• HOME
  • 研究成果紹介
  • 産学連携スキーム
  • センター・拠点
  • 組織紹介
  • EN
  • JP

研究成果紹介

研究成果を検索いただけます

※教員の職名・所属等は記事公開時点の情報であり、最新情報とは異なる場合があります。

Category

─ 研究成果をカテゴリー別に集約 ─
  • 環境エネルギー
  • 気候変動/エネルギー/GX
  • 自然共生/ネイチャーポジティブ
  • 循環経済
  • 食料/農林水産業
  • 防災
  • 介護/福祉
  • デジタル/AI
  • モビリティ
  • インフラ
  • フュージョン
  • 情報通信
  • 宇宙
  • 量子
  • 半導体
  • 素材
  • バイオエコノミー
  • 資源
  • 海洋
  • 医療/ヘルスケア
  • 教育/人材育成
  • 健康/スポーツ
  • 経営/組織運営/デザイン
  • 融合領域

キーワード検索

─ 研究成果をキーワードで探す ─
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 医療/ヘルスケア
    2026.02.20
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 医療/ヘルスケア
    ボノボ(大型類人猿)とテナガザル(小型類人猿)のiPS細胞と 脚腕の元になる細胞の作製に成功 —霊長類発生進化学・生物多様性保全・動物園獣医学の統合推進に貢献 —

    本研究成果のポイント ボノボ(大型類人猿)とテナガザル(小型類人猿)からiPS細胞(※1)を作製 類人猿のiPS細胞から四肢骨格の起源である細胞を作出することに成功 進化研究・生物多様性保全・動物園獣医学の3分野融合「動物園まるごとiPS細胞化プロジェクト」を大きく展開   概要 今村公紀 准教授(研究当時:京都大学ヒト行動進化研究センター助教、現:金沢大学医薬保健研究域)、博士課程4年 濱嵜裕介(京都大学ヒト行動進化研究センター)、今村拓也 教授(広島大学大学院統合生命科学研究科)、博士課程1年 飽田寛人(広島大学大学院統合生命科学研究科)らの研究グループは、京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリ(熊本県宇城市)、公益財団法人日本モンキーセンター(愛知県犬山市)、豊橋総合動植物公園(愛知県豊橋市)、東山動植物園(愛知県名古屋市)、大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)、名古屋大学 一柳健司 教授、総合研究大学院大学 田辺秀之 准教授らと共同で、大型類人猿ボノボと小型類人猿テナガザルから、ゲノムに外来遺伝子が挿入されない人工多能性幹細胞(iPS細胞)の作製に成功しました。 今回作製したiPS細胞について、複数種の霊長類iPS細胞の遺伝子発現パターンを比較した結果、iPS細胞の遺伝子発現は霊長類進化の系統関係を反映していること、ならびに種特異的な特徴を同定しました。また、本研究では、作製した類人猿iPS細胞から四肢骨格の起源である細胞(肢芽中胚葉細胞)を誘導することにも成功しました。本成果は、霊長類の進化発生学(エボデボ)、生物多様性の保全、動物園獣医学の発展を統合的に推進するための重要な基盤になると考えられます(図1)。   雑誌名:BMC Genomics タイトル:Generation and transcriptome profiling of bonobo induced pluripotent stem cells using stealth RNA vectors: a tripartite comparative study with humans and chimpanzees. 著者:Yusuke Hamazaki,、Hiroto Akuta、Hikaru Suzuki、Hideyuki Tanabe、Tsubasa Suzuki、Kouki Inoue、Kenji Ichiyanagi、Takuya Imamura*、Masanori Imamura*. BMC Genomics、in press DOI:https://doi.org/10.1186/s12864-025-12400-4 (open access) 雑誌名:Frontiers in Cell and Developmental Biology タイトル:Generation and characterization of induced pluripotent stem cells of small apes. 著者:Yusuke Hamazaki、Hiroto Akuta、Hikaru Suzuki、Hideyuki Tanabe、Kenji Ichiyanagi、Takuya Imamura、Masanori Imamura*. Front Cell Dev Biol, 13: 1536947 (2025) DOI:https://doi.org/10.3389/fcell.2025.1536947 (open access) 背景 ヒトとサルの境目はどこにあり、両者は何が違うのでしょうか。生物学的にヒトはヒト上科というグループに属し、ニホンザルのようなサル類と区分されます。ヒト上科にはヒトの他に大型類人猿(ボノボやチンパンジー、ゴリラ、オランウータン)と小型類人猿(テナガザル)が分類されます。なかでもボノボとチンパンジーはヒトに最も近縁な現生類人猿であり、ヒト、ボノボ、チンパンジーの3種の比較はヒト固有の特性を解明する糸口になります。一方、小型類人猿はヒトとの共通祖先から最も早く、最も古い時期に分岐しました。したがって、小型類人猿は系統進化上、ヒト・大型類人猿とサル類の中間に位置しており、サルからヒトへの進化の過程を解明する上で非常に重要な存在といえます。 研究成果の内容 ■ 1|ボノボiPS細胞とテナガザルiPS細胞の作製に成功 本研究では、京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリ(熊本県宇城市)で飼養されているボノボとチンパンジーについて、健康診断時に採血された余剰血液から末梢血単核球を分離・培養しました。また、日本モンキーセンター(愛知県犬山市)、豊橋総合動植物公園(愛知県豊橋市)、東山動植物園(愛知県名古屋市)、大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)と連携し、動物園で自然死した小型類人猿3種5個体(シロテテナガザル、アボットハイイロテナガザル、フクロテナガザル)の皮膚片から線維芽細胞を培養しました。これらの細胞にゲノムに外来遺伝子が挿入されない方法で初期化因子を導入することでiPS細胞の作製を行った結果、ボノボ2個体、チンパンジー1個体、テナガザル3個体(シロテテナガザル1個体、フクロテナガザル2個体)のiPS細胞を作製することに成功しました(図1)。   ■ 2|iPS細胞の霊長類種ごとの特徴を遺伝子発現パターンから解析 ヒト、大型類人猿(ボノボ、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン)、小型類人猿(シロテテナガザル、フクロテナガザル)、サル類(アカゲザル、カニクイザル)のiPS細胞について、遺伝子発現プロファイルを比較解析したところ、iPS細胞の遺伝子発現は霊長類の系統関係を反映したパターンに分類されること(サル類、小型類人猿、大型類人猿、ヒトの順に分岐)がわかりました。さらに、ヒト、ボノボとチンパンジーの間で異なる遺伝子発現や、テナガザルだけで見られる遺伝子発現など、種に特異的な特徴も検出されました。   ■ 3|類人猿iPS細胞から四肢骨格の起源(脚腕の元)である肢芽中胚葉細胞の誘導に成功 作製した類人猿(ボノボ、チンパンジー、テナガザル)のiPS細胞から四肢骨格の起源(腕脚の元)である肢芽中胚葉細胞を作出することに世界で初めて成功しました。腕と脚の長さはサル類ではほぼ同じであるのに対し、類人猿では脚に比べて腕が長く、ヒトでは反対に腕に比べて脚が長くなります。霊長類iPS細胞から肢芽中胚葉細胞を分化誘導する実験系は、脚腕の長さという類人猿やヒトの四肢の特徴がどのようなメカニズムによって進化してきたのかを解明することに役立つと考えられます。     今後の展開 本研究は「動物園まるごとiPS細胞化プロジェクト」の一環として、動物園と連携して実施しました。本プロジェクトは、動物園や飼養施設にいる動物たちの細胞バンク化とiPS細胞の作製を行うことで、以下の3つの活用に繋げることを目的としています。   ■ 1|哺乳動物の進化発生学(エボデボ研究)の進展 哺乳動物のiPS細胞を作製することで、哺乳動物が進化させた多様性や新奇性のメカニズムの解明が期待されます。今後は、動物園にいるさまざまな動物のiPS細胞から四肢を形成する肢芽中胚葉細胞を分化誘導することで、脚腕の長さや形の発生進化研究を展開する予定です。   ■ 2|生物多様性の保全 ボノボやテナガザルをはじめ、多くの希少動物は絶滅の危機に瀕しており、遺伝資源の保存は喫緊の課題です。本研究で進める細胞バンク化(動物由来の細胞を長期保存・再利用可能な形で蓄積すること)とiPS細胞の作製は、絶滅危惧種の「細胞レベルで生きた遺伝資源」を長期的に保存・活用できる基盤となります。   ■ 3|動物園獣医学の発展 希少動物では疾患研究や治療法の検討が難しい場合があります。iPS細胞を活用することで、動物種ごとの疾患モデルの構築や、薬剤反応性・毒性の種差や個体差の評価が可能となり、動物医療・健康管理の高度化に貢献すると期待されます。     参考資料 図1. 本研究の概要 動物園・研究施設からご提供いただいた組織試料から細胞を培養し、テナガザルとボノボ、チンパンジーのiPS細胞の作製に成功した。動物園のiPS細胞は今後大きく分けて3つの活用法が考えられる。 図2. ヒト・類人猿・サル類のiPS細胞の遺伝子発現パターンは霊長類進化の系統関係を反映する ヒト・類人猿・サル類のiPS細胞の遺伝子発現データに基づき、それぞれのiPS細胞株(点)間の類似性を樹形図として可視化すると、系統進化を反映したまとまりを示した(サル類、小型類人猿、大型類人猿、ヒトの順に分岐)。さらに、小型類人猿テナガザルのiPS細胞では他の霊長類に比べて”細胞死”に関連する遺伝子の発現が低い傾向が見られた。また、大型類人猿のうち、ボノボとチンパンジーのiPS細胞の間を比較すると、”代謝”機能に関連する遺伝子の一部で発現が異なっていた。 図3. 類人猿のiPS細胞から四肢骨格の起源である肢芽中胚葉細胞の分化誘導に成功 ボノボとテナガザルのiPS細胞(上段)から肢芽中胚葉細胞(下段)を分化誘導することに成功した。下図では、肢芽中胚葉を特徴づける遺伝子のPRRX1(赤)が発現していることを示している。   用語解説 (※1) iPS細胞 培養下(実験室)で半永久的に増え、身体を構成するさまざまな細胞種に分化することできる(=多能性)性質を持った細胞。   (※2) 分化誘導 iPS細胞の持つ、身体を構成するさまざまな細胞種に分化することできる(=多能性)性質を活かして、iPS細胞から目的の細胞を培養下で作出する方法のこと。   報道発表資料(741.67 KB) 掲載ジャーナル:BMC Genomics 掲載ジャーナル:Frontiers in Cell and Developmental Biology 研究者ガイドブック(今村 拓也 教授)   研究に関するお問い合わせ先 金沢大学医薬保健研究域 准教授今村 公紀 E-mail:imamura-masanori@staff.kanazawa-u.ac.jp 京都大学ヒト行動進化研究センター 博士課程4年 濱嵜 裕介 E-mail:hamazaki.yusuke.84n@st.kyoto-u.ac.jp 広島大学大学院統合生命科学研究科 教授今村 拓也 TEL:082-424-7438 E-mail:timamura@hiroshima-u.ac.jp ■報道に関するお問い合わせ先 広島大学 広報室 TEL:082-424-6762 E-mail : koho*office.hiroshima-u.ac.jp 京都大学広報室 国際広報班 TEL:075-753-5729FAX:075-753-2094 E-mail:comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp  

    • 環境エネルギー
    • 食料/農林水産業
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    2025.12.05
    • 環境エネルギー
    • 食料/農林水産業
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    海藻の辛味成分がイネ栽培に被害をもたらす害虫を駆除!

