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研究成果紹介

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    2026.04.14
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    小惑星リュウグウから予想外の巨大有機分子を発見 ―従来の常識を覆す立体構造を持つ巨大有機分子を直接観察―

    本研究成果のポイント 高分解能の原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、リュウグウ試料から抽出された個々の有機分子の骨格構造を直接観察しました。 従来の分析では確認されていなかった、環の数が100個を超えるような巨大な有機分子を多数発見しました。 この成果は、太陽系形成以前の星間分子雲から小惑星へと受け継がれた有機分子の進化過程を解明するための極めて重要な手がかりとなります。 原子間力顕微鏡によって小惑星リュウグウからの試料に含まれる有機分子を観察した(©JAXA、東京大学など)   概要東京大学大学院新領域創成科学研究科の岩田孝太特任研究員(研究当時)と杉本宜昭教授の研究グループは、北海道大学低温科学研究所の大場康弘准教授、九州大学大学院理学研究院の奈良岡浩教授、広島大学大学院先進理工系科学研究科薮田ひかる教授、東京大学大学院理学系研究科の橘省吾教授の研究グループと共同で、探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウ(注1)から持ち帰った試料に含まれる有機分子を、高分解能の原子間力顕微鏡(AFM、注2)を用いて単一分子レベルで直接観察することに成功しました。本研究により、従来の分析手法では見逃されていた100環を超える巨大な有機分子の存在が明らかになりました。これらの有機分子は、5員環(注3)や7員環、さらには8員環といった多様な環構造を含んでおり、平面ではなく立体的な構造を持っていることが分かりました。この成果は、太陽系形成以前の星間分子雲から小惑星へと受け継がれた有機分子の進化過程を解明するための極めて重要な手がかりとなります。   発表内容【研究の背景】宇宙空間に存在する多様な有機分子は、太陽系が形成された際の化学進化(注4)の情報を保持しており、それらが初期の地球にもたらされたことで生命の誕生に寄与したとも考えられています。そのため、宇宙由来の有機分子がどのような構造を持ち、どのように形成されてきたのかを解明することは、現代の宇宙化学における重要なテーマです。 2020年、探査機「はやぶさ2」によって小惑星リュウグウの新鮮な試料が地球に届けられ、世界中で分析が進められてきました。これまでの質量分析を中心とした研究では、リュウグウには数万種類もの有機分子が含まれていることが明らかになっています。その中でも注目されてきたのが、ベンゼン環がいくつも連なった分子「多環芳香族炭化水素」です。これまでの研究では、環の数が4つ程度の比較的小さな分子(ピレンやフルオランテンなど)が主に存在すると報告されてきました。しかし、化学的な抽出や質量分析には限界があります。極めて巨大な分子や、溶媒に溶けにくい不溶性有機物のような成分は、従来の「重さを量る」手法ではその詳細な構造を特定することが困難でした。   【研究の内容と成果】本研究グループは、個々の分子の形を直接「見る」ことができるAFMを用いて、リュウグウの有機分子の正体に迫りました。本研究では、リュウグウ試料から抽出した有機分子を銅の単結晶基板上に蒸着させ、極低温(5 K(ケルビン)=マイナス約268.15℃)かつ超高真空の環境下でAFM観察を行いました。この手法は、探針の先端に一酸化炭素(CO)分子を付着させることで、分子内の原子間の結合までも可視化できます。 観察された22個の分子のうち、多くの分子がこれまでの予想を遥かに上回る巨大な構造を持っていました(図1)。最大のものでは環の数が100を超え、見積もられる分子量は3,000以上に達します。これは従来の質量分析で主に検出されていた分子(分子量200〜500程度)とは異なる、新たな有機分子を可視化したことを意味します。これらは、従来の定義で不溶性有機物に相当するサイズでありながら、巨大な一つの芳香族骨格として存在していることが初めて直接証明されました。 さらに内部構造を詳細に解析したところ、主要な六角形の環(6員環)に加えて、5員環や7員環、稀に8員環が含まれていることが分かりました。これら特殊な環状構造が存在することで、分子は平坦ではなく、立体的にゆがんだ複雑な3次元構造をとっていることが明らかになりました。   【今後の展望】本成果は、太陽系形成以前の星間分子雲(注5)から小惑星へと受け継がれた有機分子の進化過程を解明するための極めて重要な手がかりとなります。また本研究により、地球外試料に対して高分解能AFMを用いた分子構造の直接観察が極めて有効であることを実証しました。質量分析などの従来の手法では分析が困難であった巨大で複雑な有機分子に対して、AFMは「個々の分子の形を直接可視化する」という強力かつ相補的な情報を提供します。今後は、この革新的な測定手法をより広範な地球外試料に応用していくことで、宇宙における有機分子の化学進化の過程、さらには太陽系の形成や地球生命の起源へとつながる物質進化の全容解明に向けた研究が飛躍的に進展すると期待されます。 図1 小惑星リュウグウに存在した多様な有機分子のAFM画像 それぞれの有機分子について、AFM画像と構造モデルを重ねたAFM画像を並べている。構造モデルの赤、青、水色、オレンジはそれぞれ5員環、6員環、7員環、8員環を表す。全画像のスケールバーは1 nmを示す。(原論文の図を改変したものを使用しています。)   研究助成本研究は、科研費「学術変革領域研究(A)(課題番号:JP20H05849)」、「基盤研究B(課題番号:22H01950)」、科研費「若手研究(課題番号:23K13665)」、科研費「基盤研究A(課題番号:23H00148)」の支援により実施されました。   発表者・共同研究グループ情報東京大学 大学院新領域創成科学研究科 岩田孝太特任研究員:研究当時 杉本宜昭教授 大学院理学系研究科 橘省吾教授 北海道大学低温科学研究所 大場康弘准教授 九州大学大学院理学研究院 奈良岡浩教授 広島大学大学院先進理工系科学研究科 薮田ひかる教授   論文情報雑誌名:Nature Communications 題名:Chemical structure of organic molecules in asteroid Ryugu revealed by high-resolution atomic force microscope 著者名:Kota Iwata*, Yasuhiro Oba, Hiroshi Naraoka, Hikaru Yabuta, Shogo Tachibana, and Yoshiaki Sugimoto* DOI: 10.1038/s41467-026-71484-y URL: https://doi.org/10.1038/s41467-026-71484-y   注意事項(解禁情報) 日本時間4月14日18時(英国夏時間14日午前10時)以前の公表は禁じられています。   用語解説 (注1)小惑星リュウグウ: 太陽系誕生時の情報を色濃く残す炭素質の近傍小惑星。これまで、宇宙由来の有機分子の研究は主に地球に落下した隕石を用いて行われてきたが、大気圏突入時の熱や地球の生物による汚染を完全に排除できないという課題があった。しかし、探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから極めて新鮮な試料を地球に持ち帰ったことで、純粋な地球外有機物の分析が可能となった。   (注2)原子間力顕微鏡(AFM): 鋭い針(探針)を観察対象(試料)に近づけて、探針先端の原子と試料表面の原子との間に働く力を測定することで試料表面を観察する顕微鏡。試料の導電性を問わず用いることができる。    (注3)員環: 分子中の環(リング)を形づくる原子の数を表す用語。原子5個からなる環は「5員環」、7個からなる環は「7員環」と呼ばれる。   (注4)化学進化: 個々の原子から、分子へ、さらに巨大な分子へと多様な分子へと進化していくこと。宇宙の塵表面上で、長い時間をかけて生命の材料となるような有機分子が形成されることがわかってきている。   (注5)分子雲: ガスや塵が濃密に集まった宇宙空間の領域で、太陽のような星や惑星系が形成される前の状態。   報道発表資料(407.27 KB) 掲載ジャーナル:Nature Communications 研究者ガイドブック(薮田 ひかる教授)   【お問い合わせ先】 東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授杉本宜昭(すぎもとよしあき) Tel:04-7136-4058E-mail:ysugimoto*k.u-tokyo.ac.jp   北海道大学低温科学研究所 准教授大場康弘(おおばやすひろ) Tel:011-706-5500E-mail:oba*lowtem.hokudai.ac.jp   広島大学大学院先進理工系科学研究科 教授薮田ひかる(やぶたひかる) Tel:082-424-7474E-mail:hyabuta*hiroshima-u.ac.jp   東京大学大学院新領域創成科学研究科 広報室 Tel:04-7136-5450E-mail:press*k.u-tokyo.ac.jp   北海道大学 社会共創部 広報課 Tel:011-706-2610E-mail:jp-press*general.hokudai.ac.jp   広島大学 広報室 Tel:082-424-3749E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください)

