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    2026.02.04
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    防風林近くの農業湿地では、ヒバリ、ケリなど草原や湿地に棲む野鳥が減少することを確認 ~農業生産と生物多様性保全を両立させる農地管理の実現へ~

    本研究成果のポイント 水田やハス田では、防風林※1の近くでオオヨシキリやホオジロなど林や藪を好む鳥やムクドリは増える一方、ヒバリやケリのような開けた環境を必要とする草原・湿地性鳥類は棲みにくくなります。これは、防風林があることでその林の中にキツネや猛禽類などの捕食者が身を隠しやすくなるため、などが考えられます。 草原性鳥類は、防風林に隣接する地点では、防風林から約1km離れた開放的な環境に比べて、個体数が約70%少ないことが分かりました。 本研究は、防風林を一律に増やすよりも、草原・湿地性鳥類が利用する開放的な農業湿地※2環境を途切れずに残すよう配置・管理する方が、農地全体の生物多様性の維持に有効であることを示しています。   概要 広島大学大学院先進理工系科学研究科の久野真純助教らは、農業湿地景観における防風林が鳥類群集※3に与える影響を明らかにしました。石川県河北潟周辺の農業湿地で調査した結果、防風林の周辺ではシジュウカラやコゲラを含む林の縁を好む鳥の種類や数が増える一方で、ヒバリなど草原性の鳥の数や、ケリなどのチドリ類、サギ類、カモ類など湿地性の鳥の種類が減少することが分かりました。 特に草原性鳥類(ヒバリとキジ)では、防風林に隣接する地点で個体数が大きく減り、開放環境と比べて約70%少ないことが明らかになりました(図1)。本研究は、防風林を一様に増やすだけでは農地全体の生物多様性の向上につながらない場合があることが示されました。今後は、開放的な環境が連続するよう防風林の配置や管理を工夫することがだと考えられます。 本研究成果は、2026年1月15日に、国際学術誌「Journal of Environmental Management」にオンライン掲載されました。 また、本研究は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。   論文情報 掲載雑誌:Journal of Environmental Management 論文題目:Shelterbelts support edge birds but limit grassland and wetland specialists in agricultural landscape 著者: K久野真純・出口翔大・Wenhuan Xu・Xike Xiao・Keinosuke Sannoh・Xinli Chen・本村健 DOI: https://doi.org/10.1016/j.jenvman.2026.128583 図1:草原性の鳥の個体数と防風林までの距離の関係性を表したグラフ(Hisano et al. 2026を元に改変)   背景 農業集約化に伴う生息地の単純化は、世界的に農地鳥類の減少を引き起こしてきました。これに対応するため、各国の農業環境計画では、防風林や生け垣林などの農地樹林帯を維持・植栽することが推奨され、林縁性※4や森林性の鳥類を支える有効な手段と考えられてきました。一方で、こうした直線状の樹林帯は、草原性・湿地性鳥類にとって生息地を分断し、樹林帯を利用する猛禽類などに捕食される危険を高める可能性が指摘されています。   これまで、北米ヨーロッパの草原・畑地景観では、防風林や樹林帯が鳥類群集に与える影響が研究されてきましたが、アジア・モンスーン気候帯に広がる水田やハス田などの農業湿地景観では、その影響はほとんど検証されていませんでした。農業湿地は、自然湿地が減少した地域において、多くの湿地性・開放環境性鳥類にとって重要な代替生息地となっており、渡り鳥の中継地としても重要な役割を果たしています。そのため、農業湿地における防風林の効果を理解することは、生物多様性保全と農地管理の両立を考えるうえで重要な課題です。   研究成果の内容 本研究では、石川県河北潟周辺の農業湿地景観(水田・ハス田)を対象に、防風林の有無や距離が鳥類群集に与える影響を調べました。その結果、防風林は藪・林縁性鳥類の種数や個体数を増加させる一方で、草原性および湿地性スペシャリストの生息を制限することが明らかになりました。とくに草原性鳥類では、防風林に隣接する地点で個体数が著しく低下し、防風林から約1km離れた開放環境と比べて約70%少ないことが示されました。 これらの結果は、防風林が林縁性鳥類にとっては営巣や隠れ場所として機能する一方で、見通しの良い開放環境を必要とする地上営巣種にとっては、生息地の縮小や捕食リスクの増加をもたらす可能性を示しています。防風林は鳥類の多様性を一様に高めるのではなく、鳥類群集の構成そのものを変化させる要因であることが明らかになりました。  石川県河北潟のハス田に隣接して設けられた防風林の例。農地の風害対策として設置された防風林は、林や藪を利用する鳥類のすみかになる一方で、広く見通しのよい環境を必要とする鳥類にとっては、生息地利用の妨げの要因となることがある。 撮影:久野真純   防風林の影響を受けやすいと考えられる湿地性の鳥ケリ(左)と、草原性の鳥ヒバリ(右)。いずれも日本各地の水田で見られる種だが、本研究により、防風林に近い環境では生息地として利用しにくくなる可能性が示された。撮影:久野真純   期待される成果 本研究は、防風林や農地樹林帯の効果を、特定の種だけでなく鳥類群集全体の視点から評価し、農業湿地景観における管理上のトレードオフ※5を明確に示した点に特徴があります。これにより、防風林を含む農地樹林帯の維持・植栽がすべての鳥類にとって一様に有益であるという前提 (Hinsley and Bellamy 2000, Heath et al. 2017) を見直す科学的根拠を提供しました。 本研究成果は、農業環境計画や土地利用計画において、防風林を「増やすべき要素」として一律に扱うのではなく、どこに、どの程度配置するかを検討する必要性を示しています。とくに、草原性・湿地性スペシャリスト※6や地上営巣種が生息する農業湿地では、開放環境の連続性を確保することが、生物多様性の維持にとって重要であることが示唆されました。   さらに、水田やハス田などの農業湿地が、自然湿地の減少が進む地域において、渡り鳥や湿地性鳥類の重要な代替生息地となっている点を踏まえると、防風林の配置や規模を適切に設計することで、林縁性鳥類を支えつつ、国際的に減少傾向にある湿地性・草原性鳥類の生息地機能を損なわない農地管理が可能になると期待されます。これらの知見は、日本国内にとどまらず、アジア・モンスーン気候帯を中心とした世界の農業湿地において、持続的な農業と生物多様性保全を両立させる景観管理の指針として活用されることが期待されます。   今後の展開 本研究は、防風林の一律的な拡大が必ずしも農地生物多様性の向上につながらないことを示しました。今後は、防風林の配置や間隔、規模といった設計要素が、鳥類や捕食者の行動にどのように影響するかを、より詳細に検証する必要があります。また、季節や土地利用の違いを踏まえ、農業湿地全体の中でどの程度の開放環境を維持すべきかを明らかにすることが重要です。将来的には、防風林と開放環境を適切に組み合わせた景観設計指針を提示することで、農業生産と生物多様性保全を両立させる農地管理の実現に貢献することを目指します。   用語解説 ※1防風林:農地の風害防止を目的として植えられた直線状の樹木帯。農業生産を支える一方で、鳥類にとっては林縁環境や移動経路として機能することがある。 ※2農業湿地:水田やハス田など、人為的に管理されているが、水域や湿地環境の性質を持つ農地。自然湿地が減少した地域では、多くの湿地性生物の代替生息地となっている。 ※3鳥類群集:同じ地域に生息する複数の鳥類種からなる集まり。 ※4林縁性鳥類:森林と開放環境の境界(林縁)を主な生息場所として利用する鳥類。藪や樹木を隠れ場所や営巣場所として利用する種が多い。 ※5トレードオフ:ある対策によって得られる利益と、同時に生じる不利益の関係。本研究では、防風林が林縁性鳥類を支える一方で、草原・湿地性鳥類の生息を制限する関係を指す。 ※6草原性・湿地性スペシャリスト:草原や湿地などの開放的な環境に特化して生息する鳥類。見通しの良い環境を好み、地上で営巣する種も多い。   その他 本研究に取り組むきっかけは、これまでイギリスやアイルランド、ブルガリア、スイスなど、ヨーロッパを訪れた際に目にした農業景観にあります。ヨーロッパの農地には、畑や草地の境界にヘッジロー(生け垣林)が設けられており、日本の農村風景とは大きく異なる印象を受けました。農地の中に、周囲とは明瞭に異なる「緑の線」が連続している景観が、強く心に残りました。 一方で、日本の農地では、水田など広く開けた空間が人工湿地として機能しており、ヒバリやケリなど、見通しの良い環境を好む鳥たちが利用しています。こうした違いを実際に現地で見比べるなかで、「ヨーロッパで良いとされている農地での植栽が、日本の農地でも同じように良い結果をもたらすのだろうか」という疑問を抱くようになりました。とくに、共同研究者の出口翔大博士(福井市自然史博物館)と議論を重ねるなかで、ヘッジローや防風林のような線状の樹木構造は、林縁性の鳥類には居場所を提供する一方で、開放環境を必要とする鳥類にとっては、かえって生息しにくい環境をつくっているのではないか、という考えに至りました。この疑問が、本研究を進める原動力となりました。   本研究は、NPO法人河北潟湖沼研究所(河北潟研究奨励助成)、日本学術振興会(科研費・若手研究:21K17912)および広島大学スタートアップ経費による支援を受けて実施されました。   参考 Heath, S. K., C. U. Soykan, K. L. Velas, R. Kelsey, and S. M. Kross. 2017. A bustle in the hedgerow: Woody field margins boost on farm avian diversity and abundance in an intensive agricultural landscape. Biological Conservation 212:153-161.   Hinsley, S. A., and P. E. Bellamy. 2000. The influence of hedge structure, management and landscape context on the value of hedgerows to birds: a review. Journal of Environmental Management 60:33-49.   報道発表資料(648.85 KB) 掲載ジャーナル:Journal of Environmental Management 研究者ガイドブック(久野 真純 助教)   【お問い合わせ先】 大学院先進理工系科学研究科理工学融合プログラム(開発科学分野) 久野 真純助教 Tel:082-424-6905FAX:082-424-6904 E-mail:hisano*hiroshima-u.ac.jp (*は半角@に置き換えてください)

    • 医療/ヘルスケア
    2026.02.04
    • 医療/ヘルスケア
    肝細胞癌の薬物療法にカテーテル治療を併用することで、 治療効果が高まる可能性を発見しました。