    本研究成果のポイント イネ栽培に深刻な被害をもたらす害虫であるイネシンガレセンチュウ(*1)を駆除する物質を、褐藻の一種であるアミジグサ(*2)から特定しました。今後、環境にやさしい新たな農薬開発等へ繋がることが期待されます。   概要 広島大学大学院統合生命科学研究科の飯田愛実(博士課程後期)、太田伸二名誉教授、根平達夫准教授、大村尚准教授らの研究グループは、瀬戸内CN国際共同研究センターの加藤亜記准教授と共同で、海藻の一種「アミジグサ」が強い辛味を示すことを見出し、それらの化学構造を解明しました。さらに、広島県立総合技術研究所農業技術センターの星野滋博士の協力を得て、この辛味成分が、農業害虫である「イネシンガレセンチュウ」に対して殺線虫活性(線虫に対する殺虫効果)を示すことを明らかにしました。この研究成果は、国際学術雑誌「Phytochemistry」2026年2月号オンライン版に、2025年9月27日に先行掲載されました。また、広島大学から論文掲載料の助成を受けております。 論文情報 論文題目: Diterpenoids from the brown alga Dictyota dichotoma with nematicidal activity against the plant parasitic nematode Aphelenchoides besseyi 著者: 飯田愛実1、根平達夫1、加藤亜記2、星野滋3、大村尚1,*、太田伸二1,* 1. 広島大学大学院統合生命科学研究科 2. 瀬戸内CN国際共同研究センター 3. 広島県立総合技術研究所農業技術センター * 責任著者 掲載雑誌: Phytochemistry (Q1) DOI番号:https://doi.org/10.1016/j.phytochem.2025.114691 背景 イネシンガレセンチュウ(図1)は、イネ心枯線虫病(*3)を引き起こす農業害虫です。この線虫の感染はイネ種子の収量減少とコメの品質低下を引き起こします。近年、従来の化学合成農薬の使用が大幅に制限されていることから、それらと同等の効果を持つ環境に優しい農薬の研究開発に関心が高まっています。このような背景から、殺線虫剤の供給源として天然物に注目が集まっています。これまで、海藻が有している殺線虫効果に関してはほとんど知られていませんでした。そこで、食用にされていない海藻類の有効利用を目的にして研究を開始しました。 研究成果の内容 未利用海藻類の有効利用の可能性を探る過程で、海藻の一種であるアミジグサ(図2)を齧(かじ)ると強い辛味を感じることがわかりました。アミジグサを有機溶媒で抽出し、その化学成分を分析機器によって解析した結果、新規3種を含む11種の成分の化学構造を明らかにしました。それぞれの化学成分について、イネシンガレセンチュウに対する殺虫活性を評価したところ、分子内に「α,β-不飽和1,4-ジアルデヒド」と呼ばれる構造を持っていることから強い辛味を有する既知物質「4β-ヒドロキシディクチオジアールA」(図3)が、殺線虫効果を示すことが分かりました。 今後の展開 今後、殺線虫活性物質が有する化学構造のうち、どのような構成部位が活性に重要であるかなどのメカニズムを解明し、より有効性の高い物質を開発できれば、新しい農業害虫防除剤の開発につながるものと期待されます。 研究助成 本研究はダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(特性対応型)の支援を受けたものです。また、本研究成果は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。 用語解説 (*1)イネシンガレセンチュウ: 学名Aphelenchoides besseyi アフェレンコイデス科の植物寄生性線虫。世界の水稲作地帯に広く発生し、イネの種子を介して伝播する。 (*2)アミジグサ: 学名Dictyota dichotoma アミジグサ科の小型褐藻で、世界各地の沿岸に生息している。その成分には、ウニなどの海洋植食動物に対する摂食阻害作用の他、抗菌・抗酸化などの薬理活性が既に報告されているが、産業利用は進んでいない。 (*3)イネ心枯線虫病: イネシンガレセンチュウが寄生しておこるイネの病害。感染したイネは、葉先が白く枯れた症状(俗称「ほたるいもち」)を示し、栄養不足に陥り、穂の小型化や籾粒数の減少がみられる。また、玄米の粒重が増加せず、屑米や黒点米が発生することがある。この病害は収量を10%~30%減少させることが報告されている。 参考資料 図1:イネシンガレセンチュウ (体長約0.7 mm) 図2:アミジグサ (高さ約10 cm) 図3:4β-ヒドロキシディクチオジアールA (赤丸枠部分は「α,β-不飽和1,4-ジアルデヒド構造」)     報道発表資料.pdf(253.99 KB) 掲載雑誌:Phytochemistry 研究者ガイドブック(大村 尚 准教授)   【お問い合わせ先】 広島大学大学院統合生命科学研究科准教授大村尚 Tel:082-424-6502 E-mail:homura@hiroshima-u.ac.jp

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    2026.02.20
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    単層の氷の構造を初めて可視化 ― 渦状に並んだ水分子がつくるフェロアキシャル秩序を実証 ―

    本研究成果のポイント 鉱物中に閉じ込められた単層の水分子(単層氷)が研究の舞台 ハニカム格子上に並んだ水分子は室温で定まった方向を向かずに回転 低温で水分子が渦状に並んだ、フェロアキシャル秩序状態の新しい氷を発見   概要 静岡大学理学部の野村肇宏講師の研究グループは、東京大学大学院新領域創成科学研究科の鬼頭俊介助教・有馬孝尚教授、岡山大学の小松寿弐千大学院生(当時)・木村純大学院生・甲賀研一郎教授、広島大学の長谷川巧准教授・荻田典男教授、高輝度光科学研究センターの中村唯我研究員、東京理科大学の石川孟講師、名古屋大学の矢島健准教授、東京大学物性研究所の松尾晶技術専門職員・古府麻衣子教授・廣井善二教授、芝浦工業大学の富田裕介教授、大阪大学の松尾隆祐名誉教授と共同で、2次元に閉じ込められた単層の水分子が渦状の秩序構造(フェロアキシャル秩序)を示すことを発見しました。 本研究では、2次元に閉じ込められた水分子の秩序構造を、放射光X線回折と分子動力学計算によって調べました。マーティアイトという鉱物中で、水分子はハニカム格子上に並んでおり、単層氷とみなすことができます。研究グループはこの単層氷が低温で渦状のモチーフを形成し、フェロアキシャル秩序と呼ばれる特異な秩序を示すことを明らかにしました。 この2次元氷の秩序構造は過去に予言されておらず、水という身近な研究対象がいかに複雑で謎に包まれた存在かを物語っています。2次元氷に関する知見は3次元氷を研究する礎となるものであり、今後人類が水に関する研究を進める上で重要なマイルストーンとなることが期待されます。 なお、本研究成果は、2026年2月13日に、アメリカ化学会の発行する国際雑誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。 マーティアイトという鉱物中の水分子は、氷を一層だけ取り出して2次元に閉じ込めた、いわば単層氷とみなすことができます。本研究では、この単層氷が渦状の秩序構造(フェロアキシャル秩序)を示すことを発見しました。   背景 雪の結晶は六角形をモチーフとした形をとります。これは氷の結晶中で、水分子がハニカム格子上に整列した3次元構造をとるためです。それでは、極薄の氷を一層だけ取り出したときにどんな構造をとるでしょう?本研究はそんな単純な興味から始まりました。 研究グループはマーティアイト[martyite, Zn3(V2O7)(OH)2·2H2O]という層状の結晶構造を持つ鉱物に着目しました(図1)。マーティアイトのフレームワーク中で水分子はハニカム格子を形成しています。つまり、氷を一層だけ取り出して、それを2次元に閉じ込めたような状況が鉱物中で自然と実現しています。ハニカム格子上に配置された水分子は定まった方向を向くのではなく、面内をくるくる回転しています。これは幾何学的なフラストレーション*注1により、全ての水分子を同時に安定に並べることができないためです。マーティアイトを室温から冷却したときに、回転していた水分子がどのようにお互いを配慮しながら整列するかは容易には予測できません。 図1:3次元氷と2次元氷のハニカム格子(水分子の蜂の巣状配列)。マーティアイト中で回転する水分子がどう整列するかは非自明。   研究成果の内容 大型放射光施設「SPring-8」*注2のBL02B1で単結晶X線回折実験の結果、マーティアイト中の水分子の低温構造では、6個の水分子がまとまった渦状のモチーフ(六量体)を形成していることがわかりました(図2)。分子動力学計算を用いた単層氷のシミュレーションからも同様の水六量体が形成されることが明らかになり、マーティアイト中の水分子がたしかに単層氷とみなせることがわかりました。この水六量体では、水分子が電気分極を持つことから、電気双極子モーメントの渦が形成されることになります。このような多極子は電気トロイダルモーメントと呼ばれ、それらがそろった状態をフェロアキシャル秩序と呼びます。本研究から単層氷の安定構造がフェロアキシャル秩序であることが明らかになりました。 これまで20種類以上の氷の結晶構造*注3が報告されてきましたが、本研究で明らかになったフェロアキシャル秩序は理論的にも提案されたことがありませんでした。2次元に配置された水分子が作る渦状のモチーフは雪の結晶に劣らず美しく、自然の偉大さを再認識させられます。 図2:水分子のフェロアキシャル秩序と水六量体。渦状の電気双極子が電気トロイダルモーメントを作る。   今後の展望と波及効果 水分子がどのような安定構造をとるのかという問いは、氷・水・界面現象を理解する上で人類にとって不可避な問題です。それは氷が水に浮くことや、凍結した路面が滑るといった日常的な現象を理解する上でも重要な知見です。他方で、3次元氷の秩序は複雑かつ微妙な問題であり、人類が完全に理解したと言うには遠い状況です。本研究で明らかになった2次元氷の構造を足がかりに、水の理解が進展する可能性があります。   論文情報 掲載誌名: Journal of the American Chemical Society 論文タイトル: Ferroaxial order of the monolayer ice in martyite 著者: T. Nomura, S. Kitou, J. Komatsu, J. Kimura, K. Koga, T. Hasegawa, N. Ogita, Y. Nakamura,H. Ishikawa, T. Yajima, A. Matsuo, M. Kofu, O. Yamamuro, Z. Hiroi, Y. Tomita, T. Arima, T. Matsuo DOI: 10.1021/jacs.5c19407   研究助成 本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業(22K14010, 23H04861, 24K06944, 24H01644, 24H01650, 25K00969)による助成を受けたものです。   用語解説 注1幾何学的なフラストレーション:格子の幾何学的配置のために、すべての相互作用を同時に満たせない状態。ハニカム格子上の水分子の場合、全てのペアで水素結合を形成することができず、不安定なペアが必ず存在してしまう。    注2大型放射光施設SPring-8:理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。   注3氷の結晶構造:圧力と温度を制御することで多種多様な氷の結晶構造が出現することが知られている。これまでに20種類が確認されており、今後も増える可能性がある。   報道発表資料(512.72 KB) 掲載ジャーナル:Journal of the American Chemical Society 研究者ガイドブック(長谷川 巧 准教授)   【お問い合わせ先】 (研究に関すること) 静岡大学理学部 講師・野村肇宏 (のむら としひろ) TEL : 054-238-4961 E-mail : nomura.toshihiro*shizuoka.ac.jp   (報道に関すること) 静岡大学 総務部 広報・基金課 TEL : 054-238-5179 E-mail : koho_all*adb.shizuoka.ac.jp   東京大学 大学院新領域創成科学研究科 広報室 TEL : 04-7136-5450 E-mail : press*k.u-tokyo.ac.jp   岡山大学 総務部 広報課 TEL : 086-251-7292 E-mail : www-adm*adm.okayama-u.ac.jp   広島大学 広報室 TEL : 082-424-3749 E-mail : koho*office.hiroshima-u.ac.jp   公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 TEL: 0791-58-2785 E-mail : kouhou*spring8.or.jp   東京理科大学 経営企画部 広報課 TEL : 03-5228-8107 E-mail : koho*admin.tus.ac.jp   名古屋大学 総務部 広報課 TEL:052-558-9735 E-mail : nu_research*t.mail.nagoya-u.ac.jp   東京大学 物性研究所 広報室 TEL : 04-7136-3207 E-mail : press*issp.u-tokyo.ac.jp   芝浦工業大学 入試・広報部 企画広報課 TEL : 03-5859-7070 E-mail : koho*ow.shibaura-it.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください)

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    2025.12.12
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    ナウマンゾウの古代DNA解析に成功〜ユーラシア最古のパレオロクソドンの系統であることが判明〜

