• HOME
  • 研究成果紹介
  • 産学連携スキーム
  • センター・拠点
  • 組織紹介
  • EN
  • JP

研究成果紹介

研究成果を検索いただけます

※教員の職名・所属等は記事公開時点の情報であり、最新情報とは異なる場合があります。

Category

─ 研究成果をカテゴリー別に集約 ─
  • 環境エネルギー
  • 気候変動/エネルギー/GX
  • 自然共生/ネイチャーポジティブ
  • 循環経済
  • 食料/農林水産業
  • 防災
  • 介護/福祉
  • デジタル/AI
  • モビリティ
  • インフラ
  • フュージョン
  • 情報通信
  • 宇宙
  • 量子
  • 半導体
  • 素材
  • バイオエコノミー
  • 資源
  • 海洋
  • 医療/ヘルスケア
  • 教育/人材育成
  • 健康/スポーツ
  • 経営/組織運営/デザイン
  • 融合領域

キーワード検索

─ 研究成果をキーワードで探す ─
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 医療/ヘルスケア
    2025.12.23
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 医療/ヘルスケア
    ビタミン「ビオチン」を細胞へ迅速・効率的に届ける新手法を開発 ~バイオテクノロジー技術の改良や遺伝性代謝異常症治療への応用に期待~

    本研究成果のポイント 皮膚や髪の健康を保ち、体のエネルギーづくりにも関わるビタミンの一種「ビオチン(※1)」を、細胞の中により速く、効率的に届ける方法を開発しました。 細胞膜を素早く通過できる新しいビオチン誘導体を用いることで、細胞内のビオチン量を短時間で増やし、ビオチンを用いるさまざまなバイオテクノロジー技術を改良できることが分かりました。 ビオチンを利用するバイオ技術の改良や、マルチビタミン反応性遺伝性代謝異常症(※2)の新しい治療法につながる可能性があります。   概要 広島大学大学院統合生命科学研究科の佐藤明子 教授、理化学研究所光量子工学研究センターの中野明彦 客員主管研究員、戸島拓郎 上級研究員らは、ビオチンを細胞に入りやすい形に改良したビオチン誘導体 (ビオチンメチルエステル: BME)(※5)を用いることで細胞内への迅速なビオチンの誘導に成功しました。 私達が生きるために必須なビタミンの一種である「ビオチン」は、卵白に含まれる「アビジン(※3)」と呼ばれるタンパク質と強く結合する性質を持つため、現在、さまざまなバイオテクノロジー技術に用いられています。ビオチンはナトリウム依存性マルチビタミントランスポーター (SMVT)(※4) と呼ばれるタンパク質の働きで細胞内に取り込まれます。しかし、私達は多くの細胞でSMVTによるビオチン取り込みに時間がかるため、生細胞内へのビオチン投与を必要とするバイオテクノロジー技術が迅速に機能しないことを発見しました。 さらに、BMEは細胞内でビオチンへと急速に加水分解(化学反応によって物質が水の働きで分解され、元の成分に戻る反応)され、細胞内のビオチン濃度を迅速に上昇させることで、バイオテクノロジー技術を改良できることを発見しました。また、最近の研究から、SMVTの欠損が、マルチビタミン反応性遺伝性代謝異常症(multivitamin-responsive inherited metabolic disorder)を引き起こすことが分かってきました。私達の研究成果は、BMEがビオチンのプロドラッグ(※6)として機能することを示しており、マルチビタミン反応性遺伝性代謝異常症の患者さんへのビオチン供給を促進する可能性があり、治療への応用が考えられます。   論文情報 掲載雑誌名: Communications Biology 論文名: Biotin methyl ester enhances cargo release in RUSH system and enables rapid biotinylation with TurboID 著者名: Uehara T1#, Takiguchi A1#, Tojima T2, Nakano A2, 3, Kagawa S1, Nehira T1, Satoh T1, Satoh AK1,*. 所属:1)広島大学大学院 統合生命科学研究科 2)理化学研究所 光量子工学研究センター 生細胞超解像イメージング研究チーム(研究当時、現画像情報処理研究チームの所属) 3)東京科学大学 総合研究院高等研究府 # 共筆頭著者:上原 大政・瀧口 新 * 責任著者:佐藤 明子   DOI: 10.1038/s42003-025-09176-4. 掲載日時: 2025年12月16日   背景 ビオチンは私達が生きるために必須なビタミンの一種です。私達は自身でビオチンを合成することはできないため、ビオチンを食事により取り入れる必要があります。ビオチンの細胞内への取り込みは、細胞膜に存在するナトリウム依存性マルチビタミントランスポーター (SMVT) が行っています。 ビオチンはアビジンと強い結合を示すことから、ビオチン・アビジン結合性を利用したさまざまなバイオテクノロジー技術が発達しています。さらに、近年、近位依存性ビオチン化酵素(※7)を用いたタンパク質相互作用の網羅的解析(近位依存性ビオチン標識法(※8))が活発に進められています。生きた細胞でこれらの技術を用いる場合には、細胞培養液へのビオチン投与で十分であると考えられてきました。 細胞内における物質輸送(膜交通)の研究分野では、ビオチン投与によりタンパク質輸送を開始できる同調的輸送開始実験法 (Retention Using Selective Hook 法: RUSH) 法(※9)が汎用されています。しかし、私達は、RUSH法において、ビオチン投与後すぐには輸送開始しない細胞が多いことを報告していました (Tago et al., EMBO repo, 2025)( https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/87904)。今回、私達は、この理由がビオチンの細胞内取り込みが迅速ではないからではないかと考え、実験を行いました。   研究成果の内容 本研究では、ビオチンの膜透過性を向上させる目的で、ビオチンのカルボキシ基を保護したビオチン誘導体 (ビオチンメチルエステル: BME) を用いてRUSH法においてタンパク質輸送が迅速に開始するかを評価しました。その結果、RUSH法において推奨されている40μMにおいてビオチンが十分な輸送開始を引き起こせないのに対して、BMEでは、その20分の1の濃度である2μMの投与でもタンパク質輸送が迅速に開始することを示しました。また、BMEの細胞内への取り込みはSMVTの阻害剤では阻害されず、BMEが直接細胞膜を透過することが強く示唆されました。 さらに、BMEが近位依存性ビオチン化酵素によるビオチン化の速度も上昇させることを発見しました。ビオチン化酵素はBMEを直接基質として利用できないことから、この結果はBMEが細胞内で急速に加水分解されることを強く示唆しています。また、細胞内の核・細胞質ゾル・小胞体内腔のいずれの領域においても、BME投与が近位依存性ビオチン化酵素によるビオチン化を活性化することを示しました。これらの結果から、BMEがビオチンを用いるバイオテクノロジー技術を大きく改良できると結論しました。 今後の展開 本研究が示した「BMEによる細胞内への迅速なビオチン供給」は、ビオチンを利用するさまざまなバイオテクノロジー技術全般に普及するものと考えられます。 また、ビオチンは私達が生きるために必須なビタミンの一種です。私達は自身でビオチンを合成することができないため、ビオチンを食事により摂取し、細胞内に取り込んでいます。最近の研究から、ビオチンの細胞内への取り込みに必要なSMVTの欠損が、マルチビタミン反応性遺伝性代謝異常症(multivitamin-responsive inherited metabolic disorder)を引き起こすことが分かってきました。BMEはビオチンのプロドラッグ(体内で活性成分に変化して働く薬)として機能することから、代謝マルチビタミン反応性遺伝性代謝異常症を含むビオチン代謝異常症の患者へビオチン供給を簡単に行うことができる可能性があり、治療への応用が考えられます。 参考資料 図ビオチンメチルエステル (BME)による細胞内への迅速なビオチン供給と応用 BMEはビオチンのカルボキシル基がメチル化された、電荷を持たない小分子であり、容易に細胞膜を通過する。小胞体内腔において、カルボキシルエステラーゼの働きで加水分解されてビオチンとなる。小胞体膜は電荷を持った小分子も容易に通すため、BME投与により細胞質ゾル・核・小胞体のいずれの領域にもビオチンを迅速に供給でき、バイオテクノロジー技術を改良できる。さらにビオチン代謝異常症の治療に役立つ可能性がある。   用語解説 (※1)ビオチン ビタミンB群の一種であり、エネルギー代謝や皮膚・粘膜・髪・爪の健康維持に重要な役割を果たす水溶性ビタミン。体内で糖質、アミノ酸、脂質の代謝を助ける補酵素として働く。   (※2) マルチビタミン反応性遺伝性代謝異常症 SMVTの欠損によって引き起こされる先天性代謝異常症の1つであり、最近同定された疾患。ビオチンがカルボキシラーゼの補酵素であるため、患者はマルチプルカルボキシラーゼ欠損症と呼ばれる病態を含む多様な症状を示す。 (※3)アビジン 卵白に存在する糖タンパク質で、ビタミンであるビオチンと非常に強く結合する性質を持ちます。この強力な結合を利用して、生命科学分野では、様々なバイオテクノロジー技術に利用されています。   (※4) ナトリウム依存性マルチビタミントランスポーター (SMVT) ビオチン・パントテン酸・リボ酸塩の細胞内への取り込みに機能する細胞膜タンパク質。濃度勾配に従ってナトリウムを細胞内に取り込むときにこれらのビタミンを同時に輸送するシンポーター。   (※5) ビオチンメチルエステル (BME) ビオチンのカルボキシル基がメチル基とエステル結合したビオチン誘導体。電荷を持たない小分子であり、カルボキシルエステラーゼにより分解される。   (※6) プロドラッグ 機能分子(ドラッグ)のカルボキシ基がエステル化された分子。電荷を持たないため迅速に細胞膜を透過する。細胞内に入るとカルボキシルエステラーゼにより加水分解され、活性を持つドラッグとして機能する。   (※7) 近位依存性ビオチン化酵素 大腸菌ビオチンリガーゼ酵素BirA に変異を導入し、中間体のbiotinyl-5’-AMP が酵素から遊離し,近傍のタンパク質のリジン残基にビオチンを付加するように改変した酵素BirA* (BioID) やそれを改良したもの等。活性を高めたTurboID, AirID などがよく利用される。   (※8) 近位依存性ビオチン標識法 以下の一連の操作により、相互作用ネットワークを解析する手法。相互作用ネットワークを知りたいタンパク質に、近位依存性ビオチン化酵素を融合して発現させる。細胞にビオチンを投与することで、興味あるタンパク質近傍に存在するタンパク質を網羅的にビオチン化する。ビオチン化タンパク質をアビジンカラムで精製し質量分析機で解析することで相互作用ネットワークを明らかにできる。   (※9) 同調的輸送開始実験法 (Retention Using Selective Hook法: RUSH法) 膜交通分野で汎用されるタンパク質輸送を同調的に開始させる手法。ビオチン投与によりタンパク質がアビジンから遊離して輸送を開始する。     報道発表資料.pdf(335.32 KB) 掲載雑誌:Communications Biology 研究者ガイドブック(佐藤 明子 教授)   【お問い合わせ先】 〈研究に関すること〉 広島大学大学院統合生命科学研究科佐藤明子教授 TEL:082-424-6507FAX:082-424-0759 E-mail:aksatoh@hiroshima-u.ac.jp   〈広報・報道に関すること〉 広島大学 広報室 TEL:082-424-6762 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp   理化学研究所広報部報道担当 TEL:050-3495-0247 Email: ex-press@ml.riken.jp

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 海洋
    2026.01.27
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 海洋
    朝に光をあびて夜に産卵するクラゲの発見 ─Clytia sp. IZ-Dがもつ新たな生物時計のしくみ─