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    2025.10.23
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    トポロジー理論を用い、 編物の強靭性を高める― 素材に依存しない新しい「強靭な布」の設計技術 ―

    概要編物の強靭性はその編物を構成する糸の素材に強く依存するが、利用可能な素材は編物の用途に応じて限定される。編物を構成する糸の素材ではなく、編物を構成する編み目等の構造の選択によって、編地の機械的強度を高めることができれば、素材が限定された場合でも編物の強靭性を高めることができる。本技術はトポロジー理論に基づいて編み目の構造を選択し、強靭性の高い編地を提供するものである。   従来技術とその問題点 編物の強靭性はその編物を構成する糸の素材に強く依存する 従来、編物の強靭性等の機械的性質について、編み目構造レベルでの研究が行われている 編物の機械的性質に係るメカニズムについては解明されていない →素材依存による強度の限界 →利用可能な素材は編物の用途に応じて限定される →素材選択でコスト増・用途制限・耐久性不足が発生   新技術の特徴・従来技術との比較素材ではなく構造設計で編物の強靭性を付与   トポロジー(位相幾何学)理論で構造設計 素材依存によらず強靭性付与 素材選択の自由度の拡大 素材選択に制約が有っても強靭性向上可能 →軽量・高強度・コスト削減の実現   新技術について編物の機械的性質に係るメカニズムの解明 トポロジー(位相幾何学)的に同一である糸同士の絡み構造の編物は、高い強靭性を有し、局所的な破断や劣化を抑制することが可能 編地の素材となる糸の性質に依存することなく、編地の機械的特性を高めることができる 素材のコストを低減しつつ、編地およびこれを用いる編物の機械的強度を向上させることができる   トポロジー的に同一とは 図形や空間の連続的な性質に着目する位相幾何学の観点から同じ形であることを表し、切ったり貼り合わせたりすることなく、物体の形を自由に伸ばしたり縮めたりねじったりして同じ形にできる ことをいう 編地を構成する糸同士の絡み構造についてトポロジー的な同一性を考える それぞれの絡み構造について、空間的なつながり方が同じであることを、トポロジー的に同一であるという   編み物や織物は結び目が二次元に広がった構造をしている   結び目は右手、左手のキラリティを持つ場合がある   複数の結び目はキラリティが同じ場合と異なる場合がある   加わる力、エネルギーとキラリティの関係   引張試験の結果 同じ素材で作られた編物でも絡み構造の違いによって機械的強度が異なる   想定される用途 安全・安心社会への貢献 (防弾チョッキ、防刃ベスト、消防服、作業着等) 輸送・モビリティ分野 (材料の軽量化、タイヤ、シートベルト等) 環境・持続可能性 (リサイクル材料の高強度化、長寿命の布地等) その他の展開可能性 (スポーツ用品、医療用素材 等) 企業様への貢献 用途別最適設計、規格適合化、量産プロセス等の共同研究による貢献 共同研究、ライセンス、委託研究、技術者・研究者受入、技術指導等に柔軟に対応可能 軽量・高強度・コスト削減への貢献 新素材研究との相互補完 新市場開拓、環境対応などへの貢献   本技術に関する知的財産権 2025年9月16日 特許出願済み 出願人:広島大学、早稲田大学 発明者:井上克也 他2名   研究者井上克也 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 教授

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    2025.11.07
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    銅酸化物の高温超伝導体で特殊な電子状態「ノード金属」を発見

