東京大学 大学院新領域創成科学研究科 岩田孝太特任研究員:研究当時 杉本宜昭教授 大学院理学系研究科 橘省吾教授 北海道大学低温科学研究所 大場康弘准教授 九州大学大学院理学研究院 奈良岡浩教授 広島大学大学院先進理工系科学研究科 薮田ひかる教授   論文情報雑誌名:Nature Communications 題名:Chemical structure of organic molecules in asteroid Ryugu revealed by high-resolution atomic force microscope 著者名:Kota Iwata*, Yasuhiro Oba, Hiroshi Naraoka, Hikaru Yabuta, Shogo Tachibana, and Yoshiaki Sugimoto* DOI: 10.1038/s41467-026-71484-y URL: https://doi.org/10.1038/s41467-026-71484-y   注意事項(解禁情報) 日本時間4月14日18時(英国夏時間14日午前10時)以前の公表は禁じられています。   用語解説 (注1)小惑星リュウグウ: 太陽系誕生時の情報を色濃く残す炭素質の近傍小惑星。これまで、宇宙由来の有機分子の研究は主に地球に落下した隕石を用いて行われてきたが、大気圏突入時の熱や地球の生物による汚染を完全に排除できないという課題があった。しかし、探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから極めて新鮮な試料を地球に持ち帰ったことで、純粋な地球外有機物の分析が可能となった。   (注2)原子間力顕微鏡(AFM): 鋭い針(探針)を観察対象(試料)に近づけて、探針先端の原子と試料表面の原子との間に働く力を測定することで試料表面を観察する顕微鏡。試料の導電性を問わず用いることができる。    (注3)員環: 分子中の環(リング)を形づくる原子の数を表す用語。原子5個からなる環は「5員環」、7個からなる環は「7員環」と呼ばれる。   (注4)化学進化: 個々の原子から、分子へ、さらに巨大な分子へと多様な分子へと進化していくこと。宇宙の塵表面上で、長い時間をかけて生命の材料となるような有機分子が形成されることがわかってきている。   (注5)分子雲: ガスや塵が濃密に集まった宇宙空間の領域で、太陽のような星や惑星系が形成される前の状態。   報道発表資料(407.27 KB) 掲載ジャーナル:Nature Communications 研究者ガイドブック(薮田 ひかる教授)   【お問い合わせ先】 東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授杉本宜昭(すぎもとよしあき) Tel:04-7136-4058E-mail:ysugimoto*k.u-tokyo.ac.jp   北海道大学低温科学研究所 准教授大場康弘(おおばやすひろ) Tel:011-706-5500E-mail:oba*lowtem.hokudai.ac.jp   広島大学大学院先進理工系科学研究科 教授薮田ひかる(やぶたひかる) Tel:082-424-7474E-mail:hyabuta*hiroshima-u.ac.jp   東京大学大学院新領域創成科学研究科 広報室 Tel:04-7136-5450E-mail:press*k.u-tokyo.ac.jp   北海道大学 社会共創部 広報課 Tel:011-706-2610E-mail:jp-press*general.hokudai.ac.jp   広島大学 広報室 Tel:082-424-3749E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください)

    • バイオエコノミー
    • 医療/ヘルスケア
    2025.09.24
    • バイオエコノミー
    • 医療/ヘルスケア
    新規高機能スプライシング制御オリゴヌクレオチドをもちいた糖原病Ia型本邦好発変異に対する新規治療法開発​

    アピールポイント 本邦に多いG6PC c.648G>T変異をもつ糖原病Ia型の根本治療候補 GalNAc修飾による肝特異的送達とENA修飾による高い安定性をもつスプライシング制御オリゴヌクレオチド モデルマウスで単回投与により症状改善・効果3か月持続、GLP安全性試験で毒性の懸念なし   研究者のねらい糖原病Ia型(GSDIa)は、G6PC遺伝子のスプライシング異常によるグルコース-6-ホスファターゼ (G6Pase)欠損を原因とする希少疾患であり、低血糖や肝腫大などの重篤な症状を呈する。現在の食事療法 では十分な改善が得られず、患者と家族の負担も大きいことから、根治的な治療法の開発が強く求められて いる。我々は、異常スプライシングを是正する革新的な肝指向型スプライシング制御オリゴヌクレオチド (SSO-X)を開発し、臨床応用によって、GSDIaで苦しむ患者やその家族の生活の質を抜本的に改善すること を目指す。   研究内容<背景> 糖原病Ia G6Pase失活の原因 G6PCc.648G>T変異による異常スプライシング □発症頻度:10万人に1人(指定難病)→オーファンドラッグ指定による規制上の優遇と高薬価設定が期待できる 既存治療の課題 (Edited from Fukuda T. et al. J Inherit Metab Dis. 2023) 治療ミルクや緩徐放出型炭水化物であるコーンスターチの頻回摂取(多くは3時間毎で夜間も必要)が行われるが、患児やその家族の負担は極めて大きい。また、食事療法にも関わらず、低血糖、肝腫大、脂肪肝、良性肝腫瘍などを防ぐことは難しく、根本原因を見据えた革新的な治療法の開発が望まれている。 スプライシング制御オリゴヌクレオチド(SSO)による治療薬の開発戦略 cG6PCにc648G>T変異があると、スプライシングの際にエクソン5の先頭91塩基が欠失し、失活したG6Paseが作られる(左)。 648G>T変異はアミノ酸置換を伴わない (p.Leu216=)ため、SSOで異常スプライシングが是正されれば正常なG6Paseが翻訳され、糖原病Ia型の様々な症状を改善することが期待できる(右)。   <SSO-Xの特徴> 【GalNAc修飾】​ 肝実質細胞へのSSOを送達​ 【化学修飾核酸技術】​ 相補RNAとの結合性向上​ ヌクレアーゼ耐性の向上   <競合品>   <有効性> (Ito K., et al 2023) 単回投与でモデルマウスの糖原病Ia型様の症状を長期間改善   <安全性> 非臨床3か月間間歇投与試験で有害事象なし   共同研究体制 松尾 雅文(神戸大学)​ 中村 秀文(国立成育医療研究センター)​ 但馬 剛(国立成育医療研究センター)   <今後の展望>   <関連情報> 代表的な特許: 特許第7048574号 【発明の名称】アンチセンスオリゴヌクレオチドおよび糖原病Ia型予防または治療用組成物 【現 権利者】国立研究開発法人国立成育医療研究センター 、国立大学法人広島大学 特許第6884268号 【発明の名称】糖原病Ia型治療薬 【現 権利者】国立大学法人神戸大学 代表的な論文:  Ito K, et al., A splice-switching oligonucleotide treatment ameliorates glycogen storage disease type Ia in mice with G6PC c.648G>T. J Clin Invest. 2023;133(23):e163464.   研究者岡田賢(Okada Satoshi) 広島大学 大学院医系科学研究科(医) 教授   2025年BioJapan出展