    概要 山梨大学総合分析実験センターの瀬川高弘講師、秋好歩美技能補佐員、広島大学大学院統合生命科学研究科の米澤隆弘教授、国立遺伝学研究所の森宙史准教授、国立科学博物館生命史研究部の甲能直樹部長らによる国際研究チームは、日本列島に生息していた絶滅ゾウ「ナウマンゾウ」(Palaeoloxodon naumanni)の化石から、世界で初めて古代DNA解析に成功しました。 ナウマンゾウは、約2万2千年前に絶滅したと考えられており、日本全国約300ヶ所から2千点を超える化石が発見されている、日本で最も豊富に見つかる絶滅大型哺乳類の一つです。ナウマンゾウが属するパレオロクソドン属(直牙象)は、更新世にユーラシア全域に広がった絶滅ゾウ類です。しかし、これまでアジアからの古代DNA解析は成功しておらず、ユーラシア全域でのパレオロクソドンゾウの進化史には大きな空白がありました。特にナウマンゾウはどのような系統に属するのか、全く分かっていませんでした。 本研究では、青森県で発見されたナウマンゾウの臼歯化石2点(約4万9千年前と約3万4千年前)からミトコンドリアゲノムの解析に成功しました。これは日本国内最古の化石標本からの古代DNA研究となります。 その結果、ナウマンゾウは約105万年前に分岐したユーラシアで最も古い直牙象の系統であり、原始的な「シュトゥットガルト型」の頭骨の特徴を保ったまま日本列島で長期間生き延びたことが明らかになりました。大陸では派生的な「ナマディクス型」の頭骨を持つゾウに置き換わりましたが、日本列島では地理的隔離により原始的な形態が保持され、日本列島がレフュジア(古い系統が生き残る特別な環境)として機能していたことが改めて実証されました。 図1:ナウマンゾウの生体復元図 今回の研究成果を踏まえて復元された最新のナウマンゾウの生体復元。頭部はオスの頭骨化石、体の骨格は複数個体の化石標本を参考に描かれている。背景には当時日本列島に共存していた巨大なシカ(ヤベオオツノジカ)も描かれている。(復元画制作: 府高航平氏) 研究の背景 パレオロクソドン(直牙象)とは パレオロクソドン属のゾウは、更新世のユーラシアで最も繁栄した大型植物食哺乳類の一つでした。アフリカで生まれた後、(遅くとも)約78万年前にユーラシアに進出し、ヨーロッパから東アジアまで広く分布しました。 近年の古代DNA研究により、パレオロクソドンは複雑な起源を持つことが明らかになってきました。遺伝情報の解析から、パレオロクソドンは主にアフリカゾウ属を祖先とし、そこにマルミミゾウやマンモスとの交雑(異なる種が交配すること)が加わって成立したことが示されています。また、母系で伝わるミトコンドリアDNAは完全にマルミミゾウ由来のものに置き換わっており、パレオロクソドンは、この中でNNグループ(ノイマルク・ノルト・グループ)とWEグループ(ワイマール・エーリングスドルフ・グループ)という2つの主要な母系系統が確認されています。しかし、これまでDNA情報が得られていたのはヨーロッパの標本が中心で、アジアからは中国河北省の(アジアゾウのものと思われていた)歯の化石から得られた配列のみでした。そのためアジアのパレオロクソドン、特に日本のナウマンゾウの進化系統上の位置づけは全く不明でした。   2つの頭骨形態:「シュトゥットガルト型」と「ナマディクス型」 形態学的な研究から、パレオロクソドンには原始的な「シュトゥットガルト型」(頭の骨の隆起が弱い)と、派生的な「ナマディクス型」(頭の骨の隆起が強い)という2つの頭骨形態があり、その関係について長年論争が続いていました(図2)。   「シュトゥットガルト型」(原始的): 頭の後ろの骨の隆起(頭頂後頭稜)の発達が弱く、頭骨が高い形。ナウマンゾウと中央アジアのP. turkmenicusがこのタイプ。   「ナマディクス型」(派生的): 頭頂後頭稜が強く発達し前方に張り出す形。ヨーロッパのP. antiquusとインドのP. namadicusがこのタイプ。 これらの形の違いが別の種を表すのか、成長段階や個体差なのかについては議論が続いていましたが、「シュトゥットガルト型」を示す標本からのDNA情報が全く得られていなかったため、遺伝学的な検証ができませんでした。ナウマンゾウは「シュトゥットガルト型」を示すアジアのパレオロクソドンでしたが、DNA情報がないため進化系統上の位置づけは不明でした。 図2:パレオロクソドンの2つの頭骨形態。右:原始的な「シュトゥットガルト型」(ナウマンゾウ)、左:派生的な「ナマディクス型」(ヨーロッパのP. antiquusに相当)。頭頂後頭稜の発達の違いが明瞭である。   研究の成果 (1)日本の厳しい環境下での古代DNA解析成功 本研究では、青森県立郷土館などが所蔵するナウマンゾウ化石4個体を対象に古代DNA抽出を試みました。日本は高温多湿でDNAの保存に極めて不利な環境であるため、技術的に非常に困難でしたが、そのうち特に保存の良かった2個体の臼歯の象牙質からミトコンドリアDNA配列を検出することに成功しました。解析に成功した2個体の年代は、約4万9千年前と約3万4千年前であり、日本国内最古の化石標本からの古代DNA研究となりました。特に約4万9千年前の標本からのDNA抽出は、日本の高温多湿という保存に極めて不利な環境を考えると、技術的に画期的な成果です。通常の方法だけでは十分な量のDNA情報が得られなかったため、特定のDNA領域を集中的に増やす「myBaitsキャプチャ法」という最新技術を使用しました。その結果、両個体のミトコンドリアゲノムのドラフト配列を再構築することに成功しました。 a   (2)ナウマンゾウは最も古い系統だった 2個体のナウマンゾウのミトコンドリアゲノムのドラフト配列を用いて、他のゾウ類との系統的な関係を解析しました。その結果、2個体のナウマンゾウは一つのまとまった系統を形成し、さらにドイツや中国のパレオロクソドンとともにユーラシア全域に広がるWEグループを形成することが示されました。しかしナウマンゾウのDNAは、非常に厳しい環境下で数万年間埋蔵されていたためDNAの損傷が激しく、このドラフト配列そのものから分岐年代を推定することは困難でした。そこで本研究では、まず2個体のナウマンゾウの共通祖先のDNA配列を再構築し、この共通祖先配列を用いて分岐年代推定を行うという新規の解析手法を提案しました。これにより、損傷の激しいDNA配列からも信頼性の高い分岐年代を推定できるようになりました。   重要な発見: ナウマンゾウはこのWEグループの中で最も早く分かれた系統であることが明らかになりました。詳細な年代推定から、ナウマンゾウ系統がWEグループの他の系統から分岐した時期は約105万年前と推定されました(図3)。この発見は、従来の理解を大きく覆すものです。これまでナウマンゾウは、パレオロクソドンの中で比較的新しい時期に分岐した系統であり、日本列島に隔離された後、島嶼化の影響で小型化したと考えられていました。しかし今回のDNA解析により、ナウマンゾウは実際には最初期に分岐した原始的な系統であり、約105万年前という非常に早い段階で既に東アジアの縁辺にまで到達していたことが判明したのです。 この分岐年代は、パレオロクソドンがアフリカからユーラシアに進出した最古の化石年代(約78万年前、イスラエルのゲシェル・ベノット・ヤアコブ遺跡)に非常に近い時期です。このことは、パレオロクソドンがアフリカからユーラシアに進出後すぐに東アジアを含む広い範囲に拡散したことを示しています。 図3:パレオロクソドンの系統樹と分岐年代。色は頭骨の形態を示す:赤=原始的なシュトゥットガルト型、青=ナマディクス型、黒=形態型不明。ナウマンゾウ(赤)はWEグループに属し、約105万年前に分岐した最古の系統である。   (3)「シュトゥットガルト型」を遺伝学的に初めて確認 本研究は、原始的な「シュトゥットガルト型」の頭骨を持つパレオロクソドンから、世界で初めて遺伝情報を得た研究となります。ナウマンゾウは大人のオスもメスも「シュトゥットガルト型」を示すことが知られており、今回の結果により、この原始的な形がWEグループに属することが遺伝学的に確認されました。 一方、これまでDNA情報が得られていた派生的な「ナマディクス型」の標本(シチリア島やドイツのもの)は、すべてNNグループに属していました。NNグループの共通祖先は約39万年前と推定されています。「ナマディクス型」の最古の確実な化石記録は、ギリシャから見つかった約48万〜42万年前のものです。これらの年代から、派生的な「ナマディクス型」は中期更新世(約77万〜13万年前)のヨーロッパで出現し、その後にアジアにも広がったことが分かります。   (4)時系列で見るナウマンゾウの進化 今回の研究結果から推定されるナウマンゾウの進化史は次のようになります: 約105万年前: パレオロクソドンがアフリカからユーラシアに進出後まもなく、東アジアを含む広い範囲に拡散しました。この初期の拡散集団から、日本列島に入った系統(ナウマンゾウの祖先)と、大陸に残った系統が分かれました。   約105万年前〜2万2千年前: 日本列島に入ったゾウは、島の環境で大陸から地理的に隔離され、独自の進化を遂げました。原始的な「シュトゥットガルト型」の頭骨を保ったまま、古い系統の生き残り(遺存固有種)として後期更新世まで生存しました。   約48万年前以降: ユーラシア大陸では、派生的な「ナマディクス型」がヨーロッパで出現し、その後東アジアにも広がりました。中国の後期更新世の地層から見つかった頭骨も「ナマディクス型」です。 約2万2千年前: ナウマンゾウが絶滅しました。地理的な隔離により、大陸の派生的な「ナマディクス型」集団による置き換えを免れ、絶滅するまで変わらず原始的な形を保ち続けていました。 このように、ナウマンゾウは東アジアへの原始的な「シュトゥットガルト型」の早期拡散を示す証拠であり、その後大陸では派生的な「ナマディクス型」集団に置き換わっていったと考えられます。   本研究の意義 (1)日本列島がレフュジア(古い系統が残る特別な環境)であったことを実証 日本列島は、基本的にユーラシア大陸から隔離された島弧でありながら、氷期の海水準低下期に断続的に陸続きになるという特殊な地理的環境です。この「半隔離状態」が、古い系統の保存や独自の進化を促進してきたことが、ナウマンゾウの例からも実証されました。ナウマンゾウは約105万年前以降に日本列島に到達した後、地理的隔離により大陸集団とは独立した進化を遂げ、大陸では失われた原始的な特徴を保ち続けた「生きた化石」だったのです。 こうした環境であったからこそ、今回の成果は大陸集団では検出できない時間軸を伴った生物地理学的な挙動まで解明できたと言えます。後期更新世まで(約1万2千年前以前)の日本列島には、更新世オオカミ、ヒグマ、バイソン、オオツノジカ、ヘラジカ、トラといった様々な大型哺乳類が生息していました。それらは大陸から断続的に渡来した結果、「重層的」に集団の置き換わりが起こった歴史を持つ可能性があり、今後の古代DNA研究の最も重要なテーマの一つになると考えられます。   (2)ユーラシア全域のゾウ進化史の空白を埋めた これまでアジアのパレオロクソドンのDNA情報はほとんどありませんでした。今回のナウマンゾウのDNA解析により、ユーラシア全域でのゾウの進化の流れが初めて明らかになりました。   (3)形態の違いの意味を遺伝学的に解明 長年議論されてきた「シュトゥットガルト型」と「ナマディクス型」の関係について、遺伝学的な証拠を初めて提供しました。これらは単なる成長段階の違いではなく、進化の異なる段階を表していることが示されました。今回のDNA解析により、ナウマンゾウがWEグループの最古の系統であることが判明したことで、近縁種との比較から最新の生体復元が可能になりました。DNA情報から推定される系統関係に基づき、牙の形状、背中の輪郭といった従来の化石証拠だけではなく、これまで不確実だった耳の大きさや形状についても、より科学的根拠のある復元が実現しました。これにより、ナウマンゾウの生きていた姿をより正確に再現できるようになりました。   研究の展開 本研究により、ナウマンゾウがユーラシアのパレオロクソドン進化史における重要な位置を占めることが明らかになりました。しかし、今回解析したのは母親から受け継がれるミトコンドリアDNAのみです。今後、核ゲノムDNA(両親から受け継がれる全ての遺伝情報)の解析が実現すれば、以下の重要な疑問に答えることができると期待されます:   • ユーラシアのパレオロクソドンは一度の交雑で成立したのか、それとも複数回の独立した交雑があったのか • NNグループとWEグループは核ゲノムレベルでどのような関係にあるのか • ナウマンゾウはなぜ絶滅したのか、その遺伝学的な要因は何か   今後、DNA抽出技術の向上や堆積物に含まれるDNAを分析する新技術の発展により、より多くのナウマンゾウ標本や他の日本の更新世哺乳類からの古代DNA解析が進むことが期待されます。これにより、日本列島における哺乳類相の成立史がさらに詳しく解明されるでしょう。   用語解説 (1)パレオロクソドン(Palaeoloxodon):更新世にアフリカとユーラシアに広く分布した絶滅ゾウ類の仲間。直牙象(ちょくがぞう)とも呼ばれます。まっすぐな牙を持つことが特徴です。ヨーロッパのP. antiquus、インドのP. namadicus、日本のP. naumanni(ナウマンゾウ)などが含まれます。   (2)更新世:地質時代の区分の一つで、約258万年前〜約1万2千年前までの期間。氷期(氷河期)と間氷期(温暖期)が繰り返された時代です。マンモスやナウマンゾウなどの大型哺乳類が栄えました。   (3)古代DNA解析:化石など古い時代の生物に残された微量のDNA配列を解析する手法。近年の技術発展により、様々な絶滅生物の進化を明らかにできるようになりました。   (4)ミトコンドリアDNA:細胞の中のエネルギーを作る小器官(ミトコンドリア)に含まれるDNA。母親からのみ受け継がれ、核DNAより多くのコピーが存在するため、古代DNA研究に適しています。母系の進化の歴史を知ることができます。   (5)WEグループ(WEクレード):ドイツのワイマール・エーリングスドルフで見つかった標本を基準に定義されたパレオロクソドンのミトコンドリアDNA系統群。ヨーロッパから中国、日本まで広く分布します。   (6)NNグループ(NNクレード):ドイツのノイマルク・ノルトで見つかった標本を基準に定義されたパレオロクソドンのもう一つのミトコンドリアDNA系統群。主にヨーロッパで見つかっています。   (7)頭頂後頭稜(とうちょうこうとうりょう、POC):頭骨の後ろの部分にある骨の隆起。パレオロクソドンでは「シュトゥットガルト型」で弱く、「ナマディクス型」で強く発達します。この違いが頭骨の形の大きな特徴となっています。   (8)myBaitsキャプチャ法:目的とするDNA領域だけを選択的に集める技術。保存状態の悪い試料から効率的にDNA配列を回収できます。釣り針(bait)で目的の魚を釣るイメージです。   (9)系統樹解析:DNA配列などの情報から生物の間の系統的な関係(どの生物とどの生物が近い親戚か)を推定し、その進化史を樹形図で表す解析方法。   (10)遺存種(レリック):過去に広く分布していた生物の生き残りで、限られた地域にのみ生存している種。「生きた化石」とも呼ばれます。ナウマンゾウは、大陸では失われた原始的な特徴を保った遺存種でした。   論文情報 雑誌名:iScience 論文名:Ancient DNA from Palaeoloxodon naumanni in Japan reveals early evolution of Eurasian Palaeoloxodon 論文名(日本語):日本のナウマンゾウの古代DNAがユーラシアのパレオロクソドンの初期進化を明らかにする 著者:Takahiro Segawa, Takahiro Yonezawa, Hiroshi Mori, Ayumi Akiyoshi, Asier Larramendi, Naoki Kohno 著者(日本語):瀬川高弘、米澤隆弘、森宙史、秋好歩美、アシエル・ララメンディ、甲能直樹 DOI:10.1016/j.isci.2025.114156 URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2589004225024174 オンライン公開日: 2025年12月8日   研究サポート 本研究は、日本学術振興会科研費(課題番号: 20K20942, 23KK0062, 25K01110 and JP221S0002)の支援を受けました。   報道発表資料.pdf(1.64 MB) 掲載雑誌:iScience 研究者ガイドブック(米澤 隆弘 教授)   【お問い合わせ先】 山梨大学総合分析実験センター瀬川 高弘 E-mail: tsegawa@yamanashi.ac.jp TEL: 055-273-9439   広島大学大学院統合生命科学研究科米澤 隆弘 E-mail: tyonezaw@hiroshima-u.ac.jp TEL: 082-424-7950   国立科学博物館生命史研究部甲能 直樹 TEL: 029-853-8984   山梨大学 総務企画部総務課広報・渉外室 E-mail: koho@yamanashi.ac.jp TEL: 055-220-8005,8006   広島大学 広報室 E-mail: koho@office.hiroshima-u.ac.jp TEL: 082-424-6762   情報・システム研究機構国立遺伝学研究所 広報室 E-mail: prkoho@nig.ac.jp TEL: 055-981-5873   国立科学博物館 経営管理部 研究推進・管理課 研究活動広報担当 E-mail: t-shuzai @kahaku.go.jp TEL: 029-853-8984

