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    2026.03.05
    • 情報通信
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    サブマイクロ秒・700Gbps超を実現する 低遅延データ圧縮通信技術を開発 ~FPGAクラスタにおける通信ボトルネックの解消に貢献~

    大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立情報学研究所(NII、所長:黒橋 禎夫、東京都千代田区)アーキテクチャ科学研究系 教授/所長補佐、鯉渕 道紘、特任助教 平澤 将一は、国立大学法人 広島大学(学長: 越智 光夫、広島県東広島市)大学院先進理工系科学研究科教授 中野 浩嗣、富士通株式会社(代表取締役社長 時田 隆仁、本店 神奈川県川崎市中原区)シニアプロジェクトディレクター 福本 尚人、リサーチディレクター 本田 巧の研究グループと共同で、FPGAクラスタにおける通信性能を大幅に引き上げる超低遅延・高帯域圧縮通信技術を開発しました。本技術は、FPGA間通信においてデータ圧縮と復号を含めて590ナノ秒という極めて低い遅延を実現し、さらに1 台のFPGAあたり最大757Gbpsの実効通信帯域を達成しました。本成果は、計算性能の高さに比べ通信性能がボトルネックとなっていたためFPGAベースの高性能計算システムに対し、高いスケーラビリティを提供するものです。   近年、書き換え可能な専用回路(FPGA: Field Programmable Gate Array)を多数つなぎ、高速・低遅延・省電力で特定の処理を並列実行できる計算システム(以後、FPGAクラスタと呼ぶ)が注目を集めています。高性能なFPGA カードには高帯域なメモリが搭載され、単体カード内の計算性能およびメモリアクセス性能は大きく向上しています。一方で、FPGA間の通信帯域や通信遅延は依然として制約が大きく、特に集合通信*1を多用する大規模並列処理やAI学習では、通信がシステム全体の性能を支配する要因となっていました。 この問題を解決する手段としてデータ圧縮が注目されていますが、従来のデータ圧縮方式はハードウェア実装の複雑さや処理遅延の増大が課題となり、超低遅延通信には適していませんでした。 本研究では、この問題を解決するデータ圧縮通信技術を開発しました。特徴は、どのような場合でも通信データが元より大きくならない軽量な圧縮方式と、通信路の幅に合わせてデータを整列させる独自の回路構成を組み合わせている点です。図1に示す提案FPGA回路の例では、16個の数値データ(合計512ビット)をメモリから一度に受け取り、これらを圧縮後、256ビット幅の通信路に効率よく送り出します。従来の方式では、圧縮後のデータを通信路の幅にぴったり合わせる処理が難しく、これが通信速度の低下を招いていました。本技術では、まず入力されたデータの並び順を入れ替えることで、複数のデータを同時に並列に圧縮でき、処理を高速化できます。圧縮されたデータは通信路の幅に揃えて送り出されるため、通信帯域を無駄なく活用できます。この例の回路を用いた評価では、実質的に通信性能を非圧縮時と比べて約2倍に高めながら、通信全体の遅延をサブマイクロ秒(100万分の1秒未満)という低遅延に抑えることに成功しました*2。 本技術は、光技術を用いた高速通信回線を備えるFPGAクラスタにおいて実装され、1対1の通信だけでなく、集合通信においても最大757Gbpsという高い通信性能を達成しました。さらに、AIの分散学習で用いられる勾配データの通信に適用したところ、学習結果の精度にほとんど影響を与えないことも分かりました。 図1: 16個(計512ビット)の入力データを圧縮して256ビットに出力する回路例   本成果は、FPGAクラスタに限らず、将来の光インターコネクトを用いた高性能計算システムやAIアクセラレータにおいても有効性が期待されます。今後は、適応的な誤差制御や様々な数値表現への拡張を進め、より幅広い応用分野への展開を目指します。   解説 (*1)複数の計算ノード(FPGAを含)間でデータを一斉に送受信・共有する並列計算向けの通信方式。 (*2)評価に用いたFPGAクラスタは、8台のFPGAを約50Gbpsの専用光リンクで相互に接続する構成。各FPGAは異なるXeonサーバーに格納されている。詳細: Michihiro Koibuchi, Takumi Honda, Naoto Fukumoto, Shoichi Hirasawa, Koji Nakano, A 590-nanosecond 757-Gbps FPGA Lossy Compressed Network, IEEE Transactions on Parallel and Distributed Systems, Volume 37, Issue 4, pp.836-848, 2026 DOI 10.1109/TPDS.2026.3659817.   【プレスリリース】サブマイクロ秒・700Gbps超を実現する低遅延データ圧縮通信技術を開発.pdf(1 MB) 掲載ジャーナル:IEEE Transactions on Parallel and Distributed Systems 研究者ガイドブック(中野 浩嗣教授)   【お問い合わせ先】 <メディアの皆さまからのお問い合わせ先> 大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立情報学研究所 総務部 総務企画課 企画・広報チーム TEL:03-4212-2164E-mail:media*nii.ac.jp   国立大学法人 広島大学 広報室 TEL:082-424-3749E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp   (*は半角@に置き換えてください)

    • 宇宙
    2026.03.03
    • 宇宙
    地球との通信に依存しない自律的な宇宙航法へ一歩 -超小型X線衛星NinjaSatによるX線パルサー航法の実証-

