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    2026.01.20
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    能登半島地震の発生源となった沿岸海底活断層 世界最長級の地震隆起を引き起こしたことを解明

    本研究成果のポイント 2024年1月1日発生の能登半島地震による海岸隆起(※1)の分析 地震で海岸の地面が持ち上がる現象を解析し、世界最長級であることを示しました。 能登半島沖の海底活断層(※2)の連続分布の確認 海底にある活断層が連続的に分布することを明らかにし、隆起量の差異は海底活断層と海岸線の距離が主な要因であることを示しました。 海底活断層の長期活動履歴解明と防災への応用 活動周期や変位速度など長期的な活動履歴を明らかにするとともに、他沿岸域での活断層調査・地図化により、防災計画への応用を目指します。   概要 2024年1月1日に発生した能登半島地震(マグニチュード7.5)により、能登半島北部では顕著な地盤の隆起が観察されました。本研究は、この隆起が能登半島北岸に沿って並走する海底活断層の活動によって生じたことを、隆起海岸の地図化、隆起量の計測、および海底地形の分析を通じて明らかにしたものです。従来の津波・地震ハザード評価では十分に考慮されてこなかった沿岸域の海底活断層について、変動地形学的手法により具体的に示した点で、新たな視座を提供するものです。 また、本研究は広島大学から論文掲載料の助成を受けております。   著者:Hideaki Goto、 Tomoru Yamanaka、 Tomohiro Makita、 Yoshiya Iwasa、 Takuro Ogura、 Kyoko Kagohara、 Yasuhiro Kumahara、 Yasuhiro Suzuki、 Nobuhisa Matta、 Tatsuto Aoki、 Wataru Mori、 Kenta Haranishi、 Takashi Nakata タイトル:Coast uplifted by nearby shore-parallel active submarine faults during the 2024 Mw 7.5 Noto Peninsula earthquake 掲載雑誌:Geomorphology、493巻、 110069 DOI: https://doi.org/10.1016/j.geomorph.2025.110069 掲載日:15 January 2026(オンライン掲載日:30 October 2025)   背景 日本の沿岸部は、これまで繰り返し地震や津波の被害を受けてきました。強い揺れや津波に加え、地震に伴う海岸の隆起や沈降などの地形変化は、漁港・道路・護岸といった沿岸インフラや地域の生業に長期的な影響を及ぼします。そのため、こうした変化の発生メカニズムを解明することが重要です。 2024年1月1日に発生した能登半島地震(マグニチュード7.5)は、約120年間の観測史上、沿岸域で発生した最も大きな直下型地震でした。強い震動に加えて津波の発生や海岸環境の急激な変化など、多岐にわたる被害が報告されています。本地震は、沿岸活断層がもたらす地形変化や被害の多様性、そして半島地域が有する特有の災害脆弱性を示す代表的な事例といえます。 日本列島は長い海岸線をもち、沿岸域に人口や社会基盤が集中しています。能登半島と同様の環境をもつ地域は全国に多数存在します。したがって、今回の地震から得られた地形学的・測地学的・地理学的な新知見は、今後の沿岸域における災害想定や防災・減災政策の検討に直接的に役立つことが期待されます。   研究成果の内容 〈研究方法〉 広島大学大学院人間社会科学研究科の後藤秀昭教授を中心に、博士課程前期の牧田智大氏、千葉県立中央博物館の山中蛍研究員、福岡教育大学教育学部の岩佐佳哉講師、兵庫教育大学大学院学校教育研究科の小倉拓郎准教授、山口大学教育学部社会科教育講座の楮原京子准教授、岡山大学学術研究院教育学域(社会科教育)の松多信尚教授、金沢大学人間社会研究域地域創造学系の青木賢人准教授らで構成される研究チームは、2024年1月1日の能登半島地震の発生直後から、空中写真を用いて隆起海岸の詳細な地図化を行いました。あわせて、現地での観察や記録、隆起量の精密な計測を実施しました。さらに、海底地形データや地層探査記録を解析し、沿岸近傍に分布する海底活断層の位置と形状を明らかにしました。   〈主な成果〉 地震に伴い、能登半島の北岸では明瞭な地盤の隆起が確認されました。一方で、七尾湾や富山湾では隆起は認められませんでした。隆起によって新たに陸化した面積は約4.4平方キロメートル、隆起域の延長は約100キロメートルに及びます。陸化面積は、1804年に日本海で発生した象潟(きさかた)地震(図1)と同程度ですが、その延長は世界最長級であることが明らかになりました。 海岸線に沿って510地点で隆起量を計測した結果、隆起量は0.1〜5.2メートルで場所により異なりました(図2)。大きな隆起は北西端の猿山岬付近および北岸の鞍崎周辺で観測され、両側に向かって隆起量が減少する「山形」の分布を示しました。 さらに、海底地形データおよび地層探査データの解析から、隆起をもたらした活断層が海岸線にほぼ平行して連続的に延びていることが明らかとなりました(図2)。隆起量が特に大きかった場所は、断層線に近接する陸域に集中しており(図2,3)、南に傾斜した逆断層の活動によって隆起量分布が説明できることが確認されました。これらの特徴から、今回の地震は能登半島で過去数十万年間に繰り返し発生してきた地震の再来であることが示唆されます。   〈成果の優位性・社会/暮らしへの影響〉 2024年1月1日の能登半島地震は、沿岸域で発生した観測史上最大規模の内陸地震です。本研究では、海岸線のすぐ沖に位置する海底活断層の活動によって生じた海岸地形の変化を精密に捉えました。これは、地震・津波ハザード研究に新たな視点をもたらす重要な成果といえます。 従来、海岸線に極めて近い海底活断層は調査が難しく、十分に注目されていませんでした。本研究では、海底地形データの解析と陸上での地形調査を組み合わせることで、これらの断層の動きを初めて明瞭に捉えることに成功しました。この点で、手法的にも大きな優位性を有しています。 さらに、本研究成果は、地形変化による被害の拡大を抑えるための早期警戒体制の整備や、地域防災計画の見直しに直接貢献するものです。海岸部の隆起・沈降は、沿岸住民の津波避難行動、道路・防波堤・港湾施設などのインフラ設計、さらには耐震・耐津波性能評価に直結します。今後、沿岸自治体や関係機関が「海岸線近傍での断層活動の可能性」を防災計画に反映させる必要性を示す重要なメッセージとなります。   今後の展開 今後の研究では、本論文で示された海底活断層が2024年の地震時に実際に活動したことを示す直接的な証拠を、海底面のずれや変形の観測によって検証する必要があります。また、この活断層の活動周期や変位速度など、長期的な活動履歴を明らかにすることも重要な課題です。 さらに、他の沿岸域においても、海岸線近傍に存在する海底活断層の有無を調査し、地図化を進めることが求められます。従来の海底活断層調査は、主に海底下の地層構造に基づいて実施されてきましたが、陸上の活断層研究と同様に、海底地形の詳細な判読を組み合わせることで、これまで知られていなかった活断層の発見や、歴史地震の震源特定につながる可能性があります。   参考資料 図1海岸隆起を起こした地震(A)と2024年1月1日能登半島地震と余震(B) 図22024年地震の隆起量と海底活断層の分布 図3能登半島を北から3Dで見た様子(2024年隆起量と海底活断層)   用語解説 ※1)海岸隆起: 地震によって地盤が持ち上がる現象。海岸では、地震前に海水面の影響でできた痕跡(波の跡や海藻の付着跡など)が、地震後に海面より高い位置に現れることで、隆起の様子を確認できる。不動とみなせる海水面を基準に、これらの痕跡との高さの差を比べることで、地震による隆起量を知ることができる。   (※2)海底活断層: 海底にあり、過去に何度も動き、将来も活動すると考えられる断層。沿岸の近くに分布する場合、断層面が陸地の下まで延びていることもあり、地震のときには津波だけでなく強い揺れをもたらすことがある。   報道発表資料(772.46 KB) 掲載ジャーナル:Geomorphology 研究者ガイドブック(後藤 秀昭 教授)   【お問い合わせ先】 〈研究に関すること〉 広島大学大学院人間社会科学研究科教授後藤 秀昭 Tel:082-424-6658Fax:082-424-0320 E-mail:hgoto@hiroshima-u.ac.jp   千葉県立中央博物館展示課研究員山中 蛍 Tel:043-265-3111 E-mail: t_yamanaka@chiba-muse.or.jp   福岡教育大学教育学部講師岩佐 佳哉 Tel:0940-35-1299 E-mail:iwasa-y@fukuoka-edu.ac.jp   兵庫教育大学大学院学校教育研究科准教授小倉 拓郎 Tel:0795-44-2143 E-mail:togura@hyogo-u.ac.jp   山口大学教育学部社会科教育講座准教授楮原 京子 Tel:083-933-5325 Fax:083-933-5325 E-mail:k-kago@yamaguchi-u.ac.jp   岡山大学学術研究院教育学域(社会科教育)教授松多 信尚 Tel:086-251-7618 E-mail:matta@okayama-u.ac.jp   金沢大学人間社会研究域地域創造学系准教授青木 賢人 Tel:076-264-5330Fax:264-5362 E-mail:kentaoki@staff.kanazawa-u.ac.jp   〈報道に関すること〉 広島大学広報室 Tel:082-424-6762 Fax:082-424-6040 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp   千葉県立中央博物館 管理部企画調整課 Tel:043-265-3111 E-mail:kouhou_cbm@mz.pref.chiba.lg.jp   福岡教育大学経営政策課広報担当 Tel:0940-35-1205 E-mail:kouhou@fukuoka-edu.ac.jp   兵庫教育大学広報室 Tel:0795-44-2431 E-mail:office-koho@ml.hyogo-u.ac.jp   山口大学 広報室 Tel:083-933-5007Fax:083-933-5013 E-mail:sh011@yamaguchi-u.ac.jp   岡山大学 総務部広報課 Tel:086-251-7292 E-mail:www-adm@adm.okayama-u.ac.jp   金沢大学人間社会系事務部総務課 Tel:076-264-5466 E-mail:n-somu@adm.kanazawa-u.ac.jp

    • 医療/ヘルスケア
    2026.01.19
    • 医療/ヘルスケア
    血圧上昇に関わる分子が膀胱がんを進行させる可能性があることが明らかに -高血圧治療薬が膀胱がん治療に役立つ可能性-