    【本研究のポイント】 銅酸化物高温超伝導体で、世界で初めて「ノード金属」と呼ばれる特殊な電子状態を観測。 超伝導転移温度を大きく超える高温でも超伝導電子が存在することを発見し、それが「ノード金属」をもたらしていることを提唱。 三層構造が最も高い転移温度を示す理由を「ノード金属」に基づいて解明し、室温超伝導の物質設計に重要な指針を提示。     【概要】 広島大学放射光科学研究所准教授の出田真一郎、同大学技術専門職員の有田将司、京都大学大学院人間・環境学研究科教授の吉田鉄平、東京大学大学院理学系研究科名誉教授の藤森淳、内田慎一、同大学低温科学研究センター助教の藤井武則、弘前大学大学院理工学研究科教授の渡辺孝夫(研究当時)、同大学博士課程学生の足立伸太郎(研究当時、現職京都先端科学大学工学部講師)、自然科学研究機構分子科学研究所/総合研究大学院大学准教授の田中清尚、産業技術総合研究所主任研究員の石田茂之、東北大学大学院工学研究科助教の野地尚(研究当時)らと、台湾国立清華大学、米国スタンフォード大学の国際共同研究チームは、銅酸化物高温超伝導体(*1)のなかでCuO2面 (*2) を3枚もつ三層系銅酸化物の電子状態を詳細に調べ、超伝導転移温度 (Tc)を越える温度領域で、「ノード金属」(*3)と呼ばれる特殊な金属状態を世界で初めて観測しました。   当研究グループは、放射光を用いた高分解能の角度分解光電子分光(*4)により、ノード金属状態のキャリア濃度依存性を明らかにしました。その結果、キャリア量が非常に少ないCuO2面でも、Tcよりはるかに高い温度から超伝導電子が存在することを発見しました。さらに、超伝導を特徴づけるエネルギーギャップが従来の高温超伝導体よりも著しく大きいことがわかりました。これは、外側2枚と内側1枚のCuO2面の間で生じる「近接効果」(*5)により超伝導が安定化されたことを示しています。三層系が最大のTcを示す機構を明らかにした本研究成果は、高温超伝導の起源の解明に貢献するとともに、室温超伝導に向けた高いTcを示す物質設計の指針になることが期待されます。   本研究成果は「Nature Communications」において2025年10月27日付(イギリス時間)でオンライン掲載されました。本研究は科学研究費事業(課題番号:20H01861、22K03535、23K20229、24K06961、25400349)、台湾国家科学及技術委員会、教育省、米国エネルギー省による支援を受け、広島大学放射光科学研究所共同研究委員会により採択された研究課題(課題番号:22AG006、23BG011)、および、分子科学研究所により採択された研究課題(課題番号:29-549, 31-572, 31-861)のもとで実施されました。     【論文情報】 〈雑誌〉Nature Communications(Q1) 〈題名〉Proximity-Induced Nodal Metal in an Extremely Underdoped CuO2 Plane in Triple-layer Cuprates 〈著者〉Shin-ichiro Ideta*, Shintaro Adachi, Takashi Noji, Shunpei Yamaguchi, Nae Sasaki, Shigeyuki Ishida, Shin-ichi Uchida, Takenori Fujii, Takao Watanabe, Wen O. Wang, Brian Moritz, Thomas P. Devereaux, Masashi Arita, Chung-Yu Mou, Teppei Yoshida, Kiyohisa Tanaka, Ting-Kuo Lee, Atsushi Fujimori*(*責任著者) 〈DOI〉10.1038/s41467-025-64492-x     【背景】 1986年に発見された銅酸化物高温超伝導体は、来年で発見から40周年という節目を迎えます。「超伝導」とは、物質を冷やすとある温度で電気抵抗が突然ゼロになる現象です。アルミニウムや鉛のような単体金属では、絶対零度に近い液体ヘリウム温度(-273℃)まで冷却しないと超伝導を示さないのに対し、銅酸化物高温超伝導体は、安価な液体窒素温度(-196℃)の高温で超伝導を示すため、送電ケーブルやリニアモーターカー、エネルギー貯蔵、医療分野など、幅広い応用が期待されています。しかし、発見から40年近く経った現在も「なぜ高い温度で超伝導がおこるのか」という起源は未解明です。そのため、物性物理学における最も挑戦的な課題として世界中の研究者の関心を集めています。 その中でも、特に重要な問題が、「多層系」の超伝導転移温度(Tc)です。超伝導は、モット絶縁体(*6)である2次元のCuO2面にキャリア(ホールまたは電子)を供給することで発現しますが、経験的にCuO2面が3枚ある三層系でTcが最大化することが知られています。しかし、なぜ三層構造だと最も高いTcが得られるのか、そして、そのときの電子の振る舞いについては長年の謎でした。     【研究成果の内容】 銅酸化物高温超伝導体は、電荷供給層からCuO2面にキャリアが供給されることで超伝導が発現します(図1a)。三層系銅酸化物では1単位格子に3枚のCuO2面があり、外側の2枚には多くのキャリアが入り、内側の1枚には少量しか注入されません。この内側CuO2面は、外側2枚に挟まれて「保護」されるため、平坦で清浄な状態が保たれ、超伝導に理想的な環境をもつと考えられます。 当研究グループは、この内側CuO2面のキャリア量を減らし、モット絶縁体に近い状態で超伝導電子がどのように振る舞うかを調べました。放射光を用いた高分解能角度分解光電子分光法(ARPES)の測定により、キャリア濃度が極端に減少した内側CuO2面を直接観測しました。通常、このような低キャリア状態ではモット絶縁体となり超伝導を維持できないと考えられます。しかし、実際には非常に大きなd波超伝導が実現していることを発見しました(図1b)。 さらに温度を上げても、Tcの約1.5~2倍に至る高温領域までd波の節構造を保持した「ノード金属」状態と呼ばれる特殊な状態が続くことを世界で初めて観測しました(図2)。この結果は、Tcを大きく超える温度から内側CuO2面で超伝導電子が形成され始めていることを意味しています。また、外側CuO2面からの「近接効果」が内側CuO2面の超伝導を安定化させ、d波超伝導を維持していることを見出しました。 これらの成果は、三層構造が最も理想的に超伝導を安定化させ、高いTcを実現する理由を示すものです。 図1: 3枚の超伝導層(CuO2面)をもつ三層系銅酸化物高温超伝導体の結晶構造。(a)3枚のCuO2面が、電荷供給層によって挟まれている。この電荷供給層を酸素アニールや原子置換を行うことでホールや電子がCuO2面に供給され、CuO2面のキャリア量が変化し超伝導が発現する。電荷供給層に近い外側CuO2面の方が内側CuO2面よりもキャリア量が多い。本研究では、内側CuO2面由来の電子状態で「ノード金属」を初めて観測することに成功した。(b)CuO2面でのエネルギーギャップの形がd波対称性をもつ状態の模式図。超伝導電子が角度依存性をもち、ノード(節)、アンチノード(腹)の方向がある。ノード方向は、図(b)の45°方向の矢印で示す銅原子-銅原子方向、アンチノード方向は図(b)の上矢印で示す銅原子-酸素原子方向に対応する。d波超伝導はノード方向でエネルギーギャップがゼロ、アンチノード方向で最大となる。 図2: 銅酸化物高温超伝導体でのエネルギーギャップ。エネルギーギャップは、ノード方向(節方向)においてゼロであり、アンチノード方向(腹方向)で最大となるd波超伝導を示す(図1b)。(a)内側CuO2面でのエネルギーギャップの温度変化。T < Tcの超伝導状態では、ノード方向でエネルギーギャップがゼロ、アンチノード方向でエネルギーギャップが最大となるd波超伝導が存在する。温度を上昇させていくとT = 1.5-2Tcまでd波ギャップが維持されるノード金属状態が存在することが本研究で明らかになった。これは、T = 1.5-2Tcで既に超伝導電子が形成され始める前駆的超伝導電子が存在することを意味している。T > 2Tcでは、ノード金属状態が崩壊し、フェルミアークと呼ばれるフェルミ面の一部が消失したアーク上のフェルミ面のみが観測される。     【今後の展開】 本研究により、三層系銅酸化物高温超伝導体で最も高いTcを発現させる理由と、超伝導電子の形成過程という長年の謎を解明しました。この成果は、高温超伝導の発現機構の理解を大きく前進させるものです。特に高温で超伝導電子が形成されることは、高いTcをもつ物質の設計や応用研究、さらには室温超伝導の実現に向けた重要な指針になると期待されます。     【用語説明】 (*1)銅酸化物高温超伝導体:銅(Cu)と酸素(0)を含む層状構造を持つ化合物で、比較的高い温度(液体窒素温度以上)で超伝導を示す物質群です。Bi系銅酸化物高温超伝導体では、単層系でTcは-233℃、二層系で-178℃、三層系で-163℃となり三層系で最大のTcを示します。   (*2)CuO2面:銅酸化物高温超伝導体に共通して存在する二次元的な銅と酸素からなる層です。CuO2面自体は電子が強いクーロン反発で局在しているため絶縁体ですが、この層に電子やホール(正孔)を供給すると、電子は運動できるようになり金属的な性質を示すようになります。CuO2面は銅酸化物高温超伝導の「舞台」ともいえる存在です。三層以上の銅酸化物を多層系銅酸化物高温超伝導体と呼び、本研究で対象としています。   (*3)ノード金属:銅酸化物高温超伝導体では、超伝導状態で超伝導ギャップがゼロとなる節(ノード)構造を保持します(d波超伝導)。ノード金属は、Tc以上の常伝導状態でも超伝導状態と同じようなノード方向のフェルミ準位にのみ電子が残る特殊な電子状態です。   (*4)角度分解光電子分光:物質の電子構造を調べるための先端的な実験技術です。物質に放射光や紫外線レーザーなどの光を入射したときに放出される光電子のエネルギーと放出角度を計測することで、物質内部で波動として振る舞う電子を特徴づけるエネルギーと波数の分布を調べることができます。   (*5)近接効果:多層構造を持つ銅酸化物高温超伝導体において、隣接するCuO2面同士が量子力学的に影響し合い、超伝導性が伝播・強化される現象です。特に、超伝導秩序が強い層から弱い層へと「しみ出す」ように伝わることで、全体のTcが向上することがあります。これは、単層系では見られない多層系特有の性質です。   (*6)モット絶縁体:本来は金属のように電気が流れるはずの物質が、電子同士の強い反発によって動けなくなり、絶縁体になる状態を「モット絶縁体」と呼びま す。銅酸化物高温超伝導体の母物質はこのモット絶縁体であり、超伝導の発現 を理解する出発点として重要視されています。   【プレスリリース】 銅酸化物の高温超伝導体で特殊な電子状態「ノード金属」を発見 ~三層構造が高い超伝導を実現する仕組みの解明へ~.pdf(604.04 KB) 掲載雑誌:Nature Communications 研究者ガイドブック(出田真一郎 准教授)   【お問い合わせ先】 <研究に関すること> 広島大学放射光科学研究所 准教授 出田 真一郎 Tel:082-424-6294 E-mail:idetas@hiroshima-u.ac.jp   <報道に関すること> 広島大学 広報室 〒739-8511東広島市鏡山1-3-2 TEL:082-424-4518FAX:082-424-6040 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp   自然科学研究機構分子科学研究所 研究力強化戦略室広報担当 TEL:0564-55-7209FAX:0564-55-7340 E-mail:press@ims.ac.jp   総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係 TEL:046-858-1629FAX:046-858-1648 E-mail:kouhou1@ml.soken.ac.jp   東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室 E-mail:media.s@gs.mail.u-tokyo.ac.jp   京都大学 広報室国際広報班 TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094 E-mail:comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp   弘前大学理工学研究科総務グループ総務担当 TEL:0172-39-3510 FAX:0172-39-3513 E-mail:r_koho@hirosaki-u.ac.jp   京都先端科学大学広報センター TEL 075-406-9121 FAX 075-406-9130 E-mail:kouhou@kuas.ac.jp

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    2013.04.01
    • 半導体
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    大気圧プラズマビームを用いた超高速・高温熱処理技術

    アピールポイント 従来のレーザープロセスと比較して装置コストを大幅に低減 従来プラズマに比べ、高パワー密度かつ大面積処理が可能 半導体基板、ガラス素材、フィルム素材、鉄板などに対する局所的・極表面熱処理   研究者のねらい 従来の大気圧・高エネルギー熱プラズマに対し、ワーク表面でのパワー密度が格段に高く、さらに磁場走査により大面積処理を可能とすることを特徴とした、熱プラズマジェットを用いたミリ秒オーダーの高温熱処理技術を開発しています。 本技術は、レーザーを用いた熱処理と同程度の高パワーを、10分の1以下の装置コストで実現可能であり、レーザーと異なり、被熱処理物が透明であっても熱処理が可能です。 半導体中の不純物活性化や、耐熱性の低い基板の瞬間過熱による極表面熱処理などの半導体デバイス分野への応用に加え、ガラスやフィルム素材、鉄板の局所的、または極表面のみの熱処理技術など、これまで実現できなかった新たな応用も期待できます。   研究内容 約1万度のプラズマジェットを大気圧下で発生させ、これを被熱処理物にミリ秒程度の短時間照射することにより、被処理物の表面(数10µm)のみを選択的に1,000℃以上の高温で熱処理することを可能にしました。 本プロセスの応用例として、ガラス基板上の非晶質Si膜を同技術により熱処理し、多結晶化したSi膜を用いて**薄膜トランジスタ(TFT)**を作製しました。その結果、電界効果移動度61 cm²V⁻¹s⁻¹、しきい値電圧3.4 Vという良好なトランジスタ特性を得ています。   【特許】 特願2019-118679表面処理装置   【論文】 “Large area annealing by magnetic field scanning of atmospheric pressure thermal plasma beam,” Jpn. J. Appl. Phys., 59 (2020) SJJF01-1.   研究者 東清一郎(Higashi Seiichirou) 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 教授

