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    2025.12.12
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    ナウマンゾウの古代DNA解析に成功〜ユーラシア最古のパレオロクソドンの系統であることが判明〜

    概要 山梨大学総合分析実験センターの瀬川高弘講師、秋好歩美技能補佐員、広島大学大学院統合生命科学研究科の米澤隆弘教授、国立遺伝学研究所の森宙史准教授、国立科学博物館生命史研究部の甲能直樹部長らによる国際研究チームは、日本列島に生息していた絶滅ゾウ「ナウマンゾウ」(Palaeoloxodon naumanni)の化石から、世界で初めて古代DNA解析に成功しました。 ナウマンゾウは、約2万2千年前に絶滅したと考えられており、日本全国約300ヶ所から2千点を超える化石が発見されている、日本で最も豊富に見つかる絶滅大型哺乳類の一つです。ナウマンゾウが属するパレオロクソドン属(直牙象)は、更新世にユーラシア全域に広がった絶滅ゾウ類です。しかし、これまでアジアからの古代DNA解析は成功しておらず、ユーラシア全域でのパレオロクソドンゾウの進化史には大きな空白がありました。特にナウマンゾウはどのような系統に属するのか、全く分かっていませんでした。 本研究では、青森県で発見されたナウマンゾウの臼歯化石2点(約4万9千年前と約3万4千年前)からミトコンドリアゲノムの解析に成功しました。これは日本国内最古の化石標本からの古代DNA研究となります。 その結果、ナウマンゾウは約105万年前に分岐したユーラシアで最も古い直牙象の系統であり、原始的な「シュトゥットガルト型」の頭骨の特徴を保ったまま日本列島で長期間生き延びたことが明らかになりました。大陸では派生的な「ナマディクス型」の頭骨を持つゾウに置き換わりましたが、日本列島では地理的隔離により原始的な形態が保持され、日本列島がレフュジア(古い系統が生き残る特別な環境)として機能していたことが改めて実証されました。 図1:ナウマンゾウの生体復元図 今回の研究成果を踏まえて復元された最新のナウマンゾウの生体復元。頭部はオスの頭骨化石、体の骨格は複数個体の化石標本を参考に描かれている。背景には当時日本列島に共存していた巨大なシカ(ヤベオオツノジカ)も描かれている。(復元画制作: 府高航平氏) 研究の背景 パレオロクソドン(直牙象)とは パレオロクソドン属のゾウは、更新世のユーラシアで最も繁栄した大型植物食哺乳類の一つでした。アフリカで生まれた後、(遅くとも)約78万年前にユーラシアに進出し、ヨーロッパから東アジアまで広く分布しました。 近年の古代DNA研究により、パレオロクソドンは複雑な起源を持つことが明らかになってきました。遺伝情報の解析から、パレオロクソドンは主にアフリカゾウ属を祖先とし、そこにマルミミゾウやマンモスとの交雑(異なる種が交配すること)が加わって成立したことが示されています。また、母系で伝わるミトコンドリアDNAは完全にマルミミゾウ由来のものに置き換わっており、パレオロクソドンは、この中でNNグループ(ノイマルク・ノルト・グループ)とWEグループ(ワイマール・エーリングスドルフ・グループ)という2つの主要な母系系統が確認されています。しかし、これまでDNA情報が得られていたのはヨーロッパの標本が中心で、アジアからは中国河北省の(アジアゾウのものと思われていた)歯の化石から得られた配列のみでした。そのためアジアのパレオロクソドン、特に日本のナウマンゾウの進化系統上の位置づけは全く不明でした。   2つの頭骨形態:「シュトゥットガルト型」と「ナマディクス型」 形態学的な研究から、パレオロクソドンには原始的な「シュトゥットガルト型」(頭の骨の隆起が弱い)と、派生的な「ナマディクス型」(頭の骨の隆起が強い)という2つの頭骨形態があり、その関係について長年論争が続いていました(図2)。   「シュトゥットガルト型」(原始的): 頭の後ろの骨の隆起(頭頂後頭稜)の発達が弱く、頭骨が高い形。ナウマンゾウと中央アジアのP. turkmenicusがこのタイプ。   「ナマディクス型」(派生的): 頭頂後頭稜が強く発達し前方に張り出す形。ヨーロッパのP. antiquusとインドのP. namadicusがこのタイプ。 これらの形の違いが別の種を表すのか、成長段階や個体差なのかについては議論が続いていましたが、「シュトゥットガルト型」を示す標本からのDNA情報が全く得られていなかったため、遺伝学的な検証ができませんでした。ナウマンゾウは「シュトゥットガルト型」を示すアジアのパレオロクソドンでしたが、DNA情報がないため進化系統上の位置づけは不明でした。 図2:パレオロクソドンの2つの頭骨形態。右:原始的な「シュトゥットガルト型」(ナウマンゾウ)、左:派生的な「ナマディクス型」(ヨーロッパのP. antiquusに相当)。頭頂後頭稜の発達の違いが明瞭である。   研究の成果 (1)日本の厳しい環境下での古代DNA解析成功 本研究では、青森県立郷土館などが所蔵するナウマンゾウ化石4個体を対象に古代DNA抽出を試みました。日本は高温多湿でDNAの保存に極めて不利な環境であるため、技術的に非常に困難でしたが、そのうち特に保存の良かった2個体の臼歯の象牙質からミトコンドリアDNA配列を検出することに成功しました。解析に成功した2個体の年代は、約4万9千年前と約3万4千年前であり、日本国内最古の化石標本からの古代DNA研究となりました。特に約4万9千年前の標本からのDNA抽出は、日本の高温多湿という保存に極めて不利な環境を考えると、技術的に画期的な成果です。通常の方法だけでは十分な量のDNA情報が得られなかったため、特定のDNA領域を集中的に増やす「myBaitsキャプチャ法」という最新技術を使用しました。その結果、両個体のミトコンドリアゲノムのドラフト配列を再構築することに成功しました。 a   (2)ナウマンゾウは最も古い系統だった 2個体のナウマンゾウのミトコンドリアゲノムのドラフト配列を用いて、他のゾウ類との系統的な関係を解析しました。その結果、2個体のナウマンゾウは一つのまとまった系統を形成し、さらにドイツや中国のパレオロクソドンとともにユーラシア全域に広がるWEグループを形成することが示されました。しかしナウマンゾウのDNAは、非常に厳しい環境下で数万年間埋蔵されていたためDNAの損傷が激しく、このドラフト配列そのものから分岐年代を推定することは困難でした。そこで本研究では、まず2個体のナウマンゾウの共通祖先のDNA配列を再構築し、この共通祖先配列を用いて分岐年代推定を行うという新規の解析手法を提案しました。これにより、損傷の激しいDNA配列からも信頼性の高い分岐年代を推定できるようになりました。   重要な発見: ナウマンゾウはこのWEグループの中で最も早く分かれた系統であることが明らかになりました。詳細な年代推定から、ナウマンゾウ系統がWEグループの他の系統から分岐した時期は約105万年前と推定されました(図3)。この発見は、従来の理解を大きく覆すものです。これまでナウマンゾウは、パレオロクソドンの中で比較的新しい時期に分岐した系統であり、日本列島に隔離された後、島嶼化の影響で小型化したと考えられていました。しかし今回のDNA解析により、ナウマンゾウは実際には最初期に分岐した原始的な系統であり、約105万年前という非常に早い段階で既に東アジアの縁辺にまで到達していたことが判明したのです。 