    本研究成果のポイント 血圧調整を行う「AGTR1」という受容体が多いほど、膀胱がんが進行しやすく再発しやすいことを発見しました。 高血圧の治療に広く使われているアンジオテンシンII受容体阻害薬(ARB)が、「AGTR1」の発現が高い膀胱がんの進行を抑制し得る可能性を示しました。   概要 広島大学の研究チーム(広島大学 原爆放射線医科学研究所 疾患モデル解析研究分野 神沼 修教授、大学院生の山中 亮憲さんら)は、血圧調整に関わる遺伝子と膀胱がんの進行の関係を調べました。その結果、血圧調整の役割をもつ受容体「AGTR1」の発現が高い膀胱がんの患者さんは、治療成績が良くないことを見出しました。また「AGTR1」の発現が高い膀胱がん細胞は、血圧の上昇に作用するホルモンである「アンジオテンシンII(AngII)」の影響下で進行が早まる一方、高血圧の薬であるARBにより抑えられる可能性を示しました。この研究成果は、広島大学から論文掲載料の助成を受け、日本高血圧学会が出版する国際学術誌『Hypertension Research (Q1)』に掲載されました。   論文タイトル Angiotensin II Type 1 Receptor Signaling Promotes Bladder Cancer Progression and Its Inhibition by Losartan   著者 Ryoken Yamanaka, Kento Miura, Norimasa Yamasaki, Sawako Ogata, Megmi Nakamura, Toshiya Inaba, Anarkhuu Bold-Erdene, Uyanga Enkhbaatar, Fatemeh Beygom Mirkatouli, Shuka Miura, Naohisa Hosomi, Kohei Kobatake, Kenshiro Takemoto, Yuki Kohada, Ryo Tasaka, Tomoya Hatayama, Kazuma Yukihiro, Hiroyuki Shikuma, Kyosuke Iwane, Nobuyuki Hinata and Osamu Kaminuma* *:責任著者 DOI :10.1038/s41440-025-02535-y   背景 私たちの体の中では、さまざまなホルモンシステムが複雑かつ多様な働きをしています。その中のひとつ、「レニン-アンジオテンシン系」は、血圧や体液の調整に関わるホルモンシステムです。血圧が下がると、「レニン-アンジオテンシン系」により「アンジオテンシンII(AngII)」というホルモンがつくられ、これが細胞の表面にある「AGTR1」という受容体と合わさることで、血管を締めたり、水分や塩分をためる働きをして血圧を上昇させます。 この「AGTR1」の働きが、乳がんや肝臓がんなどを進行させる可能性が近年報告され始めています。実際に、膀胱がんの治療において、レニン-アンジオテンシン系に作用して高血圧を治療する薬剤を内服している患者さんでは、治療成績が良いことを示唆する臨床データが報告されていました。 しかし、「AGTR1」が本当に膀胱がんの進行に関わるのかは、その分子メカニズムも含め明らかにされていませんでした。   研究成果の内容 今回の研究では、さまざまながん患者さんの遺伝子情報を網羅した大規模データベースを用いて解析しました。「AGTR1」の発現が高い膀胱がんの患者さんは、発現が低い患者さんに比べて全生存期間が短いことが明らかとなりました。また、広島大学病院の患者さんの手術検体を用いた解析を行った結果、「AGTR1」の発現が高い膀胱がんの患者さんは、手術後の再発率が高いことがわかりました(図1)。 「AGTR1」の発現が高い膀胱がん細胞を人工的に作ったところ、それだけではがん細胞の挙動に変化はありませんでした。しかし、「AGTR1」に結合する血圧上昇ホルモンの「アンジオテンシンII(AngII)」を作用させると、「AGTR1」発現が低い膀胱がん細胞には影響がなかったのに対し、「AGTR1」発現が高い細胞は進行性が高まることがわかりました(図2)。   この「アンジオテンシンII(AngII)」と「AGTR1」の結合をブロックするアンジオテンシンII受容体阻害薬(ARB)という薬があり、既に高血圧治療に広く用いられています。そこで、ARBの一種である「ロサルタン」を作用させて同様の実験を行ったところ、「アンジオテンシンII(AngII)」による膀胱がん細胞の進行性が高まるのを抑えることができました。また、「AGTR1」に「アンジオテンシンII(AngII)」が結合することによって、細胞内の蛋白質リン酸化酵素ERKを介するシグナル伝達経路や、上皮間葉転換、エネルギー代謝に関わる経路が活性化され、それらが膀胱がん細胞の進行性に大きく関わっていることが明らかになりました。 次に、この膀胱がん細胞を皮下移植したマウスモデルを作って調べたところ、「AGTR1」発現の高いがん細胞では、それが低い細胞に比べて腫瘍が増大することがわかりました。また、これらのマウスに「ロサルタン」を内服させることによって、「AGTR1」を高発現する膀胱がん細胞の腫瘍増大が抑制される傾向がみられました(図3)。   今後の展開 「ロサルタン」をはじめとするARBは、既に高血圧治療に広く用いられている安全安価な薬剤です。膀胱がん細胞における「AGTR1」の発現量を早期に調べることで、患者さんの治療成績を向上できる可能性や、「AGTR1」の発現が高い患者さんに対する新たな治療薬として、ARBが役立つ可能性についての検証が期待されます。今後は、前向き研究に基づいた患者さんのデータ集積を行うことが重要となります。   参考資料 レニン-アンジオテンシン系:血圧や体液量の調節に関わるホルモンシステム。 AGTR1:血圧上昇ホルモンであるAngIIの受容体。 ARB:AngIIとAGTR1の結合をブロックすることで血圧上昇を抑制し、高血圧治療に使用される薬剤。ロサルタン、テルミサルタンなど。 ERK:細胞が生存、増殖するための細胞内シグナルを伝える蛋白質リン酸化酵素。 上皮間葉転換:上皮細胞が形質転換して間葉系細胞(結合組織など)の特徴を獲得するプロセス。細胞の接着性が低下し、運動性が高まることで、がん細胞の周辺組織への拡がり(浸潤)や、血液・リンパ流を介した他臓器への転移(遊走)に関わる。   図1:広島大学病院で膀胱がん摘出手術を受けた55人の患者さんのがん組織を調べたところ、34人(61.8%)のがんがAGTR1を高発現していました(A)。また、AGTR1の発現が高い患者さんのグループは、術後の再発、転移までの期間が有意に短い結果となりました(B)。 図2:AGTR1を高発現する膀胱がん細胞を人工的に作り、浸潤能(周囲組織へ広がっていく能力)を調べました。AGTR1の発現が高い細胞(◆)では、AngIIを投与すると浸潤能が高まることが明らかになりました。 図3:AGTR1を高発現する膀胱がん細胞をマウスの皮下に移植し、ロサルタンの効果を調べました。ロサルタンを投与したマウス(●)では、投与していないマウス(◆)に比べ、腫瘍の増大が抑制される傾向がみられました。   報道発表資料(333.07 KB) 掲載ジャーナル:Hypertension Research 研究者ガイドブック(神沼 修 教授)   【お問い合わせ先】 広島大学原爆放射線医科学研究所疾患モデル解析研究分野 教授神沼修 Tel:082-257-1556FAX:082-255-8339 E-mail:okami@hiroshima-u.ac.jp

    • 海洋
    2026.01.14
    • 海洋
    海洋下のマントルに由来する岩石中に有機物を発見 ―上部マントル中での生物が関与しない有機物合成の証拠―

