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    2025.11.26
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    御神木が語る大気汚染の移り変わり ~年輪のイオウが示す500年の環境変化の記憶~

    本研究成果のポイント イオウ酸化物の排出量は近年減少しているが、開国による日本の工業化(1850年)以前と比べて現代の大気がどの程度清浄化しているかは、未解明のまま残されていた。 本研究では、御神木の年輪に含まれるイオウ安定同位体比(δ34S)注1)を分析し、1500年代から現在にかけて500年にわたる大気中のイオウの起源の変化を探った。 年輪から計測されたイオウ同位体比は、工業化を境に大きく変化し、御神木は倒れる直前まで汚染された大気の値を記録していた。この結果は、現代の大気が工業化以前の清浄な水準にまだ戻っていないこと、あるいは土壌に蓄えられた過去の汚染イオウがいまも環境中に放出されていることを示している。   研究概要 名古屋大学大学院生命農学研究科の塩出 晏弓 博士後期課程学生、谷川 東子 准教授は、同大学院環境学研究科の中塚 武 教授、加藤 義和 研究員、平野 恭弘 教授、アジア大気汚染研究センターの佐瀨 裕之 部長、諸橋 将雪 主任研究員、広島大学の石田 卓也 准教授との共同研究により、中部日本の2本の御神木から500年分の年輪を読み解き、「産業革命前から開国を経て現代に至るまで」の大気汚染の移り変わりをたどりました。  化石燃料の消費に伴うイオウ酸化物の排出量は、2000年代以降、世界的に減少しています。しかし、現代の大気は、化石燃料の大量消費が始まる以前、すなわち産業革命前と比べ、どの程度まで清浄化しているのかは、これまで明らかにされていませんでした。  本研究では、自然災害で倒木した中部日本の2本の御神木を対象に、年輪に含まれるイオウ安定同位体比を分析し、各年代のイオウの起源(化石燃料か自然由来か)を推定しました。 イギリスの産業革命後であっても、日本の本格的な工業化以前までは、同位体比は高い値で安定していました。ところが、工業化の進行に伴って値はイオウ同位体比が低い石炭や石油の影響を受けて急激に低下し、その低い値は木が倒れる直前まで維持されていました。 御神木は、「イオウ排出量が減少した今もなお清浄な大気には戻っていない」、あるいは「かつて放出された化石燃料由来のイオウが土壌に蓄えられ、いまも環境中をめぐっている」ことを伝えています。  この成果は、今後の気候変動対策や大気保全の指標づくりに役立ちます。本研究成果は、2025年11月13日にSpringer Nature雑誌『Biogeochemistry』に掲載されました。     研究背景と内容 (1)研究の背景 化石燃料の消費などにより排出されるイオウ酸化物は、酸性雨の原因物質の一つとして知られ、生態系にさまざまな影響を及ぼしてきました。  近年、その排出量は世界的に減少傾向にありますが、一方で気候変動対策として、成層圏に硫酸エアロゾルを注入して地球を冷却させる「気候工学(ソーラー・ジオエンジニアリング)」の研究も進展しています。 こうした状況の中で、私たちがどのような大気の時代に生きているのかを知る手がかりとして、イオウ循環の長期的な歴史をさかのぼり、「産業革命以前の清浄な大気」と「今の大気」を比較することが重要だと考えました。  これまで南極やグリーンランドの氷床コアを用いた研究は、地球規模でのイオウ循環の長期変動を明らかにしてきました。氷床コアが遠い極地でしか得られないのに対し、樹木は私たちの身近に存在します。年輪は一年に一つずつ正確に刻まれるため、樹木の中にはその土地の空気や土の変化が細かく記録されています。 つまり樹木は、その生育地域におけるイオウ循環の移り変わりを細かく教えてくれる「自然の記録帳」ということができます。  今回、ペンやインクに相当するのは、イオウの安定同位体比(δ34S)です。イオウはその発生源によって、δ34S値が異なります。 たとえば、自然起源の海塩エアロゾルはおよそ +20.3‰、火山ガスは +5‰ と比較的高い値を示します。一方、日本で多く利用されてきた中東産の石油は −8~0‰ と非常に低い値を持っています。 このため、木の年輪に含まれるδ34S値を調べることで、その時代の大気中イオウの主な発生源を推定することができます。  ただし、土壌がイオウを捉える力が強い場合には、大気の状態と年輪に記録される値との間に時間的な「ずれ」が生じます。「ずれ」の存在は、過去にもたらされた汚染由来のイオウを、樹木が土壌から吸収しているということ、すなわち、過去に人間活動により大量放出されたイオウが今なお環境を循環していることを意味します。   (2)調査方法 本研究では大雨や台風によって倒木した2本の御神木—大湫神明神社(岐阜県瑞浪市)の樹齢約670年の大杉と伊勢神宮(三重県伊勢市)の樹齢500年の神宮杉を試料として用いました(図1)。 どちらも数百年にわたって地域の方々に大切に守り育てられてきた樹木です。これらの樹木の幹試料を5年ごとに分割し、イオウ同位体比を分析することで、樹木が長期的にどのように変動したかを明らかにしました。 図1. 2本の御神木の生育地   (3)研究成果 イオウ同位体比(δ34S)の長期的な変動は、図2の矢印で示した年に統計的に有意な転換点が認められました。本研究から見えてきたこと、そしてこれから明らかにしていくべき点を以下に整理しました。 図2. 樹木年輪のイオウ同位体比(δ34S)の経時変化   ① 日本の工業化前の樹木に含まれるイオウ同位体比は高い値で安定していた。化石燃料の大量消費が始まる前は、数百年にわたってδ34S値が安定していました(図2)。1760年のイギリス産業革命直後は、日本で大規模な火山噴火があったため値が動いていますが、その後再び1760年以前の値に戻り安定しました。  このため、日本においてはイギリスの産業革命による大気汚染の影響は限定的であったと考えられます。 大湫は伊勢よりも内陸に位置しており、高いδ34S値を持つ海塩の影響を受けにくいため、2地点の間には一貫して4.5‰程度の差異が見られました。  これまで樹木の年輪を用いたイオウ同位体比の研究では1830年が最も古い年代であり、大規模なイオウの排出が始まった1760年の産業革命前も含む年輪のイオウ同位体比を明らかにした初めての研究となりました。   ② 樹木年輪のイオウ同位体比が大きく変化するのは、日本国内で化石燃料が消費されるようになってから。 やがて日本でも工業化が進み、化石燃料の大量消費が始まると、年輪のδ34S値は急激に低下しました。 特に、蒸気船や鉄道のような近代的な運輸手段の整備が大きな影響を与えていると考えられます。   ③ 人為起源イオウの影響は、排出量減少後も年輪中に検出される。 1970年に大気汚染防止法が改正されると、脱硫装置の普及などによりイオウ排出量が減少し、人為起源イオウの寄与割合が低下しました。その結果、年輪のδ34S値は上昇傾向を示しました。  しかし、δ34S値は工業化前と比較するとはるかに低く、降水や工業化前の年輪から推定した人為起源のイオウの寄与率については1970年以降も高い水準にとどまっていることが示されました(図3)。   ④ 土壌がイオウを捉えることによる時間の「ずれ」はあったのか? 大気から降ってきたイオウや、植物が落葉などを通じて地表に戻したイオウは、いったん土の中に蓄えられます。大湫と伊勢の土壌は、イオウを強くつかまえるタイプではないと考えられますが、土壌が「時間のずれ」を生じさせて、昔の大気の情報をあとから木に伝えていたのかどうかは、まだはっきりしていません。  工業化前の年輪のδ34S値と現代の年輪のそれとの大きなギャップは、現代の大気は奇麗になってきたとはいえ、その清浄さは工業化以前の大気の状態にははるかに及ばないこと、あるいは、過去の大気汚染によって土壌に蓄えられたイオウが、時間をかけて再び樹木に取り込まれている可能性を示しています。 もし後者であれば、かつて降り注いだイオウは、今もなお森の中で静かに循環を続けているということになります。     成果の意義 本研究は、産業革命以前から現代にかけての、大気中イオウの歴史的な変化の軌跡を、2本の御神木の年輪に刻まれたイオウ安定同位体比(δ34S値)から読み解きました。 その結果、化石燃料の使用が本格化する以前の年輪には、清浄な大気を反映した高いδ34S値が記録されており、現在の年輪が示す非常に低い値は、今の大気はそのレベルまで回復していない、あるいは過去のイオウ大量放出の影響が環境には色濃く残っている状況が映し出されました。 これらの成果は、イオウ排出量が減少した現代においても、過去に排出されたイオウが大気や土壌に残り、その影響を正しく理解することの重要性を示しています。そして樹木は、大気汚染のような環境の変化を、500年もの歳月にわたって記録し続けてきた、長いページをもつ「自然の記録帳」であることが明らかになりました。     謝辞 御神木の学術利用を許可してくださいました大湫神明神社および伊勢神宮の関係者のみなさまに深く御礼申し上げます。  本研究は、科学研究費補助金研究・基盤研究(B)『森林生態系内に蓄積した大気汚染レガシーの極端気象による可動化(22H02401)』、日本技術振興機構『次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2125)』、文部科学省『女性研究者研究活動支援プログラム』の助成を受けて実施しました。     用語説明 注1)イオウ安定同位体比(δ34S): イオウ(S)には、質量の異なるいくつかの種類(同位体)があり、主に軽い³²Sと重い34Sが存在する。 イオウ安定同位体比(δ³⁴S)は、標準物質と比較して34Sと³²Sの比がどの程度異なるかを示す指標で、イオウの起源や循環の違いを読み解く手がかりとなる。   注2)混合モデル: 同じイオウでも、火山から放出されたもの、海から飛んできたもの、化石燃料の燃焼で発生したものでは、δ34S値が異なる。 それぞれの発生源がもつこの特徴的な値は、まるで“イオウの指紋”のようなものである。「混合モデル」とは、この同位体の“指紋”を手がかりに、複数の発生源がどの程度の割合で混ざっているかを推定する手法。 たとえば、年輪や土壌、水などの環境試料に含まれるイオウのδ34S値を測定し、海塩・火山・化石燃料などの典型的な値と比較することで、その試料中のイオウがどの発生源にどの程度の割合で由来するかを数値的に推定することができる。     論文情報 雑誌名:Biogeochemistry 論文タイトル:Air pollution recovery still falls short of pre-industrial conditions – Sulfur stable isotope analysis of tree rings from two giant trees 著者:Ayumi Shiode1, Takeshi Nakatsuka2, Yoshikazu Kato2, Hiroyuki Sase3, Masayuki Morohashi3, Takuya Ishida4, Yasuhiro Hirano2, Toko Tanikawa1 (塩出晏弓1, 中塚武2, 加藤義和2, 佐瀨裕之3, 諸橋将雪3, 石田卓也4, 平野恭弘2, 谷川東子1) 1, 名古屋大学大学院生命農学研究科; 2, 名古屋大学大学院環境学研究科; 3, アジア大気汚染研究センター; 4, 広島大学大学院先進理工系科学研究科 DOI: 10.1007/S10533-025-01277-W URL: https://link.springer.com/article/10.1007/s10533-025-01277-w     報道発表資料(788.13 KB) 掲載誌:Biogeochemistry 研究者ガイドブック(石田卓也准教授)   【問い合わせ先】 【研究者連絡先】 名古屋大学大学院生命農学研究科 准教授谷川東子(たにかわとうこ) TEL:052-789-4154 E-mail: toko105*agr.nagoya-u.ac.jp 広島大学大学院先進理工系科学研究科 准教授 石田 卓也(いしだたくや) TEL:082-424-6544 E-mail:tkishida*hiroshima-u.ac.jp アジア大気汚染研究センター生態影響研究部 部長佐瀨裕之(させひろゆき) TEL: 025-263-0560 E-mail:sase*acap.asia 【報道連絡先】 名古屋大学総務部広報課 TEL:052-558-9735 FAX:052-788-6272 E-mail:nu_research*t.mail.nagoya-u.ac.jp 広島大学広報室 TEL:082-424-3749 FAX:082-424-6040 E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp アジア大気汚染研究センター(代表) TEL:025-263-0550 FAX:025-263-0566 E-mail:eanet*acap.asia (*は半角@に置き換えてください)