    本研究成果のポイント 多くのクラゲは、「暗→明」の光変化(明刺激)から数時間以内に産卵する。一方、宮城県の海で新たに採集されたClytia sp. IZ-Dは、明刺激から14時間たった後にようやく産卵するという珍しい性質をもっていた。 卵の成長過程や卵成熟誘起ホルモンの種類は近縁種間で共通していたが、Clytia sp. IZ-Dは一定の周期で自動的にホルモンの分泌や受容をするように変化していた。すなわち、ホルモンの分泌・受容の制御に基づいた、新たな『生物時計』のしくみを獲得したと考えられる。 このしくみの獲得によって、Clytia sp. IZ-Dは日照に左右されにくい産卵方法を手に入れるとともに、近縁種からの種分化を果たしたと推測される。   概要 ヒドロ虫綱のClytia hemisphaericaをはじめとした多くのクラゲは、暗から明への移行(明刺激)直後の卵成熟誘起ホルモンの分泌、その受容による卵成熟を経て、1〜2時間後に産卵します。今回、宮城教育大学大学院教育学研究科の橘井瑠伽大学院生・出口竜作博士、広島大学大学院統合生命科学研究科の竹田典代博士、ソルボンヌ大学・国立科学研究センター(フランス)のEvelyn Houliston博士・百瀬剛博士の研究グループは、宮城県の海で新たに採集されたClytia sp. IZ-Dが明刺激を受けてもすぐには産卵せず、14時間もたってから同調して産卵するという珍しい性質をもつことを発見しました。卵の成長過程や卵成熟誘起ホルモンの種類などは近縁種間で共通していましたが、Clytia sp. IZ-Dは明刺激がなくても約20時間周期で自動的にホルモンを分泌・受容し、産卵に至ることがわかりました。また、明刺激があると、産卵は24時間周期に調整されました。すなわち、Clytia sp. IZ-Dは卵成熟誘起ホルモンの分泌・受容に立脚した新たな『生物時計』のしくみを獲得し、朝の光を利用して夜に産卵するように「進化」したと推測されます。このしくみの獲得によって、悪天候にも左右されにくい産卵方法を手に入れるとともに、近縁種からの種分化を果たしたのかもしれません。クラゲの生殖戦略や種分化、新たな生物時計のしくみの解明につながる、重要な発見です。 本研究成果は、2026年1月6日に科学誌PLOS Biology速報版に掲載されました。   背景 多くのクラゲは、光変化を利用して卵や精子の放出を同調させ、受精を成功させています。例えば、Clytia hemisphaerica(注1)は、明け方の明刺激(暗→明)から2時間後に産卵します(図1)。これは、明刺激によって生殖巣から分泌された卵成熟誘起ホルモン(注2)を受容した卵母細胞(注3)が2時間かけて卵成熟(注4)を進行させ、受精可能になってから放出されるからです。明刺激の逆の、夕刻の暗刺激(明→暗)に反応して産卵に至るエダアシクラゲのような種もいます。明刺激や暗刺激は1日1回ずつ起こることから、クラゲの産卵は24時間周期でくりかえされます。しかし、C. hemisphaericaや同じヒドロ虫綱のヒドラはいくつかの重要な時計遺伝子を失っていることもあり、クラゲの産卵に生物時計(注5)や概日リズム(注6)といったしくみはこれまで想定されていませんでした。   研究成果の内容 宮城県の海岸で新たに採集されたウミコップ属のクラゲ、Clytia sp. IZ-D(注7)を12時間明-12時間暗の明暗周期で飼育すると、暗への移行から2時間後の産卵を毎日くりかえしました(図1)。最初は、暗刺激(明→暗)への反応と思われていたのですが、明暗時間の長さなどを変えた実験により、実は明刺激に反応しており、それから14時間もたってから産卵していることがわかりました。また、光をあて続けた条件(恒明条件)では、20時間周期で産卵をくりかえすこともわかりました(図2)。すなわち、Clytia sp. IZ-Dは20時間周期で自動的に産卵する性質を備えているものの、明刺激がそれを24時間周期に調整している(図2)ことになります。   Clytia sp. IZ-Dの体内での卵母細胞の成長過程は、C. hemisphaericaと基本的に同じでした。また、卵成熟誘起ホルモンの有効濃度やホルモン投与後の減数分裂過程も両者で共通していました。一方で、Clytia sp. IZ-Dの体内の卵母細胞が低濃度(生理的濃度)のホルモンに反応できるようになるには、恒明条件では前回の産卵から18時間、明暗周期のある条件では21〜22時間を要しました。Clytia sp. IZ-Dはこれまで知られていなかったしくみ──卵母細胞の低濃度ホルモンに対する応答能力獲得のタイミングがその2時間後(卵成熟完了後)の産卵のタイミングを決める──をもっているようです(図2)。 図1. Clytia sp. IZ-Dの産卵 (A) Clytia sp. IZ-Dの顕微鏡写真 (B) Clytia sp. IZ-Dのイラスト (C) 単離した生殖巣からの産卵の様子 (D) Clytia hemisphaericaとClytia sp. IZ-Dの産卵のタイミング 図2. 恒明と12時間明-12時間暗の条件下でのClytia sp. IZ-Dの卵成熟・産卵のタイミング   以上の結果から、Clytia sp. IZ-Dは卵成熟ホルモンの分泌・受容に立脚した新たな生物時計や概日リズムのしくみを獲得し、朝の光を利用して夜に産卵するように「進化」したと推測されます。このしくみの獲得によって、悪天候にも左右されにくい産卵方法を手に入れるとともに、近縁種からの生殖隔離(注8)と種分化(注9)を果たしたのかもしれません。   今後の展望 Clytia sp. IZ-Dのもつ、新たな生物時計や概日リズムのしくみを理解するには、光受容や卵母細胞の成長の制御などに関わる分子(遺伝子)にどのような変異が生じたのかを明らかにしていく必要があります。また、産卵のタイミングの変化が実際に生殖隔離や種分化につながった例について、他のクラゲも含めて広く調べていくことも大切です。他の海産動物のように、概日リズムだけでなく月齢や温度にも影響される、複雑な卵成長や産卵のしくみを理解する手がかりとしても期待されます。Clytia sp. IZ-Dは飼育しやすく、温度変化にも強いクラゲです。中学校の理科や高等学校での生物における生殖分野の学習などに活用する道も探っていきたいと考えています。   謝辞 本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 (課題番号20K06736)、公益財団法人日本科学協会 笹川科学研究助成 (研究番号2025-4059)、フランス国立科学研究センター生物学研究所 海洋生物学国際共同研究補助金の支援を受けました。   用語説明 注1. Clytia hemisphaerica:刺胞動物門ヒドロ虫綱軟クラゲ目ウミサカズキガヤ科ウミコップ属のクラゲ。ゲノム情報を含め、分子生物学的な基盤が整っている。   注2. 卵成熟誘起ホルモン(Maturation-inducing hormone, MIH):卵母細胞に作用し、減数分裂(卵成熟)を誘発するホルモン。C. hemisphaericaでは、ペプチド(WPRPaやその類似物質)であることがつきとめられている (https://journals.biologists.com/dev/article/145/2/dev156786/48822/)。   注3. 卵母細胞:減数分裂を完了する前の段階の卵細胞。   注4. 卵成熟:卵母細胞が減数分裂をおこない、受精可能な卵になっていく過程。   注5. 生物時計:生物がそなえていると考えられる時間測定のしくみ。概日リズムは生物時計の代表例。   注6. 概日リズム (サーカディアンリズム, circadian rhythm):およそ1日の周期で変動する生物現象。光などの外界の変化を受けることにより、ちょうど24時間周期に補正される。時計遺伝子による制御のしくみが明らかになっている生物現象もある。   注7. Clytia sp. IZ-D:C. hemisphaericaと同じウミコップ属のクラゲ。ウミコップ属のクラゲは形態的差異が乏しいため、種の同定が困難であり、正式な学名をつけることができていない。なお、宮城県では、Clytia sp. IZ-Dによく似たClytia sp. IZ-Cというクラゲも採集されているが、このクラゲはC. hemisphaericaと同様に明刺激から2時間程度で産卵する。   注8. 生殖隔離:なんらかの遺伝的差異による隔離。出現場所や産卵時期が異なることなどによる「交配前隔離」や、生じた子が不稔になることなどを含む「交配後隔離」がある。   注9. 種分化:同じ種の生物の集団間に生殖隔離が生じ、2つ以上の種が形成されること。   論文情報 タイトル: A light-entrained clock mechanism in a hydrozoan jellyfish synchronizes evening gamete release 著者: Ruka Kitsui, Noriyo Takeda, Evelyn Houliston, Ryusaku Deguchi*, Tsuyoshi Momose* *責任著者: 宮城教育大学 出口竜作、フランス ソルボンヌ大学・国立科学研究センター 百瀬剛 掲載誌: PLOS Biology DOI: 10.1371/journal.pbio.3003502 URL: https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3003502   報道発表資料.pdf(504.95 KB) 掲載雑誌:PLOS Biology   【お問い合わせ先】 宮城教育大学大学院教育学研究科 出口 竜作 博士 TEL:022-214-3413 e-mail:deguchi@staff.miyakyo-u.ac.jp

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    2026.01.09
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    メスのメダカの性行動を行うモチベーションは排卵周期にシンクロする ~メスがオスを受け容れる行動を生み出す神経回路の解明に期待~

    本研究成果のポイント ゲノム編集により排卵できなくなったメダカのメスは、性行動のモチベーションがなくなり、オスの求愛を受け容れなくなった メスのメダカにおける排卵発生のタイミングと性行動のモチベーションが上昇するタイミングを正確に明らかにし、排卵が脳に伝わることで性行動を促す神経内分泌メカニズムの実体を提唱した この神経細胞を起点として、メスがオスを受け容れる行動を生み出す神経回路の全容解明につながると期待   概要 広島大学大学院統合生命科学研究科 富原壮真 助教(研究当時:東京大学 大学院理学系研究科 博士課程)、下舞凜子(研究当時:東京大学 大学院理学系研究科 修士課程)、大阪医科薬科大学 医学部 中城光琴 助教、東京大学 岡良隆 名誉教授、東京農工大学 大学院農学研究院応用生命化学部門 馬谷千恵 助教(研究当時:東京大学 大学院理学系研究科 助教)の研究グループは、メダカのメスの性行動に対するモチベーション(性的受容性)が、一日周期で回る排卵周期に同期して変動することを明らかにしました。   一般に魚類のメスが産卵するためには、卵巣に発達した卵がある状態でオスを受け容れるといったように、卵巣の状態と性的受容性を同期させることが重要です。しかし、卵巣の状態を脳に伝え性的受容性を制御する神経内分泌メカニズムがどのようなものなのか、その詳細は明らかになっておりませんでした。   今回の研究では、ゲノム編集技術※1を用いて卵巣の状態が異なるメスメダカを作出し、卵巣の状態の中でも特に「排卵※2が起きたこと」がメスの性的受容性の促進に寄与していることを明らかにしました。また、メダカのメスを経時的に観察することで、排卵と性行動のそれぞれが起こるタイミングを正確に捉え、排卵の直後から性行動が起こることを示しました。さらに、卵巣において排卵時に分泌されるホルモンが脳内の神経細胞に直接受け取られることで、性的受容性が促進することを示唆する結果を得ました。これは、メスの性的受容性を排卵周期に同期して上昇させる神経内分泌メカニズムの実体を提唱するものです。   本研究により、魚類メスの性的受容性を促進する神経回路の理解が進むとともに、新たな繁殖技術など水産増養殖法の改良に向けた研究にもつながると期待されます。 本研究成果は、英国科学誌「Journal of Neuroendocrinology」に、2026年1月9日(金)(日本時間)にオンライン公開されました。   背景 魚類は、脊椎動物の中でも特に多様化した動物であり、さまざまな種が海や川などの世界中の水域に生息しています。この魚類たちは、一般にそれぞれの種の雌雄で性行動を行うことで、新たな子孫が生まれ、種が存続していきます。多くの魚類の性行動は、オスがメスに求愛行動を行うことで開始され、メスが求愛を受け容れるかどうかが繁殖成功の鍵となります。一方、メスはいつでもオスを受け容れるわけではなく、卵巣に発達した卵が存在し、卵が産める状態になった時にのみオスを受け入れることが多くの種で報告されています。このように魚類メスがオスを受け容れて性行動を行うモチベーションすなわち性的受容性は、卵巣の状態に同期して上昇し、これによってメスは正確なタイミングでオスの求愛を受け容れることができます。しかし、魚類において卵巣の状態を脳に伝える神経内分泌メカニズムがどのようなものなのか、その詳細は明らかになっていませんでした。   本研究で用いたメダカは、一日周期で卵を産み、また定型的な性行動のパターンを示すため、性行動の解析に適した魚です。また、卵巣での卵発達を制御する神経内分泌メカニズムの知見が豊富であるため、卵巣の状態と性的受容性を同期する仕組みの理解に適切なモデルであると考えました。   研究成果の内容 メダカをはじめとする魚類のメスにおいては、脳の視床下部に存在する神経細胞や脳下垂体から分泌されるホルモンによって卵巣における卵の成長が制御されています。このため、ゲノム編集技術でこの卵巣機能制御に関与する遺伝子を機能不全にしたメスメダカの性行動を解析し、オスから求愛を受けるかどうかや、その求愛を最終的に受け容れるかどうかを解析しました。その結果、脳下垂体から分泌される黄体形成ホルモン(LH)※3の遺伝子の一部が欠損し、発達した卵を持ちながら排卵することが出来ないメスメダカ(LH欠損メダカ)は、オスから正常に求愛されるにも関わらず、その求愛を一切受け容れませんでした。また、正常なメダカのメスの排卵が起こるタイミングと性行動を行うタイミングを経時的に観察した結果、排卵は飼育室の照明が点灯する約2時間前に起き、一方で性行動は照明点灯の1.5〜1時間前に行われることを正確に明らかにました。このように、性行動は排卵の起きた直後に行われることがわかり、メスの性的受容性は排卵することで上昇することが示唆されました。   次に、このLH欠損メダカに排卵時に卵巣から分泌されることが報告されている性ステロイドホルモン17α, 20β-DHP※4と受容体※5をともにするP4※6を投与すると、オスと性行動をする様子が観察され、性的受容性が回復しました。興味深いことに、P4の投与では排卵そのものが回復することはなかったため、P4が卵巣に作用し排卵が起き、結果的に性的受容性が回復したのではなく、投与したP4が直接脳内に受容されることで性的受容性が回復したことが考えられます。実際、17α, 20β-DHPやP4の受容体は、終脳腹側野や視索前野といった脳内の性行動に関与することが報告されている領域に存在する神経細胞で発現しており、自然条件下でも排卵時に卵巣から分泌されるホルモンが脳内で直接受容され、この神経細胞が性的受容性の促進に関与する経路が存在することが示唆されました。   今後の展開 本研究により、魚類メスの性的受容性を促進することに寄与する神経細胞の実体が一部明らかになりました。今後はこの神経細胞を起点として、メスがオスを受け容れる行動を生み出す神経回路の全容解明につながると期待されます。   論文情報 掲載雑誌名:Journal of Neuroendocrinology 掲載日:2026年1月9日 タイトル:Sexual Receptivity Increases in Synchrony with the Ovulatory Cycle in Female Medaka 著者:富原 壮真、下舞 凜子、中城 光琴、岡 良隆、馬谷 千恵 DOI:https://doi.org/10.1111/jne.70119   参考資料   用語解説 ※1ゲノム編集技術:生物のゲノムDNAのうち、目的の遺伝子領域を酵素の“ハサミ”で切断することでその遺伝子の機能を欠損、あるいは改変する技術。 ※2排卵:卵巣内で発達した濾胞(卵を包む袋状の構造)が破れ、卵が卵巣の外に放出される現象。体外受精を行う魚類の多くは、メスが排卵された卵を腹内部に蓄え、オスと性行動を行うことで卵を体外に放出する。この体外に放出する現象は放卵といい、排卵とは異なる現象である。 ※3黄体形成ホルモン(Luteinizing hormone; LH):脳下垂体から分泌されるホルモンで、複数のアミノ酸が繋がったペプチド。脊椎動物に広く保存されているホルモンであり、哺乳類では排卵に加え、卵を成長させる機能も担う。一方で魚類においてこのホルモンは排卵を制御し、卵の成長は別のホルモン(濾胞刺激ホルモン)が担う。 ※417α, 20β-DHP:メダカをはじめとした魚類の多くにおいて、排卵時に卵巣から分泌されるホルモン。このホルモンは、脳下垂体から分泌されたLHが卵巣の細胞の受容体に結合することで卵巣の細胞から産生・分泌され、濾胞を破って卵を濾胞の外に放出する現象(排卵)を引き起こす。 ※5受容体:細胞内または細胞膜に存在するタンパク質で、ホルモンや神経伝達物質のような特定の分子(リガンド)を選択的に受け取り、細胞内外の情報を伝達する。 ※6P4:17α, 20β-DHPと似た構造を持つものの、メダカにおいては排卵を引き起こすことのないホルモン。17α, 20β-DHPとP4は同じ受容体※5を活性化するため、これらのホルモンは同じ細胞に受容されることが予想される。   報道発表資料.pdf(372.84 KB) 掲載雑誌:Journal of Neuroendocrinology 研究者ガイドブック(富原 壮真 助教)   【お問い合わせ先】 〈研究に関すること〉 広島大学大学院統合生命科学研究科 助教富原 壮真 Tel:082-424-7458 E-mail:tomihara@hiroshima-u.ac.jp   東京農工大学大学院農学研究院応用生命化学部門 助教馬谷 千恵 Tel:042-367-5696 E-mail:chie@go.tuat.ac.jp   〈報道に関すること〉 広島大学広報室 TEL:082-424-6762 FAX:082-424-6040 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp   東京農工大学総務課広報室 TEL:042-367-5930 E-mail:koho2@cc.tuat.ac.jp