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    2019.03.11
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    鋳放し使用可能なNear-α型チタン合金の設計と特性評価

    アピールポイント 低製造コスト・省エネルギー・地球環境保全に対応したnear-α型Ti合金の開発 DV‑Xaクラスター法による、鋳放し使用可能なnear-α型チタン合金の設計指針   研究者のねらい 本研究では、低製造コスト化による省エネルギーを切り口に、地球環境保全対応の鋳放使用可能なnear-a型Ti合金開発を行う。目下、Ti合金は鋳造後に複雑な加工・熱処理を施すため、高製造コスト化を招いている。そこで、後処理無しに、鋳放し状態での合金の高性能化を念頭に、従来合金に比肩する強度・延性・耐食特性を目標とした。 なお、d電子合金設計法のさらなる高精度化も研究の課題として挙げた。製造プロセス最適化として省エネルギー効率の良く、材質制御まで完了を意図して、浮揚溶解法を用いた。   研究内容 near-a型Ti合金の設計に、DV-Xaクラスター法より得られた、2種の電子パラメータ(Bo:原子間の結合次数、Md:d軌道エネルギーレベル)を用いた。また、溶製した合金の強度、高温耐食性を評価した。得られた主な結果を以下に示す。 備考 論文: Xi-Long Ma, Kazuhiro Matsugi, Zhe-Feng Xu, Yong-Bum Choi, Ye Liu, Jie Hu, Xin-Gang Liu and Hao Huang. Cold crucible levitation melting of near-a titanium alloys and their characterizations. こしき,No.41.2.Xi-Long Ma, Kazuhiro Matsugi, Zhe-Feng Xu, Yong-Bum Choi, Ryohei Matsuzaki, Jie Hu, Xin-Gang Liu and Hao Huang.   研究者 松木一弘(Matsugi Kazuhiro) 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 教授

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    2013.04.01
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    金属間化合物強化複合材料及びその製造方法

    アピールポイント 複合材料のプロセスの簡略化可 高性能及び低コスト可 形状自由度可   研究者のねらい アルミニウム合金を母材とする強化複合材料において、アルミニウム合金中に金属間化合物が均一に分散させ、強度および耐摩耗性に優れる強化複合材料を、形状の自由度を確保しつつ低コストで製造する技術を提供することにある。   研究内容 従来から、種々の要求に適合する材料を実現するべく、単体の材料では持ち合わせなかった特性を有する、異質な材料を組み合わせた複合材料の開発が様々な分野で行われている。例えば、金属材料の分野においては、アルミニウムの特徴である軽さを維持したまま、その強度や耐摩耗性を向上させるべく、様々な方法により、アルミニウム材料にセラミックス粒子を分散複合化させたセラミックス粒子分散複合アルミニウムを製造する研究例が多い。本研究は、これらとは異なる製造方法として、金属多孔体を溶融金属で   備考 特許権:特許第5988667号「金属間化合物強化複合材料及びその製造方法」   研究室URL:https://home.hiroshima-u.ac.jp/~zaishitu/Researchgate   ResearchGate:https://www.researchgate.net/profile/Yong_Choi19   Email:ybchoi@hiroshima-u.ac.jp   研究者 崔 能範|チェ ヨンボン(CHOI YONG BUM) 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 准教授

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    2013.04.01
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    チタン基複合材料の新たな製造方法

    アピールポイント 高性能性を有する材料開発 複合材料のプロセスの簡略化可 低コスト化可   研究者のねらい チタンと炭素の固相反応を利用したチタン基複合材料の簡易な製造方法を提供することを目的とする。   研究内容 本発明は、チタンマトリックス中に粒子状の炭化チタンが分散したチタン基複合材料の製造方法であって、樹脂に黒鉛粉末、カーボンナノファイバー、又は黒鉛粉末及びカーボンナノファイバーの混合物を分散させてシート状に形成したグラファイトシートと、酸化膜を除去した板状チタンを準備する工程と、圧力方向に離間する前記板状チタンの間に前記グラファイトシートを挟んで積層した積層試料を作製する工程と、チタンの融点をMp(K)とした場合に、前記積層試料を、973K以上Mp以下の温度条件下   備考 特願2019-130578   研究室URL:https://home.hiroshima-u.ac.jp/~zaishitu/Researchgate   ResearchGate:https://www.researchgate.net/profile/Yong_Choi19   Email:ybchoi@hiroshima-u.ac.jp   研究者 崔 能範|チェ ヨンボン(CHOI YONG BUM) 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 准教授

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    2021.04.01
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    プリフォームを要しない炭素繊維強化複合材料の製造プロセスの開発及び特性評価

    アピールポイント 多機能性を有する材料開発 複合材料のプロセスの簡略化可 複合材料の形状自由度の向上可   研究者のねらい 炭素繊維強化金属基複合材料によれば、炭素繊維は、表面に無解メッキ層を有するため、母材金属との濡れ性が良く、従来の高圧鋳造法ほどの高い圧力を必要としない。そのため、製造コストを低減させることが可能となる。母材金属からなる層の間に、炭素繊維の隙間に母材金属が浸透した複合層を有することで、予備成形体を用いることなく製造可能である。複合層における炭素繊維の体積率は7~30 vol.%であり、従来よりも高い体積率で、欠陥のない良好な炭素繊維強化金属基複合材料が得られる。   研究内容 背景: 今まで実現できなかったプリフォームの成形プロセスが必要としない、高体積率(30 vol.%)を有する炭素繊維強化金属基複合材料の製造プロセスの開発することである。   方法: 常温でアルミインゴットの間に炭素繊維を導入し、1073 Kまで温度を上昇した後、一定の圧力(0.8 MPa以下)を加え、加圧鋳造法を行う。図1は作製方法の模式図を示す。   成果: 図2は0.8 MPa下、無毛解を施した炭素繊維を用い作製した複合材料の外観写真である。体積率は7.1   備考 出願番号:特願2019-115782   研究室URL:https://home.hiroshima-u.ac.jp/~zaishitu/Researchgate   ResearchGate:https://www.researchgate.net/profile/Yong_Choi19   Email:ybchoi@hiroshima-u.ac.jp   研究者 崔 能範|チェ ヨンボン(CHOI YONG BUM) 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 准教授

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    2021.04.01
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    熱界面シート及びその製造方法

    アピールポイント 軽量かつ高熱伝導率を有する熱界面材料 低コスト及び容易に製造可 シートの大量生産可   研究者のねらい 熱界面材は、デバイス等の発熱体とヒートシンク等の放熱体との間の微小空隙を埋めるように充填され、発熱体から発生した熱を放熱体へ効果的に伝える役割を担う。本研究は、高熱伝導率、低コストかつ容易に製造することが可能であり、加工の際に端部から切粉が発生せず、軽量かつ高い熱伝導率を有する熱界面シートを提供する。   研究内容 本研究で開発された熱界面シートは、熱可塑性脂と、カーボンナノファイバーを含有する熱界面シートである。製造過程は、混合→塗布工程→乾燥工程→剥離工程であり、シートの厚さは20 μmから100 μmであるが、シートの厚さは自由に変えることが可能である。シートの硬度(Hs, 82–85)、熱伝導率(厚さ方向、14.3 W/mK)の特性を持っている。 また、熱界面シートは適当な大きさに切り出す際に、端面から切粉が発生することが問題であるが、本シート材はその問題を解決され、作業性の効率も上がる。   備考 出願番号:特願2020-138886   研究室URL:https://home.hiroshima-u.ac.jp/~zaishitu/Researchgate   ResearchGate:https://www.researchgate.net/profile/Yong_Choi19   Email:ybchoi@hiroshima-u.ac.jp   研究者 崔 能範|チェ ヨンボン(CHOI YONG BUM) 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 准教授

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    2026.01.21
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    強相関電子系物質の相図におけるパラダイムシフト -半世紀使われてきたドニアック相図を超えて-