    • 環境エネルギー
    • 気候変動/エネルギー/GX
    • バイオエコノミー
    2025.12.12
    • 環境エネルギー
    • 気候変動/エネルギー/GX
    • バイオエコノミー
    外来遺伝子を残さない安全なゲノム編集を藻類で実現! ―藻類バイオ燃料の実用化に向け、新しい遺伝子編集方法を開発―

    本研究成果のポイント バイオディーゼルなどの燃料生産が期待される微細藻類“ナンノクロロプシス*1”において、遺伝子を安全に改変できるよう「塩基編集*2システム」を搭載した脱落可能なDNAベクターを開発しました。 この塩基編集システムは、DNA二本鎖切断(DNA Double-strand Breaks, DSBs)*3を導入しない安全な遺伝子改変システムであるため、外来遺伝子を残さず(外来遺伝子フリー*4)、必要な変異だけを導入できる安全な方法です。この技術を使うことで、遺伝子改変後も外来遺伝子を含まないナンノクロロプシスを構築することが可能になりました。 脱落可能なベクターにより樹立できる外来遺伝子の残らないゲノム編集生物はカルタヘナ法*5の定める遺伝子組換え生物には該当しないため、屋外培養などの幅広い用途への応用が期待できます。     概要 広島大学ゲノム編集イノベーションセンターの諸井桂之研究員、山本卓教授および栗田朋和特任准教授は、非常に多くの油脂を蓄積する微細藻類、ナンノクロロプシスにおいて脱落可能な塩基編集ベクターを開発しました。この技術により変異導入時にDSBsを介さずに外来遺伝子を含まないナンノクロロプシスのゲノム編集株を樹立する手法を確立しました。 本研究成果は令和7年11月27日に英国Nature research社の科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。 論文情報 掲載雑誌:Scientific Reports 論文題目:“Double-strand break-free and transgene-free genome editing in the microalga Nannochloropsis oceanica using removable vectors containing the CRISPR base editing system” 著者: Keishi Moroi, Yamamoto, Tomokazu Kurita* 広島大学ゲノム編集イノベーションセンター *:責任著者 DOI: 10.1038/s41598-025-26657-y 背景 微細藻類は細胞内に多量の油脂や有用物質を蓄積させるため、バイオディーゼルなどの生産が期待されていますが、生産コストなどの面で課題があるため、多くの研究者が微細藻類の分子育種を進めています。現在までに非常に効率の良いゲノム編集ツールが微細藻類で使用されて多くのゲノム編集藻類が構築されましたが、それらはDNA二本鎖切断(DSBs)を導入してから藻類細胞のDSB修復機構依存的に変異を導入していました。一方でこのようなDNAの二本鎖切断が稀に大規模なゲノムDNAの削除や染色体間での組換えなど宿主細胞に有毒で不都合な改変も起こっていました。 研究成果の内容 本研究ではナンノクロロプシスにおいてCEN/ARS*6を含む脱落可能ベクターに塩基編集用の発現カセットを搭載して、図のように塩基置換後に脱落可能なベクターを構築しました。この塩基編集ベクターによりナンノクロロプシスの内在性の5種の遺伝子における6つの標的サイトにおいて塩基置換の導入に成功しました。塩基置換効率は29.2%から47.6%で、塩基置換後のベクターの脱落にも成功しました。 今後の展開 本研究により確立したDSBフリー且つ、外来遺伝子が残らないゲノム編集法を用いて屋外培養可能、かつ油脂蓄積効率の高い“高機能藻類”の樹立が期待されます。DSBフリーのゲノム編集システムは複数箇所同時改変でも標的サイト間での大規模な遺伝子の脱落や染色体間での組換えといった不都合な改変が起こり難く、また脱落可能ベクターはマーカーの再利用が可能になるため、本システムは、細胞内の多数の遺伝子を改変する際に非常に有効であると考えられます。本研究で確立した外来遺伝子フリー塩基編集システムは藻類バイオディーゼル*7の実用化に必須の基盤技術と考えられます。 用語解説 *1ナンノクロロプシス 直径 2〜5μmほどの小さな海の植物プランクトンです。培養環境に応じてバイオディーゼルに変換できる油脂を大量に蓄積すること、オメガ3脂肪酸のEPA(エイコサペンタエン酸)を豊富に含有することなど多くの特長を持つことから、さまざまな分野で活用されています。 *2塩基編集 Clustered regularly interspaced short palindromic repeats (CRISPR)–CRISPR-associated protein 9 (Cas9)には2つのヌクレアーゼドメインがあり、標的部位にDNA二本鎖切断を導入します。このヌクレアーゼの片方を失活したnCas9はDNAの2本鎖の片方のみを切断する酵素でCas9ニッカーゼと言います。このnCas9に塩基の脱アミノ化を行うデアミナーゼを融合して、標的部位の塩基を別の塩基に置換するのが塩基編集です。本研究では、nCas9にヤツメウナギのデアミナーゼであるPmCDA1とウラシルDNAグリコシレーション阻害タンパク質を結合した融合タンパク質を使用しています。PmCDA1は標的配列のシトシンのアミノ基を脱離させてウラシルに置換します。ウラシルはチミンと同様にアデニンと塩基対を形成するため、最終的にシトシンをチミンに変換できます。このような塩基編集システムをシトシンベースエディター(cytosine base editors, CBE)と言います。ウラシルDNAグリコシレーション阻害タンパク質はPmCDA1により変換されたウラシルが細胞内の塩基除去修復機構により取り除かれ、別の塩基に変換されるのを防ぐ役割があります。 *3DNA二本鎖切断(DNA Double-strand Breaks, DSBs) 生命の設計図であるゲノムDNAは二本のDNA鎖が二重螺旋構造を形成していますが、この二本の鎖の両方を切断するのがDSBsです。DSBsが導入されると細胞内のDSB修復系が機能し基本的には元通り修復されます。しかし一定の割合で修復システムのエラーによりゲノムDNAに変異が導入されます。この現象を利用してDSBsを介したゲノム編集ツールは特定部位に結合してDSBsを導入、標的遺伝子に変異を導入しますが、この時に稀に標的以外の遺伝子を含む大規模な遺伝子の削除や、染色体間での置換など、宿主細胞にとって有害で不都合な反応が起こることがあります。このような反応は特に特にゲノムDNAの複数の場所でDSBsを同時に導入した場合に起こることがあるため、複数の遺伝子を同時に改変する場合には特にDSBフリーのシステムが重要になります。 *4外来遺伝子フリーシステム 異種生物由来や合成された配列など、外来のDNA配列を含む生物を遺伝子組換え生物(Gene Modified Organisms, GMOs)と言います。GMOsはカルタヘナ法に基づく生物学的封じ込めの規定があるため、屋外培養などには非常に強い使用制限があります。CEN/ARSを持つベクターは細胞内でゲノムDNAの外で維持されるエピソーマルベクターとして振舞い、抗生物質による選択圧が無い培養条件では自然に脱落します。このように最終的に外来遺伝子が残らないシステムを外来遺伝子フリーシステムと言います。 *5カルタヘナ法 遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律。日本国内において、遺伝子組換え生物の使用等について規制をし、生物多様性条約カルタヘナ議定書を適切に運用するための法律で、遺伝子組換え生物が生物多様性へ影響を及ぼさないかどうか事前に審査することや、適切な使用方法について定められています。 *6CEN/ARS 出芽酵母の染色体の安定性に関わる配列であり、CEN/ARSはCentromere and autonomous replication sequenceの略で、出芽酵母の汎用low copyベクターに使用されています。最近このCEN/ARSを持つベクターが珪藻やナンノクロロプシスにおいても細胞内でゲノムDNAの外でエピソーマルベクターとして安定に維持されることが報告されていました。 *7藻類バイオディーゼル 微細藻類は環境ストレスなどに応じて細胞内に多量の油脂を蓄積します。この油脂に含まれる脂肪酸を脂肪酸メチルエステルに変換して使用する燃料です。藻類による油脂の生産は光合成によりCO2を吸収するため、大気中のCO2を増加させない次世代の再生可能エネルギーとして期待されています。   報道発表資料(733.68 KB) 掲載ジャーナル:Scientific Reports 研究者ガイドブック(栗田 朋和 特任准教授)   【お問い合わせ先】 広島大学ゲノム編集イノベーションセンター 特任准教授 栗田 朋和 Tel:082-424-4008 E-mail:kuri616*hiroshima-u.ac.jp (*は半角@に置き換えてください)

    • 環境エネルギー
    • 気候変動/エネルギー/GX
    2025.12.15
    • 環境エネルギー
    • 気候変動/エネルギー/GX
    トドの赤ちゃんが動作とサインのつながりを学習し、見分けられることが世界で初めて明らかに!