    • 環境エネルギー
    • 食料/農林水産業
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    2026.02.04
    • 環境エネルギー
    • 食料/農林水産業
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    防風林近くの農業湿地では、ヒバリ、ケリなど草原や湿地に棲む野鳥が減少することを確認 ~農業生産と生物多様性保全を両立させる農地管理の実現へ~

    本研究成果のポイント 水田やハス田では、防風林※1の近くでオオヨシキリやホオジロなど林や藪を好む鳥やムクドリは増える一方、ヒバリやケリのような開けた環境を必要とする草原・湿地性鳥類は棲みにくくなります。これは、防風林があることでその林の中にキツネや猛禽類などの捕食者が身を隠しやすくなるため、などが考えられます。 草原性鳥類は、防風林に隣接する地点では、防風林から約1km離れた開放的な環境に比べて、個体数が約70%少ないことが分かりました。 本研究は、防風林を一律に増やすよりも、草原・湿地性鳥類が利用する開放的な農業湿地※2環境を途切れずに残すよう配置・管理する方が、農地全体の生物多様性の維持に有効であることを示しています。   概要 広島大学大学院先進理工系科学研究科の久野真純助教らは、農業湿地景観における防風林が鳥類群集※3に与える影響を明らかにしました。石川県河北潟周辺の農業湿地で調査した結果、防風林の周辺ではシジュウカラやコゲラを含む林の縁を好む鳥の種類や数が増える一方で、ヒバリなど草原性の鳥の数や、ケリなどのチドリ類、サギ類、カモ類など湿地性の鳥の種類が減少することが分かりました。 特に草原性鳥類(ヒバリとキジ)では、防風林に隣接する地点で個体数が大きく減り、開放環境と比べて約70%少ないことが明らかになりました(図1)。本研究は、防風林を一様に増やすだけでは農地全体の生物多様性の向上につながらない場合があることが示されました。今後は、開放的な環境が連続するよう防風林の配置や管理を工夫することがだと考えられます。 本研究成果は、2026年1月15日に、国際学術誌「Journal of Environmental Management」にオンライン掲載されました。 また、本研究は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。   論文情報 掲載雑誌:Journal of Environmental Management 論文題目:Shelterbelts support edge birds but limit grassland and wetland specialists in agricultural landscape 著者: K久野真純・出口翔大・Wenhuan Xu・Xike Xiao・Keinosuke Sannoh・Xinli Chen・本村健 DOI: https://doi.org/10.1016/j.jenvman.2026.128583 図1:草原性の鳥の個体数と防風林までの距離の関係性を表したグラフ(Hisano et al. 2026を元に改変)   背景 農業集約化に伴う生息地の単純化は、世界的に農地鳥類の減少を引き起こしてきました。これに対応するため、各国の農業環境計画では、防風林や生け垣林などの農地樹林帯を維持・植栽することが推奨され、林縁性※4や森林性の鳥類を支える有効な手段と考えられてきました。一方で、こうした直線状の樹林帯は、草原性・湿地性鳥類にとって生息地を分断し、樹林帯を利用する猛禽類などに捕食される危険を高める可能性が指摘されています。   これまで、北米ヨーロッパの草原・畑地景観では、防風林や樹林帯が鳥類群集に与える影響が研究されてきましたが、アジア・モンスーン気候帯に広がる水田やハス田などの農業湿地景観では、その影響はほとんど検証されていませんでした。農業湿地は、自然湿地が減少した地域において、多くの湿地性・開放環境性鳥類にとって重要な代替生息地となっており、渡り鳥の中継地としても重要な役割を果たしています。そのため、農業湿地における防風林の効果を理解することは、生物多様性保全と農地管理の両立を考えるうえで重要な課題です。   研究成果の内容 本研究では、石川県河北潟周辺の農業湿地景観(水田・ハス田)を対象に、防風林の有無や距離が鳥類群集に与える影響を調べました。その結果、防風林は藪・林縁性鳥類の種数や個体数を増加させる一方で、草原性および湿地性スペシャリストの生息を制限することが明らかになりました。とくに草原性鳥類では、防風林に隣接する地点で個体数が著しく低下し、防風林から約1km離れた開放環境と比べて約70%少ないことが示されました。 これらの結果は、防風林が林縁性鳥類にとっては営巣や隠れ場所として機能する一方で、見通しの良い開放環境を必要とする地上営巣種にとっては、生息地の縮小や捕食リスクの増加をもたらす可能性を示しています。防風林は鳥類の多様性を一様に高めるのではなく、鳥類群集の構成そのものを変化させる要因であることが明らかになりました。  石川県河北潟のハス田に隣接して設けられた防風林の例。農地の風害対策として設置された防風林は、林や藪を利用する鳥類のすみかになる一方で、広く見通しのよい環境を必要とする鳥類にとっては、生息地利用の妨げの要因となることがある。 撮影:久野真純   防風林の影響を受けやすいと考えられる湿地性の鳥ケリ(左)と、草原性の鳥ヒバリ(右)。いずれも日本各地の水田で見られる種だが、本研究により、防風林に近い環境では生息地として利用しにくくなる可能性が示された。撮影:久野真純   期待される成果 本研究は、防風林や農地樹林帯の効果を、特定の種だけでなく鳥類群集全体の視点から評価し、農業湿地景観における管理上のトレードオフ※5を明確に示した点に特徴があります。これにより、防風林を含む農地樹林帯の維持・植栽がすべての鳥類にとって一様に有益であるという前提 (Hinsley and Bellamy 2000, Heath et al. 2017) を見直す科学的根拠を提供しました。 本研究成果は、農業環境計画や土地利用計画において、防風林を「増やすべき要素」として一律に扱うのではなく、どこに、どの程度配置するかを検討する必要性を示しています。とくに、草原性・湿地性スペシャリスト※6や地上営巣種が生息する農業湿地では、開放環境の連続性を確保することが、生物多様性の維持にとって重要であることが示唆されました。   さらに、水田やハス田などの農業湿地が、自然湿地の減少が進む地域において、渡り鳥や湿地性鳥類の重要な代替生息地となっている点を踏まえると、防風林の配置や規模を適切に設計することで、林縁性鳥類を支えつつ、国際的に減少傾向にある湿地性・草原性鳥類の生息地機能を損なわない農地管理が可能になると期待されます。これらの知見は、日本国内にとどまらず、アジア・モンスーン気候帯を中心とした世界の農業湿地において、持続的な農業と生物多様性保全を両立させる景観管理の指針として活用されることが期待されます。   今後の展開 本研究は、防風林の一律的な拡大が必ずしも農地生物多様性の向上につながらないことを示しました。今後は、防風林の配置や間隔、規模といった設計要素が、鳥類や捕食者の行動にどのように影響するかを、より詳細に検証する必要があります。また、季節や土地利用の違いを踏まえ、農業湿地全体の中でどの程度の開放環境を維持すべきかを明らかにすることが重要です。将来的には、防風林と開放環境を適切に組み合わせた景観設計指針を提示することで、農業生産と生物多様性保全を両立させる農地管理の実現に貢献することを目指します。   用語解説 ※1防風林:農地の風害防止を目的として植えられた直線状の樹木帯。農業生産を支える一方で、鳥類にとっては林縁環境や移動経路として機能することがある。 ※2農業湿地:水田やハス田など、人為的に管理されているが、水域や湿地環境の性質を持つ農地。自然湿地が減少した地域では、多くの湿地性生物の代替生息地となっている。 ※3鳥類群集:同じ地域に生息する複数の鳥類種からなる集まり。 ※4林縁性鳥類:森林と開放環境の境界(林縁)を主な生息場所として利用する鳥類。藪や樹木を隠れ場所や営巣場所として利用する種が多い。 ※5トレードオフ:ある対策によって得られる利益と、同時に生じる不利益の関係。本研究では、防風林が林縁性鳥類を支える一方で、草原・湿地性鳥類の生息を制限する関係を指す。 ※6草原性・湿地性スペシャリスト:草原や湿地などの開放的な環境に特化して生息する鳥類。見通しの良い環境を好み、地上で営巣する種も多い。   その他 本研究に取り組むきっかけは、これまでイギリスやアイルランド、ブルガリア、スイスなど、ヨーロッパを訪れた際に目にした農業景観にあります。ヨーロッパの農地には、畑や草地の境界にヘッジロー(生け垣林)が設けられており、日本の農村風景とは大きく異なる印象を受けました。農地の中に、周囲とは明瞭に異なる「緑の線」が連続している景観が、強く心に残りました。 一方で、日本の農地では、水田など広く開けた空間が人工湿地として機能しており、ヒバリやケリなど、見通しの良い環境を好む鳥たちが利用しています。こうした違いを実際に現地で見比べるなかで、「ヨーロッパで良いとされている農地での植栽が、日本の農地でも同じように良い結果をもたらすのだろうか」という疑問を抱くようになりました。とくに、共同研究者の出口翔大博士(福井市自然史博物館)と議論を重ねるなかで、ヘッジローや防風林のような線状の樹木構造は、林縁性の鳥類には居場所を提供する一方で、開放環境を必要とする鳥類にとっては、かえって生息しにくい環境をつくっているのではないか、という考えに至りました。この疑問が、本研究を進める原動力となりました。   本研究は、NPO法人河北潟湖沼研究所(河北潟研究奨励助成)、日本学術振興会(科研費・若手研究:21K17912)および広島大学スタートアップ経費による支援を受けて実施されました。   参考 Heath, S. K., C. U. Soykan, K. L. Velas, R. Kelsey, and S. M. Kross. 2017. A bustle in the hedgerow: Woody field margins boost on farm avian diversity and abundance in an intensive agricultural landscape. Biological Conservation 212:153-161.   Hinsley, S. A., and P. E. Bellamy. 2000. The influence of hedge structure, management and landscape context on the value of hedgerows to birds: a review. Journal of Environmental Management 60:33-49.   報道発表資料(648.85 KB) 掲載ジャーナル:Journal of Environmental Management 研究者ガイドブック(久野 真純 助教)   【お問い合わせ先】 大学院先進理工系科学研究科理工学融合プログラム(開発科学分野) 久野 真純助教 Tel:082-424-6905FAX:082-424-6904 E-mail:hisano*hiroshima-u.ac.jp (*は半角@に置き換えてください)

    • 環境エネルギー
    • 食料/農林水産業
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    2026.02.05
    • 環境エネルギー
    • 食料/農林水産業
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    瀬戸内海のイカナゴが突然減った謎に迫る ―環境変動で捕食される危険性が高まったことが原因―