この分岐年代は、パレオロクソドンがアフリカからユーラシアに進出した最古の化石年代(約78万年前、イスラエルのゲシェル・ベノット・ヤアコブ遺跡)に非常に近い時期です。このことは、パレオロクソドンがアフリカからユーラシアに進出後すぐに東アジアを含む広い範囲に拡散したことを示しています。 図3:パレオロクソドンの系統樹と分岐年代。色は頭骨の形態を示す:赤=原始的なシュトゥットガルト型、青=ナマディクス型、黒=形態型不明。ナウマンゾウ(赤)はWEグループに属し、約105万年前に分岐した最古の系統である。   (3)「シュトゥットガルト型」を遺伝学的に初めて確認 本研究は、原始的な「シュトゥットガルト型」の頭骨を持つパレオロクソドンから、世界で初めて遺伝情報を得た研究となります。ナウマンゾウは大人のオスもメスも「シュトゥットガルト型」を示すことが知られており、今回の結果により、この原始的な形がWEグループに属することが遺伝学的に確認されました。 一方、これまでDNA情報が得られていた派生的な「ナマディクス型」の標本(シチリア島やドイツのもの)は、すべてNNグループに属していました。NNグループの共通祖先は約39万年前と推定されています。「ナマディクス型」の最古の確実な化石記録は、ギリシャから見つかった約48万〜42万年前のものです。これらの年代から、派生的な「ナマディクス型」は中期更新世(約77万〜13万年前)のヨーロッパで出現し、その後にアジアにも広がったことが分かります。   (4)時系列で見るナウマンゾウの進化 今回の研究結果から推定されるナウマンゾウの進化史は次のようになります: 約105万年前: パレオロクソドンがアフリカからユーラシアに進出後まもなく、東アジアを含む広い範囲に拡散しました。この初期の拡散集団から、日本列島に入った系統(ナウマンゾウの祖先)と、大陸に残った系統が分かれました。   約105万年前〜2万2千年前: 日本列島に入ったゾウは、島の環境で大陸から地理的に隔離され、独自の進化を遂げました。原始的な「シュトゥットガルト型」の頭骨を保ったまま、古い系統の生き残り(遺存固有種)として後期更新世まで生存しました。   約48万年前以降: ユーラシア大陸では、派生的な「ナマディクス型」がヨーロッパで出現し、その後東アジアにも広がりました。中国の後期更新世の地層から見つかった頭骨も「ナマディクス型」です。 約2万2千年前: ナウマンゾウが絶滅しました。地理的な隔離により、大陸の派生的な「ナマディクス型」集団による置き換えを免れ、絶滅するまで変わらず原始的な形を保ち続けていました。 このように、ナウマンゾウは東アジアへの原始的な「シュトゥットガルト型」の早期拡散を示す証拠であり、その後大陸では派生的な「ナマディクス型」集団に置き換わっていったと考えられます。   本研究の意義 (1)日本列島がレフュジア(古い系統が残る特別な環境)であったことを実証 日本列島は、基本的にユーラシア大陸から隔離された島弧でありながら、氷期の海水準低下期に断続的に陸続きになるという特殊な地理的環境です。この「半隔離状態」が、古い系統の保存や独自の進化を促進してきたことが、ナウマンゾウの例からも実証されました。ナウマンゾウは約105万年前以降に日本列島に到達した後、地理的隔離により大陸集団とは独立した進化を遂げ、大陸では失われた原始的な特徴を保ち続けた「生きた化石」だったのです。 こうした環境であったからこそ、今回の成果は大陸集団では検出できない時間軸を伴った生物地理学的な挙動まで解明できたと言えます。後期更新世まで(約1万2千年前以前)の日本列島には、更新世オオカミ、ヒグマ、バイソン、オオツノジカ、ヘラジカ、トラといった様々な大型哺乳類が生息していました。それらは大陸から断続的に渡来した結果、「重層的」に集団の置き換わりが起こった歴史を持つ可能性があり、今後の古代DNA研究の最も重要なテーマの一つになると考えられます。   (2)ユーラシア全域のゾウ進化史の空白を埋めた これまでアジアのパレオロクソドンのDNA情報はほとんどありませんでした。今回のナウマンゾウのDNA解析により、ユーラシア全域でのゾウの進化の流れが初めて明らかになりました。   (3)形態の違いの意味を遺伝学的に解明 長年議論されてきた「シュトゥットガルト型」と「ナマディクス型」の関係について、遺伝学的な証拠を初めて提供しました。これらは単なる成長段階の違いではなく、進化の異なる段階を表していることが示されました。今回のDNA解析により、ナウマンゾウがWEグループの最古の系統であることが判明したことで、近縁種との比較から最新の生体復元が可能になりました。DNA情報から推定される系統関係に基づき、牙の形状、背中の輪郭といった従来の化石証拠だけではなく、これまで不確実だった耳の大きさや形状についても、より科学的根拠のある復元が実現しました。これにより、ナウマンゾウの生きていた姿をより正確に再現できるようになりました。   研究の展開 本研究により、ナウマンゾウがユーラシアのパレオロクソドン進化史における重要な位置を占めることが明らかになりました。しかし、今回解析したのは母親から受け継がれるミトコンドリアDNAのみです。今後、核ゲノムDNA(両親から受け継がれる全ての遺伝情報)の解析が実現すれば、以下の重要な疑問に答えることができると期待されます:   • ユーラシアのパレオロクソドンは一度の交雑で成立したのか、それとも複数回の独立した交雑があったのか • NNグループとWEグループは核ゲノムレベルでどのような関係にあるのか • ナウマンゾウはなぜ絶滅したのか、その遺伝学的な要因は何か   今後、DNA抽出技術の向上や堆積物に含まれるDNAを分析する新技術の発展により、より多くのナウマンゾウ標本や他の日本の更新世哺乳類からの古代DNA解析が進むことが期待されます。これにより、日本列島における哺乳類相の成立史がさらに詳しく解明されるでしょう。   用語解説 (1)パレオロクソドン(Palaeoloxodon):更新世にアフリカとユーラシアに広く分布した絶滅ゾウ類の仲間。直牙象(ちょくがぞう)とも呼ばれます。まっすぐな牙を持つことが特徴です。ヨーロッパのP. antiquus、インドのP. namadicus、日本のP. naumanni(ナウマンゾウ)などが含まれます。   (2)更新世:地質時代の区分の一つで、約258万年前〜約1万2千年前までの期間。氷期(氷河期)と間氷期(温暖期)が繰り返された時代です。マンモスやナウマンゾウなどの大型哺乳類が栄えました。   (3)古代DNA解析:化石など古い時代の生物に残された微量のDNA配列を解析する手法。近年の技術発展により、様々な絶滅生物の進化を明らかにできるようになりました。   (4)ミトコンドリアDNA:細胞の中のエネルギーを作る小器官(ミトコンドリア)に含まれるDNA。母親からのみ受け継がれ、核DNAより多くのコピーが存在するため、古代DNA研究に適しています。母系の進化の歴史を知ることができます。   (5)WEグループ(WEクレード):ドイツのワイマール・エーリングスドルフで見つかった標本を基準に定義されたパレオロクソドンのミトコンドリアDNA系統群。ヨーロッパから中国、日本まで広く分布します。   (6)NNグループ(NNクレード):ドイツのノイマルク・ノルトで見つかった標本を基準に定義されたパレオロクソドンのもう一つのミトコンドリアDNA系統群。主にヨーロッパで見つかっています。   (7)頭頂後頭稜(とうちょうこうとうりょう、POC):頭骨の後ろの部分にある骨の隆起。パレオロクソドンでは「シュトゥットガルト型」で弱く、「ナマディクス型」で強く発達します。この違いが頭骨の形の大きな特徴となっています。   (8)myBaitsキャプチャ法:目的とするDNA領域だけを選択的に集める技術。保存状態の悪い試料から効率的にDNA配列を回収できます。釣り針(bait)で目的の魚を釣るイメージです。   (9)系統樹解析:DNA配列などの情報から生物の間の系統的な関係(どの生物とどの生物が近い親戚か)を推定し、その進化史を樹形図で表す解析方法。   (10)遺存種(レリック):過去に広く分布していた生物の生き残りで、限られた地域にのみ生存している種。「生きた化石」とも呼ばれます。ナウマンゾウは、大陸では失われた原始的な特徴を保った遺存種でした。   論文情報 雑誌名:iScience 論文名:Ancient DNA from Palaeoloxodon naumanni in Japan reveals early evolution of Eurasian Palaeoloxodon 論文名(日本語):日本のナウマンゾウの古代DNAがユーラシアのパレオロクソドンの初期進化を明らかにする 著者:Takahiro Segawa, Takahiro Yonezawa, Hiroshi Mori, Ayumi Akiyoshi, Asier Larramendi, Naoki Kohno 著者(日本語):瀬川高弘、米澤隆弘、森宙史、秋好歩美、アシエル・ララメンディ、甲能直樹 DOI:10.1016/j.isci.2025.114156 URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2589004225024174 オンライン公開日: 2025年12月8日   研究サポート 本研究は、日本学術振興会科研費(課題番号: 20K20942, 23KK0062, 25K01110 and JP221S0002)の支援を受けました。   報道発表資料.pdf(1.64 MB) 掲載雑誌:iScience 研究者ガイドブック(米澤 隆弘 教授)   【お問い合わせ先】 山梨大学総合分析実験センター瀬川 高弘 E-mail: tsegawa@yamanashi.ac.jp TEL: 055-273-9439   広島大学大学院統合生命科学研究科米澤 隆弘 E-mail: tyonezaw@hiroshima-u.ac.jp TEL: 082-424-7950   国立科学博物館生命史研究部甲能 直樹 TEL: 029-853-8984   山梨大学 総務企画部総務課広報・渉外室 E-mail: koho@yamanashi.ac.jp TEL: 055-220-8005,8006   広島大学 広報室 E-mail: koho@office.hiroshima-u.ac.jp TEL: 082-424-6762   情報・システム研究機構国立遺伝学研究所 広報室 E-mail: prkoho@nig.ac.jp TEL: 055-981-5873   国立科学博物館 経営管理部 研究推進・管理課 研究活動広報担当 E-mail: t-shuzai @kahaku.go.jp TEL: 029-853-8984

    • 環境エネルギー
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • 医療/ヘルスケア
    2025.12.22
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    寒さに耐える冬眠動物の筋幹細胞 ~再生能力を意図的に抑える「省エネ戦略」~

    本研究成果のポイント 冬眠動物は、極端な体温低下と長期間の不活動を経験するにもかかわらず、筋肉の衰えを驚くほど防いでいます。本研究では、冬眠動物の“筋肉が衰えない仕組み”の一端が、「組織幹細胞を生かしたまま、再生を抑える」というエネルギー節約戦略にある可能性を示しました。   概要 ハムスターやクマなどの冬眠動物では、骨格筋の幹細胞(サテライト細胞)が極端な低温下でも死なずに生存できることを発見 その低温耐性機構は、フェロトーシス(鉄依存性細胞死)を抑える細胞内の抗酸化システムにより成立 しかし生存した細胞は、筋形成に必要な「活性化・分化」プログラムを意図的に抑制しており、増殖能力が低温下では大きく低下 実際にハムスターでの筋損傷モデルでも、冬眠中は筋再生が著しく遅延 冬眠動物は「細胞死は防ぐが、エネルギー消費の大きい炎症・再生反応は抑える」という、エネルギー節約型の“冬眠モード”を幹細胞レベルで備えていることが明らかに   広島大学大学院 医系科学研究科 生理機能情報科学の宮﨑充功准教授らの研究グループは、福山大学薬学部・渡邊准教授、北海道大学大学院獣医学研究院・下鶴准教授、北里大学理学部・塚本助教、北海道大学低温科学研究所・山口教授らとの共同研究により、冬眠する哺乳類が、極端な低温環境でも筋肉の幹細胞(サテライト細胞)を死なせず保持する一方、筋形成に関わる遺伝子群の働きを大幅に抑制し、あえて再生を遅らせる仕組みを解明しました。 本研究成果は、米国実験生物学会連合の学術誌The FASEB Journal に掲載されました。 また、本研究成果は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。   掲載雑誌: The FASEB Journal, 2025; 39:e71297 URL: https://doi.org/10.1096/fj.202502651R 題目: Cold-induced suppression of myogenesis in skeletal muscle stem cells contributes to delayed muscle regeneration during hibernation 著者: Tatsuya Miyaji, Ryuichi Kasuya, Mayuko Monden, Yutaka Tamura, Michito Shimozuru, Toshio Tsubota, Daisuke Tsukamoto, Guangyuan Li, Shota Kawano, Yuri Watanabe, Yoshifumi Yamaguchi, Masatomo Watanabe, and Mitsunori Miyazaki* *Corresponding author (責任著者) doi: 10.1096/fj.202502651R   背景 一般に、骨格筋は長期間使われないと萎縮し、筋肉を形成するための幹細胞の働きも弱まるため、冬眠によりほとんど動かない期間が続くと、通常なら筋肉が衰えると考えられます。しかし冬眠動物では、数か月におよぶ極度の不活動と低体温にもかかわらず、筋肉量がほとんど失われません。この理由はこれまでも研究されてきましたが、明確な答えは出ていませんでした。 本研究は、冬眠動物の筋肉が衰えない背景に「細胞死を防ぎながら再生は抑制する」という、冬眠期特有のエネルギー節約戦略が存在することを、世界で初めて幹細胞レベルで示しました。   研究内容と成果 1. 冬眠動物の筋幹細胞は、極端な低温ストレス下でも死なない 研究チームはまず、冬眠動物のサテライト細胞※1が低温ストレスに対して著しい抵抗性を示すことを発見しました。