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    2026.02.19
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    観賞用メダカがどこから来て多様な体の色や形を育んできたのか、 世界初の大規模ゲノムDNA解析によって明らかに ―関西・瀬戸内由来であることやヒトの不随意運動症との関連を発見―

    概要 広島大学大学院統合生命科学研究科の大森義裕教授および富原壮真助教、大学院生の藤居若菜さん、世羅美冬さん、基礎生物学研究所の成瀬清特任教授、ウィーン大学の今鉄男上級研究員、大学院生今琴さん、長浜バイオ大学の竹花佑介教授、大学院生湯瑞さん、伏木宗一郎さん、国立遺伝学研究所の豊田敦特任教授、野口英樹特任教授と共同で、世界で初めて観賞メダカ品種の大規模なゲノムDNA解析*を行いました。今回、これらの観賞メダカ品種が関西・瀬戸内地域の野生メダカに由来する可能性が明らかになりました。 さらに、さまざまな体色や体型の変化に関連するゲノムワイド関連解析*(GWAS)を実施し、変異の原因と考えられる遺伝子領域を特定しました。これらの中には、ヒレの長さを制御する遺伝子、眼球の突出を制御する遺伝子、そして銀色や黒色の体色を制御する遺伝子などが含まれます。その結果、メダカ品種に見られる26種類の体色や体型の変化を引き起こす遺伝子変異の候補が見つかり、体色や体型が多様に変化する仕組みを明らかにする研究へとつながることが期待されます。 特に、黒色のオロチ品種の変化はadcy5遺伝子*の変異によることが分かり、これはヒトの遺伝性運動疾患と同じ原因遺伝子でした。ゲノム編集技術によりadcy5遺伝子を破壊したメダカでは、体色がオロチ品種のように黒色に変化しました。この成果は、ヒトの遺伝性不随意運動症*の発症メカニズムの理解にも貢献しました。これらの結果は英国科学雑誌「Molecular Biology and Evolution(Q1)」に2026年1月31日にオンライン掲載されました。   (論文情報) タイトル:Genomic consequences of domestication and the diversification of body coloration and morphology in ornamental medaka strains 著 者:Tetsuo Kon, Rui Tang, Koto Kon-Nanjo, Soma Tomihara, Soichiro Fushiki, Wakana Fujii, Mifuyu Sera, Yusuke Takehana, Hideki Noguchi, Atsushi Toyoda, Kiyoshi Naruse, & Yoshihiro Omori Molecular Biology and Evolutionin press https://doi.org/10.1093/molbev/msag021   背景 観賞魚としてメダカの飼育が始まったのは江戸時代であり、ヒメダカやシロメダカなどの品種が確立され、日本人に親しまれてきました。近年では、さまざまな体色や体型をもつメダカが愛好家たちの手によって発見され、それらを交配することで数百種類に及ぶ品種が作り出され、市販されています。 体色の変異としては、銀色や真っ黒の品種、さらにはニシキゴイのような赤白の体色を持つ品種も見られます。また、体型の変異としては、ヒレの長さが異なるものや、眼球が突出しているもの、体が丸く短いものなど、キンギョや熱帯魚に似た多様な体型をもつ品種も見られます。これらの品種の全ゲノムDNA解析*を行うことにより、多様な観賞メダカの変化がどのような遺伝子変異によって引き起こされているのかを理解でき、魚の体色や体型の多様性を生み出す仕組みを解明できると考えられます。 さらに、魚類と同じ脊椎動物であるヒトの体がどのように形成されるのか、また病気がどのように発症するのかといった仕組みを明らかにする手がかりになる可能性も期待されます。   研究成果の内容 私たちは、世界で初めて観賞用メダカ品種の大規模な全ゲノムDNA解析を行いました。86品種181匹のメダカ個体の全ゲノム配列を解析し(図1)、まず、これらのメダカ品種が全国の野生メダカのうち、どの地域のものと遺伝的に近いのかを調べました。これまでに報告されてきたデータと私たちが解析した観賞メダカ品種のデータを比較したところ、大阪、広島、高松といった瀬戸内海に面した地域の野生メダカと遺伝的に近い関係にあることが分かりました(図2)。このことから、江戸時代に関西・瀬戸海地域で発見されたヒメダカなどの野生メダカを品種改良した系統が、全国で観賞メダカとして飼育され、現在の多様な品種ができあがったと考えられます。 このように、野生種が人に飼われるペットや家畜として適応していくことを「家畜化(domestication)」と呼びます。野生メダカから観賞メダカ品種が生まれる過程で「家畜化」に貢献したと考えられるいくつかの遺伝子領域も明らかになりました。体色の変化に関連するtyr遺伝子や脳の機能に関連するgabrr2b遺伝子などとの関連が示されました。 次に、メダカの体色や体型の特長を調べたところ、34種類の特長(例:ヒレが大きい、目が飛び出している等)があることがわかりました。このうち29種類の特長について、ゲノム情報との関係をコンピューターで解析しました(GWAS解析*)。この結果、26種類の特長に対して原因となる遺伝子が存在する可能性の高い染色体の位置が見つかり、3,328個の候補となる遺伝子を見出しました。例えば、ヒレが長くなるメダカ品種であるスワローやヒレナガの原因遺伝子が「染色体15番」に存在することがわかりました。また、目が飛び出したメダカ品種であるデメの変異が「bmp5」遺伝子に存在する可能性や、多色の鱗で美しいオーロラ品種に「kitlga」遺伝子の変異を発見しました。これらの情報は今後のメダカなどの魚類やヒトを含む脊椎動物の体をつくる仕組みの解明にヒントとなる貴重な情報となります。 今回の研究で最も大きな発見は、体色が真っ黒のメダカであるオロチ品種の原因となる変異を見つけたことです(図3)。解析の結果、オロチ品種では「adcy5」という遺伝子に異常があり、その変異が原因で色が黒くなることがわかりました。奇妙なことに、これまでの研究では「adcy5」遺伝子*の欠損は体色が薄くなることが知られており、私たちの研究成果とは逆の結果でした。このことをさらに詳しく調べてみると、タンパク質の構造の研究で「adcy5」のC1bドメインと呼ばれる部分が欠けると、「adcy5」の働きが逆に増強されるという報告があり、オロチ品種で「adcy5」の欠けている部分はまさにC1bドメインの一部だったのです。このことからオロチ品種で発見された「adcy5」遺伝子の変異により働きが増強され、体色が黒く変化したという仕組みが考えられます。実際に、ゲノム編集を行いメダカの「adcy5」からC1bドメインを欠損させてみたところ、そのメダカは体色が黒くなりました。 また、人間では「adcy5」の変異が不随意運動症*を引き起こすことが知られています。不随意運動症とは、自分の意志とは無関係に勝手に体が動いてしまう症状です。軽症なものでは顔や口が勝手にピクピクと動いたり、重度のものでは手足が勝手に動く舞踏症と呼ばれるものも含みます。今回の研究で「adcy5」のC1bドメインが欠けるとその働きが増強されることがわかりましたが、動物レベルでこのことを証明したのは私たちが初めてです。このように、メダカの遺伝子変異から、ヒトの遺伝性不随意運動症*の発症メカニズムの理解に貢献しました(図4)。   今後の展開 今回見つかった候補遺伝子から、さらに絞り込むことで、今回変異まで見出せなかったメダカ品種の特長を示す遺伝子の変異を見出すことに繋がると思われます。これらの遺伝子変異を見出すことで、魚類や人間も含む脊椎動物に共通した体の形や色を決める遺伝子の仕組みがわかってくると思われます。もちろん、新しく恰好のよいメダカ品種を作り出すことにも貢献するでしょう。一方で、不随意運動症をはじめとしたヒト遺伝性疾患の治療や予防にもつながる可能性があります。   用語解説 ゲノムDNA解析:ゲノムとはすべての遺伝子を指し、ヒトやメダカを含む脊椎動物では2万数千個程度の遺伝子が存在する。これらが数千万から数十億塩基対のDNAにコードされている。近代に次世代DNAシーケンサーと呼ばれる解析機が発明され、ゲノム研究が容易となった。   ゲノムワイド関連解析(GWAS):人間の遺伝に関連する遺伝子変異を調べる目的で開発された手法。数百人から数万人規模の患者と健常者から採血などを行い、ゲノムDNAを採取し、次世代DNAシーケンサーなどでゲノム配列を大量に解析する。コンピューターを使ってゲノム上にあるSNPと呼ばれる個性的な部分と病気か否かの情報を合わせることでその関連を見つける方法。この方法により、病気の原因遺伝子の染色体上の位置や原因となる遺伝子変異が発見できる。近年は、人間だけでなく動植物の研究にも広く用いられている。   adcy5(アデニル酸シクラーゼ5型):ATPからサイクリックAMPを生成する酵素でレセプターやGタンパク質を介したシグナル伝達を制御するタンパク質のひとつ。人間ではadcy5の変異は不随意運動症と関連することが報告されている。   不随意運動症:自分の意志とは無関係に体の一部が勝手に動いてしまう症状。顔の一部や、口や舌、手足や体軸などが意思によらず動く。複数の原因遺伝子が知られ、有名なハンチントン舞踏病もこの一種である。   図1:全ゲノム配列解析を行った86品種の観賞メダカの一部の写真(本論文より引用)   図2:観賞メダカは関西・瀬戸内地方に住む野生メダカが由来と考えられる(本論文より引用)   図3:野生型メダカと比較したオロチ品種の写真(最上段)。GWAS解析の結果、染色体21番のadcy5遺伝子の近くにピークが見られる(中段)。ゲノム編集によってメダカのadcy5遺伝子のエキソン8を欠損させると体色が黒化した(下段)(本論文より引用)   図4:adcy5のC1bドメインが機能する仕組みと、ヒト不随意運動症やメダカの体色黒化の関係。C1bドメインを欠損した黒色メダカのオロチ品種では、adcy5が2量体になりにくくシグナルが活性化することが予想される。   報道発表資料(935.5 KB) 掲載ジャーナル:Molecular Biology and Evolution 研究者ガイドブック( 大森 義裕 教授)   (研究に関するお問い合わせ先) 広島大学大学院統合生命科学研究科教授大森義裕 E-mail:omori4@hiroshima-u.ac.jp   (報道に関するお問い合わせ先) 広島大学広報室 TEL:082-424-4383 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp

    • 環境エネルギー
    • 資源
    2025.11.27
    • 環境エネルギー
    • 資源
    希少で高価な貴金属を用いず低濃度の二酸化炭素を直接資源化 ~マンガンを使った高耐久光触媒で人造石油原料を効率生成~

    本研究成果のポイント 地球に豊富な元素「マンガン」を使い、希少金属を一切用いずに二酸化炭素を還元する光触媒系を開発 従来、二酸化炭素を人造石油の原料となる一酸化炭素に還元するには、ほぼ100%の高濃度二酸化炭素が必要であったが、この光触媒システムにより、希薄な濃度(1-10%)の二酸化炭素を還元することが可能となった   概要 広島大学大学院先進理工系科学研究科の鴨川径特任助教、石谷治特任教授らの研究グループは、可視光照射により低濃度の二酸化炭素(CO2)を、有用な化学物質である一酸化炭素(CO)へ効率的かつ選択的に直接還元する光触媒システムの開発に成功した。 今回開発された光触媒システムは、地球に豊富に存在するマンガンを含む金属錯体*1触媒と、有機色素*2からなり、希少で高価な金属を一切使わずにCO2を資源化できる。 さらに今回開発された光触媒は、マンガン錯体の優れたCO2捕集能を活用できるので、低濃度(1-10%)のCO2を、濃縮することなく効率的に還元できる。この光触媒反応で選択的に得られるCOは、化学産業において有用な化合物であり、人造石油の原料でもある。本成果は、火力発電所や製鉄所からの排気ガス中のCO2を、エネルギーとコストのかかるCO2濃縮過程を経ずに直接資源化できるCCU技術*3への活用が期待される。   なお、研究成果は、10月17日にアメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。また、広島大学から論文掲載料の助成を受けた。   論文情報 タイトル:Efficient and Selective Photocatalytic Conversion of Low-Concentration CO2 to CO Using Mn-Complex Catalysts. 掲載ジャーナル:J. Am. Chem. Soc. 2025, 147 (43), 39284-39297. 著者:K. Kamogawa*, H. Koizumi, O. Ishitani.* *責任著者 DOI:10.1021/jacs.5c10694     背景 太陽光を利用したCO2の光触媒還元資源化は、人類が直面している地球温暖化とエネルギー及び炭素資源不足の問題を一挙に解決する技術として注目されている。 しかし、これまで開発されたCO2還元光触媒の多くは、純粋なCO2を還元することを目指していた。しかし工場や発電所の排ガス中のCO2濃度は数%~20%程度と低く、その中からCO2を分離・回収するには多大なエネルギーと費用を要する。 そのため、排ガス中の希薄なCO2を直接資源化できる光触媒システムの開発が求められている。また、多量のCO2を処理するためには、光触媒を形作る物質は、安価であり、かつ多量に使用可能でなければならない。     研究成果の内容 本研究では、マンガン錯体触媒の配位子に立体的に嵩高いメシチル基を導入することで光触媒耐久性を大幅に向上させることに成功した。また、トリフルオロエタノール(CF3CH20H)と少量のジイソプロピルエチルアミン(DIEA、図1左上)を共存させると、このマンガン錯体触媒が、低濃度のCO2しか含まないガスからもCO2を効率よく捕集し分子内に取り込むことを見出した(図1)。  この反応により捕集されたCO2は、今回開発した光触媒システムにおいて効率よくCOへと選択的に還元できる。 図1. マンガン錯体触媒によるCO2捕集反応:捕集されたCO2(赤字)は、光触媒反応システムで効率よく還元される。   このマンガン錯体触媒と有機色素4DPAIPN*4(図2左)を含む溶液に可視光を照射すると、高い耐久性と効率でCO2がCOへと選択的に変換された。さらにこの光触媒システムは、反応容器中のCO2濃度を10%さらに1%へと低下させても優れた光触媒能を維持した。  図2に、100%, 10%および1%CO2雰囲気下でそれぞれ光触媒反応を行った際のCO生成の経時変化を示す。10%と1%CO2雰囲気下では、100%CO2雰囲気下の約88%と44%の速度でCOが生成し、高い光触媒反応速度が維持されることがわかる。   図2. 有機色素4DPAIPNと様々なCO2濃度下での光触媒反応の結果     今後の展開 本研究によって、地球上に多く存在する元素だけで構成された触媒と有機色素を用いて、排ガス中の低濃度CO2からでも、濃縮過程を経ることなく有用な化学原料を生み出す新しいカーボンリサイクル技術を開発できる可能性が示された。  今後は、さらなる耐久性の向上、実際の排ガス中での性能評価や水の還元剤としての利用など、実用化に向けて必要な機能の構築と評価に取り組んでいく。     従来研究と本研究の対比 ●従来(貴金属触媒) ・使用金属:貴金属(Re、Ru、Ir) ・必要なCO₂濃度:ほとんどの系で高濃度 ・CO₂濃縮工程:ほとんどの系で濃縮が必須 ・反応効率(希薄 CO₂):ほとんどの系で反応速度が大幅に低下 ・工業的スケール性:高コストで困難   ●本研究(Mn 光触媒) ・使用金属: Mn(安価・豊富) ・必要なCO₂濃度:1–10%の低濃度で可 ・CO₂濃縮工程:濃縮不要 ・反応効率(希薄 CO₂):10%:88%、1%:44%(純 CO₂と比較した反応速度) ・工業的スケール性:低コストで拡大可能     謝辞 本研究は、科学技術振興機構知財活用支援事業「スーパーハイウェイ」の支援を受けて行われた。     用語解説 *1金属錯体: 金属イオンが配位子と呼ばれる分子やイオンと結合することでできた化合物 *2有機色素の役割: 可視光を吸収し、還元剤から触媒に電子を渡す役割をする。 *3CCU技術: Carbon Capture and Utilizationの略、低濃度CO2を捕集して資源化する技術の総称 *44DPAIPN: EL素子用の化合物として開発された。可視光をよく吸収し、酸化還元反応にも安定で、光触媒反応に利用できる基本的性質を有している。図2に構造を示す。     報道発表資料(544.14 KB) 掲載ジャーナル:J. Am. Chem. Soc. 研究者ガイドブック(石谷 治 特任教授)   【お問い合わせ先】 広島大学大学院先進理工系科学研究科石谷治 Tel:082-424-7340FAX:082-424-7340 E-mail:iosamu*hiroshima-u.ac.jp (*は半角@に置き換えてください)

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 医療/ヘルスケア
    2026.02.20
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    ボノボ(大型類人猿)とテナガザル(小型類人猿)のiPS細胞と 脚腕の元になる細胞の作製に成功 —霊長類発生進化学・生物多様性保全・動物園獣医学の統合推進に貢献 —