    本研究成果のポイント 瀬戸内海東部におけるイカナゴの漁獲量が2017年に急減した背景には、水温上昇、餌不足、捕食者の増加が重なって作用していたことを明らかにしました。 イカナゴを捕食する可能性のある魚食性の魚類14種は、2016年以降に個体数の多い状態が続いていました。 春から初夏に十分な餌をとれないと夏眠の開始が遅れ、捕食される危険性が高まることが示唆されました。   概要 広島大学大学院統合生命科学研究科の冨山毅教授、国立研究開発法人水産研究・教育機構水産技術研究所の米田道夫主任研究員らの研究グループは、瀬戸内海東部において春季の主要な漁獲対象種であるイカナゴの漁獲量が2017年に急減し、その後も低水準が続いている要因を調査しました。その結果、水温の上昇と餌不足といった環境変動が重なったことで、2016年にイカナゴが捕食される危険性が急激に高まり、これが2017年の漁獲量の急減につながった主要因であることを明らかにしました。 本研究成果は、2026年1月2日に学術雑誌Marine Environmental Researchに掲載されました。また、本研究は広島大学から論文掲載料の助成を受けました。   〈論文発表〉 論文タイトル:Local environmental changes boost predation risk in forage fish: application to the sand lance in the eastern Seto Inland Sea   著者:谷口碧1、米田道夫2、西川哲也3、中村政裕2、森岡泰三2、冨山毅1* 1 広島大学大学院統合生命科学研究科; 2 国立研究開発法人水産研究・教育機構水産技術研究所; 3兵庫県立農林水産技術総合センター水産技術センター   *Corresponding author(責任著者) 掲載雑誌:Marine Environmental Research 215: 107827 DOI: 10.1016/j.marenvres.2025.107827   背景 イカナゴはイカナゴ科に属する小型魚で、瀬戸内海の東部、特に大阪府、兵庫県、香川県において重要な水産資源であり、3~4月にかけて漁獲される稚魚は「くぎ煮」の材料として広く親しまれてきました。瀬戸内海東部におけるイカナゴの漁獲量は、減少傾向にありながらも、2016年までは年間1万トン以上を維持してきました。しかし、2017年にイカナゴの漁獲量は前年の約1割まで急激に落ち込み、その後も回復せず、現在まで3千トン未満の低水準が続いています(図1)。これまで、この減少の背景として、「海がきれいになりすぎたこと(栄養塩濃度の低下)により、イカナゴの餌となる動物プランクトンが減少し、その結果、イカナゴの産卵量が低下した可能性」が指摘されてきました。しかし、餌環境の悪化や産卵量の減少は、通常は時間をかけて徐々に進行する現象であるため、イカナゴの漁獲量が2017年に突発的に大きく減少した理由は明確にはなっていませんでした。   研究成果の内容 本研究では、 (1) イカナゴを捕食する魚類の増減に着目した長期データ解析、 (2) 水温上昇と餌不足がイカナゴの行動に及ぼす影響を調べる飼育実験、 を行いました。   (1) イカナゴは冬に生まれ、春~初夏にかけて活発に餌を食べて栄養を蓄えた後、夏に砂に潜って冬まで眠る「夏眠」という習性を持っています。このため、夏眠に入る前までに十分な栄養を蓄えられるかどうかが、生き残りにとって重要です。そこで、1~7月における魚食性魚類14種(サワラ、ブリ、ハモ、スズキ、ヒラメなど)の漁獲情報を解析し、捕食者の分布状況の変化を調べました。その結果、2015年以前と2016年以降で状況は大きく異なり、2016年から捕食者が急激に増加していたことが明らかになりました(図2)。   (2) 餌が十分な条件と餌が不足した条件でそれぞれイカナゴを飼育し、行動の違いを比較しました。その結果、餌が不足したイカナゴでは夏眠の開始が遅れることがわかりました。この影響は、水温の上昇による影響よりも大きく、餌不足の状態では、夏眠までに栄養を蓄えるためにイカナゴは長時間活動し続ける必要があることが示されました。これは、捕食者と遭遇する機会、すなわち「捕食される危険性」が高まることを意味します。 以上から、瀬戸内海東部のイカナゴには、餌不足と水温上昇、さらに捕食者の増加が重なって作用していたことが明らかとなりました。特に、2016年に捕食者が急激に増えたことにより、その年に夏眠に入るイカナゴが大きく減少し、その結果、冬の産卵量が激減したと考えられます。このことが、2017年に稚魚が急激に減少した主な要因として説明されました。   今後の展開 イカナゴの資源量や漁獲量は全国的に減少しています。その要因は海域ごとに異なる可能性もあるため、それぞれに調べる必要があります。これまでの資源変動の研究では、水温や餌環境など、生き物の成長や繁殖に直接関与する要因(ボトムアップ効果)が主に注目されてきました。一方で、本研究では捕食者の増減が資源変動に関与する可能性(トップダウン効果)が示され、このアプローチによる新たな科学的な検証が可能となりました。トップダウン効果は野外で直接検証することが難しいものの、長期的な漁獲データ解析と飼育実験を組み合わせた統合的なアプローチによって、科学的な検証が可能となることを示した点に、本研究の意義があります。今後は、本研究の枠組みを他海域や他の魚種に適用し、急激な環境変化のもとで起こる資源変動の仕組みを解明していくことが重要です。   参考資料 図1 瀬戸内海におけるイカナゴの漁獲量 図2 魚食性魚類の分布密度(赤色が高く、青色が低いことを示す)   【プレスリリース】瀬戸内海のイカナゴが突然減った謎に迫る―環境変動で捕食される危険性が高まったことが原因―.pdf(351.29 KB) 掲載ジャーナル:Marine Environmental Research 研究者ガイドブック(冨山 毅 教授)   <研究に関すること> 広島大学大学院統合生命科学研究科教授冨山毅 Tel:082-424-7941 E-mail:tomiyama@hiroshima-u.ac.jp   国立研究開発法人水産研究・教育機構 水産技術研究所主任研究員米田道夫 Tel:0193-63-8121 E-mail:yoneda_michio55@fra.go.jp   <報道に関すること> 広島大学 広報室 TEL:082-424-4518 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp   国立研究開発法人水産研究・教育機構経営企画部広報課 E-mail:Fra-pr@fra.go.jp

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    2026.02.19
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    観賞用メダカがどこから来て多様な体の色や形を育んできたのか、 世界初の大規模ゲノムDNA解析によって明らかに ―関西・瀬戸内由来であることやヒトの不随意運動症との関連を発見―

    概要 広島大学大学院統合生命科学研究科の大森義裕教授および富原壮真助教、大学院生の藤居若菜さん、世羅美冬さん、基礎生物学研究所の成瀬清特任教授、ウィーン大学の今鉄男上級研究員、大学院生今琴さん、長浜バイオ大学の竹花佑介教授、大学院生湯瑞さん、伏木宗一郎さん、国立遺伝学研究所の豊田敦特任教授、野口英樹特任教授と共同で、世界で初めて観賞メダカ品種の大規模なゲノムDNA解析*を行いました。今回、これらの観賞メダカ品種が関西・瀬戸内地域の野生メダカに由来する可能性が明らかになりました。 さらに、さまざまな体色や体型の変化に関連するゲノムワイド関連解析*(GWAS)を実施し、変異の原因と考えられる遺伝子領域を特定しました。これらの中には、ヒレの長さを制御する遺伝子、眼球の突出を制御する遺伝子、そして銀色や黒色の体色を制御する遺伝子などが含まれます。その結果、メダカ品種に見られる26種類の体色や体型の変化を引き起こす遺伝子変異の候補が見つかり、体色や体型が多様に変化する仕組みを明らかにする研究へとつながることが期待されます。 特に、黒色のオロチ品種の変化はadcy5遺伝子*の変異によることが分かり、これはヒトの遺伝性運動疾患と同じ原因遺伝子でした。ゲノム編集技術によりadcy5遺伝子を破壊したメダカでは、体色がオロチ品種のように黒色に変化しました。この成果は、ヒトの遺伝性不随意運動症*の発症メカニズムの理解にも貢献しました。これらの結果は英国科学雑誌「Molecular Biology and Evolution(Q1)」に2026年1月31日にオンライン掲載されました。   (論文情報) タイトル:Genomic consequences of domestication and the diversification of body coloration and morphology in ornamental medaka strains 著 者:Tetsuo Kon, Rui Tang, Koto Kon-Nanjo, Soma Tomihara, Soichiro Fushiki, Wakana Fujii, Mifuyu Sera, Yusuke Takehana, Hideki Noguchi, Atsushi Toyoda, Kiyoshi Naruse, & Yoshihiro Omori Molecular Biology and Evolutionin press https://doi.org/10.1093/molbev/msag021   背景 観賞魚としてメダカの飼育が始まったのは江戸時代であり、ヒメダカやシロメダカなどの品種が確立され、日本人に親しまれてきました。近年では、さまざまな体色や体型をもつメダカが愛好家たちの手によって発見され、それらを交配することで数百種類に及ぶ品種が作り出され、市販されています。 体色の変異としては、銀色や真っ黒の品種、さらにはニシキゴイのような赤白の体色を持つ品種も見られます。また、体型の変異としては、ヒレの長さが異なるものや、眼球が突出しているもの、体が丸く短いものなど、キンギョや熱帯魚に似た多様な体型をもつ品種も見られます。これらの品種の全ゲノムDNA解析*を行うことにより、多様な観賞メダカの変化がどのような遺伝子変異によって引き起こされているのかを理解でき、魚の体色や体型の多様性を生み出す仕組みを解明できると考えられます。 さらに、魚類と同じ脊椎動物であるヒトの体がどのように形成されるのか、また病気がどのように発症するのかといった仕組みを明らかにする手がかりになる可能性も期待されます。   研究成果の内容 私たちは、世界で初めて観賞用メダカ品種の大規模な全ゲノムDNA解析を行いました。86品種181匹のメダカ個体の全ゲノム配列を解析し(図1)、まず、これらのメダカ品種が全国の野生メダカのうち、どの地域のものと遺伝的に近いのかを調べました。これまでに報告されてきたデータと私たちが解析した観賞メダカ品種のデータを比較したところ、大阪、広島、高松といった瀬戸内海に面した地域の野生メダカと遺伝的に近い関係にあることが分かりました(図2)。このことから、江戸時代に関西・瀬戸海地域で発見されたヒメダカなどの野生メダカを品種改良した系統が、全国で観賞メダカとして飼育され、現在の多様な品種ができあがったと考えられます。 このように、野生種が人に飼われるペットや家畜として適応していくことを「家畜化(domestication)」と呼びます。野生メダカから観賞メダカ品種が生まれる過程で「家畜化」に貢献したと考えられるいくつかの遺伝子領域も明らかになりました。体色の変化に関連するtyr遺伝子や脳の機能に関連するgabrr2b遺伝子などとの関連が示されました。 次に、メダカの体色や体型の特長を調べたところ、34種類の特長(例:ヒレが大きい、目が飛び出している等)があることがわかりました。このうち29種類の特長について、ゲノム情報との関係をコンピューターで解析しました(GWAS解析*)。この結果、26種類の特長に対して原因となる遺伝子が存在する可能性の高い染色体の位置が見つかり、3,328個の候補となる遺伝子を見出しました。例えば、ヒレが長くなるメダカ品種であるスワローやヒレナガの原因遺伝子が「染色体15番」に存在することがわかりました。また、目が飛び出したメダカ品種であるデメの変異が「bmp5」遺伝子に存在する可能性や、多色の鱗で美しいオーロラ品種に「kitlga」遺伝子の変異を発見しました。これらの情報は今後のメダカなどの魚類やヒトを含む脊椎動物の体をつくる仕組みの解明にヒントとなる貴重な情報となります。 今回の研究で最も大きな発見は、体色が真っ黒のメダカであるオロチ品種の原因となる変異を見つけたことです(図3)。解析の結果、オロチ品種では「adcy5」という遺伝子に異常があり、その変異が原因で色が黒くなることがわかりました。奇妙なことに、これまでの研究では「adcy5」遺伝子*の欠損は体色が薄くなることが知られており、私たちの研究成果とは逆の結果でした。このことをさらに詳しく調べてみると、タンパク質の構造の研究で「adcy5」のC1bドメインと呼ばれる部分が欠けると、「adcy5」の働きが逆に増強されるという報告があり、オロチ品種で「adcy5」の欠けている部分はまさにC1bドメインの一部だったのです。このことからオロチ品種で発見された「adcy5」遺伝子の変異により働きが増強され、体色が黒く変化したという仕組みが考えられます。実際に、ゲノム編集を行いメダカの「adcy5」からC1bドメインを欠損させてみたところ、そのメダカは体色が黒くなりました。 また、人間では「adcy5」の変異が不随意運動症*を引き起こすことが知られています。不随意運動症とは、自分の意志とは無関係に勝手に体が動いてしまう症状です。軽症なものでは顔や口が勝手にピクピクと動いたり、重度のものでは手足が勝手に動く舞踏症と呼ばれるものも含みます。今回の研究で「adcy5」のC1bドメインが欠けるとその働きが増強されることがわかりましたが、動物レベルでこのことを証明したのは私たちが初めてです。このように、メダカの遺伝子変異から、ヒトの遺伝性不随意運動症*の発症メカニズムの理解に貢献しました(図4)。   今後の展開 今回見つかった候補遺伝子から、さらに絞り込むことで、今回変異まで見出せなかったメダカ品種の特長を示す遺伝子の変異を見出すことに繋がると思われます。これらの遺伝子変異を見出すことで、魚類や人間も含む脊椎動物に共通した体の形や色を決める遺伝子の仕組みがわかってくると思われます。もちろん、新しく恰好のよいメダカ品種を作り出すことにも貢献するでしょう。一方で、不随意運動症をはじめとしたヒト遺伝性疾患の治療や予防にもつながる可能性があります。   用語解説 ゲノムDNA解析:ゲノムとはすべての遺伝子を指し、ヒトやメダカを含む脊椎動物では2万数千個程度の遺伝子が存在する。これらが数千万から数十億塩基対のDNAにコードされている。近代に次世代DNAシーケンサーと呼ばれる解析機が発明され、ゲノム研究が容易となった。   ゲノムワイド関連解析(GWAS):人間の遺伝に関連する遺伝子変異を調べる目的で開発された手法。数百人から数万人規模の患者と健常者から採血などを行い、ゲノムDNAを採取し、次世代DNAシーケンサーなどでゲノム配列を大量に解析する。コンピューターを使ってゲノム上にあるSNPと呼ばれる個性的な部分と病気か否かの情報を合わせることでその関連を見つける方法。この方法により、病気の原因遺伝子の染色体上の位置や原因となる遺伝子変異が発見できる。近年は、人間だけでなく動植物の研究にも広く用いられている。   adcy5(アデニル酸シクラーゼ5型):ATPからサイクリックAMPを生成する酵素でレセプターやGタンパク質を介したシグナル伝達を制御するタンパク質のひとつ。人間ではadcy5の変異は不随意運動症と関連することが報告されている。   不随意運動症:自分の意志とは無関係に体の一部が勝手に動いてしまう症状。顔の一部や、口や舌、手足や体軸などが意思によらず動く。複数の原因遺伝子が知られ、有名なハンチントン舞踏病もこの一種である。   図1:全ゲノム配列解析を行った86品種の観賞メダカの一部の写真(本論文より引用)   図2:観賞メダカは関西・瀬戸内地方に住む野生メダカが由来と考えられる(本論文より引用)   図3:野生型メダカと比較したオロチ品種の写真(最上段)。GWAS解析の結果、染色体21番のadcy5遺伝子の近くにピークが見られる(中段)。ゲノム編集によってメダカのadcy5遺伝子のエキソン8を欠損させると体色が黒化した(下段)(本論文より引用)   図4:adcy5のC1bドメインが機能する仕組みと、ヒト不随意運動症やメダカの体色黒化の関係。C1bドメインを欠損した黒色メダカのオロチ品種では、adcy5が2量体になりにくくシグナルが活性化することが予想される。   報道発表資料(935.5 KB) 掲載ジャーナル:Molecular Biology and Evolution 研究者ガイドブック( 大森 義裕 教授)   (研究に関するお問い合わせ先) 広島大学大学院統合生命科学研究科教授大森義裕 E-mail:omori4@hiroshima-u.ac.jp   (報道に関するお問い合わせ先) 広島大学広報室 TEL:082-424-4383 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 医療/ヘルスケア
    2026.02.20
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 医療/ヘルスケア
    ボノボ(大型類人猿)とテナガザル(小型類人猿)のiPS細胞と 脚腕の元になる細胞の作製に成功 —霊長類発生進化学・生物多様性保全・動物園獣医学の統合推進に貢献 —