    概要 理化学研究所(理研)放射光科学研究センター物理・化学系ビームライン基盤グループの山岡人志客員研究員、富山県立大学工学部教養教育センターの谷田博司准教授、広島大学放射光科学研究所(HiSOR)のアイケ・シュヴィア助教(研究当時)、シブ・クマール助教(研究当時)、有田将司技術専門職員、島田賢也教授(同大学放射光科学研究所所長)、関西学院大学の山本義哉大学院生(研究当時)、水木純一郎教授、高知大学の田島史郎大学院生(研究当時)、小野寺健太大学院生(研究当時)、西岡孝教授らの国際共同研究グループは、奇妙な異方性(磁気秩序が磁化の起こりやすい方向に起きない)を備えた反強磁性秩序[1]を示す近藤半導体[2]Ce(Ru1-xRhx)2Al10において、伝導電子とセリウム(Ce)が持つ4f電子[3]との結合(c-f混成[4])の異方性を考慮した新しい相図[5]を提案しました。 本研究成果は、高温超伝導体、次世代メモリ、高効率エネルギー変換デバイス、次世代コンピュータなどへの応用が期待される強相関電子系化合物[6]の物性発現の理解と新物質開拓に貢献すると期待されます。 今回、国際共同研究グループは、近藤半導体であるCeRu2Al10とそのルテニウム(Ru)の一部をロジウム(Rh)で置換した物質について、広島大学放射光科学研究所(HiSOR)のビームラインおよび理研放射光科学研究センターの大型放射光施設「SPring-8」[7]の放射光を用いた実験を駆使し、電子構造を調べ、少量のRh置換により引き起こされた電子構造の質的な変化、すなわちリフシッツ転移[8]が生じることを見いだしました。また、公表から約半世紀が経過した今でもなお強相関電子系の基底状態を記述する最も基本的な概念である相図(ドニアック相図(Doniach phase diagram)[9])を発展させ、方位依存性を持った「羅針盤」としての新しい相図を提案しました。 本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(2025年12月24日付)に掲載されました。   新たに提案した異方的c-f混成を扱う高次元の相図   背景 物質の中には無数の電子が存在します。それらは相互に影響し合い、超伝導や磁気/電荷秩序といった相転移[10]を示します。物の性質を扱う物性物理において、相転移の研究は花形の一つです。元素の組合せや原子のナノ配列構造(結晶構造)の特徴を反映した種々の相転移が知られていますが、こうした基礎研究は、現代社会を支える基盤技術(例えば磁気メモリなど)につながっています。 近藤半導体CeM2Al10(M:遷移金属のRu、オスミウム(Os)、鉄(Fe)など、Al:アルミニウム)は直方晶[11]の化合物です(図1(a))。近藤半導体では、磁気秩序が生じることは通常期待されませんが、CeRu2Al10とCeOs2Al10では常識に反し、約30ケルビン(K:絶対温度の単位)で反強磁性(AFM:antiferromagnetic)秩序が生じます。この転移温度は、大抵のCe化合物と比べて数倍高いものです。また、反強磁性秩序でのCeの磁気モーメントの向き(磁気異方性)も異常で、通常の磁性体では期待されない方向を向いてしまいます。このように奇妙な反強磁性秩序のカギとして、特に伝導電子とCe 4f電子との結合(c-f混成)の異方性が指摘されてきました。しかし、肝心の電子構造は未解明のままでした。 そこで山岡客員研究員らは、角度分解光電子分光(ARPES)[12]実験(図1(b))を行い、CeRu2Al10では確かにc-f混成が異方的であることを明らかにしました注1)。この結果は、CeRu2Al10で生じる奇妙な反強磁性秩序が遍歴性[13]を有すことを浮き彫りにし、当時提唱されていた理論モデルを支持する内容でした注2)。 図1 CeRu2Al10の結晶構造、ARPES実験のセットアップ (a)CeRu2Al10の結晶構造。結晶系は直方晶(黄色四角枠)。Ru-Al10から成るクラスタ(灰色)がac2次元面を成し、b方向に積層している。クラスタの中心にRu(白っぽい灰色)が、クラスタの隙間にCe(黒色)がいる。小さい球はAlを表す。 (b)ARPES実験の例。光速に近い速度で運動する電子が向きを変えるときに放出する放射光を単結晶試料に入射させて、光電効果で飛び出した光電子を検出器で捉える。図中左下に示すように、物質中では電子の占める軌道によって結合エネルギーが異なる。単結晶の方位を変えながら光電子のエネルギーと運動量を調べることで、3次元的な電子構造の情報を得ることができる。本研究では図中の角度θを±10度程度の範囲でデータを積分し、c-f混成の異方性に関する情報を得た。なお実験では、Ceの4d-4fの共鳴条件に相当するエネルギーである122電子ボルト(eV)の放射光を入射させて行った。   注1) H. Yamaoka et al., J. Phys. Soc. Jpn. 93, 124704 (2024). 注2) S. Hoshino and Y. Kuramoto, Phys. Rev. Lett. 111, 026401 (2013).   研究手法と成果 今回、国際共同研究グループは、CeRu2Al10のRuサイトを周期表でRuの一つ右隣にある元素Rhに一部置き換えたCe(Ru1-xRhx)2Al10について、ARPES実験を行いました。Ce(Ru1-xRhx)2Al10の最大の特徴は、CeRu2Al10の異常な磁気異方性を解消し、磁気モーメントが期待される通りの向きを向くようになることです。この劇的な変化は、わずか5%程度のRh置換で起こります。このとき同時に転移温度も若干下がりますが、依然として同程度に高い温度を維持します。ここでも、c-f混成の強度と異方性がカギとなることが指摘されてきましたが、肝心の電子構造は未解明のままでした。 そこで国際共同研究グループは、CeRu2Al10およびCe(Ru1-xRhx)2Al10について、広島大学放射光科学研究所(HiSOR)のビームラインBL-1でARPES実験を行い、c-f混成に異方性があることを見いだしました。さらに、理研放射光科学研究センターSPring-8のビームラインBL12XUとBL12B2において実施した分光実験とX線回折実験の結果を合わせて、電子構造の変化、いわゆるリフシッツ転移がRh置換によって起きていることを明らかにしました。 図2(a)と(b)は、ARPES実験のデータを各結晶軸について積分して得たスペクトルです。これによりc-f混成の強度の異方性を調べることができます。図を見ると、フェルミエネルギー[14]近傍のスペクトル強度が明らかに違います。また、強度の強い方向がRh置換で変化しています。これは、Rh置換によってc-f混成の強い方向が切り替わったことを、実験的に明瞭かつ端的に示す結果です。 図2 CeRu2Al10とCe(Ru0.9Rh0.1)2Al10の実験結果 ARPES測定のデータを、結晶のa、b、c軸方向に積分した図。「f1」と示した信号が強い場合にc-f混成が強い。CeRu2Al10ではc方向のc-f混成が強いが(a)、Ce(Ru0.9Rh0.1)2Al10ではb軸方向に強いことが明瞭に分かる(b)。これは、リフシッツ転移がRh置換で生じたことを示している。こうしてわずかなRh置換により、c-f混成の強い方向が切り替わることを実験的に初めて明らかにした。 図3(a)は、強相関電子系化合物の特徴を説明するために約50年来用いられてきたドニアック相図の概念を、模式的に示したものです。c-f混成が弱い領域では電子は局在的(特定の原子などに強く束縛されている状態)で、局在的反強磁性秩序が生じます。一方c-f混成が強い領域では遍歴的(電子が特定の場所にとどまらず自由に動く状態)で、非磁性の重い電子状態[15]が実現します。両者の中間ではさまざまな異常が発現します。これは、電子の粒子性と波動性[16]の問題に直結します。図中の円はフェルミ面[14]の大きさを表し、円の大きい方がc-f混成の強い状態を示します。 図3(b)は、ドニアック相図の概念を拡張した理論モデルです注2)。局在的反強磁性秩序と重い電子状態の間に、遍歴的反強磁性秩序の領域が割り込み、局在的反強磁性秩序の領域とはリフシッツ転移で隔てられています。これにより、CeRu2Al10の示す反強磁性秩序の遍歴性や、Rh置換で生じるリフシッツ転移を理解できます。 図3 ドニアック描像におけるc-f混成強度と物質の性質の移り変わり (a)ドニアック相図の概念。c-f混成が弱い領域は局在的な反強磁性、強い領域は非磁性の重い電子状態。両者は量子臨界点で隔てられる。量子臨界点とは相転移が起こり物質の状態が大きく変わる場所。(b)拡張されたドニアック相図。中間に遍歴的な反強磁性の領域が割り込む。局在的な反強磁性の領域とは、リフシッツ転移で隔てられている。図中の円により、c-f混成が等方的であることを象徴的に示す。   CeRu2Al10のc-f混成が異方的であるにもかかわらず、ドニアック相図ではc-f混成が等方的に扱われているため(図3)、CeRu2Al10の性質をうまく捉えることができませんでした。そこで国際共同研究グループは、c-f混成の異方性を考慮したより高次元の新しい相図を作成しました(図4)。 図4 新たに提案した異方的c-f混成を扱うドニアック描像の模式図   c-f混成が強くなるにつれ、局在的な反強磁性からリフシッツ転移を経て遍歴的な反強磁性に相転移し、量子臨界点を経て非磁性の重い電子状態へ移行する点は、図3(b)で示した概念と共通する。しかし、c-f混成の異方性を含めることで、従来のc-f混成を等方的に扱う相図よりも、的確に物質の特徴を示すことができる。CeRu2Al10とCe(Ru0.9Rh0.1)2Al10ではc-f混成は異方的で、それぞれc方向、b方向にc-f混成が強いことが楕円で表現されている。45度に傾いた破線はc-f混成が等方的な状況で、従来のドニアック描像はこの線上に対応する。CeRu2Al10ではb方向とc方向での顕著なc-f混成の異方性のため、2次元に拡張した相図で示したが、一般により高次元に拡張することが可能である。   CeRu2Al10とCe(Ru0.9Rh0.1)2Al10では、いずれもc-f混成の強さが異方的で、かつ、その強い方向は、それぞれc軸方向、b軸方向と異なりました。