    • 介護/福祉
    • デジタル/AI
    • 医療/ヘルスケア
    2026.04.13
    • 介護/福祉
    • デジタル/AI
    • 医療/ヘルスケア
    人工呼吸器を外した後に起こる「抜管後肺炎」(PEP)を独立した疾患として初めて提唱—3万例超のビッグデータでリスク要因を初めて明らかに—

    本研究成果のポイント 予定全身麻酔手術患者3 万例超のビッグデータ(DPC(注1)、レセプト(注2)を解析しました。 抜管後に発症する肺炎(PEP)(注3)が人工呼吸器関連肺炎(VAP)(注4)より多い可能性が示されました。 PEP のリスク因子として、高齢、やせ・低栄養、もともとの生活機能低下が抽出されました。 これまで見過ごされてきたPEP を「独立した臨床概念」として提唱しました。   概要広島大学病院の摂食嚥下支援チームは、予定全身麻酔下手術患者を対象に、「抜管後肺炎(postextubation pneumonia: PEP)」の発症頻度とリスク因子を、診断群分類(DPC)データおよび診療報酬(レセプト)データを用いて解析しました。 その結果、31,828 例中212 例(0.67%)でPEP を発症し、これは従来重視されてきた人工呼吸器関連肺炎(VAP)よりも頻度が高いことが明らかとなりました。さらに、PEP は主に抜管後1~2 週間以内に集中して発症し、特に高齢、やせ・低栄養、もともとの生活機能低下患者でリスクが高いことが示されました。 本研究は、PEP を『嚥下障害を基盤とする独立した病態』として位置づけ、早期からの嚥下評価と多職種による介入の重要性を示した大規模データに基づく研究です。   背景人工呼吸器管理中に発症する肺炎(VAP)は広く知られていますが、抜管後に発症する肺炎については、これまで体系的に研究されていませんでした。 抜管後には、嚥下機能低下、咽頭・喉頭の感覚障害、呼吸と嚥下の協調障害などが生じやすく、誤嚥リスクが高まります。 しかし、この病態は、術後合併症などとして扱われ、嚥下障害に注目した独立した疾患概念として扱われてこなかったのが現状です。   研究成果の内容〇 対象:予定全身麻酔手術患者 35,535 例⇒最終解析:31,828 例 〇 方法:DPC、レセプトデータを抽出し、統計解析を実施。 〇 結果: PEP 発症率:0.67%(212 例) VAP 発症率:0.08%(27 例) PEPのリスク因子: 高齢、男性、低BMI、意識障害、ADL(注5)不良 PEPの発症時期:抜管後1週間以内に約80%、2週間以内に約93%   これらの結果から、PEPはVAP等とは異なる独立した病態であり、周術期管理の盲点となってきた一方で、予防可能な肺炎であることが明らかになりました。   今後の展開今後は、多施設連携によるビッグデータ解析を進めるとともに、アプリやAIを活用して、嚥下機能のスクリーニングから評価、介入、リハビリまでを一体化した支援体制の構築を目指します。 さらに、本研究で提唱した「抜管後肺炎(PEP)」という新たな概念により、これまで見過ごされがちであった“人工呼吸器を外した後の危険な時期”に注目した医療が可能になります。これにより、早い段階から嚥下の機能を評価し、多職種で予防的な対応を行うことで、肺炎の発症を防ぎ、術後の回復を早めることが期待されます。 本成果は、患者さんの負担軽減や入院期間の短縮につながるだけでなく、医療全体の質の向上にも貢献することが期待されます。   発表論文 掲載誌:Scientific Reports 論文タイトル:Risk factors for postextubation pneumonia using diagnosis procedure combination and claims data in Japan 著者:Junko Hirayama, Masahiro Nakamori*, Akihiro Matsumoto, Sanmei Chen, Kohei Yoshikawa, Yasushi Horimasu, Kohei Ota, Hirotsugu Miyoshi, Yoko Shimpuku, Yoko Sato *:責任著者 ・DOI:10.1038/s41598-026-44666-3   参考資料図抜管後肺炎(PEP)の発症時期の分布 抜管後肺炎(PEP)の発症時期を解析した結果、約80%が抜管後1週間以内、約93%が2週間以内に発症していることが明らかとなりました。このことは、人工呼吸器を外した後すぐの期間が最も危険な時期であることを示しており、術後早期から(術前の段階での評価と介入が最も望ましい)の嚥下機能評価や多職種による予防的介入が重要であることを示唆しています。   用語解説(注1)診断群分類(Diagnosis Procedure Combination:DPC):日本の入院医療における診療報酬制度の一つで、診断名や治療内容に基づいて医療費を包括的に評価する仕組みです。全国的に標準化されたデータであり、大規模臨床研究に活用されています。   (注2)レセプト(診療報酬明細書):医療機関が保険診療の内容に基づいて、医療費を請求するために作成する明細書です。診断名、処置、手術、投薬、検査などの詳細な医療情報が記録されており、日本では全国で統一された形式で管理されています。本研究では、このレセプトデータを活用することで、多数の患者を対象とした大規模な解析が可能となりました。   (注3)抜管後肺炎(Postextubation pneumonia: PEP):人工呼吸器を使用するために挿入した気管チューブを抜いた後に発症する肺炎です。抜管後は、嚥下(飲み込み)機能の低下や気道防御機能の障害により、食物や唾液が気管に入りやすく(誤嚥)、肺炎を引き起こすことがあります。本研究では、抜管後30日以内に新たに抗菌薬治療を要した肺炎をPEPと定義しました。   (注4)人工呼吸器関連肺炎(Ventilator-associated pneumonia: VAP):人工呼吸器を装着している間に発症する肺炎です。気管チューブや人工呼吸器回路への細菌の付着・増殖が主な原因とされ、集中治療領域で重要な院内感染症として知られています。   (注5)日常生活動作(Activities of Daily Living:ADL):食事・移動・排泄・入浴など、日常生活に必要な基本的な動作能力のことです。 本研究では、ADLが低い患者ほど肺炎リスクが高いことが示されました。   報道発表資料(257.15 KB) 掲載ジャーナル:Scientific Reports 研究者ガイドブック(中森 正博 講師)   【お問い合わせ先】 大学病院脳神経内科 講師中森正博 Tel:082-257-5201 Fax:082-505-0490 E-mail:mnakamo*hiroshima-u.ac.jp (*は半角@に置き換えてください)