    概要 京都大学大学院理学研究科 三津川到 博士課程学生、三宅亮 同教授、伊神洋平 同准教授を中心とし、京都大学、広島大学*、立命館大学、東北大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)、早稲田大学、東京大学、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所のメンバーで構成される共同研究チームは、南太平洋タヒチ島で採取されたマントル捕獲岩中の包有物から、多環芳香族炭化水素を主体とする有機物を発見しました。地球のマントル内部で生物とは無関係に有機物が合成されている可能性は古くから指摘されてきましたが、海洋下のマントルに由来する天然のマントル物質からそのような有機物を検出した例は極めて限られていました。本研究では、放射光X線CTや顕微ラマン分光法などの分析手法を用いて、マントル捕獲岩中の微小な包有物を解析しました。その結果、包有物内に多環芳香族炭化水素を主体とする有機物が、二酸化炭素や一酸化炭素とともに分布していることを明らかにしました。本成果は、生物が関与しない有機物合成が、海洋下のマントルでも起こり得ることを示すものであり、マントル内における有機物合成過程の全容解明に向けた重要な手掛かりとなることが期待されます。 本研究成果は、2026年1月14日午前10時(英国時間)に英国の国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。   *広島大学大学院先進理工系科学研究科 秋澤紀克 准教授 図1 (a) マントル捕獲岩とは、マグマが地表に上昇する際に通過する火道の内壁の岩石がマグマ中に取り込まれ、地表に運ばれてきた岩石のことである。 (b) 今回分析した包有物の放射光X線ナノCT画像。マントル捕獲岩の構成鉱物である単斜輝石の中に白金族鉱物、Fe-Ni-Cu硫化鉱物、ケイ酸塩ガラス、CO2+CO+有機物から成る包有物が観察される。   背景 1870年代に、元素周期表で有名なドミトリ・メンデレーエフは、地球のマントル内部で生物が関与することなく有機物が合成される可能性を指摘しました。その後、2000年代以降には、マントル内の高温高圧条件(数百度~数千度、数 GPa)を再現した室内実験により、炭酸塩や鉄酸化物、水などの無機物から有機物が生成されることや、低分子有機物が重合してより複雑な有機物を形成することが示されてきました。一方で、マントル内における有機物合成を直接的に裏付ける証拠としては、マントル由来の岩石中の包有物1から有機物を検出することが挙げられます。しかし、これまでに有機物を含む包有物の報告例は、大陸下のマントルに由来する岩石など、ごく限られた地域にとどまっていました。   研究手法・成果 本研究では、フランス領ポリネシア・タヒチ島産のマントル捕獲岩2中に含まれる単斜輝石3内の微小な包有物(2–3マイクロメートル以下)を対象に、放射光X線ナノCT4、顕微ラマン分光法5、蛍光顕微鏡、走査透過型X線顕微鏡法(STXM)6など、複数の分析手法を用いて詳細な解析を行いました。大型放射光施設SPring-87(BL47XU)における放射光X線ナノCT撮影の結果、包有物は白金族鉱物8、Fe-Ni-Cu硫化鉱物、ケイ酸塩ガラス、およびそれらと共存する軽元素物質で構成されていることが明らかとなりました(図1)。さらに、この軽元素物質について顕微ラマン分光法、蛍光顕微鏡、およびKEKの放射光施設フォトンファクトリー9(BL-19A)に設置されたSTXMを用いて詳細に分析したところ、多環芳香族炭化水素10を主体とする複雑な有機物が、二酸化炭素や一酸化炭素と共存していることがわかりました(図2~図4)。本研究では、鉱物中に完全に包有された状態で有機物を検出したことから、これらの有機物が地表付近や分析過程に由来する汚染ではなく、マントル内部で生成されたものである可能性が高いことが示されました。これにより、生物が関与しない有機物合成が、海洋下のマントルでも起こり得ることが示されました。   波及効果、今後の予定 本研究成果は、これまで十分に解明されてこなかったマントル内における生物が関与しない有機物合成プロセスの全体像を理解するための重要な手がかりとなることが期待されます。特に、地球のマントルの大部分を占める海洋下のマントルに由来する岩石中に有機物が保存されていることが示された点は、極めて意義深い成果です。今後、同様の報告例が蓄積されていくことで、マントル内部で実際に合成される有機物の分子構造や、その形成環境・反応条件について、より詳細な理解が進むと期待されます。また、これらの理解が深化すれば、石油などのエネルギー資源の形成過程や地球規模の炭素循環、さらには生命の起源といった地球科学における根源的な未解明問題の解明にも寄与する可能性があります。今後は、高温高圧実験により今回発見された有機物の特徴を再現し、どのような物理・化学条件下で、どのような反応過程を経て有機物が合成されるのかについて、より詳細に検討を進めていく予定です。   研究プロジェクトについて 本研究は以下の支援により遂行されました。科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム (JPMJSP2110)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費(JP20H00198, JP25H00688, JP23K25963)、大型放射光施設SPring-8長期課題(課題番号 2021B0188, 2022A0188, 2022B0188, and 2023B0318)、放射光施設フォトンファクトリー S2課題(課題番号 2023S2-001)。   用語解説 1包有物:鉱物の中にとりこまれた流体、または固体のこと。主に鉱物の成長過程や、鉱物の割れ目が修復される際に取り込まれ、鉱物が形成、あるいは分布していた当時の環境を推定するうえで重要な情報源となる。   2マントル捕獲岩:マントル内から地表へマグマが上昇する際、その通路(火道)の内壁を構成していたマントル物質の一部がマグマに取り込まれ、地表まで運ばれた岩石。掘削では到達不可能なマントルの情報を直接得ることができる重要な試料である。   3単斜輝石:マントル捕獲岩を構成する主要な鉱物の一種。主にカルシウム、マグネシウム、鉄、ケイ素、酸素などにより構成される。   4放射光X線ナノCT:X線CTとは、試料を様々な方向からX線で撮影し、計算機処理によって内部構造を三次元的に再構成する手法である。放射光X線ナノCTでは、放射光と呼ばれる高輝度X線を光源として用い、さらにX線レンズで像を拡大することで、数十~数百ナノメートルの空間分解能で試料内部を可視化できる。   5顕微ラマン分光法:ラマン分光法とは、試料に可視光を照射した際に生じるラマン散乱光を解析することで物質の種類や構造を明らかにする手法である。顕微ラマン分光法では顕微鏡と組み合わせることで、約1 マイクロメートル程度の微小領域からの情報を取得することが可能である。   6走査透過型X線顕微鏡法(STXM):数十ナノメートル程度に集光したX線(放射光)を試料に照射し、試料を走査しながら透過X線を測定する手法。X線エネルギーを変化させながら測定することで、X線吸収端近傍構造(XANES)スペクトルを取得でき、有機物中の化学結合状態や官能基の情報を解析できる。   7大型放射光施設SPring-8:理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。   8放射光実験施設フォトンファクトリー:KEKつくばキャンパスにある放射光施設。電⼦加速器から⽣まれる放射光で、物質・⽣命の構造から機能発現のしくみを明らかにする研究を推進している。PF リング(2.5 GeV)、PF アドバンストリング(PF-AR, 6.5 GeV)という、特徴ある2つの放射光専⽤の光源加速器を有し、KEKで培ってきた放射光技術・加速器技術により世界最先端の研究の場を提供している。   9白金族鉱物:白金(Pt)やイリジウム(Ir)などの白金族元素を主成分とする鉱物。マントル捕獲岩中では産出頻度が低いが、マントル内のプロセスや核-マントル相互作用を解明するうえで注目される鉱物である。   10多環芳香族炭化水素:芳香環が複数つながった化学物質の総称。主に燃焼過程で生成され、大気、水、土壌などの環境中に広く分布する。   論文情報 タイトル:Abiotic polycyclic aromatic hydrocarbons originating from the sub-oceanic mantle(海洋下のマントルに由来する多環芳香族炭化水素) 著 者:Itaru Mitsukawa, Akira Miyake, Yohei Igami, Tetsu Kogiso, Norikatsu Akizawa, Junya Matsuno, Megumi Matsumoto, Akira Tsuchiyama, Kentaro Uesugi, Masahiro Yasutake, Tomoki Taguchi, Yoshio Takahashi, Shohei Yamashita, Shota Okumura 掲 載 誌:Scientific Reports DOI:10.1038/s41598-025-32798-x   参考図表 図2 包有物から取得したラマンスペクトル(下向きの赤三角が有機物に由来) 図3 蛍光顕微鏡像。白矢印で示した部分で包有物内の有機物が強い蛍光を示す。 図4 STXMの分析結果。(a) 280 eVのX線の吸収量を示すマップ (b) 芳香族炭素(赤)、一酸化炭素(緑)、二酸化炭素(青)の分布を示すマップ (c) 包有物の部分から得られた炭素(K吸収端)のXANESスペクトル。   報道発表資料(2.13 MB) 掲載ジャーナル:Scientific Reports 研究者ガイドブック(秋澤 紀克 准教授)   【お問い合わせ先】 <研究に関するお問い合わせ先> 三津川到(みつかわ いたる) 京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻・博士後期課程3年 TEL:075-753-4159 E-mail:mitsukawa.itaru.c11*kyoto-u.jp   秋澤紀克(あきざわ のりかつ) 広島大学大学院先進理工系科学研究科准教授 TEL:082-424-7466 E-mail:akizawa*hiroshima-u.ac.jp   <報道に関するお問い合わせ先> 京都大学広報室国際広報班 TEL:075-753-5729FAX:075-753-2094 E-mail:comms*mail2.adm.kyoto-u.ac.jp   広島大学広報室 TEL:082-424-3749FAX:082-424-6040 E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp   東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室 TEL:022-795-6708 E-mail:sci-pr*mail.sci.tohoku.ac.jp   高輝度光科学研究センター(JASRI)利用推進部普及情報課 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786 E-mail:kouhou*spring8.or.jp   早稲田大学広報室 TEL :03-3202-5454 E-mail :koho*list.waseda.jp   高エネルギー加速器研究機構広報室 TEL:029-864-6047 E-mail:press*kek.jp   (*は半角@に置き換えてください)

    • 医療/ヘルスケア
    • 教育/人材育成
    2022.07.12
    • 医療/ヘルスケア
    • 教育/人材育成
    医療系学生のための「感染症教育VR」教材を制作!~広島大学における実証授業でVR教材の効果を検証~

    本研究成果のポイント 「感染症対策」を共通テーマとして、部門横断型の医療教育VRを制作しました。 本VRによる学習を行った学生は、従来の講義形式の学習を行った学生に比べ、より正しく感染対策を実践できていることを検証しました。 本学では感染症に強い人材を早期段階から育成していきます。   概要 広島大学病院(広島県広島市、感染症科教授:大毛宏喜 他)は株式会社ジョリーグッド(東京都中央区、代表取締役:上路健介、以下 ジョリーグッド)に撮影と編集を委託し、新型コロナウイルスを含む「感染症対策」を共通テーマとして、「医学」「看護」「歯学」「薬学」「リハビリ」の5部門横断型の医療教育VRを制作しました。360°カメラによって撮影された現場の映像を元に、CGによりウイルス・細菌の飛沫や付着を表現しています。医療スタッフの目線のみならず患者視点でも、感染症のリスクをリアルに体験できる教育コンテンツを目指して各部門職員が脚本、出演、演出および監修をしました。   また、広島大学において、医学生を対象に今回開発した医療教育VRを用いた実証授業と医学部共用試験OSCE(オスキー)形式の実技試験を組み合わせた実証実験を行ない、VRによる学習を行った学生は、従来の講義形式の学習を行った学生に比べ、より正しく感染対策を実践できていることを検証しました。   今後、広島大学では、疑似体験によって高い教育効果が得られるVR教材を積極的に活用して医学生の実技レベルを飛躍的に向上させ、臨床実習にて自信を持って患者診療が行える学生医「スチューデント・ドクター」を輩出するなど、感染症に強い人材を早期段階から育成していきます。   本研究成果は、2022年7月12日付けで「American Journal of Infection Control」誌のオンライン版に掲載されました。   論文情報 掲載誌: American Journal of Infection Control 論文タイトル: Virtual reality as a Learning Tool for Improving Infection Control Procedures ​​​著者: Keitaro Omori*, Norifumi Shigemoto, Hiroki Kitagawa, Toshihito Nomura, Yuki Kaiki, Kentaro Miyaji, Tomoyuki Akita, Tomoki Kobayashi, Minoru Hattori, Naoko Hasunuma, Junko Tanaka, Hiroki Ohge*責任著者 DOI: 10.1016/j.ajic.2022.05.023 (7月12日に本学霞キャンパスで記者説明会を開催。左から広島大学の繁本准教授・蓮沼教授・大森診療講師、ジョリーグッドの細木部長)   報道発表資料(661.27 KB) 広島大学研究者ガイドブック ( 大毛 宏喜 教授) 論文掲載ページ (American Journal of Infection Control)に移動します   【お問い合わせ先】 <研究に関すること> 広島大学病院 感染症科 教授 大毛宏喜 Tel:082-257-1613 E-mail:ohge*hiroshima-u.ac.jp   <製品・技術等に関すること> 株式会社ジョリーグッド広報担当 Tel:050-5477-7697 E-mail: press*jollygood.co.jp   <報道に関すること> 広島大学広報室 Tel:082-424-3701 E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp   株式会社ジョリーグッド広報担当 Tel:050-5477-7697 E-mail: press*jollygood.co.jp   (注: *は半角@に置き換えてください)

    • 医療/ヘルスケア
    2025.11.06
    • 医療/ヘルスケア
    歯科治療後の顔面痛、原因物質をブロックして予防に成功 ―痛くなる前に防ぐ、全く新しい治療戦略へ―