    本研究成果のポイント 手術不能な肝細胞癌に対する薬物療法として薬物療法(Atezo/Bev療法)※1に、カテーテル治療(TACE療法)※2を追加することで治療効果が高まる可能性があることを発見しました。   概要 広島大学病院消化器内科の研究チームは、広島大学病院と広島県内8施設で行われた肝細胞癌の治療398例を対象に、薬物治療とカテーテル治療を併用することに関して後ろ向きに解析※3を行いました。その結果、二つの治療法を併用すると、治療開始から亡くなるまでの期間及び治療開始から腫瘍が増大するか亡くなるまでの期間が長くなることがわかり、治療効果が高まる可能性を発見しました。 このことは、学術誌「Liver Cancer」に掲載されました。 また、本研究は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。   発表論文 ■掲載誌:Liver Cancer(2025年12月) ■論文タイトル:Atezolizumab Plus Bevacizumab With Transcatheter Arterial Chemoembolization (Sandwich Strategy) versus Atezolizumab Plus Bevacizumab Alone in Hepatocellular Carcinoma: A Multicenter Retrospective Study ■DOI:10.1159/000549979 ■著者:Ko Hashimoto1, Tomokazu Kawaoka1*, Tomoaki Emori1, Aiko Tanaka1, Yuki Shirane1, Ryoichi Miura1, Yasutoshi Fujii1,2, Hikaru Nakahara3, Kenji Yamaoka1, Shinsuke Uchikawa1, Hatsue Fujino1, Atsushi Ono1, Eisuke Murakami1, Daiki Miki1, C. Nelson Hayes1, Akira Hiramatsu4, Kei Amioka5, Michihiro Nonaka6, Yasuyuki Aisaka6, Kei Morio7, Takashi Moriya7, Yuji Teraoka8, Hirotaka Kono8, Yosuke Suehiro9, Keiichi Masaki9, Kazuki Ohya10, Shintaro Takaki10, Nami Mori10, Keiji Tsuji10, Yumi Kosaka11, Takashi Nakahara11, Hiroshi Aikata11, Masataka Tsuge1, Shiro Oka1 1) Department of Gastroenterology, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University Hospital, Hiroshima 734-8551, Japan 2) Department of Clinical and Molecular Genetics, Genomic Medicine Center, Hiroshima University Hospital, Hiroshima 734-8551, Japan 3) Department of Clinical Oncology, Hiroshima University Hospital, Hiroshima 734-8551, Japan 4) Department of Gastroenterology, Hiroshima Memorial Hospital, Hiroshima, Japan 5) Department of Gastroenterology, NHO Higashihiroshima Medical Center, Hiroshima, Japan 6) Department of Gastroenterology, JA Hiroshima General Hospital, Hiroshima, Japan 7) Department of Gastroenterology, Chugoku Rosai Hospital, Hiroshima, Japan 8) Department of Gastroenterology, NHO Kure Medical Center and Chugoku Cancer Center, Hiroshima, Japan 9) Department of Gastroenterology, Hiroshima City North Medical Center Asa Citizens Hospital, Hiroshima, Japan 10) Department of Gastroenterology, Hiroshima Red Cross Hospital & Atomic-bomb Survivors Hospital, Hiroshima, Japan 11) Department of Gastroenterology, Hiroshima Prefectural Hospital, Hiroshima, Japan *責任著者   背景 肝細胞癌は、生活習慣病やウイルス性肝炎などを原因として発症する癌で、手術をして癌を切除することが根治的な治療法として知られています。一方、さまざまな理由で癌を切除することができないこともあり、このような場合、手術の代わりに薬物療法を行うことがあります。薬物療法では多くの場合「アテゾリズマブ」という免疫力を高める薬と、「ベバシズマブ」という癌への栄養供給を断つ薬を併用すること(以下、Atezo/Bev療法)が一般的ですが、Atezo/Bev療法で行う治療は、その効果は限定的なものとなっています。 また、肝細胞癌に対する局所的な治療法の一つとして、カテーテルを使い癌に直接抗がん剤を注入する方法「TACE療法」があります。 これらの二つの治療法を組み合わせた新しい治療法が、近年提唱されています。   研究成果の内容 今回の研究では、広島大学病院と広島県内8施設で行われた肝細胞癌の治療398例のうち、Atezo/Bev療法のみで治療を行った例と、Atezo/Bev療法とTACE療法を併用した例、それぞれ49例ずつを比較しました。その結果、併用群では、全生存期間※4(治療開始から亡くなるまでの期間)と無増悪生存期間※5(病気が悪化しない期間)が、Atezo/Bev療法単独での治療群よりも長くなることが分かりました。さらに、副作用の発生率にも大きな差はなく、肝臓の機能も悪化していませんでした。つまり、Atezo/Bev療法にTACE療法を追加しても安全性は保たれ、治療効果が高まる可能性があることが分かりました。   以下、具体的な研究成果です。 ・Atezo/Bev療法を開始した398例のうち、統計的なマッチングを行ったのちAtezo/Bev療法とTACE療法の併用群と、Atezo/Bev療法単独群をそれぞれ49例ずつ抽出しました。 ・TACE併用群と単独群のOSとPFSを比較すると、どちらも有意差をもってTACE併用群で延長する結果でした。 ・OSとPFSについて多変量解析※6を行い、それぞれに寄与する独立因子としてTACE療法併用の有無が抽出されました。 ・TACE療法実施の有無において、有害事象の有意な増加はみられませんでした。 ・TACE療法実施の前後において、肝予備能※7は保たれていました。   今後の展開 今回の研究では後方視的な解析のためすべてのバイアスを排除することは困難と思われます。現在、Atezo/Bev療法にTACE療法を併用することに関して多くの臨床研究が進行しており、その結果が待たれます。   用語解説 ※1. アテゾリズマブ・ベバシズマブ併用療法(Atezo/Bev):免疫チェックポイント阻害薬※9のアテゾリズマブ(Atezo)と血管新生阻害剤※10のベバシズマブ(Bev)の併用療法は現在切除不能肝細胞癌の薬物療法における第一選択の一つとなっています。 ※2. TACE療法:肝動脈化学塞栓術(transcatheter arterial chemoembolization:TACE):足の付け根の動脈からカテーテルを挿入し、肝臓内の腫瘍を栄養する細い動脈までカテーテルを進め、そこで抗癌剤とともに塞栓物質を注入し腫瘍細胞を壊死させる方法。 ※3. 後ろ向きに解析:過去のデータを振り返って検討する研究方法。 ※4. 全生存期間(Overall Survival:OS):治療開始から亡くなるまでの期間を測る指標のこと。 ※5. 無増悪生存期間(Progression-Free Survival:PFS):治療開始から腫瘍が増大するか亡くなるまでの期間を測る指標のこと。 ※6. 多変量解析:複数の要因が同時に結果へどのくらい影響しているかを解析する方法。 ※7. 肝予備能:肝臓に必要な代謝・解毒・合成機能を維持できるかを示す指標のこと。Child-Pughスコアは肝硬変患者の重症度と予後を評価するために最も広く使われる評価法の一つ。 ※8. 独立因子:多変量解析の結果、他の要因とは無関係に独立して結果に影響を与えると判断された因子。 ※9. 癌細胞がリンパ球などの免疫細胞の攻撃を逃れる仕組みを解除することで免疫細胞の力を回復させ癌治療を行う薬剤のこと。 ※10. 癌細胞が新しい血管を作って増加することを阻止する薬剤のこと。   参考資料 図1. Atezo/Bev TACE併用群とAtezo/Bev単独群の全生存期間と無増悪生存期間の比較 全生存期間(a)、無増悪生存期間(b)ともにAtezo/Bev TACE併用群において有意差をもって延長しました。 図2. OSとPFSに寄与する因子について多変量解析を行った結果 (a)OSに寄与する因子として単変量解析ではBCLC stage・脈管侵襲の有無・DCP(腫瘍マーカーの一つ)・TACEの有無が抽出され、多変量解析ではDCPとTACEの有無が独立因子※8として抽出されました。 (b)PFSに寄与する因子として単変量解析では治療ライン・TACEの有無が抽出され、多変量解析でもどちらも独立因子として抽出されました。 図3. Atezo/Bev TACE併用群におけるTACE前後の肝予備能の推移 ベースラインからTACE実施時までは肝予備能は軽度悪化していますが、TACE実施の前後ではChild-Pughスコアの悪化は認めませんでした。 このプロジェクトの一部は、日本学術振興会のJ-PEAKS※の支援を受けており、広島大学では今後も、本支援により臨床研究を推進していきます。   ※ J-PEAKS(地域中核・特色ある研究大学強化促進事業): 地域の中核大学や研究の特定分野に強みを持つ大学が、その強みや特色のある研究力を核とした戦略的経営の下、 他大学との連携等を図りつつ、研究活動の国際展開や社会実装の加速等により研究力強化を図る環境整備を支援することにより、我が国全体の研究力の発展を牽引する研究大学群の形成を推進することを目的としています。   報道発表資料(479.95 KB) 掲載ジャーナル:Liver Cancer 広島大学大学院医系科学研究科消化器内科学   診療准教授河岡友和 Tel:082-257-5191FAX:082-257-5194 E-mail:kawaokatomo@hiroshima-u.ac.jp

    • 医療/ヘルスケア
    2026.02.02
    • 医療/ヘルスケア
    アルツハイマー病のリスクを高める遺伝子「APOE4」をリスクの低い型「APOE3」に切り替えられるマウスモデルを作製。 ~ヒトへの応用、発症リスク低減に向けて~

    本研究成果のポイント アルツハイマー病最大の遺伝的リスク因子APOE4を、別の型APOE3に切り替える条件付きマウスモデルを開発・検証しました。 肝臓では遺伝子型の切り替えを実証しました。 一方で脳では十分な遺伝子発現がみられないことが判明しました。   概要 広島大学大学院医系科学研究科 石川 若芸 博士研究員を中心とする研究チームは、アルツハイマー病を発症するリスクが高まる遺伝子「APOE4」を、リスクの低い「APOE3」に切り替えることができるマウスモデルを開発しました。このマウスモデルで、実際に肝臓の「APOE4」を「APOE3」に切り替えることに成功した一方、脳ではこの遺伝子自体が発現しないということも判明しました。 本研究成果は、2025年12月にNeurobiology of Disease(Q1)に掲載されました。   発表論文 ■掲載誌: Neurobiology of Disease (2025 年 12 月) ■論文タイトル: A Novel Conditional Knock-In Mouse Model for APOE4-to-APOE3 Switching ■Ruoyi Ishikawa1,2(石川 若芸), Yu Yamazaki1*(山崎 雄), Nayuta Nakazawa1(中澤 那由多), Xin Li1(リ シン), Taku Tazuma1(田妻 卓), Yoshiko Takebayashi1(竹林 佳子), Masahiro Nakamori1(中森 正博), Yusuke Sotomaru3(外丸 祐介), Hirofumi Maruyama1(丸山 博文)   1.広島大学大学院医系科学研究科脳神経内科学 2.日本学術振興会特別研究員 3.広島大学自然科学研究支援開発センター *責任著者   背景 アルツハイマー病は、社会の高齢化とともに患者数が増加している認知症疾患です。その発症リスクに最も強く関与する遺伝子がAPOE(※1)であり、特にAPOE4を持つ人は、標準型であるAPOE3を持つ人に比べて、発症リスクが大幅に高くなることが知られています。 APOE4とAPOE3の違いはわずか1塩基であり、生体内でAPOE4をAPOE3へ切り替えることができれば、発症リスクそのものを低減できる可能性が考えられてきました。ヒトへの応用に先立ち、その有効性や危険性を、実験モデルを用い多面的に評価する必要がありますが、これまで「体の中で、任意のタイミングでAPOE遺伝子型を切り替える」ことを検証できる実験モデルは限られていました。   研究成果の内容 本研究では、体内でAPOE4からAPOE3に切り替えることができるマウスモデルの作製に成功しました。 まず、遺伝子工学の技術を用い、任意のタイミングでAPOE4からAPOE3に切り替えられる遺伝子をつくり、それをマウスの体内に取り込みました。 このマウスで遺伝子の切り替えを試したところ、肝臓ではAPOE4からAPOE3への切り替えが確認された一方、脳ではそもそもAPOEを作るためのタンパク質が減っていることが確認されました。   (以下、専門的な研究内容です。)   本研究では、Cre-loxP(FLEx)システム(※2)を用いて、APOE4からAPOE3へと不可逆的に切り替わる遺伝子設計を行い、まず培養細胞を用いた in vitro 実験で、本設計がCre依存的にAPOE4からAPOE3へ切り替わることを確認しました。 この検証結果を踏まえて、通常はAPOE4をマウスのApoeプロモーター制御下に発現し、特定のタイミングでAPOE3へと切り替わる条件付きノックインマウスモデルを新たに作製しました。このモデルを用いて生体内での遺伝子型切り替えを検証した結果、肝臓ではAPOE4からAPOE3への切り替えが明確に確認されました。   一方、脳ではAPOEタンパク質の発現が著しく低下していることが分かりました。さらに分子レベルで解析を行ったところ、脳ではイントロン3が除去されないイントロン保持型転写産物(※3)であるAPOE-I3が増加し、翻訳可能な成熟APOE mRNAが減少していることが明らかになりました。この原因として、遺伝子を切り替えるために導入した配列であるloxPが、遺伝子情報の正しい読み取り過程に影響を与えた可能性が考えられました。   今後の展開 今後、研究チームはloxP配列の配置を最適化するなど設計を改良することで、脳内でも安定した遺伝子発現と遺伝子型切り替えを可能にする次世代モデルの開発を進める予定です。   参考資料 用語解説 (※1)APOE 体内で脂質(コレステロールなど)を運ぶタンパク質を作る遺伝子です。脳の健康とも深く関係しており、アルツハイマー病の発症リスクに強く影響します。   (※2)Cre-loxP(FLEx)システム 遺伝子工学で使われる技術の一つで、DNAの一部を「切り取る」「向きを反転させる」といった操作を、狙ったタイミングで行うことができます。   (※3)イントロン保持型転写産物 本来は取り除かれるはずのイントロンが残ったままのmRNAです。この状態では、正常なタンパク質が作られにくくなります。本研究では、脳でこの型のAPOEのmRNAが増えていることが分かりました。   報道発表資料(1003.07 KB) 掲載ジャーナル:Neurobiology of Disease 研究者ガイドブック(山崎 雄 准教授)   広島大学大学院医系科学研究科脳神経内科学 博士研究員石川若芸 准教授 山崎雄 Tel:082-257-5201FAX:082-505-0490 E-mail:yuyamazaki@hiroshima-u.ac.jp