そこで、横軸と縦軸にそれぞれc軸方向とb軸方向のc-f混成の強さを取ることで、c-f混成が異方的な場合でも、その状況をうまく扱うことができるよう、旧来の概念を高次元に拡張した新たな相図を提案しました(図4)。従来のドニアック相図の概念は、c-f混成の強さの観点では1次元的です。新しい相図上では45°斜めの破線の軸上に対応します。 CeRu2Al10はc軸方向のc-f混成が強いため、相図の右側の領域、すなわちc軸方向のc-f混成が強い領域に位置付けられます。このとき、c軸方向にc-f混成の強いことが、c軸方向(横方向)に長い楕円で象徴的に示されています。同様に、Ce(Rh0.9Rh0.1)2Al10では、b軸方向のc-f混成が強いので、相図の左上に、b軸方向(縦方向)に長い楕円で示されています。両者は青い破線で示すようにリフシッツ転移で隔てられていて、今回の実験のようにRhで置換することで、遍歴的反強磁性状態から局在的反強磁性状態へと移行します。その際、c-f混成の強い方向がc軸方向からb軸方向へと大胆に入れ替わる様子が、黄色い矢印で示されています。 c-f混成の強さが弱い場合(図4左下)、あるいは強い場合(図4右上)には、c-f混成の異方性が実質的に消失し、等方的と見なすことができます。その様子は、図3(a)と図3(b)でも示した円により、象徴的に示されています。いわば、CeRu2Al10およびその関連物質は、c-f混成の強い/弱い領域の狭間にあり、種々の異常な性質の起源は、まさにその狭間の世界が生み出したc-f混成の異方性に端を発すると考えることができるようになります。このように提案した新しい相図は、c-f混成の示す異方性を針に据えた、まさに「羅針盤」として機能します。   今後の期待 本研究で得られた知見は、強相関電子系化合物の特徴を記述する最も基本的かつ象徴的な概念を、実験結果に基づき質的に拡張したものです。強相関電子系化合物が示す多様な性質の理解を深化させ、現象の統一的な理解、新たな物質開拓と理論研究の指針を与えます。元をたどれば電子の粒子性・波動性といった量子力学の基本原理に深く関わる概念であることから、本知見のインパクトは物性物理にとどまらず、広く波及し、基礎・応用を含む幅広い分野で活用されることが期待されます。   論文情報 <タイトル> Itinerant to localized heavy electron magnetism in Ce(Ru1-xRhx)2Al10: a direction-dependent phase diagram beyond the Doniach phase diagram   <著者名> Hitoshi Yamaoka, Hiroshi Tanida, Eike F. Schwier, Yoshiya Yamamoto, Shiv Kumar, Masashi Arita, Kenya Shimada, Fumisato Tajima, Renta Onodera, Takashi Nishioka, Hirofumi Ishii, Nozomu Hiraoka, and Jun’ichiro Mizuki   <雑誌> Physical Review Letters   <DOI> 10.1103/hdcf-dycj   補足説明 [1] 反強磁性秩序 隣り合う電子のスピンが互いに反対向きに整列し、全体では磁化の出ない状態(スピンは、量子力学的性質で上向きか下向きの状態しか取れない。スピンの向きがそろうと磁石になる)。   [2] 近藤半導体 強い電子相関により低温でエネルギーギャップを生じ、半導体的振る舞いを示す物質群。ギャップの大きい場合は近藤絶縁体と呼ばれる。「近藤」という名称は、この性質の起源と密接に関係する「金属の電気抵抗極小現象」の謎を世界で初めて解明した日本人物理学者、近藤淳(こんどうじゅん)博士の名前に由来する。物理学の世界で、日本人の個人名が冠された物理現象として有名なものの一つ。   [3] 4f電子 電子の取り得る軌道のうち、軌道角運動量がL=3の状態の軌道を占める電子。セリウム(Ce)などの希土類元素では、空間的に非常に原子核に近い軌道にある4f電子が不対電子となり、磁性を担う。   [4] c-f混成 伝導電子(conduction electron)とf電子(f-electron)とが混ざり合う効果や、混ざり合った状態、あるいは単に伝導電子とf電子との相互作用などを指す。磁気秩序、近藤効果、重い電子状態などのさまざまな現象は、これに端を発する。   [5] 相図 温度、圧力、組成などの関数として物質がどのような相・状態にいるのかを示す状態図。   [6] 強相関電子系化合物 電子間の相互作用が強い物質のこと。この性質が顕著に現れたものに、高温超伝導体、重い電子状態などがあり、物性研究の大きな一分野を成す。   [7] 大型放射光施設「SPring-8」 理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する細くて強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外線から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光が得られるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。   [8] リフシッツ転移 結晶構造が変わらず、電子構造が変化する特殊な転移。熱力学的な相転移([10]参照)とは趣を異にする。   [9] ドニアック相図(Doniach phase diagram) 磁性や重い電子状態を示す化合物において、c-f混成の強さを横軸に、温度を縦軸に取った相図で、c-f混成は等方的に扱われる。1977年にS.ドニアック博士が提案して以来、約50年にわたり用いられてきた。一般に、c-f混成を強くすると、磁性が消え、量子臨界点を超えて非磁性の重い電子状態に移行する。量子臨界点付近では、非自明な超伝導などの風変りな現象が数多く報告されている。   [10] 相転移 磁場や温度、圧力などの外場(外的要因)によって、別の状態へ移行すること。エネルギーの変化の仕方により、1次相転移と2次相転移がある。水の状態変化は1次相転移、反強磁性秩序などは2次相転移に分類される。   [11] 直方晶 七つの結晶系の一つ。直方体で、縦、横、高さの各辺の長さが異なる。それぞれの軸方向は、a軸、b軸、c軸方向としている。   [12] 角度分解光電子分光(ARPES) 単結晶に光を照射し、光電効果で生じた電子の強度とエネルギーを、結晶との方位を変えながら調べる手法。これにより、固体中の電子が持つエネルギーと運動量ベクトルの関係、すなわちバンド構造を直接知ることができる。ARPESはAngle-Resolved Photoemission Spectroscopyの略。   [13] 遍歴性 外殻電子は、その占有軌道の波動関数の空間分布から、所属していた原子近傍に局在するか、結晶中を遍歴する伝導電子と成るかで、大きく二つに分類される。Ceの4f電子は典型的に局在的であるが、わずかに遍歴性も備える。   [14] フェルミエネルギー、フェルミ面 電子を、波数空間上でエネルギーの低い状態から順に詰めたときに、占有する状態と占有しない状態とを分ける境界面(フェルミ面)およびそのエネルギー(フェルミエネルギー)。電子は、統計性の違いからフェルミ粒子に分類される。   [15] 重い電子状態 電子の見かけの質量(有効質量)が100~1,000倍にも増強したように振る舞う異常な金属状態。Ceやイッテルビウム(Yb)、ウラン(U)化合物などで見られる。   [16] 粒子性と波動性 電子のような量子力学的な粒子は、粒子としての性質とともに、波としての性質を持つ。物質の示す性質に深く関わり、量子力学の基本原理の一つである不確定性原理に端を発する。   研究支援 本研究は、広島大学放射光科学研究所のビームラインBL-1、BL-7、BL9A(課題番号:13-A-2、13-B-38、14-A-3、14-A-5、15-A-2、16AG-002、17AG-007、19BG002、21AG003)、SPring-8にある台湾ビームラインBL12XU、BL12B2(課題番号:2013A4251、2013A4255(NSRRC課題番号:2012-3-011))を用いて行われました。   【理化学研究所】強相関電子系物質の相図におけるパラダイムシフト_HP.pdf(650.3 KB) 掲載ジャーナル:Physical Review Letters 研究者ガイドブック(島田 賢也 教授)   発表者・機関窓口 <発表者>※研究内容については発表者にお問い合わせください。 理化学研究所放射光科学研究センター物理・化学系ビームライン基盤グループ 客員研究員 山岡人志(ヤマオカ・ヒトシ)   富山県立大学工学部教養教育センター 准教授 谷田博司(タニダ・ヒロシ)   広島大学放射光科学研究所 助教(研究当時) アイケ・シュヴィア(Eike F. Schwier) 助教(研究当時) シブ・クマール(Shiv Kumar) 技術専門職員 有田将司(アリタ・マサシ) 教授 島田賢也(シマダ・ケンヤ) (同大学放射光科学研究所所長)   関西学院大学 大学院生(研究当時) 山本義哉(ヤマモト・ヨシヤ) 教授 水木純一郎(ミズキ・ジュンイチロウ)   高知大学 大学院生(研究当時) 田島史郎(タジマ・フミサト) 大学院生(研究当時) 小野寺健太(オノデラ・ケンタ) 教授 西岡孝(ニシオカ・タカシ)   <機関窓口> 理化学研究所広報部報道担当 Tel: 050-3495-0247 Email: ex-press@ml.riken.jp   富山県立大学事務局教務課情報研究係 Tel: 0766-56-7500 Email: johokenkyu@pu-toyama.ac.jp   広島大学財務・総務室広報部広報グループ Tel: 082-424-4518 Email: koho@office.hiroshima-u.ac.jp   学校法人関西学院広報部企画広報課 Tel: 0798−54−6873 Email: kg-koho@kwansei.ac.jp   高知大学広報・校友課 Tel: 088-844-8643 Email: kh13@kochi-u.ac.jp