    本研究成果のポイント 歯科治療後に起こる顔の痛み「外傷後三叉神経ニューロパチー」の原因を明らかにしました。これまでは「痛みが発症してから抑える」治療法しかなかった病気ですが、今回の研究成果により「痛みを未然に防ぐ予防」への全く新しい治療戦略が期待されます。   概要 広島大学大学院医系科学研究科薬効解析科学の麻 思萌 現・育成助教(当時・大学院生)、中村 庸輝 助教、中島 一恵 助教、森岡 徳光 教授の研究グループは、歯科治療後にまれに起こる強い顔の痛み「外傷後三叉神経ニューロパチー」の原因と予防法を、マウスを使った実験で明らかにしました。神経が傷つくと「HMGB1」という物質が放出され、それが「RAGE」という受容体と結びつくことで、炎症が起こり、痛みが慢性化することがわかりました。研究では、神経損傷の直後にRAGEの働きを止める薬を神経の近くに投与することで、痛みの発症を完全に防ぐことに成功しました。さらに、この薬は神経の周囲だけでなく、脳内の痛みを増幅させる細胞の働きも抑えることが確認されました。これにより、従来の「痛みが発症してから抑える治療」から「痛みを未然に防ぐ予防」への新しい治療戦略が期待されています。今後は人への応用に向けて、安全性や効果の検証が進められます。     背景 私たちの顔には、三叉神経という神経が通っています。これは、顔に触れたときの感覚(温度や痛みなど)を脳に伝える役割を持っていますが、親知らずの抜歯やインプラント治療などの歯科治療時、偶発的に三叉神経が傷ついてしまうことがあります。これが原因となり、食事や会話、洗顔といった日常のわずかな刺激で耐え難い激痛が走る「外傷後三叉神経ニューロパチー」という病気を発症することがあります。この痛みは、患者の生活の質(QOL)を著しく低下させるだけでなく、うつ病や不安障害を引き起こすこともあります。 これまで、この痛みに対する治療は抗てんかん薬や抗うつ薬などの薬物療法が中心でしたが、効果は限定的で、めまいや眠気といった副作用も大きな課題でした。さらに、痛みが慢性化するのを未然に防ぐための有効な予防法は確立されておらず、神経損傷のリスクがある患者に対する新たな予防戦略の開発が強く求められていました。     研究成果の内容 本研究グループは、外傷後三叉神経ニューロパチーにおいてどのようなメカニズムで痛みが発生するのかを解明し、そしてその予防法を確立することを目指しました。 そもそも、「痛み」を人間が感じるメカニズムの一つとして、「HMGB1」と「RAGE」という物質が関わっています。HMGB1は細胞の中にあるたんぱく質の一種で、RAGEは細胞の表面にある受容体(センサーのような役割)です。HMGB1は細胞の中にあるので、細胞が傷つくと外に出てきます。すると、それを感知したRAGEが「体に異常がおきている」と判断し、炎症反応を引き起こします。このようなメカニズムから、HMGB1は「痛みの警報物質」とも呼ばれています。 そこで私たちは、RAGEがHMGB1を感知する前に、その働きを弱めることができれば、痛みを軽減できるのではないかと考えました。まず、歯科治療後に起こる痛みを再現するために、マウスの顔の神経を傷つけたマウスモデル(眼窩下神経を損傷したモデル)を作製しました。その後、一部のマウスにのみ、神経を傷つけた直後(当日と2日後)に、RAGEの働きを阻害する薬物(RAGE阻害薬)を、傷つけた神経の周辺に直接投与しました。その結果、RAGE阻害薬を投与しなかったマウスでは、顔を頻繁にこすったり、冷たい刺激に対する強い反応といった症状が、雄雌ともに確認されました。これに対し、RAGE阻害薬を投与したマウスでは、これらの痛みの行動が全て、性別に関わらずに抑制されました(図1)。この結果は、RAGEの働きを初期段階で弱めることが、痛みを防ぐ上で重要であることを示しています。 図1:RAGE阻害薬の予防投与による痛み様行動の抑制効果 神経損傷マウスにRAGE阻害薬を予防的に投与した際の、痛みの強さを示す行動の変化。(左)自発的な痛み(顔を毛繕いする時間)と(右)冷たい刺激に対する痛み反応を評価した結果。神経損傷のみのマウス(黒)では、対照マウス(白色)に比べて痛みの行動が著しく増加しましたが、RAGE阻害薬を投与したマウス(灰色)では、これらの痛みの行動が有意に抑制されました。本図は雄マウスのデータですが、雌マウスにおいても同様の抑制効果が確認されています。(本研究成果の論文中の図を改変) ここまでで、RAGEの働きを弱めると痛みが抑制されることが分かりましたが、次に、この痛み予防効果の背景にあるメカニズムを解明するため、免疫細胞の活動を詳細に解析しました。まず、マウスの傷つけた神経の周辺を調べたところ、RAGE阻害薬を投与しなかったマウスでは、炎症を引き起こす主要な免疫細胞である「マクロファージ」が過剰に集まっていることが確認されました。しかし、RAGE阻害薬を投与したマウスでは、このマクロファージの集まりが劇的に抑制されていました(図2)。 図2:RAGE阻害薬による神経損傷部位でのマクロファージ集積の抑制効果 損傷した三叉神経の周囲に集まる免疫細胞「マクロファージ」の様子(白色部分)。対照マウス(左)と比較して、神経損傷のみのマウス(中央)ではマクロファージが過剰に集積し、強い炎症反応が起きています。一方、RAGE阻害薬を投与したマウス(右)では、このマクロファージの集積が大幅に抑制されていることが分かります。(本研究成果の論文中の図を改変) さらに、神経からの痛みの情報が脳に伝わる最初の中継地点である「脳幹(三叉神経脊髄路核尾側亜核)」に注目しました。すると、神経が傷ついたことに反応して、脳幹に存在する免疫細胞「ミクログリア」が活性化し、その細胞数が異常に増加していることが分かりました。これは痛みの信号が増幅され、慢性化する「中枢性感作」と呼ばれる現象の証拠です。驚くべきことに、末梢神経周辺に投与したRAGE阻害薬は、この脳幹におけるミクログリアの活性化をも抑制していました(図3)。 図3:RAGE阻害薬による脳幹でのミクログリア活性化の抑制効果 痛みの情報が脳に伝わる中継地点「脳幹」における免疫細胞「ミクログリア」の様子(白色部分)。対照マウス(左)のミクログリアは活動が穏やかな「休止状態」ですが、神経損傷のみのマウス(中央)では、細胞が大きく形も変化した「活性化状態」になっています。末梢神経に投与したRAGE阻害薬は、この脳幹におけるミクログリアの活性化も強く抑制しました(右)。(本研究成果の論文中の図を改変) これらの結果から、 ①神経が傷ついた時に放出されたHMGB1がRAGEに結合し、 ②末梢神経でマクロファージによる過剰な炎症を引き起こし、 ③その情報が脳幹に伝達されてミクログリアを活性化させ、痛みを慢性化させる、 という一連のメカニズムが明らかになりました。 そして、神経損傷の直後にRAGEの働きを阻害することで、この負の連鎖を断ち切り、痛みの発症を未然に防ぐことができるという、全く新しい予防戦略の有効性が示されました。     今後の展開 今後は、ヒトでの臨床応用を目指し、安全性と有効性の検証を進めていきます。本研究で標的とした受容体「RAGE」は、アルツハイマー病など他の疾患の治療標的としても研究が進められており、それらの治療薬として開発された薬剤を応用することで、本予防法の早期実用化が期待されます 。また、本予防法は損傷した神経の周辺に薬剤を局所投与するため、全身性の副作用を低減できる可能性も秘めています。 本予防戦略は、歯科治療後の顔面痛だけでなく、様々な難治性疼痛へも展開できる可能性があるため、将来的にはより幅広い医療分野において、痛みの「治療」から「予防」へのパラダイムシフトを促すものと期待されます。     参考資料 掲載誌:Biochemical Pharmacology 論文題目:Preventive effect of RAGE antagonists on distal infraorbital nerve injury-induced pain behaviors of male and female mice 著者: Simeng Ma, Yoki Nakamura*, Takahiro Kochi, Suzuna Uemoto, Yume Miura, Zhaojing Wang, Kazue Hisaoka-Nakashima, Norimitsu Morioka* 掲載日:2025 年 12 月 (オンライン先行公開日:2025 年 8 月 14 日) DOI:10.1016/j.bcp.2025.117242 本研究成果は、広島大学から論文掲載料の助成を受けています。   【プレスリリース】歯科治療後の顔面痛、原因物質をブロックして予防に成功ー痛くなる前に防ぐ、全く新しい治療戦略へー.pdf(1.03 MB) 掲載誌:Biochemical Pharmacology 研究者ガイドブック(中村 庸輝 助教)   【お問い合わせ先】 広島大学大学院医系科学研究科薬効解析科学 助教中村庸輝 Tel:082-257-5312 E-mail:nakayoki@hiroshima-u.ac.jp   広島大学大学院医系科学研究科薬効解析科学 教授森岡徳光 Tel:082-257-5310FAX:082-257-5314 E-mail:mnori@hiroshima-u.ac.jp

    • 素材
    2025.10.23
    • 素材
    トポロジー理論を用い、 編物の強靭性を高める

    この研究成果は2025年10月23日に、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)主催で開催されました新技術説明会に出展しました。   新技術の概要編物の強靭性はその編物を構成する糸の素材に強く依存するが、利用可能な素材は編物の用途に応じて限定される。編物を構成する糸の素材ではなく、編物を構成する編み目等の構造の選択によって、編地の機械的強度を高めることができれば、素材が限定された場合でも編物の強靭性を高めることができる。   本技術はトポロジー理論に基づいて編み目の構造を選択し、強靭性の高い編地を提供するものである。     従来技術とその問題点 編物の強靭性はその編物を構成する糸の素材に強く依存する 従来、編物の強靭性等の機械的性質について、編み目構造レベルでの研究が行われている 編物の機械的性質に係るメカニズムについては解明されていない → 素材依存による強度の限界 → 利用可能な素材は編物の用途に応じて限定される → 素材選択でコスト増・用途制限・耐久性不足が発生   新技術の特徴・従来技術との比較素材ではなく構造設計で編物の強靭性を付与   トポロジー(位相幾何学)理論で構造設計 素材依存によらず強靭性付与 素材選択の自由度の拡大 素材選択に制約が有っても強靭性向上可能 →軽量・高強度・コスト削減の実現   新技術について編物の機械的性質に係るメカニズムの解明 トポロジー(位相幾何学)的に同一である糸同士の絡み構造の編物は、高い強靭性を有し、局所的な破断や劣化を抑制することが可能 編地の素材となる糸の性質に依存することなく、編地の機械的特性を高めることができる 素材のコストを低減しつつ、編地およびこれを用いる編物の機械的強度を向上させることができる   トポロジー的に同一とは 図形や空間の連続的な性質に着目する位相幾何学の観点から同じ形であることを表し、切ったり貼り合わせたりすることなく、物体の形を自由に伸ばしたり縮めたりねじったりして同じ形にできる ことをいう 編地を構成する糸同士の絡み構造についてトポロジー的な同一性を考える それぞれの絡み構造について、空間的なつながり方が同じであることを、トポロジー的に同一であるという   編み物や織物は結び目が二次元に広がった構造をしている   結び目は右手、左手のキラリティを持つ場合がある   複数の結び目はキラリティが同じ場合と異なる場合がある   加わる力、エネルギーとキラリティの関係   引張試験の結果 同じ素材で作られた編物でも絡み構造の違いによって機械的強度が異なる   想定される用途 安全・安心社会への貢献 (防弾チョッキ、防刃ベスト、消防服、作業着等) 輸送・モビリティ分野 (材料の軽量化、タイヤ、シートベルト等) 環境・持続可能性 (リサイクル材料の高強度化、長寿命の布地等) その他の展開可能性 (スポーツ用品、医療用素材 等) 企業様への貢献 用途別最適設計、規格適合化、量産プロセス等の共同研究による貢献 共同研究、ライセンス、委託研究、技術者・研究者受入、技術指導等に柔軟に対応可能 軽量・高強度・コスト削減への貢献 新素材研究との相互補完 新市場開拓、環境対応などへの貢献   本技術に関する知的財産権 2025年9月16日 特許出願済み 出願人:広島大学、早稲田大学 発明者:井上克也 他2名   研究者井上克也 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 教授