    本研究成果のポイント ボノボ(大型類人猿)とテナガザル(小型類人猿)からiPS細胞(※1)を作製 類人猿のiPS細胞から四肢骨格の起源である細胞を作出することに成功 進化研究・生物多様性保全・動物園獣医学の3分野融合「動物園まるごとiPS細胞化プロジェクト」を大きく展開   概要 今村公紀 准教授(研究当時:京都大学ヒト行動進化研究センター助教、現:金沢大学医薬保健研究域)、博士課程4年 濱嵜裕介(京都大学ヒト行動進化研究センター)、今村拓也 教授(広島大学大学院統合生命科学研究科)、博士課程1年 飽田寛人(広島大学大学院統合生命科学研究科)らの研究グループは、京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリ(熊本県宇城市)、公益財団法人日本モンキーセンター(愛知県犬山市)、豊橋総合動植物公園(愛知県豊橋市)、東山動植物園(愛知県名古屋市)、大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)、名古屋大学 一柳健司 教授、総合研究大学院大学 田辺秀之 准教授らと共同で、大型類人猿ボノボと小型類人猿テナガザルから、ゲノムに外来遺伝子が挿入されない人工多能性幹細胞(iPS細胞)の作製に成功しました。 今回作製したiPS細胞について、複数種の霊長類iPS細胞の遺伝子発現パターンを比較した結果、iPS細胞の遺伝子発現は霊長類進化の系統関係を反映していること、ならびに種特異的な特徴を同定しました。また、本研究では、作製した類人猿iPS細胞から四肢骨格の起源である細胞(肢芽中胚葉細胞)を誘導することにも成功しました。本成果は、霊長類の進化発生学(エボデボ)、生物多様性の保全、動物園獣医学の発展を統合的に推進するための重要な基盤になると考えられます(図1)。   雑誌名:BMC Genomics タイトル:Generation and transcriptome profiling of bonobo induced pluripotent stem cells using stealth RNA vectors: a tripartite comparative study with humans and chimpanzees. 著者:Yusuke Hamazaki,、Hiroto Akuta、Hikaru Suzuki、Hideyuki Tanabe、Tsubasa Suzuki、Kouki Inoue、Kenji Ichiyanagi、Takuya Imamura*、Masanori Imamura*. BMC Genomics、in press DOI:https://doi.org/10.1186/s12864-025-12400-4 (open access) 雑誌名:Frontiers in Cell and Developmental Biology タイトル:Generation and characterization of induced pluripotent stem cells of small apes. 著者:Yusuke Hamazaki、Hiroto Akuta、Hikaru Suzuki、Hideyuki Tanabe、Kenji Ichiyanagi、Takuya Imamura、Masanori Imamura*. Front Cell Dev Biol, 13: 1536947 (2025) DOI:https://doi.org/10.3389/fcell.2025.1536947 (open access) 背景 ヒトとサルの境目はどこにあり、両者は何が違うのでしょうか。生物学的にヒトはヒト上科というグループに属し、ニホンザルのようなサル類と区分されます。ヒト上科にはヒトの他に大型類人猿(ボノボやチンパンジー、ゴリラ、オランウータン)と小型類人猿(テナガザル)が分類されます。なかでもボノボとチンパンジーはヒトに最も近縁な現生類人猿であり、ヒト、ボノボ、チンパンジーの3種の比較はヒト固有の特性を解明する糸口になります。一方、小型類人猿はヒトとの共通祖先から最も早く、最も古い時期に分岐しました。したがって、小型類人猿は系統進化上、ヒト・大型類人猿とサル類の中間に位置しており、サルからヒトへの進化の過程を解明する上で非常に重要な存在といえます。 研究成果の内容 ■ 1|ボノボiPS細胞とテナガザルiPS細胞の作製に成功 本研究では、京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリ(熊本県宇城市)で飼養されているボノボとチンパンジーについて、健康診断時に採血された余剰血液から末梢血単核球を分離・培養しました。また、日本モンキーセンター(愛知県犬山市)、豊橋総合動植物公園(愛知県豊橋市)、東山動植物園(愛知県名古屋市)、大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)と連携し、動物園で自然死した小型類人猿3種5個体(シロテテナガザル、アボットハイイロテナガザル、フクロテナガザル)の皮膚片から線維芽細胞を培養しました。これらの細胞にゲノムに外来遺伝子が挿入されない方法で初期化因子を導入することでiPS細胞の作製を行った結果、ボノボ2個体、チンパンジー1個体、テナガザル3個体(シロテテナガザル1個体、フクロテナガザル2個体)のiPS細胞を作製することに成功しました(図1)。   ■ 2|iPS細胞の霊長類種ごとの特徴を遺伝子発現パターンから解析 ヒト、大型類人猿(ボノボ、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン)、小型類人猿(シロテテナガザル、フクロテナガザル)、サル類(アカゲザル、カニクイザル)のiPS細胞について、遺伝子発現プロファイルを比較解析したところ、iPS細胞の遺伝子発現は霊長類の系統関係を反映したパターンに分類されること(サル類、小型類人猿、大型類人猿、ヒトの順に分岐)がわかりました。さらに、ヒト、ボノボとチンパンジーの間で異なる遺伝子発現や、テナガザルだけで見られる遺伝子発現など、種に特異的な特徴も検出されました。   ■ 3|類人猿iPS細胞から四肢骨格の起源(脚腕の元)である肢芽中胚葉細胞の誘導に成功 作製した類人猿(ボノボ、チンパンジー、テナガザル)のiPS細胞から四肢骨格の起源(腕脚の元)である肢芽中胚葉細胞を作出することに世界で初めて成功しました。腕と脚の長さはサル類ではほぼ同じであるのに対し、類人猿では脚に比べて腕が長く、ヒトでは反対に腕に比べて脚が長くなります。霊長類iPS細胞から肢芽中胚葉細胞を分化誘導する実験系は、脚腕の長さという類人猿やヒトの四肢の特徴がどのようなメカニズムによって進化してきたのかを解明することに役立つと考えられます。     今後の展開 本研究は「動物園まるごとiPS細胞化プロジェクト」の一環として、動物園と連携して実施しました。本プロジェクトは、動物園や飼養施設にいる動物たちの細胞バンク化とiPS細胞の作製を行うことで、以下の3つの活用に繋げることを目的としています。   ■ 1|哺乳動物の進化発生学(エボデボ研究)の進展 哺乳動物のiPS細胞を作製することで、哺乳動物が進化させた多様性や新奇性のメカニズムの解明が期待されます。今後は、動物園にいるさまざまな動物のiPS細胞から四肢を形成する肢芽中胚葉細胞を分化誘導することで、脚腕の長さや形の発生進化研究を展開する予定です。   ■ 2|生物多様性の保全 ボノボやテナガザルをはじめ、多くの希少動物は絶滅の危機に瀕しており、遺伝資源の保存は喫緊の課題です。本研究で進める細胞バンク化(動物由来の細胞を長期保存・再利用可能な形で蓄積すること)とiPS細胞の作製は、絶滅危惧種の「細胞レベルで生きた遺伝資源」を長期的に保存・活用できる基盤となります。   ■ 3|動物園獣医学の発展 希少動物では疾患研究や治療法の検討が難しい場合があります。iPS細胞を活用することで、動物種ごとの疾患モデルの構築や、薬剤反応性・毒性の種差や個体差の評価が可能となり、動物医療・健康管理の高度化に貢献すると期待されます。     参考資料 図1. 本研究の概要 動物園・研究施設からご提供いただいた組織試料から細胞を培養し、テナガザルとボノボ、チンパンジーのiPS細胞の作製に成功した。動物園のiPS細胞は今後大きく分けて3つの活用法が考えられる。 図2. ヒト・類人猿・サル類のiPS細胞の遺伝子発現パターンは霊長類進化の系統関係を反映する ヒト・類人猿・サル類のiPS細胞の遺伝子発現データに基づき、それぞれのiPS細胞株(点)間の類似性を樹形図として可視化すると、系統進化を反映したまとまりを示した(サル類、小型類人猿、大型類人猿、ヒトの順に分岐)。さらに、小型類人猿テナガザルのiPS細胞では他の霊長類に比べて”細胞死”に関連する遺伝子の発現が低い傾向が見られた。また、大型類人猿のうち、ボノボとチンパンジーのiPS細胞の間を比較すると、”代謝”機能に関連する遺伝子の一部で発現が異なっていた。 図3. 類人猿のiPS細胞から四肢骨格の起源である肢芽中胚葉細胞の分化誘導に成功 ボノボとテナガザルのiPS細胞(上段)から肢芽中胚葉細胞(下段)を分化誘導することに成功した。下図では、肢芽中胚葉を特徴づける遺伝子のPRRX1(赤)が発現していることを示している。   用語解説 (※1) iPS細胞 培養下(実験室)で半永久的に増え、身体を構成するさまざまな細胞種に分化することできる(=多能性)性質を持った細胞。   (※2) 分化誘導 iPS細胞の持つ、身体を構成するさまざまな細胞種に分化することできる(=多能性)性質を活かして、iPS細胞から目的の細胞を培養下で作出する方法のこと。   報道発表資料(741.67 KB) 掲載ジャーナル:BMC Genomics 掲載ジャーナル:Frontiers in Cell and Developmental Biology 研究者ガイドブック(今村 拓也 教授)   研究に関するお問い合わせ先 金沢大学医薬保健研究域 准教授今村 公紀 E-mail:imamura-masanori@staff.kanazawa-u.ac.jp 京都大学ヒト行動進化研究センター 博士課程4年 濱嵜 裕介 E-mail:hamazaki.yusuke.84n@st.kyoto-u.ac.jp 広島大学大学院統合生命科学研究科 教授今村 拓也 TEL:082-424-7438 E-mail:timamura@hiroshima-u.ac.jp ■報道に関するお問い合わせ先 広島大学 広報室 TEL:082-424-6762 E-mail : koho*office.hiroshima-u.ac.jp 京都大学広報室 国際広報班 TEL:075-753-5729FAX:075-753-2094 E-mail:comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp  

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    2025.12.05
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    海藻の辛味成分がイネ栽培に被害をもたらす害虫を駆除!

    本研究成果のポイント イネ栽培に深刻な被害をもたらす害虫であるイネシンガレセンチュウ(*1)を駆除する物質を、褐藻の一種であるアミジグサ(*2)から特定しました。今後、環境にやさしい新たな農薬開発等へ繋がることが期待されます。   概要 広島大学大学院統合生命科学研究科の飯田愛実(博士課程後期)、太田伸二名誉教授、根平達夫准教授、大村尚准教授らの研究グループは、瀬戸内CN国際共同研究センターの加藤亜記准教授と共同で、海藻の一種「アミジグサ」が強い辛味を示すことを見出し、それらの化学構造を解明しました。さらに、広島県立総合技術研究所農業技術センターの星野滋博士の協力を得て、この辛味成分が、農業害虫である「イネシンガレセンチュウ」に対して殺線虫活性(線虫に対する殺虫効果)を示すことを明らかにしました。この研究成果は、国際学術雑誌「Phytochemistry」2026年2月号オンライン版に、2025年9月27日に先行掲載されました。また、広島大学から論文掲載料の助成を受けております。 論文情報 論文題目: Diterpenoids from the brown alga Dictyota dichotoma with nematicidal activity against the plant parasitic nematode Aphelenchoides besseyi 著者: 飯田愛実1、根平達夫1、加藤亜記2、星野滋3、大村尚1,*、太田伸二1,* 1. 広島大学大学院統合生命科学研究科 2. 瀬戸内CN国際共同研究センター 3. 広島県立総合技術研究所農業技術センター * 責任著者 掲載雑誌: Phytochemistry (Q1) DOI番号:https://doi.org/10.1016/j.phytochem.2025.114691 背景 イネシンガレセンチュウ(図1)は、イネ心枯線虫病(*3)を引き起こす農業害虫です。この線虫の感染はイネ種子の収量減少とコメの品質低下を引き起こします。近年、従来の化学合成農薬の使用が大幅に制限されていることから、それらと同等の効果を持つ環境に優しい農薬の研究開発に関心が高まっています。このような背景から、殺線虫剤の供給源として天然物に注目が集まっています。これまで、海藻が有している殺線虫効果に関してはほとんど知られていませんでした。そこで、食用にされていない海藻類の有効利用を目的にして研究を開始しました。 研究成果の内容 未利用海藻類の有効利用の可能性を探る過程で、海藻の一種であるアミジグサ(図2)を齧(かじ)ると強い辛味を感じることがわかりました。アミジグサを有機溶媒で抽出し、その化学成分を分析機器によって解析した結果、新規3種を含む11種の成分の化学構造を明らかにしました。それぞれの化学成分について、イネシンガレセンチュウに対する殺虫活性を評価したところ、分子内に「α,β-不飽和1,4-ジアルデヒド」と呼ばれる構造を持っていることから強い辛味を有する既知物質「4β-ヒドロキシディクチオジアールA」(図3)が、殺線虫効果を示すことが分かりました。 今後の展開 今後、殺線虫活性物質が有する化学構造のうち、どのような構成部位が活性に重要であるかなどのメカニズムを解明し、より有効性の高い物質を開発できれば、新しい農業害虫防除剤の開発につながるものと期待されます。 研究助成 本研究はダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(特性対応型)の支援を受けたものです。また、本研究成果は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。 用語解説 (*1)イネシンガレセンチュウ: 学名Aphelenchoides besseyi アフェレンコイデス科の植物寄生性線虫。世界の水稲作地帯に広く発生し、イネの種子を介して伝播する。 (*2)アミジグサ: 学名Dictyota dichotoma アミジグサ科の小型褐藻で、世界各地の沿岸に生息している。その成分には、ウニなどの海洋植食動物に対する摂食阻害作用の他、抗菌・抗酸化などの薬理活性が既に報告されているが、産業利用は進んでいない。 (*3)イネ心枯線虫病: イネシンガレセンチュウが寄生しておこるイネの病害。感染したイネは、葉先が白く枯れた症状(俗称「ほたるいもち」)を示し、栄養不足に陥り、穂の小型化や籾粒数の減少がみられる。また、玄米の粒重が増加せず、屑米や黒点米が発生することがある。この病害は収量を10%~30%減少させることが報告されている。 参考資料 図1:イネシンガレセンチュウ (体長約0.7 mm) 図2:アミジグサ (高さ約10 cm) 図3:4β-ヒドロキシディクチオジアールA (赤丸枠部分は「α,β-不飽和1,4-ジアルデヒド構造」)     報道発表資料.pdf(253.99 KB) 掲載雑誌:Phytochemistry 研究者ガイドブック(大村 尚 准教授)   【お問い合わせ先】 広島大学大学院統合生命科学研究科准教授大村尚 Tel:082-424-6502 E-mail:homura@hiroshima-u.ac.jp

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    2026.02.20
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    単層の氷の構造を初めて可視化 ― 渦状に並んだ水分子がつくるフェロアキシャル秩序を実証 ―