    • 医療/ヘルスケア
    2026.02.02
    • 医療/ヘルスケア
    進行肺がん患者の放射線肺炎予測精度を大幅に向上 ~SurvBETAモデルが多領域解析と複数のAI学習をつなぎ革新的な予測を実現~

    本研究成果のポイント 肺がん治療の副作用「放射性肺炎」のリスクを高精度に予測できる「SurvBETA」を開発しました。 本モデルにより、放射線肺炎リスクの早期予測が可能となり、個別化治療の選択を支援する強力なツールとして、臨床現場での利用が期待されます。   概要 広島大学病院放射線部の河原大輔准教授を中心とする研究チームは、肺がんの患者に対する放射線治療の後に発症する(放射性肺炎)のリスクを高精度で予測する新しいモデル「SurvBETA」を開発しました。 放射性肺炎は、放射線治療中に患者が経験する可能性がある重大な副作用で、発症すると治療方針の変更を余儀なくされることがあります。従来の予測方法では、臨床データや単一の画像から得られる情報に頼っており、リスク予測の精度には限界がありました。本研究では、患者のCT画像と放射線量情報から得られるさまざまな情報を抽出し、複数の機械学習アルゴリズムを用いて信頼性の高い予測を行うモデルを開発し、従来よりも高精度で放射性肺炎の発症リスクを予測できるようになりました。今後、より多くの施設での検証とデータの多様化を進め、放射線治療の個別化と最適化に向けた重要なツールとしての導入が期待されています。 本研究成果は、2025年12月発行の「Medical Physics」誌に掲載されました。   <発表論文> 論文タイトル Prediction of radiation pneumonitis after CRT in patients with advanced NSCLC using multi-region radiomics and attention-based ensemble learning   著書 Daisuke Kawaharaa,*, Nobuki Imanoa, Misato Kishia,b, Toshiki Fujiwarac, Tomoki Kimurac, Yuji Murakamia   a Department of Radiation Oncology, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University, Hiroshima 734-8551, Japan b Radiation Therapy Section, Department of Clinical Practice and Support, Hiroshima University Hospital, Hiroshima 734-8551, Japan cDepartment of Radiation Oncology Kochi Medical School, Kochi University, Kami, 783-0043, Japan.   掲載雑誌 Medical Physics   DOI番号 10.1002/mp.70140   背景 肺がんの治療において、放射線治療は効果的な方法の一つです。しかしこの治療では、がん細胞の周りの正常な細胞にも放射線が少し当たってしまい、放射性肺炎という肺炎を引き起こすことがあります。放射性肺炎はその重症度によりグレード1とグレード2に分けられますが、進行した肺がん患者がグレード2の放射性肺炎を発症した場合、患者の治療効果や生活の質に深刻な影響を与えるため、早期段階での予測が非常に重要です。従来、放射性肺炎の予測には主に臨床的な因子や線量に基づく手法が使われていましたが、これらの方法では予測精度に限界がありました。   研究成果の内容 本研究では、進行した肺がん患者における放射性肺炎のグレード2以上の発症リスクを高精度で予測する新しい予測モデル「SurvBETA」を開発しました。「SurvBETA」は、CT画像から得られる、腫瘍部位、肺組織、腫瘍周囲領域、放射線線量分布など、複数の解剖学的・線量ベースの領域から特徴を抽出し、それらを基に放射線肺炎のリスクを高精度で予測します。 「SurvBETA」は「アンサンブル学習」を利用しています。これは、複数の機械学習アルゴリズム(ランダムフォレスト、XGBoost、LightGBM、CatBoost)などに放射性肺炎発症リスクを予測させ、その予測結果を統合することで、より信頼性の高い予測を行う手法です。さらに、このモデルは、注意機構(Attention Mechanism)を組み込んでいます。これはCT画像や放射線の当たり方など、どの部分に着目すべきかをAIが自動で予測しすることで、患者ごとに異なる生物学的背景や放射線治療の影響を反映し、より正確なリスク評価を可能にするものです。この注意機構は、モデルが重要な特徴を動的に学習し、放射線肺炎発症のリスクが高い患者を正確に識別できるようにします。これにより、従来よりも高精度なリスク予測を実現しました。外部施設で行った検証結果では、C-index 0.83という優れた予測精度を達成し、これによりモデルの汎用性と実用性が確認されました。   今後の展開 本研究により開発された「SurvBETA」モデルは、NSCLC患者における放射性肺炎の予測精度を大幅に向上させました。今後は、このモデルをさらに多くの医療機関で検証し、実際の臨床現場における実用性と汎用性を確認していきます。「SurvBETA」モデルは、放射線治療計画の最適化にも活用でき、個別化治療の支援ツールとして、治療方針を患者ごとに最適化するための重要な指標となることが期待されます。 図1SurvBETAによる解析フロー図 表1予測モデルの比較とパフォーマンス。   報道発表資料(395.11 KB) 掲載ジャーナル:Medical Physics 研究者ガイドブック(河原 大輔 准教授)   病院放射線部准教授河原大輔 Tel:082-257-1545FAX:082-257-1546 E-mail:daika99@hiroshima-u.ac.jp

    • 医療/ヘルスケア
    2026.02.02
    • 医療/ヘルスケア
    放射線治療が短時間中断した場合の影響を補正する新技術を開発 ~3次元補償が可能な治療計画システム(BART)の開発~

    本研究成果のポイント がんの放射線治療において予期せぬ治療の中断にも対応できる治療計画構築システム(BART)を開発しました。 治療効果の低下を抑え、がん患者の治療におけるQOL向上につながります。   概要 広島大学病院放射線部の河原大輔准教授を中心とする研究チームは、肺がん患者に対する放射線治療において、短時間の治療中断による影響を補正する新たなBARTシステムを開発しました。放射線治療中に発生する予期しない中断(機器の故障や患者の体調不良など)は、がん細胞の回復を引き起こし、治療効果を低下させることがあります。本研究では、この短時間の治療中断に伴い減少する、治療に必要な放射線量を補償する技術を開発し、従来の治療計画システムに統合する方法を示しました。 この新しいアプローチは、臨床現場において即座に適用可能であり、放射線治療の精度を高めるだけでなく、患者の治療効果をより確実にする可能性を示唆しています。 本研究成果は、2025年4月発行の「Medical Physics」誌に掲載されました。   <発表論文> 論文タイトル Biological adaptive radiotherapy for short-time dose compensation in lung SBRT patients   著書 Daisuke Kawaharaa,*, Akito S Koganezawac,*, Takuya Wadaa,b, Yuji Murakamib a Department of Radiation Oncology, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University, Hiroshima 734-8551, Japan b Radiation Therapy Section, Department of Clinical Practice and Support, Hiroshima University Hospital, Hiroshima 734-8551, Japan cRobotics and Artificial Intelligence Course, Department of Integrated Science and Engineering, Faculty of Science and Engineering, Teikyo University, Tochigi 320-8551, Japan   掲載雑誌 Medical Physics   DOI番号 10.1002/mp.17820   背景 がんの放射線治療1回にかかる治療時間はおよそ10分~30分程度です。治療中、ごくたまに装置のトラブルや患者さんの体調変化が起こり、数10分~数時間程度治療を中断する場合があります。この中断の間にがん細胞が回復してしまい、治療の効果が低下することが知られています。これを防ぐためには、治療中断中にがん細胞がどれくらい回復するのか把握し、その回復量に応じて治療強度を高めることが必要になります。   研究成果の内容 本研究では、治療の中断に伴うがん細胞の回復量を数値で表すために、「微視的動力学モデル(MKM)」を採用し、治療を中断した日数に応じて必要な補償係数と追加線量を自動的に算出するシステム(BART)を開発しました。このシステムを用いて、肺がん患者を対象にした放射線治療において、治療の中断による影響を評価し、BARTシステムによる補償後、目標線量の低下を最小限に抑えることができることを確認しました。 また、このシステムをもちいた解析により、30分の治療中断で減少する放射線量は12.1%、120分の中断で19.0%までに達することが確認されました。補償後、BARTシステムは、放射線治療計画装置上での1度の最適化計算により、当初の計画と同等の治療効果を有する新たな治療計画を作成することができ、補償後の周囲のリスク臓器への線量は許容範囲内に収まることが確認されました。   今後の展開 本研究により、治療期間の延長による影響を生物学的に補償する新たな技術が確立されました。これにより、臨床現場で頻繁に発生する治療中断の問題に対して、生物学的根拠に基づく高精度な補償計画を迅速に提供することが可能になります。BARTは、がんの放射線治療における治療計画を生物学的に最適化する手段として実用性が高く、今後は他部位への応用や、生物学的な個人パラメータを推定する技術の開発を進める予定です。また、治療中断が複数回発生する場合にも対応できるよう、補償計算の精度向上を目指して研究を進めていきます。   用語解説 #1BD(Biological Dose:生物線量) 生物線量(BD)は、放射線治療における腫瘍や正常組織の反応を評価するための指標で、治療中断などによって生じる生物学的影響を補償するために計算されます。   #2MKM(Microdosimetric Kinetic Model:微視的動力学モデル) 微視的動力学モデル(MKM)は、放射線治療における生物学的影響を計算するためのモデルです。このモデルでは、放射線のエネルギー分布や細胞修復のダイナミクスを考慮し、治療中断によるBDの減少と補償線量の計算を行います。 図1治療中断で不足するBDを補償する新規BARTシステムの概要 表1中断時間による肉眼的腫瘍体積(GTV)および計画標的体積(PTV)の生物学的線量(BED)の変化。中断によってGTV、 PTVともに低下するがBARTにより同等に補償されている。   報道発表資料(391.76 KB) 掲載ジャーナル:Medical Physics 研究者ガイドブック(河原 大輔 准教授)   病院放射線部准教授河原大輔 Tel:082-257-1545FAX:082-257-1546 E-mail:daika99@hiroshima-u.ac.jp