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • バイオエコノミー
    2026.05.08
    • 環境エネルギー
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    • バイオエコノミー
    広島大学の丸山史人教授が、米国エネルギー省JGI 2026 年度Community Science Program大型研究支援に世界でわずか14 件の採択プロジェクトの一つに日本から唯一採択 ~未解明の地下水微生物研究で国際競争を勝ち抜く快挙~

    ポイント 米国エネルギー省(Department Of Energy; DOE) Joint Genome Institute (JGI)の2026年度Community Science Program (CSP)大型研究支援公募において、世界でわずか14件の採択プロジェクトの一つに広島大学・丸山史人(まるやまふみと)教授の提案が選出されました。日本からの採択は丸山教授の1件のみです。 過去の採択実績では、プリンストン大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)、 スタンフォード大学、カリフォルニア大学バークレー校など海外トップクラスの研究機関の教授が多く、今回はプリンストン大学、シカゴ大学、デューク大学、米国やフランスの国立研究所などの研究者が参画しており、国際的にも極めて競争率が高く名誉ある成果です。 DOE-JGIのCSPプログラムでは、数十万~数百万ドル相当の大規模ゲノム解析、ハイスループットDNAシーケンス、計算資源などの支援が採択課題に無償提供されます。 CSP採択プロジェクトの多くは研究成果をNatureやScienceといった世界最高峰の学術誌に発表しており(https://jgi.doe.gov/user-science/publications)、質の高い国際共同研究が推進されています(※例:JGIによるソルガム(バイオエネルギー作物)ゲノム解析研究が2009年にNature掲載)。 丸山教授の採択課題は、未培養で未知の地下水生微生物Patescibacteria門を対象に、その共生的な生態をゲノム解析によって解明し、地下環境での物質循環の役割に迫る革新的研究です。環境中の膨大な未解明微生物の機能解明を通じ、物質循環・環境微生物学に新たな展開が期待されます。 日本からCSP大型枠に採択される例は極めて稀であり、広島大学からの採択は国際舞台における国内研究者の存在感を示す画期的な成果と言えます。   概要広島大学IDEC国際連携機構の丸山史人教授の研究プロジェクトが、米国エネルギー省(DOE)の合同ゲノム研究所(Joint Genome Institute, JGI)による2026年度コミュニティ・サイエンス・プログラム(CSP)大型研究支援公募において、世界14件の採択プロジェクトの一つに選ばれました。日本からの採択は本件のみで、他の採択者には、プリンストン大学、シカゴ大学、デューク大学、米国やフランスの国立研究所など世界的トップクラスの研究機関の教授らが名を連ねています。また、過去の採択者にも日本国内の研究者がプロジェクトの代表となっている例は確認されていません。CSP大型公募は、エネルギーの持続可能性、気候変動への対応、水・環境資源の保全といった地球規模課題の解決(DOEミッションの内容を反映)に資する大規模ゲノム科学プロジェクトを世界中から募るもので、その採択は極めて狭き門を突破したことを意味します。本採択により、丸山教授のチームはDOE-JGIから大規模なゲノム解析支援を無償提供され、最先端の環境ゲノム研究を推進します。   背景DOE-JGIはカリフォルニア州ローレンスバークレー国立研究所に拠点を置く、米国エネルギー省の合同ゲノム研究施設です。CSP(コミュニティ・サイエンス・プログラム)はDOE-JGIの主要なユーザープログラムであり、世界中の研究者が提案する斬新なゲノム科学プロジェクトに対し、シーケンス解析やデータ解析といったサービスを無償提供するものです 。特に「大型(Large-Scale)」枠の公募では、数年スケールで大量のゲノムデータを生成する野心的な提案が求められます。このCSPは、毎年公募、採択される年1回の大型公募であり、2026年度においては世界中から応募が寄せられ、その中から厳正な国際ピアレビューを経て14件のみが採択されました。また、CSP採択プロジェクトは過去に数多く画期的な成果を生み出しており、その成果論文がNature、Scienceといった著名科学誌に掲載される例も少なくありません。こうした背景から、本プログラムへの採択は研究資源の獲得だけでなく、研究の国際的な評価・発信につながる名誉ある業績と位置付けられています。 日本からDOE-JGI CSPに採択される事例はきわめて少なく、本件は数年ぶりの快挙となりました。広島大学の丸山教授の採択は、日本の環境ゲノム・微生物研究が国際舞台で高く評価された証と言えます。   研究内容今回採択された丸山教授の研究課題は、「未培養Patescibacteria門微生物の地下水における物質循環機能の解明:共生的相互作用の解析を通じて」(原題:Uncovering the roles of uncultivated Patescibacteriota in groundwater biogeochemical cycling through the analysis of symbiotic interactions)です 。Patescibacteria門(分類学上はPatescibacteriotaとも呼称)は、近年存在が明らかになった超小型細菌群で、培養が困難な「未培養微生物」の一大系統です。これらの細菌はゲノムサイズがわずか0.5~1.0百万塩基対程度(100-300nm)と極端に小さく、他の生物に普通存在する必須遺伝子の多くを欠失しており、その大半が他の微生物に寄生・共生する形で生存していると考えられています 。しかし、こうした極小細胞の微生物が地下水環境でどのような役割を果たし、他の微生物とどのように関わっているのかは未解明のままでした。 丸山教授らのプロジェクトでは、JGIの支援する大規模ゲノム解析技術を駆使し、地下水中のPatescibacteria門細菌およびその共生相手となる微生物群集のDNAを包括的に解析します。具体的には、地下水試料からメタゲノム解析を行い高品質なゲノム配列を再構築することで、Patescibacteria門に属する複数種のゲノム情報を取得し、そこに潜む代謝経路や相互作用遺伝子を明らかにします。また、得られたゲノムから推定される機能に基づき、Patescibacteriaが共生相手からどのような栄養素や代謝産物をやりとりしているのか、逆に地下水中の炭素・窒素など物質循環プロセスに与える影響を解明することを目指します。さらに、必要に応じて単一細胞ゲノム解析や分子生態学的手法も組み合わせ、Patescibacteria門細菌と他の微生物との共生関係の実態に迫ります。本研究により、地下深部の環境で長らくブラックボックスとされてきた微生物生態系の一端が解明され、新規微生物の機能や進化の謎に光を当てることが期待されます。   今後の展開丸山教授のプロジェクトは、2026年度からDOE-JGIの支援のもと本格始動します。今後数年間でテラバイト級のDNAシーケンスデータが産出され、人工知能(AI)も活用した大規模データ解析により、地下水中微生物の未知の生態が次第に明らかになっていく見込みです。得られた知見は、地下環境における炭素循環や養分循環モデルの高度化、さらには環境浄化や資源エネルギー分野への応用に貢献することが期待されます。また、本採択を契機に広島大学はDOE-JGIや海外トップ研究者との連携を一層深め、国際共同研究の展開や本課題の共同受賞者であるスマートソサイエティ実践科学研究科博士課程2年の福士宗幸氏を含めて、人材交流を促進していきます。将来的には、本プロジェクトの成果論文を国際学術誌へ発表し、広島大学発の環境ゲノム研究として世界に発信する予定です。丸山教授は「本研究により、地下に広がる未知の微生物世界の解明が進み、環境微生物学のフロンティアを切り拓きたい」と抱負を述べています。本学は引き続き最先端研究を通じて地球規模課題の解決に貢献していきます。   <Joint Genome Institute(JGI)の公式発表ページはこちら> https://jgi.doe.gov/user-science/science-stories/jgi-announces-fy26-large-scale-portfolio-our-community-science-program   報道発表資料(240.68 KB) 研究者ガイドブック(丸山 史人教授)   【お問い合わせ先】 広島大学 IDEC国際連携機構環境遺伝生態学研究分野 教授丸山史人(まるやまふみと) E-mail:fumito*hiroshima-u.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください)

    • 食料/農林水産業
    • バイオエコノミー
    2026.05.05
    • 食料/農林水産業
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    ゼニゴケのクローン繁殖を誘導する遺伝子を発見 ―農作物種を含むさまざまな植物への応用に期待―