    本研究成果のポイント 鉱物中に閉じ込められた単層の水分子(単層氷)が研究の舞台 ハニカム格子上に並んだ水分子は室温で定まった方向を向かずに回転 低温で水分子が渦状に並んだ、フェロアキシャル秩序状態の新しい氷を発見   概要 静岡大学理学部の野村肇宏講師の研究グループは、東京大学大学院新領域創成科学研究科の鬼頭俊介助教・有馬孝尚教授、岡山大学の小松寿弐千大学院生(当時)・木村純大学院生・甲賀研一郎教授、広島大学の長谷川巧准教授・荻田典男教授、高輝度光科学研究センターの中村唯我研究員、東京理科大学の石川孟講師、名古屋大学の矢島健准教授、東京大学物性研究所の松尾晶技術専門職員・古府麻衣子教授・廣井善二教授、芝浦工業大学の富田裕介教授、大阪大学の松尾隆祐名誉教授と共同で、2次元に閉じ込められた単層の水分子が渦状の秩序構造(フェロアキシャル秩序)を示すことを発見しました。 本研究では、2次元に閉じ込められた水分子の秩序構造を、放射光X線回折と分子動力学計算によって調べました。マーティアイトという鉱物中で、水分子はハニカム格子上に並んでおり、単層氷とみなすことができます。研究グループはこの単層氷が低温で渦状のモチーフを形成し、フェロアキシャル秩序と呼ばれる特異な秩序を示すことを明らかにしました。 この2次元氷の秩序構造は過去に予言されておらず、水という身近な研究対象がいかに複雑で謎に包まれた存在かを物語っています。2次元氷に関する知見は3次元氷を研究する礎となるものであり、今後人類が水に関する研究を進める上で重要なマイルストーンとなることが期待されます。 なお、本研究成果は、2026年2月13日に、アメリカ化学会の発行する国際雑誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。 マーティアイトという鉱物中の水分子は、氷を一層だけ取り出して2次元に閉じ込めた、いわば単層氷とみなすことができます。本研究では、この単層氷が渦状の秩序構造(フェロアキシャル秩序)を示すことを発見しました。   背景 雪の結晶は六角形をモチーフとした形をとります。これは氷の結晶中で、水分子がハニカム格子上に整列した3次元構造をとるためです。それでは、極薄の氷を一層だけ取り出したときにどんな構造をとるでしょう?本研究はそんな単純な興味から始まりました。 研究グループはマーティアイト[martyite, Zn3(V2O7)(OH)2·2H2O]という層状の結晶構造を持つ鉱物に着目しました(図1)。マーティアイトのフレームワーク中で水分子はハニカム格子を形成しています。つまり、氷を一層だけ取り出して、それを2次元に閉じ込めたような状況が鉱物中で自然と実現しています。ハニカム格子上に配置された水分子は定まった方向を向くのではなく、面内をくるくる回転しています。これは幾何学的なフラストレーション*注1により、全ての水分子を同時に安定に並べることができないためです。マーティアイトを室温から冷却したときに、回転していた水分子がどのようにお互いを配慮しながら整列するかは容易には予測できません。 図1:3次元氷と2次元氷のハニカム格子(水分子の蜂の巣状配列)。マーティアイト中で回転する水分子がどう整列するかは非自明。   研究成果の内容 大型放射光施設「SPring-8」*注2のBL02B1で単結晶X線回折実験の結果、マーティアイト中の水分子の低温構造では、6個の水分子がまとまった渦状のモチーフ(六量体)を形成していることがわかりました(図2)。分子動力学計算を用いた単層氷のシミュレーションからも同様の水六量体が形成されることが明らかになり、マーティアイト中の水分子がたしかに単層氷とみなせることがわかりました。この水六量体では、水分子が電気分極を持つことから、電気双極子モーメントの渦が形成されることになります。このような多極子は電気トロイダルモーメントと呼ばれ、それらがそろった状態をフェロアキシャル秩序と呼びます。本研究から単層氷の安定構造がフェロアキシャル秩序であることが明らかになりました。 これまで20種類以上の氷の結晶構造*注3が報告されてきましたが、本研究で明らかになったフェロアキシャル秩序は理論的にも提案されたことがありませんでした。2次元に配置された水分子が作る渦状のモチーフは雪の結晶に劣らず美しく、自然の偉大さを再認識させられます。 図2:水分子のフェロアキシャル秩序と水六量体。渦状の電気双極子が電気トロイダルモーメントを作る。   今後の展望と波及効果 水分子がどのような安定構造をとるのかという問いは、氷・水・界面現象を理解する上で人類にとって不可避な問題です。それは氷が水に浮くことや、凍結した路面が滑るといった日常的な現象を理解する上でも重要な知見です。他方で、3次元氷の秩序は複雑かつ微妙な問題であり、人類が完全に理解したと言うには遠い状況です。本研究で明らかになった2次元氷の構造を足がかりに、水の理解が進展する可能性があります。   論文情報 掲載誌名: Journal of the American Chemical Society 論文タイトル: Ferroaxial order of the monolayer ice in martyite 著者: T. Nomura, S. Kitou, J. Komatsu, J. Kimura, K. Koga, T. Hasegawa, N. Ogita, Y. Nakamura,H. Ishikawa, T. Yajima, A. Matsuo, M. Kofu, O. Yamamuro, Z. Hiroi, Y. Tomita, T. Arima, T. Matsuo DOI: 10.1021/jacs.5c19407   研究助成 本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業(22K14010, 23H04861, 24K06944, 24H01644, 24H01650, 25K00969)による助成を受けたものです。   用語解説 注1幾何学的なフラストレーション:格子の幾何学的配置のために、すべての相互作用を同時に満たせない状態。ハニカム格子上の水分子の場合、全てのペアで水素結合を形成することができず、不安定なペアが必ず存在してしまう。    注2大型放射光施設SPring-8:理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。   注3氷の結晶構造:圧力と温度を制御することで多種多様な氷の結晶構造が出現することが知られている。これまでに20種類が確認されており、今後も増える可能性がある。   報道発表資料(512.72 KB) 掲載ジャーナル:Journal of the American Chemical Society 研究者ガイドブック(長谷川 巧 准教授)   【お問い合わせ先】 (研究に関すること) 静岡大学理学部 講師・野村肇宏 (のむら としひろ) TEL : 054-238-4961 E-mail : nomura.toshihiro*shizuoka.ac.jp   (報道に関すること) 静岡大学 総務部 広報・基金課 TEL : 054-238-5179 E-mail : koho_all*adb.shizuoka.ac.jp   東京大学 大学院新領域創成科学研究科 広報室 TEL : 04-7136-5450 E-mail : press*k.u-tokyo.ac.jp   岡山大学 総務部 広報課 TEL : 086-251-7292 E-mail : www-adm*adm.okayama-u.ac.jp   広島大学 広報室 TEL : 082-424-3749 E-mail : koho*office.hiroshima-u.ac.jp   公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 TEL: 0791-58-2785 E-mail : kouhou*spring8.or.jp   東京理科大学 経営企画部 広報課 TEL : 03-5228-8107 E-mail : koho*admin.tus.ac.jp   名古屋大学 総務部 広報課 TEL:052-558-9735 E-mail : nu_research*t.mail.nagoya-u.ac.jp   東京大学 物性研究所 広報室 TEL : 04-7136-3207 E-mail : press*issp.u-tokyo.ac.jp   芝浦工業大学 入試・広報部 企画広報課 TEL : 03-5859-7070 E-mail : koho*ow.shibaura-it.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください)

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    2025.12.12
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    ナウマンゾウの古代DNA解析に成功〜ユーラシア最古のパレオロクソドンの系統であることが判明〜