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    2026.02.02
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    がん放射線治療の「中断」が起きても治療効果を最大化 ~新規生物学的適応放射線治療(BART)の開発拡張~

    本研究成果のポイント 予期せぬ放射線治療の中断も考慮し、がんの治療計画を再構築するシステム「BART」の効果を拡張しました。   概要 広島大学大学院医系科学研究科和田拓也博士課程学生、広島大学病院放射線部河原大輔准教授、帝京大学理工学部総合理工学科小金澤明登准教授の研究グループは、放射線治療期間中に生じる中断による治療効果の低下を生物学的に補正する新しい技術を開発しました。 放射線治療では、治療期間の中断・延長によりがん細胞が再増殖し、治療効果が低下することが知られています。しかし、現行の放射線治療装置には、このような時間の経過までは考慮できません。 本研究では、mLQモデル(#2)を用いた補償計算に加え、複雑な3次元BED(#1)分布を扱うための独自アルゴリズムを開発し、BEDを予定されていた分布まで回復させるワークフローを構築しました。 本研究成果は、2025年10月欧州医学物理学会誌「European Journal of Medical Physics」に掲載されました。   <発表論文> 論文タイトル Compensated biological effective dose in extended radiotherapy course via a time-modified linear quadratic model for biological adaptive radiotherapy   著書 Takuya Wadaa、b、 Daisuke Kawaharab、*、 Akito S Koganezawac、*、 NobukiI manod、 Ikuno Nishibuchib、 Yuji Murakamib   aRadiation Therapy Section、 Department of Clinical Practice and Support、 Hiroshima University Hospital、 Hiroshima 734-8551、 Japan bDepartment of Radiation Oncology、 Graduate School of Biomedical and Health Sciences、 Hiroshima University、 Hiroshima 734-8551、 Japan cRobotics and Artificial Intelligence Course、 Department of Integrated Science and Engineering、 Faculty of Science and Engineering、 Teikyo University、 Tochigi 320-8551、 Japan dDepartment of Radiation Oncology、 Hiroshima University Hospital、 Hiroshima 734-8551、 Japan   掲載雑誌 European Journal of Medical Physics   DOI番号 10.1016/j.ejmp.2025.105202   背景 がんの放射線治療は、通常1カ月から2カ月にわたり、毎日少しずつ放射線を照射しますが、長期的な祝日や装置の故障、患者さんの体調不良により、治療を数日間中断せざるを得ない場合があり、その間にがん細胞が再増殖してしまい、治療効果(BED)が低下することが知られています。 臨床現場では、どれくらい放射線を照射するとがんに対しダメージを与えられるのかを「LQモデル」という計算方法で算出します。しかし、LQモデルには「時間の経過」の概念がないため、どれくらい中断するとどの程度BEDが低下するのか、低下したBEDに対しどれだけの線量を追加で照射すればもとにもどるのか把握することは難しく、正常組織を守りながら正確に補償することは困難でした。   研究成果の内容 LQモデルに時間の経過の概念を組み込んだ「mLQモデル」という計算方法が存在します。これはLQモデルの計算方法に加え、どれくらい中断するとどの程度BEDが低下するのかまで考慮することができます。本研究ではこのmLQモデルを使用し、中断日数に応じて必要な補償係数及び追加線量を部位ごとに自動算出するシステム「BART」を構築し、その効果を検証しました。 頭頸部がん81症例を対象に解析を行った結果、中断が生じた実際の治療期間ではBEDが4-10%低下することが示されました。そこに、本研究で開発したシステムを適応したところ、一度の計算だけで、当初の計画と同等の治療効果を持つ新たな治療計画を作成することが確認できました。また、補償後の周囲のリスク臓器への線量は許容値範囲内に収まることも確認されました。   今後の展開 本研究により、治療期間の延長という臨床現場で頻繁に起こる問題に対し、生物学的な根拠に基づいた高精度な補償計画を迅速に提供することが可能になります。これは、生物学的適応放射線治療の実践的な第一歩であり、今後は他部位への応用、生物学的な個人パラメータの推定などを進め実装を目指します。   用語解説 #1BED(Biological Effective Dose:生物学的実効線量) 放射線治療の効き目を示す生物学的な線量指標である。   #2時間修復LQ(mLQ)モデル 放射線治療期間の延長による腫瘍の再増殖を数理的に捉えるようLQモデルを拡張したもの。中断によるBED低下と補償線量の計算ができる。   #3SIB(Simultaneous Integrated Boost) 複数の標的に異なる線量を同時に照射する放射線治療の技術である。治療効率が高い一方で、BED補償計算は複雑になる。 図1治療中断で不足するBEDを新技術によって元の状態まで回復することを示した比較図。(a)元の理想的な線量、(b)数日中断した線量、(c)2週間中断した線量、(d)我々のシステムで補償した線量 表1治療中断が起きた場合、補償なしでは線量の評価指標が有意に低下するが、補償後は元の線量に回復するため評価指標の有意差が消滅する。中断無しの理想的な線量と補償後の線量が同等であることを示す。   報道発表資料(383.2 KB) 掲載ジャーナル:European Journal of Medical Physics 研究者ガイドブック(河原 大輔 准教授)   病院放射線部准教授河原大輔 Tel:082-257-1545FAX:082-257-1546 E-mail:daika99@hiroshima-u.ac.jp

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    2026.01.29
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    選ばれた接続を強く育てる脳の仕組みを解明 ~小脳神経回路形成におけるmGluR1シグナルの意外な二役~

    ポイント 「勝者」のシナプスを強く育てる司令塔(シグナル)を解明。 「敗者」を除去する分子(mGluR1)が、実は「勝者」の強化にも不可欠であることを発見。 一つのシグナルが「除去」と「強化」を使い分ける、脳の効率的な形成原理を提唱。   概要 北海道大学大学院医学研究院の山崎美和子准教授、帝京大学先端総合研究機構の狩野方伸特任教授(東京大学大学院医学系研究科 名誉教授)らを中心とする、北海道大学、帝京大学、東京大学、広島大学の研究グループは、運動学習や認知機能・社会性を担う小脳*1の神経回路形成過程において、重要な神経接続を強化する仕組みを明らかにしました。 生まれた直後のマウスのプルキンエ細胞*2は、5本以上の登上線維*3とシナプス*4を形成していますが、その後の1週間で1本の線維が選ばれて「勝者」となり、これ以外の線維(敗者)は最終的に除去されます。これまでの研究では、この「勝者」が強化され、樹状突起*5の広い範囲へ支配を拡大する仕組みについてよく分かっていませんでした。 本研究では、マウスを用いた実験により、プルキンエ細胞に豊富に発現する1型代謝型グルタミン酸受容体(mGluR1)―プロテインキナーゼCγ(PKCγ)に至る伝達経路が、「勝者」のシナプス機能と構造を強化し、樹状突起へと配線を広げるために必須であることを解明しました。これまでに、このシグナル伝達経路は、不要な神経結合(敗者)を除去するために必須であることが分かっていましたが、本研究により、必要な結合を強く育て上げ、勝者と敗者の格差を増強する役割も併せ持つことが初めて明らかになりました。 なお、本研究成果は 2026 年 1月23日(金)公開のProceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America誌にオンライン掲載されました。 本研究で解明されたmGluR1シグナルの役割。本研究により、mGluR1-PKCγ経路は、選ばれた「勝者」線維のシナプス構造・機能の強化と、それに続く樹状突起への支配領域の拡大に必須であることが明らかになった。これまでに知られていた「敗者」の除去(シナプス刈り込み)に加え、選ばれた接続を強く育てるという「育成」の役割も併せ持つ。     背景 私たちの脳は、生まれた直後には未完成で、多くの神経細胞が過剰な接続を持っています。その後の発達過程で、必要な神経のつながりだけが選ばれて残され、不要な接続は消えていきます。この仕組みは「神経回路の精緻化」と呼ばれ、記憶や学習、運動の制御など、脳の高度な機能を支える基盤となります。生後間もない時期の小脳では、プルキンエ細胞に複数の登上線維が接続しますが、やがてその中から「勝者」となる1本の登上線維が選ばれ、他の線維(敗者)は次第に排除されます。 本研究グループをはじめとする先行研究により、選ばれた「勝者」の選抜そのものには神経活動は不要であるものの、その後の支配領域の拡大や回路の完成には神経活動(シナプス伝達)が不可欠であり、その過程でシナプス機能と構造も大きく発達することが明らかになっていました。しかし、「具体的にどのような分子シグナルが働いて、この活動依存的な『勝者』の強化スイッチを入れているのか?」という核心的なメカニズムは未解明のままでした。一方で、mGluR1からPKCγに至る細胞内シグナル伝達経路は、これまで「敗者」を除去するためのスイッチとして知られていました。そこで本研究では、この経路が「勝者」の運命にも関与しているのではないかと考え、検証を行いました。   研究手法 本研究では、mGluR1やPKCγを欠損させた全身性の遺伝子改変マウス、及びプルキンエ細胞特異的にmGluR1機能を抑制したマウスを用いて、生後発達期の小脳神経回路を機能と形態の両面から詳細に解析しました。 機能解析としては、電気生理学的手法により、登上線維からプルキンエ細胞へのシナプス伝達の強さや、シナプス可塑性*6(LTP:長期増強*7)を測定しました。   また、形態解析では、以下の三つの点を調べました。 ・支配領域: 神経トレーサーで「勝者」登上線維を可視化し、樹状突起上の広い領域に進展しているかを調べました。 ・微細構造: 連続電子顕微鏡法*8による3次元再構築で、シナプスの立体構造を可視化しました。 ・分子発現: 免疫組織化学法*9により、シナプス伝達を担うAMPA型グルタミン酸受容体*10の発現量を調べました。   研究成果 1. 「勝者」の強化と領域拡大の失敗 mGluR1やPKCγが働かないマウスでは、「勝者」として選ばれた登上線維のシナプス伝達強度が、野生型マウスに比べて著しく弱いことが判明しました(図1)。また、電子顕微鏡観察ではシナプスの構造も小さく、AMPA型グルタミン酸受容体の発現も低いことが分かりました。 そして、本来であればプルキンエ細胞の樹状突起へと進展するはずの「勝者」登上線維が、十分な支配領域を確保できていませんでした(図2)。これらの結果は、mGluR1シグナルが「敗者の除去」だけでなく、「勝者の強化」にも必須であることを示しています。   2. 強化メカニズム(LTP)の解明 さらに、発達期のマウスの小脳スライス標本を用いた実験から、「勝者」の登上線維シナプスでは、mGluR1とPKCγに依存した「長期増強(LTP)」が生じていることを突き止めました。   3. 「一分子二役」による効率的な回路形成 以上の結果から、mGluR1-PKCγシグナルは、単なる「ハサミ(除去役)」ではなく、文脈に応じて「肥料(育成役)」としても機能する二面性を持つことが明らかになりました。脳は限られた種類の分子を巧みに使い分けることで、効率的に神経回路の最適化を行っていると考えられます。   今後への期待 本研究は、脳の発達過程において、不要なシナプスを除去するだけでなく、勝ち残ったシナプスを十分に強化することが、成熟した神経回路の形成に不可欠であることを示しました。mGluR1シグナル伝達経路の機能不全により、よく知られた「不要なシナプスの残存」に加え、「必要なシナプスが神経活動依存的に強化されない」という新たな小脳失調の病態像が示唆されます。本成果は、小脳失調症や発達障害の病態理解を深め、治療標的や介入時期を考える上で重要な知見を提供することが期待されます。   謝辞 本研究はJSPS科研費 JP20H03410、JP22K06784、JP20H05628、JP21H02589、JP18H04012、JP20H05915、JP21H04785の助成を受けたものです。   論文情報 論文名mGluR1 signaling is necessary for strengthening winner climbing fiber inputs in the developing mouse cerebellum(mGluR1シグナル伝達経路は「勝者」登上線維シナプスの強化に必須である) 著者名山崎美和子1*, 宮﨑太輔2, 橋本浩一3, 武井則雄4, 饗場篤5, 狩野方伸6,7, 8*, 渡辺雅彦1 (1北海道大学大学院医学研究院解剖発生学教室、2北海道大学大学院保健科学研究院リハビリテーション科学分野、3広島大学大学院医系科学研究科神経生理学教室、4北海道大学大学院医学研究院附属動物実験施設、5東京大学大学院医学系研究科附属 疾患生命工学センター、6東京大学大学院医学系研究科神経生理学分野、7東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)、8帝京大学先端総合研究機構、*共同責任著者) 雑誌名Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)(米国科学アカデミー紀要)(総合科学誌) DOI10.1073/pnas.2425460123 公表日2026年1月23日(金)(オンライン公開)   参考図 図1. mGluR1―PKCγシグナルは「勝者」登上線維シナプスの機能的強化に必須である。 野生型マウスでは、生後発達に伴い「勝者」登上線維のシナプス応答が顕著に増大するが、mGluR1またはPKCγを欠損したマウスでは「勝者」の応答は十分に増大しない。代表的なシナプス応答波形(左)と定量解析(右)は、mGluR1–PKCγシグナルが「勝者」登上線維の機能的強化に必須であることを示している。 図2. mGluR1―PKCγシグナルは「勝者」登上線維シナプスの支配領域の拡大に必須である。 神経標識により可視化した「勝者」登上線維(緑)を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。生後12日の野生型マウスでは、発達に伴い「勝者」登上線維がプルキンエ細胞の樹状突起へと広く進展するのに対し、mGluR1 またはPKCγ 欠損マウスでは、その進展と支配領域の拡大が著しく障害されている。この障害は成体になっても回復しなかった。   用語解説 *1 小脳 … 運動の正確さやタイミングを調整し、動きを滑らかに保つ働きを担う脳の部位。 *2 プルキンエ細胞 … 小脳皮質からの唯一の出力を行う神経細胞。全身の運動の制御やバランスの維持に重要な役割を担う。 *3 登上線維 … プルキンエ細胞に入力し、強力な信号を伝える。生後の発達期に1本が選ばれて残存し、他の線維は除去される。 *4 シナプス … 神経細胞同士が情報を伝えるために接している場所。電気信号や化学物質(神経伝達物質)を使って信号をやりとりする。 *5 樹状突起 … 神経細胞から伸びた枝状の構造で、他の神経細胞からの信号を受け取る働きを持つ。 *6 シナプス可塑性 … 神経細胞どうしのつながり(シナプス)の働きが、活動や経験に応じて変化する性質のこと。 *7 長期増強(LTP) … 神経細胞間のシナプス伝達効率が、刺激に応じて持続的に増強される現象。学習や記憶の細胞レベルでの基盤と考えられている。 *8 連続電子顕微鏡法 … 超高解像度の電子顕微鏡で多数の断面画像を取得し、立体的に細胞の構造を再構築できる技術のこと。 *9 免疫組織化学法 … 特定のたんぱく質を検出・可視化するための手法のこと。抗体と色素を使い、どの細胞や場所に分子が存在しているかを明らかにする。 *10 AMPA型グルタミン酸受容体 … 神経の興奮を伝える主要な受容体の一つで、シナプスの信号伝達の強さに関わる。   報道発表資料(1.33 MB) 掲載ジャーナル:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 研究者ガイドブック(橋本 浩一 教授)   広島大学広報室 TEL:082-424-4383 FAX:082-424-6040 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp

    • 医療/ヘルスケア
    2026.01.29
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    ~ウイルスの増殖を予測する~ B型肝炎の治療効果を評価する新たな手法の可能性を見出しました。

    本研究成果のポイント B型肝炎の治療前および治療中において、「肝臓内でのウイルスの増えやすさ」を予測できうる新しい指標を発見しました。 治療の効き具合をよりリアルに把握し、薬の選び方や治療を続けるかどうかの判断に役立つ可能性があります。   概要 広島大学病院肝疾患センターの研究チームは、B型肝炎の治療継続や再発予測に関し、従来とは異なるアプローチでの測定を行う方法を発見しました。既存の方法では「肝臓内にどれくらいウイルスが作られているか」という量を測定していましたが、「肝臓内でウイルスがどれくらい増えやすいか」を評価する方法を見出し、その効果を検証しました。 本研究は、学術誌「International Journal of Molecular Science(Q1)」に掲載されました。   <発表論文> 掲載誌:International Journal of Molecular Science (MDPI(Multidisciplinary Digital Publishing Institute)、Q1) 論文タイトル:Utility of Serum HBV RNA Measurement During Nucleoside/Nucleotide Analog Therapy in Chronic Hepatitis B Patients 著者名:Keiichi Hiraoka, Masataka Tsuge, Michihiko Kawahara, Hatsue Fujino, Yasutoshi Fujii, Atsushi Ono, Eisuke Murakami, Tomokazu Kawaoka, Daiki Miki, C. Nelson Hayes, Seiya Kashiyama, Sho Mokuda, Shinichi Yamazaki, Shiro Oka DOI: https://doi.org/10.3390/ijms262010141 掲載日時:2025年10月17日   背景 B型肝炎とは、B型肝炎ウイルスに感染することによって肝臓に炎症が起こる病気で、放置すると肝硬変や肝がんに進行する可能性がある病気です。 B型肝炎ウイルスは、肝臓の細胞にあるcovalently closed circular DNA (以下、cccDNA)というB形肝炎ウイルスの設計図からHBV RNAというB型肝炎ウイルスの部品の材料となるものを作ります。現在使用されている薬はウイルスそのものの量を大きく減らすことは可能ですが、cccDNAからのウイルス性タンパク質の産生は続く場合があり、長期的な病状の進行リスクを完全には抑えられません。そのため、B型肝炎ウイルスの治療薬の効果を評価する上で、単にウイルスの数を減らせるだけでは足りず、別の指標が求められてきました。   上記の新しい指標として、「HBV RNAを血清で測定する方法」が、治療の継続判断や病気の再発予測に役立つ可能性を指摘されていました。これは、血液の成分のひとつである血清の中に、どれくらいHBV RNAが含まれているかを調べる方法です。つまり「肝臓内にどれくらいウイルスがいるか」ではなく「肝臓内でウイルスがどれくらい増えやすいか」を測るものです。 本研究ではETVとTAFという代表的な薬剤を用い、上記方法の効果を検討しました。   研究成果の内容 本研究では、B型肝炎の患者さん86人を対象に、治療の「前」と「12週間後」「48週間後」に血液検査を行い、HBV RNAの量を調べました。結果として、HBV RNAが多い人ほど、他の検査の目印(HBs抗原=ウイルスが体にいる目印、HBV DNA=完成したウイルスの数、HBコア関連抗原=活動の強さの目印)も多い傾向があり、HBV RNAは「今後肝臓内でウイルスがどれくらい増えそうか」を示す指標になり得ると分かりました。 また、肝臓が硬くなっている人では、HBV RNAやウイルスそのもの量は低めでしたが、この二つの関係が大きく崩れているわけではないことも示されました。さらに、治療開始から48週の時点では、ウイルスが活発な人で、HBV RNAが相対的に多い傾向が見られました。一方、肝臓の炎症の数値(ALT)が高い人では、治療によってHBV RNAがより下がる傾向も確認できました。 使った薬による違いもありました。ETVとTAFのどちらでも、ウイルスの量は同じくらいよく減りましたが、HBV RNAは治療12週でTAFのほうが早く下がる傾向があり、薬によって違いが出る可能性が示されました。 以上から、HBV RNAを血清で測ることは、治療の効き具合をよりリアルに把握し、薬の選び方や治療を続けるかどうかの判断に役立つ可能性があります。   以下、具体的な研究成果です。 本研究は慢性B型肝炎患者86人について、治療前、治療開始後12週、48週の血清HBV RNAを測定しました。治療前のRNAはHBs抗原、HBV DNA、HBコア関連抗原と有意に相関していました。肝線維化が進むほどDNAとRNAは低値となりましたが、RNA/DNA比は変化がありませんでした。治療48週時にはRNA/DNA比がHBe抗原陽性例で有意に高くなり、ALTが100 U/L以上の患者ではRNAが12週・48週で低下する傾向がありました。薬剤別にみると、DNAの減少は両薬剤で大きな差はありませんでしたが、RNAの減少は12週時にTAFで顕著であり、薬剤ごとにRNAの動きが異なる可能性が示されました。これらの結果は、血清HBV RNAが肝臓内ウイルス複製を反映する有用な指標となり得ることを示唆しており、薬剤によるRNAの動的変化が治療戦略に影響を与える可能性を示しています。   今後の展開 本研究ではTAF使用症例が6例と限られており、症例を蓄積させ再検討する必要性があり、また大規模・他施設での検証や、他のNA薬剤の比較、肝機能指標や他のウイルス学的マーカーとの統合的評価が求められます。HBV RNAの減少が臨床的な長期治療成果とどの程度関連しているか、さらなる検証が必要だと考えています。   報道発表資料(448.91 KB) 掲載ジャーナル:International Journal of Molecular Science 研究者ガイドブック(柘植 雅貴 教授)   広島大学大学院医系科学研究科肝臓学柘植 雅貴 Tel:082-257-2023FAX:082-257-2023 E-mail:tsuge@hiroshima-u.ac.jp

    • 環境エネルギー
    • 食料/農林水産業
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    2026.02.05
    • 環境エネルギー
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    瀬戸内海のイカナゴが突然減った謎に迫る ―環境変動で捕食される危険性が高まったことが原因―