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    2026.04.07
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    誰も見ていないとき、光子は依然として粒子なのだろうか? ~単一光子干渉の物理的解明への第一歩~

    本研究成果のポイント 単一光子干渉(*1)の物理的解明は、長い間、量子重ね合わせ状態(*2)の数学的表現をそのまま解釈することで解決できると考えられていました。私たちの研究グループは、干渉の測定から単一光子干渉計内部の物理現象の観測に初めて成功し、干渉計内の単一光子は干渉の測定に応じて非局在、超局在、局在と呼ばれる状況にあることが分かりました。 問題の本質は干渉をほぼ維持したまま、干渉計内の二つの光路間の光子数の差をどう測定するかにありました。我々は干渉計内の光子の偏光(*3)を利用することで、光子数差の二乗を連続量として測定することに成功しました。その結果、強め合い干渉のときは単一光子が二つの光路に広がる非局在、弱め合い干渉のときは一方の光路に1を超える複数の光子が局在し、もう一方が負となる超局在、それらの境目では一方の光路に単一光子が局在した状況にあることが分かりました。 この結果から、出力確率は波の干渉ではなく、超局在が非局在よりも起こりにくいという単純な理由から説明できることが分かりました。また光子数差の値が干渉の測定に依存することから、単なる実在論の否定(*4)ではなく、測定に依存した実在論を示していることも分かりました。今回の結果は、一般の重ね合わせ状態の物理的理解に大きく貢献するだけでなく、位相差の精密測定への応用に期待できます。   概要単一光子干渉の物理的解明は、長い間、量子重ね合わせ状態の数学的表現をそのまま物理的に解釈することで解決できると考えられてきました。この考えに従えば、単一光子は粒子として二つの光路に「同時に」存在する状況にあることを意味します。そこで我々は最近の量子測定の知見(*5)を単一光子干渉計の実験に適用しました。干渉計内部の二つの光路間での光子数の差を偏光に埋め込み、一方だけ出力した光子の偏光を測定することで、実際に伝播した二光路間での光子数差の二乗を連続量として得ることに成功しました。強め合いの干渉では二光路間の位相差に依存して光子数差が0から1未満の値を得たため、これは光子が二つの光路に広がった状況、つまり非局在を示します。また弱め合いの干渉では、位相差に依存して光子数差が1を超えて7ぐらいまで増大したため、これは一方の光路に1を超える複数の光子が局在し、もう一方の光路では負となる状況、超局在を示します。それらの境目では、光子数差が1と等しくなり、これはどちらか一方の光路に単一光子が局在した状況を示します。これらの結果から、出力確率の干渉パターンは物理的には波の干渉ではなく、超局在が非局在よりも起こりにくいという単純な理由から説明できること、また光子数差が干渉の測定に依存することから、単なる実在論の否定ではなく、測定に依存した実在論を示していることが分かりました。本研究の成果は一般の重ね合わせ状態の物理的理解に貢献するだけでなく、位相差の精密測定に応用されることが期待されています。 本研究成果はロンドン時間の2026年3月23日に学術誌「New Journal of Physics」に掲載されました。    背景単一光子の干渉現象は、量子力学誕生以来、現在でも論争が続いている未解明な問題の一つです。量子力学では、出力確率を計算するために、二つの光路に分かれた光子の状態を量子重ね合わせ状態として“数学的”に表現します。問題はこの状態が物理的にどんな状況なのか分からないことです。これまで遅延選択実験(*6)などの研究が行われ、近年では弱測定(*7)による実験も行われています。しかし前者は「波と粒子の二重性」や「干渉の測定と光路の測定とのトレードオフ」といった標準的なコペンハーゲン解釈(*8)の考え方を裏付ける結果となり、後者については光路情報の平均的な値を得るだけの結果となりました。さらにこの重ね合わせ状態をそのまま解釈すると、単一光子は二つの光路に同時に存在することになります。これはコペンハーゲン解釈の見解とは異なるため、他の解釈が提案されてきました。代表的な例としては、多世界解釈(*9)があります。この解釈は魅力的で多くの方から支持を集めていますが、現時点では、この状態そのものを物理的に解釈するのは難しいと考えられています。その根拠となるのが2022年のノーベル物理学賞の受賞対象となった「ベルの不等式の破れ(*10)」で、物理的実在の否定を実験で示しました。この結果は本質的には測定文脈依存性(*11)を示したものです。逆を言えば、測定を決めれば実在論として物理量の値が議論できる余地が残っているともいえる状況でした。    研究成果の内容単一光子干渉計内部を観測することは、量子重ね合わせ状態の光子が二つの光路をどのように伝搬しているのかを探ることでもあります。このとき最も重要な情報は、二光路間での光子数差です。この値を測定するために、図1のように二光路間の位相差φを決定してから干渉の測定(出力のどちらか一方を選択)後、選択した出力ポートからの光子の偏光を測定しました。垂直偏光の光子を干渉計に入射させ、干渉をあまり壊さないように、それぞれ二光路での偏光をお互い逆方向にわずかに回転させます(+θ0と−θ0)。これは光路を表す物理量を光路1のみを通過した時の値を+1、光路2のみを通過したときの値を-1として定義した場合、値とθ0との積に対応します。光子が光路1のみを通過した場合は、出力光子の偏光回転角は+θ0、光路2のみを通過した場合は、出力光子の偏光回転角は−θ0となります。このとき二光路間での光子数差は1で偏光回転角の“大きさ”はθ0です。もし初期重ね合わせ状態が等分配で二つの光路に広がって伝播したとき、光子数差はゼロで、偏光回転角もゼロです。つまり光子数差の“大きさ”は出力された光子の偏光回転角の“大きさ”に埋め込まれています。これを取り出すために、水平偏光への変換確率を利用します。この変換確率は偏光回転角の大きさの二乗にほぼ等しいため、この確率を測定してθ02で割れば、光子数差の二乗の“大きさ”が得られます。これは干渉の測定後に干渉計内の光子の伝播の痕跡をたどることになるため、物理量の値を用いた議論が可能になります。 