    概要 理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター宇宙放射線研究室の大田尚享大学院生リサーチ・アソシエイト(東京理科大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程)、開拓研究所玉川高エネルギー宇宙物理研究室の玉川徹主任研究員(仁科加速器科学研究センター宇宙放射線研究室室長)、京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻物理学第二分野の榎戸輝揚准教授、千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターの岩切渉助教、広島大学大学院先進理工系科学研究科の武田朋志日本学術振興会特別研究員らの国際共同研究グループは、超小型X線衛星「ニンジャサット(NinjaSat)[1]」に搭載された超小型X線検出器が観測したパルサー[2]のX線パルス信号を用い、超小型X線検出器によるX線パルサー航法[3]を初めて実証しました。 本研究成果は、GPS[4]に依存しない宇宙航法を可能にする技術であり、太陽系外を含む遠方宇宙の探査や、GPSが利用できない環境下での自律的な宇宙航行への応用が期待されます。 今回、国際共同研究グループは、NinjaSatで観測されたX線パルス信号を利用することで、外部のナビゲーション支援を受けることなく、自身の位置を約30〜50kmの精度で特定できることを実証し、超小型X線検出器でもX線パルサー航法が実現できることを初めて示しました。 本研究は、科学雑誌『Journal of Astronomical Telescopes, Instruments, and Systems』オンライン版(2月17日付)に掲載されました。 パルサーから放射されるX線パルスを利用して測位を行うNinjaSat(想像図) ©RIKEN、NASA/CXC/SAO、気象庁(図を改変)   背景 人工衛星の位置決定には、地球周回軌道上に配置されたGPS衛星からの信号受信や、地上局との電波通信を利用した測位が一般的に用いられています。しかし、深宇宙[5]探査や通信遅延・途絶が生じる環境では、地球周回の測位インフラや地上局との通信が利用できないため、それらに依存しない自律航法が求められています。 強い磁場を持つ中性子星のパルサーは、高速で回転して周期的に電磁波(X線パルス)を放射します。放射される電磁波は極めて正確な周期のため、パルサーは「宇宙の灯台」とも呼ばれます。理論的に古くから知られているX線パルサー航法は、パルサーから放射されたX線パルスを利用した自律航法で、天体そのものを基準として位置を推定できます。各国の衛星注)などの観測により、X線パルサー航法に関する研究が進展しており、2019年には、初のX線パルサー航法実証衛星XPNAV-1が平均38kmの位置精度で測位したことが報告されました。 X線パルサー航法を、電力や設置場所の限られた宇宙探査で実用化するためには、小型かつ低消費電力な装置による実証が不可欠です。これまでの実証研究の多くは、大型衛星や高性能観測装置を用いたものであり、超小型のX線観測装置を用いた研究には課題が残されていました。 そこで、国際共同研究グループは、NinjaSatに搭載された超小型X線検出器を用い、X線パルサー航法の実証を試みました。NinjaSatは、10cm×20cm×30cm(6U、1Uは10cm×10cm×10cm)サイズに人工衛星として必要な機能が搭載されており、地上からの指令により天体のX線観測を行う、理研が開発したキューブサット[6]です。科学観測装置として、超小型(1Uサイズ)のX線検出器2台と、粒子線検出器2台が搭載されています。   注)主に、米国と中国の衛星や観測装置が、X線パルサー航法に挑んでいる。例えば米国のNICER(2017~)、RXTE(1995~2012)、中国のXPNAV-1(2016~)、POLAR(2016~2017)、Insight-HXMT(2017~)など。いずれもNinjaSatに比べると大型の装置である。   研究手法と成果 NinjaSatでは、数十ミリ秒以下の自転周期を持つ単独パルサーの中で最も明るく、小型の検出器でもX線パルスが検出しやすい「かにパルサー[7]」を通常の天体観測の一環として、繰り返し観測してきました。本研究では、衛星の軌道を推定する手法「SEPO法(Significance Enhancement of Pulse-profile with Orbit-dynamics)」を、NinjaSatで観測した「かにパルサー」のデータに適用しました。 「かにパルサー」から放射されるX線パルスは、約33.8ミリ秒の周期(1秒間に約30回転)で規則正しく繰り返されます(図1)。推定した衛星の軌道が真の軌道からずれていると、X線の到来時刻が不正確となり、このX線パルスの波形がわずかに崩れます。   図1 NinjaSatが観測した「かにパルサー」のX線パルス波形 中性子星「かにパルサー」が1回自転する約33.8ミリ秒の間に、X線の強いピーク(山)が二つ現れる。   本研究では、観測されたX線パルス波形の鋭敏さを定量的な指標として評価し、その指標が最大となるようにベイズ最適化[8]を行うことで、衛星軌道のパラメータを推定しました。 X線パルサー航法による衛星軌道の推定精度を評価するために、GPSによって得た高精度な位置情報と軌道推定結果とを比較しました。その結果、パルサーの視線方向において、いずれの観測時期においても実際の軌道からのずれが40km以内の位置精度であることを確認しました(図2)。   図2 推定軌道と実際の軌道との位置のずれの比較 初期の軌道情報だけを頼りにした位置推定(青)は、初めは正確に見えるものの、時間が経つにつれて少しずつずれが大きくなっていく。一方、X線パルサー航法による位置推定(赤)は、NinjaSatが「宇宙の灯台」であるパルサーを使って継続的に自身の位置を修正するため、時間が経ってもずれが増えず、長期間にわたって安定した軌道の推定ができていることを示している。   3次元の位置推定精度は、衛星の軌道面[9]とパルサーの位置関係に依存することも分かりました。衛星の軌道面が天体の方向に対して垂直に近くなると、位置を決める精度が最大370kmまで悪化する一方、それ以外の多くの期間では、27〜53kmの精度で位置を決定できることを示しました。   今後の期待 本研究では、超小型X線衛星NinjaSatに搭載した超小型X線検出器を用い、約1年にわたって複数回「かにパルサー」を観測しました。その結果、GPSなどの人工的な信号に依存することなく、宇宙空間における自身の位置を自律的に推定できることを実証しました。この成果は、GPSの届かない深宇宙探査や、何らかの理由でGPSが使えない状況下においても、天体そのものを基準とした新たな宇宙航法が可能であることを示すものです。 NinjaSatの測位精度は、地上におけるGPSの測位精度(数メートル程度)には及びません。しかし、太陽系内、ひいては星間空間へと続く広大な宇宙の中で自身の位置が30~50kmの精度で分かるのは驚くほど高性能ともいえます。今後は、観測対象となるパルサーの数を増やすとともに、解析手法の高度化を進めることで、衛星軌道の推定精度のさらなる向上が期待されます。将来的には、地球との通信に依存せず、天体のみを用いて航行可能な自律的宇宙探査の実現につながると考えられます。 NinjaSatには精度の良い時計が搭載されていないため、本研究では、正確な時刻情報のみGPSから取得しました。将来の完全自律航法の実現には、衛星に搭載された極めて高精度な時計が必要不可欠となります。例えば、日本の超小型宇宙探査機EQUULEUS(エクレウス)[10]には、約1.5cm四方の超小型原子時計が搭載された実績があります。将来的には光格子時計[11]のような究極の時計を搭載し、精度を上げることも期待できます。X線パルサー航法では、X線パルスの到来時刻を高精度に測定することが重要であり、超小型衛星においても高性能な時刻管理技術が鍵となります。   論文情報 <タイトル>In-orbit Demonstration of X-ray Pulsar Navigation with NinjaSat <著者名>Naoyuki Ota, et al.(the NinjaSat team) <雑誌>Journal of Astronomical Telescopes, Instruments, and Systems <DOI>10.1117/1.JATIS.12.1.018002   補足説明 [1] ニンジャサット(NinjaSat) 理研が中心となり開発した、超小型X線衛星(キューブサット([6]参照))。X線を出すブラックホールや中性子星の迅速な観測を目的とする。2023年11月に打ち上げられ、32個のX線天体を観測し、2025年9月に大気圏に再突入して運用を終了した。   [2] パルサー 超新星爆発後に残った超高密度の中性子星で、高速自転し、周期的に電磁波を放つ天体。自転軸と電磁波の放射軸のずれにより、灯台のような規則正しいパルスとして観測される。   [3] X線パルサー航法 一定周期でX線を放つ中性子星パルサー([2]参照)を宇宙の「灯台」として利用し、到達時刻のずれから位置を計算する航法。GPS([4]参照)に頼らず深宇宙([5]参照)でも自己位置推定ができるため、将来の宇宙探査で期待されている。   [4] GPS 人工衛星からの電波の到達時刻を利用して、地上や空中での位置・時刻を高精度に求める測位システム。GPSはGlobal Positioning Systemの略。GPSを含む全球測位衛星システムは、広くGNSS(Global Navigation Satellite System)と呼ばれている。   [5] 深宇宙 地球周辺を大きく離れ、惑星間空間から太陽系外縁へと広がる宇宙空間を指す。人類の宇宙探査が本格的に展開される、地球圏の外側の領域で、人工衛星や探査機が地上の支援を受けにくくなる。   [6] キューブサット 10cm×10cm×10cmを一つのユニット(1U)とした、超小型衛星の規格の一つ。ここ10年ほど、世界的に宇宙の商業利用が進んだことで、キューブサット規格の地球観測衛星や通信衛星などが、安価に大量に打ち上げられている。   [7] かにパルサー 西暦1054年に爆発した星の残骸(かに星雲)中に存在する、高速回転する中性子星。電波からガンマ線まで、あらゆる波長の電磁波で輝いている。放射が安定していることから、標準光源として用いられることが多い。1秒間に約30回転していることが知られている。   [8] ベイズ最適化 実験や計算にコストがかかる問題で、限られた試行結果から全体の傾向を推定しつつ最適な条件を探す方法。これまでの試行結果を基に「よさそうな点」と「まだ分かっていない点」を考慮して次の試行を決めるため、少ない回数で効率よく最適化できる。   [9] 衛星の軌道面 地球中心と衛星の軌道を含む仮想的な平面のこと。この平面の向きによって、衛星が地球上のどの地域をどのように通過するかが決まる。NinjaSatは南極と北極の付近を通る、太陽同期軌道に投入されていた。   [10] 超小型宇宙探査機EQUULEUS(エクレウス) 日本が開発した6Uキューブサットで、月―地球系ラグランジュ点(地球と月とともに太陽の周りを回りながら、相対的に同じ場所にとどまれる点)近傍での深宇宙航行技術を実証する探査機。低推力軌道制御や月周辺プラズマ観測を行い、超小型探査機による月・深宇宙探査の実現性を検証した。   [11] 光格子時計 レーザーで原子を動かないように固定し、その性質を使って時間を測る非常に正確な時計。300億年に1秒以下のずれしか起きないほど高精度。   関連情報 • NinjaSat web page: https://cosmic.riken.jp/ninjasat/ • NinjaSat X(旧Twitter): https://twitter.com/ninjasat_xray   国際共同研究グループ 理化学研究所 仁科加速器科学研究センター宇宙放射線研究室 大学院生リサーチ・アソシエイト 大田尚享(オオタ・ナオユキ) (東京理科大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程3年) 開拓研究所玉川高エネルギー宇宙物理研究室 主任研究員 玉川徹(タマガワ・トオル) (理研仁科加速器科学研究センター宇宙放射線研究室 室長)   京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻物理学第二分野 准教授 榎戸輝揚(エノト・テルアキ) (理研光量子工学研究センター中性子ビーム技術開発チーム客員主管研究員)   千葉大学ハドロン宇宙国際研究センター 助教 岩切渉(イワキリ・ワタル)   広島大学大学院先進理工系科学研究科 日本学術振興会特別研究員 武田朋志(タケダ・トモシ)   〇上記の以外の参加者   理化学研究所:北口貴雄、加藤陽(研究当時)、三原建弘、谷口絢太郎(研究当時)   広島大学:高橋弘充   東京理科大学:吉田勇登(研究当時)、林昇輝(研究当時)、渡部蒼汰、重城新大、青山有未来、高橋拓也、岩田智子、山﨑楓、土屋草馬、中野遥介、内山慶祐、周圓輝(研究当時)   立教大学:一番ヶ瀬麻由   芝浦工業大学:佐藤宏樹(研究当時)   東京都立大学:沼澤正樹   彰化師範大:胡欽評(Chin-Ping Hu)   大阪大学:小高裕和   宇宙航空研究開発機構(JAXA):丹波翼   研究支援 本研究は、RIKEN Pioneering Project 「最先端の宇宙利用技術でつなぐ宇宙における基礎科学(2025~2029、研究代表者:玉川徹)」による助成を受けて行われました。   発表者コメント NinjaSatは天文観測のために開発された超小型X線衛星ですが、それを応用することで、GPSなしで本当に自分の位置を知ることができたのは驚きでした。人工の星ではなく、本物の星が深宇宙における道を教えてくれる、SFのような世界が到来することを夢見ています。(玉川徹)   報道発表資料(583.15 KB) 掲載ジャーナル:Journal of Astronomical Telescopes, Instruments, and Systems   【お問い合わせ先】 <発表者>※研究内容については発表者にお問い合わせください。 理化学研究所 仁科加速器科学研究センター宇宙放射線研究室 大学院生リサーチ・アソシエイト 大田尚享(オオタ・ナオユキ) (東京理科大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程) 開拓研究所玉川高エネルギー宇宙物理研究室 主任研究員 玉川徹(タマガワ・トオル) (理研仁科加速器科学研究センター宇宙放射線研究室室長)   京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻物理学第二分野 准教授 榎戸輝揚(エノト・テルアキ)   千葉大学ハドロン宇宙国際研究センター 助教 岩切渉(イワキリ・ワタル)   広島大学大学院先進理工系科学研究科 日本学術振興会特別研究員 武田朋志(タケダ・トモシ)   <機関窓口> 理化学研究所広報部報道担当 Tel: 050-3495-0247 Email: ex-press*ml.riken.jp   学校法人東京理科大学経営企画部広報課 〒162-8601 東京都新宿区神楽坂1-3 Tel: 03-5228-8107 Email: koho*admin.tus.ac.jp   京都大学広報室国際広報班 Tel: 075-753-5729Fax: 075-753-2094 Email: comms*mail2.adm.kyoto-u.ac.jp   千葉大学広報室 Tel: 043-290-2018 Email: koho-press*chiba-u.jp   広島大学広報室 Tel: 082-424-3749 Email: koho*office.hiroshima-u.ac.jp 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    2026.02.26
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    ウニ胚と幼生の発生過程を単一細胞レベルで追跡できるデータベースを公開