    本研究成果のポイント 瀬戸内海東部におけるイカナゴの漁獲量が2017年に急減した背景には、水温上昇、餌不足、捕食者の増加が重なって作用していたことを明らかにしました。 イカナゴを捕食する可能性のある魚食性の魚類14種は、2016年以降に個体数の多い状態が続いていました。 春から初夏に十分な餌をとれないと夏眠の開始が遅れ、捕食される危険性が高まることが示唆されました。   概要 広島大学大学院統合生命科学研究科の冨山毅教授、国立研究開発法人水産研究・教育機構水産技術研究所の米田道夫主任研究員らの研究グループは、瀬戸内海東部において春季の主要な漁獲対象種であるイカナゴの漁獲量が2017年に急減し、その後も低水準が続いている要因を調査しました。その結果、水温の上昇と餌不足といった環境変動が重なったことで、2016年にイカナゴが捕食される危険性が急激に高まり、これが2017年の漁獲量の急減につながった主要因であることを明らかにしました。 本研究成果は、2026年1月2日に学術雑誌Marine Environmental Researchに掲載されました。また、本研究は広島大学から論文掲載料の助成を受けました。   〈論文発表〉 論文タイトル:Local environmental changes boost predation risk in forage fish: application to the sand lance in the eastern Seto Inland Sea   著者:谷口碧1、米田道夫2、西川哲也3、中村政裕2、森岡泰三2、冨山毅1* 1 広島大学大学院統合生命科学研究科; 2 国立研究開発法人水産研究・教育機構水産技術研究所; 3兵庫県立農林水産技術総合センター水産技術センター   *Corresponding author(責任著者) 掲載雑誌:Marine Environmental Research 215: 107827 DOI: 10.1016/j.marenvres.2025.107827   背景 イカナゴはイカナゴ科に属する小型魚で、瀬戸内海の東部、特に大阪府、兵庫県、香川県において重要な水産資源であり、3~4月にかけて漁獲される稚魚は「くぎ煮」の材料として広く親しまれてきました。瀬戸内海東部におけるイカナゴの漁獲量は、減少傾向にありながらも、2016年までは年間1万トン以上を維持してきました。しかし、2017年にイカナゴの漁獲量は前年の約1割まで急激に落ち込み、その後も回復せず、現在まで3千トン未満の低水準が続いています(図1)。これまで、この減少の背景として、「海がきれいになりすぎたこと(栄養塩濃度の低下)により、イカナゴの餌となる動物プランクトンが減少し、その結果、イカナゴの産卵量が低下した可能性」が指摘されてきました。しかし、餌環境の悪化や産卵量の減少は、通常は時間をかけて徐々に進行する現象であるため、イカナゴの漁獲量が2017年に突発的に大きく減少した理由は明確にはなっていませんでした。   研究成果の内容 本研究では、 (1) イカナゴを捕食する魚類の増減に着目した長期データ解析、 (2) 水温上昇と餌不足がイカナゴの行動に及ぼす影響を調べる飼育実験、 を行いました。   (1) イカナゴは冬に生まれ、春~初夏にかけて活発に餌を食べて栄養を蓄えた後、夏に砂に潜って冬まで眠る「夏眠」という習性を持っています。このため、夏眠に入る前までに十分な栄養を蓄えられるかどうかが、生き残りにとって重要です。そこで、1~7月における魚食性魚類14種(サワラ、ブリ、ハモ、スズキ、ヒラメなど)の漁獲情報を解析し、捕食者の分布状況の変化を調べました。その結果、2015年以前と2016年以降で状況は大きく異なり、2016年から捕食者が急激に増加していたことが明らかになりました(図2)。   (2) 餌が十分な条件と餌が不足した条件でそれぞれイカナゴを飼育し、行動の違いを比較しました。その結果、餌が不足したイカナゴでは夏眠の開始が遅れることがわかりました。この影響は、水温の上昇による影響よりも大きく、餌不足の状態では、夏眠までに栄養を蓄えるためにイカナゴは長時間活動し続ける必要があることが示されました。これは、捕食者と遭遇する機会、すなわち「捕食される危険性」が高まることを意味します。 以上から、瀬戸内海東部のイカナゴには、餌不足と水温上昇、さらに捕食者の増加が重なって作用していたことが明らかとなりました。特に、2016年に捕食者が急激に増えたことにより、その年に夏眠に入るイカナゴが大きく減少し、その結果、冬の産卵量が激減したと考えられます。このことが、2017年に稚魚が急激に減少した主な要因として説明されました。   今後の展開 イカナゴの資源量や漁獲量は全国的に減少しています。その要因は海域ごとに異なる可能性もあるため、それぞれに調べる必要があります。これまでの資源変動の研究では、水温や餌環境など、生き物の成長や繁殖に直接関与する要因(ボトムアップ効果)が主に注目されてきました。一方で、本研究では捕食者の増減が資源変動に関与する可能性(トップダウン効果)が示され、このアプローチによる新たな科学的な検証が可能となりました。トップダウン効果は野外で直接検証することが難しいものの、長期的な漁獲データ解析と飼育実験を組み合わせた統合的なアプローチによって、科学的な検証が可能となることを示した点に、本研究の意義があります。今後は、本研究の枠組みを他海域や他の魚種に適用し、急激な環境変化のもとで起こる資源変動の仕組みを解明していくことが重要です。   参考資料 図1 瀬戸内海におけるイカナゴの漁獲量 図2 魚食性魚類の分布密度(赤色が高く、青色が低いことを示す)   【プレスリリース】瀬戸内海のイカナゴが突然減った謎に迫る―環境変動で捕食される危険性が高まったことが原因―.pdf(351.29 KB) 掲載ジャーナル:Marine Environmental Research 研究者ガイドブック(冨山 毅 教授)   <研究に関すること> 広島大学大学院統合生命科学研究科教授冨山毅 Tel:082-424-7941 E-mail:tomiyama@hiroshima-u.ac.jp   国立研究開発法人水産研究・教育機構 水産技術研究所主任研究員米田道夫 Tel:0193-63-8121 E-mail:yoneda_michio55@fra.go.jp   <報道に関すること> 広島大学 広報室 TEL:082-424-4518 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp   国立研究開発法人水産研究・教育機構経営企画部広報課 E-mail:Fra-pr@fra.go.jp

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    2026.02.20
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    単層の氷の構造を初めて可視化 ― 渦状に並んだ水分子がつくるフェロアキシャル秩序を実証 ―

    本研究成果のポイント 鉱物中に閉じ込められた単層の水分子(単層氷)が研究の舞台 ハニカム格子上に並んだ水分子は室温で定まった方向を向かずに回転 低温で水分子が渦状に並んだ、フェロアキシャル秩序状態の新しい氷を発見   概要 静岡大学理学部の野村肇宏講師の研究グループは、東京大学大学院新領域創成科学研究科の鬼頭俊介助教・有馬孝尚教授、岡山大学の小松寿弐千大学院生(当時)・木村純大学院生・甲賀研一郎教授、広島大学の長谷川巧准教授・荻田典男教授、高輝度光科学研究センターの中村唯我研究員、東京理科大学の石川孟講師、名古屋大学の矢島健准教授、東京大学物性研究所の松尾晶技術専門職員・古府麻衣子教授・廣井善二教授、芝浦工業大学の富田裕介教授、大阪大学の松尾隆祐名誉教授と共同で、2次元に閉じ込められた単層の水分子が渦状の秩序構造(フェロアキシャル秩序)を示すことを発見しました。 本研究では、2次元に閉じ込められた水分子の秩序構造を、放射光X線回折と分子動力学計算によって調べました。マーティアイトという鉱物中で、水分子はハニカム格子上に並んでおり、単層氷とみなすことができます。研究グループはこの単層氷が低温で渦状のモチーフを形成し、フェロアキシャル秩序と呼ばれる特異な秩序を示すことを明らかにしました。 この2次元氷の秩序構造は過去に予言されておらず、水という身近な研究対象がいかに複雑で謎に包まれた存在かを物語っています。2次元氷に関する知見は3次元氷を研究する礎となるものであり、今後人類が水に関する研究を進める上で重要なマイルストーンとなることが期待されます。 なお、本研究成果は、2026年2月13日に、アメリカ化学会の発行する国際雑誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。 マーティアイトという鉱物中の水分子は、氷を一層だけ取り出して2次元に閉じ込めた、いわば単層氷とみなすことができます。本研究では、この単層氷が渦状の秩序構造(フェロアキシャル秩序)を示すことを発見しました。   背景 雪の結晶は六角形をモチーフとした形をとります。これは氷の結晶中で、水分子がハニカム格子上に整列した3次元構造をとるためです。それでは、極薄の氷を一層だけ取り出したときにどんな構造をとるでしょう?本研究はそんな単純な興味から始まりました。 研究グループはマーティアイト[martyite, Zn3(V2O7)(OH)2·2H2O]という層状の結晶構造を持つ鉱物に着目しました(図1)。マーティアイトのフレームワーク中で水分子はハニカム格子を形成しています。つまり、氷を一層だけ取り出して、それを2次元に閉じ込めたような状況が鉱物中で自然と実現しています。ハニカム格子上に配置された水分子は定まった方向を向くのではなく、面内をくるくる回転しています。これは幾何学的なフラストレーション*注1により、全ての水分子を同時に安定に並べることができないためです。マーティアイトを室温から冷却したときに、回転していた水分子がどのようにお互いを配慮しながら整列するかは容易には予測できません。 図1:3次元氷と2次元氷のハニカム格子(水分子の蜂の巣状配列)。マーティアイト中で回転する水分子がどう整列するかは非自明。   研究成果の内容 大型放射光施設「SPring-8」*注2のBL02B1で単結晶X線回折実験の結果、マーティアイト中の水分子の低温構造では、6個の水分子がまとまった渦状のモチーフ(六量体)を形成していることがわかりました(図2)。分子動力学計算を用いた単層氷のシミュレーションからも同様の水六量体が形成されることが明らかになり、マーティアイト中の水分子がたしかに単層氷とみなせることがわかりました。この水六量体では、水分子が電気分極を持つことから、電気双極子モーメントの渦が形成されることになります。このような多極子は電気トロイダルモーメントと呼ばれ、それらがそろった状態をフェロアキシャル秩序と呼びます。本研究から単層氷の安定構造がフェロアキシャル秩序であることが明らかになりました。 これまで20種類以上の氷の結晶構造*注3が報告されてきましたが、本研究で明らかになったフェロアキシャル秩序は理論的にも提案されたことがありませんでした。2次元に配置された水分子が作る渦状のモチーフは雪の結晶に劣らず美しく、自然の偉大さを再認識させられます。 図2:水分子のフェロアキシャル秩序と水六量体。渦状の電気双極子が電気トロイダルモーメントを作る。   今後の展望と波及効果 水分子がどのような安定構造をとるのかという問いは、氷・水・界面現象を理解する上で人類にとって不可避な問題です。それは氷が水に浮くことや、凍結した路面が滑るといった日常的な現象を理解する上でも重要な知見です。他方で、3次元氷の秩序は複雑かつ微妙な問題であり、人類が完全に理解したと言うには遠い状況です。本研究で明らかになった2次元氷の構造を足がかりに、水の理解が進展する可能性があります。   論文情報 掲載誌名: Journal of the American Chemical Society 論文タイトル: Ferroaxial order of the monolayer ice in martyite 著者: T. Nomura, S. Kitou, J. Komatsu, J. Kimura, K. Koga, T. Hasegawa, N. Ogita, Y. Nakamura,H. Ishikawa, T. Yajima, A. Matsuo, M. Kofu, O. Yamamuro, Z. Hiroi, Y. Tomita, T. Arima, T. Matsuo DOI: 10.1021/jacs.5c19407   研究助成 本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業(22K14010, 23H04861, 24K06944, 24H01644, 24H01650, 25K00969)による助成を受けたものです。   用語解説 注1幾何学的なフラストレーション:格子の幾何学的配置のために、すべての相互作用を同時に満たせない状態。ハニカム格子上の水分子の場合、全てのペアで水素結合を形成することができず、不安定なペアが必ず存在してしまう。    注2大型放射光施設SPring-8:理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。   注3氷の結晶構造:圧力と温度を制御することで多種多様な氷の結晶構造が出現することが知られている。これまでに20種類が確認されており、今後も増える可能性がある。   報道発表資料(512.72 KB) 掲載ジャーナル:Journal of the American Chemical Society 研究者ガイドブック(長谷川 巧 准教授)   【お問い合わせ先】 (研究に関すること) 静岡大学理学部 講師・野村肇宏 (のむら としひろ) TEL : 054-238-4961 E-mail : nomura.toshihiro*shizuoka.ac.jp   (報道に関すること) 静岡大学 総務部 広報・基金課 TEL : 054-238-5179 E-mail : koho_all*adb.shizuoka.ac.jp   東京大学 大学院新領域創成科学研究科 広報室 TEL : 04-7136-5450 E-mail : press*k.u-tokyo.ac.jp   岡山大学 総務部 広報課 TEL : 086-251-7292 E-mail : www-adm*adm.okayama-u.ac.jp   広島大学 広報室 TEL : 082-424-3749 E-mail : koho*office.hiroshima-u.ac.jp   公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 TEL: 0791-58-2785 E-mail : kouhou*spring8.or.jp   東京理科大学 経営企画部 広報課 TEL : 03-5228-8107 E-mail : koho*admin.tus.ac.jp   名古屋大学 総務部 広報課 TEL:052-558-9735 E-mail : nu_research*t.mail.nagoya-u.ac.jp   東京大学 物性研究所 広報室 TEL : 04-7136-3207 E-mail : press*issp.u-tokyo.ac.jp   芝浦工業大学 入試・広報部 企画広報課 TEL : 03-5859-7070 E-mail : koho*ow.shibaura-it.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください)