測定の結果、図2のように、光路1のみ、あるいは光路2のみを通過させた場合、光子数差(右の縦軸)は常に1となるのが観測されました(“光路1”と“光路2”の実験結果)。その一方、干渉させた場合は、二つの光路の位相差に依存して変化することが分かりました(“-出力”と“+出力”の実験結果)。強め合いの干渉では位相差に依存して光子数差が0から1未満の値を得ました。これは二つの光路に等分配、あるいは偏った分配で広がって伝播する非局在を示します。また弱め合いの干渉では、図3の実験結果の全体図が示すように、位相差に依存して光子数差が1を超えて最大7ぐらいまで増大しました。これは一方の光路に1を超える光子の数(例えば4)が局在し、もう一方の光路では負(例えば-3)となって伝播する超局在を示します。それらの境目では、光子数差が1となりました。これはどちらか一方の光路に単一光子が局在した状況を示します。 この実験結果は、非局在と干渉効果との間の因果関係によって説明できます。光子が物理的に非局在している場合、出力ポートは干渉効果によってどちらかに決定され、光子が高確率の出力で検出されます。しかし、入力の光路の不確定性により、たまに超局在化が生じることがありえます。光路間の光子数差のこの極端な変動こそが、光子が低確率の出力で検出される原因となります。 この結果は、光子の局在、非局在、および超局在が、どこで検出されるかによって決まることを示唆しています。これは量子力学の標準的な形式論と完全に整合しています。この形式論は、「逆因果性」に関する推測を招き、光子の検出がその過去を変えると思いがちになります。しかし光子の存在を示す他の測定記録は存在しないため、光子の過去については何も主張できません。したがって我々の結果は過去を変えたことにはなりません。    今後の展開今回の結果は、一般の重ね合わせ状態の物理的理解に大きく貢献し、あらゆる量子現象の理解へのヒントになると期待されます。また光子数差が大きいと位相の測定感度が向上することから、位相差の精密測定への応用も期待されています。    謝辞本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 ERATO 竹内超量子もつれプロジェクト(JPMJER2402)、次世代研究者挑戦的研究プログラム JPMJSP2132の支援をうけました。    発表論文 掲載雑誌:New Journal of Physics 論文題目:Experimental evidence for the physical delocalization of individual photons in an interferometer 著者:福田竜也、飯沼昌隆、松本侑斗、*ホフマン ホルガ(*責任著者) DOI: 10.1088/1367-2630/ae51b7   参考資料 図1:光干渉計内の光子数差の測定セットアップ概念図 図2:実験結果(表示“光路1”,“光路2”は、光路1のみ、光路2のみを通過させたときの実験結果、”-出力“と”+出力“は干渉させたときの実験結果を示す。) 図3:実験結果の全体図(図2の全体図)   用語解説*1 単一光子干渉: 光子とは、電子やクォークと同様に素粒子の一つである。光のエネルギーの最小単位が光子であり、それ以上分割できないとされる。光子が単体で干渉のような現象を引き起こすことを単一光子干渉と呼ぶ。干渉は波特有の現象で二光路への分岐を必要とするため、光子は当初、干渉効果を起こさないと思われていた。  *2 量子重ね合わせ状態:量子力学の最も根幹の一つであり、確率を計算するために“数学的”に導入された概念。実際の物理的な状況との関係は現時点では不明である。シュレディンガーが猫を例にあげて強く批判したことでも有名である。  *3 偏光:古典電磁気学では、光は進行方向に対し垂直方向に振動する横波として理解されており、振動方向がある特定の方向に偏っている状態を偏光状態と呼ぶ。ここでは振動方向が一直線に限定される直線偏光のみを扱う。偏光は直交する二成分で表現可能で、それらは独立である。理想的な偏光板では一方が通過する場合、もう一方は完全に遮断される。  *4 実在論の否定:ここでの実在論とは、物理量の値が測定と関係なく定まることを意味する。量子力学では物理量は定義できるが値が確定しない場合がありうる。  *5 最近の量子測定の知見:近年、量子測定は物理量の値を得る方法としての側面が活発に議論されている。本研究は、共同著者のホフマンの量子測定法(フィードバック補償法)に基づいている。  *6 遅延選択実験: 1978年にホイーラーによって提唱された思考実験。光子が測定によって粒子にも波にもなるという考え方から、光子が放出された後に測定方法を変えるとどうなるかを問うた。現在までさまざまなバージョンでいろいろなタイプの実験が行われている。  *7 弱測定: 1998年にアハロノフらが提唱した物理量の値(弱値)を測定するための量子測定で、計測を主とする量子測定の中で、値を得る方法として最初に確立した量子測定である。ただし弱値は数学的に定義されているため、弱値がどんな物理的意味を示すのか、問題となっていた。  *8 コペンハーゲン解釈:標準的な量子力学の解釈で、時間発展はシュレディンガー方程式に従い、検出確率はボルンの確率解釈を用いた解釈のこと。名称はコペンハーゲンにあるボーア研究所に由来する。 *9 多世界解釈:エヴェレットが提唱した解釈で、シュレディンガー方程式から予測される重ね合わせ状態の各状態はすべて実在し、測定のたびに世界が分岐すると考える決定論に基づいた解釈のこと。  *10 ベルの不等式の破れ:量子力学での局所性と実在性を同時にテストするために1964年にベルによって導入された不等式のこと。ベルの不等式の破れが実験で実証されたことにより、量子力学での局所かつ実在論が成り立たないことが示された。  *11 測定文脈依存性:測定に応じて対象の物理量の値が変化する性質のこと。逆を言えば測定が無い場合は値が定まらないため、実在論の否定を説明する性質でもある。    報道発表資料(599.26 KB) 掲載ジャーナル:New Journal of Physics 研究者ガイドブック(HOFMANN HOLGER FRIEDRICH 教授)    【お問い合わせ先】 大学院先進理工系科学研究科 教授ホフマンホルガ Tel:082-424-7652 Fax:082-424-7000 E-mail:hofmann*hiroshima-u.ac.jp (*は半角@に置き換えてください)

