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    • 医療/ヘルスケア
    2026.01.29
    • 医療/ヘルスケア
    選ばれた接続を強く育てる脳の仕組みを解明 ~小脳神経回路形成におけるmGluR1シグナルの意外な二役~

    ポイント 「勝者」のシナプスを強く育てる司令塔(シグナル)を解明。 「敗者」を除去する分子(mGluR1)が、実は「勝者」の強化にも不可欠であることを発見。 一つのシグナルが「除去」と「強化」を使い分ける、脳の効率的な形成原理を提唱。   概要 北海道大学大学院医学研究院の山崎美和子准教授、帝京大学先端総合研究機構の狩野方伸特任教授(東京大学大学院医学系研究科 名誉教授)らを中心とする、北海道大学、帝京大学、東京大学、広島大学の研究グループは、運動学習や認知機能・社会性を担う小脳*1の神経回路形成過程において、重要な神経接続を強化する仕組みを明らかにしました。 生まれた直後のマウスのプルキンエ細胞*2は、5本以上の登上線維*3とシナプス*4を形成していますが、その後の1週間で1本の線維が選ばれて「勝者」となり、これ以外の線維(敗者)は最終的に除去されます。これまでの研究では、この「勝者」が強化され、樹状突起*5の広い範囲へ支配を拡大する仕組みについてよく分かっていませんでした。 本研究では、マウスを用いた実験により、プルキンエ細胞に豊富に発現する1型代謝型グルタミン酸受容体(mGluR1)―プロテインキナーゼCγ(PKCγ)に至る伝達経路が、「勝者」のシナプス機能と構造を強化し、樹状突起へと配線を広げるために必須であることを解明しました。これまでに、このシグナル伝達経路は、不要な神経結合(敗者)を除去するために必須であることが分かっていましたが、本研究により、必要な結合を強く育て上げ、勝者と敗者の格差を増強する役割も併せ持つことが初めて明らかになりました。 なお、本研究成果は 2026 年 1月23日(金)公開のProceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America誌にオンライン掲載されました。 本研究で解明されたmGluR1シグナルの役割。本研究により、mGluR1-PKCγ経路は、選ばれた「勝者」線維のシナプス構造・機能の強化と、それに続く樹状突起への支配領域の拡大に必須であることが明らかになった。これまでに知られていた「敗者」の除去(シナプス刈り込み)に加え、選ばれた接続を強く育てるという「育成」の役割も併せ持つ。     背景 私たちの脳は、生まれた直後には未完成で、多くの神経細胞が過剰な接続を持っています。その後の発達過程で、必要な神経のつながりだけが選ばれて残され、不要な接続は消えていきます。この仕組みは「神経回路の精緻化」と呼ばれ、記憶や学習、運動の制御など、脳の高度な機能を支える基盤となります。生後間もない時期の小脳では、プルキンエ細胞に複数の登上線維が接続しますが、やがてその中から「勝者」となる1本の登上線維が選ばれ、他の線維(敗者)は次第に排除されます。 本研究グループをはじめとする先行研究により、選ばれた「勝者」の選抜そのものには神経活動は不要であるものの、その後の支配領域の拡大や回路の完成には神経活動(シナプス伝達)が不可欠であり、その過程でシナプス機能と構造も大きく発達することが明らかになっていました。しかし、「具体的にどのような分子シグナルが働いて、この活動依存的な『勝者』の強化スイッチを入れているのか?」という核心的なメカニズムは未解明のままでした。一方で、mGluR1からPKCγに至る細胞内シグナル伝達経路は、これまで「敗者」を除去するためのスイッチとして知られていました。そこで本研究では、この経路が「勝者」の運命にも関与しているのではないかと考え、検証を行いました。   研究手法 本研究では、mGluR1やPKCγを欠損させた全身性の遺伝子改変マウス、及びプルキンエ細胞特異的にmGluR1機能を抑制したマウスを用いて、生後発達期の小脳神経回路を機能と形態の両面から詳細に解析しました。 機能解析としては、電気生理学的手法により、登上線維からプルキンエ細胞へのシナプス伝達の強さや、シナプス可塑性*6(LTP:長期増強*7)を測定しました。   また、形態解析では、以下の三つの点を調べました。 ・支配領域: 神経トレーサーで「勝者」登上線維を可視化し、樹状突起上の広い領域に進展しているかを調べました。 ・微細構造: 連続電子顕微鏡法*8による3次元再構築で、シナプスの立体構造を可視化しました。 ・分子発現: 免疫組織化学法*9により、シナプス伝達を担うAMPA型グルタミン酸受容体*10の発現量を調べました。   研究成果 1. 「勝者」の強化と領域拡大の失敗 mGluR1やPKCγが働かないマウスでは、「勝者」として選ばれた登上線維のシナプス伝達強度が、野生型マウスに比べて著しく弱いことが判明しました(図1)。また、電子顕微鏡観察ではシナプスの構造も小さく、AMPA型グルタミン酸受容体の発現も低いことが分かりました。 そして、本来であればプルキンエ細胞の樹状突起へと進展するはずの「勝者」登上線維が、十分な支配領域を確保できていませんでした(図2)。これらの結果は、mGluR1シグナルが「敗者の除去」だけでなく、「勝者の強化」にも必須であることを示しています。   2. 強化メカニズム(LTP)の解明 さらに、発達期のマウスの小脳スライス標本を用いた実験から、「勝者」の登上線維シナプスでは、mGluR1とPKCγに依存した「長期増強(LTP)」が生じていることを突き止めました。   3. 「一分子二役」による効率的な回路形成 以上の結果から、mGluR1-PKCγシグナルは、単なる「ハサミ(除去役)」ではなく、文脈に応じて「肥料(育成役)」としても機能する二面性を持つことが明らかになりました。脳は限られた種類の分子を巧みに使い分けることで、効率的に神経回路の最適化を行っていると考えられます。   今後への期待 本研究は、脳の発達過程において、不要なシナプスを除去するだけでなく、勝ち残ったシナプスを十分に強化することが、成熟した神経回路の形成に不可欠であることを示しました。mGluR1シグナル伝達経路の機能不全により、よく知られた「不要なシナプスの残存」に加え、「必要なシナプスが神経活動依存的に強化されない」という新たな小脳失調の病態像が示唆されます。本成果は、小脳失調症や発達障害の病態理解を深め、治療標的や介入時期を考える上で重要な知見を提供することが期待されます。   謝辞 本研究はJSPS科研費 JP20H03410、JP22K06784、JP20H05628、JP21H02589、JP18H04012、JP20H05915、JP21H04785の助成を受けたものです。   論文情報 論文名mGluR1 signaling is necessary for strengthening winner climbing fiber inputs in the developing mouse cerebellum(mGluR1シグナル伝達経路は「勝者」登上線維シナプスの強化に必須である) 著者名山崎美和子1*, 宮﨑太輔2, 橋本浩一3, 武井則雄4, 饗場篤5, 狩野方伸6,7, 8*, 渡辺雅彦1 (1北海道大学大学院医学研究院解剖発生学教室、2北海道大学大学院保健科学研究院リハビリテーション科学分野、3広島大学大学院医系科学研究科神経生理学教室、4北海道大学大学院医学研究院附属動物実験施設、5東京大学大学院医学系研究科附属 疾患生命工学センター、6東京大学大学院医学系研究科神経生理学分野、7東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)、8帝京大学先端総合研究機構、*共同責任著者) 雑誌名Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)(米国科学アカデミー紀要)(総合科学誌) DOI10.1073/pnas.2425460123 公表日2026年1月23日(金)(オンライン公開)   参考図 図1. mGluR1―PKCγシグナルは「勝者」登上線維シナプスの機能的強化に必須である。 野生型マウスでは、生後発達に伴い「勝者」登上線維のシナプス応答が顕著に増大するが、mGluR1またはPKCγを欠損したマウスでは「勝者」の応答は十分に増大しない。代表的なシナプス応答波形(左)と定量解析(右)は、mGluR1–PKCγシグナルが「勝者」登上線維の機能的強化に必須であることを示している。 図2. mGluR1―PKCγシグナルは「勝者」登上線維シナプスの支配領域の拡大に必須である。 神経標識により可視化した「勝者」登上線維(緑)を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。生後12日の野生型マウスでは、発達に伴い「勝者」登上線維がプルキンエ細胞の樹状突起へと広く進展するのに対し、mGluR1 またはPKCγ 欠損マウスでは、その進展と支配領域の拡大が著しく障害されている。この障害は成体になっても回復しなかった。   用語解説 *1 小脳 … 運動の正確さやタイミングを調整し、動きを滑らかに保つ働きを担う脳の部位。 *2 プルキンエ細胞 … 小脳皮質からの唯一の出力を行う神経細胞。全身の運動の制御やバランスの維持に重要な役割を担う。 *3 登上線維 … プルキンエ細胞に入力し、強力な信号を伝える。生後の発達期に1本が選ばれて残存し、他の線維は除去される。 *4 シナプス … 神経細胞同士が情報を伝えるために接している場所。電気信号や化学物質(神経伝達物質)を使って信号をやりとりする。 *5 樹状突起 … 神経細胞から伸びた枝状の構造で、他の神経細胞からの信号を受け取る働きを持つ。 *6 シナプス可塑性 … 神経細胞どうしのつながり(シナプス)の働きが、活動や経験に応じて変化する性質のこと。 *7 長期増強(LTP) … 神経細胞間のシナプス伝達効率が、刺激に応じて持続的に増強される現象。学習や記憶の細胞レベルでの基盤と考えられている。 *8 連続電子顕微鏡法 … 超高解像度の電子顕微鏡で多数の断面画像を取得し、立体的に細胞の構造を再構築できる技術のこと。 *9 免疫組織化学法 … 特定のたんぱく質を検出・可視化するための手法のこと。抗体と色素を使い、どの細胞や場所に分子が存在しているかを明らかにする。 *10 AMPA型グルタミン酸受容体 … 神経の興奮を伝える主要な受容体の一つで、シナプスの信号伝達の強さに関わる。   報道発表資料(1.33 MB) 掲載ジャーナル:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 研究者ガイドブック(橋本 浩一 教授)   広島大学広報室 TEL:082-424-4383 FAX:082-424-6040 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp

    • 医療/ヘルスケア
    2026.03.06
    • 医療/ヘルスケア
    口腔癌の「中程度リスク」に対し、 追加治療が有効であることがわかりました

    本研究成果のポイント 口腔癌の治療後、再発のリスクが中程度である患者に対して、追加の治療をした場合、再発の可能性が減り長く生きられる傾向がみられました。   概要 広島大学病院の小泉浩一講師を中心とする研究チームは、一度口腔癌の治療を行い、再発のリスクが中程度である患者に対し、追加の治療を行うことについて検討を行いました。その結果、再発の重要な危険因子を特定し、追加の治療を行うことで再発率の低下と生存期間を延長できることがわかりました。   本研究は、学術誌「Head & Neck(Q1)」に掲載されました。   <発表論文> 掲載誌:Head & Neck(Q1) 論文タイトル:Postoperative Adjuvant Therapy in Resectable Advanced Oral Squamous Cell Carcinoma With Intermediate Risk Factors 著者名:Koichi Koizumi、 Fumitaka Obayashi、 Mirai Higaki、 Kota Morishita、 Atsuko Hamada、 Sachiko Yamasaki、 Nanako Ito、 Souichi Yanamoto DOI: https://doi.org/10.1002/hed.70106 掲載日時:2025 年 11 月 27 日   背景 口腔癌における術後補助療法(手術後に行う追加治療)の方針は、一般的に切り取った組織の検査により決定されます。この検査により再発のリスクが高いと判断された患者には、追加での切除や化学放射線療法を行うといった方針がとられます。しかしながら、再発のリスクが中等度(手術断端近接、pT3-T4 分類、pN2-N3 リンパ節転移状態、神経周囲浸潤、血管浸潤、リンパ管浸潤、浸潤様式など)である患者に対して、術後補助療法がどの程度有効かについては不明であり、標準化された治療ガイドラインや専門家の合意は確立されていません。   研究成果の内容 1.方法 本臨床研究は、2010 年1 月から2023年12 月までに広島大学病院 顎・口腔外科を受診し、一次治療として外科療法を行った進行口腔扁平上皮癌130 例を対象としました(表1)。術後再発の危険因子は、頸部リンパ節の節外浸潤、切除断端陽性といった再発高リスク因子に加え、切除断端近接、病理学的T 分類(pT3 またはpT4)、病理学的N分類(pN2 またはpN3)、レベルIV またはV 領域のリンパ節転移、神経周囲浸潤、血管浸潤、およびリンパ管浸潤といった再発中等度リスク因子としました。これらの危険因子の存在と、術後補助療法の実施、再発または転移の発生、および患者の予後(無病生存期間:DFS)との関連について解析しました。   2.結果 (1)再発リスク因子別の術後治療と再発・転移について 局所再発、頸部リンパ節転移、遠隔転移の発生率はそれぞれ16.2%、15.4%、9.2%で、全体の再発・転移は36.9%でした。再発の危険因子別に解析すると、再発高リスク群48.6%、再発中等度リスク群34.1%、これらの病理学的危険因子をいずれも有さない低リスク群27.3%でした(表2)。   (2)再発リスク因子別の5 年生存率(DFS) 再発リスク因子とDFS の関連を解析した結果、高リスク群、中等度リスク群、低リスク群の5 年DFS はそれぞれ63.7%、79.3%、100%であり、全体の平均は76.2%でした(図1A)。中リスク群において術後療法を受けた患者と受けなかった患者の間でDFS に有意差は認められなかった(図1B)。   (3)再発中等度リスク因子別の5 年生存率(DFS) 個々の中等度リスク因子別にDFS を比較したところ、リンパ管侵襲を認める患者は有意に生存率が低かった(66.7% vs. 82.8%、p < 0.05)。Cox 比例ハザードモデルを用いた多変量解析でも、リンパ管侵襲の存在は独立した予後因子であることが示され(ハザード比(HR)=3.08、p=0.043)、その臨床的意義が確認された。またpT4、pN2-N3、神経周囲浸潤、脈管侵襲は統計的に有意差には達しなかったものの、いずれの症例においても生存率低下の傾向が認められた。(図2、表3)。   (4)再発中等度リスク因子と再発・転移 個々の中等度リスク因子別に再発および転移を比較したところ、神経周囲浸潤は有意に高く(51.9% vs. 23.6%、p

    • デジタル/AI
    • バイオエコノミー
    • 医療/ヘルスケア
    2026.05.19
    • デジタル/AI
    • バイオエコノミー
    • 医療/ヘルスケア
    データから疾患進行の個人差を読み解く 〜進行の「速さ」と「進み方」の違いを捉える新手法を開発〜

    【本研究のポイント】 疾患進行の個人差を、「どのように進むか」という進行経路と、「どのくらいの速さで進むか」という進行速度に分けて捉える新しい機械学習手法DiSPAHを開発 四肢発症型ALS患者の縦断データを解析した結果、進行経路が異なる複数のサブグループが存在し、さらに各サブグループの中でも進行速度にばらつきがあることを発見 進行速度に関連する遺伝的特徴や疾患の背景にある分子レベルの仕組みの一端を解明 DiSPAHから得られる情報はALS関連機能低下リスクの評価に役立ち、初期の臨床情報や遺伝情報から将来の進行を見通す手がかりとなる可能性を示唆   【研究概要】名古屋大学大学院医学系研究科データ駆動生物学の矢田 祐一郎 准教授、本田 直樹 教授(兼任:広島大学大学院統合生命科学研究科特任教授)の研究グループは、疾患進行の個人差を「どのように進むか」という進行経路と、「どのくらいの速さで進むか」という進行速度に分けて捉える新しい機械学習手法DiSPAHを開発しました。神経変性疾患をはじめとする慢性疾患の多くは、患者ごとに症状の現れ方や進行の速さが大きく異なるため、予後予測や治療計画、臨床試験の設計が難しいことが課題となってきました。しかし、既存の解析手法では、「どのような症状から優先的に現れるのか」という「進行経路」と、「症状の変化がどのくらいの速さで進むのか」という「進行速度」を明確に区別して捉えることが難しく、それぞれの個人差の要因を十分に明らかにできませんでした。   本研究では、進行に個人差が大きいことが知られている筋萎縮性側索硬化症(ALS)を対象とし、四肢発症型ALS患者264人におけるALS機能評価尺度の縦断データをDiSPAHで解析しました。その結果、ALSの進行は一様ではなく、複数の特徴的な進行経路を示すサブグループが存在すること、加えて同じサブグループの中でも進行速度にばらつきがあることが明らかになりました。さらに、より大規模なALS患者を対象とした研究から得られた2,565人のデータを用いた解析でも、同様の進行パターンが再現されました。 また、進行速度に関連する遺伝的特徴や分子基盤の一端が示されるとともに、DiSPAHから得られる情報がALS関連機能の低下リスクの評価に役立つ可能性も示されました。今後、検証を重ねることで、DiSPAHが疾患進行の理解を深め、将来的には患者ごとの予後予測や個別化医療への応用につながることが期待されます。 本研究成果は、2026年5月12日付で、国際学術雑誌『npj Digital Medicine』にオンライン掲載されました。   1. 背景神経変性疾患をはじめとする慢性疾患では、同じ病気であっても、ある患者では急速に進行する一方、別の患者では比較的ゆっくり進行するなど、経過に大きな個人差があります。加えて、どのような症状から現れ、どのような順序で進行していくのかも患者によって異なります。こうした個人差の大きさは、予後予測や治療計画の立案、さらには臨床試験の設計を難しくする要因となってきました。 近年では、同じ患者を長期間追跡して得られた臨床縦断データを機械学習モデルで解析し、観測される症状や検査結果の変化の背後にある、直接は観測できない疾患進行状態を仮定し、その状態の推移を推定する技術の開発が進められています。しかし、既存の手法では、「どのような症状から優先的に現れるのか」という「進行経路」と、「症状の変化がどのくらいの速さで進むのか」という「進行速度」とを明確に区別して捉えることが難しく、それぞれの個人差の要因を十分に明らかにできませんでした。 図1:疾患進行の「進行速度」と「進行経路」の個人差を切り分ける機械学習モデル 2. 研究成果本研究グループは、患者ごとの「進行経路」と「進行速度」を切り分けて同時に推定するため、連続時間隠れマルコフモデル*1)に基づく機械学習手法DiSPAHを開発しました。DiSPAHは、臨床縦断データを解析することで、症状変化の背後にある目に見えない疾患進行状態を同定し、あわせて患者ごとに、状態遷移のパターンとして表される進行経路と、遷移の進みやすさを表す進行速度を明らかにします(図1)。 研究グループは、「進行経路」だけでなく「進行速度」にも大きな個人差があることが知られている筋萎縮性側索硬化症(ALS)を対象に、ALS機能評価尺度であるALSFRS-R*2)の臨床縦断データに本手法を適用しました。まず、米国のAnswer ALSコホートのうち条件を満たした264人の四肢発症型ALS患者の縦断データを解析し、DiSPAHによって患者ごとの進行速度と進行経路を推定しました。その結果、ALSの進行は一様ではなく、6つの特徴的な進行経路を示すサブグループが存在し、加えて各サブグループの中でも進行速度に一定のばらつきがあることが明らかになりました(図2)。さらに、Answer ALSコホートで同定された疾患進行状態をもとに、より大規模なPRO-ACTコホートの2,565人のデータを同じ手法で解析したところ、Answer ALSコホートで認められた進行パターンと似た傾向が再現されました。 図2:DiSPAHにより同定された進行経路のサブグループと進行速度 推定された進行速度と遺伝的な特徴の関連を調べると、C9orf72の遺伝子変異をもつ患者では進行速度が速い傾向が示されました。加えて、患者のiPS細胞に由来する運動ニューロン*3)の網羅的な遺伝子発現データ・タンパク質発現データとの関連を解析すると、タンパク質翻訳恒常性の破綻や酸化ストレスが進行速度に関わっている可能性が示唆されました。 臨床的な意義としては、臨床縦断データの追跡期間全体からDiSPAHが推定した進行速度や進行経路は、生存やALS関連機能の低下リスクと関連していました。さらに、進行速度や進行経路は追跡開始時点の臨床情報と遺伝情報からある程度予測可能であり、ALS関連機能低下リスク定量の性能を評価した結果、従来の指標だけでは捉えにくい情報をDiSPAHが補える可能性が示されました。   3. 今後の展開本研究で開発したDiSPAHは、疾患進行の個人差を「進行経路」と「進行速度」に分けて捉えることで、従来の手法では捉えにくかった疾患進行の違いをより細やかに理解することを可能にする新しい枠組みです。今後、より多様なALSの病型や、他の神経変性疾患を含むさまざまな慢性疾患への応用、より多くの医療機関や患者集団を用いた検証を進めることで、手法としての信頼性や汎用性の向上が期待されます。将来的には、初診時に近い段階で得られる情報からその後の疾患進行を見通せるようになれば、患者一人ひとりに応じた説明や治療計画の立案、さらには治験参加者の選定などへの応用も期待されます。また、進行の仕方に関連する遺伝的背景や分子基盤の理解が深まることで、新たな病態理解や治療標的の探索につながる可能性もあります。 ムーンショット目標2「2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」では、疾患の発症や進行を早期に捉え、予測・予防につなげるための研究開発が進められています。DiSPAHは、臨床データから疾患進行の個人差を捉え、将来的な疾患進行リスクの評価にもつなげることができる手法です。データに基づく疾患予測技術の発展に貢献し、将来的な超早期予測・予防の実現に向けた基盤として、ムーンショット目標2の達成に寄与することが期待されます。   4. 支援・謝辞本研究は、以下の研究プロジェクトの支援のもとで行われたものです。 JST ムーンショット型研究開発事業 目標2「2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」 JPMJMS2024 JSPS 科学研究費助成事業 JP23K16994 AMED 脳神経科学統合プログラム(個別重点研究課題)JP24wm0625416 and JP25wm0625322 JST 戦略的創造研究推進事業 CREST「複雑生体現象の予測と制御に向けた離散・連続の統合幾何解析の構築と応用」 JPMJCR25Q2 また、本研究では米国AnswerALSコホートおよびPRO-ACTコホートのデータを使用しました。   【用語説明】 *1)連続時間隠れマルコフモデル:時間の経過に伴う確率的な状態の変化を表す数理モデルの1つ。「隠れ」とは、状態が直接は観察できないことを意味し、本研究では疾患の進行状態に相当する。「連続時間」は、観察の間隔が一定でないデータも扱えることを意味し、受診時期が不規則な臨床データの解析に適している。 *2)ALSFRS-R:ALS Functional Rating Scale-Revised の略で、ALSの機能障害の程度を評価するために広く用いられている指標。会話・嚥下、手の動き、歩行、呼吸などに関する12項目から構成され、患者の日常生活機能を総合的に評価する。 *3)運動ニューロン:脳や脊髄から筋肉へ信号を送り、体を動かす働きを担う神経細胞。ALSでは、この細胞が障害されることで筋力低下が生じる。   【論文情報】雑誌名:npj Digital Medicine 論文タイトル:Decomposing heterogeneity in disease progression speeds and pathways 著者:Yuichiro Yada1,2 and Honda Naoki1,3,4 1. Nagoya University Graduate School of Medicine 2. Institute for Advanced Research, Nagoya University 3. Graduate School of Integrated Sciences for Life, Hiroshima University 4. Center for One Medicine Innovative Translational Research (COMIT), Nagoya University   DOI: 10.1038/s41746-026-02665-8   報道発表資料(2.73 MB) 論文掲載ページ (Decomposing heterogeneity in disease progression speeds and pathwaysに移動します) 広島大学研究者ガイドブック (本田直樹 特任教授)   【お問い合わせ先】 【研究者連絡先】 名古屋大学大学院医学系研究科データ駆動生物学 准教授矢田祐一郎(やだゆういちろう) TEL:052-744-1980 E-mail:yada.yuichiro.k4*f.mail.nagoya-u.ac.jp   【報道連絡先】 名古屋大学医学部・医学系研究科 総務課総務係 TEL:052-744-2228 FAX:052-744-2785 E-mail:iga-sous*t.mail.nagoya-u.ac.jp   広島大学広報グループ TEL:082-424-4383 FAX:082-424-6040 E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp   科学技術振興機構 広報課 TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432 E-mail:jstkoho*jst.go.jp   【JST事業連絡先】 科学技術振興機構 ムーンショット型研究開発事業部 松尾 浩司(まつおこうじ) TEL:03-5214-8419 FAX:03-5214-8427 E-mail:moonshot-info*jst.go.jp   東海国立大学機構は、岐阜大学と名古屋大学を運営する国立大学法人です。 国際的な競争力向上と地域創生への貢献を両輪とした発展を目指します。 東海国立大学機構HPhttps://www.thers.ac.jp/   (*は半角@に置き換えてください)