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    2026.02.20
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    ボノボ(大型類人猿)とテナガザル(小型類人猿)のiPS細胞と 脚腕の元になる細胞の作製に成功 —霊長類発生進化学・生物多様性保全・動物園獣医学の統合推進に貢献 —

    本研究成果のポイント ボノボ(大型類人猿)とテナガザル(小型類人猿)からiPS細胞(※1)を作製 類人猿のiPS細胞から四肢骨格の起源である細胞を作出することに成功 進化研究・生物多様性保全・動物園獣医学の3分野融合「動物園まるごとiPS細胞化プロジェクト」を大きく展開   概要 今村公紀 准教授(研究当時:京都大学ヒト行動進化研究センター助教、現:金沢大学医薬保健研究域)、博士課程4年 濱嵜裕介(京都大学ヒト行動進化研究センター)、今村拓也 教授(広島大学大学院統合生命科学研究科)、博士課程1年 飽田寛人(広島大学大学院統合生命科学研究科)らの研究グループは、京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリ(熊本県宇城市)、公益財団法人日本モンキーセンター(愛知県犬山市)、豊橋総合動植物公園(愛知県豊橋市)、東山動植物園(愛知県名古屋市)、大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)、名古屋大学 一柳健司 教授、総合研究大学院大学 田辺秀之 准教授らと共同で、大型類人猿ボノボと小型類人猿テナガザルから、ゲノムに外来遺伝子が挿入されない人工多能性幹細胞(iPS細胞)の作製に成功しました。 今回作製したiPS細胞について、複数種の霊長類iPS細胞の遺伝子発現パターンを比較した結果、iPS細胞の遺伝子発現は霊長類進化の系統関係を反映していること、ならびに種特異的な特徴を同定しました。また、本研究では、作製した類人猿iPS細胞から四肢骨格の起源である細胞(肢芽中胚葉細胞)を誘導することにも成功しました。本成果は、霊長類の進化発生学(エボデボ)、生物多様性の保全、動物園獣医学の発展を統合的に推進するための重要な基盤になると考えられます(図1)。   雑誌名:BMC Genomics タイトル:Generation and transcriptome profiling of bonobo induced pluripotent stem cells using stealth RNA vectors: a tripartite comparative study with humans and chimpanzees. 著者:Yusuke Hamazaki,、Hiroto Akuta、Hikaru Suzuki、Hideyuki Tanabe、Tsubasa Suzuki、Kouki Inoue、Kenji Ichiyanagi、Takuya Imamura*、Masanori Imamura*. BMC Genomics、in press DOI:https://doi.org/10.1186/s12864-025-12400-4 (open access) 雑誌名:Frontiers in Cell and Developmental Biology タイトル:Generation and characterization of induced pluripotent stem cells of small apes. 著者:Yusuke Hamazaki、Hiroto Akuta、Hikaru Suzuki、Hideyuki Tanabe、Kenji Ichiyanagi、Takuya Imamura、Masanori Imamura*. Front Cell Dev Biol, 13: 1536947 (2025) DOI:https://doi.org/10.3389/fcell.2025.1536947 (open access) 背景 ヒトとサルの境目はどこにあり、両者は何が違うのでしょうか。生物学的にヒトはヒト上科というグループに属し、ニホンザルのようなサル類と区分されます。ヒト上科にはヒトの他に大型類人猿(ボノボやチンパンジー、ゴリラ、オランウータン)と小型類人猿(テナガザル)が分類されます。なかでもボノボとチンパンジーはヒトに最も近縁な現生類人猿であり、ヒト、ボノボ、チンパンジーの3種の比較はヒト固有の特性を解明する糸口になります。一方、小型類人猿はヒトとの共通祖先から最も早く、最も古い時期に分岐しました。したがって、小型類人猿は系統進化上、ヒト・大型類人猿とサル類の中間に位置しており、サルからヒトへの進化の過程を解明する上で非常に重要な存在といえます。 研究成果の内容 ■ 1|ボノボiPS細胞とテナガザルiPS細胞の作製に成功 本研究では、京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリ(熊本県宇城市)で飼養されているボノボとチンパンジーについて、健康診断時に採血された余剰血液から末梢血単核球を分離・培養しました。また、日本モンキーセンター(愛知県犬山市)、豊橋総合動植物公園(愛知県豊橋市)、東山動植物園(愛知県名古屋市)、大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)と連携し、動物園で自然死した小型類人猿3種5個体(シロテテナガザル、アボットハイイロテナガザル、フクロテナガザル)の皮膚片から線維芽細胞を培養しました。これらの細胞にゲノムに外来遺伝子が挿入されない方法で初期化因子を導入することでiPS細胞の作製を行った結果、ボノボ2個体、チンパンジー1個体、テナガザル3個体(シロテテナガザル1個体、フクロテナガザル2個体)のiPS細胞を作製することに成功しました(図1)。   ■ 2|iPS細胞の霊長類種ごとの特徴を遺伝子発現パターンから解析 ヒト、大型類人猿(ボノボ、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン)、小型類人猿(シロテテナガザル、フクロテナガザル)、サル類(アカゲザル、カニクイザル)のiPS細胞について、遺伝子発現プロファイルを比較解析したところ、iPS細胞の遺伝子発現は霊長類の系統関係を反映したパターンに分類されること(サル類、小型類人猿、大型類人猿、ヒトの順に分岐)がわかりました。さらに、ヒト、ボノボとチンパンジーの間で異なる遺伝子発現や、テナガザルだけで見られる遺伝子発現など、種に特異的な特徴も検出されました。   ■ 3|類人猿iPS細胞から四肢骨格の起源(脚腕の元)である肢芽中胚葉細胞の誘導に成功 作製した類人猿(ボノボ、チンパンジー、テナガザル)のiPS細胞から四肢骨格の起源(腕脚の元)である肢芽中胚葉細胞を作出することに世界で初めて成功しました。腕と脚の長さはサル類ではほぼ同じであるのに対し、類人猿では脚に比べて腕が長く、ヒトでは反対に腕に比べて脚が長くなります。霊長類iPS細胞から肢芽中胚葉細胞を分化誘導する実験系は、脚腕の長さという類人猿やヒトの四肢の特徴がどのようなメカニズムによって進化してきたのかを解明することに役立つと考えられます。     今後の展開 本研究は「動物園まるごとiPS細胞化プロジェクト」の一環として、動物園と連携して実施しました。本プロジェクトは、動物園や飼養施設にいる動物たちの細胞バンク化とiPS細胞の作製を行うことで、以下の3つの活用に繋げることを目的としています。   ■ 1|哺乳動物の進化発生学(エボデボ研究)の進展 哺乳動物のiPS細胞を作製することで、哺乳動物が進化させた多様性や新奇性のメカニズムの解明が期待されます。今後は、動物園にいるさまざまな動物のiPS細胞から四肢を形成する肢芽中胚葉細胞を分化誘導することで、脚腕の長さや形の発生進化研究を展開する予定です。   ■ 2|生物多様性の保全 ボノボやテナガザルをはじめ、多くの希少動物は絶滅の危機に瀕しており、遺伝資源の保存は喫緊の課題です。本研究で進める細胞バンク化(動物由来の細胞を長期保存・再利用可能な形で蓄積すること)とiPS細胞の作製は、絶滅危惧種の「細胞レベルで生きた遺伝資源」を長期的に保存・活用できる基盤となります。   ■ 3|動物園獣医学の発展 希少動物では疾患研究や治療法の検討が難しい場合があります。iPS細胞を活用することで、動物種ごとの疾患モデルの構築や、薬剤反応性・毒性の種差や個体差の評価が可能となり、動物医療・健康管理の高度化に貢献すると期待されます。     参考資料 図1. 本研究の概要 動物園・研究施設からご提供いただいた組織試料から細胞を培養し、テナガザルとボノボ、チンパンジーのiPS細胞の作製に成功した。動物園のiPS細胞は今後大きく分けて3つの活用法が考えられる。 図2. ヒト・類人猿・サル類のiPS細胞の遺伝子発現パターンは霊長類進化の系統関係を反映する ヒト・類人猿・サル類のiPS細胞の遺伝子発現データに基づき、それぞれのiPS細胞株(点)間の類似性を樹形図として可視化すると、系統進化を反映したまとまりを示した(サル類、小型類人猿、大型類人猿、ヒトの順に分岐)。さらに、小型類人猿テナガザルのiPS細胞では他の霊長類に比べて”細胞死”に関連する遺伝子の発現が低い傾向が見られた。また、大型類人猿のうち、ボノボとチンパンジーのiPS細胞の間を比較すると、”代謝”機能に関連する遺伝子の一部で発現が異なっていた。 図3. 類人猿のiPS細胞から四肢骨格の起源である肢芽中胚葉細胞の分化誘導に成功 ボノボとテナガザルのiPS細胞(上段)から肢芽中胚葉細胞(下段)を分化誘導することに成功した。下図では、肢芽中胚葉を特徴づける遺伝子のPRRX1(赤)が発現していることを示している。   用語解説 (※1) iPS細胞 培養下(実験室)で半永久的に増え、身体を構成するさまざまな細胞種に分化することできる(=多能性)性質を持った細胞。   (※2) 分化誘導 iPS細胞の持つ、身体を構成するさまざまな細胞種に分化することできる(=多能性)性質を活かして、iPS細胞から目的の細胞を培養下で作出する方法のこと。   報道発表資料(741.67 KB) 掲載ジャーナル:BMC Genomics 掲載ジャーナル:Frontiers in Cell and Developmental Biology 研究者ガイドブック(今村 拓也 教授)   研究に関するお問い合わせ先 金沢大学医薬保健研究域 准教授今村 公紀 E-mail:imamura-masanori@staff.kanazawa-u.ac.jp 京都大学ヒト行動進化研究センター 博士課程4年 濱嵜 裕介 E-mail:hamazaki.yusuke.84n@st.kyoto-u.ac.jp 広島大学大学院統合生命科学研究科 教授今村 拓也 TEL:082-424-7438 E-mail:timamura@hiroshima-u.ac.jp ■報道に関するお問い合わせ先 広島大学 広報室 TEL:082-424-6762 E-mail : koho*office.hiroshima-u.ac.jp 京都大学広報室 国際広報班 TEL:075-753-5729FAX:075-753-2094 E-mail:comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp  