    ウニ胚や幼生の神経細胞は、細胞数が少なく、神経分化の流れや分子制御を詳細に追跡することが容易ではありません。今回、バフンウニについて、発生段階ごとの単一細胞RNA-seqアトラス(細胞分布データ集)を構築し、誰もが手軽に1細胞レベルでの遺伝子発現を調べられる形で公開しました。   単一細胞RNAシーケンス(single-cell RNA-seq; scRNA-seq)は、個々の細胞がどの遺伝子を発現しているかを網羅的に解析できる強力な手法です。生物の発生過程では、同じ胚の中でも細胞が多様な運命へ分岐していきますが、scRNA-seqを用いると、細胞集団全体を平均した解析(バルクRNA-seq)だけでは捉えきれない「細胞ごとの違い」を明らかにすることができます。しかしながら、ウニ胚や幼生の神経細胞のように細胞数が少ない細胞集団は、解析データの中で埋もれやすく、神経分化の流れや分子制御を詳細に追跡することは困難です。 本研究では、バフンウニHemicentrotus pulcherrimusの胚発生(受精後24〜96時間)にわたるscRNA-seqアトラス(細胞分布データ集)を構築し、発生段階に沿った細胞状態の変化を単一細胞レベルで体系的に整理しました。さらに、隣接する細胞の相互作用を薬理学的に阻害して、神経分化を増強させることで、通常条件では検出が難しい神経系の細胞集団や関連遺伝子群をより明瞭に捉えることに成功しました。得られたデータは、日本産ウニのゲノムデータベース(HpBase)にて公開し、計算解析に不慣れな研究者でも直感的に遺伝子発現を探索できる研究基盤として整備しました。   研究代表者 筑波大学生命環境系 谷口 俊介准教授 千葉大学大学院医学研究院 露崎 弘毅特任講師 広島大学ゲノム編集イノベーションセンター 山本 卓教授 国立遺伝学研究所遺伝情報分析研究室 池尾 一穂准教授   研究の背景 ウニは古くから発生生物学注1)の代表的な実験材料として用いられ、受精・卵割・原腸形成・細胞運命決定といった基本原理の解明に大きく貢献してきました。透明で操作しやすい胚を大量に得られる点に加え、外部からの処理や観察を組み合わせた実験設計に適しているという特徴があります。しかしながら、マウスやショウジョウバエなどの典型的なモデル生物と比較すると、系統維持や遺伝学的手法の蓄積には制約があり、近年急速に発展してきたゲノム解析注2)やトランスクリプトーム解析注3)などの大規模なデータ基盤は十分に整備されていません。 特に神経系の発生は、複数の細胞系列が精密に分化、配置される過程であり、限られた数の神経細胞やそのターゲットとなる細胞が時間とともに変化していくため、網羅的に捉えることが難しい研究対象です。実際にウニ胚や幼生においては、神経細胞は全細胞の中で相対的に少数であるため、単一細胞RNAシーケンス解析(scRNA-seq)注4)を行っても神経クラスターが小さくなり、神経分化を駆動する転写因子やシグナル経路を同定する際の感度が課題となっていました。そこで本研究では、発生段階を通したscRNA-seqアトラス(細胞分布データ集)の構築に加え、解析で見えにくい細胞集団を見えやすくするために、神経分化に強く関与するDelta–Notch経路注5)を実験的に抑制して神経細胞系列を増やし、ウニ神経発生の分子基盤をより高解像度で捉えることを目指しました。   研究内容と成果 本研究ではまず、バフンウニ(Hemicentrotus pulcherrimus)の受精後24、36、48、72、96時間という発生の主要段階から単一細胞データを取得し、発生が進むにつれて細胞集団がどのように分岐し、多様化していくのかを可視化できるscRNA-seqアトラス注6)を構築しました。これにより、ウニ胚発生における細胞状態の連続的変化を単一細胞解像度で追跡できるだけでなく、細胞種・細胞系列ごとに特徴的な遺伝子発現プロファイルを参照できる「地図」として機能する基盤が整いました。 次に、胚に対して、Delta–Notch経路(細胞間の相互作用)を阻害する薬剤処理を行い、神経分化が増強される条件を作り出しました。その結果、神経系に相当する細胞集団が相対的に増加し、通常条件では小さくなりがちな神経関連クラスターや、その中で発現する神経分化関連遺伝子がより明確に検出できるようになりました。これは、scRNA-seqの弱点である「少数細胞集団の見えにくさ」を実験操作で補い、神経発生の分子制御の理解を促す有効なアプローチであることを示しています。 このようにして得られた単一細胞データは、研究活動に幅広く活用できるよう、日本産ウニのゲノムデータベースHpBaseにて公開し、フリーソフトKana注7)を用いて解析できるプロトコルを示しました(参考図)。これにより、特定の遺伝子の発現がどの細胞集団で、どの発生段階に現れるのかを直感的に探索でき、計算解析に不慣れな研究者でも実験計画や仮説検証に利用しやすくなります。また、scRNA-seqアトラスを参照として用いることで、細胞集団全体を平均した解析(バルクRNA-seq)の結果から細胞タイプ組成の変化を推定する枠組みも提示し、従来のバルク解析とscRNA-seqを橋渡しする実用的な解析フローを確立しました。   今後の展開 本研究成果は、ウニ神経発生の理解を深めるだけでなく、非モデル生物におけるscRNA-seqの活用を促進し、発生・進化・比較生物学を横断した研究展開に資する基盤になると期待されます。   参考図 図本研究で構築したウニ胚と幼生の単一細胞RNA-seq(scRNA-seq)アトラス ウニ胚と幼生の発生ステージ(Stages of embryo/larvae、上段)に沿って、受精後24、36、48、72、96時間における細胞集団のscRNA-seq解析結果をアトラス(Single-cell scRNA-seq atlas)として整理した。各時点の細胞は、対照(Control、紫)と薬剤処理(Reagent、緑)で色分けして示した。薬剤は受精後16時間に添加し、その後の細胞状態の変化を単一細胞レベルで比較できる。特定領域を拡大すれば、処理条件ごとに目立つ細胞集団の変化を直感的に把握できる。得られたscRNA-seqアトラスはデータベースHpBase上で公開し、ブラウザ上で遺伝子発現の探索が可能。   用語解説 注1) 発生生物学 たった一つの細胞である受精卵から体が形作られるまでの分子メカニズムを解明する学問。細胞内外のシグナル分子の働きと、DNAに結合して遺伝子発現を調節する転写因子の機能解析などを通じて、時間的空間的にその生物個体に何が起きているのかを明らかにする。 注2) ゲノム解析 生物がもつ全DNA配列(ゲノム)を読み取り、遺伝子の種類、配置、変異を調べる解析。これにより生物の形質や進化、疾患、適応の基盤を理解する。 注3) トランスクリプトーム解析 細胞や組織で実際に転写されている全RNA(主にmRNA)を網羅的に測定する解析。どの遺伝子がどれくらい使われているかを示し、発生段階、細胞種、条件差による発現変化を捉える。 注4) 単一細胞RNAシーケンス(scRNA-seq) 多細胞生物の体を構成する細胞に発現しているmRNAを細胞ごと網羅的に解析する手法。 注5) Delta-Notch経路 隣接する細胞が相互作用することで互いに異なる運命をもたらすメカニズムで、多くの動物の神経細胞分化の過程で見られる。DeltaとNotchはいずれも細胞膜上の膜タンパク質で、隣接する一方の細胞のDeltaがもう一方の細胞のNotchと結合することで、この細胞でのDeltaの発現を抑制し、役割の異なる細胞を分化させる。 注6) アトラス 細胞・組織・遺伝子発現などを網羅的にまとめたデータ集。単一細胞RNA-seqアトラスは、発生段階や臓器ごとに、存在する細胞タイプや遺伝子発現の分布を細胞単位で示す参照地図。 注7) Kana scRNA-seqの結果をブラウザ上で直感的に閲覧・探索できるフリーソフト。遺伝子の発現パターン、クラスター(細胞集団)、細胞タイプの違いを可視化できる。   研究資金 本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「多細胞システムにおける細胞間相互作用とそのダイナミクス」研究領域(JPMJPR194C, JPMJPR1945;2019-2022年度)、科学技術振興機構(JST) 研究成果展開事業が助成するA-STEP(JPMJTR204E; 2019-2024年度)、日本学術振興会が助成する科学研究費基盤研究(B)(23K23933; 2022-2025年度)、(C)(23K11312;2023-2027年度)、(若手)(19K20406: 2019-2022 年度)による助成によって実施されました。   掲載論文 【題名】 Single-cell transcriptomic resources for tracing neurogenesis and cell fate specification in sea urchin embryos (ウニ胚における神経形成と細胞運命決定を解析するための単一細胞RNA-seqリソース) 【著者名】 *Koki Tsuyuzaki, Junko Yaguchi, Takashi Yamamoto, Kazuho Ikeo, *Shunsuke Yaguchi (*責任著者) 【掲載誌】 Development 【掲載日】 2026年2月26日 【DOI】 10.1242/dev.205025   【プレスリリース】ウニ胚と幼生の発生過程を単一細胞レベルで追跡できるデータベースを公開.pdf(1.1 MB) 掲載誌:Development 研究者ガイドブック(山本卓教授)   【問い合わせ先】 【研究に関すること】 谷口俊介(やぐちしゅんすけ) 筑波大学生命環境系/下田臨海実験センター准教授 TEL: 0558-22-1317 URL: https://sites.google.com/site/yaguchisea/home X@urchin_lab   【取材・報道に関すること】 筑波大学 広報局 TEL: 029-853-2040 E-mail: kohositu@un.tsukuba.ac.jp   千葉大学 広報室 TEL: 043-290-2018 E-mail: koho-press@chiba-u.jp   広島大学 広報室 TEL: 082-424-4518 E-mail: koho@office.hiroshima-u.ac.jp   国立遺伝学研究所 TEL: 055-981-5873 E-mail: prkoho@nig.ac.jp

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    2026.03.16
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    脳の神経細胞の成長を導く新たな仕組みを発見 ― 神経再生医療への応用可能性に期待 ―