    • 医療/ヘルスケア
    2025.12.17
    • 医療/ヘルスケア
    日本の医療機器・技術の海外移転:低所得国での安全な出産に向けたモバイル胎児心拍モニターの効果検証

    本研究成果のポイント 本研究では、モバイル胎児心拍モニター(iCTG)が、妊娠後期の胎児の心拍異常をより確実に捉え、新生児の状態改善や周産期死亡の減少につながる可能性が示されました。日本企業の開発した医療機器が、資源が限られた地域でも導入しやすい、現実的かつ効果的な技術であることが明らかになりました。   概要 広島大学大学院医系科学研究科の新福洋子教授を中心とする研究チームは、低所得国での胎児モニタリングを可能にするため、モバイル胎児心拍モニター(iCTG)の効果を検証しました。その結果、従来の胎児モニタリングよりも異常心拍の検出率が大幅に向上し、出生直後の新生児の健康状態が改善しました。本研究は、低リソース環境における妊婦ケアの質向上に新たな可能性を示しています。 本研究成果は、学術誌「BMC Public Health」に掲載されました。 また、本研究は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。   論文情報 タイトル:Effectiveness of a mobile cardiotocography device (iCTG) in improving antenatal care and detecting abnormal fetal heart rate during late pregnancy: an implementation study in Tanzania 掲載誌:BMC Public Health(Q1) 著者:Dorkasi L Mwakawanga, Sanmei Chen, Crystal L Patil, Md Moshiur Rahman, Beatrice Mwilike, Agnes F Massae, Naoki Hirose, Yuryon Kobayashi, Yoko Shimpuku DOI:10.1186/s12889-025-25383-4   背景 胎児モニタリングとは、おなかの中にいる胎児の状態を継続的に観察・記録することです。胎児の心拍などを観察することで、外から直接見ることのできない胎児の状態を把握することができ、出産時の胎児の異常を判断する重要なデータとなります。安全な出産にとても重要なのですが、多くの低所得国では、十分な胎児モニタリングが行えず、心拍異常が見逃されることで死産や新生児合併症の一因となっています。十分な胎児モニタリングが行えない理由は多々ありますが、その一つに機器とインフラの不足があります。胎児モニタリングを行う際、胎児心拍モニター(CTG)という機器を使用しますが、高価であり導入が難しい点などから、低資源国では導入数が限られています。よって、医療スタッフが使いやすく、持続的に運用できる新しいモニタリング技術の導入が求められていました。   研究成果の内容 今回の研究では、タンザニアの医療施設にモバイル胎児心拍モニター(iCTG)を導入し、その効果を検証しました。iCTGとは、従来のCTGを小型化し、持ち運びを可能にしたものです。また、データをクラウドで管理し、遠隔地からも胎児の状態を確認できます。小型であることから従来より容易に導入することができ、低コストであることや操作が簡潔であることなど、様々なメリットがあります。iCTGを導入した施設では、胎児心拍異常の発見数が従来の約10倍に増え、新生児の胎児仮死も半分以下に減少し、周産期死亡が約8割減少しました。助産師らが現場で無理なく使用できる操作性も確認され、実装研究として有用性が示されました。 今後の展開 今後は、より幅広い地域での導入と長期的な母子の健康への影響を検証するとともに、コスト効果や運用体制を含めた持続可能なモデル作りを進めます。最終的には、どこに住んでいても妊婦が安全な胎児モニタリングを受けられる世界的な体制整備を目指します。   参考資料 メロディ・インターナショナル株式会社(iCTG開発) https://melody.international/ AMED「開発途上国・新興国における医療技術等実用化研究事業」 https://www.amed.go.jp/program/list/12/01/003_jigor6.html   報道発表資料(332.21 KB) 掲載雑誌:BMC Public Health 研究者ガイドブック(新福 洋子 教授)   【お問い合わせ先】 広島大学大学院医系科学研究科教授新福洋子 Tel:082-257-5345FAX:082-257-5345 E-mail:yokoshim@hiroshima-u.ac.jp

    • 医療/ヘルスケア
    2026.02.02
    • 医療/ヘルスケア
    がん放射線治療の「中断」が起きても治療効果を最大化 ~新規生物学的適応放射線治療(BART)の開発拡張~