冬眠する動物(シリアンハムスター、シマリス、ツキノワグマ等)と冬眠しない動物(マウス、ラット等)の細胞をそれぞれ4℃の低温に24~48時間さらしたところ、冬眠しない動物の細胞は大半が死滅するのに対し、冬眠する哺乳類の筋肉から得た細胞はほぼ死なずに生存しました。解析の結果、冬眠動物の細胞では、鉄依存性細胞死(フェロトーシス)※2を抑える抗酸化システムが成立しており、これが極端な低温下でも細胞死を防ぐ鍵であることが分かりました。 図1|冬眠動物の筋幹細胞は極端な低温下でも死なずに生き残る マウスやラットなど冬眠しない動物では、4℃の低温にさらすと筋幹細胞の多くが死んでしまいます(赤色:死んだ細胞)。一方、シリアンハムスター、シマリス、ツキノワグマといった冬眠動物では、同じ低温条件でも細胞がほとんど死なずに生き残ります。右下のグラフは、低温条件下における48時間後の細胞死の割合を示しており、冬眠動物の細胞が「細胞レベルで寒さに強い」ことが分かります。   2. 低温下で生存した筋幹細胞は「活性化できない = 筋再生スイッチが切られる」 さらに、低温環境を生き延びた細胞のふるまいを詳しく調べたところ、筋肉の形成に必要な MyoD※3 や Myogenin※4 などの遺伝子群が大きく抑制されており、筋肉の組織幹細胞が“生存するが再生は遅らせる”という特殊な待機状態にあることが明らかになりました。これは、冬眠動物のサテライト細胞が、低温ストレス下では再生スイッチを積極的にオフにすることで、状態を維持していることを示しています。 図2|低温にさらされたハムスター筋幹細胞では、筋形成に関わる遺伝子だけがまとまって弱まる   左図は、ハムスターの筋幹細胞を4℃に冷却した際の遺伝子発現を網羅的に解析した結果です。緑色の点は、発現量が統計学的に有意に“減少した”遺伝子を示し、逆に“増加した”遺伝子は1つも見られませんでした。右図は、それら発現が減少した遺伝子の特徴を調べたGene Ontology※5解析の結果で、筋肉の形成や構造維持に関わる遺伝子群が特に大きく抑制されていることが分かります。これらの結果は、低温下で生存した細胞が、筋形成・再生を開始するための遺伝子プログラムを意図的に落としていることを示しています。   3. 冬眠期のハムスターでは、実際に筋再生が遅延 冬眠期間のハムスターは、体温を周期的に大きく下げる「深冬眠」※6と体温が常温に戻る「中途覚醒」※7を繰り返します。この状態で筋肉が傷つくと、通常であれば見られるはずの再生マーカー eMyHC※8 の発現がほとんど確認されず(下図右下)、再生途中の小さな筋線維も形成されません(右上)。さらに、再生の初期に重要なサテライト細胞の活性化や免疫細胞(マクロファージ※9)の浸潤も大幅に抑えられていました。これらの結果は、冬眠中の生体がエネルギーを節約するため、炎症反応や再生反応といった代謝負荷の高いプロセスを意図的に遅らせている、つまり、省エネモードに入っていることを示しています。 図3|冬眠中のハムスターでは筋再生がほとんど進まない   冬眠期のハムスターは体温低下(深冬眠)と復温(中途覚醒)を繰り返します。この状態で筋損傷を起こすと、再生マーカー eMyHC の発現がほとんど見られず、サテライト細胞の活性化や免疫細胞の浸潤も弱く、筋再生が大きく遅れることが分かります。   本研究の意義と今後の展開 本研究は、冬眠動物が「筋肉の幹細胞を死なせずに保持しつつ、再生は適温に戻るまで待機させる」という高度な省エネ戦略を備えていることを明らかにした点で重要です。これらの知見は将来的に、臓器や細胞の低温保存技術の高度化、長期不活動に伴う筋萎縮予防、さらには人工的な冬眠・低代謝医療の開発など、ヒト医療への応用可能性を広げるものと期待されます。   現在、冬眠中に生じる筋再生抑制がどのような分子機構で制御されているのか、特にエピジェネティクスや神経—筋連関などの側面はいまだ明らかになっていません。研究チームは今後、これらの分子機構の解明を進め、冬眠状態を人工的に誘導・制御しうる基盤的知見の確立を目指しています。   用語解説 ※1 サテライト細胞(筋幹細胞) 骨格筋に存在する「筋肉の幹細胞」。普段は休んでいるが、運動やけがが起こると活性化し、筋肉を修復・再生する役割を持つ。   ※2 フェロトーシス(鉄依存性細胞死) 細胞内の鉄が引き起こす「脂質の酸化」により生じる特殊な細胞死の一種。低温ストレスによる細胞死はフェロトーシスを介して起こる。   ※3 MyoD(マイオディー) 筋幹細胞が「筋形成・筋再生を始める」ときにスイッチとなる転写因子。活性化すると筋肉に分化する方向へ進む。低温では発現が抑えられる。   ※4 Myogenin(マイオジェニン) 筋幹細胞が筋細胞として成熟していく過程で重要となる転写因子。筋再生の“後半”を進める役割がある。   ※5 Gene Ontology(遺伝子オントロジー解析) 膨大な遺伝子の機能を「どんな役割をしているか」で分類し、特定の条件下でどの機能の遺伝子が変化したかを調べる手法。   ※6 深冬眠(Deep Torpor) 小型の冬眠動物が体温を大きく下げ、代謝を極端に落とした状態。体温が数℃まで下がることもある。クマなど大型の冬眠動物の場合、代謝低下は認められるものの、小型動物ほどの極端な体温低下は起こらない。   ※7 中途覚醒(Interbout Arousal) 冬眠中に体温が一時的に正常レベルまで戻る短い覚醒期。小型の冬眠動物はこの「深冬眠」と「中途覚醒」を繰り返す。   ※8 eMyHC(embryonic Myosin Heavy Chain) 再生途中の新しい筋線維に発現する「再生マーカー」。筋損傷後に通常であれば増えるが、冬眠期はほぼ発現しない。   ※9 マクロファージ 筋損傷の修復に重要な免疫細胞。壊れた筋細胞を処理し、筋幹細胞の活性化をサポートする。冬眠期は浸潤が強く抑制される。   報道発表資料(636.78 KB) 掲載雑誌:The FASEB Journal 研究者ガイドブック(宮崎 充功准教授) 【お問い合わせ先】 (研究に関すること) 広島大学大学院医系科学研究科生理機能情報科学 准教授宮﨑充功 Tel:082-257-5435 E-mail:mmiya4@hiroshima-u.ac.jp   (報道に関すること) 広島大学広報室 Tel:082-424-4383 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp

    • 環境エネルギー
    • 食料/農林水産業
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    2025.11.04
    • 環境エネルギー
    • 食料/農林水産業
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    日本周辺の魚類体重変動の主原因は餌をめぐる競争 ―75%は餌をめぐる競争、50%は環境悪化―