    概要 広島大学大学院医系科学研究科の田中 茂 准教授を中心とする研究チームは、脳の神経細胞が分化をはじめるとき、ごく初期の段階で「GPR3」という受容体が働き、それが他の遺伝子の活動を引き起こしていることが分かりました。 神経分化の最初期で働く遺伝子に、細胞膜に存在する受容体がかかわる例はこれまでほとんど報告されていません。本研究は、受容体が分化初期の遺伝子発現制御に直接関与するという新しい概念を提示するものであり、神経発達研究の枠組みに新たな視点を加える成果です。 本研究成果は、2026年2月19日に国際学術誌「iScience」(Cell Press)に掲載されました。 発表論文 論文タイトル: GPR3 Is an Immediate Early Gene–Like GPCR Regulating CREB Dependent Neuronal Differentiation 著者: 田中 茂*、猪川文朗、白榊紘子、原田佳奈、秀 和泉、酒井規雄 (*責任著者) 所属: 広島大学 大学院医系科学研究科 神経薬理学 掲載誌:iScience(Cell Press) 掲載日:2026年2月19日 DOI:10.1016/j.isci.2026.114944 背景 私たちの脳は「神経細胞」から成り立ちます。はじめは未熟な細胞としてうまれ、そこから神経細胞としての形を少しずつつくり、さらに他の神経細胞とつながることで、脳の機能を果たせる神経細胞へと成長していきます。この過程を「分化」といいます。具体的には、脳の中で神経細胞が別の神経細胞とシナプスという接点でつながり、巨大なネットワークをつくることで、記憶、学習、思考などの働きが生まれます。このネットワークを「神経回路」といいます。 しかし、この神経回路がどのようにして作られるのか、つまり、神経細胞がどのタイミングで分化を始めるのか、どの遺伝子が働くのか、どの神経細胞同士がつながっているのか、などについては、まだ完全にはわかっていません。脳の働きを理解するために、神経細胞がどのようにして成熟し、脳の回路を形成するのかを把握することは、脳科学の重要な課題です。 研究成果 神経細胞は、外部からの刺激を受けると、遺伝子発現を段階的に切り替えながら分化・成熟していきます。本研究では、神経細胞に発現する受容体GPR3が、神経分化のごく初期段階で遺伝子発現制御に関与し、その後の神経回路形成を方向づける役割を担うことを明らかにしました。 これまで、神経分化の初期に働く遺伝子の多くは、転写因子など細胞内で機能する分子として知られてきました。刺激を受けた直後に一過性に誘導され、次の遺伝子発現を制御するこれらの遺伝子は「最初期遺伝子(Immediate Early Gene; IEG)」と呼ばれています。一方で、細胞膜に存在する受容体が、このような初期遺伝子制御に関わる例はほとんど報告されていませんでした。 本研究では、神経分化刺激によりGPR3遺伝子が刺激後1~2時間の早期に一過性に上昇した後、いったん低下し、その後再び持続的に発現が上昇する早期一過性上昇と後期持続的上昇からなる二相性の発現パターンを示すことを見出しました。さらにGPR3は、転写因子CREBによる制御を受けながら、細胞内のシグナル伝達を増幅し、転写因子NR4Aファミリーの発現誘導に関与することが示されました。 NR4A1は転写因子としてシナプス前タンパク質Synapsin1の発現を制御しており、GPR3を欠損したマウス由来神経細胞では、Synapsin1の発現低下とシナプス前終末の形成低下が認められました。 これらの結果から、GPR3は最初期遺伝子様の発現パターンを示し、遺伝子発現ネットワークを介してシナプス形成に関与する新たな分子機構の一端が明らかになりました。 今後の展開 GPR3を起点とする「分化初期の受容体による遺伝子制御」という新しい仕組みは、神経発達や学習・記憶の分子基盤の理解を深める成果です。今後は、生体脳内での機能解析や脳梗塞などの病態モデルを用いた研究を進めることで、神経再生医療への応用可能性について検討を進めていく予定です。 参考資料 GPR3による分化初期遺伝子制御機構の模式図 神経分化刺激によりCREBが活性化され、GPR3遺伝子の発現が刺激後早期に一過性に上昇する。誘導されたGPR3は細胞内シグナル伝達を増幅し、転写因子NR4Aファミリーの発現を促進する。NR4A1はSynapsin1遺伝子の転写を活性化し、シナプス前終末形成を制御する。 図1: 本研究の要点 <用語解説> ■ 神経分化 未成熟な神経細胞が成長し、形態や機能を変化させて成熟した神経細胞になる過程。 ■ シナプス 神経細胞同士が情報をやり取りする接点。学習や記憶の基盤となる構造。 ■ Gタンパク共役型受容体(GPCR) 細胞膜に存在する受容体の一種。外部からの刺激を受け取ると、細胞内にシグナルを伝える分子群。 ■ 最初期遺伝子(Immediate Early Gene; IEG) 細胞が刺激を受けた後、比較的短時間(数十分〜数時間程度)で一過性に発現が増加する遺伝子群。次に働く遺伝子の発現を方向づける役割をもつ。 ■ CREB 細胞内シグナルに応答して活性化され、特定のDNA配列に結合して遺伝子の転写を促進する転写因子。 ■ NR4Aファミリー 刺激に応答して発現が増加する転写因子群。本研究ではGPR3の働きによって誘導されることが示された。 ■ Synapsin1 シナプス前終末に存在するタンパク質で、神経伝達物質の放出やシナプス形成に重要な役割をもつ。 報道発表資料(271.77 KB) 研究者ガイドブック(田中 茂准教授) 【お問い合わせ先】 広島大学 大学院医系科学研究科 神経薬理学 准教授 田中 茂(たなか しげる) E-mail:tanakamd@hiroshima-u.ac.jp

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    2026.03.16
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    肝腫瘍の腹腔鏡手術、どんな時に開腹に切り替える? 多施設前向き研究で「3回目以降の肝切除」と「男性」がリスク因子と判明

    本研究成果のポイント 肝腫瘍の腹腔鏡手術において、手術中に体への負担が大きい開腹手術に切り替えなくてはならない状況が発生することがあります。どのような状況で、この切り替え(コンバージョン)が発生してしまうのか、リスクとなる因子を明らかにしました。 概要 広島大学大学院医系科学研究科消化器・移植外科学の大段秀樹教授らの研究グループは、広島臨床腫瘍外科研究グループ (Hiroshima Surgical Study Group of Clinical Oncology: HiSCO)に所属する7施設による多施設共同前向き研究を行い、腹腔鏡下肝切除において、手術中に用手補助腹腔鏡手術(HALS)または、開腹手術へ移行(コンバージョン)するリスク因子を明らかにしました。その結果、「3回目以降の肝切除」と「男性」であることが、コンバージョンのリスクであることが明らかになりました。 本研究の成果は、2025年12月26日に「Scientific Reports」に掲載されました。 論文タイトル Risk factors of conversion to hand-assisted laparoscopic surgery or open surgery in laparoscopic liver resection: a multicenter prospective study (HiSCO-08) 著者 Ko Oshita¹、 Michinori Hamaoka²*、 Tsuyoshi Kobayashi¹、 Takashi Onoe³、 Tomoyuki Abe⁴、 Toshihiko Kohashi⁵、 Koichi Oishi⁶、 Daisuke Takei⁷、 Tomoyuki Akita⁸、 Hideki Ohdan¹ *責任著者 1. Department of Gastroenterological and Transplant Surgery、 Graduate School of Biomedical and Health Sciences、 Hiroshima University 2. Department of Gastroenterological、 Breast and Transplant Surgery、 Hiroshima Prefectural Hospital 3. Department of Gastroenterological Surgery、 Kure Medical Center and Chugoku Cancer Center、 National Hospital Organization. 4. Department of Gastroenterological Surgery、 Higashihiroshima Medical Center、 National Hospital Organization. 5. Department of Hepato-Biliary-Pancreatic Surgery、 Hiroshima City North Medical Center Asa Citizens Hospital. 6. Department of Surgery、 Chugoku Rosai Hospital. 7. Department of Surgery、 Onomichi General Hospital. 8. Department of Epidemiology、 Infectious Disease Control and Prevention、 Graduate School of Biomedical and Health Sciences、 Hiroshima University. 掲載雑誌 Scientific Reports DOI 10.1038/s41598-025-34013-3 背景 肝腫瘍の治療において、腹腔鏡下肝切除という手法があります。これはお腹に小さな穴をあけて行う治療法で、出血量が少なく、手術後の痛みが軽く、早期に社会復帰可能といった利点から、体への負担が少ない手術として世界的に普及しています。とくに部分切除や外側区域切除といった小さな範囲の肝腫瘍を切除する際には、この治療法が標準的に選ばれることが多いです。 一方で、腹腔鏡下肝切除では、手術中に安全性の担保や腫瘍を確実に切り取ることが困難となり、用手補助腹腔鏡手術(HALS)や開腹手術という手術法へ移行(コンバージョン)する症例が一定数存在します。コンバージョンすると、体への負担が増加し入院期間の延長につながることが知られており、どのような症例でコンバージョンリスクが高いかを手術前に把握することは、極めて重要な課題です。 これまでにもコンバージョンのリスク因子に関する報告はありますが、その多くは後ろ向き研究(過去の記録を振り返る研究)でした。経験的にコンバージョンの可能性が高いと予測された症例は最初から腹腔鏡下肝切除を選ばないことが多く、実際に腹腔鏡下肝切除を試みたときに何が本当に影響するのかを正確に評価しにくいという課題がありました。このため、従来の研究では「腹腔鏡下肝切除を実際に試みた場合に、どの因子が真にコンバージョンに影響するのか」を正確に評価することが困難でした。実際、我々の経験でも、手術前にはコンバージョンのリスクが高いと予測して開腹手術を選択した症例において、後から振り返れば腹腔鏡手術が可能であったと思われる症例がありました。 本研究ではこの課題を克服するため、肝切除の既往歴や肝硬変の有無などの背景に関わらず、適格基準を満たすすべての症例に対してまず腹腔鏡アプローチを行うという、これまでにない前向き研究(あらかじめ計画して将来の結果を追う研究)デザインを採用しました。これにより、選択バイアスを最小限に抑え、腹腔鏡下肝切除におけるコンバージョンリスクを、実臨床に近い形で検証することが可能となりました。 研究成果の内容 本研究は、広島臨床腫瘍外科研究グループ(HiSCO)に所属する7施設が参加した多施設共同前向き臨床試験として実施されました。 5cm以下の単発肝腫瘍に対して部分切除または外側区域切除を予定した患者を対象とし、すべての症例を腹腔鏡で手術を開始しました。199例が登録され、うち172例(86.4%)では腹腔鏡下肝切除を完遂しました。一方、27例(13.6%)では、術中の安全性や根治性の確保を目的として、HALSまたは開腹手術へコンバージョンしました。コンバージョンの主な理由は腹腔内癒着であり、特に複数回の肝切除を受けた症例で高頻度に認められました。多変量解析の結果、腹腔鏡下肝切除におけるコンバージョンの独立したリスク因子として、「3回目以降の肝切除」と「男性」であることが明らかになりました。 また、コンバージョン症例では、腹腔鏡下肝切除を完遂できた症例と比較して、手術時間の延長、出血量の増加、術後入院期間の延長が認められました。一方で、重篤な術後合併症や周術期死亡は認められませんでした。 今後の展開 本研究は、腹腔鏡下肝切除におけるコンバージョンのリスク因子を、前向きかつ多施設で検証した世界初の臨床研究です。本研究成果により、「コンバージョン高リスク症例を事前に把握したうえでの、慎重かつ現実的な手術戦略の立案」、「早期のHALS・開腹手術への移行を含めた、安全性を最優先とした判断」、「不必要な手術侵襲や合併症リスクの回避」が可能となり、腹腔鏡下肝切除全体の安全性向上が期待されます。 また、本研究で明らかとなったコンバージョンのリスク因子は、腹腔鏡手術の適応を制限するためのものではなく、術中に生じ得る技術的困難を予測する指標として活用されるべきものです。高リスク症例においても、適切な準備と判断のもとで腹腔鏡アプローチを選択することは十分に可能であり、本研究はその判断を支える科学的根拠を提供します。 今後は、本研究で得られた知見を基盤として、より高難度な肝切除や解剖学的切除への応用やロボット支援肝切除におけるコンバージョンリスク評価など、低侵襲肝手術の最適化に向けた研究を展開していく予定です。 図1: 本研究の要点 用語解説 腹腔鏡下肝切除:お腹に数か所の小さな穴を開け、カメラ(腹腔鏡)と細い器具を用いて肝臓の一部を切除する低侵襲手術。 コンバージョン(開腹移行):腹腔鏡手術中に、安全性や確実性を優先するため、予定していた腹腔鏡手術を中止し、より侵襲の大きい手術方法へ変更すること。 用手補助腹腔鏡手術(HALS):腹腔鏡手術の途中で、術者の手をお腹に入れて行う手術方法。腹腔鏡手術と開腹手術の中間的な手技。 前向き研究:あらかじめ研究計画を立て、対象となる患者を登録し、将来に向かって結果を追跡・解析する研究方法。後ろ向き研究より結果に信頼性が高い。 選択バイアス:研究対象の選び方によって、結果が偏ってしまうこと。 報道発表資料(511.25 KB)   【お問い合わせ先】 広島大学大学院医系科学研究科消化器・移植外科学 Tel:082-257-5220FAX:082-257-5224 E-mail:hohdan@hiroshima-u.ac.jp