    本研究成果のポイント 予期せぬ放射線治療の中断も考慮し、がんの治療計画を再構築するシステム「BART」の効果を拡張しました。   概要 広島大学大学院医系科学研究科和田拓也博士課程学生、広島大学病院放射線部河原大輔准教授、帝京大学理工学部総合理工学科小金澤明登准教授の研究グループは、放射線治療期間中に生じる中断による治療効果の低下を生物学的に補正する新しい技術を開発しました。 放射線治療では、治療期間の中断・延長によりがん細胞が再増殖し、治療効果が低下することが知られています。しかし、現行の放射線治療装置には、このような時間の経過までは考慮できません。 本研究では、mLQモデル(#2)を用いた補償計算に加え、複雑な3次元BED(#1)分布を扱うための独自アルゴリズムを開発し、BEDを予定されていた分布まで回復させるワークフローを構築しました。 本研究成果は、2025年10月欧州医学物理学会誌「European Journal of Medical Physics」に掲載されました。   <発表論文> 論文タイトル Compensated biological effective dose in extended radiotherapy course via a time-modified linear quadratic model for biological adaptive radiotherapy   著書 Takuya Wadaa、b、 Daisuke Kawaharab、*、 Akito S Koganezawac、*、 NobukiI manod、 Ikuno Nishibuchib、 Yuji Murakamib   aRadiation Therapy Section、 Department of Clinical Practice and Support、 Hiroshima University Hospital、 Hiroshima 734-8551、 Japan bDepartment of Radiation Oncology、 Graduate School of Biomedical and Health Sciences、 Hiroshima University、 Hiroshima 734-8551、 Japan cRobotics and Artificial Intelligence Course、 Department of Integrated Science and Engineering、 Faculty of Science and Engineering、 Teikyo University、 Tochigi 320-8551、 Japan dDepartment of Radiation Oncology、 Hiroshima University Hospital、 Hiroshima 734-8551、 Japan   掲載雑誌 European Journal of Medical Physics   DOI番号 10.1016/j.ejmp.2025.105202   背景 がんの放射線治療は、通常1カ月から2カ月にわたり、毎日少しずつ放射線を照射しますが、長期的な祝日や装置の故障、患者さんの体調不良により、治療を数日間中断せざるを得ない場合があり、その間にがん細胞が再増殖してしまい、治療効果(BED)が低下することが知られています。 臨床現場では、どれくらい放射線を照射するとがんに対しダメージを与えられるのかを「LQモデル」という計算方法で算出します。しかし、LQモデルには「時間の経過」の概念がないため、どれくらい中断するとどの程度BEDが低下するのか、低下したBEDに対しどれだけの線量を追加で照射すればもとにもどるのか把握することは難しく、正常組織を守りながら正確に補償することは困難でした。   研究成果の内容 LQモデルに時間の経過の概念を組み込んだ「mLQモデル」という計算方法が存在します。これはLQモデルの計算方法に加え、どれくらい中断するとどの程度BEDが低下するのかまで考慮することができます。本研究ではこのmLQモデルを使用し、中断日数に応じて必要な補償係数及び追加線量を部位ごとに自動算出するシステム「BART」を構築し、その効果を検証しました。 頭頸部がん81症例を対象に解析を行った結果、中断が生じた実際の治療期間ではBEDが4-10%低下することが示されました。そこに、本研究で開発したシステムを適応したところ、一度の計算だけで、当初の計画と同等の治療効果を持つ新たな治療計画を作成することが確認できました。また、補償後の周囲のリスク臓器への線量は許容値範囲内に収まることも確認されました。   今後の展開 本研究により、治療期間の延長という臨床現場で頻繁に起こる問題に対し、生物学的な根拠に基づいた高精度な補償計画を迅速に提供することが可能になります。これは、生物学的適応放射線治療の実践的な第一歩であり、今後は他部位への応用、生物学的な個人パラメータの推定などを進め実装を目指します。   用語解説 #1BED(Biological Effective Dose:生物学的実効線量) 放射線治療の効き目を示す生物学的な線量指標である。   #2時間修復LQ(mLQ)モデル 放射線治療期間の延長による腫瘍の再増殖を数理的に捉えるようLQモデルを拡張したもの。中断によるBED低下と補償線量の計算ができる。   #3SIB(Simultaneous Integrated Boost) 複数の標的に異なる線量を同時に照射する放射線治療の技術である。治療効率が高い一方で、BED補償計算は複雑になる。 図1治療中断で不足するBEDを新技術によって元の状態まで回復することを示した比較図。(a)元の理想的な線量、(b)数日中断した線量、(c)2週間中断した線量、(d)我々のシステムで補償した線量 表1治療中断が起きた場合、補償なしでは線量の評価指標が有意に低下するが、補償後は元の線量に回復するため評価指標の有意差が消滅する。中断無しの理想的な線量と補償後の線量が同等であることを示す。   報道発表資料(383.2 KB) 掲載ジャーナル:European Journal of Medical Physics 研究者ガイドブック(河原 大輔 准教授)   病院放射線部准教授河原大輔 Tel:082-257-1545FAX:082-257-1546 E-mail:daika99@hiroshima-u.ac.jp

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    2025.09.24
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    ドナー肝臓由来ナチュラルキラー(NK)細胞を用いた肝臓移植後の肝細胞癌再発に対する補助免疫療法

    アピールポイント 通常は採取不可能な肝内在性NK細胞を用いた抗癌免疫細胞療法を開発した 肝内在性NK細胞は抗腫瘍分子TRAILを発現し、肝細胞癌に対する抗腫瘍活性が高い 本治療は有害事象が少なく、進行肝細胞癌の肝移植後再発を抑制する効果が期待できる   研究者のねらい 肝細胞癌は、2023年統計で5番目に多い癌である。肝硬変に合併する肝細胞癌に対する唯一の根治治療は肝臓移植であるが、再発率が10-20%であるにもかかわらず有効な術後補助療養や治療法がないのが現状である。肝臓内には、他の部位とは異なる特殊なリンパ球が存在している。特に、肝内在性ナチュラルキラー(NK)細胞は、腫瘍の増殖や感染症の拡大を防ぐ重要な役割をして担っており、TRAILと呼ばれる抗腫瘍分子を発現して、肝細胞癌を効率よく殺傷する。我々は、ヒトの肝臓内から採取した後サイトカイン刺激することによって強力な抗腫瘍活性を有する肝内在性NK細胞を用いた、肝臓移植後の肝細胞癌再発に対する補助免疫療法を開発した。   研究内容 TRAIL活性低下による肝腫瘍増殖、TRAIL陽性肝内在性NK細胞投与により腫瘍が縮小 B6マウスの門脈から肝臓を灌流したリンパ球中のNK細胞上に表出する抗腫瘍分子(TRAIL; TNF-related apoptosis inducing ligand)をフローサイトメトリーで解析した。70%肝切除後、3日目にはTRAIL発現が著明に低下した。   B6マウスの門脈内から肝癌腫瘍株(Hepa 1-6)を5×105個注入した1週間後の肝臓内腫瘍増殖を解析した。無処置マウスに対して、70%肝切除マウスは有意に、肝臓内腫瘍増殖が増加した(n=4)。​   70%肝切除マウスに対して、門脈内から肝癌腫瘍株(Hepa 1-6)を5×105個注入した後に、活性化肝内在性NK細胞を5×105個尾静脈から投与すると、肝臓内腫瘍の増殖は抑制された。​(Ohira M, Ohdan H, Transplantation 2006)   ヒト肝灌流液由来肝内在性NK細胞の肝細胞癌に対する抗腫瘍活性​ NK細胞の割合は、肝臓内で46.4%、末梢血で21.9%。サイトカイン刺激でNK細胞上TRAILは肝臓内で65.8%、末梢血で29.6%であった。(n=7)​ サイトカイン刺激後の肝内在性NK細胞の抗腫瘍活性は、有意に高い。​ 中分化型・低分化型肝癌はDeath receptor(DR4, DR5)は強発現、Decoy receptor(DcR1, DcR2)は発現なし。TRAIL感受性のある癌腫と言える。​   ドナー肝由来NK細胞療法の臨床試験結果​ 肝移植時のドナーグラフト肝臓灌流液からリンパ球を抽出して、サイトカインで3-5日間刺激培養を行う。投与1日前に、抗CD3抗体を添加してT細胞除去を行い、肝臓移植後のレシピエントに経静脈的投与を行う治療法。​   肝移植後3日目と7日の末梢血単核球の肝細胞癌に対する抗腫瘍活性。NK療法群で有意に増加している(n=7; NK, n=5; non-NK group)   NK療法を行ったレシピエントの末梢血NK細胞のキメラ率推移。ドナー由来のNK細胞は最長1ヶ月確認可能。   広島大学で24例の生体肝移植に対して第1相試験を実施。投与に関連する重篤な有害事象はなく安全性は確認された。肝細胞癌に対する生体肝移植後の無再発生存率は、背景をプロペンシティマッチで揃えた11例ずつで比較した場合、NK療法群が有意に良好であった。​   今後の研究開発計画 治験第2相以降の臨床試験の計画実施、承認申請(日本、海外)、培養効率改善に向けた製造法の​ スクリーニング・最適化、保存・輸送条件の最適化(事業化可能な条件設定)、細胞製品の製造・流通・販売、他の癌腫への応用​   関連情報 代表的な特許:肝臓内NK細胞活性を増強する培養方法の開発(特願2025-130828)​ 代表的な論文:Ohira M, Ohdan H, et al. Cancer Immunol Immunother 2022​ 企業に望む事:臨床試験や承認申請に必要な製造・保存輸送技術の最適化を担い、細胞製品の事業化を推進してほしい。​ 研究者 大段秀樹(Ohdan Hideki) 広島大学 大学院医系科学研究科(医) 教授   2025年BioJapan出展

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    2026.05.19
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    「イメージの多様性」は年代によって異なる ―若い人ほど、イメージが浮かばない(アファンタジア)割合が高くなる―