    本研究成果のポイント ボノボ(大型類人猿)とテナガザル(小型類人猿)からiPS細胞(※1)を作製 類人猿のiPS細胞から四肢骨格の起源である細胞を作出することに成功 進化研究・生物多様性保全・動物園獣医学の3分野融合「動物園まるごとiPS細胞化プロジェクト」を大きく展開   概要 今村公紀 准教授(研究当時:京都大学ヒト行動進化研究センター助教、現:金沢大学医薬保健研究域)、博士課程4年 濱嵜裕介(京都大学ヒト行動進化研究センター)、今村拓也 教授(広島大学大学院統合生命科学研究科)、博士課程1年 飽田寛人(広島大学大学院統合生命科学研究科)らの研究グループは、京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリ(熊本県宇城市)、公益財団法人日本モンキーセンター(愛知県犬山市)、豊橋総合動植物公園(愛知県豊橋市)、東山動植物園(愛知県名古屋市)、大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)、名古屋大学 一柳健司 教授、総合研究大学院大学 田辺秀之 准教授らと共同で、大型類人猿ボノボと小型類人猿テナガザルから、ゲノムに外来遺伝子が挿入されない人工多能性幹細胞(iPS細胞)の作製に成功しました。 今回作製したiPS細胞について、複数種の霊長類iPS細胞の遺伝子発現パターンを比較した結果、iPS細胞の遺伝子発現は霊長類進化の系統関係を反映していること、ならびに種特異的な特徴を同定しました。また、本研究では、作製した類人猿iPS細胞から四肢骨格の起源である細胞(肢芽中胚葉細胞)を誘導することにも成功しました。本成果は、霊長類の進化発生学(エボデボ)、生物多様性の保全、動物園獣医学の発展を統合的に推進するための重要な基盤になると考えられます(図1)。   雑誌名:BMC Genomics タイトル:Generation and transcriptome profiling of bonobo induced pluripotent stem cells using stealth RNA vectors: a tripartite comparative study with humans and chimpanzees. 著者:Yusuke Hamazaki,、Hiroto Akuta、Hikaru Suzuki、Hideyuki Tanabe、Tsubasa Suzuki、Kouki Inoue、Kenji Ichiyanagi、Takuya Imamura*、Masanori Imamura*. BMC Genomics、in press DOI:https://doi.org/10.1186/s12864-025-12400-4 (open access) 雑誌名:Frontiers in Cell and Developmental Biology タイトル:Generation and characterization of induced pluripotent stem cells of small apes. 著者:Yusuke Hamazaki、Hiroto Akuta、Hikaru Suzuki、Hideyuki Tanabe、Kenji Ichiyanagi、Takuya Imamura、Masanori Imamura*. Front Cell Dev Biol, 13: 1536947 (2025) DOI:https://doi.org/10.3389/fcell.2025.1536947 (open access) 背景 ヒトとサルの境目はどこにあり、両者は何が違うのでしょうか。生物学的にヒトはヒト上科というグループに属し、ニホンザルのようなサル類と区分されます。ヒト上科にはヒトの他に大型類人猿(ボノボやチンパンジー、ゴリラ、オランウータン)と小型類人猿(テナガザル)が分類されます。なかでもボノボとチンパンジーはヒトに最も近縁な現生類人猿であり、ヒト、ボノボ、チンパンジーの3種の比較はヒト固有の特性を解明する糸口になります。一方、小型類人猿はヒトとの共通祖先から最も早く、最も古い時期に分岐しました。したがって、小型類人猿は系統進化上、ヒト・大型類人猿とサル類の中間に位置しており、サルからヒトへの進化の過程を解明する上で非常に重要な存在といえます。 研究成果の内容 ■ 1|ボノボiPS細胞とテナガザルiPS細胞の作製に成功 本研究では、京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリ(熊本県宇城市)で飼養されているボノボとチンパンジーについて、健康診断時に採血された余剰血液から末梢血単核球を分離・培養しました。また、日本モンキーセンター(愛知県犬山市)、豊橋総合動植物公園(愛知県豊橋市)、東山動植物園(愛知県名古屋市)、大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)と連携し、動物園で自然死した小型類人猿3種5個体(シロテテナガザル、アボットハイイロテナガザル、フクロテナガザル)の皮膚片から線維芽細胞を培養しました。これらの細胞にゲノムに外来遺伝子が挿入されない方法で初期化因子を導入することでiPS細胞の作製を行った結果、ボノボ2個体、チンパンジー1個体、テナガザル3個体(シロテテナガザル1個体、フクロテナガザル2個体)のiPS細胞を作製することに成功しました(図1)。   ■ 2|iPS細胞の霊長類種ごとの特徴を遺伝子発現パターンから解析 ヒト、大型類人猿(ボノボ、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン)、小型類人猿(シロテテナガザル、フクロテナガザル)、サル類(アカゲザル、カニクイザル)のiPS細胞について、遺伝子発現プロファイルを比較解析したところ、iPS細胞の遺伝子発現は霊長類の系統関係を反映したパターンに分類されること(サル類、小型類人猿、大型類人猿、ヒトの順に分岐)がわかりました。さらに、ヒト、ボノボとチンパンジーの間で異なる遺伝子発現や、テナガザルだけで見られる遺伝子発現など、種に特異的な特徴も検出されました。   ■ 3|類人猿iPS細胞から四肢骨格の起源(脚腕の元)である肢芽中胚葉細胞の誘導に成功 作製した類人猿(ボノボ、チンパンジー、テナガザル)のiPS細胞から四肢骨格の起源(腕脚の元)である肢芽中胚葉細胞を作出することに世界で初めて成功しました。腕と脚の長さはサル類ではほぼ同じであるのに対し、類人猿では脚に比べて腕が長く、ヒトでは反対に腕に比べて脚が長くなります。霊長類iPS細胞から肢芽中胚葉細胞を分化誘導する実験系は、脚腕の長さという類人猿やヒトの四肢の特徴がどのようなメカニズムによって進化してきたのかを解明することに役立つと考えられます。     今後の展開 本研究は「動物園まるごとiPS細胞化プロジェクト」の一環として、動物園と連携して実施しました。本プロジェクトは、動物園や飼養施設にいる動物たちの細胞バンク化とiPS細胞の作製を行うことで、以下の3つの活用に繋げることを目的としています。   ■ 1|哺乳動物の進化発生学(エボデボ研究)の進展 哺乳動物のiPS細胞を作製することで、哺乳動物が進化させた多様性や新奇性のメカニズムの解明が期待されます。今後は、動物園にいるさまざまな動物のiPS細胞から四肢を形成する肢芽中胚葉細胞を分化誘導することで、脚腕の長さや形の発生進化研究を展開する予定です。   ■ 2|生物多様性の保全 ボノボやテナガザルをはじめ、多くの希少動物は絶滅の危機に瀕しており、遺伝資源の保存は喫緊の課題です。本研究で進める細胞バンク化(動物由来の細胞を長期保存・再利用可能な形で蓄積すること)とiPS細胞の作製は、絶滅危惧種の「細胞レベルで生きた遺伝資源」を長期的に保存・活用できる基盤となります。   ■ 3|動物園獣医学の発展 希少動物では疾患研究や治療法の検討が難しい場合があります。iPS細胞を活用することで、動物種ごとの疾患モデルの構築や、薬剤反応性・毒性の種差や個体差の評価が可能となり、動物医療・健康管理の高度化に貢献すると期待されます。     参考資料 図1. 本研究の概要 動物園・研究施設からご提供いただいた組織試料から細胞を培養し、テナガザルとボノボ、チンパンジーのiPS細胞の作製に成功した。動物園のiPS細胞は今後大きく分けて3つの活用法が考えられる。 図2. ヒト・類人猿・サル類のiPS細胞の遺伝子発現パターンは霊長類進化の系統関係を反映する ヒト・類人猿・サル類のiPS細胞の遺伝子発現データに基づき、それぞれのiPS細胞株(点)間の類似性を樹形図として可視化すると、系統進化を反映したまとまりを示した(サル類、小型類人猿、大型類人猿、ヒトの順に分岐)。さらに、小型類人猿テナガザルのiPS細胞では他の霊長類に比べて”細胞死”に関連する遺伝子の発現が低い傾向が見られた。また、大型類人猿のうち、ボノボとチンパンジーのiPS細胞の間を比較すると、”代謝”機能に関連する遺伝子の一部で発現が異なっていた。 図3. 類人猿のiPS細胞から四肢骨格の起源である肢芽中胚葉細胞の分化誘導に成功 ボノボとテナガザルのiPS細胞(上段)から肢芽中胚葉細胞(下段)を分化誘導することに成功した。下図では、肢芽中胚葉を特徴づける遺伝子のPRRX1(赤)が発現していることを示している。   用語解説 (※1) iPS細胞 培養下(実験室)で半永久的に増え、身体を構成するさまざまな細胞種に分化することできる(=多能性)性質を持った細胞。   (※2) 分化誘導 iPS細胞の持つ、身体を構成するさまざまな細胞種に分化することできる(=多能性)性質を活かして、iPS細胞から目的の細胞を培養下で作出する方法のこと。   報道発表資料(741.67 KB) 掲載ジャーナル:BMC Genomics 掲載ジャーナル:Frontiers in Cell and Developmental Biology 研究者ガイドブック(今村 拓也 教授)   研究に関するお問い合わせ先 金沢大学医薬保健研究域 准教授今村 公紀 E-mail:imamura-masanori@staff.kanazawa-u.ac.jp 京都大学ヒト行動進化研究センター 博士課程4年 濱嵜 裕介 E-mail:hamazaki.yusuke.84n@st.kyoto-u.ac.jp 広島大学大学院統合生命科学研究科 教授今村 拓也 TEL:082-424-7438 E-mail:timamura@hiroshima-u.ac.jp ■報道に関するお問い合わせ先 広島大学 広報室 TEL:082-424-6762 E-mail : koho*office.hiroshima-u.ac.jp 京都大学広報室 国際広報班 TEL:075-753-5729FAX:075-753-2094 E-mail:comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp  

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    2026.02.20
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    単層の氷の構造を初めて可視化 ― 渦状に並んだ水分子がつくるフェロアキシャル秩序を実証 ―