    【本研究成果のポイント】 ゼニゴケのクローン繁殖体形成に必須の新規遺伝子を発見しました。 この遺伝子を活性化させることで、クローン繁殖体の形成を誘導することに成功しました。 本研究の成果は、植物がクローンで増えるメカニズムの解明やその人為的制御手法の開発に貢献するとともに、農作物種を含むさまざまな植物への応用が期待されます。   【概要】広島大学大学院統合生命科学研究科の平川有宇樹 教授と髙橋剛 研究員の研究グループは、学習院大学理学部生命科学科/大学院自然科学研究科 清末知宏 教授、山屋沙織 大学院生(研究当時)、英国Cambridge大学 Jim Haseloff 教授、Facundo Romani 博士、神戸大学大学院理学研究科 石崎公庸 教授、広島大学大学院統合生命科学研究科 嶋村正樹 教授らと共同で、コケ植物の一種であるゼニゴケがクローン繁殖体を発生させる引き金となる遺伝子を発見しました。 ゼニゴケは無性芽と呼ばれる小さなクローン繁殖体を自身の体から生み出し、雨水などによって散布されることで個体数を増やすことができます。本研究で発見した遺伝子「GEMMIFER(ジェミファー)」は無性芽の形成に必須の遺伝子であり、さらに、この遺伝子を活性化させると無性芽形成を人為的に誘導できることが分かりました。本研究の成果は、植物がクローン繁殖を行うメカニズムの解明やその人為的制御方法の開発に重要な知見をもたらすと考えられます。 本研究は、国際学術誌Current Biologyのオンライン版で2026年5月5日午前0時(日本時間)に掲載されます。 1. 雑誌名:Current Biology タイトル: Initiation of asexual reproduction by the AP2/ERF gene GEMMIFER in Marchantia polymorpha 著者:Go Takahashi(髙橋剛), Saori Yamaya(山屋沙織), Facundo Romani, Ignacy Bonter, Kimitsune Ishizaki(石崎公庸), Masaki Shimamura(嶋村正樹), Tomohiro Kiyosue(清末知宏), Jim Haseloff, Yuki Hirakawa*(平川有宇樹) DOI: 10.1016/j.cub.2026.03.083 論文URL:https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(26)00431-8 (open access)   【背景】植物は、雄(花粉)と雌(雌しべ)の受粉によって種子をつくるといった有性生殖の他に、無性生殖によっても繁殖します。無性生殖では、不定芽、塊茎、塊根などのさまざまな栄養器官において、配偶子(精子や卵)の形成を経ずにクローン体が生じます。短期間に多くの個体を生産できる繁殖の速さや、雌雄の出会いを必要としない生殖効率の高さから、無性生殖は植物の繁栄を支える重要な仕組みの一つとなっています。また、生殖において遺伝子の混合を伴わないことから、農作物の品質のばらつきを抑える上で有用な仕組みでもあります。しかしながら、植物の無性生殖が起こる発生学的なメカニズムに関する知見は少なく、不明な点が多く残っています。 近年、分子遺伝学的解析の可能なモデル生物として、コケ植物タイ類のゼニゴケが注目されています。ゼニゴケは、胞子を介した有性生殖の他に、無性芽と呼ばれるクローン繁殖体をつくり、この無性芽が雨水などによって外部に散布されることでも繁殖します。これまでに無性芽の発生に関する遺伝子の研究が進められてきましたが、無性芽の発生を開始させる引き金となる遺伝子は分かっていませんでした。   【研究成果の内容】 本研究では、無性芽の発生を開始させる遺伝子「GEMMIFER(ジェミファー、短縮表記GMFR)」を発見しました(図1:研究成果の概要)。   ■ 1|ゼニゴケの無性芽形成に必須の遺伝子GMFRを発見 研究チームは、先行研究において、CLEペプチドと呼ばれるホルモンの一種がゼニゴケの成長や無性生殖を調節することを見出していました。特に、CLEペプチドの過剰産生株では、無性芽をつくるための器となる構造である「杯状体」が少ないことが分かっていました。この株を用いたトランスクリプト―ム解析によって、発現量の変動する遺伝子群を見つけており、この中には無性芽や杯状体の形成に関与する遺伝子が含まれるのではないか、と考えていました。 本研究では、このうちの一つの遺伝子の働きを抑える実験を行いました。CRISPR-Cas9によるゲノム編集技術と人工miRNAによるノックダウン技術によって遺伝子を不活性化させると、ゼニゴケは無性芽と杯状体をつくれなくなりました(図2)。そのため、この遺伝子は無性芽形成に必須の遺伝子であることが分かりました(「無性芽(GEMMA)をつくる」遺伝子としてGEMMIFER/GMFRと命名)。 さらに、ゼニゴケの中でGMFR遺伝子が発現している部位を調べるため、蛍光タンパク質を利用したプロモーター活性解析を行いました。その結果、無性芽が生じる起点となる「杯状体底部細胞」や「発生初期段階の無性芽細胞(幹細胞)」において、GMFR遺伝子の発現を示す蛍光タンパク質のシグナルが検出されました(図3)。このことから、GMFR遺伝子は無性芽発生のごく初期の段階で働いていると考えられました。   ■ 2|GMFR遺伝子の働きを活性化すると無性芽を誘導できる 次に、本遺伝子の機能を詳細に解析するため、薬剤投与によって対象遺伝子を強制的に働かせる(過剰発現)ことができる組換え系統を作出しました。このゼニゴケ株では、薬剤のデキサメタゾンを与えることでGMFR遺伝子の働きを一時的に活性化することができます。デキサメタゾン処理を行ったところ、2日後には無性芽発生の起点となる幹細胞ができることが分かりました(図4)。さらに、デキサメタゾンを除いて育成を続けると、1週間ほどで多数の無性芽が生じました。この無性芽を新しい培地に植え替えると新たな個体として成長することも確認しました。この結果から、GMFR遺伝子を活性化することによって無性芽の起点となる幹細胞がつくられ、無性芽の発生を誘導できることが分かりました。   ■ 3|GMFR遺伝子は他の必須遺伝子の発現を高めることで機能する 先行研究において、GMFR遺伝子と同じように無性芽形成に必須の遺伝子が複数報告されていました。ただし、これらの遺伝子を活性化しても無性芽が生じることはありません。GMFR遺伝子とこれらの必須遺伝子との関係を調べるため、定量PCRによる発現解析や二重形質転換株の作出による機能解析を行いました。その結果、GMFR遺伝子は他の必須遺伝子の発現量に影響を与えていることが分かりました。既知の遺伝子の中で特に重要な役割を持つと考えられていたのがGCAM1遺伝子ですが、本研究の結果、GMFR遺伝子はGCAM1遺伝子の発現量を高める働きを持ち、このことが無性芽や杯状体の形成に重要であることが分かりました。   【今後の展開】本研究により、GMFRという単一の遺伝子が指令を出すことで、無性芽の起点となる幹細胞が生まれ、無性生殖が開始することが分かってきました(図1)。しかし、GMFR遺伝子によって駆動される細胞運命制御のメカニズムの詳細は不明であり、今後解明していく必要があります。GMFR遺伝子はゼニゴケに特有の遺伝子ではなく、無性生殖を行わない種を含む多くの陸上植物が持つことも分かっています。今後の研究においてGMFRの作用機序の詳細が解明できれば、農作物種を含むさまざまな植物のクローン繁殖制御に応用できるかもしれません。また、ゼニゴケの体の中ではGMFR遺伝子が働く時期や強度を調節することで、無性生殖の時期や部位を制御していると考えられます。活性のオン・オフを制御する仕組みの解明も、今後の研究対象として重要です。 【謝辞】 本研究は以下の支援を受けて実施しました。(順不同) 日本学術振興会科研費(JP22H02676) 科学技術振興機構 革新的GX技術創出事業(JPMJGX23B0) 日本学術振興会 地域中核・特色ある研究大学強化促進事業 英国バイオテクノロジー・生物科学研究会議(BBSRC) 公益財団法人 武田科学振興財団 公益財団法人 木下記念事業団 公益財団法人 内藤記念科学振興財団 公益財団法人 住友財団 広島大学APC助成   【参考資料】 図1.研究成果の概要 ゼニゴケは、無性芽と呼ばれる小さな繁殖体をつくってクローンで繁殖することができます。本研究ではこの無性芽の発生を開始する際に働く遺伝子を発見しました。 図2.GMFR遺伝子の機能欠損による無性芽・杯状体の形成不全 ゲノム編集技術によりGMFR遺伝子の機能を欠損させたゼニゴケ(右)では、野生株(左)とは異なり無性芽と杯状体がまったく形成されない。やじり(ピンク)は無性芽を含む杯状体を示す。   図3.GMFR遺伝子は無性芽発生のごく初期で発現する 蛍光タンパク質を利用したGMFR遺伝子のプロモーター活性解析。図中、緑色で示す蛍光タンパク質のシグナルが、杯状体底部細胞(矢印)および発生初期の無性芽(アスタリスク)で検出された。   図4.GMFR遺伝子の活性化により誘導される無性芽の発生 (左)薬剤誘導後、無性芽の起点となる細胞(アスタリスク)が生じる。 (右)誘導4日後に薬剤を除去し、さらに1週間育てると多数の無性芽が生じる。   報道発表資料(577.18 KB) 論文掲載ページ (Current Biologyに移動します) 広島大学研究者ガイドブック (平川 有宇樹 教授)   【お問い合わせ先】 ■研究に関するお問い合わせ先 広島大学大学院統合生命科学研究科 基礎生物学プログラム 教授 平川 有宇樹 TEL:082-424-7455 E-mail:yuki-hirakawa@hiroshima-u.ac.jp   学習院大学理学部生命科学科/大学院自然科学研究科 教授 清末 知宏 E-mail:tomohiro.kiyosue@gakushuin.ac.jp   神戸大学大学院理学研究科 教授 石崎 公庸 E-mail:kimi@emerald.kobe-u.ac.jp   ■報道に関するお問い合わせ先 広島大学 広報室 TEL:082-424-4518FAX:082-424-6040 E-mail:koho@hiroshima-u.ac.jp   学習院大学 学長室広報センター TEL:03-5992-1008FAX:03-5992-9246 E-mail:koho-off@gakushuin.ac.jp   神戸大学 企画部広報課 TEL:078-803-5106FAX:078-803-5088 E-mail:ppr-kouhoushitsu@office.kobe-u.ac.jp

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    2026.05.01
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    がんを抑制するはずのシステムががんの発生を誘導する! ―細胞間コミュニケーションの新たな仕組みを解明し、がん治療戦略の提案に貢献―