    概要みなさんは“バナナをイメージしてください”と言われたとき、頭のなかでバナナが見えますか?このことを心理学では「(心的)イメージ」と呼んでいます。最近、このイメージが浮かばない(見えない)特質―アファンタジア(aphantasia: Zeman et al., 2015)―が知られるようになってきました。 これまで、国内では福島大学を中心とする研究チームによって取り組んできました。今回、アファンタジア研究として新たな知見が得られましたので、その成果をご報告いたします。   アファンタジアの出現率は年代(20~70歳代)によって変化し(0.7~4.5%)、特に20・30歳代における出現率が高い(3.6~4.5%) 20・30歳代では「多感覚アファンタジア(全ての感覚イメージが浮かばない)」や「視覚アファンタジア(視覚イメージが特異的に浮かばない)」などのサブタイプが抽出されるが、年代が上がると抽出されにくくなる   以上の結果から、年代に応じてアファンタジアの出現率が変化することがわかります。アファンタジアは多様な認知スタイルの一種であり、私たちは、“認知には多様性が存在する”ということをあらためて理解すべきです。 この研究成果は『Neuropsychologia』誌に掲載されています。みなさまにアファンタジアの存在を知っていただきたく、ご報告いたします。   研究成果のポイント 年代によるアファンタジアの「出現率」と「サブタイプ」の違いを検討するために、20~70歳代の約2,500名を分析対象とした大規模調査を実施しました。 出現率:40~70歳代(0.8~1.7%)に比べて、20・30歳代(3.6~4.5%)の方が、アファンタジアの出現率が高い結果となりました。 サブタイプ:20・30歳代では「多感覚アファンタジア」や「視覚アファンタジア」のサブタイプが抽出された一方で、40~70歳代ではサブタイプは確認できませんでした。 年代によってどのようにイメージ能力が変化していくか(発達的変化)、に関しては縦断的検討などもふまえて今後も検討が必要です。 研究の背景目の前にはない物や人の顔を頭のなかで思い浮かべることを心理学では「(心的)イメージ」と呼んでいます。ここ10年ほどでイメージを思い浮かべられない特質が報告されるようになり、これをアファンタジア(aphantasia:Zeman et al., 2015)と呼んでいます。 研究が進むなかで、アファンタジアの認知特性などが明らかになりつつあります。一方で、アファンタジアの同定方法や出現率・サブタイプの存在など、研究の根幹にかかわる部分については、未だに不明な点が多々あります。特に、アファンタジアの出現率が年代に応じてどのように分布しているのか、それは発達的に変化するのかなどは、社会におけるアファンタジアの理解を進めるうえで重要なデータとなります。これらを明らかにするため、私たちは社会人を対象とした大規模調査を実施しました。   研究の手法調査参加者オンライン・サンプリングによるweb調査を行いました。調査参加者は20~70歳代の社会人であり、分析対象者は2,558名(男性1,184名,女性1,374名)でした。 本研究の実施については、福島大学研究倫理委員会の審査を経ています(2021-01)。 質問紙【アファンタジアの出現率】アファンタジアかどうかを同定する質問紙として、視覚イメージ鮮明性質問紙(VVIQ: Marks, 1973)を用いました。これは先行研究(Dance et al., 2022;Zeman et al., 2015)でも用いられている基準となります。質問項目には、たとえば“よく会っている親戚とか友人の顔や頭、肩、体の正確な輪郭”や“木や山や湖のある風景の木々の色と形”などについてイメージして、その鮮明度について評定を行うものがありました。評定は、それぞれ5段階(1:全くイメージがわかない~5:完全に明瞭)で求めました。このような質問を16項目設定し、その評定点を合計してアファンタジアに該当するかどうかの基準として用いました(合計点は16点~80点の範囲)。 【アファンタジアのサブタイプ】多感覚イメージについても着目し、イメージ質問紙(QMI:Betts, 1909;Sheehan, 1967)を用いました。質問項目には、たとえば“機関車の汽笛(聴覚イメージ)”や“木綿の布地(触覚イメージ)”などがありました。視覚、聴覚、触覚、運動感覚、味覚、嗅覚、有機感覚(内臓感覚)の7つについて、それぞれ5項目が設定されました(合計で35項目)。評定は、それぞれ7段階(1:全くイメージがわかない~7:完全に明瞭)で求めました。   研究の成果【出現率】アファンタジアの同定基準(VVIQ ≦23:Zeman et al., 2020)をもとに、分析対象者のVVIQ評定点を用いて出現率を算出したところ、3.6%(20歳代)、4.5%(30歳代)、1.7%(40歳代)、1.7%(50歳代)、0.7%(60歳代)、0.8%(70歳代)となりました。つまり、20・30歳代(3.6~4.5%)の方がその他の40~70歳代(0.8~1.7%)よりも出現率が高い結果でした(図2)。 【サブタイプ】各年代のQMI評定点を用いてクラスター分析を行うことで、多感覚アファンタジアや視覚アファンタジアなどのサブタイプがどの程度存在しているか、そして年代による違いがあるかどうかを検討しました。結果として、20・30歳代では多感覚アファンタジアや視覚アファンタジアが抽出されましたが、その他の40~70歳代では確認できませんでした(図3)。   【研究の意義】これまでも、海外の研究(Dance et al., 2022)や国内の私たちの研究(Takahashi et al., 2023)によって、アファンタジアの出現率やサブタイプの存在については報告されてきました。特に私たちの研究(Takahashi et al., 2023)から、サブタイプとして「多感覚アファンタジア」と「視覚アファンタジア」などの存在が明らかとなってきました。このことから、イメージが浮かびにくいアファンタジアの人たちが一定数存在していること、そこには様々なタイプも存在していることがわかります。 さらに本研究により、その出現率は年代によって変化することが明らかとなりました。年代によるアファンタジアの出現率の違いが見られたことは、アファンタジア研究、特にアファンタジアを同定するための基礎データの蓄積に貢献できます。また、今後のアファンタジア研究を展開するうえで、どのような人たちをアファンタジアと定義できるか、その研究法にも寄与するものと考えられます。結果として、アファンタジアの特性解明が進み、社会におけるアファンタジアの理解促進につながるものと期待できます。   今後の課題本研究の限界として、なぜ20・30歳代でアファンタジアの出現率が高くなったのか、そのメカニズムについては十分に説明できていません。たとえば、質問紙における「イメージ評定」に関する意識の個人差が影響したかもしれません(若い人ほど評定がシビアになる、など)。あるいは、イメージ形成には発達的変化があるのかもしれません(数年間の縦断的方法によって解明できるかもしれません)。継続した調査研究が必要であり、今後も信頼性・妥当性のあるアファンタジアの同定方法を追究していきます。 図2. 各年代におけるVVIQの平均評定値(棒グラフ)およびアファンタジアの出現率(折れ線グラフ)。赤枠の範囲が他の年代よりもアファンタジアの出現率が高い。 ※ 本報告用にグラフを作り変えています。   (a) (b) 図3. 多感覚イメージに関するサブタイプの分析(例として、20歳代(a)と70歳代(b)の結果)。20歳代(a)では多感覚アファンタジア(クラスター1)と視覚アファンタジア(クラスター2)が明確に抽出されたが、70歳代(b)でははっきりしない結果であった。 ※ 本報告用にグラフを作り変えています。   掲載誌・論文情報【タイトル】Age differences in visual and multisensory imagery: Notes on distributions of aphantasia and hyperphantasia in individuals aged 20s–70s. 年代における視覚イメージおよび多感覚イメージの違い:20―70歳代におけるアファンタジアとハイパー・ファンタジアの出現率の違い 【著者】Takahashi, J., Omura, K., and Sugimura, S. 【所属】髙橋純一(福島大学) 大村一史(山形大学) 杉村伸一郎(広島大学) 【掲載誌】Neuropsychologia 【公開日】2026年3月12日付けでオンライン公開 【DOI】 https://doi.org/10.1016/j.neuropsychologia.2026.109433   当事者のエピソードに関する翻訳本 『アファンタジア』北大路書房、2021年 国内の当事者を対象としたエピソードをまとめた著書 『イメージの<ない>世界に生きるアファンタジア』北大路書房、2025年   報道発表資料(893.23 KB) 論文掲載ジャーナル(Neuropsychologia) アファンタジア研究に関連する情報 研究情報を発信しているwebサイト 広島大学研究者ガイドブック (杉村伸一郎 教授)   【お問い合わせ先】 【研究に関すること】 福島大学人間発達文化学類教授髙橋純一 MAIL: j-takahashi*educ.fukushima-u.ac.jp   山形大学 教育学部教授大村一史 MAIL: omura*e.yamagata-u.ac.jp   広島大学 大学院人間社会科学研究科 教授杉村伸一郎 MAIL: shinsugi*hiroshima-u.ac.jp   【広報に関すること】 福島大学総務課広報・渉外室 TEL: 024-548-5190 MAIL: kouho*adb.fukushima-u.ac.jp   山形大学総務部総務課秘書広報室 TEL:023-628-4008 MAIL: yu-koho*jm.kj.yamagata-u.ac.jp   広島大学広報グループ TEL: 082-424-3749 MAIL: koho*office.hiroshima-u.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください)

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    2025.12.22
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    遺伝子編集の精度を高める新しい仕組みを開発 ~安全で確実性の高い遺伝子治療や精密さが求められる基礎研究に貢献~