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    2026.04.07
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    チリの赤潮発生を高精度で予測する新手法を開発 ―日本・チリ国際共同研究で養殖産業を守る早期警戒システム構築に道筋―

    本研究成果のポイント 世界第2位のサーモン養殖国であるチリにおいて、養殖産業に甚大な被害をもたらす有害藻類ブルーム(赤潮)*1の発生を予測するための3つの新しいモデル(物理モデル、AIモデル、経験的動的モデル(EDM)*2)を開発しました。 経験的動的モデルにより、植物プランクトン種間の因果関係を利用して有害藻類の発生を予測することに成功しました。予測精度は相関係数0.733と高い値を示しました。 本研究はJST/JICA SATREPS*3プログラム「MACHプロジェクト」の成果であり、チリにおける持続可能な水産業の発展に貢献することが期待されます。   概要広島大学IDEC国際連携機構のIshara Perera特任助教(現:山口大学共同獣医学部助教)、丸山史人教授は、チリ国立水産開発研究所(IFOP)、ラフロンティア大学、北海道大学、水産研究・教育機構などと共同で、チリ・パタゴニア地域における有害藻類ブルーム(赤潮)の発生を予測するための新たな複合モデリング手法を開発しました。本研究では、粒子追跡モデル(Parti-MOSA)、長短期記憶ニューラルネットワーク(LSTM)、および経験的動的モデル(EDM)という3つの予測手法を比較し、特にEDMを用いた手法では有害藻類であるPseudo-nitzschia seriataグループの発生予測において相関係数0.733という高い予測精度を達成しました。さらに、生物種間の因果関係に基づいて赤潮発生を予測するEDMの実用的応用は世界的にも例がなく、本研究は物理モデルやAIなど異なる手法を組み合わせることで赤潮早期警戒システムの予測精度を向上し得ることを示しました。 本研究成果は、2026年1月14日に生態学・環境科学分野のトップジャーナル(Q1、上位5%)である「Ecological Informatics」に掲載されました。 Multivariate S-map法により因果種を用いて予測された Pseudo-nitzschia 属の種群。予測精度は、ピアソン相関係数および p 値によって評価した。サブプロット(a, b)は Quellón、(c, d)は Melinka、(e, f)は Metri における結果を示す。 3つのSATREPSモデルを結合するためのプロトタイプ手法   背景有害藻類ブルーム(HAB、赤潮)は、特定の植物プランクトンが大量発生して海水が変色する現象です。養殖魚の大量死や貝類への毒素蓄積を引き起こし、世界中の水産業に深刻な経済的被害をもたらしています。チリは世界第2位のサーモン生産国であり、冷凍ムール貝の世界的輸出国でもありますが、過去数十年にわたりチリ南部はHABによる甚大な被害を受けてきました。2016年には、Pseudochattonella verruculosaのブルームによりチリのサーモン生産の18〜20%が影響を受け、約8億米ドルの損失が発生しました。 HABがどこでいつどの規模で発生するか予測することは、沿岸漁業や養殖業を守るために極めて重要ですが、HABを引き起こす藻類種の生態は複雑で、それぞれの種が環境条件に多様に応答するため、正確な予測は困難とされてきました。   研究成果の内容本研究では、JST/JICA SATREPSプログラム「MACHプロジェクト(Monitoring of Algae in Chile)」の一環として、HAB予測のための3つの異なるアプローチを適用しました: 1. 粒子追跡モデル(Parti-MOSA):海洋物理モデルを基盤とし、HAB細胞の海流による輸送をシミュレートします。これにより、ブルームの空間的な拡散を予測できます。 2. LSTMニューラルネットワーク:DNAメタバーコーディングによるホロバイオーム*4監視データと環境パラメータを組み合わせた深層学習モデルです。環境条件のみから有害藻類種の存在を予測できます。 3. 経験的動的モデル(EDM):30年間にわたる長期植物プランクトンモニタリングデータを用いて、HAB原因種と他の植物プランクトン種との因果関係を同定し、この関係を利用することでHABの発生を予測できます。 特にEDMを用いた解析では、チリ南部の3地点(Metri、Quellón、Melinka)でPseudo-nitzschia属(ドウモイ酸を産生する有害藻類)の発生を予測し、Metri地点のP. seriata群において相関係数0.733(p < 0.0001)という高い予測精度を達成しました。 また、Ceratium属やLeptocylindrus属といった植物プランクトンがPseudo-nitzschia属と因果関係を持つことも明らかにし、これらの種をモニタリングすることでHAB発生の早期警戒に活用できる可能性を示しました。   今後の展開本研究で開発した3つのモデルは、それぞれ異なる強みを持っています。Parti-MOSAはブルームの空間的拡散を予測でき、LSTMは環境条件から有害藻類種を検出でき、EDMは生物間の相互作用を利用して発生の有無を予測できます。これらのモデルを組み合わせた複合予測システムにより、より信頼性の高いHAB早期警戒システムの構築が期待されます。 今後は、リアルタイムの種同定技術(AIを搭載した画像認識装置など)との統合や、環境変数との組み合わせによってさらなる予測精度の向上を目指します。本研究の成果は、チリのみならず世界各地でHABに悩まされる沿岸地域への応用が期待されます。   発表論文・掲載雑誌:Ecological Informatics(生態情報学) ・論文題目:“A prototype coupled modeling approach for predicting harmful algal blooms: A case study in Chile” ・著者:Ishara Uhanie Perera, So Fujiyoshi, Daiki Kumakura, Carolina Medel, Kyoko Yarimizu, Osvaldo Artal, Pablo Reche, Oscar Espinoza-González, Leonardo Guzman, Felipe Tucca, Alexander Jaramillo, Jacqueline J. Acuña, Milko A. Jorquera, Shinji Nakaoka, Satoshi Nagai, Fumito Maruyama* (*責任著者) ・DOI:10.1016/j.ecoinf.2026.103615   用語解説*1 有害藻類ブルーム(HAB、赤潮): 特定の植物プランクトンが急激に増殖し、海水が変色する現象。魚介類への毒素蓄積や酸欠による大量死を引き起こし、水産業に甚大な被害をもたらす。 *2 経験的動的モデル(EDM): 複雑な生態系の時系列データから因果関係を推定する非線形解析手法。従来の統計モデルでは捉えきれない生物間の相互作用を検出できる。 *3 SATREPS: Science and Technology Research Partnership for Sustainable Developmentの略。JST(科学技術振興機構)とJICA(国際協力機構)が共同で実施する、開発途上国との国際共同研究プログラム。本課題の詳細URLはこちら。https://mge.hiroshima-u.ac.jp/SATREPS_MACH/ *4 ホロバイオーム: 真核生物とその共生微生物の総ゲノム。HABの発生は、関連する微生物群集の影響を受ける可能性がある。   報道発表資料(587.03 KB) 掲載ジャーナル:Ecological Informatics 研究者ガイドブック(丸山 史人教授)   【お問い合わせ先】 広島大学 IDEC国際連携機構 Center for the Planetary Health and Innovation Science (PHIS) 教授丸山 史人(まるやま ふみと) Tel:082-424-7048 E-mail:fumito*hiroshima-u.ac.jp (*は半角@に置き換えてください)