    本研究成果のポイント トドは0歳の仔獣期から、成獣と同じように動作とサインのつながりを学習し、弁別できる能⼒をもつことが、世界で初めて明らかになりました。   概要 城崎マリンワールドで生まれたトドのカナタは⽣後半年までに9種類の動作とそれに対応するサインを学習し、トレーナーの性別や親密度(接した時間)によらず⾼い精度でサインを識別することができました。 ハンドサインとボイスサインを同時に与えた場合、およびハンドサインのみを与えた場合の正解率は、9種類の動作全てで基準となる正解率を上回りました。 ボイスサインだけを与えた場合の正解率は、3種類の動作を除き基準となる正解率を下回りました。 本研究は、城崎マリンワールドの佐々木雅大氏、広島大学大学院人間社会科学研究科の神原利宗准教授らが執筆したもので、10月8日に「International Journal of Comparative Psychology」に掲載されました。城崎マリンワールドのトドの研究に関する国際論文では4本目、城崎マリンワールドで生まれたトドの「カナタ」に関する研究では初めてとなります。   研究成果の内容 トドは0歳の仔獣期から、成獣と同じように動作とサインのつながりを学習し、弁別できる能力をもつことが、世界で初めて明らかになりました。 トドの「カナタ」は生後半年までに9種類の動作とそれに対応するサインを学習し、トレーナーの性別や親密度(接した時間)によらず高い精度でサインを識別することができました。 ハンドサインとボイスサインを同時に与えた場合、およびハンドサインのみを与えた場合の正解率は、9種類の動作全てで基準となる正解率を上回りました。 ボイスサインだけを与えた場合の正解率は、3種類の動作を除き基準となる正解率を下回りました。   研究の背景 トドをはじめとするアシカの仲間は、長い授乳期間をもち、赤ちゃんのころにトレーナーが介入してトレーニングを行うことが難しい特徴があります。そのため、赤ちゃんのトドの学習能力については、野生下での観察を除いて知られていませんでした。 城崎マリンワールドで生まれたトドの「カナタ」は、母親が母乳で育てることが困難であったため、飼育員による人工哺育で育てられました。授乳期からトレーニングを行える特殊な環境から、貴重なデータを得られる可能性がありました。 本研究はこれまで前例がなかった、赤ちゃんのトドの学習能力について調べたものです。   研究方法 ハンドサインとボイスサインを同時に与えて9種類の動作でトレーニングを行いました。その後の実験で以下の3つの条件で「カナタ」にサインを与え、正解率を調べました。 ①ハンドサインとボイスサイン同時 ②ハンドサインだけ ③ボイスサインだけ 目で見た情報と、耳で聞いた情報、どちらが学習において重要なのかを調べました。実験は男女3人ずつ、合計6人で行い、親密度や性別による影響を考慮しました。 資料映像: 最初はホースの水を使うなど遊びの中で動作を引き出し、ミルクを使って教えていきました。その後は、目印となる道具や手を使ったトレーニングも行い、生後半年までに9種類の動作ができるようになりました。 各動作ができるようになった後は、決められた手の動き(ハンドサイン)と声(ボイスサイン)を同時に与えながら動作とむすびつけ、サインに合わせて動作を行うことをトレーニングしました。   資料映像:ホースの水で遊ぶカナタ 資料映像:はじめてトレーニングした”バイバイ” 資料映像:”あーん”のトレーニング 参考資料 図1.カナタ(授乳期) 図2.カナタ(現在)   論文情報 掲載雑誌名:International Journal of Comparative Psychology DOI:https://doi.org/10.46867/ijcp.41525 タイトル:“A Case Study of Associations Between Human Visual-Vocal Commands and Behaviors in a Lactating Steller Sea Lion Pup (Eumetopias jubatus)”   著者:佐々木雅大氏1,堤和樹氏1,木下日奈乃氏1,西島昌宏氏1,松村千織氏1,豊田彩加氏1, 神原利宗2 所属:1城崎マリンワールドシーズー,2広島大学   掲載雑誌:International Journal of Comparative Psychology 研究者ガイドブック(神原利宗 准教授)   【お問い合わせ先】 城崎マリンワールドシーズー 飼育員佐々木雅大 氏 TEL:0796-28-2300 FAX:0796-28-3675 Email:seazoo*hiyoriyama.co.jp (*は半角@に置き換えてください)   広島大学大学院人間社会科学研究科 心理学プログラム 准教授神原利宗 TEL:082-424-6280 FAX:082-424-3481 E-mail:tkambara*hiroshima-u.ac.jp (*は半角@に置き換えてください)

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 医療/ヘルスケア
    2025.12.22
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 医療/ヘルスケア
    寒さに耐える冬眠動物の筋幹細胞 ~再生能力を意図的に抑える「省エネ戦略」~

    本研究成果のポイント 冬眠動物は、極端な体温低下と長期間の不活動を経験するにもかかわらず、筋肉の衰えを驚くほど防いでいます。本研究では、冬眠動物の“筋肉が衰えない仕組み”の一端が、「組織幹細胞を生かしたまま、再生を抑える」というエネルギー節約戦略にある可能性を示しました。   概要 ハムスターやクマなどの冬眠動物では、骨格筋の幹細胞(サテライト細胞)が極端な低温下でも死なずに生存できることを発見 その低温耐性機構は、フェロトーシス(鉄依存性細胞死)を抑える細胞内の抗酸化システムにより成立 しかし生存した細胞は、筋形成に必要な「活性化・分化」プログラムを意図的に抑制しており、増殖能力が低温下では大きく低下 実際にハムスターでの筋損傷モデルでも、冬眠中は筋再生が著しく遅延 冬眠動物は「細胞死は防ぐが、エネルギー消費の大きい炎症・再生反応は抑える」という、エネルギー節約型の“冬眠モード”を幹細胞レベルで備えていることが明らかに   広島大学大学院 医系科学研究科 生理機能情報科学の宮﨑充功准教授らの研究グループは、福山大学薬学部・渡邊准教授、北海道大学大学院獣医学研究院・下鶴准教授、北里大学理学部・塚本助教、北海道大学低温科学研究所・山口教授らとの共同研究により、冬眠する哺乳類が、極端な低温環境でも筋肉の幹細胞(サテライト細胞)を死なせず保持する一方、筋形成に関わる遺伝子群の働きを大幅に抑制し、あえて再生を遅らせる仕組みを解明しました。 本研究成果は、米国実験生物学会連合の学術誌The FASEB Journal に掲載されました。 また、本研究成果は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。   掲載雑誌: The FASEB Journal, 2025; 39:e71297 URL: https://doi.org/10.1096/fj.202502651R 題目: Cold-induced suppression of myogenesis in skeletal muscle stem cells contributes to delayed muscle regeneration during hibernation 著者: Tatsuya Miyaji, Ryuichi Kasuya, Mayuko Monden, Yutaka Tamura, Michito Shimozuru, Toshio Tsubota, Daisuke Tsukamoto, Guangyuan Li, Shota Kawano, Yuri Watanabe, Yoshifumi Yamaguchi, Masatomo Watanabe, and Mitsunori Miyazaki* *Corresponding author (責任著者) doi: 10.1096/fj.202502651R   背景 一般に、骨格筋は長期間使われないと萎縮し、筋肉を形成するための幹細胞の働きも弱まるため、冬眠によりほとんど動かない期間が続くと、通常なら筋肉が衰えると考えられます。しかし冬眠動物では、数か月におよぶ極度の不活動と低体温にもかかわらず、筋肉量がほとんど失われません。この理由はこれまでも研究されてきましたが、明確な答えは出ていませんでした。 本研究は、冬眠動物の筋肉が衰えない背景に「細胞死を防ぎながら再生は抑制する」という、冬眠期特有のエネルギー節約戦略が存在することを、世界で初めて幹細胞レベルで示しました。   研究内容と成果 1. 冬眠動物の筋幹細胞は、極端な低温ストレス下でも死なない 研究チームはまず、冬眠動物のサテライト細胞※1が低温ストレスに対して著しい抵抗性を示すことを発見しました。冬眠する動物(シリアンハムスター、シマリス、ツキノワグマ等)と冬眠しない動物(マウス、ラット等)の細胞をそれぞれ4℃の低温に24~48時間さらしたところ、冬眠しない動物の細胞は大半が死滅するのに対し、冬眠する哺乳類の筋肉から得た細胞はほぼ死なずに生存しました。解析の結果、冬眠動物の細胞では、鉄依存性細胞死(フェロトーシス)※2を抑える抗酸化システムが成立しており、これが極端な低温下でも細胞死を防ぐ鍵であることが分かりました。 図1|冬眠動物の筋幹細胞は極端な低温下でも死なずに生き残る マウスやラットなど冬眠しない動物では、4℃の低温にさらすと筋幹細胞の多くが死んでしまいます(赤色:死んだ細胞)。一方、シリアンハムスター、シマリス、ツキノワグマといった冬眠動物では、同じ低温条件でも細胞がほとんど死なずに生き残ります。右下のグラフは、低温条件下における48時間後の細胞死の割合を示しており、冬眠動物の細胞が「細胞レベルで寒さに強い」ことが分かります。   2. 低温下で生存した筋幹細胞は「活性化できない = 筋再生スイッチが切られる」 さらに、低温環境を生き延びた細胞のふるまいを詳しく調べたところ、筋肉の形成に必要な MyoD※3 や Myogenin※4 などの遺伝子群が大きく抑制されており、筋肉の組織幹細胞が“生存するが再生は遅らせる”という特殊な待機状態にあることが明らかになりました。これは、冬眠動物のサテライト細胞が、低温ストレス下では再生スイッチを積極的にオフにすることで、状態を維持していることを示しています。 図2|低温にさらされたハムスター筋幹細胞では、筋形成に関わる遺伝子だけがまとまって弱まる   左図は、ハムスターの筋幹細胞を4℃に冷却した際の遺伝子発現を網羅的に解析した結果です。緑色の点は、発現量が統計学的に有意に“減少した”遺伝子を示し、逆に“増加した”遺伝子は1つも見られませんでした。右図は、それら発現が減少した遺伝子の特徴を調べたGene Ontology※5解析の結果で、筋肉の形成や構造維持に関わる遺伝子群が特に大きく抑制されていることが分かります。これらの結果は、低温下で生存した細胞が、筋形成・再生を開始するための遺伝子プログラムを意図的に落としていることを示しています。   3. 冬眠期のハムスターでは、実際に筋再生が遅延 冬眠期間のハムスターは、体温を周期的に大きく下げる「深冬眠」※6と体温が常温に戻る「中途覚醒」※7を繰り返します。この状態で筋肉が傷つくと、通常であれば見られるはずの再生マーカー eMyHC※8 の発現がほとんど確認されず(下図右下)、再生途中の小さな筋線維も形成されません(右上)。さらに、再生の初期に重要なサテライト細胞の活性化や免疫細胞(マクロファージ※9)の浸潤も大幅に抑えられていました。これらの結果は、冬眠中の生体がエネルギーを節約するため、炎症反応や再生反応といった代謝負荷の高いプロセスを意図的に遅らせている、つまり、省エネモードに入っていることを示しています。 図3|冬眠中のハムスターでは筋再生がほとんど進まない   冬眠期のハムスターは体温低下(深冬眠)と復温(中途覚醒)を繰り返します。この状態で筋損傷を起こすと、再生マーカー eMyHC の発現がほとんど見られず、サテライト細胞の活性化や免疫細胞の浸潤も弱く、筋再生が大きく遅れることが分かります。   本研究の意義と今後の展開 本研究は、冬眠動物が「筋肉の幹細胞を死なせずに保持しつつ、再生は適温に戻るまで待機させる」という高度な省エネ戦略を備えていることを明らかにした点で重要です。これらの知見は将来的に、臓器や細胞の低温保存技術の高度化、長期不活動に伴う筋萎縮予防、さらには人工的な冬眠・低代謝医療の開発など、ヒト医療への応用可能性を広げるものと期待されます。   現在、冬眠中に生じる筋再生抑制がどのような分子機構で制御されているのか、特にエピジェネティクスや神経—筋連関などの側面はいまだ明らかになっていません。研究チームは今後、これらの分子機構の解明を進め、冬眠状態を人工的に誘導・制御しうる基盤的知見の確立を目指しています。   用語解説 ※1 サテライト細胞(筋幹細胞) 骨格筋に存在する「筋肉の幹細胞」。普段は休んでいるが、運動やけがが起こると活性化し、筋肉を修復・再生する役割を持つ。   ※2 フェロトーシス(鉄依存性細胞死) 細胞内の鉄が引き起こす「脂質の酸化」により生じる特殊な細胞死の一種。低温ストレスによる細胞死はフェロトーシスを介して起こる。   ※3 MyoD(マイオディー) 筋幹細胞が「筋形成・筋再生を始める」ときにスイッチとなる転写因子。活性化すると筋肉に分化する方向へ進む。低温では発現が抑えられる。   ※4 Myogenin(マイオジェニン) 筋幹細胞が筋細胞として成熟していく過程で重要となる転写因子。筋再生の“後半”を進める役割がある。   ※5 Gene Ontology(遺伝子オントロジー解析) 膨大な遺伝子の機能を「どんな役割をしているか」で分類し、特定の条件下でどの機能の遺伝子が変化したかを調べる手法。   ※6 深冬眠(Deep Torpor) 小型の冬眠動物が体温を大きく下げ、代謝を極端に落とした状態。体温が数℃まで下がることもある。クマなど大型の冬眠動物の場合、代謝低下は認められるものの、小型動物ほどの極端な体温低下は起こらない。   ※7 中途覚醒(Interbout Arousal) 冬眠中に体温が一時的に正常レベルまで戻る短い覚醒期。小型の冬眠動物はこの「深冬眠」と「中途覚醒」を繰り返す。   ※8 eMyHC(embryonic Myosin Heavy Chain) 再生途中の新しい筋線維に発現する「再生マーカー」。筋損傷後に通常であれば増えるが、冬眠期はほぼ発現しない。   ※9 マクロファージ 筋損傷の修復に重要な免疫細胞。壊れた筋細胞を処理し、筋幹細胞の活性化をサポートする。冬眠期は浸潤が強く抑制される。   報道発表資料(636.78 KB) 掲載雑誌:The FASEB Journal 研究者ガイドブック(宮崎 充功准教授) 【お問い合わせ先】 (研究に関すること) 広島大学大学院医系科学研究科生理機能情報科学 准教授宮﨑充功 Tel:082-257-5435 E-mail:mmiya4@hiroshima-u.ac.jp   (報道に関すること) 広島大学広報室 Tel:082-424-4383 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 医療/ヘルスケア
    2025.12.23
    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 医療/ヘルスケア
    ビタミン「ビオチン」を細胞へ迅速・効率的に届ける新手法を開発 ~バイオテクノロジー技術の改良や遺伝性代謝異常症治療への応用に期待~