    本研究成果のポイント ヒト細胞内で、遺伝子編集を行う際、オフターゲット作用(不要な場所のDNA切断)が起こらずに、目的の遺伝子修復(HDR)が成功した細胞だけを選別する独自スクリーニングシステムを開発しました。 本システムを用いて、標的 DNA を改変する新規のゲノム編集技術Cas9変異体「HSS Cas9」を獲得しました。HSS Cas9は野生型Cas9よりも特定の標的配列において高いHDR効率を示します。 HSS Cas9とHDRが活発になる細胞周期制御技術(AcrIIA4-Cdt1)を組み合わせることで、不要な変異(インデル)の発生を大幅に抑制し、遺伝子編集の「正確性(HDR/インデル比)」を最大約30倍以上に向上させることに成功しました。 遺伝子編集の精度向上によって、安全で確実性の高い遺伝子治療法の開発や、精密な遺伝子改変が求められる基礎研究分野での活用が期待されます。   概要 広島大学大学院医系科学研究科の松本大亮助教(現東京都医学総合研究所主任研究員)、野村渉教授、山口大学大学研究推進機構中高温微生物研究センターの佐藤悠助教、東京都医学総合研究所宮岡佑一郎再生医療プロジェクトリーダーらのグループはヒト細胞においてHDRが成功するとジフテリア毒素への耐性を獲得する仕組みと緑色蛍光の消光によりオフターゲット作用を検出する仕組みを利用した、独自のスクリーニングシステムを構築しました。このシステムを用いてCas9変異体ライブラリを探索した結果、2つの新規アミノ酸変異(I795V/K918E)を持つ「HSS Cas9」を同定しました。HSS Cas9は、野生型Cas9と比較して、特定の遺伝子標的(EMX1, VEGFAなど)において高いHDR効率を示しました。さらに、HSS Cas9と細胞周期依存的にCas9を活性化させる技術(AcrIIA4-Cdt1)を組み合わせることで、インデルの発生を強く抑制し、遺伝子編集の正確性(HDR/インデル比)を飛躍的に向上させることに成功しました。本成果は、より安全で高精度な遺伝子治療技術の開発に貢献するものです。 本研究成果は、「Journal of Biomedical Science」(IF=12.1)に令和7年12月3日付でオンライン掲載されました。   <発表論文> 論文タイトル Screening Strategy to Identify Cas9 Variants with Higher HDR Activity Based on Diphtheria Toxin   著者 松本大亮1,2,3,*、久保田小茉利1、佐藤悠4、加藤-乾朋子3、濁川清美1,2、宮岡佑一郎3、野村渉1,2,* 1.広島大学薬学部 2.広島大学大学院医系科学研究科 3.東京都医学総合研究所 4.山口大学大学研究推進機構中高温微生物研究センター * 責任著者   掲載雑誌 Journal of Biomedical Science (IF=12.1)   DOI番号 DOI: 10.1186/s12929-025-01197-9   研究助成 この研究成果は、科研費、JSPS 地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)JPJS004 20230011、HIRAKU-Global、武田科学振興財団、内藤記念科学振興財団、上原記念生命科学財団、持田記念医学薬学振興財団、鈴木謙三記念医科学応用研究財団の支援を受けて研究を行い、得られたものです。   背景 ゲノム編集技術は、遺伝性疾患やがんの治療法として期待されています。ゲノム編集技術では、標的とする遺伝子を切断することが必要となります。これまでにジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)やTALEN(例:Platinum TALEN)などが開発されてきており、現在では目的に沿った使い分けが可能な状況となっています。そのなかでもCRISPR-Cas9は標的配列を自在に特異的に標的化できるという点から、主要なゲノム編集ツールとして汎用されています。これらのツールはいずれも標的とする遺伝子配列を切断する機能を持っています。しかし、DNAを切断した後、あらかじめ用意した正しい遺伝子配列(テンプレートDNA)を使って正確に修復する「HDR(相同組換え修復)」の効率が低いことが大きな課題でした。ゲノム編集では、多くの場合に標的配列がエラーを伴いやすい「NHEJ(非相同末端結合)」によって修復されてしまい、意図しない変異(インデル)が生じてしまうためです。精度の高いゲノム編集によってより安全性の高い遺伝子治療が可能となりますが、この実現には、HDR効率を向上させることが不可欠です。しかし、これまでに決定的な解決策は示されていません。   研究成果の内容 研究グループはまず、ヒト細胞内でHDRによる修復に成功した細胞だけが生き残り、緑色蛍光タンパク質の消光によってゲノム編集操作における副作用であるオフターゲット作用を検出する、スクリーニングシステムを開発しました(図1)。このシステムを用いて、Cas9のDNA切断に関わるドメインにランダムな変異を導入したライブラリを探索した結果、これまでに報告のなかった2つのアミノ酸変異(I795V/K918E)を持つ変異体「HSS Cas9(HDR-Screening-Selected Cas9)」を発見しました(図2)。このHSS Cas9は、野生型のCas9と比較して、特定の遺伝子標的において高いHDR効率を示しました。 さらに、研究グループはHSS Cas9と、HDRが活発になる細胞周期(S/G2期)でのみCas9を活性化させる既存の技術(AcrIIA4-Cdt1)を組み合わせました。その結果、望まない変異(インデル)の発生を劇的に抑制しつつ、高いHDR効率を維持することに成功。編集の「正確性(HDR/インデル比)」を、標的遺伝子によっては野生型Cas9と比べて最大約30倍以上に向上させることを実証しました(図3)。   今後の展開 Cas9によるヒト細胞のゲノム編集が報告されてから10年以上が過ぎ、基本特許の有効期間も折り返しの10年間を迎えています。今回開発されたスクリーニングシステムは、ランダムなCas9変異体の中からヒト細胞内での高精度な修復を起こしやすい変異体を選抜することができます。今後、このスクリーニングシステムに改良を加えながら、より大規模なスクリーニングを実施することで、新たなバージョンのHSS Cas9の獲得に展開していきます。これによって、より安全で確実性の高い遺伝子治療法の開発や、精密な遺伝子改変が求められる基礎研究分野での活用が期待されます。   参考資料 図1.スクリーニングシステムの概略図 図2.獲得した変異体の活性確認(#27がHSS Cas9) 図3.HSS Cas9の細胞周期依存的な活性化(WT: 野生型Cas9, HSS: HSS Cas9, A4C: AcrIIA4-Cdt1, PO: ホスフォジエステル結合の一本鎖オリゴの鋳型, PS: ホスフォロチオエート結合(末端3塩基)の一本鎖オリゴの鋳型)   【プレスリリース】遺伝子編集の精度を高める新しい仕組みを開発~安全で確実性の高い遺伝子治療や精密さが求められる基礎研究に貢献~.pdf(398.74 KB) 掲載雑誌:Journal of Biomedical Science 研究者ガイドブック(野村渉教授)   【お問い合わせ先】   <研究に関すること> 東京都医学総合研究所主任研究員松本大亮 Tel:03-5316-3129 E-mail:matsumoto-ds*igakuken.or.jp   広島大学大学院医系科学研究科教授野村渉 Tel:082-257-5308 E-mail:wnomura*hiroshima-u.ac.jp   山口大学大学研究推進機構 中高温微生物研究センター助教 佐藤悠 Tel:083-933-5841 E-mail: yusato*yamaguchi-u.ac.jp   <報道に関すること> 広島大学 広報室 Tel:082-424-4518 FAX 082-424-6040 E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp   公益財団法人 東京都医学総合研究所 事務局研究推進課乙竹・伊藤 Tel:03-5316-3109   山口大学総務企画部総務課広報室 Tel:083-933-5007 E-mail:sh011*yamaguchi-u.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください)

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    2026.02.02
    • 医療/ヘルスケア
    放射線治療が短時間中断した場合の影響を補正する新技術を開発 ~3次元補償が可能な治療計画システム(BART)の開発~

    本研究成果のポイント がんの放射線治療において予期せぬ治療の中断にも対応できる治療計画構築システム(BART)を開発しました。 治療効果の低下を抑え、がん患者の治療におけるQOL向上につながります。   概要 広島大学病院放射線部の河原大輔准教授を中心とする研究チームは、肺がん患者に対する放射線治療において、短時間の治療中断による影響を補正する新たなBARTシステムを開発しました。放射線治療中に発生する予期しない中断(機器の故障や患者の体調不良など)は、がん細胞の回復を引き起こし、治療効果を低下させることがあります。本研究では、この短時間の治療中断に伴い減少する、治療に必要な放射線量を補償する技術を開発し、従来の治療計画システムに統合する方法を示しました。 この新しいアプローチは、臨床現場において即座に適用可能であり、放射線治療の精度を高めるだけでなく、患者の治療効果をより確実にする可能性を示唆しています。 本研究成果は、2025年4月発行の「Medical Physics」誌に掲載されました。   <発表論文> 論文タイトル Biological adaptive radiotherapy for short-time dose compensation in lung SBRT patients   著書 Daisuke Kawaharaa,*, Akito S Koganezawac,*, Takuya Wadaa,b, Yuji Murakamib a Department of Radiation Oncology, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University, Hiroshima 734-8551, Japan b Radiation Therapy Section, Department of Clinical Practice and Support, Hiroshima University Hospital, Hiroshima 734-8551, Japan cRobotics and Artificial Intelligence Course, Department of Integrated Science and Engineering, Faculty of Science and Engineering, Teikyo University, Tochigi 320-8551, Japan   掲載雑誌 Medical Physics   DOI番号 10.1002/mp.17820   背景 がんの放射線治療1回にかかる治療時間はおよそ10分~30分程度です。治療中、ごくたまに装置のトラブルや患者さんの体調変化が起こり、数10分~数時間程度治療を中断する場合があります。この中断の間にがん細胞が回復してしまい、治療の効果が低下することが知られています。これを防ぐためには、治療中断中にがん細胞がどれくらい回復するのか把握し、その回復量に応じて治療強度を高めることが必要になります。   研究成果の内容 本研究では、治療の中断に伴うがん細胞の回復量を数値で表すために、「微視的動力学モデル(MKM)」を採用し、治療を中断した日数に応じて必要な補償係数と追加線量を自動的に算出するシステム(BART)を開発しました。このシステムを用いて、肺がん患者を対象にした放射線治療において、治療の中断による影響を評価し、BARTシステムによる補償後、目標線量の低下を最小限に抑えることができることを確認しました。 また、このシステムをもちいた解析により、30分の治療中断で減少する放射線量は12.1%、120分の中断で19.0%までに達することが確認されました。補償後、BARTシステムは、放射線治療計画装置上での1度の最適化計算により、当初の計画と同等の治療効果を有する新たな治療計画を作成することができ、補償後の周囲のリスク臓器への線量は許容範囲内に収まることが確認されました。   今後の展開 本研究により、治療期間の延長による影響を生物学的に補償する新たな技術が確立されました。これにより、臨床現場で頻繁に発生する治療中断の問題に対して、生物学的根拠に基づく高精度な補償計画を迅速に提供することが可能になります。BARTは、がんの放射線治療における治療計画を生物学的に最適化する手段として実用性が高く、今後は他部位への応用や、生物学的な個人パラメータを推定する技術の開発を進める予定です。また、治療中断が複数回発生する場合にも対応できるよう、補償計算の精度向上を目指して研究を進めていきます。   用語解説 #1BD(Biological Dose:生物線量) 生物線量(BD)は、放射線治療における腫瘍や正常組織の反応を評価するための指標で、治療中断などによって生じる生物学的影響を補償するために計算されます。   #2MKM(Microdosimetric Kinetic Model:微視的動力学モデル) 微視的動力学モデル(MKM)は、放射線治療における生物学的影響を計算するためのモデルです。このモデルでは、放射線のエネルギー分布や細胞修復のダイナミクスを考慮し、治療中断によるBDの減少と補償線量の計算を行います。 図1治療中断で不足するBDを補償する新規BARTシステムの概要 表1中断時間による肉眼的腫瘍体積(GTV)および計画標的体積(PTV)の生物学的線量(BED)の変化。中断によってGTV、 PTVともに低下するがBARTにより同等に補償されている。   報道発表資料(391.76 KB) 掲載ジャーナル:Medical Physics 研究者ガイドブック(河原 大輔 准教授)   病院放射線部准教授河原大輔 Tel:082-257-1545FAX:082-257-1546 E-mail:daika99@hiroshima-u.ac.jp