    • バイオエコノミー
    • 医療/ヘルスケア
    2025.09.24
    • バイオエコノミー
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    ドナー肝臓由来ナチュラルキラー(NK)細胞を用いた肝臓移植後の肝細胞癌再発に対する補助免疫療法

    アピールポイント 通常は採取不可能な肝内在性NK細胞を用いた抗癌免疫細胞療法を開発した 肝内在性NK細胞は抗腫瘍分子TRAILを発現し、肝細胞癌に対する抗腫瘍活性が高い 本治療は有害事象が少なく、進行肝細胞癌の肝移植後再発を抑制する効果が期待できる   研究者のねらい 肝細胞癌は、2023年統計で5番目に多い癌である。肝硬変に合併する肝細胞癌に対する唯一の根治治療は肝臓移植であるが、再発率が10-20%であるにもかかわらず有効な術後補助療養や治療法がないのが現状である。肝臓内には、他の部位とは異なる特殊なリンパ球が存在している。特に、肝内在性ナチュラルキラー(NK)細胞は、腫瘍の増殖や感染症の拡大を防ぐ重要な役割をして担っており、TRAILと呼ばれる抗腫瘍分子を発現して、肝細胞癌を効率よく殺傷する。我々は、ヒトの肝臓内から採取した後サイトカイン刺激することによって強力な抗腫瘍活性を有する肝内在性NK細胞を用いた、肝臓移植後の肝細胞癌再発に対する補助免疫療法を開発した。   研究内容 TRAIL活性低下による肝腫瘍増殖、TRAIL陽性肝内在性NK細胞投与により腫瘍が縮小 B6マウスの門脈から肝臓を灌流したリンパ球中のNK細胞上に表出する抗腫瘍分子(TRAIL; TNF-related apoptosis inducing ligand)をフローサイトメトリーで解析した。70%肝切除後、3日目にはTRAIL発現が著明に低下した。   B6マウスの門脈内から肝癌腫瘍株(Hepa 1-6)を5×105個注入した1週間後の肝臓内腫瘍増殖を解析した。無処置マウスに対して、70%肝切除マウスは有意に、肝臓内腫瘍増殖が増加した(n=4)。​   70%肝切除マウスに対して、門脈内から肝癌腫瘍株(Hepa 1-6)を5×105個注入した後に、活性化肝内在性NK細胞を5×105個尾静脈から投与すると、肝臓内腫瘍の増殖は抑制された。​(Ohira M, Ohdan H, Transplantation 2006)   ヒト肝灌流液由来肝内在性NK細胞の肝細胞癌に対する抗腫瘍活性​ NK細胞の割合は、肝臓内で46.4%、末梢血で21.9%。サイトカイン刺激でNK細胞上TRAILは肝臓内で65.8%、末梢血で29.6%であった。(n=7)​ サイトカイン刺激後の肝内在性NK細胞の抗腫瘍活性は、有意に高い。​ 中分化型・低分化型肝癌はDeath receptor(DR4, DR5)は強発現、Decoy receptor(DcR1, DcR2)は発現なし。TRAIL感受性のある癌腫と言える。​   ドナー肝由来NK細胞療法の臨床試験結果​ 肝移植時のドナーグラフト肝臓灌流液からリンパ球を抽出して、サイトカインで3-5日間刺激培養を行う。投与1日前に、抗CD3抗体を添加してT細胞除去を行い、肝臓移植後のレシピエントに経静脈的投与を行う治療法。​   肝移植後3日目と7日の末梢血単核球の肝細胞癌に対する抗腫瘍活性。NK療法群で有意に増加している(n=7; NK, n=5; non-NK group)   NK療法を行ったレシピエントの末梢血NK細胞のキメラ率推移。ドナー由来のNK細胞は最長1ヶ月確認可能。   広島大学で24例の生体肝移植に対して第1相試験を実施。投与に関連する重篤な有害事象はなく安全性は確認された。肝細胞癌に対する生体肝移植後の無再発生存率は、背景をプロペンシティマッチで揃えた11例ずつで比較した場合、NK療法群が有意に良好であった。​   今後の研究開発計画 治験第2相以降の臨床試験の計画実施、承認申請(日本、海外)、培養効率改善に向けた製造法の​ スクリーニング・最適化、保存・輸送条件の最適化(事業化可能な条件設定)、細胞製品の製造・流通・販売、他の癌腫への応用​   関連情報 代表的な特許:肝臓内NK細胞活性を増強する培養方法の開発(特願2025-130828)​ 代表的な論文:Ohira M, Ohdan H, et al. Cancer Immunol Immunother 2022​ 企業に望む事:臨床試験や承認申請に必要な製造・保存輸送技術の最適化を担い、細胞製品の事業化を推進してほしい。​ 研究者 大段秀樹(Ohdan Hideki) 広島大学 大学院医系科学研究科(医) 教授   2025年BioJapan出展