    本研究成果のポイント 鉱物中に閉じ込められた単層の水分子(単層氷)が研究の舞台 ハニカム格子上に並んだ水分子は室温で定まった方向を向かずに回転 低温で水分子が渦状に並んだ、フェロアキシャル秩序状態の新しい氷を発見   概要 静岡大学理学部の野村肇宏講師の研究グループは、東京大学大学院新領域創成科学研究科の鬼頭俊介助教・有馬孝尚教授、岡山大学の小松寿弐千大学院生(当時)・木村純大学院生・甲賀研一郎教授、広島大学の長谷川巧准教授・荻田典男教授、高輝度光科学研究センターの中村唯我研究員、東京理科大学の石川孟講師、名古屋大学の矢島健准教授、東京大学物性研究所の松尾晶技術専門職員・古府麻衣子教授・廣井善二教授、芝浦工業大学の富田裕介教授、大阪大学の松尾隆祐名誉教授と共同で、2次元に閉じ込められた単層の水分子が渦状の秩序構造(フェロアキシャル秩序)を示すことを発見しました。 本研究では、2次元に閉じ込められた水分子の秩序構造を、放射光X線回折と分子動力学計算によって調べました。マーティアイトという鉱物中で、水分子はハニカム格子上に並んでおり、単層氷とみなすことができます。研究グループはこの単層氷が低温で渦状のモチーフを形成し、フェロアキシャル秩序と呼ばれる特異な秩序を示すことを明らかにしました。 この2次元氷の秩序構造は過去に予言されておらず、水という身近な研究対象がいかに複雑で謎に包まれた存在かを物語っています。2次元氷に関する知見は3次元氷を研究する礎となるものであり、今後人類が水に関する研究を進める上で重要なマイルストーンとなることが期待されます。 なお、本研究成果は、2026年2月13日に、アメリカ化学会の発行する国際雑誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。 マーティアイトという鉱物中の水分子は、氷を一層だけ取り出して2次元に閉じ込めた、いわば単層氷とみなすことができます。本研究では、この単層氷が渦状の秩序構造(フェロアキシャル秩序)を示すことを発見しました。   背景 雪の結晶は六角形をモチーフとした形をとります。これは氷の結晶中で、水分子がハニカム格子上に整列した3次元構造をとるためです。それでは、極薄の氷を一層だけ取り出したときにどんな構造をとるでしょう?本研究はそんな単純な興味から始まりました。 研究グループはマーティアイト[martyite, Zn3(V2O7)(OH)2·2H2O]という層状の結晶構造を持つ鉱物に着目しました(図1)。マーティアイトのフレームワーク中で水分子はハニカム格子を形成しています。つまり、氷を一層だけ取り出して、それを2次元に閉じ込めたような状況が鉱物中で自然と実現しています。ハニカム格子上に配置された水分子は定まった方向を向くのではなく、面内をくるくる回転しています。これは幾何学的なフラストレーション*注1により、全ての水分子を同時に安定に並べることができないためです。マーティアイトを室温から冷却したときに、回転していた水分子がどのようにお互いを配慮しながら整列するかは容易には予測できません。 図1:3次元氷と2次元氷のハニカム格子(水分子の蜂の巣状配列)。マーティアイト中で回転する水分子がどう整列するかは非自明。   研究成果の内容 大型放射光施設「SPring-8」*注2のBL02B1で単結晶X線回折実験の結果、マーティアイト中の水分子の低温構造では、6個の水分子がまとまった渦状のモチーフ(六量体)を形成していることがわかりました(図2)。分子動力学計算を用いた単層氷のシミュレーションからも同様の水六量体が形成されることが明らかになり、マーティアイト中の水分子がたしかに単層氷とみなせることがわかりました。この水六量体では、水分子が電気分極を持つことから、電気双極子モーメントの渦が形成されることになります。このような多極子は電気トロイダルモーメントと呼ばれ、それらがそろった状態をフェロアキシャル秩序と呼びます。本研究から単層氷の安定構造がフェロアキシャル秩序であることが明らかになりました。 これまで20種類以上の氷の結晶構造*注3が報告されてきましたが、本研究で明らかになったフェロアキシャル秩序は理論的にも提案されたことがありませんでした。2次元に配置された水分子が作る渦状のモチーフは雪の結晶に劣らず美しく、自然の偉大さを再認識させられます。 図2:水分子のフェロアキシャル秩序と水六量体。渦状の電気双極子が電気トロイダルモーメントを作る。   今後の展望と波及効果 水分子がどのような安定構造をとるのかという問いは、氷・水・界面現象を理解する上で人類にとって不可避な問題です。それは氷が水に浮くことや、凍結した路面が滑るといった日常的な現象を理解する上でも重要な知見です。他方で、3次元氷の秩序は複雑かつ微妙な問題であり、人類が完全に理解したと言うには遠い状況です。本研究で明らかになった2次元氷の構造を足がかりに、水の理解が進展する可能性があります。   論文情報 掲載誌名: Journal of the American Chemical Society 論文タイトル: Ferroaxial order of the monolayer ice in martyite 著者: T. Nomura, S. Kitou, J. Komatsu, J. Kimura, K. Koga, T. Hasegawa, N. Ogita, Y. Nakamura,H. Ishikawa, T. Yajima, A. Matsuo, M. Kofu, O. Yamamuro, Z. Hiroi, Y. Tomita, T. Arima, T. Matsuo DOI: 10.1021/jacs.5c19407   研究助成 本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業(22K14010, 23H04861, 24K06944, 24H01644, 24H01650, 25K00969)による助成を受けたものです。   用語解説 注1幾何学的なフラストレーション:格子の幾何学的配置のために、すべての相互作用を同時に満たせない状態。ハニカム格子上の水分子の場合、全てのペアで水素結合を形成することができず、不安定なペアが必ず存在してしまう。    注2大型放射光施設SPring-8:理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。   注3氷の結晶構造:圧力と温度を制御することで多種多様な氷の結晶構造が出現することが知られている。これまでに20種類が確認されており、今後も増える可能性がある。   報道発表資料(512.72 KB) 掲載ジャーナル:Journal of the American Chemical Society 研究者ガイドブック(長谷川 巧 准教授)   【お問い合わせ先】 (研究に関すること) 静岡大学理学部 講師・野村肇宏 (のむら としひろ) TEL : 054-238-4961 E-mail : nomura.toshihiro*shizuoka.ac.jp   (報道に関すること) 静岡大学 総務部 広報・基金課 TEL : 054-238-5179 E-mail : koho_all*adb.shizuoka.ac.jp   東京大学 大学院新領域創成科学研究科 広報室 TEL : 04-7136-5450 E-mail : press*k.u-tokyo.ac.jp   岡山大学 総務部 広報課 TEL : 086-251-7292 E-mail : www-adm*adm.okayama-u.ac.jp   広島大学 広報室 TEL : 082-424-3749 E-mail : koho*office.hiroshima-u.ac.jp   公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 TEL: 0791-58-2785 E-mail : kouhou*spring8.or.jp   東京理科大学 経営企画部 広報課 TEL : 03-5228-8107 E-mail : koho*admin.tus.ac.jp   名古屋大学 総務部 広報課 TEL:052-558-9735 E-mail : nu_research*t.mail.nagoya-u.ac.jp   東京大学 物性研究所 広報室 TEL : 04-7136-3207 E-mail : press*issp.u-tokyo.ac.jp   芝浦工業大学 入試・広報部 企画広報課 TEL : 03-5859-7070 E-mail : koho*ow.shibaura-it.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください)

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • バイオエコノミー
    2025.11.20
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • バイオエコノミー
    ウニ幼生に光で行動を調節する脳のような神経細胞群が存在することを発見

    脳を持たないとされてきたウニ幼生に、光で行動を調節する「脳のような」の神経細胞群(中枢)を見いだしました。この神経細胞群は、脊椎動物の脳と一部共通する特徴が確認され、後口動物の共通祖先までさかのぼる脳機能の起源に関する新たな示唆を提供する結果となりました。 本研究は、ウニ幼生の前端部神経外胚葉に、非視覚性光感受性ニューロン(「見る」ためではなく、光を感じて応答する神経)の細胞群を同定しました。これにより、脊椎動物の脳に相当する「中枢」が、脳を持たないとされてきた棘皮動物(ウニ)にも存在する可能性が示唆されました。これらの神経細胞群は、光を感知するタンパク質である非視覚オプシン(Opn5L)や、脊椎動物間脳の形成を担うrx、otx、six3、lhx6などの制御遺伝子を発現します。また、この細胞領域を統合的に解析したところ、Opn5Lの機能低下で光依存的な遊泳行動が損なわれることが分かりました。こういった分子特徴は脊椎動物の脳領域のそれと一部重なることから、ウニ幼生に存在する非視覚性の光受容中枢は、後口動物の共通祖先に由来する脳機能の素地を残している可能性を示します。 非視覚オプシンを発現する神経とその周辺領域の発生過程を厳密かつ系統横断的に比較することは、脊椎動物の脳を含む中枢神経の進化や多様化の過程を解く上で、新たな理論や見解を提供すると期待されます。     【研究代表者】 筑波大学生命環境系 谷口 俊介准教授 千葉大学大学院医学研究院 露崎 弘毅特任講師 京都大学大学院理学研究科 山下 高廣講師 広島大学ゲノム編集イノベーションセンター 山本 卓教授     【研究の背景】 進化の過程における中枢神経(脳)の獲得は、ヒトを含む脊索動物の多様化を支えた重要な出来事です。しかし、神経や脳が動物進化のどの段階で生まれ、どの系統でどのように複雑化したのかは、よく分かっていません。脳・中枢神経の主要な役割は外界情報を統合して適応的な運動へ変換することであり、その起源の解明は生物学の根本課題です。 一方、後口動物注1)では、前方神経外胚葉に由来する脳領域(前脳など)が光情報処理の中核を担うと考えられ、表層には、視覚オプシン、深部には非視覚オプシン(いずれも光を感知するタンパク質)が配置されるという脊椎動物との共通性が示唆されています。しかしながら、脊椎動物と最も近縁の棘皮動物門(ウニなど)注2)には集中して存在する「脳領域」が見えにくく、前後軸の明瞭な指標も乏しいため、脊椎動物型の脳がいつ、どのように現れたかをたどることは容易ではありません。 それでも近年、前後軸が明確な成長段階であるウニ幼生で、前脳様の遺伝子発現やそれを結ぶ制御ネットワーク、さらに光などの環境情報を行動へ統合する神経回路が明らかになりつつあります。非視覚オプシン様の受容体も複数同定され、光による遊泳や消化活動の調節に関与する例が報告されています。こうした知見を踏まえ、本研究では、ウニ幼生において非視覚的な光受容を担う「脳様」領域を、遺伝子発現と機能の両面から定義し、脊椎動物の脳に通じる組織化が棘皮動物との共通祖先にさかのぼる可能性を示しました。     【研究内容と成果】 本研究では、バフンウニ(Hemicentrotsu pulcherrimus)幼生の前端部神経外胚葉に存在する「非視覚的な光受容を担う脳様領域(神経細胞群)」を単一細胞RNAシーケンス(scRNA-seq)注3)とin situ ハイブリダイゼーション注4)にて特定し、行動解析によってその機能を統合的に定義しました。幼生期の神経細胞は稀少で検出が難しいため、Delta–Notch による側方抑制注5)を阻害する薬剤を用いて神経細胞数を一時的に増やし、神経集団の解像度を高めました。その結果、これまで一様とみなされがちだったセロトニン注6)作動性ニューロンが、前方群と背側群という二つの集団に分かれており、背側群は非視覚オプシン(Opn5L)を発現していることを見いだしました(図1)。 遺伝子発現の空間解析では、背側群と前方群とでは、形態と配置のいずれもが異なること、さらに特定の転写因子セットが背側群に偏って現れることを明らかにしました。背側群の一部細胞は上皮層から脱落して移動し、前方群の近傍に合流する過程がライブイメージング注7)で観察され、移動性ニューロンとしての性質を持つことが示唆されました。これは、後口動物のうち脊索動物に特有と考えられてきた神経移動が、ウニ幼生にも備わっている可能性を示す重要な知見です。 機能面では、Opn5L の機能低下により、連続照明下で沈降(浮遊喪失)行動が有意に抑えられ、光入力が遊泳・浮沈の制御に直接関与することを実証しました。加えて、セロトニン合成関連の制御因子や領域指定因子の発現解析から、当該領域が脊椎動物の終脳/間脳と似た分子設計原理を持つことが示されました(図2)。以上より、ウニ幼生には非視覚光受容を核とする脳様中枢が存在し、環境光情報を行動へ統合する回路の一部が保存されている可能性が高いことが明らかになりました。これは、後口動物共通祖先にさかのぼる脳機能の起点を、具体的な細胞群と遺伝子プログラムとして提示する成果です。     【今後の展開】 今後は、光→行動の回路に関するより詳細な解析や、比較発生・比較ゲノミクスによる系統横断検証(棘皮・半索・脊索動物での保存/分岐の同定)を進め、非視覚オプシン中枢の普遍性と系統特異性の理解を深めます。最終的には、脳の「はじまり」の設計図を、細胞系譜、遺伝子ネットワーク、行動出力の三層で統合し、脊椎動物脳の起源と多様化に対する新しい指標の提示を目指します。   参考図 図1(左)ウニ幼生を背側から見た模式図。前端部(水色)領域は前端部神経外胚葉、つまり脊索動物でいうところの脳領域に類似する。しかし、発生初期にここに存在するセロトニン神経は単一のタイプとされ、それほど複雑さはないとみなされていた。(右)この脳領域に対してscRNA-seqを行ったところ、セロトニン神経が2集団から構成され、それぞれ異なる遺伝子発現をしていることが明らかになった。特に体の後方背側に位置する集団は非視覚オプシンとともに、脊索動物では間脳形成に関与している遺伝子群が発現していることが明らかになった。 図2前後方向に区画分けされたウニ幼生(左図)の脳様領域と、脊椎動物であるマウスの脳(右図)の比較。発現遺伝子プロファイルの比較で、前後軸に沿った類似性が見られた。   用語解説 注1) 後口動物 系統進化上、左右相称動物を大きく二つに分けた時の分類群の一つ。原腸陥入(消化管の元となる原腸が形成される過程)の際の原口(入口部分)が肛門になり、原腸の前端部が体表と接する部分に新たに口ができるグループ。脊索動物と棘皮動物、半索動物を含む。 注2) 棘皮動物門 分類学上の階級(界・門・綱・目・科・属・種)の中で、門で分類した場合のグループの一つ。ウニ、ナマコ、ヒトデ、クモヒトデ、ウミユリの仲間を含む。 注3) 単一細胞RNAシーケンス(scRNA-seq) 多細胞生物の体を構成する細胞それぞれに発現しているmRNAを細胞ごと網羅的に解析する手法。どの細胞にどのような遺伝子が発現しているのかを知ることができる。 注4) in situハイブリダイゼーション 細胞内において特定のmRNAの分布を検出する手法。特定の配列を持つmRNAにラベルをつけ、細胞内のターゲットとなるmRNAと結合(ハイブリダイゼーション)させてラベルを検出する。 注5) Delta-Notchによる側方抑制 隣接する細胞が相互作用することで互いに異なる運命をもたらすメカニズムで、多くの動物の神経細胞分化の過程で見られる現象。DeltaとNotchはいずれも細胞膜上の膜タンパク質で、隣接する一方の細胞のDeltaがもう一方の細胞のNotchと結合することで、この細胞でのDeltaの発現を抑制し、役割の異なる細胞を分化させる。 注6) セロトニン 神経伝達物質の一つ。ヒトの脳にも存在しており、精神安定など、さまざまな機能を果たしている。ウニでは、脳を構成する神経の中で最も早く形成される。 注7)ライブイメージング 光学顕微鏡を用いて生きたままの生き物の動きや細胞の変化を直接観察する手法。今回はウニ胚の細胞膜と核を蛍光タンパク質によって標識し、それをレーザー光で光らせたものを観察した。   研究資金 本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「多細胞システムにおける細胞間相互作用とそのダイナミクス」研究領域(JPMJPR194C, JPMJPR1945;2019-2022年度)、科学技術振興機構(JST) 研究成果展開事業が助成するA-STEP(JPMJTR204E; 2019-2024年度)、日本学術振興会が助成する科学研究費基盤研究(B)(23K23933; 2022-2025年度)、(C)(23K11312;2023-2027年度)、(若手)(19K20406: 2019-2022 年度)日本医療研究開発機構(AMED) 革新的先端研究開発支援事業 CREST「マルチセンシングネットワークの統合的理解と制御機構の解明による革新的医療技術開発」研究領域(22gm1510007; 2022-2027年度)、東レ科学振興会が助成する東レ科学技術研究助成(2018-2020年度)、武田科学振興財団が助成するライフサイエンス研究奨励(2015年度)による助成によって実施されました。   掲載論文 【題名】 Non-Visual Photoreceptive Brain Specification in Sea Urchin Larvae (ウニ幼生における非視覚光受容に関与する脳領域の形成) 【著者名】 #Junko Yaguchi, *#Koki Tsuyuzaki, Ikutaro Sawada, Atsushi Horiuchi, Naoaki Sakamoto, Takashi Yamamoto, Takahiro Yamashita, *Shunsuke Yaguchi (*責任著者、#equal contribution) 【掲載誌】 Nature Communications 【掲載日】 2025年11月19日 【DOI】 10.1038/s41467-025-65628-9   【プレスリリース】ウニ幼生に光で行動を調節する脳のような神経細胞群が存在することを発見.pdf(1.42 MB)掲載誌:Nature Communications 研究者ガイドブック(山本卓教授)   【問い合わせ先】 【研究に関すること】 谷口俊介(やぐちしゅんすけ) 筑波大学生命環境系/下田臨海実験センター准教授 TEL: 0558-22-1317 E-mail: yag@shimoda.tsukuba.ac.jp URL: https://sites.google.com/site/yaguchisea/home X@urchin_lab   【取材・報道に関すること】 筑波大学 広報室 TEL: 029-853-2040 E-mail: kohositu@un.tsukuba.ac.jp   千葉大学 広報室 TEL: 043-290-2018 E-mail: koho-press@chiba-u.jp   京都大学 広報室 国際広報班 TEL: 075-753-5729 E-mail: comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp   広島大学 広報室 TEL: 082-424-4518 E-mail: koho@office.hiroshima-u.ac.jp