    本研究成果のポイント 日本周辺の魚類16系群の体重減少の75%は餌をめぐる競争が原因と特定された。 魚類の体重変化に対し、餌をめぐる競争、環境要因、漁獲圧の影響を定量的に評価した。 魚種内および魚種間の競争が明示され、複数魚種管理の科学的知見となることが期待される。   餌をめぐる競争で魚類の体重変化   概要 東京大学大学院農学生命科学研究科の林珍大学院生(研究当時)と同大学大気海洋研究所の伊藤進一教授、広島大学大学院統合生命科学研究科の冨山毅教授らの共同研究グループは、日本周辺の魚類16系群(注1)の体重変化の原因を調べ、75%の系群の体重変動は餌をめぐる競争が主原因であることを明らかにしました。 本研究では長期の体重変動に状態空間モデル(注2)を応用することで、餌をめぐる競争、環境要因による影響、漁獲圧の影響を初めて定量的に評価しました。先行研究では、2010年代に日本周辺の多くの魚種・系群で共通して体重減少が生じており、地球温暖化に伴う餌料プランクトンの生産減少に伴い魚種内および魚種間での餌をめぐる競争が激しくなったことが原因であると推定しましたが、本研究では各要因を定量的に評価した点で新規性があり、この研究成果は今後複数魚種管理(注3)の科学的知見として役立つことが期待されます。   発表内容 これまでに同研究グループは、2010年代に日本周辺の多くの魚種・系群で共通して体重減少が生じていることを先行研究で示していました(関連情報①)。その中で、地球温暖化に伴う餌料プランクトンの生産減少によって魚種内および魚種間での餌をめぐる競争が激しくなったことが原因だと推定しましたが、各魚種あるいは系群の体重変化(図1)の原因を特定するには至っていませんでした。この度、本研究チームは、各年に孵化した魚類が、餌をめぐる競争、環境要因、漁獲圧の影響を受けながら年齢を増すモデルを構築し、状態空間モデルを当てはめることで、実際に起きた体重変動を説明するために必要な要因の特定を行いました(図2)。その結果、餌をめぐる競争は75%の系群で重要であり、ついで環境が50%の系群で作用し、漁獲圧の影響は25%にとどまることが示されました。 図1:各系群の体重変化 元データは水産庁および水産研究・教育機構が公表している資源評価報告書に記載されている年齢別体重(https://abchan.fra.go.jp/hyouka/)。系群については(注1)参照。Lin et al. (2025)より(CC-BY)。 図2:各系群の状態空間モデルの解析結果     左列は最小年齢の解析結果、右列はそれ以降の年齢の解析結果。それぞれの色は体重変動の要因を示し、点線の0の値から離れてかつ高いピークを示すものほど影響が明確であることを示す(灰色:過去の履歴の影響、水色:魚種内及び魚種間競争、赤:漁獲圧、橙:交互作用、緑:環境要因)。Bは種内競争、SumBはマイワシ・マサバ・カタクチイワシからの種間競争、OYは親潮面積、VTDは表層と下層の水温差の影響を示す。Nullはどの影響でも説明できなかったことを示す。右側の%はモデルの説明率を示す。系群については(注1)参照。Lin et al. (2025)より(CC-BY)。     水産庁や水産研究・教育機構などの努力によって長期に蓄積された年齢別体重データを網羅的に調べた研究の成果として、定量的に体重変動の要因が示されました。この結果は、各魚種あるいは系群ごとの管理だけでは加味されない魚種間の餌をめぐる競争の重要性を示すものであり、今後複数魚種管理が必要であることを示しています。本研究は、今後の複数魚種管理の基礎的な知見となることが期待されます。     関連情報 「プレスリリース①日本周辺の魚類の小型化 ―温暖化により顕著になった餌をめぐる競合―」(2024/02/28)     発表者・研究者等情報 東京大学 大気海洋研究所 伊藤進一教授 大学院農学生命科学研究科   林珍博士課程(研究当時) 現:東北大学・海洋研究開発機構 変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)ポストドクトラル研究員   水産研究・教育機構水産資源研究所 藤原邦浩主幹研究員   広島大学 大学院統合生命科学研究科 冨山毅教授     論文情報 雑誌名:Progress in Oceanography 題名:A state-space approach reveals that competition drives variation in fish body weight, with influences from environmental conditions and fishing pressure 著者名:Zhen Lin *, Shin-ichi Ito, Alan Baudron, Christine Stawitz, Takeshi Tomiyama, Kunihiro Fujiwara, Paul D. Spencer, John Morrongiello DOI: 10.1016/j.pocean.2025.103582 URL: https://doi.org/10.1016/j.pocean.2025.103582     注意事項 日本時間11月01日午前02時06分(協定世界時間:10月31日午後5時06分)以前の公表は禁じられています。     研究助成 本研究は、科研費「基盤研究A(課題番号:JP21H04735)」、「学術変革領域B(課題番号:JP22H05030)」、「学術変革領域研究A公募研究(課題番号: JP25H02072)」の支援により実施されました。     用語解説 (注1)系群 資源の変動単位。遺伝的に他の生物集団と区別できる集団、あるいは遺伝的に区別できなくとも、産卵期、産卵場、分布、回遊、成長、成熟、生残など、独自の生物学的特徴を有する場合が多い。本研究で用いた16系群は、マイワシ太平洋系群、マイワシ対馬暖流系群、マアジ対馬暖流系群、マサバ太平洋系群、マサバ対馬暖流系群、ゴマサバ太平洋系群、ゴマサバ東シナ海系群、ウルメイワシ対馬暖流系群、サワラ瀬戸内海系群、カタクチイワシ太平洋系群、カタクチイワシ対馬暖流系群、マダラ本州太平洋北部系群、ブリ、スケトウダラ太平洋系群、イカナゴ瀬戸内海東部系群、キチジ太平洋北部系群。   (注2)状態空間モデル 状態を表す変数(今回の場合は真の体重)がある要因(今回の場合は餌をめぐる競争を指標する各系群の資源量あるいはマイワシなど大きく変動し他魚種にまで影響する資源量、環境要因としての栄養塩豊富な親潮域の面積あるいは表層と下層の水温差による成層強度、漁獲圧)によって変化し、その変数の観測値(今回の場合は体重の観測値)が誤差を持って観測されると仮定し、各要因の影響を調べるモデル。   (注3)複数魚種管理 単一魚種・系群ではなく、複数の魚種・系群を対象として管理する方法。   報道発表資料_20251101報道解禁.pdf(681.83 KB) 掲載雑誌:Progress in Oceanography 研究者ガイドブック(冨山 毅 教授)   【お問い合わせ先】 東京大学大気海洋研究所 教授伊藤進一(いとうしんいち) Tel:04-7136-6240 E-mail:goito@aori.u-tokyo.ac.jp   広島大学大学院統合生命科学研究科 教授冨山毅(とみやまたけし) Tel:082-424-7941 E-mail:tomiyama@hiroshima-u.ac.jp   東京大学大気海洋研究所 附属共同利用・共同研究推進センター広報戦略室 E-mail:kouhou@aori.u-tokyo.ac.jp   東北大学・海洋研究開発機構 変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)アウトリーチ担当 Tel:022-795-5620 E-mail: aimec-comm@grp.tohoku.ac.jp   広島大学広報室 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp

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    2023.04.04
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    野良猫用公衆トイレの設置効果の検証

    本研究の優位性 野良猫の糞尿被害を、忌避剤と公衆トイレを併用して軽減可能であることを立証 猫の糞尿被害を通して、ヒトと動物の共生についての課題点を顕在化     研究内容 背景 猫の糞尿には人獣共通感染症の寄生虫やバクテリア、ウイルスを含んでいる可能性があり、糞尿被害による自治体への苦情は多いが、糞尿汚染に関する研究報告は少ない。環境省は野良猫用トイレの設置を推奨しているが、その効果は検証されていない。そこで、約200頭の野良猫が生息している『猫の街』尾道市において、糞尿被害に悩まされている寺院に開発中の忌避剤*と猫用公衆トイレを設置して、糞を対象に猫用トイレの効果を検証した。 *忌避剤は本研究終了後に一般発売された。     研究の概要 植物プランターを利用したトイレに雨よけの屋根を付けたものを6台作成して、市販の猫砂を敷き詰め、境内及び墓地の異なる地点に6箇所設置した。同時に、トイレへの排泄を確認するための赤外線センサーカメラを4台、事前調査で判明していた5カ所の排泄地点へ忌避剤を設置した。 週に一度、カメラのバッテリー及びデータ回収の際にトイレと境内を清掃し、糞を採集して重量を計測した。   寺院に居ついている17頭の野良猫のうち、個体識別ができた3頭(猫A、B、C)について、トイレ設置前後の糞重量を比較した結果、忌避剤活用によるトイレの設置は、糞の減少に効果的であった。 野良猫はトイレトレーニングを行っていないが、トイレを設置した週から3頭ともトイレを利用していた。トイレでの排泄回数は14週間で、Aが81.3%、Bが88.6%、Cが100%と頻繁に出没する猫ほど使用頻度が高かった。また、対象区として設定した2つの公園と1つの神社の合計8地点では、糞重量は減少しなかった。   猫のトイレの利用を増やすためには、生息する頭数+1台のトイレの設置が必要であり、トイレの大きさや清掃頻度、敷材等をさらに検証する余地がある。   猫用公衆トイレを設置すると野良猫の糞尿被害の減少に効果的だが、設置後も清掃や点検といった人の手が必要となる。猫の行動圏は観光客や地域住民による餌付けに影響を受けるので、給餌だけでなくトイレ管理や糞尿の清掃を行うことで地域トラブルの減少へ繋がる。     期待される効果 野良猫の糞尿被害発生地域における猫用公衆トイレの設置促進 猫用公衆トイレ設置による地域トラブルの減少     企業・自治体への期待 猫用公衆トイレに最適な素材(猫砂・屋根・容器等)の開発に興味のある企業との共同研究 野良猫に関わる課題解決にむけて調査・検証を行いたい企業または自治体との連携 地域猫活動の推進や課題解決に取り組んでいる自治体との連携     論文 Seo,A. & Tanida, H.,The effect of communal litter box provision on the defecation behavior of free-roaming cats in old-town Onomichi, Japan,Applied Animal Behaviour Science 224 (2020) 104938. 妹尾あいら・谷田創. 酢酸およびイソ吉草酸を含有した高分子吸液体にシトラールを添加したネコ用忌避剤の効果,ペストロジー 32(1) (2017) 1-6. 妹尾あいら・谷田創. 自由徘徊ネコに対する酢酸およびイソ吉草酸を含有した高分子吸液体の忌避効果の検証, ヒトと動物の関係学会誌 44 (2016) 42-48.     研究者からのメッセージ 野良猫とヒトの福祉向上と共生社会を目指し、広島県内のさまざまな地域でフィールドワークに取り組んでいます。 地域住民の声を直接聞き、自治体等とも協力することで、成果を地域に還元できる研究を行っています。   研究者 妹尾あいら(SEO AIRA) 広島大学 酪農エコシステム技術開発センター 助教

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    2022.06.27
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    シンプル酵素触媒による効率的な有用物質変換

    背景 従来の微生物細胞による物質生産は、宿主とする微生物を生かしながら行うため、基質・原料が宿主細胞の代謝にも使われ、様々な代謝物質が副産物として生成される。 原料が副産物の生成にも使用されるため、目的の物質が低収率となる。 不要な副産物生成抑制のために、細胞代謝を改変して最適化する手法がとられるが、これには多大な時間と手間を要す。     概要 10~20℃で生育可能な低温菌を宿主として、中温菌の酵素を発現させ、化学品生成経路を構築する。この細胞を中温(40~50℃)で熱処理し、低温菌の代謝酵素を失活させる。これにより、中温菌由来の酵素のみによる物質生産が可能になる。 また、熱処理により低温菌細胞が部分的に壊れるため、膜透過性が向上し、原料・基質が細胞内に自由に入ることができ、界面活性剤等の薬品処理が不要になる。   本研究の優位性 既に実用化されているAspergillus属細菌や、大腸菌を用いた微生物変換法に比べて、不要な副産物の生成がなく、収率が高い。 副産物生成抑制のため、従来必要であった細胞代謝の改変が不要となり、多大な時間と手間を省くことができる。 基質の膜透過性向上のため、従来必要であった界面活性剤等の薬剤処理が不要となる。 中温加熱処理のみで高い生産性と収率が得られる「シンプル酵素触媒」であり、有用物質生産のコスト削減が期待される。     期待される用途 ➢応用例1:3-HPA(ヒドロキシプロピオンアルデヒド)の生成 3-HPAはグリセロールから変換されるアルデヒドであり、アクリル酸の原料として利用される有用化学品である。 廃グリセロールは有用な資源であるにも関わらず活用されていないため、グリセロールを使用して物質変換の検討を行った。 細胞を培養・回収・洗浄、熱処理後(45℃・15min)、3-HPAの収率を調査。ほぼ100%の割合で3-HPAに変換できた。 ➢応用例2:1,3-PD(プロパンジオール)の生成 1,3-PDは抗菌性を併せ持つ保湿剤として効果があり、化粧品等に利用されている有用化学品である。 応用例1の3-HPA生成系後半にDhaTを導入することにより1,3-PDを生成。 DhaTは還元力を必要とするため、補酵素NADHの添加が必要となるが、FDH(ギ酸デヒドロゲナーゼ)も発現させた細胞を構築することにより、NADH無添加で1,3-PDの生成が可能となり、収率5%で生成した。   ➢応用例3:アスパラギン酸の生成 アスパルテームの原料でC4基幹化学品であるアスパラギン酸を、フマル酸から生産した。 宿主の代謝酵素による競合反応を熱処理で抑制することにより、副産物のリンゴ酸生成が低下し、収率が向上した。 細胞をアルギン酸ナトリウムで固定化することにより、繰り返し利用が可能になり、95%以上の変換効率を9回維持できた。   ➢応用例4:イタコン酸の効率的生産 C5基幹物質のイタコン酸は、コンタクトレンズやニトリル製品などのポリマー素材として有用な化合物である。 従来のAspergillus terrusによる生成方法は、合成経路が代謝系と競合すること、合成酵素が異なるオルガネラに分かれていることが課題となっていた。 Shewanella属細菌にアコニターゼ(coli)、cis-アコニット酸脱炭素酵素(Aspergillus terrus)を発現させて培養、回収、洗浄、熱処理後(45℃、15min)、クエン酸を導入、高収率でイタコン酸を生成できた。 高収率でイタコン酸を生成し(左のグラフ)、(洗浄操作)を与えなければ、触媒を繰り返し利用して、5回の変換が可能(右のグラフ)である。 実用化に向けての課題 今後、触媒の安定的利用に関する検討を進めたい。     企業への期待 酵素機能を最大限発揮可能な本触媒による、物質変換プロセスの実用化を目指す企業との共同研究を希望する。     本技術に関する知的財産権 発明の名称 :低温菌を用いたイタコン酸の製造方法 出願番号 :特願2018-124796 出願人 :国立大学法人広島大学 発明者 :田島誉久、加藤純一、羅宮臨風     論文 田島 誉久,緋田 安希子,加藤 純一:低温菌シンプル酵素触媒による効率的な物質変換,Journal of Environmental Biotechnology, 21(1), 9-16, 2021(環境バイオテクノロジー学会誌21巻1号)doi: 10.50963/jenvbio.21.1_9 Mojarrad, T. Tajima, A. Hida, J. Kato: Psychrophile-based simple biocatalysts for effective coproduction of 3-hydroxypropionic acid and 1,3-propanediol, Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 85(3), 728-738 (2021) doi: 10.1093/bbb/zbaa081 Mojarrad, K. Hirai, K. Fuki, T. Tajima, A. Hida, J. Kato: Efficient production of 1,3-propanediol by psychrophile-based simple biocatalysts in Shewanella livingstonensis Ac10 and Shewanella frigidimarina DSM 12253, Journal of Biotechnology, 323, 293-301 (2020) doi: 10.1016/j.jbiotec.2020.09.007 Luo, M. Fujino, S. Nakano, A. Hida, T. Tajima, J. Kato: Accelerating itaconic acid production by increasing membrane permeability of whole-cell biocatalyst based on a psychrophilic bacterium Shewanella livingstonensis Ac10, Journal of Biotechnology, 312, 56-62 (2020) doi:10.1016/j.jbiotec.2020.03.003 Tajima, K. Tomita, H. Miyahara, K. Watanabe, T. Aki, Y. Okamura, Y. Matsumura, Y. Nakashimada, J. Kato: Efficient conversion of mannitol derived from brown seaweed to fructose for fermentation with a thraustochytrid, Journal of Bioscience and Bioengineering, 125(2), 180-184 (2018) doi:10.1016/j.jbiosc.2017.09.002 Tajima, M. Hamada, Y. Nakashimada, J. Kato: Efficient aspartic acid production by a psychrophile-based simple biocatalyst, Journal of Industrial Microbiology & Biotechnology, 42(10) 1319-1324, (2015) doi:10.1007/s10295-015-1669-7 Tajima, K. Fuki, N. Kataoka, D. Kudou, Y. Nakashimada, J. Kato: Construction of a simple biocatalyst using psychrophilic bacterial cells and its application for efficient 3-hydroxypropionaldehyde production from glycerol, AMB Express, 3(1), 69 (2013) doi: 10.1186/2191-0855-3-69     研究者からのメッセージ 本技術は多種多様な酵素の効率的変換を細胞から酵素を抽出せずに容易に実現できるものであり、バイオ変換の生産性向上に有望と考えています。本触媒にご興味がございましたら是非ご連絡ください。     研究者 田島誉久(TAJIMA TAKAHISA) 広島大学 大学院統合生命科学研究科 准教授

    • 食料/農林水産業
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    2022.01.05
    • 食料/農林水産業
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    環境に優しいうどん粉病の防除薬

    目標・狙い カビ菌により引き起こされるうどん粉病は、ほとんどの植物に発生する可能性があり、予防と対策が必要となる。 従来の化学農薬は農作物の病原菌への防除には有効であるが、環境中での残留性、生態系への影響、農薬耐性等が懸念されている。 そこで、光フェントン反応や光増感反応により、OHラジカル、一重項酸素、スーパーオキシドなどの活性酸素を発生させ、その高い酸化力を利用して、病害治療や防除に役立てることを目的とする。     概要 過酸化水素水に鉄を添加した光フェントン試薬は、数ppmの低濃度でも太陽光のもとで活性酸素のOHラジカルを持続的に生成する能力があることが解っている。活性酸素の強力な酸化力によりうどん粉病を防除する方法を考案した。 過酸化水素水(H2O2)が一定の濃度以上でOHラジカルが発生するサイクルが生まれる。   OHラジカルの他に、ローズベンガルなどの色素や、カテキンなどのポリフェノールといった光増感剤から、一重項酸素(¹O2)やスーパーオキシド(O2-)などの活性酸素を光化学的に発生可能なことが解っており、これらについても同等の効果が期待され、その利用について同様な検討を行っている。     