    • バイオエコノミー
    • 医療/ヘルスケア
    2025.09.24
    • バイオエコノミー
    • 医療/ヘルスケア
    ヒトの腫瘍微小環境と治療への反応を再現する新規マウス大腸がんモデルの確立とその応用​

    アピールポイント マウスの大腸上皮細胞特異的に転写活性を持つプロモーター配列(CDX2P-9.5kb)を発見しました。​ CDX2Pを応用してヒトの右側結腸癌と左側結腸癌を再現する大腸癌マウスモデルを確立しました。​ ヒトの大腸癌分子サブタイプ(CMS)を再現した高度浸潤癌と粘液癌マウスモデルを作成しました。​ 薬剤のスクリーニングに有用な治療抵抗性高度浸潤型大腸癌マウスモデルを作成しました。   研究者のねらい 大腸癌は罹患数,死亡者数が多く対策が急務で、特に治療抵抗性大腸癌に対する新規治療薬の開発は重要な課題である。大腸癌は、4つのサブタイプに分類したConsensus Molecular Subtype (CMS)、それを改良したIMF分類のiCMS3サブタイプは、PI3K-PTENシグナル異常などを特徴とし最も予後不良なサブタイプで有効な治療薬が未だ無い。​   私共は独自の大腸上皮細胞特異的コンディショナル複合的遺伝子改変マウスの技術を使って、CMSサブタイプを再現するマウスモデルを確立してきた。このうち治療抵抗性で予後不良なiCMS3サブタイプを再現する高度浸潤型のApc+Ptenマウスモデルを使って、大腸癌に対する新規化合物や抗体薬のスクリーニングや治療効果を評価する共同研究を提示する。 研究内容​ 私共は、大腸癌関連遺伝子として腸上皮の分化に関わるホメオボックス転写因子CDX2の研究を行う中、そのプロモーター領域(CDX2P-9.5kb)に、マウスの大腸上皮細胞特異的に転写活性を持つ領域を発見し、この配列を利用して世界で最初の自然発生による遠位大腸に腫瘍が好発する大腸浸潤癌マウスモデル(CPC-Apcマウス、左側結腸癌モデル)を確立した。 ​   このモデルをさらに改良してMSI発現誘導型のCreマウスCDX2P-G22Creマウスを作成してApc欠損させたところ、近位大腸に腫瘍が発生する大腸癌浸潤癌モデル(G22Cre-Apc)を作成することができた(図1)。​   いずれも12ヶ月経過観察をして、浸潤癌の発生率が17%で生存期間中央値が160日であるため、浸潤癌の治療効果を検証するには不十分と思われた。​   私共は、Apcに変異を持つCPC-APCマウスに別のドライバー遺伝子(Kras, Braf, Tgfbr2, Ptenなど)組み合わせた遺伝子変異を持つ様々な複合的遺伝子改変マウスモデルを作成し、その腫瘍の組織型や悪性度を解析したところ、高度浸潤癌(CMS3)や粘液癌(CMS4)などの分子サブタイプの特徴に一致したマウスモデルが確立できた(図2)。   Apc+Ptenマウスは予後不良(図3,4)の高度浸潤癌が発生するが、PI3K-PTENシグナルの標的分子に対する阻害剤が著効する(図5)ことから、PI3K-PTENシグナル異常を持つ治療抵抗性の大腸癌や高度浸潤型の大腸癌に対して、抗腫瘍効果を持つ新規化合物や抗体薬をスクリーニングする上で極めて有用と思われる。 想定される用途・応用先 私共が開発したヒト高度浸潤型大腸癌のプロファイルを持つマウスモデルを用いることで、治療抵抗性大腸癌に高頻度で認められるPI3K-PTENシグナルを標的とした新規化合物や抗体薬のスクリーニングならびに大腸癌の浸潤やがんの微小環境に作用する薬剤の治療効果を評価するために有用なマウスモデルである。評価方法についてもマウス用の大腸内視鏡を使う評価方法から、腫瘍から確立したオルガノイドを使った細胞培養実験での評価も可能である。​   関連情報 代表的な論文:​ Hinoi T, Fearon ER et al. Cancer Res. 2007 Oct 15;67(20):9721-30.​ Akyol A, Hinoi T, Fearon ER et al. Nat Methods. 2008 Mar;5(3):231-3​ Kochi M, Hinoi T e al. Cancer Sci. 2020 Oct;111(10):3540-3549​ Itakura H, Hinoi T, Yamamoto H et al. iScience. 2023 Mar 23;26(4):106478​ 企業に望む事:私共の作成したマウスモデルを使って大腸癌の治療開発や薬剤スクリーニングについての共同研究や競争的資金の獲得   研究者 檜井孝夫 広島大学 病院(医) 教授   2025年BioJapan出展

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    • 医療/ヘルスケア
    2026.05.20
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    原子力・放射線事故発生時にスマホを使って現場で放射線測定が可能に 安価で持ち運べる線量測定システムを開発

    【本研究成果のポイント】 市販の線量計用ラジオフォトルミネセンス(RPL)ガラスと携帯可能な紫外線(UV)照射装置(価格5万円前後)、およびスマートフォンを組み合わせた、低コストで携帯可能な緊急時線量測定技術を開発 緊急事態発生時に個人で高線量被ばくの検出・評価が可能に 放射線影響が懸念される線量レベルでの測定精度は5%未満 現場における患者の迅速なトリアージに貢献   【概要】広島大学原爆放射線医科学研究所線量測定評価研究分野の大学院生・リサーチアシスタントであるソヘイル・アガバクルイと保田浩志教授は、株式会社千代田テクノル大洗研究所(茨城県)の柳田由香研究員、小口靖弘所長の両氏とともに、スマートフォンを使った緊急時用の線量測定技術を新たに開発しました。本研究成果は2026年3月17日、The European Physical Journal Plus誌(Springer Nature社)に掲載されました。   【背景】放射線被ばくの影響から人々を守るには、迅速な個人単位の線量評価が不可欠です。銀を添加したアルカリリン酸塩ガラスからなるRPL線量計は、個人被ばくおよび環境モニタリングに広く用いられています。 しかし、RPL線量計の読取りには通常、大型で高価な装置が必要であり、原子力事故等の放射線緊急事態に求められる、被ばくした人の線量を現場で直ちに評価して適切な医療処置を施せるようにすることは困難です。安価で個人で携行できる装置を用いて、誰もが正確で再現性の高い線量測定ができるようになれば、より安全・安心な放射線業務の遂行と、万が一の事故発生時にも迅速で確かな治療の実施につながるものと期待されます。   【研究成果の内容】放射線業務従事者の被ばく管理に使われている市販のRPLガラス(8mm×8mm×1.5mm)に、X線(160kVp、6.3mA)を0.5~10Gyの範囲で照射し、携帯型UV照射器(波長λ=254mm)でUV光を当てると、RPLガラスは青色から線量に応じた強度のオレンジ色へ変化することが確認されました。このRBG(赤・緑・青)カラー画像を、ISO感度(ISO)、ホワイトバランス(WB)、シャッタースピード(SS)を変えながら、異なるタイプのスマートフォン(サムソン社製GalaxyS23およびNote8)で撮影し(図1)、色強度と線量の関係を明らかにしました。 RGB色成分のうち、赤色は両スマートフォンにおいて最も強く、かつ一貫した線量応答を示しました。高感度測定(ISO800~1600、ホワイトバランス9000~10000K、シャッタースピード0.1秒)の撮影条件では相対的な背景ノイズが最小になり、RPLの強度を正確に(3回の測定で5%未満の変動で)測定できることが確認できました(図2)。本研究で得られた知見から、RGB色強度と線量との関係を予め定量化しておき、スマートフォンのカメラ設定を最適化すれば、本研究で提案した安価なシステムを用いて、放射線誘起RPLを正確に測定し、放射線の健康への影響の観点から重要な0~10Gyの線量範囲を正確に評価できることが確認されました。   【今後の展開】本研究で得られた知見を基盤として、今後はさらに小型で安価なUV照射装置および最新モデルのスマートフォンの多様な組み合わせに適用できる、標準となる緊急時線量測定用のプロトコル確立を目指して検討を進めていく予定です。   【論文情報】 掲載誌:The European Physical Journal Plus 論文タイトル:A low-cost emergency dosimetry technique using radiophotoluminescence glass DOI:https://doi.org/10.1140/epjp/s13360-026-07529-4 著者名:Soheil Aghabaklooei, Hiroshi Yasuda*, Yuka Yanagida & Yasuhiro Koguchi   本研究は、日本学術振興会(JSPS)「Japan’s Peak Research Universities形成プログラム(JSPS J-PEAKS)」および「放射線災害医療科学ネットワーク型共同利用・共同研究拠点プログラム」の一部支援を受けて実施されました。   報道発表資料(465.48 KB) 論文掲載ジャーナル (The European Physical Journal Plus) 広島大学研究者ガイドブック (保田浩志 教授)   【お問い合わせ先】 広島大学原爆放射線医科学研究所保田浩志 Tel:082-257-5872FAX:082-257-5873 E-mail:hyasuda*hiroshima-u.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください)

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 医療/ヘルスケア
    2025.12.22
    • 環境エネルギー
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    寒さに耐える冬眠動物の筋幹細胞 ~再生能力を意図的に抑える「省エネ戦略」~