    概要 山梨大学総合分析実験センターの瀬川高弘講師、秋好歩美技能補佐員、広島大学大学院統合生命科学研究科の米澤隆弘教授、国立遺伝学研究所の森宙史准教授、国立科学博物館生命史研究部の甲能直樹部長らによる国際研究チームは、日本列島に生息していた絶滅ゾウ「ナウマンゾウ」(Palaeoloxodon naumanni)の化石から、世界で初めて古代DNA解析に成功しました。 ナウマンゾウは、約2万2千年前に絶滅したと考えられており、日本全国約300ヶ所から2千点を超える化石が発見されている、日本で最も豊富に見つかる絶滅大型哺乳類の一つです。ナウマンゾウが属するパレオロクソドン属(直牙象)は、更新世にユーラシア全域に広がった絶滅ゾウ類です。しかし、これまでアジアからの古代DNA解析は成功しておらず、ユーラシア全域でのパレオロクソドンゾウの進化史には大きな空白がありました。特にナウマンゾウはどのような系統に属するのか、全く分かっていませんでした。 本研究では、青森県で発見されたナウマンゾウの臼歯化石2点(約4万9千年前と約3万4千年前)からミトコンドリアゲノムの解析に成功しました。これは日本国内最古の化石標本からの古代DNA研究となります。 その結果、ナウマンゾウは約105万年前に分岐したユーラシアで最も古い直牙象の系統であり、原始的な「シュトゥットガルト型」の頭骨の特徴を保ったまま日本列島で長期間生き延びたことが明らかになりました。大陸では派生的な「ナマディクス型」の頭骨を持つゾウに置き換わりましたが、日本列島では地理的隔離により原始的な形態が保持され、日本列島がレフュジア(古い系統が生き残る特別な環境)として機能していたことが改めて実証されました。 図1:ナウマンゾウの生体復元図 今回の研究成果を踏まえて復元された最新のナウマンゾウの生体復元。頭部はオスの頭骨化石、体の骨格は複数個体の化石標本を参考に描かれている。背景には当時日本列島に共存していた巨大なシカ(ヤベオオツノジカ)も描かれている。(復元画制作: 府高航平氏) 研究の背景 パレオロクソドン(直牙象)とは パレオロクソドン属のゾウは、更新世のユーラシアで最も繁栄した大型植物食哺乳類の一つでした。アフリカで生まれた後、(遅くとも)約78万年前にユーラシアに進出し、ヨーロッパから東アジアまで広く分布しました。 近年の古代DNA研究により、パレオロクソドンは複雑な起源を持つことが明らかになってきました。遺伝情報の解析から、パレオロクソドンは主にアフリカゾウ属を祖先とし、そこにマルミミゾウやマンモスとの交雑(異なる種が交配すること)が加わって成立したことが示されています。また、母系で伝わるミトコンドリアDNAは完全にマルミミゾウ由来のものに置き換わっており、パレオロクソドンは、この中でNNグループ(ノイマルク・ノルト・グループ)とWEグループ(ワイマール・エーリングスドルフ・グループ)という2つの主要な母系系統が確認されています。しかし、これまでDNA情報が得られていたのはヨーロッパの標本が中心で、アジアからは中国河北省の(アジアゾウのものと思われていた)歯の化石から得られた配列のみでした。そのためアジアのパレオロクソドン、特に日本のナウマンゾウの進化系統上の位置づけは全く不明でした。   2つの頭骨形態:「シュトゥットガルト型」と「ナマディクス型」 形態学的な研究から、パレオロクソドンには原始的な「シュトゥットガルト型」(頭の骨の隆起が弱い)と、派生的な「ナマディクス型」(頭の骨の隆起が強い)という2つの頭骨形態があり、その関係について長年論争が続いていました(図2)。   「シュトゥットガルト型」(原始的): 頭の後ろの骨の隆起(頭頂後頭稜)の発達が弱く、頭骨が高い形。ナウマンゾウと中央アジアのP. turkmenicusがこのタイプ。   「ナマディクス型」(派生的): 頭頂後頭稜が強く発達し前方に張り出す形。ヨーロッパのP. antiquusとインドのP. namadicusがこのタイプ。 これらの形の違いが別の種を表すのか、成長段階や個体差なのかについては議論が続いていましたが、「シュトゥットガルト型」を示す標本からのDNA情報が全く得られていなかったため、遺伝学的な検証ができませんでした。ナウマンゾウは「シュトゥットガルト型」を示すアジアのパレオロクソドンでしたが、DNA情報がないため進化系統上の位置づけは不明でした。 図2:パレオロクソドンの2つの頭骨形態。右:原始的な「シュトゥットガルト型」(ナウマンゾウ)、左:派生的な「ナマディクス型」(ヨーロッパのP. antiquusに相当)。頭頂後頭稜の発達の違いが明瞭である。   研究の成果 (1)日本の厳しい環境下での古代DNA解析成功 本研究では、青森県立郷土館などが所蔵するナウマンゾウ化石4個体を対象に古代DNA抽出を試みました。日本は高温多湿でDNAの保存に極めて不利な環境であるため、技術的に非常に困難でしたが、そのうち特に保存の良かった2個体の臼歯の象牙質からミトコンドリアDNA配列を検出することに成功しました。解析に成功した2個体の年代は、約4万9千年前と約3万4千年前であり、日本国内最古の化石標本からの古代DNA研究となりました。特に約4万9千年前の標本からのDNA抽出は、日本の高温多湿という保存に極めて不利な環境を考えると、技術的に画期的な成果です。通常の方法だけでは十分な量のDNA情報が得られなかったため、特定のDNA領域を集中的に増やす「myBaitsキャプチャ法」という最新技術を使用しました。その結果、両個体のミトコンドリアゲノムのドラフト配列を再構築することに成功しました。 a   (2)ナウマンゾウは最も古い系統だった 2個体のナウマンゾウのミトコンドリアゲノムのドラフト配列を用いて、他のゾウ類との系統的な関係を解析しました。その結果、2個体のナウマンゾウは一つのまとまった系統を形成し、さらにドイツや中国のパレオロクソドンとともにユーラシア全域に広がるWEグループを形成することが示されました。しかしナウマンゾウのDNAは、非常に厳しい環境下で数万年間埋蔵されていたためDNAの損傷が激しく、このドラフト配列そのものから分岐年代を推定することは困難でした。そこで本研究では、まず2個体のナウマンゾウの共通祖先のDNA配列を再構築し、この共通祖先配列を用いて分岐年代推定を行うという新規の解析手法を提案しました。これにより、損傷の激しいDNA配列からも信頼性の高い分岐年代を推定できるようになりました。   重要な発見: ナウマンゾウはこのWEグループの中で最も早く分かれた系統であることが明らかになりました。詳細な年代推定から、ナウマンゾウ系統がWEグループの他の系統から分岐した時期は約105万年前と推定されました(図3)。この発見は、従来の理解を大きく覆すものです。これまでナウマンゾウは、パレオロクソドンの中で比較的新しい時期に分岐した系統であり、日本列島に隔離された後、島嶼化の影響で小型化したと考えられていました。しかし今回のDNA解析により、ナウマンゾウは実際には最初期に分岐した原始的な系統であり、約105万年前という非常に早い段階で既に東アジアの縁辺にまで到達していたことが判明したのです。 この分岐年代は、パレオロクソドンがアフリカからユーラシアに進出した最古の化石年代(約78万年前、イスラエルのゲシェル・ベノット・ヤアコブ遺跡)に非常に近い時期です。このことは、パレオロクソドンがアフリカからユーラシアに進出後すぐに東アジアを含む広い範囲に拡散したことを示しています。 図3:パレオロクソドンの系統樹と分岐年代。色は頭骨の形態を示す:赤=原始的なシュトゥットガルト型、青=ナマディクス型、黒=形態型不明。ナウマンゾウ(赤)はWEグループに属し、約105万年前に分岐した最古の系統である。   (3)「シュトゥットガルト型」を遺伝学的に初めて確認 本研究は、原始的な「シュトゥットガルト型」の頭骨を持つパレオロクソドンから、世界で初めて遺伝情報を得た研究となります。ナウマンゾウは大人のオスもメスも「シュトゥットガルト型」を示すことが知られており、今回の結果により、この原始的な形がWEグループに属することが遺伝学的に確認されました。 一方、これまでDNA情報が得られていた派生的な「ナマディクス型」の標本(シチリア島やドイツのもの)は、すべてNNグループに属していました。NNグループの共通祖先は約39万年前と推定されています。「ナマディクス型」の最古の確実な化石記録は、ギリシャから見つかった約48万〜42万年前のものです。これらの年代から、派生的な「ナマディクス型」は中期更新世(約77万〜13万年前)のヨーロッパで出現し、その後にアジアにも広がったことが分かります。   (4)時系列で見るナウマンゾウの進化 今回の研究結果から推定されるナウマンゾウの進化史は次のようになります: 約105万年前: パレオロクソドンがアフリカからユーラシアに進出後まもなく、東アジアを含む広い範囲に拡散しました。この初期の拡散集団から、日本列島に入った系統(ナウマンゾウの祖先)と、大陸に残った系統が分かれました。   約105万年前〜2万2千年前: 日本列島に入ったゾウは、島の環境で大陸から地理的に隔離され、独自の進化を遂げました。原始的な「シュトゥットガルト型」の頭骨を保ったまま、古い系統の生き残り(遺存固有種)として後期更新世まで生存しました。   約48万年前以降: ユーラシア大陸では、派生的な「ナマディクス型」がヨーロッパで出現し、その後東アジアにも広がりました。中国の後期更新世の地層から見つかった頭骨も「ナマディクス型」です。 約2万2千年前: ナウマンゾウが絶滅しました。地理的な隔離により、大陸の派生的な「ナマディクス型」集団による置き換えを免れ、絶滅するまで変わらず原始的な形を保ち続けていました。 このように、ナウマンゾウは東アジアへの原始的な「シュトゥットガルト型」の早期拡散を示す証拠であり、その後大陸では派生的な「ナマディクス型」集団に置き換わっていったと考えられます。   本研究の意義 (1)日本列島がレフュジア(古い系統が残る特別な環境)であったことを実証 日本列島は、基本的にユーラシア大陸から隔離された島弧でありながら、氷期の海水準低下期に断続的に陸続きになるという特殊な地理的環境です。この「半隔離状態」が、古い系統の保存や独自の進化を促進してきたことが、ナウマンゾウの例からも実証されました。ナウマンゾウは約105万年前以降に日本列島に到達した後、地理的隔離により大陸集団とは独立した進化を遂げ、大陸では失われた原始的な特徴を保ち続けた「生きた化石」だったのです。 こうした環境であったからこそ、今回の成果は大陸集団では検出できない時間軸を伴った生物地理学的な挙動まで解明できたと言えます。後期更新世まで(約1万2千年前以前)の日本列島には、更新世オオカミ、ヒグマ、バイソン、オオツノジカ、ヘラジカ、トラといった様々な大型哺乳類が生息していました。それらは大陸から断続的に渡来した結果、「重層的」に集団の置き換わりが起こった歴史を持つ可能性があり、今後の古代DNA研究の最も重要なテーマの一つになると考えられます。   (2)ユーラシア全域のゾウ進化史の空白を埋めた これまでアジアのパレオロクソドンのDNA情報はほとんどありませんでした。今回のナウマンゾウのDNA解析により、ユーラシア全域でのゾウの進化の流れが初めて明らかになりました。   (3)形態の違いの意味を遺伝学的に解明 長年議論されてきた「シュトゥットガルト型」と「ナマディクス型」の関係について、遺伝学的な証拠を初めて提供しました。これらは単なる成長段階の違いではなく、進化の異なる段階を表していることが示されました。今回のDNA解析により、ナウマンゾウがWEグループの最古の系統であることが判明したことで、近縁種との比較から最新の生体復元が可能になりました。DNA情報から推定される系統関係に基づき、牙の形状、背中の輪郭といった従来の化石証拠だけではなく、これまで不確実だった耳の大きさや形状についても、より科学的根拠のある復元が実現しました。これにより、ナウマンゾウの生きていた姿をより正確に再現できるようになりました。   研究の展開 本研究により、ナウマンゾウがユーラシアのパレオロクソドン進化史における重要な位置を占めることが明らかになりました。しかし、今回解析したのは母親から受け継がれるミトコンドリアDNAのみです。今後、核ゲノムDNA(両親から受け継がれる全ての遺伝情報)の解析が実現すれば、以下の重要な疑問に答えることができると期待されます:   • ユーラシアのパレオロクソドンは一度の交雑で成立したのか、それとも複数回の独立した交雑があったのか • NNグループとWEグループは核ゲノムレベルでどのような関係にあるのか • ナウマンゾウはなぜ絶滅したのか、その遺伝学的な要因は何か   今後、DNA抽出技術の向上や堆積物に含まれるDNAを分析する新技術の発展により、より多くのナウマンゾウ標本や他の日本の更新世哺乳類からの古代DNA解析が進むことが期待されます。これにより、日本列島における哺乳類相の成立史がさらに詳しく解明されるでしょう。   用語解説 (1)パレオロクソドン(Palaeoloxodon):更新世にアフリカとユーラシアに広く分布した絶滅ゾウ類の仲間。直牙象(ちょくがぞう)とも呼ばれます。まっすぐな牙を持つことが特徴です。ヨーロッパのP. antiquus、インドのP. namadicus、日本のP. naumanni(ナウマンゾウ)などが含まれます。   (2)更新世:地質時代の区分の一つで、約258万年前〜約1万2千年前までの期間。氷期(氷河期)と間氷期(温暖期)が繰り返された時代です。マンモスやナウマンゾウなどの大型哺乳類が栄えました。   (3)古代DNA解析:化石など古い時代の生物に残された微量のDNA配列を解析する手法。近年の技術発展により、様々な絶滅生物の進化を明らかにできるようになりました。   (4)ミトコンドリアDNA:細胞の中のエネルギーを作る小器官(ミトコンドリア)に含まれるDNA。母親からのみ受け継がれ、核DNAより多くのコピーが存在するため、古代DNA研究に適しています。母系の進化の歴史を知ることができます。   (5)WEグループ(WEクレード):ドイツのワイマール・エーリングスドルフで見つかった標本を基準に定義されたパレオロクソドンのミトコンドリアDNA系統群。ヨーロッパから中国、日本まで広く分布します。   (6)NNグループ(NNクレード):ドイツのノイマルク・ノルトで見つかった標本を基準に定義されたパレオロクソドンのもう一つのミトコンドリアDNA系統群。主にヨーロッパで見つかっています。   (7)頭頂後頭稜(とうちょうこうとうりょう、POC):頭骨の後ろの部分にある骨の隆起。パレオロクソドンでは「シュトゥットガルト型」で弱く、「ナマディクス型」で強く発達します。この違いが頭骨の形の大きな特徴となっています。   (8)myBaitsキャプチャ法:目的とするDNA領域だけを選択的に集める技術。保存状態の悪い試料から効率的にDNA配列を回収できます。釣り針(bait)で目的の魚を釣るイメージです。   (9)系統樹解析:DNA配列などの情報から生物の間の系統的な関係(どの生物とどの生物が近い親戚か)を推定し、その進化史を樹形図で表す解析方法。   (10)遺存種(レリック):過去に広く分布していた生物の生き残りで、限られた地域にのみ生存している種。「生きた化石」とも呼ばれます。ナウマンゾウは、大陸では失われた原始的な特徴を保った遺存種でした。   論文情報 雑誌名:iScience 論文名:Ancient DNA from Palaeoloxodon naumanni in Japan reveals early evolution of Eurasian Palaeoloxodon 論文名(日本語):日本のナウマンゾウの古代DNAがユーラシアのパレオロクソドンの初期進化を明らかにする 著者:Takahiro Segawa, Takahiro Yonezawa, Hiroshi Mori, Ayumi Akiyoshi, Asier Larramendi, Naoki Kohno 著者(日本語):瀬川高弘、米澤隆弘、森宙史、秋好歩美、アシエル・ララメンディ、甲能直樹 DOI:10.1016/j.isci.2025.114156 URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2589004225024174 オンライン公開日: 2025年12月8日   研究サポート 本研究は、日本学術振興会科研費(課題番号: 20K20942, 23KK0062, 25K01110 and JP221S0002)の支援を受けました。   報道発表資料.pdf(1.64 MB) 掲載雑誌:iScience 研究者ガイドブック(米澤 隆弘 教授)   【お問い合わせ先】 山梨大学総合分析実験センター瀬川 高弘 E-mail: tsegawa@yamanashi.ac.jp TEL: 055-273-9439   広島大学大学院統合生命科学研究科米澤 隆弘 E-mail: tyonezaw@hiroshima-u.ac.jp TEL: 082-424-7950   国立科学博物館生命史研究部甲能 直樹 TEL: 029-853-8984   山梨大学 総務企画部総務課広報・渉外室 E-mail: koho@yamanashi.ac.jp TEL: 055-220-8005,8006   広島大学 広報室 E-mail: koho@office.hiroshima-u.ac.jp TEL: 082-424-6762   情報・システム研究機構国立遺伝学研究所 広報室 E-mail: prkoho@nig.ac.jp TEL: 055-981-5873   国立科学博物館 経営管理部 研究推進・管理課 研究活動広報担当 E-mail: t-shuzai @kahaku.go.jp TEL: 029-853-8984