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    • 融合領域
    2026.01.19
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    【フェニックスセミナー2025まとめ】AI/DX研究の最前線

    概要 フェニックス協力会主催(広島大学AI・データイノベーション教育研究センター共催)にて、2026年1月19日に広島駅前コンベンションホールにて、フェニックスセミナー2025(研究シーズ発表会)を開催しました。   当日は、企業や研究者など70名ほどが参加し、若手研究者によるAI/DXの研究の最前線についての発表がありました。セミナー後は、懇親会も開催。直接研究者とコミュニケーションをとることで、研究とビジネスをつなげるきっかけの場となりました。   発表内容の詳細 信頼性工学 × 生成AI:Nバージョンプログラミングを再考する(鄭 俊俊)   プライバシーを守る次世代AIの実践と応用(連 卓涛)   モノの形の最適化(松島 慶)   情報科学×医学の融合研究(檜垣 徹)   生体信号情報のAI解析と医療・インタフェース応用(古居 彬)   深層学習・ニューラルネットワークによる視覚表現学習(相澤 宏旭)   ウェーブレットに基づいた円滑化技術による寿命分析の改善に関する検討(呉 敬馳)     フェニックス協力会とは 「地域社会・国際社会との共存」を具現化する取組みとして、2010年11月、地域社会、特に地域産業界への更なる貢献を目的として設立。 150社ほどの企業・団体が所属し、広島大学オープンイノベーション本部産学連携部門(事務局)から、産学連携に関連する情報発信や、会員企業の皆さまにご活用いただけるさまざまなサービスなどを発信しています。

    • 医療/ヘルスケア
    2026.03.16
    • 医療/ヘルスケア
    がん患者が抱える倦怠感「がん関連疲労」に対し、 刺さない鍼治療「接触鍼法」が有効であることがわかりました。

    本研究成果のポイント がん患者の多くが経験する「がん関連疲労(Cancer-related fatigue)」に対し、身体に鍼を刺さずに行える鍼治療「接触鍼法(K-style CNT)」の有効性と安全性を、世界で初めて確認しました。   概要 広島大学病院漢方診療センターの小川恵子教授(研究代表者)らの研究グループは、全国5施設の緩和ケア科と共同で行った臨床研究において、接触鍼法(K-style CNT)が、がん関連疲労(Cancer-related fatigue)」に対しに有効であることを明らかにしました。この成果は、The Multinational Association of Supportive Care in Cancer (MASCC)の国際誌Supportive Care in Cancer (2026年2月19日号) に掲載されました。 また、本研究成果は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。   背景と目的 「がん関連疲労」とは、がん患者の多くが経験する、休息や睡眠をとっても改善しない持続的で不快な全身倦怠感や疲労感のことです。日常生活に支障をきたすほど強力なだるさ、やる気の低下、身体の消耗感が特徴で、がん治療(化学療法、放射線など)やがんそのものによる慢性的な炎症が主な原因です。 「がん関連疲労」の回復には、適度な運動や睡眠、バランスの良い食事等の方法がありますが、これらに加わる新しい方法が求められています。 本研究では、通常の身体症状に対する治療に加えて鍼治療を用いることにより、症状の改善、QOL(生活の質)の改善に結び付くかどうかを検討する目的で、鍼治療を行い、その臨床的有効性と安全性について、患者の自覚症状と他覚的な評価を指標として、前向きに検討しました。 今回は鍼治療の一種である「接触鍼法」を行いました。「接触鍼法」とは、鍼を皮膚に刺入せず、皮膚の表面から経穴(ツボ)を刺激する、刺さずに行える鍼治療のことです(図1)。刺激するツボは、天枢(へそから指3本分外側に位置するツボ)、中脘(胸骨の下端とへその中間に位置するツボ)、関元(へそから指4本分下に位置するツボ)を中心とし、その他に患者さんの状態に合わせて他のツボを組み合わせ、数か所刺激して行います。鍼を皮膚に刺入せず、肌の表面に軽く接触させて刺激を与えるという施術で、刺さないので痛みはなく、肌にも優しいのが特徴です。 図1接触鍼 接触鍼は一般的な鍼治療と異なり、鍼を皮膚に刺入せず、皮膚の表面から経穴(ツボ)を刺激する治療   方法と結果 がん患者121名をA群 接触鍼施行群とB群 接触鍼非接触のプラセボ群にランダムに割付け、A群の患者に通常治療と並行して週1回接触鍼治療を4週間行い、倦怠感に関する自覚症状のアンケートや検査を通じて、がんの倦怠感スケール(CFS)スコア、疼痛、唾液アミラーゼ値の数値評価スケール(NRS)スコア等の評価を行いました。 4週時点での重回帰分析ではSTAS-J でCNTに有意な治療効果が認められました(図2) 唾液アミラーゼ活性の変化は、交感神経系の活性化とストレス反応の生理学的マーカーです。この結果は接触鍼が患者の苦痛の生理学的側面と心理的側面の両方に影響を及ぼす可能性を裏付けています(図3)。 図24週間にわたる評価スケジュール-日本語版(STAS-J)の変化 対照群(a)および鍼治療群(b) (STAS-J)スコア。 図3接触鍼治療群と対照群における 2週間後の唾液アミラーゼの個別変化   論文情報 論文タイトル:Effect of contact needle technique on cancer‑related fatiguein palliative care patients: a randomized controlled trial 著者:Keiko Ogawa-Ochiai、MD、 PhD(広島大学病院 漢方診療センター)ほか 掲載誌: Supportive Care in Cancer doi:https://doi.org/10.1007/s00520-026-10430-6   報道発表資料(417.07 KB) 掲載誌:Supportive Care in Cancer 研究者ガイドブック(小川 恵子 教授)   【お問い合わせ先】 広島大学病院 漢方診療センター 教授小川 恵子(おがわ けいこ) E-mail:okeiko22@hiroshima-u.ac.jp TEL:082-257-1921(内線 6921)

    • バイオエコノミー
    • 医療/ヘルスケア
    2026.03.13
    • バイオエコノミー
    • 医療/ヘルスケア
    希少疾患「RelA異常症」のタイプを見分ける新しい法則の発見 〜重症度の見極めや治療選択の手がかりとなる可能性〜

    本研究成果のポイント 免疫や炎症の調整に異常が生じる希少疾患「RelA(レルエー)異常症」において、遺伝子の変異が起きる場所をもとに、症状の特徴を見分ける新しい指標を初めて確立しました。   概要今回、岡田賢(広島大学大学院医系科学研究科小児科学 教授)、早川博子(同大学院生)、津村弥来(同研究員)らの研究グループは、RelA異常症で多く認められる、切断型タンパクを生じるRELA遺伝子(注1)の変異に着目して解析を行いました。その結果、RelA-HI(半量不全変異)(注2)とRelA-DN(優性阻害変異)(注3)の分子病態を分ける機能的な境界領域を同定しました。 本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究支援(原発性免疫不全症の診断率向上に向けたCD45陽性細胞を用いたマルチオミックス解析の開発、網羅的ゲノム解析のデータ二次利用に基づく原発性免疫不全症の広域診断体制構築に直結するエビデンス創出研究)、医学系研究支援プログラム(広島・神戸・熊本 医療革新・研究共同推進イニシアティブ(HK²-MIRAI))、文部科学省・日本学術振興会科学研究費助成事業、地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)のサポートを受けて実施いたしました。 本研究成果は、2026年3月13日(金)に「Journal of Allergy and Clinical Immunology(Q1)」で公開されました。 また、本研究成果は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。   発表論文論文タイトルDiscovering patterns in the pathological significance of non-missense deleterious variants in RELA 著者Hiroko Hayakawa、Miyuki Tsumura、Takanori Utsumi、Hiroshi Nihira、Wei-Te Lei、Ryo Ogino、Giorgia Bucciol、Tomohiro Nakano、Kiyoko Amo、Kunihiko Moriya、Seiichi Hayakawa、Yoko Mizoguchi、Shuhei Karakawa、You-Ning Lin、Han-Po Shih、Chia-Chi Lo、Sunita Janssens-Willen、Sien Van Loo、Djalila Mekahli、Dusan Bogunovic、Stephanie Boisson-Dupuis、Kazushi Izawa、Cheng-Lung Ku、Takahiro Yasumi Takaki Asano、Isabelle Meyts、and Satoshi Okada* *Corresponding Author(責任著者) 掲載雑誌Journal of Allergy and Clinical Immunology DOI番号10.1016/j.jaci.2026.01.020   背景RelA異常症は、体の免疫や炎症の調整がうまくいかなくなる病気です。世界でも報告数が少ない希少疾患で、これまでに17家系45人が確認されています。 私たちの体では、感染や炎症が起こると、NF-κBシグナル経路(注4)という細胞内の情報伝達の仕組みが働き、免疫や炎症の調整が行われます(図1)。RelAは、このNF-κBシグナル経路で重要な役割を担うタンパク質の一つです。 RelA異常症は、RelAをつくるRELA遺伝子に変異が起きることで、RelAが正常につくられなくなり、免疫や炎症の調整がうまくいかなくなる病気です。RELA遺伝子の変異はこれまでに13種類見つかっています。 RelA異常症には、RelA-HI(半量不全変異)とRelA-DN(優性阻害変異)の2つのタイプがあります。RelA-HIは、異常なRelAが正常なRelAと結合することができないタイプで、慢性的な粘膜の潰瘍や自己免疫疾患が主な症状です。一方、RelA-DNは、異常なRelAが正常なRelAと結合して、正常なRelAの働きを阻害するタイプで、これらの症状に加えて、周期的な発熱、強い皮膚炎や腸炎など、より強い炎症症状を示すため、RelA-HIよりも重篤と考えられています。 また、これまでの研究から、RELA遺伝子に変異が起きると、多くの場合、短く切断されたRelA(切断型タンパク)を生じることが分かっています。   <図1>NF-κBシグナル経路と、RelA異常症における半量不全変異および優性阻害変異が引き起こす病態   研究成果の内容今回、新たに見つかったRelA異常症の患者5家系8人を対象にRELA遺伝子の解析を行いました。その結果と、これまでの報告をあわせて検討したところ、切断型タンパクでは、「切断された位置」によって、RelA-HIとRelA-DNの2つのタイプに分かれる分岐点があるのではないかと推測しました(図2)。そこで、切断型タンパクを人工的にたくさん作り出し、詳細に解析しました。その結果、RELA遺伝子の前半(N末端側)で切れるとRelA-HIに、後半(C末端側)で切れるとRelA-DNとなることが分かりました。さらに、これら2つのタイプを分ける境目は「アミノ酸P290」付近にあることが分かりました(図3)。 <図2>RelA-HIとRelA-DNの分子病態を分ける機能的分岐点の可能性 <図3>RelA-HIとRelA-DNを分ける機能的分岐点の同定   今後の展開本研究により、切断型のRelAタンパクを作るRELA遺伝子変異では、「切断された位置」を手がかりに病気のタイプを見分けることができる可能性が示されました。これにより、今後新しく見つかるRELA遺伝子変異の患者さんでも、より早く診断し、その人に合った治療を選びやすくなることが期待されます。   用語解説注1. RELA遺伝子:炎症や細胞増殖を制御する NF-κB シグナル経路の重要な因子である、RelA タンパクをコードする遺伝子です。 注2. 半量不全変異:遺伝子の一部が欠損または機能しないことで、作られるタンパクが十分に機能せず、正常に働くタンパクの量が不足することで病気を生じる状態を指します。 注3. 優性阻害変異:遺伝子変異によって生じた変異タンパクが、正常タンパクの機能を妨げることで病気を生じる状態を指します。 注4. NF-κBシグナル経路:免疫や炎症反応、細胞の増殖や生存を調節するために働く、細胞内の情報伝達の仕組みです。生体防御に不可欠である一方、その異常は自己免疫疾患や炎症性疾患などの発症に関与することが知られています。   報道発表資料(659.07 KB) 掲載誌:Journal of Allergy and Clinical Immunology 研究者ガイドブック(岡田 賢教授)   【お問い合わせ先】 (研究に関すること) 広島大学大学院医系科学研究科小児科学教授 岡田賢 Tel:082-257-5212FAX:082-257-5214 E-mail:sokada@hiroshima-u.ac.jp   (広報に関すること) 広島大学広報室 〒739-8511 東広島市鏡山1-3-2 TEL:082-424-4383 FAX:082-424-6040 E-mail: koho@office.hiroshima-u.ac.jp