    本研究成果のポイント 皮膚や髪の健康を保ち、体のエネルギーづくりにも関わるビタミンの一種「ビオチン(※1)」を、細胞の中により速く、効率的に届ける方法を開発しました。 細胞膜を素早く通過できる新しいビオチン誘導体を用いることで、細胞内のビオチン量を短時間で増やし、ビオチンを用いるさまざまなバイオテクノロジー技術を改良できることが分かりました。 ビオチンを利用するバイオ技術の改良や、マルチビタミン反応性遺伝性代謝異常症(※2)の新しい治療法につながる可能性があります。   概要 広島大学大学院統合生命科学研究科の佐藤明子 教授、理化学研究所光量子工学研究センターの中野明彦 客員主管研究員、戸島拓郎 上級研究員らは、ビオチンを細胞に入りやすい形に改良したビオチン誘導体 (ビオチンメチルエステル: BME)(※5)を用いることで細胞内への迅速なビオチンの誘導に成功しました。 私達が生きるために必須なビタミンの一種である「ビオチン」は、卵白に含まれる「アビジン(※3)」と呼ばれるタンパク質と強く結合する性質を持つため、現在、さまざまなバイオテクノロジー技術に用いられています。ビオチンはナトリウム依存性マルチビタミントランスポーター (SMVT)(※4) と呼ばれるタンパク質の働きで細胞内に取り込まれます。しかし、私達は多くの細胞でSMVTによるビオチン取り込みに時間がかるため、生細胞内へのビオチン投与を必要とするバイオテクノロジー技術が迅速に機能しないことを発見しました。 さらに、BMEは細胞内でビオチンへと急速に加水分解(化学反応によって物質が水の働きで分解され、元の成分に戻る反応)され、細胞内のビオチン濃度を迅速に上昇させることで、バイオテクノロジー技術を改良できることを発見しました。また、最近の研究から、SMVTの欠損が、マルチビタミン反応性遺伝性代謝異常症(multivitamin-responsive inherited metabolic disorder)を引き起こすことが分かってきました。私達の研究成果は、BMEがビオチンのプロドラッグ(※6)として機能することを示しており、マルチビタミン反応性遺伝性代謝異常症の患者さんへのビオチン供給を促進する可能性があり、治療への応用が考えられます。   論文情報 掲載雑誌名: Communications Biology 論文名: Biotin methyl ester enhances cargo release in RUSH system and enables rapid biotinylation with TurboID 著者名: Uehara T1#, Takiguchi A1#, Tojima T2, Nakano A2, 3, Kagawa S1, Nehira T1, Satoh T1, Satoh AK1,*. 所属:1)広島大学大学院 統合生命科学研究科 2)理化学研究所 光量子工学研究センター 生細胞超解像イメージング研究チーム(研究当時、現画像情報処理研究チームの所属) 3)東京科学大学 総合研究院高等研究府 # 共筆頭著者:上原 大政・瀧口 新 * 責任著者:佐藤 明子   DOI: 10.1038/s42003-025-09176-4. 掲載日時: 2025年12月16日   背景 ビオチンは私達が生きるために必須なビタミンの一種です。私達は自身でビオチンを合成することはできないため、ビオチンを食事により取り入れる必要があります。ビオチンの細胞内への取り込みは、細胞膜に存在するナトリウム依存性マルチビタミントランスポーター (SMVT) が行っています。 ビオチンはアビジンと強い結合を示すことから、ビオチン・アビジン結合性を利用したさまざまなバイオテクノロジー技術が発達しています。さらに、近年、近位依存性ビオチン化酵素(※7)を用いたタンパク質相互作用の網羅的解析(近位依存性ビオチン標識法(※8))が活発に進められています。生きた細胞でこれらの技術を用いる場合には、細胞培養液へのビオチン投与で十分であると考えられてきました。 細胞内における物質輸送(膜交通)の研究分野では、ビオチン投与によりタンパク質輸送を開始できる同調的輸送開始実験法 (Retention Using Selective Hook 法: RUSH) 法(※9)が汎用されています。しかし、私達は、RUSH法において、ビオチン投与後すぐには輸送開始しない細胞が多いことを報告していました (Tago et al., EMBO repo, 2025)( https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/87904)。今回、私達は、この理由がビオチンの細胞内取り込みが迅速ではないからではないかと考え、実験を行いました。   研究成果の内容 本研究では、ビオチンの膜透過性を向上させる目的で、ビオチンのカルボキシ基を保護したビオチン誘導体 (ビオチンメチルエステル: BME) を用いてRUSH法においてタンパク質輸送が迅速に開始するかを評価しました。その結果、RUSH法において推奨されている40μMにおいてビオチンが十分な輸送開始を引き起こせないのに対して、BMEでは、その20分の1の濃度である2μMの投与でもタンパク質輸送が迅速に開始することを示しました。また、BMEの細胞内への取り込みはSMVTの阻害剤では阻害されず、BMEが直接細胞膜を透過することが強く示唆されました。 さらに、BMEが近位依存性ビオチン化酵素によるビオチン化の速度も上昇させることを発見しました。ビオチン化酵素はBMEを直接基質として利用できないことから、この結果はBMEが細胞内で急速に加水分解されることを強く示唆しています。また、細胞内の核・細胞質ゾル・小胞体内腔のいずれの領域においても、BME投与が近位依存性ビオチン化酵素によるビオチン化を活性化することを示しました。これらの結果から、BMEがビオチンを用いるバイオテクノロジー技術を大きく改良できると結論しました。 今後の展開 本研究が示した「BMEによる細胞内への迅速なビオチン供給」は、ビオチンを利用するさまざまなバイオテクノロジー技術全般に普及するものと考えられます。 また、ビオチンは私達が生きるために必須なビタミンの一種です。私達は自身でビオチンを合成することができないため、ビオチンを食事により摂取し、細胞内に取り込んでいます。最近の研究から、ビオチンの細胞内への取り込みに必要なSMVTの欠損が、マルチビタミン反応性遺伝性代謝異常症(multivitamin-responsive inherited metabolic disorder)を引き起こすことが分かってきました。BMEはビオチンのプロドラッグ(体内で活性成分に変化して働く薬)として機能することから、代謝マルチビタミン反応性遺伝性代謝異常症を含むビオチン代謝異常症の患者へビオチン供給を簡単に行うことができる可能性があり、治療への応用が考えられます。 参考資料 図ビオチンメチルエステル (BME)による細胞内への迅速なビオチン供給と応用 BMEはビオチンのカルボキシル基がメチル化された、電荷を持たない小分子であり、容易に細胞膜を通過する。小胞体内腔において、カルボキシルエステラーゼの働きで加水分解されてビオチンとなる。小胞体膜は電荷を持った小分子も容易に通すため、BME投与により細胞質ゾル・核・小胞体のいずれの領域にもビオチンを迅速に供給でき、バイオテクノロジー技術を改良できる。さらにビオチン代謝異常症の治療に役立つ可能性がある。   用語解説 (※1)ビオチン ビタミンB群の一種であり、エネルギー代謝や皮膚・粘膜・髪・爪の健康維持に重要な役割を果たす水溶性ビタミン。体内で糖質、アミノ酸、脂質の代謝を助ける補酵素として働く。   (※2) マルチビタミン反応性遺伝性代謝異常症 SMVTの欠損によって引き起こされる先天性代謝異常症の1つであり、最近同定された疾患。ビオチンがカルボキシラーゼの補酵素であるため、患者はマルチプルカルボキシラーゼ欠損症と呼ばれる病態を含む多様な症状を示す。 (※3)アビジン 卵白に存在する糖タンパク質で、ビタミンであるビオチンと非常に強く結合する性質を持ちます。この強力な結合を利用して、生命科学分野では、様々なバイオテクノロジー技術に利用されています。   (※4) ナトリウム依存性マルチビタミントランスポーター (SMVT) ビオチン・パントテン酸・リボ酸塩の細胞内への取り込みに機能する細胞膜タンパク質。濃度勾配に従ってナトリウムを細胞内に取り込むときにこれらのビタミンを同時に輸送するシンポーター。   (※5) ビオチンメチルエステル (BME) ビオチンのカルボキシル基がメチル基とエステル結合したビオチン誘導体。電荷を持たない小分子であり、カルボキシルエステラーゼにより分解される。   (※6) プロドラッグ 機能分子(ドラッグ)のカルボキシ基がエステル化された分子。電荷を持たないため迅速に細胞膜を透過する。細胞内に入るとカルボキシルエステラーゼにより加水分解され、活性を持つドラッグとして機能する。   (※7) 近位依存性ビオチン化酵素 大腸菌ビオチンリガーゼ酵素BirA に変異を導入し、中間体のbiotinyl-5’-AMP が酵素から遊離し,近傍のタンパク質のリジン残基にビオチンを付加するように改変した酵素BirA* (BioID) やそれを改良したもの等。活性を高めたTurboID, AirID などがよく利用される。   (※8) 近位依存性ビオチン標識法 以下の一連の操作により、相互作用ネットワークを解析する手法。相互作用ネットワークを知りたいタンパク質に、近位依存性ビオチン化酵素を融合して発現させる。細胞にビオチンを投与することで、興味あるタンパク質近傍に存在するタンパク質を網羅的にビオチン化する。ビオチン化タンパク質をアビジンカラムで精製し質量分析機で解析することで相互作用ネットワークを明らかにできる。   (※9) 同調的輸送開始実験法 (Retention Using Selective Hook法: RUSH法) 膜交通分野で汎用されるタンパク質輸送を同調的に開始させる手法。ビオチン投与によりタンパク質がアビジンから遊離して輸送を開始する。     報道発表資料.pdf(335.32 KB) 掲載雑誌:Communications Biology 研究者ガイドブック(佐藤 明子 教授)   【お問い合わせ先】 〈研究に関すること〉 広島大学大学院統合生命科学研究科佐藤明子教授 TEL:082-424-6507FAX:082-424-0759 E-mail:aksatoh@hiroshima-u.ac.jp   〈広報・報道に関すること〉 広島大学 広報室 TEL:082-424-6762 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp   理化学研究所広報部報道担当 TEL:050-3495-0247 Email: ex-press@ml.riken.jp

    • 環境エネルギー
    • 気候変動/エネルギー/GX
    • 海洋
    2021.07.21
    • 環境エネルギー
    • 気候変動/エネルギー/GX
    • 海洋
    メタンハイドレート(*1)資源開発支援を目的とした新コンセプト技術を開発~深海底の生物資源を活用した固化技術~