    • 食料/農林水産業
    2026.02.20
    • 食料/農林水産業
    結晶の形と長さを制御し「油」を強く固める新技術 ~ゲルの壊れにくさを最大約40倍向上、食品や化粧品など幅広い分野での応用に期待~

    本研究成果のポイント 食品への応用が期待されるオレオゲル(※1)について、結晶化の際に行う温度調整工程であるテンパリングの温度を調整し、結晶の「長さ」を制御することで、材料の硬さを示す貯蔵弾性率(※2)が大きく向上することを確認。 オレオゲルを構成する脂質ウィスカー結晶(※3)の「形状」を、不純物の取り込みによって制御することで、変形しにくさを示す機械的強度(臨界ひずみ)(※4)を最大約40倍に高められることを実証し、食品等のテクスチャ制御が可能になることを示した。 結晶の「長さ」と「形状」という2つの要素を制御する新たな手法により、従来技術に比べ、安定的なオレオゲルの作製が可能となり、植物性食品(プラントベースフード、以下PBF)(※5)の食感改良(植物性代替肉のジューシーさなど)に貢献 できるオレオゲル作製の基盤技術の確立に期待。   概要 広島大学大学院統合生命科学研究科 中野郁也 氏(修士課程1年)、小泉晴比古 准教授、上野 聡 教授、ミヨシ油脂株式会社 大石憲孝 博士、浜本一洋 氏、北海道大学低温科学研究所 木村勇気 教授、山﨑智也 准教授との共同研究により、オレオゲルを構成する脂質ウィスカー結晶の形態制御技術を確立しました。 世界的な人口増加に伴い食糧供給の安定化が求められる中、タンパク質供給源としてPBFが注目されています。しかし、その大きな課題は「ジューシーさ」の再現が難しい点が挙げられます。オレオゲルは、この課題を克服する強力な手段とされています。本研究では、オレオゲルのゲル化剤として食経験が豊富な油脂(トリアシルグリセロール)である高純度PSP(1,3-ジパルミトイル-2-ステアロイルグリセロール(※6)を使用しました。そして、オレオゲルの物性(硬さや機械的強度)が、脂質ウィスカー結晶の「長さ」と「形状」の制御によって決定されることを明らかにしました。具体的には、結晶化の際に行う温度調整工程(テンパリング)の温度が上がると、結晶の長さが増し、貯蔵弾性率が増加することを明らかにしました。さらに不純物を意図的に利用することで結晶の形状を蛇行状に変え、臨界ひずみ(機械的強度の指標)を最大で約40倍も向上させられることを示しました。 この成果は、オレオゲルのテクスチャを自在に制御できる新たな基盤技術を確立するものです。PBFやパン、菓子、調味料といった加工食品だけでなく、サプリメントや化粧品、さらには工業製品まで、オレオゲルのテクスチャ制御が重要となるさまざまな分野での応用が期待されます。 本研究の成果は、国際的な科学雑誌Food Research Internationalのオンライン版に2025年12月4日付で掲載されました。   背景 地球規模での人口増加により食料不足のリスクが高まる中、持続可能な食料供給源として、大豆などの植物由来原料を用いたPBFが注目を集めています。その中でも代替肉は、ハンバーガーやソーセージなどの形態で既に市場に出回っていますが、動物性脂肪が持つ「ジューシーさ」を再現することが難しく、消費者への普及を妨げる主要な課題となっています。オレオゲルは、液体油を多量に保持するネットワーク構造を形成することで、代替肉のジューシーさの再現に強い可能性を秘めています。しかし、従来のオレオゲルに使用されるゲル化剤(低分子有機ゲル化剤など)には、食品としての利用経験が乏しいものが多いという課題がありました。 研究グループはこれまで、食経験が豊富なトリアシルグリセロール(TAGs)に着目し、完全水素添加パーム中融点画分(FHHPMF)(※7)を用いれば、僅か0.5 wt%という少量の添加濃度でゲル化が起こること、また、透過型電子顕微鏡(TEM※8)を用いて、これが脂質ウィスカー結晶の形成に起因していることを明らかにしてきました。この脂質ウィスカーオレオゲルは、ネットワークの不安定化が起こりにくく、20℃で4ヶ月間油漏れがないという高い保存安定性を持つため、実際の食品応用への期待が高まっていました。   研究成果の内容 本研究では、高純度PSP(FHHPMFの主要成分)を用いて、オレオゲルの物性を制御するための鍵となる、脂質ウィスカー結晶の成長メカニズムを詳細に解明しました。オレオゲルの貯蔵弾性率(ゲルの硬さの指標)を測定したところ、テンパリング温度を30℃以上に高めることで貯蔵弾性率が大きく増加することが判明しました。これは、テンパリング温度の上昇によって脂質ウィスカー結晶の長さが増し(図1)、オレオゲル内部のネットワーク構造がより発達したためです。結晶の成長速度が増加した背景には、高温下で結晶表面が粗くなる「ラフニング転移」が起こり、分子の取り込みサイトが表面全体に増えたことが寄与していると考えられます。また、テンパリング温度を40℃まで上げると、蓄積ひずみが大幅に減少し、結晶子サイズが約240 nmに達することも確認されました。これにより、40℃でテンパリングしたオレオゲル中の脂質ウィスカー結晶のTEM観察では、長周期構造を持つ材料に特有の電子線回折パターンが観測され、結晶品質の著しい向上が示されました。また、高純度PSPから作製された脂質ウィスカー結晶は直線状であるのに対し、不純物を37.2%含むFHHPMFから作製された結晶は蛇行した(波打った)形状を示しました。この形状の違いがオレオゲルの機械的強度に及ぼす影響を調べたところ、蛇行状の結晶形態を持つFHHPMF由来のオレオゲルは、高純度PSP由来のオレオゲルと比較して、ゾル-ゲル転移が起こる臨界ひずみが0.54%から21.2%に増加し、約40倍も高い数値を示すことが判明しました。これは、不純物が結晶に取り込まれることで形状が制御され、より複雑なネットワーク構造が発達したためと考えられます。 これらの結果から、脂質ウィスカーオレオゲルの物理特性を完全に制御するためには、結晶の長さだけでなく、不純物を利用した結晶の形状(形態)の制御が極めて重要であることが示されました。   参考資料   今後の展開 本研究で確立した、脂質ウィスカー結晶の形態を制御することでオレオゲルの物性を自在に設計する技術は、PBFの食感やジューシーさの再現技術を大幅に進展させる可能性を秘めています。この油のゲル(オレオゲル)の硬さやテクスチャを自在に設計する基盤技術は、PBFのみならず、固体脂が使用される食品や化粧品、医薬品など、幅広い製品の安定性向上やテクスチャ設計に応用できることが期待されます。今後は、脂質ウィスカー結晶の形態変化を引き起こし、機械的強度を向上させる効果を持つ特定の不純物成分(トリアシルグリセロール成分)を特定し、さまざまな産業において必要とされるゲル化技術のさらなる最適化を目指します。   論文情報 タイトル:“Control of Physical Properties of Lipid Whisker Oleogels by Crystal Morphology Regulation” 著者名:Haruhiko Koizumi1※, Fumiya Nakano1, Noritaka Oishi2, Tomoya Yamazaki3, Yuki Kimura3, Kazuhiro Hamamoto2, Satoru Ueno1 著者所属:広島大学 大学院統合生命科学研究科1,ミヨシ油脂2,北海道大学 低温科学研究所3 責任著者※ 掲載誌:Food Research International 掲載日:2025年12月4日(木) DOI:10.1016/j.foodres.2025.117999   なお、本研究は、JSPS科研費 JP24K01362、及び、北海道大学 低温科学研究所共同研究 25G022の支援により行われました。また、広島大学から論文掲載料の助成を受けました。   用語解説 ※1オレオゲル 液体油を少量(0.5 wt%など)の固体成分(ゲル化剤)のネットワーク構造内に保持させ、固体状にしたもの。バターやラードなどの固体脂肪の代替として、食品のテクスチャ改善を目的として研究が進められている。   ※2貯蔵弾性率 粘弾性を持つ材料の変形に対する弾性(元に戻ろうとする力)の大きさを表す指標。食品の硬さやしっかりとしたテクスチャに関連する。   ※3脂質ウィスカー結晶 非常に細く長く、単結晶構造を持つ繊維状の脂質の結晶。単結晶で構成されるため、ネットワーク構造が不安定化しにくく、高い保存安定性を持つ。   ※4臨界ひずみ オレオゲルのネットワーク構造が破壊され、固体(ゲル)から液体(ゾル)へ転移する際のひずみの値。この値が大きいほど、そのオレオゲルは外部からの力に対して強く、機械的強度が高いことを示す。   ※5プラントベースフード(PBF) 植物由来原料を用いて作られた食品。肉や卵、ミルクなどの動物性食品を再現したものもある。健康志向や環境意識の高まりを受け注目を集めている。   ※61,3-ジパルミトイル-2-ステアロイルグリセロール(PSP) トリアシルグリセロール(TAGs)の一種であり、完全水素添加パーム中融点画分(FHHPMF)の主要な構成成分。   ※7FHHPMF(完全水素添加パーム中融点画分) パーム油の中融点画分(HPMF)を最大限に水素添加して固形化した油脂。   ※8透過型電子顕微鏡(TEM)観察 電子を使って物質を透かして観察する顕微鏡で、100万分の1ミリ単位の細かい構造まで見ることができる。   報道発表資料(373.41 KB) 掲載ジャーナル:Food Research International 研究者ガイドブック(小泉 晴比古 准教授)   <研究に関すること> 広島大学 大学院統合生命科学研究科 准教授小泉 晴比古 TEL:082-424-7935 E-mail:h-koizumi@hiroshima-u.ac.jp   ミヨシ油脂株式会社 戦略企画本部 技術研究部大石 憲孝 TEL:03-3602-8791 E-mail:ooishin@miyoshi-yushi.co.jp   北海道大学 低温科学研究所教授木村 勇気 TEL: 011-706-7666 E-mail:ykimura@lowtem.hokudai.ac.jp   <広報・報道に関すること> 広島大学 広報室 TEL:082-424-6762 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp   ミヨシ油脂株式会社経営企画部コーポレート・コミュニケーション課 TEL:03-3603-1111 E-mail:info@miyoshi-yushi.co.jp   北海道大学社会共創部広報課 TEL:011-706-2610 E-mail:jp-press@general.hokudai.ac.jp

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