    • 食料/農林水産業
    2026.02.10
    • 食料/農林水産業
    家畜の暑熱ストレス耐性と腸内環境 -環境保全型畜産管理に貢献する好熱菌の機能性評価-

    概要 理化学研究所(理研)生命医科学研究センター粘膜システム研究チームの大野博司チームディレクター、宮本浩邦客員主管研究員、環境資源科学研究センター環境代謝分析研究チームの菊地淳チームディレクター、黒谷篤之特別研究員(研究当時)、光量子工学研究センター光量子制御技術開発チームの守屋繁春専任研究員、和田智之チームディレクター、九州大学大学院農学研究院の山野晴樹大学院生、髙橋秀之准教授、広島大学大学院統合生命科学研究科の稲生雄大助教、北里大学医療衛生学部血液学研究室の佐藤隆司講師らの共同研究グループは、累積60万羽を超える採卵鶏の大規模調査の結果、高温環境下での鶏の死亡率を下げる飼育管理手法として好熱菌[1]群を活用した高温発酵飼料を溶液にして投与することが効果的であり、腸内環境の変化が暑熱ストレス耐性に関与し得ることを確認しました。 本研究の成果は、質の高い高温発酵飼料の活用が、高温条件下における家畜の生命維持につながることを示すとともに、その作用機序として腸内細菌叢(さいきんそう)の制御が重要である可能性を示唆しています。 地球温暖化がますます加速する中で、生命を脅かす暑熱ストレスが看過できなくなっています。「人」と「動物」と「環境」を包括的に捉えて守る「One Health(ワンヘルス)[2]」という概念の重要性が国際的に強調される中で、さまざまな分野で環境配慮型の新たな持続可能技術の開発が求められています。本研究では、高温発酵技術を活用することで、暑熱ストレス環境で飼育した鶏の死亡率が下がることを見いだすとともに、実際に糞便(ふんべん)を対象とした計算科学的なアプローチによって、高温発酵飼料が腸内細菌叢の構成比率と短鎖脂肪酸[3]の組成比率のバランスを改善している可能性を明らかにしました。 本研究は、Springer Natureの科学雑誌『Animal Microbiome』オンライン版(2月3日付)に掲載されました。   本研究の概要 背景 地球温暖化は、人間の健康と経済活動に深刻な損害を与えており、畜産業でも、熱波による家畜の死亡率の増加によって多大な経済的損失が発生しています。特に、鳥類は羽毛の覆いと汗腺の欠如により、暑熱環境における生理的な負荷(暑熱ストレス)の影響を受けやすいことが知られています。 暑熱ストレスは、免疫機能を低下させることによって感染症の流行にもつながる可能性もあるため、抗菌薬の過剰使用を助長する要因の一つにもなっています。抗菌薬の過剰使用は薬剤耐性菌の増加をもたらすことから、世界保健機関(WHO)は、家畜の成長促進のための抗生物質の使用廃止を含む、薬剤耐性(AMR)に対する行動計画を提示しています。このような背景から、暑熱ストレスが動物に及ぼす影響とその対策に関する研究は不可欠であり、行動学的および生理学的影響を含めて多面的に評価する必要があります。   近年、好熱性のバシラス科(Bacillaceae)を含む好熱菌群を用いた閉鎖系のバイオリアクター(生体触媒を用いて生化学反応を行う装置)を活用することで、未利用海産資源から植物の肥料や動物の飼料として有効な発酵物を持続的にリサイクル生産できることが報告されています注1)。これらの好熱菌の機能性は、理研内外のさまざまな共同研究の連携によって徐々に明らかになりつつあります。肥料として使用した場合は、空気中の窒素を固定して生産性に貢献しつつ、温室効果ガスである一酸化二窒素の発生を抑制する傾向があります。この肥料を使用した土壌微生物叢では病原性真菌やセンチュウなどによる被害が出にくい傾向も確認されました注2)。畜水産用の飼料の一部として少量添加することによって、母豚の死産率の減少や養殖魚の生産性の向上のみならず、その養殖場の近海での海草繁茂(ブルーカーボン(海洋炭素)への貢献)をもたらす可能性があることも明らかになりました注3)。さらに、好熱菌の一つであるカルディバシラス・ヒサシイ(Caldibacillus hisashii)(製品評価技術基盤機構国際寄託番号BP-863)は、家畜(ウシ)の腸内におけるメタン産生菌を減らす傾向があることが示されています注4)。腸内細菌叢の制御が、家畜由来の温室効果ガスの排出に貢献することは重要な知見と捉えられています注5)。   本研究では、このような環境改善機能を幅広く有する、好熱菌によって発酵させた高温発酵飼料の希釈溶液を飲水に極少量添加(飲水1cm3当たり100個の菌体数相当)することによって、暑熱環境下で飼育された鶏に対する死亡率の低減効果を評価するとともに、その効果を腸内細菌叢によって評価することを目的としました。   注1)宮本浩邦、宮本久、田代幸寛、酒井謙二、児玉浩明 日本生物工学会・生物工学技術賞受賞論文「好熱性微生物を活用した未利用バイオマス資源からの高機能性発酵製品の製造と学術的解明」生物工学会誌、第96巻、第2号 p.56-63(2018) https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/9602/9602_gijutsu.pdf   注2)2023年4月12日プレスリリース「持続可能な農業のための堆肥-土壌-植物相互作用モデル」 https://www.riken.jp/press/2023/20230412_1/   注3)2023年1月12日プレスリリース「ブルーカーボンのための海草底泥の共生環境を予測」 https://www.riken.jp/press/2023/20230112_3/   注4)2022年3月25日プレスリリース「好熱菌を黒毛和種仔牛に投与!」 https://www.riken.jp/press/2022/20220325_4/   注5)2023年4月28日プレスリリース「抗菌薬に依存しない仔牛の飼養管理」 https://www.riken.jp/press/2023/20230428_1/   研究手法と成果 本研究では、120日齢の採卵鶏の四つのグループ(群)が準備されました(計約22万羽)。一つは秋期から飼育された非暑熱ストレス群(非暑熱区)で、夏期直前から飼育された三つの暑熱ストレス群(暑熱区1、暑熱区2、暑熱+好熱菌区)が試験対象となりました。そして、暑熱+好熱菌区には、飼育開始時より継続して、高温発酵飼料の100倍希釈溶液を飲水添加して1カ月間飼育管理しました。その結果、暑熱区1および2では、最高気温30度以上で、死亡率(特に壊死性腸炎が原因)が統計的に有意に増加しましたが、暑熱+好熱菌区では増加しにくい傾向が確認されました(統計学的有意差の指標p(数値が低いほど有意水準が高い)

    • 環境エネルギー
    • 食料/農林水産業
    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    2026.02.05
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    • 自然共生/ネイチャーポジティブ
    瀬戸内海のイカナゴが突然減った謎に迫る ―環境変動で捕食される危険性が高まったことが原因―