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    • 気候変動/エネルギー/GX
    2025.09.04
    • 環境エネルギー
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    アジアにおける温室効果ガス吸排出、及び気候変動の現状

    アピールポイント 地球温暖化が激化傾向、アジア・日本も例外ではない 化石燃料燃焼による温室効果ガス(GHG)の排出は、日本を含む先進国では減少傾向、だが、世界全体では増加傾向 パリ協定の達成目標に対する現状を知るにはGHGバジェットを推定することが必要 国内で唯一のGHGバジェット推定の専門家 アジア諸国のGHGバジェットを推定し、各国のパリ協定の達成目標に対し助言→有効的なGHGの削減へ   研究者のねらい GHGバジェット推定は、パリ協定批准した各国が独自の目標達成の現状把握ために必要。各国の背景や政情による違い理解した上で、主要なGHG排出のプロセスを把握し、削減策を考察する。特に、アジア圏の発展途上国では、化石燃料燃焼が主要はGHG排出ではない(土地利用変化や火災が主要なGHG排出の国もある)。GHGバジェット推定を精緻化すると共に、国別の推定を確立する。これらの推定を速やかに推し進め、GHG排出の増加に歯止めをかける。この活動を推進するためには、産官民の協力が必要。   研究内容 GHGバジェットとは:GHG(CO2、CH4、N2O)の吸排出に関わる個々のプロセスを足し合わせた収支量 対象地域のGHGバジェットは正味排出か、正味吸収か、またはニュートラルか 何がGHGバジェットの主要構成要素か→国によっては化石燃料燃焼以上に重要な排出源が存在する 主要な排出源を特定することにより、将来的な削減に貢献 科学的根拠にによる、パリ協定を超えた、GHG削減策を提示 図1:GHGバジェットの構成要素。何が重要なプロセスであるかは、国・地域によって異なる。また、現在把握できているプロセス以外にも隠れたプロセスが存在する可能性もあり、更なる推定の精緻化が必要。   関連情報 【論文】 Kondo M., et al. (2023) Autumn cooling paused the increased net CO2 release in central Eurasia, Nature Climate Change, 13, 334–337 Kondo M., et al. (2018) Land use change and El Niño-Southern Oscillation drive decadal carbon balance shifts in Southeast Asia, Nature Communications, 9, 1154   研究者 近藤雅征(KONDOMASAYUKI) 広島大学 IDEC国際連携機構 准教授   本研究シーズは、2025年9月フェニックスセミナーにて発表しました。

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    2025.12.12
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    外来遺伝子を残さない安全なゲノム編集を藻類で実現! ―藻類バイオ燃料の実用化に向け、新しい遺伝子編集方法を開発―

    本研究成果のポイント バイオディーゼルなどの燃料生産が期待される微細藻類“ナンノクロロプシス*1”において、遺伝子を安全に改変できるよう「塩基編集*2システム」を搭載した脱落可能なDNAベクターを開発しました。 この塩基編集システムは、DNA二本鎖切断(DNA Double-strand Breaks, DSBs)*3を導入しない安全な遺伝子改変システムであるため、外来遺伝子を残さず(外来遺伝子フリー*4)、必要な変異だけを導入できる安全な方法です。この技術を使うことで、遺伝子改変後も外来遺伝子を含まないナンノクロロプシスを構築することが可能になりました。 脱落可能なベクターにより樹立できる外来遺伝子の残らないゲノム編集生物はカルタヘナ法*5の定める遺伝子組換え生物には該当しないため、屋外培養などの幅広い用途への応用が期待できます。     概要 広島大学ゲノム編集イノベーションセンターの諸井桂之研究員、山本卓教授および栗田朋和特任准教授は、非常に多くの油脂を蓄積する微細藻類、ナンノクロロプシスにおいて脱落可能な塩基編集ベクターを開発しました。この技術により変異導入時にDSBsを介さずに外来遺伝子を含まないナンノクロロプシスのゲノム編集株を樹立する手法を確立しました。 本研究成果は令和7年11月27日に英国Nature research社の科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。 論文情報 掲載雑誌:Scientific Reports 論文題目:“Double-strand break-free and transgene-free genome editing in the microalga Nannochloropsis oceanica using removable vectors containing the CRISPR base editing system” 著者: Keishi Moroi, Yamamoto, Tomokazu Kurita* 広島大学ゲノム編集イノベーションセンター *:責任著者 DOI: 10.1038/s41598-025-26657-y 背景 微細藻類は細胞内に多量の油脂や有用物質を蓄積させるため、バイオディーゼルなどの生産が期待されていますが、生産コストなどの面で課題があるため、多くの研究者が微細藻類の分子育種を進めています。現在までに非常に効率の良いゲノム編集ツールが微細藻類で使用されて多くのゲノム編集藻類が構築されましたが、それらはDNA二本鎖切断(DSBs)を導入してから藻類細胞のDSB修復機構依存的に変異を導入していました。一方でこのようなDNAの二本鎖切断が稀に大規模なゲノムDNAの削除や染色体間での組換えなど宿主細胞に有毒で不都合な改変も起こっていました。 研究成果の内容 本研究ではナンノクロロプシスにおいてCEN/ARS*6を含む脱落可能ベクターに塩基編集用の発現カセットを搭載して、図のように塩基置換後に脱落可能なベクターを構築しました。この塩基編集ベクターによりナンノクロロプシスの内在性の5種の遺伝子における6つの標的サイトにおいて塩基置換の導入に成功しました。塩基置換効率は29.2%から47.6%で、塩基置換後のベクターの脱落にも成功しました。 今後の展開 本研究により確立したDSBフリー且つ、外来遺伝子が残らないゲノム編集法を用いて屋外培養可能、かつ油脂蓄積効率の高い“高機能藻類”の樹立が期待されます。DSBフリーのゲノム編集システムは複数箇所同時改変でも標的サイト間での大規模な遺伝子の脱落や染色体間での組換えといった不都合な改変が起こり難く、また脱落可能ベクターはマーカーの再利用が可能になるため、本システムは、細胞内の多数の遺伝子を改変する際に非常に有効であると考えられます。本研究で確立した外来遺伝子フリー塩基編集システムは藻類バイオディーゼル*7の実用化に必須の基盤技術と考えられます。 用語解説 *1ナンノクロロプシス 直径 2〜5μmほどの小さな海の植物プランクトンです。培養環境に応じてバイオディーゼルに変換できる油脂を大量に蓄積すること、オメガ3脂肪酸のEPA(エイコサペンタエン酸)を豊富に含有することなど多くの特長を持つことから、さまざまな分野で活用されています。 *2塩基編集 Clustered regularly interspaced short palindromic repeats (CRISPR)–CRISPR-associated protein 9 (Cas9)には2つのヌクレアーゼドメインがあり、標的部位にDNA二本鎖切断を導入します。このヌクレアーゼの片方を失活したnCas9はDNAの2本鎖の片方のみを切断する酵素でCas9ニッカーゼと言います。このnCas9に塩基の脱アミノ化を行うデアミナーゼを融合して、標的部位の塩基を別の塩基に置換するのが塩基編集です。本研究では、nCas9にヤツメウナギのデアミナーゼであるPmCDA1とウラシルDNAグリコシレーション阻害タンパク質を結合した融合タンパク質を使用しています。PmCDA1は標的配列のシトシンのアミノ基を脱離させてウラシルに置換します。ウラシルはチミンと同様にアデニンと塩基対を形成するため、最終的にシトシンをチミンに変換できます。このような塩基編集システムをシトシンベースエディター(cytosine base editors, CBE)と言います。ウラシルDNAグリコシレーション阻害タンパク質はPmCDA1により変換されたウラシルが細胞内の塩基除去修復機構により取り除かれ、別の塩基に変換されるのを防ぐ役割があります。 *3DNA二本鎖切断(DNA Double-strand Breaks, DSBs) 生命の設計図であるゲノムDNAは二本のDNA鎖が二重螺旋構造を形成していますが、この二本の鎖の両方を切断するのがDSBsです。DSBsが導入されると細胞内のDSB修復系が機能し基本的には元通り修復されます。しかし一定の割合で修復システムのエラーによりゲノムDNAに変異が導入されます。この現象を利用してDSBsを介したゲノム編集ツールは特定部位に結合してDSBsを導入、標的遺伝子に変異を導入しますが、この時に稀に標的以外の遺伝子を含む大規模な遺伝子の削除や、染色体間での置換など、宿主細胞にとって有害で不都合な反応が起こることがあります。このような反応は特に特にゲノムDNAの複数の場所でDSBsを同時に導入した場合に起こることがあるため、複数の遺伝子を同時に改変する場合には特にDSBフリーのシステムが重要になります。 *4外来遺伝子フリーシステム 異種生物由来や合成された配列など、外来のDNA配列を含む生物を遺伝子組換え生物(Gene Modified Organisms, GMOs)と言います。GMOsはカルタヘナ法に基づく生物学的封じ込めの規定があるため、屋外培養などには非常に強い使用制限があります。CEN/ARSを持つベクターは細胞内でゲノムDNAの外で維持されるエピソーマルベクターとして振舞い、抗生物質による選択圧が無い培養条件では自然に脱落します。このように最終的に外来遺伝子が残らないシステムを外来遺伝子フリーシステムと言います。 *5カルタヘナ法 遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律。日本国内において、遺伝子組換え生物の使用等について規制をし、生物多様性条約カルタヘナ議定書を適切に運用するための法律で、遺伝子組換え生物が生物多様性へ影響を及ぼさないかどうか事前に審査することや、適切な使用方法について定められています。 *6CEN/ARS 出芽酵母の染色体の安定性に関わる配列であり、CEN/ARSはCentromere and autonomous replication sequenceの略で、出芽酵母の汎用low copyベクターに使用されています。最近このCEN/ARSを持つベクターが珪藻やナンノクロロプシスにおいても細胞内でゲノムDNAの外でエピソーマルベクターとして安定に維持されることが報告されていました。 *7藻類バイオディーゼル 微細藻類は環境ストレスなどに応じて細胞内に多量の油脂を蓄積します。この油脂に含まれる脂肪酸を脂肪酸メチルエステルに変換して使用する燃料です。藻類による油脂の生産は光合成によりCO2を吸収するため、大気中のCO2を増加させない次世代の再生可能エネルギーとして期待されています。   報道発表資料(733.68 KB) 掲載ジャーナル:Scientific Reports 研究者ガイドブック(栗田 朋和 特任准教授)   【お問い合わせ先】 広島大学ゲノム編集イノベーションセンター 特任准教授 栗田 朋和 Tel:082-424-4008 E-mail:kuri616*hiroshima-u.ac.jp (*は半角@に置き換えてください)