研究事例 実際にイチゴおよびキュウリうどん粉病を対象に、自然太陽光下での光フェントン試薬の最適な処理条件や、効率的施用法等を見出し、うどん粉病の防除に有効であることを検証した。   イチゴうどん粉病への光フェントン反応の適用 試薬1と2の発病率に関しては統計的に有意な差は認められなかったが、試薬3と対照区との間には有意差が認められたため、OH生成速度が高い試薬では発病率低下が確認された。     きゅうりうどん粉病への光フェントン反応の適用   シュウ酸鉄錯体を用いた試薬(光フェントン試薬MIX3)は薬害がほとんど確認されず、うどん粉病の予防および治癒・抑制効果も高かった。     本研究の優位性 OHラジカル、一重項酸素(¹O2)、スーパーオキシド(O2-)などの活性酸素は病原菌防除に従来の化学農薬並みの効果が期待される。 光フェントン試薬は溶液反応のため植物表面に過酸化水素水や鉄が付着してしまうが、一定濃度以下であれば安全である。 ローズベンガルやカテキンなどの試薬は化学農薬に比べ安価であり、気層中で発生するため、発生した活性酸素のみを直接植物表面に暴露でき、より安全である。 太陽光や微生物により容易に分解されるので環境中での残留性が低く、安全性が高い。     期待される用途 イチゴやキュウリうどん粉病などの植物病害防除。 光フェントン試薬への光照射により発生する活性酸素を用い、空気中の悪臭物質の分解やウイルスなどの殺菌が可能であり、無臭化や滅菌などの空気清浄化技術への応用。 微量のスーパーオキシドは生体のSOD活性を高めるため、スーパーオキシドを付加した酸素ガス吸入装置など医療分野への応用。     企業への期待 農薬の研究開発の技術を持つ、企業との共同研究を希望。 ¹O2 、O2-によるうどん粉病防除技術については試験段階であり、企業との共同研究により実用化が達成可能。 空気清浄化技術を開発中の企業、農業や医療分野への展開を考えている企業には、本技術の導入が有効と思われる。     本技術に関する知的財産権 発明の名称:きゅうりうどん粉病の防除薬及び防除方法 特許番号:特許第5963143号 出願番号:特願2012-245366 出願人:国立大学法人広島大学 発明者:佐久川  弘、ナヒド  ハサン     論文 Protective and curative effects of foliar-spray Fenton solutions against cucumber (Cucumis sativus, L.) powdery mildew. Sakugawa, H., Hasan, N., Oguntimehin, I., Belal, E., J. Environ. Sci. Health, Part A, 47, 1909–1918 (2012)     研究者からのメッセージ OHラジカルがカビに有効なのに対して、一重項酸素はウイルスを撃退するのに有効です。そのため新型コロナウイルスの流行を受けて、広島県内の企業と共同で一重項酸素を発生させる空気清浄機の開発を進めています。将来的には農業用に転用して、活性酸素噴霧器としてウイルス性の病害の防除に利用できると期待しています。   研究者 佐久川弘(SAKUGWAWHIROSHI) 広島大学 大学院統合生命科学研究科 客員教授

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    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    • バイオエコノミー
    • 医療/ヘルスケア
    2020.10.21
    • 環境エネルギー
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    低コストで大量繁殖・飼育ができる新規実験動物

    目標・狙い “カエル”はヒトと同じ脊椎動物に属する両生類の代表として、古くから実験に用いられてきた。現在では大量飼育が容易なツメガエルが主に用いられてきた。 実験動物にはそれぞれの特徴や性質があるので、カエル類を使った実験や研究では不十分な場合もある。 我々は、カエルと同じ両生類に属するイモリを実験動物として整備することで、両生類を用いた実験システムの充実化や利便性の向上を目指している。   想定される市場・製品・産業分野 カエルと同じ両生類の実験動物材料として、以下の分野における活用 農薬業界 医薬品開発 毒性・環境評価   概要 脊椎動物であるイモリは実験動物としての有用性は認められていたものの、従来の種は大量繁殖が不可能であり、利便性が低い動物とされていた。 本研究では、年間数千個もの卵を産卵するイベリアトゲイモリに着目。ホルモン処理による一年中の産卵や人工授精法を確立した。 イベリアトゲイモリは文献的には性成熟に1年半以上かかるとされていたが、飼育条件(給餌、水温など)を変えることにより生育速度を早め、雄は6ヶ月、雌は9ヶ月までに短縮すると同時に、大量のイモリを安定的に飼育する技術を開発した。 その結果、カエル類を補完あるいは代替する実験動物としての利用が可能となった。   本研究の優位性 有尾両生類(イモリやサンショウウオ類)において、低コストで大量繁殖・飼育ができる唯一の実験動物。 ゲノム編集技術との相性が良いため、実験目的に合わせた遺伝子の改変が可能。   論文 Matsunami et al. “A comprehensive reference transcriptome resource for the Iberian ribbed newt Pleurodeles waltl, an emerging model for developmental and regeneration biology.” DNA Res. (2019) 26:217-229. doi: 10.1093/dnares/dsz003.PMID: 31006799 Suzuki et al. “Cas9 ribonucleoprotein complex allows direct and rapid analysis of coding and noncoding regions of target genes in Pleurodeles waltl development and regeneration.” Dev Biol. (2018) 443:127-136. doi: 10.1016/j.ydbio.2018.09.008 Hayashi et al. “Molecular genetic system for regenerative studies using newts.” Dev Growth Differ. (2013) 55:229-36. doi: 10.1111/dgd.12019   外部資金の獲得状況 住友財団基礎科学研究助成 内藤記念科学奨励金・助成金 科研費2019〜2021年度基盤研究(C)(代表) 科研費2019〜2021年度基盤研究(C)(分担)他   研究者からのメッセージ イベリアトゲイモリを安定的に飼育する技術の開発により、カエル類を補完あるいは代替する実験動物としての利用が可能となりました。イベリアトゲイモリを介した研究にご興味のある企業の方は是非一度ご相談ください。   研究者 林利憲(HAYASHI TOSHINORI) 広島大学 両生類研究センター 教授

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