    本研究成果のポイント 瀬戸内海東部におけるイカナゴの漁獲量が2017年に急減した背景には、水温上昇、餌不足、捕食者の増加が重なって作用していたことを明らかにしました。 イカナゴを捕食する可能性のある魚食性の魚類14種は、2016年以降に個体数の多い状態が続いていました。 春から初夏に十分な餌をとれないと夏眠の開始が遅れ、捕食される危険性が高まることが示唆されました。   概要 広島大学大学院統合生命科学研究科の冨山毅教授、国立研究開発法人水産研究・教育機構水産技術研究所の米田道夫主任研究員らの研究グループは、瀬戸内海東部において春季の主要な漁獲対象種であるイカナゴの漁獲量が2017年に急減し、その後も低水準が続いている要因を調査しました。その結果、水温の上昇と餌不足といった環境変動が重なったことで、2016年にイカナゴが捕食される危険性が急激に高まり、これが2017年の漁獲量の急減につながった主要因であることを明らかにしました。 本研究成果は、2026年1月2日に学術雑誌Marine Environmental Researchに掲載されました。また、本研究は広島大学から論文掲載料の助成を受けました。   〈論文発表〉 論文タイトル:Local environmental changes boost predation risk in forage fish: application to the sand lance in the eastern Seto Inland Sea   著者:谷口碧1、米田道夫2、西川哲也3、中村政裕2、森岡泰三2、冨山毅1* 1 広島大学大学院統合生命科学研究科; 2 国立研究開発法人水産研究・教育機構水産技術研究所; 3兵庫県立農林水産技術総合センター水産技術センター   *Corresponding author(責任著者) 掲載雑誌:Marine Environmental Research 215: 107827 DOI: 10.1016/j.marenvres.2025.107827   背景 イカナゴはイカナゴ科に属する小型魚で、瀬戸内海の東部、特に大阪府、兵庫県、香川県において重要な水産資源であり、3~4月にかけて漁獲される稚魚は「くぎ煮」の材料として広く親しまれてきました。瀬戸内海東部におけるイカナゴの漁獲量は、減少傾向にありながらも、2016年までは年間1万トン以上を維持してきました。しかし、2017年にイカナゴの漁獲量は前年の約1割まで急激に落ち込み、その後も回復せず、現在まで3千トン未満の低水準が続いています(図1)。これまで、この減少の背景として、「海がきれいになりすぎたこと(栄養塩濃度の低下)により、イカナゴの餌となる動物プランクトンが減少し、その結果、イカナゴの産卵量が低下した可能性」が指摘されてきました。しかし、餌環境の悪化や産卵量の減少は、通常は時間をかけて徐々に進行する現象であるため、イカナゴの漁獲量が2017年に突発的に大きく減少した理由は明確にはなっていませんでした。   研究成果の内容 本研究では、 (1) イカナゴを捕食する魚類の増減に着目した長期データ解析、 (2) 水温上昇と餌不足がイカナゴの行動に及ぼす影響を調べる飼育実験、 を行いました。   (1) イカナゴは冬に生まれ、春~初夏にかけて活発に餌を食べて栄養を蓄えた後、夏に砂に潜って冬まで眠る「夏眠」という習性を持っています。このため、夏眠に入る前までに十分な栄養を蓄えられるかどうかが、生き残りにとって重要です。そこで、1~7月における魚食性魚類14種(サワラ、ブリ、ハモ、スズキ、ヒラメなど)の漁獲情報を解析し、捕食者の分布状況の変化を調べました。その結果、2015年以前と2016年以降で状況は大きく異なり、2016年から捕食者が急激に増加していたことが明らかになりました(図2)。   (2) 餌が十分な条件と餌が不足した条件でそれぞれイカナゴを飼育し、行動の違いを比較しました。その結果、餌が不足したイカナゴでは夏眠の開始が遅れることがわかりました。この影響は、水温の上昇による影響よりも大きく、餌不足の状態では、夏眠までに栄養を蓄えるためにイカナゴは長時間活動し続ける必要があることが示されました。これは、捕食者と遭遇する機会、すなわち「捕食される危険性」が高まることを意味します。 以上から、瀬戸内海東部のイカナゴには、餌不足と水温上昇、さらに捕食者の増加が重なって作用していたことが明らかとなりました。特に、2016年に捕食者が急激に増えたことにより、その年に夏眠に入るイカナゴが大きく減少し、その結果、冬の産卵量が激減したと考えられます。このことが、2017年に稚魚が急激に減少した主な要因として説明されました。   今後の展開 イカナゴの資源量や漁獲量は全国的に減少しています。その要因は海域ごとに異なる可能性もあるため、それぞれに調べる必要があります。これまでの資源変動の研究では、水温や餌環境など、生き物の成長や繁殖に直接関与する要因(ボトムアップ効果)が主に注目されてきました。一方で、本研究では捕食者の増減が資源変動に関与する可能性(トップダウン効果)が示され、このアプローチによる新たな科学的な検証が可能となりました。トップダウン効果は野外で直接検証することが難しいものの、長期的な漁獲データ解析と飼育実験を組み合わせた統合的なアプローチによって、科学的な検証が可能となることを示した点に、本研究の意義があります。今後は、本研究の枠組みを他海域や他の魚種に適用し、急激な環境変化のもとで起こる資源変動の仕組みを解明していくことが重要です。   参考資料 図1 瀬戸内海におけるイカナゴの漁獲量 図2 魚食性魚類の分布密度(赤色が高く、青色が低いことを示す)   【プレスリリース】瀬戸内海のイカナゴが突然減った謎に迫る―環境変動で捕食される危険性が高まったことが原因―.pdf(351.29 KB) 掲載ジャーナル:Marine Environmental Research 研究者ガイドブック(冨山 毅 教授)   <研究に関すること> 広島大学大学院統合生命科学研究科教授冨山毅 Tel:082-424-7941 E-mail:tomiyama@hiroshima-u.ac.jp   国立研究開発法人水産研究・教育機構 水産技術研究所主任研究員米田道夫 Tel:0193-63-8121 E-mail:yoneda_michio55@fra.go.jp   <報道に関すること> 広島大学 広報室 TEL:082-424-4518 E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp   国立研究開発法人水産研究・教育機構経営企画部広報課 E-mail:Fra-pr@fra.go.jp

    • 医療/ヘルスケア
    2026.01.19
    • 医療/ヘルスケア
    血圧上昇に関わる分子が膀胱がんを進行させる可能性があることが明らかに -高血圧治療薬が膀胱がん治療に役立つ可能性-

    本研究成果のポイント 血圧調整を行う「AGTR1」という受容体が多いほど、膀胱がんが進行しやすく再発しやすいことを発見しました。 高血圧の治療に広く使われているアンジオテンシンII受容体阻害薬(ARB)が、「AGTR1」の発現が高い膀胱がんの進行を抑制し得る可能性を示しました。   概要 広島大学の研究チーム(広島大学 原爆放射線医科学研究所 疾患モデル解析研究分野 神沼 修教授、大学院生の山中 亮憲さんら)は、血圧調整に関わる遺伝子と膀胱がんの進行の関係を調べました。その結果、血圧調整の役割をもつ受容体「AGTR1」の発現が高い膀胱がんの患者さんは、治療成績が良くないことを見出しました。また「AGTR1」の発現が高い膀胱がん細胞は、血圧の上昇に作用するホルモンである「アンジオテンシンII(AngII)」の影響下で進行が早まる一方、高血圧の薬であるARBにより抑えられる可能性を示しました。この研究成果は、広島大学から論文掲載料の助成を受け、日本高血圧学会が出版する国際学術誌『Hypertension Research (Q1)』に掲載されました。   論文タイトル Angiotensin II Type 1 Receptor Signaling Promotes Bladder Cancer Progression and Its Inhibition by Losartan   著者 Ryoken Yamanaka, Kento Miura, Norimasa Yamasaki, Sawako Ogata, Megmi Nakamura, Toshiya Inaba, Anarkhuu Bold-Erdene, Uyanga Enkhbaatar, Fatemeh Beygom Mirkatouli, Shuka Miura, Naohisa Hosomi, Kohei Kobatake, Kenshiro Takemoto, Yuki Kohada, Ryo Tasaka, Tomoya Hatayama, Kazuma Yukihiro, Hiroyuki Shikuma, Kyosuke Iwane, Nobuyuki Hinata and Osamu Kaminuma* *:責任著者 DOI :10.1038/s41440-025-02535-y   背景 私たちの体の中では、さまざまなホルモンシステムが複雑かつ多様な働きをしています。その中のひとつ、「レニン-アンジオテンシン系」は、血圧や体液の調整に関わるホルモンシステムです。血圧が下がると、「レニン-アンジオテンシン系」により「アンジオテンシンII(AngII)」というホルモンがつくられ、これが細胞の表面にある「AGTR1」という受容体と合わさることで、血管を締めたり、水分や塩分をためる働きをして血圧を上昇させます。 この「AGTR1」の働きが、乳がんや肝臓がんなどを進行させる可能性が近年報告され始めています。実際に、膀胱がんの治療において、レニン-アンジオテンシン系に作用して高血圧を治療する薬剤を内服している患者さんでは、治療成績が良いことを示唆する臨床データが報告されていました。 しかし、「AGTR1」が本当に膀胱がんの進行に関わるのかは、その分子メカニズムも含め明らかにされていませんでした。   研究成果の内容 今回の研究では、さまざまながん患者さんの遺伝子情報を網羅した大規模データベースを用いて解析しました。「AGTR1」の発現が高い膀胱がんの患者さんは、発現が低い患者さんに比べて全生存期間が短いことが明らかとなりました。また、広島大学病院の患者さんの手術検体を用いた解析を行った結果、「AGTR1」の発現が高い膀胱がんの患者さんは、手術後の再発率が高いことがわかりました(図1)。 「AGTR1」の発現が高い膀胱がん細胞を人工的に作ったところ、それだけではがん細胞の挙動に変化はありませんでした。しかし、「AGTR1」に結合する血圧上昇ホルモンの「アンジオテンシンII(AngII)」を作用させると、「AGTR1」発現が低い膀胱がん細胞には影響がなかったのに対し、「AGTR1」発現が高い細胞は進行性が高まることがわかりました(図2)。   この「アンジオテンシンII(AngII)」と「AGTR1」の結合をブロックするアンジオテンシンII受容体阻害薬(ARB)という薬があり、既に高血圧治療に広く用いられています。そこで、ARBの一種である「ロサルタン」を作用させて同様の実験を行ったところ、「アンジオテンシンII(AngII)」による膀胱がん細胞の進行性が高まるのを抑えることができました。また、「AGTR1」に「アンジオテンシンII(AngII)」が結合することによって、細胞内の蛋白質リン酸化酵素ERKを介するシグナル伝達経路や、上皮間葉転換、エネルギー代謝に関わる経路が活性化され、それらが膀胱がん細胞の進行性に大きく関わっていることが明らかになりました。 次に、この膀胱がん細胞を皮下移植したマウスモデルを作って調べたところ、「AGTR1」発現の高いがん細胞では、それが低い細胞に比べて腫瘍が増大することがわかりました。また、これらのマウスに「ロサルタン」を内服させることによって、「AGTR1」を高発現する膀胱がん細胞の腫瘍増大が抑制される傾向がみられました(図3)。   今後の展開 「ロサルタン」をはじめとするARBは、既に高血圧治療に広く用いられている安全安価な薬剤です。膀胱がん細胞における「AGTR1」の発現量を早期に調べることで、患者さんの治療成績を向上できる可能性や、「AGTR1」の発現が高い患者さんに対する新たな治療薬として、ARBが役立つ可能性についての検証が期待されます。今後は、前向き研究に基づいた患者さんのデータ集積を行うことが重要となります。   参考資料 レニン-アンジオテンシン系:血圧や体液量の調節に関わるホルモンシステム。 AGTR1:血圧上昇ホルモンであるAngIIの受容体。 ARB:AngIIとAGTR1の結合をブロックすることで血圧上昇を抑制し、高血圧治療に使用される薬剤。ロサルタン、テルミサルタンなど。 ERK:細胞が生存、増殖するための細胞内シグナルを伝える蛋白質リン酸化酵素。 上皮間葉転換:上皮細胞が形質転換して間葉系細胞(結合組織など)の特徴を獲得するプロセス。細胞の接着性が低下し、運動性が高まることで、がん細胞の周辺組織への拡がり(浸潤)や、血液・リンパ流を介した他臓器への転移(遊走)に関わる。   図1:広島大学病院で膀胱がん摘出手術を受けた55人の患者さんのがん組織を調べたところ、34人(61.8%)のがんがAGTR1を高発現していました(A)。また、AGTR1の発現が高い患者さんのグループは、術後の再発、転移までの期間が有意に短い結果となりました(B)。 図2:AGTR1を高発現する膀胱がん細胞を人工的に作り、浸潤能(周囲組織へ広がっていく能力)を調べました。AGTR1の発現が高い細胞(◆)では、AngIIを投与すると浸潤能が高まることが明らかになりました。 図3:AGTR1を高発現する膀胱がん細胞をマウスの皮下に移植し、ロサルタンの効果を調べました。ロサルタンを投与したマウス(●)では、投与していないマウス(◆)に比べ、腫瘍の増大が抑制される傾向がみられました。   報道発表資料(333.07 KB) 掲載ジャーナル:Hypertension Research 研究者ガイドブック(神沼 修 教授)   【お問い合わせ先】 広島大学原爆放射線医科学研究所疾患モデル解析研究分野 教授神沼修 Tel:082-257-1556FAX:082-255-8339 E-mail:okami@hiroshima-u.ac.jp