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    2026.01.19
    • デジタル/AI
    ウェーブレットに基づいた円滑化技術による寿命分析の改善に関する検討

    アピールポイント ウェーブレット変換により,任意の寿命関数を異なる解像度で表現. 既存の寿命分析関数にウェーブレット変換を適⽤することで適合精度が向上. 部品やハードウェアに対して,より精度の⾼い寿命分析が可能.   研究のねらい 部品の故障が製品もしくはシステム全体の故障につながることを防ぐため、寿命分布を統計的に推定し、計画的な保守・点検を⾏う必要がある.本研究ではウェーブレットに基づいた寿命分布関数の円滑化技術を開発し,既存の寿命関数に「ズームレンズ」をかけるイメージで異なる解像度で表⽰できる.この円滑化技術を既存の寿命関数に適⽤することによって,より精度の⾼い寿命分析を⾏い,保守コストの削減や信頼性の向上に繋げる.   研究内容   1,背景 寿命分析とは部品の故障時間データから寿命分布関数を統計的に推定し,⼀定の時間において部品が故障しない確率(信頼度)を予測することである.⾼い精度の寿命分析により予防保全の計画策定か製品品質及び顧客満⾜度の向上に繋げたい.   2,ノンパラメトリックモデル 部品の故障時間が従う分布(例えば,指数分布)が事前にわかっていれば,最尤法などを使ってデータからパラメーター推定を⾏えばよい.しかしながら,多くの場合,部品の寿命分布に関して事前知識がないことが多い.ノンパラメトリックモデルは寿命分布に関する事前知識が必要ない汎⽤的な統計⼿法である.   3,ウェーブレットに基づいた円滑化技術 ここで、 ɤは形状パラメーター、mは解像度パラメーター、kɤ,m(t,s)はドブシーウェーブレットで構成された再生カーネル,λ(・)は任意の既知のノンパラメトリックモデル、λm(・)は解像度レベルmで円滑化されたノンパラメトリックモデル   4,応⽤例 NPMLE ︓ノンパラメトリック最尤推定量 NPMLWE︓円滑化技術を適応したNPMLE LogLogist︓パラメトリックモデル(baseline)   5,ツール開発︓Daubechies-WET ⼩修理回数を表すNHPP(⾮定常ポアソン過程)に対して,いくつかのノンパラメトリックモデルやウェーブレットで円滑化されたモデルを実装したツールを開発. HP: daubewet.wujingchi.com   関連情報 【論⽂】 J. Wu, T. Dohi and H. Okamura (2025), A novel lifetime analysis of repairable systemsvia Daubechies wavelets, Annals of Operations Research, vol. 349, pp. 287–314. 【知財】なし   研究者 呉 敬馳WU JINGCHI 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 特任助教

    • デジタル/AI
    2026.01.19
    • デジタル/AI
    深層学習・ニューラルネットワークによる視覚表現学習

    アピールポイント 数理的なアイデアに基づいた深層学習・ニューラルネットワーク技術の研究をしています. 最近は効率的な学習・推論に向けた画像認識・画像生成の研究に興味があります.   研究者のねらい 深層学習は,大量のデータからパターンを自動で学習する機械学習の一分野であり,ニューラルネットワークを用いて段階的に特徴表現を獲得します.予測と正解の誤差をもとに重みを最適化することで,画像認識・生成や生成AIなど多様なタスクを実現します.   研究の興味 汎化性能に優れたニューラルネットワークを学習するためにはどうすれば良いか?   ニューラルネットワークによる認識 データ数に偏りがあっても安定して性能が出る画像認識技術 製品や工程によってデータ数に大きな差がある場合でも,少数データを活かして学習できる手法を研究しています → 製品Aと製品Bで検査画像数に差がある外観検査,クラス不均衡な品質判定への応用が可能 https://arxiv.org/abs/2508.18723   重要な部分だけに注目することで高速・省資源な認識を実現 画像中の不要な領域を自動的に無視し,本当に見るべき部分に集中して認識する仕組みを開発しています → 計算資源が限られた装置,動画像や高解像度画像を扱う検査・監視システムに応用可能   「知らないものは分からない」と判断できる安全な認識技術 学習時に見たことのない対象を,誤って正常と判断せず「未知」と検出する技術を研究しています → 外観検査や映像監視における異常検知,見逃しリスクの低減に貢献   学習の順序を工夫して未知データに強いモデルを作る技術 簡単なデータから難しいデータへ段階的に学習させることで,実運用での性能低下を抑えます → データの難易度に偏りがある場合や,現場データが徐々に変化する環境で有効 https://arxiv.org/abs/2508.18726   異常を「理由付き」で説明できる大規模画像言語モデル 画像だけでなく言語情報も用いて,異常を説明できる外観検査向け生成AIを開発しています → 画像と言語による異常の説明を実現 + 大規模画像言語モデルの学習ノウハウの提供 https://arxiv.org/abs/2502.09057   ニューラルネットワークによる生成   3次元形状を高精度に表現・復元する技術 形状の密度だけでなく「距離」の概念も学習することで,より正確な3次元表現を実現します → 3次元形状復元,3次元姿勢推定,製品形状のデジタル化に応用可能 https://ueda0319.github.io/neddf/   形状と動きを同時に扱う時空間モデリング技術 物体の形状変化や動作をまとめて学習し,時間的な変化を含む構造を捉えます → 動作解析のためのデータ拡張,時系列3次元データの再構成への応用 https://ieeexplore.ieee.org/document/11228866   [ホンダとの共同研究] 把持動作を学習するロボット制御のための3次元表現学習の技術 ロボットハンドの「つかみ方」をモデル化し,柔軟な把持動作の学習に向けた3次元表現学習を実現しています → ロボティクス応用   深層学習・ニューラルネットワークの基礎から応用までの講義 MLP から Vision Transformer(ViT)まで,学部・修士向けに講義をしています → ニューラルネットワークの仕組みからプログラミングまで学術指導も可能です   その他の取り組み [ヤマハとの共同研究] 生成モデルを用いた官能検査支援 人の感覚に依存しやすい検査を,生成モデルによって支援する技術を研究しています → 正常・異常の判断・定義が困難な検査工程,異常データを生成したい場合に活用可能   国際会議(CVPR など)の最新動向サーベイ 人の感覚に依存しやすい検査を,生成モデルによって支援する技術を研究しています → 正常・異常の判断・定義が困難な検査工程,異常データを生成したい場合に活用可能   研究者 相澤宏旭AIZAWA HIROAKI 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 助教