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    2026.02.20
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    単層の氷の構造を初めて可視化 ― 渦状に並んだ水分子がつくるフェロアキシャル秩序を実証 ―

    本研究成果のポイント 鉱物中に閉じ込められた単層の水分子(単層氷)が研究の舞台 ハニカム格子上に並んだ水分子は室温で定まった方向を向かずに回転 低温で水分子が渦状に並んだ、フェロアキシャル秩序状態の新しい氷を発見   概要 静岡大学理学部の野村肇宏講師の研究グループは、東京大学大学院新領域創成科学研究科の鬼頭俊介助教・有馬孝尚教授、岡山大学の小松寿弐千大学院生(当時)・木村純大学院生・甲賀研一郎教授、広島大学の長谷川巧准教授・荻田典男教授、高輝度光科学研究センターの中村唯我研究員、東京理科大学の石川孟講師、名古屋大学の矢島健准教授、東京大学物性研究所の松尾晶技術専門職員・古府麻衣子教授・廣井善二教授、芝浦工業大学の富田裕介教授、大阪大学の松尾隆祐名誉教授と共同で、2次元に閉じ込められた単層の水分子が渦状の秩序構造(フェロアキシャル秩序)を示すことを発見しました。 本研究では、2次元に閉じ込められた水分子の秩序構造を、放射光X線回折と分子動力学計算によって調べました。マーティアイトという鉱物中で、水分子はハニカム格子上に並んでおり、単層氷とみなすことができます。研究グループはこの単層氷が低温で渦状のモチーフを形成し、フェロアキシャル秩序と呼ばれる特異な秩序を示すことを明らかにしました。 この2次元氷の秩序構造は過去に予言されておらず、水という身近な研究対象がいかに複雑で謎に包まれた存在かを物語っています。2次元氷に関する知見は3次元氷を研究する礎となるものであり、今後人類が水に関する研究を進める上で重要なマイルストーンとなることが期待されます。 なお、本研究成果は、2026年2月13日に、アメリカ化学会の発行する国際雑誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。 マーティアイトという鉱物中の水分子は、氷を一層だけ取り出して2次元に閉じ込めた、いわば単層氷とみなすことができます。本研究では、この単層氷が渦状の秩序構造(フェロアキシャル秩序)を示すことを発見しました。   背景 雪の結晶は六角形をモチーフとした形をとります。これは氷の結晶中で、水分子がハニカム格子上に整列した3次元構造をとるためです。それでは、極薄の氷を一層だけ取り出したときにどんな構造をとるでしょう?本研究はそんな単純な興味から始まりました。 研究グループはマーティアイト[martyite, Zn3(V2O7)(OH)2·2H2O]という層状の結晶構造を持つ鉱物に着目しました(図1)。マーティアイトのフレームワーク中で水分子はハニカム格子を形成しています。つまり、氷を一層だけ取り出して、それを2次元に閉じ込めたような状況が鉱物中で自然と実現しています。ハニカム格子上に配置された水分子は定まった方向を向くのではなく、面内をくるくる回転しています。これは幾何学的なフラストレーション*注1により、全ての水分子を同時に安定に並べることができないためです。マーティアイトを室温から冷却したときに、回転していた水分子がどのようにお互いを配慮しながら整列するかは容易には予測できません。 図1:3次元氷と2次元氷のハニカム格子(水分子の蜂の巣状配列)。マーティアイト中で回転する水分子がどう整列するかは非自明。   研究成果の内容 大型放射光施設「SPring-8」*注2のBL02B1で単結晶X線回折実験の結果、マーティアイト中の水分子の低温構造では、6個の水分子がまとまった渦状のモチーフ(六量体)を形成していることがわかりました(図2)。分子動力学計算を用いた単層氷のシミュレーションからも同様の水六量体が形成されることが明らかになり、マーティアイト中の水分子がたしかに単層氷とみなせることがわかりました。この水六量体では、水分子が電気分極を持つことから、電気双極子モーメントの渦が形成されることになります。このような多極子は電気トロイダルモーメントと呼ばれ、それらがそろった状態をフェロアキシャル秩序と呼びます。本研究から単層氷の安定構造がフェロアキシャル秩序であることが明らかになりました。 これまで20種類以上の氷の結晶構造*注3が報告されてきましたが、本研究で明らかになったフェロアキシャル秩序は理論的にも提案されたことがありませんでした。2次元に配置された水分子が作る渦状のモチーフは雪の結晶に劣らず美しく、自然の偉大さを再認識させられます。 図2:水分子のフェロアキシャル秩序と水六量体。渦状の電気双極子が電気トロイダルモーメントを作る。   今後の展望と波及効果 水分子がどのような安定構造をとるのかという問いは、氷・水・界面現象を理解する上で人類にとって不可避な問題です。それは氷が水に浮くことや、凍結した路面が滑るといった日常的な現象を理解する上でも重要な知見です。他方で、3次元氷の秩序は複雑かつ微妙な問題であり、人類が完全に理解したと言うには遠い状況です。本研究で明らかになった2次元氷の構造を足がかりに、水の理解が進展する可能性があります。   論文情報 掲載誌名: Journal of the American Chemical Society 論文タイトル: Ferroaxial order of the monolayer ice in martyite 著者: T. Nomura, S. Kitou, J. Komatsu, J. Kimura, K. Koga, T. Hasegawa, N. Ogita, Y. Nakamura,H. Ishikawa, T. Yajima, A. Matsuo, M. Kofu, O. Yamamuro, Z. Hiroi, Y. Tomita, T. Arima, T. Matsuo DOI: 10.1021/jacs.5c19407   研究助成 本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業(22K14010, 23H04861, 24K06944, 24H01644, 24H01650, 25K00969)による助成を受けたものです。   用語解説 注1幾何学的なフラストレーション:格子の幾何学的配置のために、すべての相互作用を同時に満たせない状態。ハニカム格子上の水分子の場合、全てのペアで水素結合を形成することができず、不安定なペアが必ず存在してしまう。  注2大型放射光施設SPring-8:理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。 注3氷の結晶構造:圧力と温度を制御することで多種多様な氷の結晶構造が出現することが知られている。これまでに20種類が確認されており、今後も増える可能性がある。   報道発表資料(512.72 KB) 掲載ジャーナル:Journal of the American Chemical Society 研究者ガイドブック(長谷川 巧 准教授)   【お問い合わせ先】 (研究に関すること) 静岡大学理学部 講師・野村肇宏 (のむら としひろ) TEL : 054-238-4961 E-mail : nomura.toshihiro*shizuoka.ac.jp   (報道に関すること) 静岡大学 総務部 広報・基金課 TEL : 054-238-5179 E-mail : koho_all*adb.shizuoka.ac.jp   東京大学 大学院新領域創成科学研究科 広報室 TEL : 04-7136-5450 E-mail : press*k.u-tokyo.ac.jp   岡山大学 総務部 広報課 TEL : 086-251-7292 E-mail : www-adm*adm.okayama-u.ac.jp   広島大学 広報室 TEL : 082-424-3749 E-mail : koho*office.hiroshima-u.ac.jp   公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 TEL: 0791-58-2785 E-mail : kouhou*spring8.or.jp   東京理科大学 経営企画部 広報課 TEL : 03-5228-8107 E-mail : koho*admin.tus.ac.jp   名古屋大学 総務部 広報課 TEL:052-558-9735 E-mail : nu_research*t.mail.nagoya-u.ac.jp   東京大学 物性研究所 広報室 TEL : 04-7136-3207 E-mail : press*issp.u-tokyo.ac.jp   芝浦工業大学 入試・広報部 企画広報課 TEL : 03-5859-7070 E-mail : koho*ow.shibaura-it.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください)