    本研究成果のポイント 国産資源としての期待が高まるメタンハイドレート商業化において技術的課題とされている出砂トラブルに対処する新しい技術開発を進めている。 天然にすでに存在する微生物の機能を活用し、抗井周辺の地層を固めることで出砂を抑制し、長期生産を可能とする効果が期待できる。   概要 日本周辺海域を対象としてJOGMEC(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構)が主体となり、2013年に世界初のメタンハイドレート海洋産出試験を、2017年には第2回の同試験を実施するなど商業化に向けた取り組みが進められている。過去2回の海洋産出試験では、一部の生産井 (注2) においてメタンハイドレート層から砂が流入し坑井を詰まらせる出砂という現象により試験が中断されるなどの課題が指摘されている。   この課題を解決する手法として天然に存在する微生物の作用に着目し、広島大学大学院先進理工系科学研究科社会基盤環境工学プログラムの畠俊郎教授(2021年3月まで富山県立大学教授)は、JOGMECと共同で抗井周辺の地層を広範囲に固化させることで坑井への出砂を抑制する技術の開発を進め、日本と米国で特許を取得した。 図1 地層固化のイメージ(左側イラスト)と高圧環境下で微生物が作り出す結晶鉱物(右側画像) 日本近海のメタンハイドレート胚胎層を再現した圧力条件(13MPa)で温度条件を変えて結晶析出試験を行った結果、30℃ではほぼカルサイト、13℃ではカルサイト80%、アラゴナイト20%と異なる炭酸カルシウム種が析出することを確認した。   用語解説 (注1)メタンハイドレート 天然ガス資源の一種であるメタンハイドレートは、水分子が水素結合により形成する籠(かご)状の格子の中にメタン分子を取り込んだ固体結晶で燃える氷とも呼ばれる。 メタンハイドレート1m3から約165m3生成されるメタンは都市ガスの主成分として使われる無色・無臭のガスである。このメタンを主成分とする「天然ガス」は燃焼時の二酸化炭素の排出量が石油や石炭を燃焼させた時より少ないため環境に優しいクリーンなエネルギーと言われており、メタンハイドレートは次世代エネルギーとして期待されている。 https://oilgas-info.jogmec.go.jp/termlist/1001711/1001759.html(外部リンクに移動します) (注2)生産井 坑井の使用目的に基づいた分類の一つで、資源を汲み上げて採取する役割を持ったものを意味する語。本件では、メタンハイドレートの生産を目的に掘る坑井のことを示す。   論文情報 掲載誌: Journal of Natural Gas Science and Engineering 論文タイトル: Microbial-induced carbonate precipitation applicability with the methane hydrate-bearing layer microbe 著者名: Toshiro Hata、Alexandra Clarà Saracho、Stuart K. Haigh、Jun Yoneda、Koji Yamamoto DOI: https://doi.org/10.1016/j.jngse.2020.103490   特許情報 特許(日本):特許第6842765号(2021年3月取得) 特許(米国):Patent No.10914151(2021年2月取得) 報道発表資料(462.47 KB) 論文掲載ページ (Journal of Natural Gas Science and Engineeringに移動します) 広島大学研究者総覧 (畠 俊郎 教授)   【お問い合わせ先】 大学院先進理工系科学研究科 教授 畠 俊郎 Tel、Fax:082-424-7784 E-mail:thata*hiroshima-u.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください)

    • 環境エネルギー
    • 食料/農林水産業
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    2025.11.04
    • 環境エネルギー
    • 食料/農林水産業
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    日本周辺の魚類体重変動の主原因は餌をめぐる競争 ―75%は餌をめぐる競争、50%は環境悪化―

    本研究成果のポイント 日本周辺の魚類16系群の体重減少の75%は餌をめぐる競争が原因と特定された。 魚類の体重変化に対し、餌をめぐる競争、環境要因、漁獲圧の影響を定量的に評価した。 魚種内および魚種間の競争が明示され、複数魚種管理の科学的知見となることが期待される。   餌をめぐる競争で魚類の体重変化   概要 東京大学大学院農学生命科学研究科の林珍大学院生(研究当時)と同大学大気海洋研究所の伊藤進一教授、広島大学大学院統合生命科学研究科の冨山毅教授らの共同研究グループは、日本周辺の魚類16系群(注1)の体重変化の原因を調べ、75%の系群の体重変動は餌をめぐる競争が主原因であることを明らかにしました。 本研究では長期の体重変動に状態空間モデル(注2)を応用することで、餌をめぐる競争、環境要因による影響、漁獲圧の影響を初めて定量的に評価しました。先行研究では、2010年代に日本周辺の多くの魚種・系群で共通して体重減少が生じており、地球温暖化に伴う餌料プランクトンの生産減少に伴い魚種内および魚種間での餌をめぐる競争が激しくなったことが原因であると推定しましたが、本研究では各要因を定量的に評価した点で新規性があり、この研究成果は今後複数魚種管理(注3)の科学的知見として役立つことが期待されます。   発表内容 これまでに同研究グループは、2010年代に日本周辺の多くの魚種・系群で共通して体重減少が生じていることを先行研究で示していました(関連情報①)。その中で、地球温暖化に伴う餌料プランクトンの生産減少によって魚種内および魚種間での餌をめぐる競争が激しくなったことが原因だと推定しましたが、各魚種あるいは系群の体重変化(図1)の原因を特定するには至っていませんでした。この度、本研究チームは、各年に孵化した魚類が、餌をめぐる競争、環境要因、漁獲圧の影響を受けながら年齢を増すモデルを構築し、状態空間モデルを当てはめることで、実際に起きた体重変動を説明するために必要な要因の特定を行いました(図2)。その結果、餌をめぐる競争は75%の系群で重要であり、ついで環境が50%の系群で作用し、漁獲圧の影響は25%にとどまることが示されました。 図1:各系群の体重変化 元データは水産庁および水産研究・教育機構が公表している資源評価報告書に記載されている年齢別体重(https://abchan.fra.go.jp/hyouka/)。系群については(注1)参照。Lin et al. (2025)より(CC-BY)。 図2:各系群の状態空間モデルの解析結果     左列は最小年齢の解析結果、右列はそれ以降の年齢の解析結果。それぞれの色は体重変動の要因を示し、点線の0の値から離れてかつ高いピークを示すものほど影響が明確であることを示す(灰色:過去の履歴の影響、水色:魚種内及び魚種間競争、赤:漁獲圧、橙:交互作用、緑:環境要因)。Bは種内競争、SumBはマイワシ・マサバ・カタクチイワシからの種間競争、OYは親潮面積、VTDは表層と下層の水温差の影響を示す。Nullはどの影響でも説明できなかったことを示す。右側の%はモデルの説明率を示す。系群については(注1)参照。Lin et al. (2025)より(CC-BY)。     水産庁や水産研究・教育機構などの努力によって長期に蓄積された年齢別体重データを網羅的に調べた研究の成果として、定量的に体重変動の要因が示されました。この結果は、各魚種あるいは系群ごとの管理だけでは加味されない魚種間の餌をめぐる競争の重要性を示すものであり、今後複数魚種管理が必要であることを示しています。本研究は、今後の複数魚種管理の基礎的な知見となることが期待されます。     関連情報 「プレスリリース①日本周辺の魚類の小型化 ―温暖化により顕著になった餌をめぐる競合―」(2024/02/28)     発表者・研究者等情報 東京大学 大気海洋研究所 伊藤進一教授 大学院農学生命科学研究科   林珍博士課程(研究当時) 現:東北大学・海洋研究開発機構 変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)ポストドクトラル研究員   水産研究・教育機構水産資源研究所 藤原邦浩主幹研究員   広島大学 大学院統合生命科学研究科 冨山毅教授     論文情報 雑誌名:Progress in Oceanography 題名:A state-space approach reveals that competition drives variation in fish body weight, with influences from environmental conditions and fishing pressure 著者名:Zhen Lin *, Shin-ichi Ito, Alan Baudron, Christine Stawitz, Takeshi Tomiyama, Kunihiro Fujiwara, Paul D. Spencer, John Morrongiello DOI: 10.1016/j.pocean.2025.103582 URL: https://doi.org/10.1016/j.pocean.2025.103582     注意事項 日本時間11月01日午前02時06分(協定世界時間:10月31日午後5時06分)以前の公表は禁じられています。     研究助成 本研究は、科研費「基盤研究A(課題番号:JP21H04735)」、「学術変革領域B(課題番号:JP22H05030)」、「学術変革領域研究A公募研究(課題番号: JP25H02072)」の支援により実施されました。     用語解説 (注1)系群 資源の変動単位。遺伝的に他の生物集団と区別できる集団、あるいは遺伝的に区別できなくとも、産卵期、産卵場、分布、回遊、成長、成熟、生残など、独自の生物学的特徴を有する場合が多い。本研究で用いた16系群は、マイワシ太平洋系群、マイワシ対馬暖流系群、マアジ対馬暖流系群、マサバ太平洋系群、マサバ対馬暖流系群、ゴマサバ太平洋系群、ゴマサバ東シナ海系群、ウルメイワシ対馬暖流系群、サワラ瀬戸内海系群、カタクチイワシ太平洋系群、カタクチイワシ対馬暖流系群、マダラ本州太平洋北部系群、ブリ、スケトウダラ太平洋系群、イカナゴ瀬戸内海東部系群、キチジ太平洋北部系群。   (注2)状態空間モデル 状態を表す変数(今回の場合は真の体重)がある要因(今回の場合は餌をめぐる競争を指標する各系群の資源量あるいはマイワシなど大きく変動し他魚種にまで影響する資源量、環境要因としての栄養塩豊富な親潮域の面積あるいは表層と下層の水温差による成層強度、漁獲圧)によって変化し、その変数の観測値(今回の場合は体重の観測値)が誤差を持って観測されると仮定し、各要因の影響を調べるモデル。   (注3)複数魚種管理 単一魚種・系群ではなく、複数の魚種・系群を対象として管理する方法。   報道発表資料_20251101報道解禁.pdf(681.83 KB) 掲載雑誌:Progress in Oceanography 研究者ガイドブック(冨山 毅 教授)   【お問い合わせ先】 東京大学大気海洋研究所 教授伊藤進一(いとうしんいち) Tel:04-7136-6240 E-mail:goito@aori.u-tokyo.ac.jp   広島大学大学院統合生命科学研究科 教授冨山毅(とみやまたけし) Tel:082-424-7941 E-mail:tomiyama@hiroshima-u.ac.jp   東京大学大気海洋研究所 附属共同利用・共同研究推進センター広報戦略室 E-mail:kouhou@aori.u-tokyo.ac.jp   東北大学・海洋研究開発機構 変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)アウトリーチ担当 Tel:022-795-5620 E-mail: aimec-comm@grp.tohoku.ac.jp   広島大学広報室 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp

    • 環境エネルギー
    • 循環経済
    • 素材
    • 融合領域
    2025.01.07
    • 環境エネルギー
    • 循環経済
    • 素材
    • 融合領域
    リサイクルができる画期的な新規汎用ゴム材料