    【本研究成果のポイント】 ショウジョウバエ上皮組織において、腫瘍(*1)抑制経路として知られるHippo経路が腫瘍の形成を誘導することを発見しました。本研究によって、Hippo経路による腫瘍形成を誘導するメカニズムの一端が明らかとなったことで、新たながん治療戦略の提案に貢献できます。   【概要】Hippo経路は腫瘍抑制経路として知られ、この経路を標的としたがん治療戦略が開発されてきました。一方で、いくつかのがんではHippo経路が腫瘍形成を促進することが報告されており、Hippo経路の腫瘍形成における役割は大きな議論を呼んでいます。広島大学大学院統合生命科学研究科の本田大智研究員、奥村美紗子准教授(現 東北大学教授)、千原崇裕教授、広島大学大学院医系科学研究科の安藤俊範教授、理化学研究所の大井綾乃基礎科学特別研究員、佐久間知佐子理研ECL研究チームリーダー、小幡史明チームディレクター、基礎生物学研究所の三浦正幸所長らの研究グループは、ショウジョウバエ上皮組織においてHippo経路が腫瘍形成を誘導することを発見しました。この腫瘍形成モデルを用いて、これまで未解明だったHippo経路による腫瘍誘導効果についてそのメカニズムを解明することを目指しました。Hippo経路による腫瘍形成には細胞間コミュニケーションが使われており、Hippo経路が活性化した細胞が増殖因子(*2)(WinglessとSpitz)の分泌やアミノ酸輸送を介して、周辺細胞の腫瘍化を引き起こすことを明らかにしました。本研究は、Hippo経路による腫瘍誘導効果の分子メカニズムの一端を明らかにするものであり、Hippo経路を標的とした新たながん治療戦略の提案に繋がるものです。また、本研究は、国際学術雑誌EMBO Reportsに2026年5月1日にオンライン公開されます。 さらに本研究内容は注目すべき論文としてEMBO Reports内での説明記事”News & Views”にも取り上げられています。   【背景】Hippo経路は細胞増殖やアポトーシス(*3)を制御することで、組織・臓器の過剰な増殖を抑制する腫瘍“抑制”経路として知られています(図1左)。一方で、近年の研究で、いくつかのがんでは、Hippo経路が腫瘍形成を“促進”することが報告されています(図1右)。こうしたHippo経路の持つ腫瘍形成への2面性(抑制と促進効果)は、Hippo経路を標的としたがん治療戦略において大きな問題となっています。しかしながら、Hippo経路がどのように腫瘍形成を“促進”するのか、その分子メカニズムはほとんど分かっていません(図1右)。そこで、本研究では、ショウジョウバエ上皮組織を使い、Hippo経路による腫瘍誘導効果について解析しました。   【研究成果の内容】遺伝学的解析に優れたショウジョウバエを用いて、Hippo経路が活性化した細胞(Hippo活性化細胞)を作製しました。そして、このHippo活性化細胞を誘導した組織で腫瘍形成が起きるかを観察しました。その結果、Hippo活性化細胞の周りの細胞で腫瘍形成が起こることが確認されました(図2)。これは、Hippo活性化細胞が腫瘍誘導センターとして機能し、細胞間コミュニケーションを介した腫瘍形成を引き起こすことを示しています(図2)。この細胞間コミュニケーションがどのように行われているかを調べるために、遺伝学的スクリーニングを行いました。その結果、Hippo活性化細胞による2種類の細胞間コミュニケーションを見つけました。1つ目はHippo活性化細胞がアポトーシス制御因子を介して、増殖因子(WinglessとSpitz)を発現・分泌することで周辺細胞の腫瘍形成を誘導する経路です(図3)。もう1つは、Hippo活性化細胞がアミノ酸トランスポーター(*4)(Sat1とSat2)を介して、周辺細胞でのアミノ酸の取り込みを促進し、腫瘍形成を誘導する経路です(図3)。そして、これら2つの経路が相乗的に作用することで周辺細胞の腫瘍形成が強く誘導されることを発見しました(図3)。   【今後の展開】Hippo経路は多くの研究で腫瘍形成を“抑制”すると報告されており、これまでHippo経路を標的としたがん治療法が開発されてきました。しかし、近年の研究で、Hippo経路に腫瘍形成を“促進”する作用があることが報告され、大きな問題となっています。この腫瘍形成への2面性、特にHippo経路による腫瘍“促進”効果についてはほとんど分かっていません。本研究は、これまで謎の多かった腫瘍“促進”効果のメカニズムの一端を明らかにしたものであり、Hippo経路を標的とした新たながん治療戦略の提案に繋がるものです。   【論文情報】掲載雑誌名:EMBO Reports 掲載日:2026年5月1日 タイトル:The Hippo tumor suppressor pathway triggers non-cell autonomous tumorigenesis in Drosophila 著者:本田 大智、奥村 美紗子、大井 綾乃、佐久間 知佐子、小幡 史明、安藤 俊範、三浦 正幸、千原 崇裕 DOI:https://doi.org/10.1038/s44319-026-00778-5   参考:本論文の解説記事 掲載雑誌名:EMBO Reports(in “News & Views”) 掲載日:2026年5月1日 タイトル:The Hippo paradox: how growth suppression drives tumor growth 著者:Pooja Rai, Andreas Bergmann(共にUMass Medical School) DOI:https://doi.org/10.1038/s44319-026-00777-6   【参考資料】◆用語解説 (*1) 腫瘍: 細胞が異常に増殖して形成された細胞塊 (*2) 増殖因子: 細胞の増殖・分化を促進するタンパク質 (*3) アポトーシス: 遺伝子プログラムによって制御された能動的な細胞死 (*4) アミノ酸トランスポーター: アミノ酸を細胞内外へ輸送する輸送タンパク質   図1Hippo経路による腫瘍形成への2つの作用 古典的モデル(左): Hippo経路による腫瘍“抑制”効果。矛盾的な機能(右): Hippo経路による腫瘍“促進”効果。Hippo経路は腫瘍形成を“抑制”すると考えられてきたが、いくつかのがんでは腫瘍形成を“促進”する。この促進効果についてはほとんど理解されていない。   図2Hippo活性化細胞による細胞間コミュニケーションを介した腫瘍誘導 Hippo活性化細胞をマゼンタ色で、腫瘍を緑色で表示。Hippo活性化細胞それ自体が腫瘍化するのではなく、周辺細胞が腫瘍化した。   図3Hippo活性化細胞が増殖因子とアミノ酸輸送を介して腫瘍形成を誘導する Hippo活性化細胞がアポトーシス制御因子を介して、増殖因子を発現・分泌することで周辺細胞に作用する。また、Hippo活性化細胞はアミノ酸トランスポーターSat1/2を介して、周辺細胞のアミノ酸の取り込みを促進する。増殖因子とアミノ酸の両方が相乗的に周辺細胞へ作用することで腫瘍形成を引き起こす。   報道発表資料(424 KB) 論文掲載ページ (EMBO Reportsに移動します) 広島大学研究者ガイドブック (千原崇裕 教授)   【お問い合わせ先】 大学院統合生命科学研究科千原崇裕 Tel:082-424-7443 E-mail:tchihara@hiroshima-u.ac.jp   ■報道に関するお問い合わせ先 広島大学 広報室 TEL:082-424-4518FAX:082-424-6040 E-mail:koho@hiroshima-u.ac.jp   理化学研究所広報部報道担当 Tel:050-3495-0247 E-mail: ex-press@ml.riken.jp   基礎生物学研究所 Tel:0564-55-7628 E-mail:press@nibb.ac.jp

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    2026.04.30
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    日本人の健康関連QOLが7年間で一貫して低下 ―特に就労世代で顕著―<2017・2020・2024年度の全国大規模調査で判明>

    概要 広島大学大学院医系科学研究科疫学・疾病制御学 平子哲夫客員教授、秋田智之講師、杉山文講師、田中純子特任教授、福間真悟教授の研究グループは、COVID-19流行中を含む2017年度・2020年度・2024年度に実施された全国ランダムサンプリング調査を用いて、日本人成人の健康関連QOL(Health-related Quality of Life:HRQoL)の時系列変化を分析しました。国レベルでCOVID-19の流行前・流行中・流行後のHRQoLを比較した研究は国内外に類例がなく、世界的にも貴重な知見を提供するものです。 その結果、日本人成人の全国平均HRQoLは、過去7年間にわたり一貫して低下していることが明らかとなりました。特に、男性では40〜69歳、女性では30〜59歳の就労世代で低下が顕著であり、都道府県別の推定でも、ほぼ全国的に同様の傾向が確認されました。 本研究成果は、国際学術誌 「Scientific Reports」 に掲載されました(2026年4月9日)。   発表論文 掲載誌:Scientific Reports (Q1, IF: 3.9) 論文タイトル:Longitudinal changes in health related quality of life in Japan based on nationwide surveys and Bayesian regional estimates(全国調査とベイズ推定による地域別推計に基づく日本の健康関連QOLに関する経年的変化) 著者名:Tetsuo Hirako, Tomoyuki Akita*, Aya Sugiyama, Junko Tanaka , Shingo Fukuma (平子哲夫、秋田智之、杉山文、田中純子、福間真悟)*責任著者 DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-026-45692-x   背景 日本では高齢化の進行、労働環境の変化、慢性疾患の増加に加え、新型コロナウイルス感染症の影響など、国民の健康状態に影響を及ぼす要因が複雑化しています。 健康関連QOL(HRQoL)は、疾病負担や生活の質を標準化した総合的評価指標として、広く用いられ、健康・医療政策や地域施策などにおいて重要性が高まっています。 しかし、全国規模のランダムサンプリングに基づく時系列データは極めて限られており、小標本を含む都道府県別の変化を精度高く把握した研究はほとんどありませんでした。   研究の方法 本研究では、2017年度、2020年度、2024年度に実施された一般住民を対象に実施した肝炎ウイルス検査受検状況調査に含まれるHRQoL項目を解析に用いました。 対象:20〜85歳の日本人成人 調査方法:層化二段抽出法による全国ランダムサンプリング 有効回答数:2017年度:10,204人(34.0%) 2020年度:8,810人(44.1%) 2024年度:4,428人(29.5%) HRQoL指標:標準化された国際的な健康関連QOL指標であるEQ-5D-3L(日本語版) 都道府県別推定:性・年齢調整に加え、経験的ベイズ法1)を用いて小標本の不安定性を補正   本研究は厚生労働科学研究費補助金(H25-kanenippan-010, H28-kansei-ippan-001, H29-kansei-shitei-001, 19HC1001, 20HC2002, 22HC1001, 23HC2003)の支援を受けて実施しました。 本研究は広島大学の倫理審査委員会の承認を得て実施しました。   研究の主な結果 全国平均HRQoL値の推移 ▷ 0.9133(2017年度)→0.8977(2020年度)→0.8834(2024年度)と7年間で緩やかだが一貫して低下。 就労世代でのHRQoL値の低下が顕著 ▷ 男性:40〜69歳、女性:30〜59歳で統計的に有意な低下(P < 0.05)。 HRQoLの低下には「痛み/不快感」、「不安/ふさぎ込み」の影響が大きい。 ▷ 何らかの問題がある回答者の割合 (男性) (女性)   都道府県別の傾向 ▷ 経験的ベイズ法による推定では、ほぼ全ての都道府県でHRQoL値が低下しており、地域差を含めた全国的な傾向であることが確認されました。 各HRQoL推計値上位の1-5位 各HRQoL推計値下位の43-47位   考察・社会的意義 本研究は、世界的にも貴重な、国レベルでのCOVID-19の流行前中後を含む7年間のHRQoLを比較した初の大規模研究です。 COVID-19の流行時には医療サービス利用の減少、身体活動量の低下、メンタルヘルスの悪化など、多くの間接的影響が報告されています。本研究は因果関係を直接検証するものではありませんが、就労世代での顕著なHRQoL低下は、こうした行動・社会的変化の累積的影響を反映している可能性があり、特に緩やかな低下が継続していることに注目が必要です。 都道府県別の状況把握は自治体の健康・医療政策の立案に有用であり、継続的に健康関連QOLのモニタリングを行うための手法が開発されたことは意義があります。 研究者コメント「今回の結果から、日本の就労世代における健康関連QOLは緩やかではありますが、確実に低下していることが示されました。今後の健康・医療政策や地域施策において、就労世代の健康支援策の検討に際し重要な基礎資料になると考えられます。今後も継続的に全国の健康関連QOLのモニタリングを行うとともに、その低下の原因について深く分析することが必要です。」   用語解説1)経験的ベイズ法:条件付き確率の関係式であるベイズの定理を用い、新しい情報(データ)が得られたときに、ある事象の確率を更新する統計手法の一つ。小さな標本サイズに起因する不安定性を解消する手法として用いられる。   報道発表資料(995.3 KB) 国際学術誌:Scientific Reports 研究者ガイドブック(秋田 智之 講師)   【お問い合わせ先】 大学院医系科学研究科疫学・疾病制御学 講師秋田智之 Tel:082-257-5160FAX:082-257-5164 E-mail:tomo-akita*hiroshima-u.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください)