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    2025.07.01
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    前駆体構造を保持したまま構造の次元性を逐次的に増加させる新しい酸化物合成法の開発に成功!

    本研究成果のポイント 前駆体(1)(出発点)の構造を保ったまま、「分子→棒→シート」という段階的な酸化物の合成(2)が可能に 従来のα-MoO3(3)と異なり、反応性の高い(100)面(4)が主な面となるα-MoO3 世界で初めてミクロ孔(5)を持つα-MoO3の合成に成功 大きな比表面積(6)や配位不飽和点(7)を利用した高い酸触媒(8)特性   概要 広島大学大学院先進理工系科学研究科の湊拓生助教と定金正洋教授を中心とする研究グループは、前駆体構造を保持したまま0次元の分子を繋げて1次元棒状構造を作り、棒を並べて2次元シート状酸化物を作る、という新しい酸化物逐次合成法の開発に成功しました(図1)。本研究成果を応用することによって準安定な酸化物を設計することが可能となるため、細孔構造や露出面などを精密に制御した材料開発を行うことが期待されます。本論文はAngewandte Chemie International Edition誌のHot Paperに選ばれ、Wiley-VCH社のHot Topic: Crystal Engineeringでも紹介されました。   図1:前駆体構造を保持したまま酸化物の次元性を増加させる合成手法の模式図。灰色の球は、0次元の分子やクラスターの前駆体構造を示す。   背景 0次元の金属塩やクラスターを用いて、水熱反応や固相反応により2次元や3次元構造を持つ酸化物を合成する場合、前駆体の分解/再構築反応が起きるため、前駆体の構造を保持したまま生成物の次元性を制御することはこれまで極めて困難でした。Mo酸化物の構造は多様な次元性を持つことが知られており、α-MoO3は2次元シート状構造を有しています。α-MoO3の合成においても前駆体構造は保持できないため、一般的に熱力学的に安定な(010)面が主な面となる構造が生成します。また、従来のα-MoO3は低比表面積でミクロ孔はもたず、触媒として重量当たりの活性が低いことが問題でした。   研究成果の内容 本研究では0次元と見做せる[Mo2O5(H2O)6]2+に着目し、分子の端に有機小分子をキャップさせて縮合(9)させることにより分子構造を保持したまま1次元鎖状構造[Mo2O6(C3H7NO)]nを合成することに成功しました(図2)。さらに1次元鎖状化合物を空気中で焼成(10)することで有機小分子が脱離し、鎖状構造を保持したまま縮合反応を行うことが可能となりました。結果的に得られた2次元シート状酸化物α-MoO3は従来のα-MoO3とは異なり、反応性の高い(100)面が多く露出している構造であることを見出しました(図2)。本研究で合成したα-MoO3はミクロ孔や大きな比表面積を有し、酸触媒として高い活性を示すことも明らかにしました。 図2:本研究における前駆体構造を保持した逐次的なα-MoO3合成。   今後の展開 合成前駆体の構造設計により酸化物の次元性や構造、露出面を制御可能という新しい合成戦略を様々な酸化物合成に応用することにより、高性能・高機能な触媒材料や電極材料の創製が可能になると期待されます。また、膨大な研究例があるシンプルな構造の酸化物(本研究ではα-MoO3)においても、構造の次元性に着目して合成戦略を見直すことにより、新しい物性・機能が見出されることを実証することができました。したがって、酸化物合成の基礎研究としても重要な視点を提供できると考えられます。 論文情報 論文題目:A Structure-Preserving, Dimensionality-Increasing Strategy for the Stepwise Synthesis of Microporous α-MoO3 with a Broad (100) Surface 著者名:Takuo Minato,1* Misato Miyamoto,1 Satoshi Ishikawa,2 Norihito Hiyoshi,3 Makoto Maeda,4 Kenji Komaguchi,1 Masahiro Sadakane1 1.    広島大学大学院先進理工系科学研究科 2.    神奈川大学工学部(現在の所属は東京科学大学総合研究院フロンティア材料研究所) 3.    産業技術総合研究所化学プロセス研究部門 4.    広島大学自然科学研究支援開発センター * 責任著者 掲載誌:Angewandte Chemie International Edition DOI:10.1002/anie.202506758 ※    論文は2025年6月18日に公開されました。オープンアクセスとなっているため、どなたでも無料でご覧になれます。 ※    本研究は科学技術振興機構さきがけ(JPMJPR23Q9)、日本学術振興会科研費(JP21K20559, JP22K14693)、学術変革領域研究(A)「超セラミックス」、文部科学省卓越研究員事業(JPMXS0320200400)、豊田理研スカラー制度の助成を受けて行われました。また、広島大学から論文掲載料の助成を受けています。 ※    特許出願済み。   用語解説 (1)前駆体(ぜんくたい) 材料をつくる元になる物質。化学反応を通じて、最終的な生成物を得る「出発点」となる原料のこと。 (2)酸化物の次元性 酸化物は金属–酸素の結合が連なることにより形成されている。この結合の連なりは多くの場合3次元的に広がっているが、組成に応じて2次元的なシート状構造が積層した酸化物や1次元的な棒状構造が束となった酸化物、さらに0次元的な点と見做せる小さな分子状酸化物など様々な次元性を持った構造の存在が知られている。 (3)α-MoO3 モリブデンと酸素からなる酸化物の一種。αは結晶のタイプを示す。電極材料や触媒材料として注目されている。 (4)(100)面・(010)面 ミラー指数という結晶の表面の向きを示す指数。α-MoO3の場合、どの面が広く露出しているかで触媒反応のしやすさ(反応性)が変わる。 ・(100)面:今回の研究で多く露出している反応性の高い面 ・(010)面:安定で一般的に観測される反応性の低い面 (5)ミクロ孔(みくろこう) 直径が2ナノメートル(1ナノメートル=10億分の1メートル)以下の、非常に小さな穴。今回の研究では2次元のシート一枚分の厚さ(0.7ナノメートル)のスリット状の細孔が観測された。 (6)比表面積(ひひょうめんせき) 材料の重さあたりの表面積。市販されているα-MoO3は(010)面が主な露出面で比表面積は極めて小さい。 (7)配位不飽和点(はいいふほうわてん) 材料の中で、まだ他の分子と結びつく余地がある原子の場所。分子を活性化させ化学反応を進行しやすくすることができる。今回の研究では、α-MoO3の(100)面に多く存在している。 (8)酸触媒(さんしょくばい) 化学反応を助ける物質(触媒)のうち、酸性の性質を使って働くもの。 (9)縮合(しゅくごう) 分子同士がつながってより大きな構造になる反応。   添付情報 報道発表資料:【広島大学】前駆体構造を保持したまま構造の次元性を逐次的に増加させる新しい酸化物合成法の開発に成功!_0.pdf 掲載誌:Angewandte Chemie International Edition 研究者ガイドブック(湊 拓生 助教)   【お問い合わせ先】 広島大学 大学院先進理工系科学研究科助教湊 拓生(みなと たくお) Tel:082-424-7605 E-mail:tminato*hiroshima-u.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください。)

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