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 海洋
    2025.11.11
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 海洋
    パンダ模様のヨコエビ、2種目を新たに発見!見た目はそっくりでも系統は別 ~日本沿岸の生物多様性理解に期待~

    本研究成果のポイント 和歌山県・大阪府沿岸の潮間帯から、パンダ模様の新種のヨコエビ「ヨリパンダメリタヨコエビ(学名:Melita pandina)」を発見。 同じくパンダ模様を持つすでに発見されているパンダメリタヨコエビとは系統的に近縁ではなく、模様の類似は「他人の空似」であることを確認。 日本沿岸の生物多様性の高さを示す成果であり、未調査地域の分類学的研究が新種発見や種の保全に向けた重要な基礎データになる可能性を示唆。   概要 和歌山県と大阪府の沿岸の潮間帯から新種のヨコエビ「ヨリパンダメリタヨコエビ(学名:Melita pandina)」が発見されました。本種は体長5~10 mmで、砂地の転がる石の下に生息しています。「ヨコエビ」という名前は、体の左右どちらかの面を下にして、横になって素早く移動する姿に由来します。 この種は以前よりその存在が知られていましたが、分類が難しく、種が明らかではありませんでした。今回、詳細な形態観察と遺伝子解析を行なった結果、メリタヨコエビ属の新種であることが明らかになりました。 ヨリパンダメリタヨコエビは白黒のパンダ模様という特徴的な色彩をもちますが、これは私たちが2024年に新種として公表したパンダメリタヨコエビによく似ています。これら2種がパンダ模様をもつ理由についてはよく分かっていませんが、捕食者から逃れるためのカモフラージュの役割を果たしていると考えられます。興味深いことに、遺伝子解析の結果、ヨリパンダメリタヨコエビとパンダメリタヨコエビは系統的に近縁ではないことが明らかになりました。このことは、両種にみられる特徴的なパンダ模様は、実は他人の空似であることを示します。 この新種の発見により、日本の沿岸域におけるメリタヨコエビ属の種多様性が、従来の研究で予想されていた以上に高いことが明らかになりました。 今後、ヨリパンダメリタヨコエビとパンダメリタヨコエビの生態や行動を詳しく調べることで、パンダ模様をもつ理由を明らかにできることが期待されます。 ヨリパンダメリタヨコエビ Melita pandina.内山りゅう氏撮影     背景 日本沿岸は、世界でもヨコエビ類の種多様性が高いことで知られています。 メリタヨコエビ属は世界で65種が知られる大きな分類群ですが、日本近海における分類学的研究は十分には行われていませんでした。     研究成果の内容 今回、和歌山県と大阪府の沿岸の潮間帯でフィールド調査を行ったところ、白黒のパンダ模様のメリタヨコエビ属の未記載種が見つかりました。 この特徴的な色彩は、私たちの研究グループが2024年に新種として公表した同属のパンダメリタヨコエビに次ぐ2種目です。 詳細な形態比較の結果、新種のヨコエビは白黒のカラーパターンや脚の形態などの特徴により、同属の全ての既知種と区別されることが分かりました。しかし、特徴的なパンダ柄が既知種のパンダメリタヨコエビと被るため、新種の命名は難航しました。そこで、パンダ好きとして知られる文筆家でラジオパーソナリティーの藤岡みなみさんに和名の命名を依頼。パンダメリタヨコエビよりも「もっと」パンダっぽい色彩をしていることから「ヨリパンダメリタヨコエビ(学名:Melita pandina)」と名付けていただきました。 ※和名:生物の日本語での名前学名:世界共通の生物の名前 興味深いことに、遺伝子解析の結果、ヨリパンダメリタヨコエビとパンダメリタヨコエビは系統的に近縁ではないことが明らかになりました。このことは、両種にみられる特徴的なパンダ模様は、実は他人の空似である可能性が高いことを示します。パンダ柄は、それぞれの種で独立に進化した「収れん進化」(系統的に離れた生物が、似た環境や生活様式に適応する中で、似た形質や機能を持つようになる進化)の結果だと考えられます。    今後の展開 ヨリパンダメリタヨコエビとパンダメリタヨコエビの生態や行動を詳しく調べることで、パンダ模様をもつ理由を明らかにできることが期待されます。 未調査地域におけるヨコエビ類の分類学的研究を進めることで、さらなる新種の発見が予想されます。このような分類学的研究を続けることで、日本列島の沿岸環境における生物多様性の解明が期待されるとともに、種の保全に向けた重要な基礎データとなることが期待されます。   新種の命名者、藤岡みなみさんのコメント 「すでにパンダのようなヨコエビがいるのに、もっとパンダらしい新種が見つかった」と伺って、とても驚きました。大変恐れ多いことながら、親しみを込めてちょっぴり韻を踏んだ名前を提案させていただきました。ヨリパンダメリタヨコエビ。ぜひ一度、声に出してみてください。   参考資料 本研究成果は、動物学に関する幅広い研究成果を掲載している国際学術雑誌Zoological Science(ズーロジカル サイエンス)に発表されます。 タイトル:Black-and-white disruptive coloration may be convergent: a new species of Melita (Amphipoda: Melitidae) from Japan 著者:Ko Tomikawa, Shigeyuki Yamato and Hiroyuki Ariyama 巻・ページ:42巻 DOI: https://doi.org/10.2108/zs250074   掲載雑誌:Zoological Science 研究者ガイドブック(富川 光 教授)   【お問い合わせ先】 大学院人間社会科学研究科教師教育デザイン学プログラム 富川光(とみかわこう)教授 Tel:082-424-7093 E-mail:tomikawa@hiroshima-u.ac.jp

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    2025.11.26
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    御神木が語る大気汚染の移り変わり ~年輪のイオウが示す500年の環境変化の記憶~