    • デジタル/AI
    • 医療/ヘルスケア
    • 融合領域
    2026.01.19
    • デジタル/AI
    • 医療/ヘルスケア
    • 融合領域
    生体信号情報のAI解析と医療・インタフェース応用

    アピールポイント 筋電図・脳波・心電図など多様な生体信号をAIで解析し、作業者の状態推定や医療診断支援、直感的な機器操作を実現 個人差や信号のばらつきに強い適応型AI技術により実環境での安定性を実現 医療・福祉から製造現場まで、状態推定・異常早期検出・HMI開発など幅広い課題に対応可能   研究者のねらい 脳波・筋電図・心電図などの生体信号には、人の意図や健康状態に関する豊富な情報が含まれています。本研究室では、これらの信号を確率モデルとAI技術で解析し、「作業者の状態を可視化したい」「病気の兆候を早期に捉えたい」「機械を直感的に操作したい」といった課題に応える技術を開発しています。特に、実環境で問題となる個人差や信号のばらつきに対応できる適応的AI技術に強みがあり、医療機器、福祉機器、製造現場での作業支援など、幅広い分野での社会実装に向けた共同研究を積極的に進めています。   研究内容 神経信号処理グループ NeuroSignal Processing 神経筋システムの電気信号を処理・モデル化・認識する技術 筋電位のモデル化と動作識別[1] ✓ベイズ逐次学習による適応的動作識別[2]   ✓人の動作特性を模倣したロボット義手の制御[3]   脳波を用いたてんかん発作検出[4] ✓敵対的学習による患者に依存しない特徴の獲得[5]   視覚/動態解析グループ Vision/Dynamics Analysis 視覚的情報や動きの情報を活用して疾患や異常など隠れた性質を探る   超音波動画像による頸動脈プラークの異常評価[6] 心電図を用いたがん治療関連心機能障害の評価[7] ✓心電図の局所的な異常性に注目する機構の導入   姿勢推定と深層学習を用いた 運動機能評価[8] ✓動作の時空間特徴を効率的に捉えるモデル   関連情報 【論文】 [1] A. Furui et al., Expert Syst. Appl. (2021); [2] S. Yoneda & A. Furui, IEEE TNSRE (2025); [3] A. Furui et al., Sci. Robot. (2019); [4] A. Furui et al., IEEE Access (2024); [5] R. Tazaki et al., in Proc. EMBC 2025; [6] T. Yoshidomi et al., in Proc. EMBC 2024; [7] N. Suyama et al., in Proc. EMBC 2025; [8] J. Masaki et al., in Proc. SII 2026.   【知財】特許「心機能障害診断装置、心機能障害診断装置の作動方法及びプログラム」(特願2025-117013); 特許「生体信号解析装置及び生体信号解析方法」(特開2020-092753) など   研究者 古居 彬FURUI AKIRA 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 知能生体情報学研究室 准教授

    • デジタル/AI
    • 医療/ヘルスケア
    • 融合領域
    2026.01.19
    • デジタル/AI
    • 医療/ヘルスケア
    • 融合領域
    情報科学 × 医学 の融合研究

    アピールポイント 「情報科学」の画像処理等の技術と「医学」の画像診断の技術を組み合わせた研究 「情報科学 × 医学」の強い連携を活かした、臨床課題起点・臨床データ駆動型の研究 「医情連携 × 産学連携」による、研究成果の社会実装と臨床現場への還元   研究者のねらい 本研究は、放射線科医の臨床ニーズを起点とし、情報科学の専門性を有する研究者による画像処理・解析手法の研究開発を経て、医療機器メーカーとの連携による社会実装までを一貫して目指す医工産連携研究である。臨床現場における日常的なニーズに基づく研究テーマに始まり、実臨床に基づく検証を通じて実用性を重視した技術開発を進めている。研究成果を研究室内に留めることなく、医療機器としての実装・普及を視野に入れることで、放射線画像診断の質向上と臨床現場の負担軽減に貢献することを目的とする。   研究内容 深層学習を用いた医療用CT画像の画質改善 [1] 左:従来法右:深層学習   ✔ CT検査はX線を利用し、CT画像の画質は 撮影に使用した放射線強度に依存する ・被ばくを抑えて画質を保つ工夫が必要   ✔ 画像処理によりノイズ低減法はノイズを抑制すると同時に画像にボケが生じる ・画像診断においてはノイズ低減と共に空間分解能の高さも重要   ✔ 深層学習を利用したノイズ低減法 ・深層畳み込みニューラルネットワーク ・従来型のノイズ低減フィルタと比較して、空間分解能の劣化を抑えつつノイズを低減することができる ・検査による放射線被ばくのリスクを抑えつつ、高い診断能を保つことができ、患者に優しい検査が実施可能     全身循環モデルを用いた造影CT検査の造影シミュレーション [2][3] ✔ 造影剤を利用した造影CT検査 ・臓器コントラスト向上 → 診断能向上   ✔ 造影剤投与法や撮影タイミングが重要 ・体格等に依存し個人差が大きい   ✔ コンピュータシミュレーションで検証   関連情報 【論文】[1] Deep Learning Reconstruction at CT: Phantom Study of the Image Characteristics. Academic Radiology, 2020. [2] Minimizing individual variations in arterial enhancement on coronary CT angiographs using “contrast enhancement optimizer”: A prospective randomized single-center study. European Radiology, 2019.   【知財】[3] 特許:6740136シミュレータ、該シミュレータを備える注入装置又は撮像システム、及びシミュレーションプログラム   研究者 檜垣 徹HIGAKI TORU 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 ビジュアル情報学研究室 准教授

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