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    2026.04.23
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    局所進行肺がんに新たな治療戦略 新規PAI-1阻害剤の医師主導治験を開始

    広島大学病院では、遠隔転移を認めない局所進行非小細胞肺がんのうち、根治手術が困難な患者を対象に、新規PAI-1阻害剤TM5614を用いた新たながん治療法の医師主導第Ⅱ相治験を開始します。   本治験のポイント 令和8年度AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の臨床研究・治験推進研究事業に採択され、局所進行非小細胞肺がんに対する新たな治療法の医師主導治験を開始 新規低分子医薬「TM5614」により抗腫瘍効果の増強と治療関連肺障害の抑制を同時に目指す 広島大学を中心に中国・四国・関西・東北地方の13病院が連携して実施 本研究の一部は、日本学術振興会J-PEAKSの支援を受けており、広島大学では今後も本支援により創薬研究を推進していきます。   背景・治験内容局所進行非小細胞肺がんに対する現在の標準治療は、化学放射線療法に続いて免疫チェックポイント阻害薬による地固め療法を行いますが、この治療によって肺がんが根治する患者は約25%にとどまっており、より有効な治療方法の開発が必要です。また、治療関連の肺障害による生活の質(QOL)の低下も課題となっています。 TM5614は、PAI-1(Plasminogen activator inhibitor-1)の働きを抑えることで、抗腫瘍効果の増強と治療関連肺障害の抑制という二つの作用を併せ持つ可能性が示されています。 本研究では、広島大学を中心に中国・四国・関西・東北地方の13病院が連携し、標準治療である化学放射線療法および免疫チェックポイント阻害薬による治療にTM5614を併用する医師主導医師主導第Ⅱ相治験を実施し、有効性と安全性を検討します。 用語解説 局所進行非小細胞肺がん: 肺にできたがんが周囲の組織やリンパ節に広がっているものの、遠くの臓器には転移していない状態の肺がん   PAI-1: 血液の線溶系を調節するタンパク質であり、がんの進展や治療に対する耐性に関与することが報告されています   TM5614:東北大学との共同研究により、非臨床、臨床試験により化学放射線療法、免疫療法の抗腫瘍効果の増強と肺障害の抑制効果という2つの作用を併せ持つ可能性が示されています   免疫チェックポイント阻害薬:がん細胞が免疫細胞による攻撃を逃れるしくみに働きかけ、免疫細胞の力を回復させる治療薬   治療関連肺障害: 肺に炎症やダメージが生じ、呼吸機能が低下する状態   J-PEAKS(地域中核・特色ある研究大学強化促進事業):地域の中核大学や研究の特定分野に強みを持つ大学が、その強みや特色のある研究力を核とした戦略的経営の下、他大学と連携等を図りつつ、研究活動の国際展開や社会実装の加速等により研究力強化を図る環境整備を支援することにより、我が国全体の研究力の発展を牽引する研究大学群の形成を推進することを目的としています。   報道発表資料(289.03 KB) 研究者ガイドブック(益田 武特定准教授)   【お問い合わせ先】 広島大学病院呼吸器内科 特定准教授益田武(ますだたけし) Tel:082-257-5196E-mail:ta-masuda*hiroshima-u.ac.jp (*は半角@に置き換えてください)

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    2026.04.20
    • デジタル/AI
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    日本のB型・C型肝炎の持続感染者(キャリア)数は大幅に減少し、WHO目標をほぼ達成~全国規模の疫学ビッグデータと数理モデルにより、2020年時点の感染状況と2050年までの将来予測を提示~

    本研究成果のポイント 日本では、B型肝炎(HBV)・C型肝炎(HCV)の診断率および治療率が国際的にも高水準であり、WHOが掲げる2030年肝炎排除目標(診断率90%、治療率80%)を概ね達成しており、欧米を含む多くの国で達成が道半ばである中、日本は国際的にも先行している国の一つと考えられます。 日本におけるHBV・HCVの持続感染者(キャリア)数は、2000年の300–366万人から、2020年には110–142万人へと大幅に減少していました。 特に、検査未受検(undiagnosed)のキャリアが大きく減少し、医療機関受療済み(患者およびHCVの治癒)が増加しており、検査・受療体制の進展が反映されていると考えられます。 将来予測では、HBV・HCVともに減少傾向が続き、特にHCVは2050年までに2万人以下となる可能性が示されました。   概要 広島大学の大学院医系科学研究科 疫学・疾病制御学の秋田智之講師、田中純子理事副学長らの研究グループは、日本におけるB型肝炎(HBV)およびC型肝炎(HCV)の感染者数を全国規模で推定するとともに、2050年までの将来予測を行いました。 その結果、日本ではHBV・HCVの診断率および治療率が国際的にも高水準であり、WHOが掲げる肝炎排除目標を概ね達成していることが明らかになりました。 2020年時点の推定では、HBVキャリアは約92–94万人、HCVキャリアは約18–48万人であり、2000年以降大幅に減少していました。特に検査未受検(undiagnosed)のキャリアはHBVで約5万人、HCVで約3万人と推定され、過去の推定と比較して顕著な減少が認められました。 将来予測では、HBV・HCVともに減少が続くと見込まれ、特にHCVでは治療の進展により、2050年までに2万人以下となる可能性が示されました。 本研究では、全国のレセプトデータ(National Database: NDB)や公的統計、疫学データを統合し、状態遷移モデル(Markovモデル)を用いて解析を行いました。   発表論文 掲載誌:Hepatology Research (Q1, IF: 3.4) 論文タイトル: Updated Burden and Long-Term Projections of Chronic Hepatitis B and C in Japan: A Nationwide Markov Modeling Study 著者名: Junko Tanaka 1, Akemi Kurisu 2, Ko Ko 2, Aya Sugiyama 2, Tomoyuki Akita 2*   1. Hiroshima University, Japan 2. Department of Epidemiology, Infectious Disease Control and Prevention, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University, Japan   *Corresponding author, DOI: 10.1111/hepr.70174   背景 B型・C型肝炎は、肝硬変や肝がんの主な原因であり、世界的に重要な公衆衛生課題です。世界保健機関(WHO)は、2030年までにウイルス性肝炎を公衆衛生上の脅威として排除する目標を掲げていますが、多くの国ではその達成は依然として困難とされています。 日本では、B型肝炎母子感染対策、輸血用血液・血液製剤の安全性向上、さらに抗ウイルス治療の進歩により、長年にわたって肝炎対策が推進されてきました。その結果、診断や治療の体制は世界的に見ても高い水準にあります。 しかし、これまでの研究では、最新の全国規模データを用いて感染者数の現状と将来予測を統合的に評価したものは限られており、日本が肝炎排除にどの程度近づいているのかを定量的に示した研究は十分ではありませんでした。   研究成果の内容 本研究では、HBVあるいはHCVの持続感染者(キャリア)を以下の6つの状態に分類し、包括的に評価しました。 ▷検査未受検のキャリア(undiagnosed) ▷検査受検済だが未受診のキャリア (diagnosed but not linked to care) ▷医療機関受診中の患者 (Patients in care) ▷新規感染によるキャリア ▷治癒 (HCVウイルス学的著効例) ▷死亡 その結果、日本では診断率(diagnosis rate)はHBVで約95%、HCVで82–93%、治療率(treatment rate)はHBVで83–84%、HCVで78–100%と推定され、WHOが掲げる肝炎排除目標(診断率90%、治療率80%)を概ね達成していると考えられました。 また、検査未受検(undiagnosed)のキャリアが大幅に減少していることが明らかとなり、検査体制および医療へのアクセスの改善が示唆されました。 将来予測では、HBV・HCVともに持続感染者数の減少が続くと見込まれ、特にHCVでは治療の進展により大幅な減少が予測されました。   今後の展開 日本は肝炎対策において世界的にも先進的な国の一つであり、本研究はその成果を全国規模で定量的に示したものです。 今後は、肝炎排除の達成に向けて、PWID(注射薬物使用者)やMSM(男性間性交渉者)などのハイリスク集団における感染状況の把握と、対策の強化が引き続き重要となります。 また、本研究で用いた解析手法は他国にも応用可能であり、国際的な肝炎対策の評価や政策立案への貢献が期待されます。   【参考資料】日本におけるHCV・HBVのCascade of care(2020年時点) 用語解説(※1)B型肝炎ウイルス(HBV): 血液や体液を介して感染するウイルスで、主に母子感染や性的接触などにより感染します。慢性化すると肝硬変や肝がんの原因となります。日本では主に母子感染や幼少期の感染による慢性化が多いとされています。 (※2)C型肝炎ウイルス(HCV): 主に血液を介して感染するウイルスで、過去には輸血や医療行為を通じた感染が問題となりました。慢性化すると肝硬変や肝がんに進展することがありますが、現在は直接作用型抗ウイルス薬(DAA)により高い確率で治癒が可能です。 (※3)NDB(National Database): 日本全国の医療機関で保険診療として行われた診療情報(レセプト)や特定健診のデータを集約したデータベースです。国が管理しており、全国規模で医療の実態を把握するための研究などに活用されています。 (※4)Markovモデル(マルコフモデル): 時間の経過とともに人の状態(健康、病気、治療、死亡など)が一定の確率で変化していく様子をシミュレーションする数理モデルです。将来の患者数や病気の進行を予測するために、疫学研究や医療政策の評価で広く用いられています。   報道発表資料(780.36 KB) 国際学術誌:Hepatology Research 研究者ガイドブック(秋田 智之 講師)   【お問い合わせ先】大学院医系科学研究科疫学・疾病制御学 講師秋田智之 Tel:082-257-5162FAX:082-257-5164 E-mail:epi*hiroshima-u.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください)

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