    本研究成果のポイント 冬眠動物は、極端な体温低下と長期間の不活動を経験するにもかかわらず、筋肉の衰えを驚くほど防いでいます。本研究では、冬眠動物の“筋肉が衰えない仕組み”の一端が、「組織幹細胞を生かしたまま、再生を抑える」というエネルギー節約戦略にある可能性を示しました。   概要 ハムスターやクマなどの冬眠動物では、骨格筋の幹細胞(サテライト細胞)が極端な低温下でも死なずに生存できることを発見 その低温耐性機構は、フェロトーシス(鉄依存性細胞死)を抑える細胞内の抗酸化システムにより成立 しかし生存した細胞は、筋形成に必要な「活性化・分化」プログラムを意図的に抑制しており、増殖能力が低温下では大きく低下 実際にハムスターでの筋損傷モデルでも、冬眠中は筋再生が著しく遅延 冬眠動物は「細胞死は防ぐが、エネルギー消費の大きい炎症・再生反応は抑える」という、エネルギー節約型の“冬眠モード”を幹細胞レベルで備えていることが明らかに   広島大学大学院 医系科学研究科 生理機能情報科学の宮﨑充功准教授らの研究グループは、福山大学薬学部・渡邊准教授、北海道大学大学院獣医学研究院・下鶴准教授、北里大学理学部・塚本助教、北海道大学低温科学研究所・山口教授らとの共同研究により、冬眠する哺乳類が、極端な低温環境でも筋肉の幹細胞(サテライト細胞)を死なせず保持する一方、筋形成に関わる遺伝子群の働きを大幅に抑制し、あえて再生を遅らせる仕組みを解明しました。 本研究成果は、米国実験生物学会連合の学術誌The FASEB Journal に掲載されました。 また、本研究成果は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。   掲載雑誌: The FASEB Journal, 2025; 39:e71297 URL: https://doi.org/10.1096/fj.202502651R 題目: Cold-induced suppression of myogenesis in skeletal muscle stem cells contributes to delayed muscle regeneration during hibernation 著者: Tatsuya Miyaji, Ryuichi Kasuya, Mayuko Monden, Yutaka Tamura, Michito Shimozuru, Toshio Tsubota, Daisuke Tsukamoto, Guangyuan Li, Shota Kawano, Yuri Watanabe, Yoshifumi Yamaguchi, Masatomo Watanabe, and Mitsunori Miyazaki* *Corresponding author (責任著者) doi: 10.1096/fj.202502651R   背景 一般に、骨格筋は長期間使われないと萎縮し、筋肉を形成するための幹細胞の働きも弱まるため、冬眠によりほとんど動かない期間が続くと、通常なら筋肉が衰えると考えられます。しかし冬眠動物では、数か月におよぶ極度の不活動と低体温にもかかわらず、筋肉量がほとんど失われません。この理由はこれまでも研究されてきましたが、明確な答えは出ていませんでした。 本研究は、冬眠動物の筋肉が衰えない背景に「細胞死を防ぎながら再生は抑制する」という、冬眠期特有のエネルギー節約戦略が存在することを、世界で初めて幹細胞レベルで示しました。   研究内容と成果 1. 冬眠動物の筋幹細胞は、極端な低温ストレス下でも死なない 研究チームはまず、冬眠動物のサテライト細胞※1が低温ストレスに対して著しい抵抗性を示すことを発見しました。冬眠する動物(シリアンハムスター、シマリス、ツキノワグマ等)と冬眠しない動物(マウス、ラット等)の細胞をそれぞれ4℃の低温に24~48時間さらしたところ、冬眠しない動物の細胞は大半が死滅するのに対し、冬眠する哺乳類の筋肉から得た細胞はほぼ死なずに生存しました。解析の結果、冬眠動物の細胞では、鉄依存性細胞死(フェロトーシス)※2を抑える抗酸化システムが成立しており、これが極端な低温下でも細胞死を防ぐ鍵であることが分かりました。 図1|冬眠動物の筋幹細胞は極端な低温下でも死なずに生き残る マウスやラットなど冬眠しない動物では、4℃の低温にさらすと筋幹細胞の多くが死んでしまいます(赤色:死んだ細胞)。一方、シリアンハムスター、シマリス、ツキノワグマといった冬眠動物では、同じ低温条件でも細胞がほとんど死なずに生き残ります。右下のグラフは、低温条件下における48時間後の細胞死の割合を示しており、冬眠動物の細胞が「細胞レベルで寒さに強い」ことが分かります。   2. 低温下で生存した筋幹細胞は「活性化できない = 筋再生スイッチが切られる」 さらに、低温環境を生き延びた細胞のふるまいを詳しく調べたところ、筋肉の形成に必要な MyoD※3 や Myogenin※4 などの遺伝子群が大きく抑制されており、筋肉の組織幹細胞が“生存するが再生は遅らせる”という特殊な待機状態にあることが明らかになりました。これは、冬眠動物のサテライト細胞が、低温ストレス下では再生スイッチを積極的にオフにすることで、状態を維持していることを示しています。 図2|低温にさらされたハムスター筋幹細胞では、筋形成に関わる遺伝子だけがまとまって弱まる   左図は、ハムスターの筋幹細胞を4℃に冷却した際の遺伝子発現を網羅的に解析した結果です。緑色の点は、発現量が統計学的に有意に“減少した”遺伝子を示し、逆に“増加した”遺伝子は1つも見られませんでした。右図は、それら発現が減少した遺伝子の特徴を調べたGene Ontology※5解析の結果で、筋肉の形成や構造維持に関わる遺伝子群が特に大きく抑制されていることが分かります。これらの結果は、低温下で生存した細胞が、筋形成・再生を開始するための遺伝子プログラムを意図的に落としていることを示しています。   3. 冬眠期のハムスターでは、実際に筋再生が遅延 冬眠期間のハムスターは、体温を周期的に大きく下げる「深冬眠」※6と体温が常温に戻る「中途覚醒」※7を繰り返します。この状態で筋肉が傷つくと、通常であれば見られるはずの再生マーカー eMyHC※8 の発現がほとんど確認されず(下図右下)、再生途中の小さな筋線維も形成されません(右上)。さらに、再生の初期に重要なサテライト細胞の活性化や免疫細胞(マクロファージ※9)の浸潤も大幅に抑えられていました。これらの結果は、冬眠中の生体がエネルギーを節約するため、炎症反応や再生反応といった代謝負荷の高いプロセスを意図的に遅らせている、つまり、省エネモードに入っていることを示しています。 図3|冬眠中のハムスターでは筋再生がほとんど進まない   冬眠期のハムスターは体温低下(深冬眠)と復温(中途覚醒)を繰り返します。この状態で筋損傷を起こすと、再生マーカー eMyHC の発現がほとんど見られず、サテライト細胞の活性化や免疫細胞の浸潤も弱く、筋再生が大きく遅れることが分かります。   本研究の意義と今後の展開 本研究は、冬眠動物が「筋肉の幹細胞を死なせずに保持しつつ、再生は適温に戻るまで待機させる」という高度な省エネ戦略を備えていることを明らかにした点で重要です。これらの知見は将来的に、臓器や細胞の低温保存技術の高度化、長期不活動に伴う筋萎縮予防、さらには人工的な冬眠・低代謝医療の開発など、ヒト医療への応用可能性を広げるものと期待されます。   現在、冬眠中に生じる筋再生抑制がどのような分子機構で制御されているのか、特にエピジェネティクスや神経—筋連関などの側面はいまだ明らかになっていません。研究チームは今後、これらの分子機構の解明を進め、冬眠状態を人工的に誘導・制御しうる基盤的知見の確立を目指しています。   用語解説 ※1 サテライト細胞(筋幹細胞) 骨格筋に存在する「筋肉の幹細胞」。普段は休んでいるが、運動やけがが起こると活性化し、筋肉を修復・再生する役割を持つ。   ※2 フェロトーシス(鉄依存性細胞死) 細胞内の鉄が引き起こす「脂質の酸化」により生じる特殊な細胞死の一種。低温ストレスによる細胞死はフェロトーシスを介して起こる。   ※3 MyoD(マイオディー) 筋幹細胞が「筋形成・筋再生を始める」ときにスイッチとなる転写因子。活性化すると筋肉に分化する方向へ進む。低温では発現が抑えられる。   ※4 Myogenin(マイオジェニン) 筋幹細胞が筋細胞として成熟していく過程で重要となる転写因子。筋再生の“後半”を進める役割がある。   ※5 Gene Ontology(遺伝子オントロジー解析) 膨大な遺伝子の機能を「どんな役割をしているか」で分類し、特定の条件下でどの機能の遺伝子が変化したかを調べる手法。   ※6 深冬眠(Deep Torpor) 小型の冬眠動物が体温を大きく下げ、代謝を極端に落とした状態。体温が数℃まで下がることもある。クマなど大型の冬眠動物の場合、代謝低下は認められるものの、小型動物ほどの極端な体温低下は起こらない。   ※7 中途覚醒(Interbout Arousal) 冬眠中に体温が一時的に正常レベルまで戻る短い覚醒期。小型の冬眠動物はこの「深冬眠」と「中途覚醒」を繰り返す。   ※8 eMyHC(embryonic Myosin Heavy Chain) 再生途中の新しい筋線維に発現する「再生マーカー」。筋損傷後に通常であれば増えるが、冬眠期はほぼ発現しない。   ※9 マクロファージ 筋損傷の修復に重要な免疫細胞。壊れた筋細胞を処理し、筋幹細胞の活性化をサポートする。冬眠期は浸潤が強く抑制される。   報道発表資料(636.78 KB) 掲載雑誌:The FASEB Journal 研究者ガイドブック(宮崎 充功准教授) 【お問い合わせ先】 (研究に関すること) 広島大学大学院医系科学研究科生理機能情報科学 准教授宮﨑充功 Tel:082-257-5435 E-mail:mmiya4@hiroshima-u.ac.jp   (報道に関すること) 広島大学広報室 Tel:082-424-4383 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp

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