    本研究成果のポイント イオウ酸化物の排出量は近年減少しているが、開国による日本の工業化(1850年)以前と比べて現代の大気がどの程度清浄化しているかは、未解明のまま残されていた。 本研究では、御神木の年輪に含まれるイオウ安定同位体比(δ34S)注1)を分析し、1500年代から現在にかけて500年にわたる大気中のイオウの起源の変化を探った。 年輪から計測されたイオウ同位体比は、工業化を境に大きく変化し、御神木は倒れる直前まで汚染された大気の値を記録していた。この結果は、現代の大気が工業化以前の清浄な水準にまだ戻っていないこと、あるいは土壌に蓄えられた過去の汚染イオウがいまも環境中に放出されていることを示している。   研究概要 名古屋大学大学院生命農学研究科の塩出 晏弓 博士後期課程学生、谷川 東子 准教授は、同大学院環境学研究科の中塚 武 教授、加藤 義和 研究員、平野 恭弘 教授、アジア大気汚染研究センターの佐瀨 裕之 部長、諸橋 将雪 主任研究員、広島大学の石田 卓也 准教授との共同研究により、中部日本の2本の御神木から500年分の年輪を読み解き、「産業革命前から開国を経て現代に至るまで」の大気汚染の移り変わりをたどりました。  化石燃料の消費に伴うイオウ酸化物の排出量は、2000年代以降、世界的に減少しています。しかし、現代の大気は、化石燃料の大量消費が始まる以前、すなわち産業革命前と比べ、どの程度まで清浄化しているのかは、これまで明らかにされていませんでした。  本研究では、自然災害で倒木した中部日本の2本の御神木を対象に、年輪に含まれるイオウ安定同位体比を分析し、各年代のイオウの起源(化石燃料か自然由来か)を推定しました。 イギリスの産業革命後であっても、日本の本格的な工業化以前までは、同位体比は高い値で安定していました。ところが、工業化の進行に伴って値はイオウ同位体比が低い石炭や石油の影響を受けて急激に低下し、その低い値は木が倒れる直前まで維持されていました。 御神木は、「イオウ排出量が減少した今もなお清浄な大気には戻っていない」、あるいは「かつて放出された化石燃料由来のイオウが土壌に蓄えられ、いまも環境中をめぐっている」ことを伝えています。  この成果は、今後の気候変動対策や大気保全の指標づくりに役立ちます。本研究成果は、2025年11月13日にSpringer Nature雑誌『Biogeochemistry』に掲載されました。     研究背景と内容 (1)研究の背景 化石燃料の消費などにより排出されるイオウ酸化物は、酸性雨の原因物質の一つとして知られ、生態系にさまざまな影響を及ぼしてきました。  近年、その排出量は世界的に減少傾向にありますが、一方で気候変動対策として、成層圏に硫酸エアロゾルを注入して地球を冷却させる「気候工学(ソーラー・ジオエンジニアリング)」の研究も進展しています。 こうした状況の中で、私たちがどのような大気の時代に生きているのかを知る手がかりとして、イオウ循環の長期的な歴史をさかのぼり、「産業革命以前の清浄な大気」と「今の大気」を比較することが重要だと考えました。  これまで南極やグリーンランドの氷床コアを用いた研究は、地球規模でのイオウ循環の長期変動を明らかにしてきました。氷床コアが遠い極地でしか得られないのに対し、樹木は私たちの身近に存在します。年輪は一年に一つずつ正確に刻まれるため、樹木の中にはその土地の空気や土の変化が細かく記録されています。 つまり樹木は、その生育地域におけるイオウ循環の移り変わりを細かく教えてくれる「自然の記録帳」ということができます。  今回、ペンやインクに相当するのは、イオウの安定同位体比(δ34S)です。イオウはその発生源によって、δ34S値が異なります。 たとえば、自然起源の海塩エアロゾルはおよそ +20.3‰、火山ガスは +5‰ と比較的高い値を示します。一方、日本で多く利用されてきた中東産の石油は −8~0‰ と非常に低い値を持っています。 このため、木の年輪に含まれるδ34S値を調べることで、その時代の大気中イオウの主な発生源を推定することができます。  ただし、土壌がイオウを捉える力が強い場合には、大気の状態と年輪に記録される値との間に時間的な「ずれ」が生じます。「ずれ」の存在は、過去にもたらされた汚染由来のイオウを、樹木が土壌から吸収しているということ、すなわち、過去に人間活動により大量放出されたイオウが今なお環境を循環していることを意味します。   (2)調査方法 本研究では大雨や台風によって倒木した2本の御神木—大湫神明神社(岐阜県瑞浪市)の樹齢約670年の大杉と伊勢神宮(三重県伊勢市)の樹齢500年の神宮杉を試料として用いました(図1)。 どちらも数百年にわたって地域の方々に大切に守り育てられてきた樹木です。これらの樹木の幹試料を5年ごとに分割し、イオウ同位体比を分析することで、樹木が長期的にどのように変動したかを明らかにしました。 図1. 2本の御神木の生育地   (3)研究成果 イオウ同位体比(δ34S)の長期的な変動は、図2の矢印で示した年に統計的に有意な転換点が認められました。本研究から見えてきたこと、そしてこれから明らかにしていくべき点を以下に整理しました。 図2. 樹木年輪のイオウ同位体比(δ34S)の経時変化   ① 日本の工業化前の樹木に含まれるイオウ同位体比は高い値で安定していた。化石燃料の大量消費が始まる前は、数百年にわたってδ34S値が安定していました(図2)。1760年のイギリス産業革命直後は、日本で大規模な火山噴火があったため値が動いていますが、その後再び1760年以前の値に戻り安定しました。  このため、日本においてはイギリスの産業革命による大気汚染の影響は限定的であったと考えられます。 大湫は伊勢よりも内陸に位置しており、高いδ34S値を持つ海塩の影響を受けにくいため、2地点の間には一貫して4.5‰程度の差異が見られました。  これまで樹木の年輪を用いたイオウ同位体比の研究では1830年が最も古い年代であり、大規模なイオウの排出が始まった1760年の産業革命前も含む年輪のイオウ同位体比を明らかにした初めての研究となりました。   ② 樹木年輪のイオウ同位体比が大きく変化するのは、日本国内で化石燃料が消費されるようになってから。 やがて日本でも工業化が進み、化石燃料の大量消費が始まると、年輪のδ34S値は急激に低下しました。 特に、蒸気船や鉄道のような近代的な運輸手段の整備が大きな影響を与えていると考えられます。   ③ 人為起源イオウの影響は、排出量減少後も年輪中に検出される。 1970年に大気汚染防止法が改正されると、脱硫装置の普及などによりイオウ排出量が減少し、人為起源イオウの寄与割合が低下しました。その結果、年輪のδ34S値は上昇傾向を示しました。  しかし、δ34S値は工業化前と比較するとはるかに低く、降水や工業化前の年輪から推定した人為起源のイオウの寄与率については1970年以降も高い水準にとどまっていることが示されました(図3)。   ④ 土壌がイオウを捉えることによる時間の「ずれ」はあったのか? 大気から降ってきたイオウや、植物が落葉などを通じて地表に戻したイオウは、いったん土の中に蓄えられます。大湫と伊勢の土壌は、イオウを強くつかまえるタイプではないと考えられますが、土壌が「時間のずれ」を生じさせて、昔の大気の情報をあとから木に伝えていたのかどうかは、まだはっきりしていません。  工業化前の年輪のδ34S値と現代の年輪のそれとの大きなギャップは、現代の大気は奇麗になってきたとはいえ、その清浄さは工業化以前の大気の状態にははるかに及ばないこと、あるいは、過去の大気汚染によって土壌に蓄えられたイオウが、時間をかけて再び樹木に取り込まれている可能性を示しています。 もし後者であれば、かつて降り注いだイオウは、今もなお森の中で静かに循環を続けているということになります。     成果の意義 本研究は、産業革命以前から現代にかけての、大気中イオウの歴史的な変化の軌跡を、2本の御神木の年輪に刻まれたイオウ安定同位体比(δ34S値)から読み解きました。 その結果、化石燃料の使用が本格化する以前の年輪には、清浄な大気を反映した高いδ34S値が記録されており、現在の年輪が示す非常に低い値は、今の大気はそのレベルまで回復していない、あるいは過去のイオウ大量放出の影響が環境には色濃く残っている状況が映し出されました。 これらの成果は、イオウ排出量が減少した現代においても、過去に排出されたイオウが大気や土壌に残り、その影響を正しく理解することの重要性を示しています。そして樹木は、大気汚染のような環境の変化を、500年もの歳月にわたって記録し続けてきた、長いページをもつ「自然の記録帳」であることが明らかになりました。     謝辞 御神木の学術利用を許可してくださいました大湫神明神社および伊勢神宮の関係者のみなさまに深く御礼申し上げます。  本研究は、科学研究費補助金研究・基盤研究(B)『森林生態系内に蓄積した大気汚染レガシーの極端気象による可動化(22H02401)』、日本技術振興機構『次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2125)』、文部科学省『女性研究者研究活動支援プログラム』の助成を受けて実施しました。     用語説明 注1)イオウ安定同位体比(δ34S): イオウ(S)には、質量の異なるいくつかの種類(同位体)があり、主に軽い³²Sと重い34Sが存在する。 イオウ安定同位体比(δ³⁴S)は、標準物質と比較して34Sと³²Sの比がどの程度異なるかを示す指標で、イオウの起源や循環の違いを読み解く手がかりとなる。   注2)混合モデル: 同じイオウでも、火山から放出されたもの、海から飛んできたもの、化石燃料の燃焼で発生したものでは、δ34S値が異なる。 それぞれの発生源がもつこの特徴的な値は、まるで“イオウの指紋”のようなものである。「混合モデル」とは、この同位体の“指紋”を手がかりに、複数の発生源がどの程度の割合で混ざっているかを推定する手法。 たとえば、年輪や土壌、水などの環境試料に含まれるイオウのδ34S値を測定し、海塩・火山・化石燃料などの典型的な値と比較することで、その試料中のイオウがどの発生源にどの程度の割合で由来するかを数値的に推定することができる。     論文情報 雑誌名:Biogeochemistry 論文タイトル:Air pollution recovery still falls short of pre-industrial conditions – Sulfur stable isotope analysis of tree rings from two giant trees 著者:Ayumi Shiode1, Takeshi Nakatsuka2, Yoshikazu Kato2, Hiroyuki Sase3, Masayuki Morohashi3, Takuya Ishida4, Yasuhiro Hirano2, Toko Tanikawa1 (塩出晏弓1, 中塚武2, 加藤義和2, 佐瀨裕之3, 諸橋将雪3, 石田卓也4, 平野恭弘2, 谷川東子1) 1, 名古屋大学大学院生命農学研究科; 2, 名古屋大学大学院環境学研究科; 3, アジア大気汚染研究センター; 4, 広島大学大学院先進理工系科学研究科 DOI: 10.1007/S10533-025-01277-W URL: https://link.springer.com/article/10.1007/s10533-025-01277-w     報道発表資料(788.13 KB) 掲載誌:Biogeochemistry 研究者ガイドブック(石田卓也准教授)   【問い合わせ先】 【研究者連絡先】 名古屋大学大学院生命農学研究科 准教授谷川東子(たにかわとうこ) TEL:052-789-4154 E-mail: toko105*agr.nagoya-u.ac.jp 広島大学大学院先進理工系科学研究科 准教授 石田 卓也(いしだたくや) TEL:082-424-6544 E-mail:tkishida*hiroshima-u.ac.jp アジア大気汚染研究センター生態影響研究部 部長佐瀨裕之(させひろゆき) TEL: 025-263-0560 E-mail:sase*acap.asia 【報道連絡先】 名古屋大学総務部広報課 TEL:052-558-9735 FAX:052-788-6272 E-mail:nu_research*t.mail.nagoya-u.ac.jp 広島大学広報室 TEL:082-424-3749 FAX:082-424-6040 E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp アジア大気汚染研究センター(代表) TEL:025-263-0550 FAX:025-263-0566 E-mail:eanet*acap.asia (*は半角@に置き換えてください)

    • 環境エネルギー
    • 食料/農林水産業
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    2025.12.05
    • 環境エネルギー
    • 食料/農林水産業
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    海藻の辛味成分がイネ栽培に被害をもたらす害虫を駆除!

    本研究成果のポイント イネ栽培に深刻な被害をもたらす害虫であるイネシンガレセンチュウ(*1)を駆除する物質を、褐藻の一種であるアミジグサ(*2)から特定しました。今後、環境にやさしい新たな農薬開発等へ繋がることが期待されます。   概要 広島大学大学院統合生命科学研究科の飯田愛実(博士課程後期)、太田伸二名誉教授、根平達夫准教授、大村尚准教授らの研究グループは、瀬戸内CN国際共同研究センターの加藤亜記准教授と共同で、海藻の一種「アミジグサ」が強い辛味を示すことを見出し、それらの化学構造を解明しました。さらに、広島県立総合技術研究所農業技術センターの星野滋博士の協力を得て、この辛味成分が、農業害虫である「イネシンガレセンチュウ」に対して殺線虫活性(線虫に対する殺虫効果)を示すことを明らかにしました。この研究成果は、国際学術雑誌「Phytochemistry」2026年2月号オンライン版に、2025年9月27日に先行掲載されました。また、広島大学から論文掲載料の助成を受けております。 論文情報 論文題目: Diterpenoids from the brown alga Dictyota dichotoma with nematicidal activity against the plant parasitic nematode Aphelenchoides besseyi 著者: 飯田愛実1、根平達夫1、加藤亜記2、星野滋3、大村尚1,*、太田伸二1,* 1. 広島大学大学院統合生命科学研究科 2. 瀬戸内CN国際共同研究センター 3. 広島県立総合技術研究所農業技術センター * 責任著者 掲載雑誌: Phytochemistry (Q1) DOI番号:https://doi.org/10.1016/j.phytochem.2025.114691 背景 イネシンガレセンチュウ(図1)は、イネ心枯線虫病(*3)を引き起こす農業害虫です。この線虫の感染はイネ種子の収量減少とコメの品質低下を引き起こします。近年、従来の化学合成農薬の使用が大幅に制限されていることから、それらと同等の効果を持つ環境に優しい農薬の研究開発に関心が高まっています。このような背景から、殺線虫剤の供給源として天然物に注目が集まっています。これまで、海藻が有している殺線虫効果に関してはほとんど知られていませんでした。そこで、食用にされていない海藻類の有効利用を目的にして研究を開始しました。 研究成果の内容 未利用海藻類の有効利用の可能性を探る過程で、海藻の一種であるアミジグサ(図2)を齧(かじ)ると強い辛味を感じることがわかりました。アミジグサを有機溶媒で抽出し、その化学成分を分析機器によって解析した結果、新規3種を含む11種の成分の化学構造を明らかにしました。それぞれの化学成分について、イネシンガレセンチュウに対する殺虫活性を評価したところ、分子内に「α,β-不飽和1,4-ジアルデヒド」と呼ばれる構造を持っていることから強い辛味を有する既知物質「4β-ヒドロキシディクチオジアールA」(図3)が、殺線虫効果を示すことが分かりました。 今後の展開 今後、殺線虫活性物質が有する化学構造のうち、どのような構成部位が活性に重要であるかなどのメカニズムを解明し、より有効性の高い物質を開発できれば、新しい農業害虫防除剤の開発につながるものと期待されます。 研究助成 本研究はダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(特性対応型)の支援を受けたものです。また、本研究成果は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。 用語解説 (*1)イネシンガレセンチュウ: 学名Aphelenchoides besseyi アフェレンコイデス科の植物寄生性線虫。世界の水稲作地帯に広く発生し、イネの種子を介して伝播する。 (*2)アミジグサ: 学名Dictyota dichotoma アミジグサ科の小型褐藻で、世界各地の沿岸に生息している。その成分には、ウニなどの海洋植食動物に対する摂食阻害作用の他、抗菌・抗酸化などの薬理活性が既に報告されているが、産業利用は進んでいない。 (*3)イネ心枯線虫病: イネシンガレセンチュウが寄生しておこるイネの病害。感染したイネは、葉先が白く枯れた症状(俗称「ほたるいもち」)を示し、栄養不足に陥り、穂の小型化や籾粒数の減少がみられる。また、玄米の粒重が増加せず、屑米や黒点米が発生することがある。この病害は収量を10%~30%減少させることが報告されている。 参考資料 図1:イネシンガレセンチュウ (体長約0.7 mm) 図2:アミジグサ (高さ約10 cm) 図3:4β-ヒドロキシディクチオジアールA (赤丸枠部分は「α,β-不飽和1,4-ジアルデヒド構造」)     報道発表資料.pdf(253.99 KB) 掲載雑誌:Phytochemistry 研究者ガイドブック(大村 尚 准教授)   【お問い合わせ先】 広島大学大学院統合生命科学研究科准教授大村尚 Tel:082-424-6502 E-mail:homura@hiroshima-u.ac.jp

12
Copyright © 2020- 広島大学