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    • 気候変動/エネルギー/GX
    2025.09.04
    • 環境エネルギー
    • 気候変動/エネルギー/GX
    太陽光発電の『価値分離』を通じたCO2フリー水素の低コスト化検討

    アピールポイント 化石燃料の代替として期待されるグリーン水素の製造コストを低減 太陽光発電と蓄電池、系統接続の組合せでエネルギーマネジメントを効率化 再エネ導入による電力系統への負荷を低減、太陽光発電の主力電源化にも有効   研究者のねらい 化石燃料からの燃料転換やカーボンリサイクルの原料として期待されるグリーン水素は、現状、再エネを利用した水電解法で製造されるが、製造コストの高さが課題である。本研究では、太陽光パネルによる発電を「高価値電力(安定かつ予測可能)」と「低価値電力(変動が大きく予測困難)」に分離し、前者を系統に売電、後者を水素製造に回し、さらに蓄電池活用による電解装置の容量低下および利用率向上を通じてグリーン水素の製造コスト低減モデルを提示する。なお、このモデルは、再エネ導入による電力系統への負荷を減らし、過大な投資を行うことなく太陽光発電の出力制限を緩和し、主力電源化も実現できる。   研究内容 1, 水素製造コストと電解装置の利用率との関係   2,『高価値電力』 と『低価値電力』 の分離および蓄電池による『低価値電力』 の平準化   3,水素製造シミュレーション 【前提条件】 (1)エネルギーマネジメント ①カットオフ以下は高価値電力として売電 ②カットオフ以上の電力がある場合、電解装置に優先的に供給、電解装置の容量以上の電力を蓄電池に入れ充電 ③電解装置がフル稼働できない場合には蓄電池から給電 (2)CAPEX容量 PV 1kW/EC 0.083kW/Battery 1.981kWh (3)電力価格とCAPEXコスト・耐用年数 高価値電力 \12/kWh/低価値電力 \7/kWh EC \50000/kW・10年Battery \10000/kWh・20年   関連情報 【論文】Egusa H, Ichikawa T: Value Division of Photovoltaic Power for Economically Reasonable Green Hydrogen Production. International Journal of Hydrogen Energy, 111: 385-392, 2025 【知財】なし   研究者 江種浩文(EGUSA HIROHUMI) 広島大学 A-ESG科学技術研究センター 客員准教授 市川貴之(Ichikawa Takayuki) 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 教授   本研究シーズは、2025年9月フェニックスセミナーにて発表しました。

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    2025.12.15
    • 環境エネルギー
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    トドの赤ちゃんが動作とサインのつながりを学習し、見分けられることが世界で初めて明らかに!

    本研究成果のポイント トドは0歳の仔獣期から、成獣と同じように動作とサインのつながりを学習し、弁別できる能⼒をもつことが、世界で初めて明らかになりました。   概要 城崎マリンワールドで生まれたトドのカナタは⽣後半年までに9種類の動作とそれに対応するサインを学習し、トレーナーの性別や親密度(接した時間)によらず⾼い精度でサインを識別することができました。 ハンドサインとボイスサインを同時に与えた場合、およびハンドサインのみを与えた場合の正解率は、9種類の動作全てで基準となる正解率を上回りました。 ボイスサインだけを与えた場合の正解率は、3種類の動作を除き基準となる正解率を下回りました。 本研究は、城崎マリンワールドの佐々木雅大氏、広島大学大学院人間社会科学研究科の神原利宗准教授らが執筆したもので、10月8日に「International Journal of Comparative Psychology」に掲載されました。城崎マリンワールドのトドの研究に関する国際論文では4本目、城崎マリンワールドで生まれたトドの「カナタ」に関する研究では初めてとなります。   研究成果の内容 トドは0歳の仔獣期から、成獣と同じように動作とサインのつながりを学習し、弁別できる能力をもつことが、世界で初めて明らかになりました。 トドの「カナタ」は生後半年までに9種類の動作とそれに対応するサインを学習し、トレーナーの性別や親密度(接した時間)によらず高い精度でサインを識別することができました。 ハンドサインとボイスサインを同時に与えた場合、およびハンドサインのみを与えた場合の正解率は、9種類の動作全てで基準となる正解率を上回りました。 ボイスサインだけを与えた場合の正解率は、3種類の動作を除き基準となる正解率を下回りました。   研究の背景 トドをはじめとするアシカの仲間は、長い授乳期間をもち、赤ちゃんのころにトレーナーが介入してトレーニングを行うことが難しい特徴があります。そのため、赤ちゃんのトドの学習能力については、野生下での観察を除いて知られていませんでした。 城崎マリンワールドで生まれたトドの「カナタ」は、母親が母乳で育てることが困難であったため、飼育員による人工哺育で育てられました。授乳期からトレーニングを行える特殊な環境から、貴重なデータを得られる可能性がありました。 本研究はこれまで前例がなかった、赤ちゃんのトドの学習能力について調べたものです。   研究方法 ハンドサインとボイスサインを同時に与えて9種類の動作でトレーニングを行いました。その後の実験で以下の3つの条件で「カナタ」にサインを与え、正解率を調べました。 ①ハンドサインとボイスサイン同時 ②ハンドサインだけ ③ボイスサインだけ 目で見た情報と、耳で聞いた情報、どちらが学習において重要なのかを調べました。実験は男女3人ずつ、合計6人で行い、親密度や性別による影響を考慮しました。 資料映像: 最初はホースの水を使うなど遊びの中で動作を引き出し、ミルクを使って教えていきました。その後は、目印となる道具や手を使ったトレーニングも行い、生後半年までに9種類の動作ができるようになりました。 各動作ができるようになった後は、決められた手の動き(ハンドサイン)と声(ボイスサイン)を同時に与えながら動作とむすびつけ、サインに合わせて動作を行うことをトレーニングしました。   資料映像:ホースの水で遊ぶカナタ 資料映像:はじめてトレーニングした”バイバイ” 資料映像:”あーん”のトレーニング 参考資料 図1.カナタ(授乳期) 図2.カナタ(現在)   論文情報 掲載雑誌名:International Journal of Comparative Psychology DOI:https://doi.org/10.46867/ijcp.41525 タイトル:“A Case Study of Associations Between Human Visual-Vocal Commands and Behaviors in a Lactating Steller Sea Lion Pup (Eumetopias jubatus)”   著者:佐々木雅大氏1,堤和樹氏1,木下日奈乃氏1,西島昌宏氏1,松村千織氏1,豊田彩加氏1, 神原利宗2 所属:1城崎マリンワールドシーズー,2広島大学   掲載雑誌:International Journal of Comparative Psychology 研究者ガイドブック(神原利宗 准教授)   【お問い合わせ先】 城崎マリンワールドシーズー 飼育員佐々木雅大 氏 TEL:0796-28-2300 FAX:0796-28-3675 Email:seazoo*hiyoriyama.co.jp (*は半角@に置き換えてください)   広島大学大学院人間社会科学研究科 心理学プログラム 准教授神原利宗 TEL:082-424-6280 FAX:082-424-3481 E-mail:tkambara*hiroshima-u.ac.jp (*は半角@に置き換えてください)

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    2025.09.04
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    アンモニアメタネーション

    アピールポイント 独自性:アンモニアを利用した,二酸化炭素からのメタン合成 ▶︎反応による発熱が小さく,熱暴走のリスクがない ▶︎アンモニアを水素キャリアとして輸入:国内の二酸化炭素を国内でメタンに変換 実用化に向けて:実燃焼ガスからの回収した二酸化炭素による実証試験が進行中(広島県カーボンリサイクル関連技術開発支援補助金)   研究者のねらい 研究目的:触媒開発,改良を行うことで高メタン収率を得る 研究概要:アンモニア分解触媒(ルテニウムやニッケル触媒)とメタン合成触媒(ニッケル触媒)を組み合わせたハイブリッド触媒の研究 社会実装のイメージ:広島ガスと共同で、同社顧客企業において、二酸化炭素の回収とアンモニアメタネーションを行うことを検討   研究内容 図1 圧力変化に対するアンモニアメタネーション 図2温度変化に対するアンモニアメタネーションRu/Al2O3(1 wt%)+Ni/CeO2(20 wt%) 図3 反応装置 図4 大規模プラントイメージ(多段断熱反応器)   関連情報 【論文】・・・H. Saima et al., J. Chem. Eng. Japan,https://doi.org/10.1080.00219592.2023.2248176 H. Saima et al., J. Japan Petroleum Inst., in Press 【知財】特許・・・(特開2024-147616)   研究者 砂本礼志 先進理工系科学研究科 エネルギー変換材料工学研究室D2(当時)   主指導教員宮岡 裕樹 教授   本研究シーズは、2025年9月フェニックスセミナーで発表されました。

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