    背景 エチレン-プロピレンゴムは、対候性、オゾン性、熱、光、および化学薬品に対する優れた耐性をもつ最も一般的なゴム材料である。 ゴム材料は、自動車や建材のチューブ、シール、ガスケットなど、様々な工業製品に利用されており、発生する膨大な廃ゴムのリサイクルが喫緊の課題となっている。 加硫プロセスにより製造された従来のゴムは、再生プロセスにおいて深刻な物性の劣化が生じるため、リサイクル不可である。 本研究は、リサイクル可能な新たなゴム材料を開発し、マテリアルリサイクルによる閉ループプロセスの実現を目指す。     リサイクルを可能にする取組み ゴムに弾性を付与するためには、原料の高分子(ポリマー)を相互に架橋させる必要がある。現在、このために硫黄を加える加硫プロセスを用いているが、この「加硫」がリサイクルを阻害している。 従来の加硫に代わり、可逆的に架橋および切断ができる共有結合による架橋プロセスを実現する。 ボロンを用いる架橋が一般的だが、ゴム材料用のポリマーにボロンを結合させることは非常に困難である。 本研究は、独自の触媒を用いて、高分子材料を合成する段階で、ボロンを組み込むことに成功した。     新しいプロセス ①エチレン、プロピレン、ボロン酸コモノマー(保護マスク付き)を新開発触媒を用いて、配置共重合しボロン含有ポリマーを合成 ②酸性条件下での加水分解によりマスク除去 ③ボロン酸の熱脱水縮合によりポリマーを架橋させて、ボロン架橋エチレン–プロピレンゴムを生成 (以下リサイクルプロセス) ④アルコール分解により脱架橋 ⑤脱架橋ポリマー中のボロン酸エステルを酸性メタノールを用いてボロン酸に変換してボロン含有ポリマーを再生   ボロン架橋エチレン-プロピレンゴムの特性 (1)引っ張り強さ・応力–歪特性 ボロン架橋ゴムの引っ張り強度は、従来の硫黄加硫ゴムより高く、エチレン含有量が増えるとより高い。 ボロン含有量を増やすと破断時の伸び歪を大きくできる。 (2)繰り返し引っ張りによる特性変化 2回目以降の応力-歪曲線は、ほぼ重なり合い、優れた弾性特性を示す。   (3)複数回のリサイクル後の特性変化 リサイクルに伴う引っ張り強度と破断伸びの劣化はない。   (4)雰囲気耐性・長期間安定性 ホウ素架橋は沸騰水、アルコール、酸に対して耐性があり、長期間安定性もある。 本研究の優位性 ゴムの製造プロセスにおいて、非可逆的な硫黄を用いる加硫処理に代えて、ボロンを介してポリマーを架橋させることにより、架橋-架橋解除の可逆処理を可能にする新たなプロセスを提案した。 ポリマーへのボロン組み込みは困難なため、独自の触媒を用いることにより、ポリマーの合成段階で重合とボロン組み込みを同時に行う新たな方法を見出した。 新たなプロセスのもとに、エチレン-プロピレンゴムを試作し、その機械的特性が従来の硫黄加硫品より優れ、環境安定性も高く、また、リサイクル性にも優れていることを実証した。     本技術に関する知的財産権 発明の名称 :共重合体、共重合体の製造方法及び回収方法 特願 :2022-169053 出願人 :国立大学法人広島大学 発明者 :田中亮、塩野毅、中山祐正     論文 Commodity Rubber Material with Reversible Cross-linking Ability:Application of Boroxine Cross-links to Ethylene-Propylene Rubber Yusuke Bando, Shin-ichi Kihara, Hiroya Fujii, Yuushou Nakayama, Takeshi Shiono, and Ryo Tanaka* https://doi.org/10.1021/acs.macromol.4c01312 Macromolecules 2024, 57, 7565−7574     研究者からのメッセージ 一般的なゴム材料は構造が整然としていない化合物ですが、我々の作ったものは架橋点が非常に美しく並び、網目が均一に分布しているため、より強いゴム材料になり得る可能性を秘めています。 実用化に向けたさらなる特性改善や課題解決を企業との共同研究で推進したいと考えております。       研究者 田中亮(TANAKA RYO) 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 准教授

    • 環境エネルギー
    • 気候変動/エネルギー/GX
    • 量子
    • 素材
    2024.07.23
    • 環境エネルギー
    • 気候変動/エネルギー/GX
    • 量子
    • 素材
    未利用の低温排熱から発電できる新規有機熱電変換材料

    背景 資源枯渇あるいは地球温暖化への対応のため、化石燃料に代わる太陽光、風力、水力、地熱などの自然エネルギー利用のニーズが高まる一方で、世界で消費されるエネルギーの内、約3分の2が未利用のまま排熱として捨てられており、この排熱の利用拡大が合わせて重要な課題となっている。 この排熱は80%以上が200℃以下の中低温排熱であり、温水供給など熱としての利用促進は図れているものの、利用先が限定的である。一部でも電力に変換できれば、利用価値は飛躍的に増す。 高温の熱源が得やすい化石燃料利用の場では、大容量化にも対応しやすい従来の熱サイクルのシステムが有効であったが、中低温排熱は周囲環境との温度差が小さいため電力への変換効率が低く、コスト的にも成立しない。 熱を電気に直接変換する熱電変換技術は、比較的小さな温度差、且つ小容量の熱源にも対応しやすくシステムがシンプルである等、メリットが大きい。 従来の熱電変換材料は、特殊で量産化にも不向きであったため、放射性同位元素の熱を利用する宇宙探査分野や人間の体温を利用する時計など、特殊な用途に限られていたが、現在の資源や地球環境の制約のなかで、その利用拡大のニーズは非常に高まっている。     熱電変換の原理 1.熱電変換材料の両端を高温(HOT)と低温(COLD)にさらすと、両端の温度差 (ΔT) に比例して電位差 (ΔV) が生じる。この比例定数をゼーベック係数 (S) と呼ぶ。Sの値が大きいほど大きな電位差を生じることができる。 2.電位差が生じると材料の中に電流 (I)が流れ、電力を生む。材料の電気伝導率 (σ) が大きいほど、多くの電流が流れ、大きな電力を得ることができる。 3.温度差があると材料の中に熱流 (J) を生じる。同じ電力を生み出すための熱量は少ない方が効率が良いので、材料の熱伝導率(κ)は小さい方がよい。     従来の熱電変換材料 これまでの材料は大半が金属化合物のため、希少金属やTeなど毒性のある元素を含む金属など、一般的な利用に不向きなものが多い。 作動温度が500K以上のものが多く、低温で使用可能な材料が限定的である。     有機化合物を用いた熱電変換デバイスの特長 一般的な元素からなる有機化合物であり原材料が安価 多様な反応設計により低毒性の材料創出が可能 豊富な埋蔵資源をもつ元素を利用可能 デバイスに軽量・柔軟性を付与可能 溶液プロセスにより安価な製造コスト実現が可能     期待される用途 工場や自動車から排出される200℃以下の中低温排熱を利用する発電 オフィスや家庭の電子機器の発熱を利用する発電 特殊環境に置かれる自立型機器における電力供給 など     新規有機熱電変換材料への要求性能 小さな温度差で大きな電位差の生成 大きな電力を得るための高い電気伝導性 少ない熱量で発電するための低い熱伝導性 使用環境における材料の耐久性・安全性 低い製造コスト     研究成果の内容 1)カーボンナノチューブ/導電性高分子複合体 新規熱電変換材料の候補として単層カーボンナノチューブ (SWCNT) があり、ゼーベック係数が比較的高く、電気伝導率も非常に高いが、熱伝導率が非常に高いため、単体での熱電変換性能は大きくない。 SWCNTを導電性高分子と複合化すると、熱伝導率 κ が0.5~0.7Wm-1K-1程度と高分子材料並みに極端に低下することがわかっている。 そこで、SWCNTと熱電変換材料として有望視されている導電性高分子(ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリ(スチレンスルホン酸), PEDOT:PSS)の複合体を作り、電気特性を検討した。 図示のとおり、複合体において、SWCNTの割合を増やしていくと、電気伝導率 (σ)、ゼーベック係数 (S)、電力因子 (PF) の値は増加するが、70~80%程度の割合でピークとなり、それ以上では逆に低下することがわかった。 この複合割合において、複合体の電気伝導率 (σ) の値がSWCNT単体より高くなるのは、顕微鏡写真中にモデル化して示すように、 PEDOT:PSSがSWCNTの繊維の結節点に付着することにより接触点の電気抵抗が低下したことが考えられる。     2)有機化合物の自在な構造制御により新規高分子材料を創出 カーボンナノチューブと導電性高分子の複合体が優れた熱電変換特性を示すことがわかったので、次に、導電性高分子材料そのものの高性能化について検討した。 PEDOTは導電性に優れているものの、溶剤への溶解性が乏しく、また、分子量が低く製膜性に乏しいという欠点がある。 一方、ポリ(3-ヘキシルチオフェン) (P3HT) は溶解性・製膜性には優れているが、PEDOTに比べると導電性が低い。 これらの欠点を克服するため、PEDOTとP3HTの構成要素(モノマーユニット)を異なる割合で含む共重合体 (PE2HT, PE1HT) などの新規導電性高分子の開発に成功した。     3)ドーピング処理により新規高分子材料に電荷を注入 新規高分子膜に電荷を注入して、導電性を付与するための、電気化学的ドーピング処理システムを考案した。 対象高分子膜、電解質溶液、三つの電極(作用、参照、対)、電位を付加する二つのポテンショスタット、電流を測定するクーロメータからなる。 電極電位 (E1) を変化させることにより電荷の注入を制御する。そのとき、クーロメータにより注入電荷密度を定量する。 同時に対象高分子膜に電位差 (E2) を付加して、電流を測定することにより、高分子材料の電気伝導率をその場測定することができる。     4)電極電位によってドープ率および電気伝導率を制御 新たに合成したPEDOTとP3HTの構成要素(モノマーユニット)を異なる割合で含む共重合体について電気特性を測定した。 ドーピングの電極電位を高くするとドープ率(電荷を注入された分子の割合)が増加し、対応して電気伝導度も大きくなる。 モノマーユニットの割合や電極電位によってドープ率や電気伝導率を制御することが可能になる。   5)添加物とドープ率によって熱電変換特性を制御 P3HTやPEDOT: PSSの熱電変換特性についてもドープ率との相関を解析することに成功した。 ドープ率を増加させると電気伝導率は大きくなるが、逆に、ゼーベック係数は低下する。 PEDOT:PSSにおいてはエチレングリコール (EG) あるいはジメチルスルホキシド (DMSO) を添加すると、電気伝導率は大きくなるが、ゼーベック係数は低くなる。 熱電変換材料から得られる電気出力の指数となる電力因子 (PF) は、ドープ率増加とともに大きくなり、ドープ率10%近傍でピークとなる。 無次元性能指数 (ZT) も同様の傾向を示す。 電力因子や無次元性能指数の値は、電気伝導度 (σ) とゼーベック係数 (S) の値の相反関係に依存するため、最も高い性能を得るために、ドープ率の制御が非常に重要になることがわかった。     本研究の優位性 導電性高分子とカーボンナノチューブの複合体が示す特異な熱電変換特性を見出し、有機化合物を用いた熱電変換デバイスの高い可能性を示した。 多様な反応設計による自在な構造制御により、高性能な熱電換特性を示す有機高分子材料の候補を提案した。 合成した有機高分子材料に導電性を付与するドーピング処理において、熱電変換の特性をその場でモニターしながら処理が可能な新システムを提案した。 ドーピングの際の電極電位とドープ率により熱電変換特性が大きく変わることを示し、これらを制御することにより高い熱電変換特性を得ることができることを示した。     本技術に関する知的財産権 発明の名称 :熱電変換材料の製造方法及び熱電変換材料 特許 :特許第7061361号 特許権者 :国立大学法人広島大学 発明者 :今榮一郎、播磨裕     論文 Imae, Ichiro; Ogino, Ryo; Tsuboi, Yoshiaki; Goto, Tatsunari; Komaguchi, Kenji; Harima, Yutaka, “Synthesis of EDOT-containing polythiophenes and their properties in relation to the composition ratio of EDOT”, RSC Advances (2015) 5(103), 84694-84702. Imae, Ichiro; Akazawa, Ryosuke; Harima, Yutaka, “Seebeck coefficients of regioregular poly(3-hexylthiophene) correlated with doping levels”, Physical Chemistry and Chemical Physics (2018) 20(2), 738-741. Imae, Ichiro; Koumoto, Takashi; Harima, Yutaka, “Thermoelectric properties of polythiophenes partially substituted by ethylenedioxy groups”, Polymer (2018) 144, 43-50. Imae, Ichiro; Shi, Mengyan; Ooyama, Yousuke; Harima, Yutaka, “Seebeck coefficients of poly(3,4-ethylenedioxythiophene):poly(styrene sulfonate) correlated with oxidation levels”, Journal of Physical Chemistry C (2019) 123(7), 4002-4006. Imae, Ichiro; Akazawa, Ryosuke; Ooyama, Yousuke; Harima, Yutaka, “Investigation of organic thermoelectric materials using potential-step chronocoulometry: Effect of polymerization methods on thermoelectric properties of poly(3‐hexylthiophene)”, ournal of Polymer Science(2020) 58(21), 3004-3008. Imae, Ichiro; Yamane, Haruka; Imato, Keiichi; Ooyama, Yousuke, “Thermoelectric properties of PEDOT:PSS/SWCNT composite films with controlled carrier density”, Composites Communications (2021) 27, 100897 (6pp.). Imae, Ichiro; Uehara, Hirokii; Imato, Keiichi; Ooyama, Yousuke, “Thermoelectric properties of conductive freestanding films prepared from PEDOT:PSS aqueous dispersion and ionic liquids”, ACS Applied Materials and Interfaces (2022) 14(51), 57064-57069.     研究者からのメッセージ 研究者の有する「多様な反応設計による自在な高分子の構造制御技術」と「独自のドーピングシステム」を活用して、新規有機熱電変換材料のさらなる性能向上を目指す。このための基礎研究と実用化のための検討を企業との共同研究で進めたい。     研究者 今榮一郎(Imae Ichiro) 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 准教授

123
Copyright © 2020- 広島大学