    • 海洋
    2026.01.14
    • 海洋
    海洋下のマントルに由来する岩石中に有機物を発見 ―上部マントル中での生物が関与しない有機物合成の証拠―

    概要 京都大学大学院理学研究科 三津川到 博士課程学生、三宅亮 同教授、伊神洋平 同准教授を中心とし、京都大学、広島大学*、立命館大学、東北大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)、早稲田大学、東京大学、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所のメンバーで構成される共同研究チームは、南太平洋タヒチ島で採取されたマントル捕獲岩中の包有物から、多環芳香族炭化水素を主体とする有機物を発見しました。地球のマントル内部で生物とは無関係に有機物が合成されている可能性は古くから指摘されてきましたが、海洋下のマントルに由来する天然のマントル物質からそのような有機物を検出した例は極めて限られていました。本研究では、放射光X線CTや顕微ラマン分光法などの分析手法を用いて、マントル捕獲岩中の微小な包有物を解析しました。その結果、包有物内に多環芳香族炭化水素を主体とする有機物が、二酸化炭素や一酸化炭素とともに分布していることを明らかにしました。本成果は、生物が関与しない有機物合成が、海洋下のマントルでも起こり得ることを示すものであり、マントル内における有機物合成過程の全容解明に向けた重要な手掛かりとなることが期待されます。 本研究成果は、2026年1月14日午前10時(英国時間)に英国の国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。   *広島大学大学院先進理工系科学研究科 秋澤紀克 准教授 図1 (a) マントル捕獲岩とは、マグマが地表に上昇する際に通過する火道の内壁の岩石がマグマ中に取り込まれ、地表に運ばれてきた岩石のことである。 (b) 今回分析した包有物の放射光X線ナノCT画像。マントル捕獲岩の構成鉱物である単斜輝石の中に白金族鉱物、Fe-Ni-Cu硫化鉱物、ケイ酸塩ガラス、CO2+CO+有機物から成る包有物が観察される。   背景 1870年代に、元素周期表で有名なドミトリ・メンデレーエフは、地球のマントル内部で生物が関与することなく有機物が合成される可能性を指摘しました。その後、2000年代以降には、マントル内の高温高圧条件(数百度~数千度、数 GPa)を再現した室内実験により、炭酸塩や鉄酸化物、水などの無機物から有機物が生成されることや、低分子有機物が重合してより複雑な有機物を形成することが示されてきました。一方で、マントル内における有機物合成を直接的に裏付ける証拠としては、マントル由来の岩石中の包有物1から有機物を検出することが挙げられます。しかし、これまでに有機物を含む包有物の報告例は、大陸下のマントルに由来する岩石など、ごく限られた地域にとどまっていました。   研究手法・成果 本研究では、フランス領ポリネシア・タヒチ島産のマントル捕獲岩2中に含まれる単斜輝石3内の微小な包有物(2–3マイクロメートル以下)を対象に、放射光X線ナノCT4、顕微ラマン分光法5、蛍光顕微鏡、走査透過型X線顕微鏡法(STXM)6など、複数の分析手法を用いて詳細な解析を行いました。大型放射光施設SPring-87(BL47XU)における放射光X線ナノCT撮影の結果、包有物は白金族鉱物8、Fe-Ni-Cu硫化鉱物、ケイ酸塩ガラス、およびそれらと共存する軽元素物質で構成されていることが明らかとなりました(図1)。さらに、この軽元素物質について顕微ラマン分光法、蛍光顕微鏡、およびKEKの放射光施設フォトンファクトリー9(BL-19A)に設置されたSTXMを用いて詳細に分析したところ、多環芳香族炭化水素10を主体とする複雑な有機物が、二酸化炭素や一酸化炭素と共存していることがわかりました(図2~図4)。本研究では、鉱物中に完全に包有された状態で有機物を検出したことから、これらの有機物が地表付近や分析過程に由来する汚染ではなく、マントル内部で生成されたものである可能性が高いことが示されました。これにより、生物が関与しない有機物合成が、海洋下のマントルでも起こり得ることが示されました。   波及効果、今後の予定 本研究成果は、これまで十分に解明されてこなかったマントル内における生物が関与しない有機物合成プロセスの全体像を理解するための重要な手がかりとなることが期待されます。特に、地球のマントルの大部分を占める海洋下のマントルに由来する岩石中に有機物が保存されていることが示された点は、極めて意義深い成果です。今後、同様の報告例が蓄積されていくことで、マントル内部で実際に合成される有機物の分子構造や、その形成環境・反応条件について、より詳細な理解が進むと期待されます。また、これらの理解が深化すれば、石油などのエネルギー資源の形成過程や地球規模の炭素循環、さらには生命の起源といった地球科学における根源的な未解明問題の解明にも寄与する可能性があります。今後は、高温高圧実験により今回発見された有機物の特徴を再現し、どのような物理・化学条件下で、どのような反応過程を経て有機物が合成されるのかについて、より詳細に検討を進めていく予定です。   研究プロジェクトについて 本研究は以下の支援により遂行されました。科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム (JPMJSP2110)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費(JP20H00198, JP25H00688, JP23K25963)、大型放射光施設SPring-8長期課題(課題番号 2021B0188, 2022A0188, 2022B0188, and 2023B0318)、放射光施設フォトンファクトリー S2課題(課題番号 2023S2-001)。   用語解説 1包有物:鉱物の中にとりこまれた流体、または固体のこと。主に鉱物の成長過程や、鉱物の割れ目が修復される際に取り込まれ、鉱物が形成、あるいは分布していた当時の環境を推定するうえで重要な情報源となる。   2マントル捕獲岩:マントル内から地表へマグマが上昇する際、その通路(火道)の内壁を構成していたマントル物質の一部がマグマに取り込まれ、地表まで運ばれた岩石。掘削では到達不可能なマントルの情報を直接得ることができる重要な試料である。   3単斜輝石:マントル捕獲岩を構成する主要な鉱物の一種。主にカルシウム、マグネシウム、鉄、ケイ素、酸素などにより構成される。   4放射光X線ナノCT:X線CTとは、試料を様々な方向からX線で撮影し、計算機処理によって内部構造を三次元的に再構成する手法である。放射光X線ナノCTでは、放射光と呼ばれる高輝度X線を光源として用い、さらにX線レンズで像を拡大することで、数十~数百ナノメートルの空間分解能で試料内部を可視化できる。   5顕微ラマン分光法:ラマン分光法とは、試料に可視光を照射した際に生じるラマン散乱光を解析することで物質の種類や構造を明らかにする手法である。顕微ラマン分光法では顕微鏡と組み合わせることで、約1 マイクロメートル程度の微小領域からの情報を取得することが可能である。   6走査透過型X線顕微鏡法(STXM):数十ナノメートル程度に集光したX線(放射光)を試料に照射し、試料を走査しながら透過X線を測定する手法。X線エネルギーを変化させながら測定することで、X線吸収端近傍構造(XANES)スペクトルを取得でき、有機物中の化学結合状態や官能基の情報を解析できる。   7大型放射光施設SPring-8:理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。   8放射光実験施設フォトンファクトリー:KEKつくばキャンパスにある放射光施設。電⼦加速器から⽣まれる放射光で、物質・⽣命の構造から機能発現のしくみを明らかにする研究を推進している。PF リング(2.5 GeV)、PF アドバンストリング(PF-AR, 6.5 GeV)という、特徴ある2つの放射光専⽤の光源加速器を有し、KEKで培ってきた放射光技術・加速器技術により世界最先端の研究の場を提供している。   9白金族鉱物:白金(Pt)やイリジウム(Ir)などの白金族元素を主成分とする鉱物。マントル捕獲岩中では産出頻度が低いが、マントル内のプロセスや核-マントル相互作用を解明するうえで注目される鉱物である。   10多環芳香族炭化水素:芳香環が複数つながった化学物質の総称。主に燃焼過程で生成され、大気、水、土壌などの環境中に広く分布する。   論文情報 タイトル:Abiotic polycyclic aromatic hydrocarbons originating from the sub-oceanic mantle(海洋下のマントルに由来する多環芳香族炭化水素) 著 者:Itaru Mitsukawa, Akira Miyake, Yohei Igami, Tetsu Kogiso, Norikatsu Akizawa, Junya Matsuno, Megumi Matsumoto, Akira Tsuchiyama, Kentaro Uesugi, Masahiro Yasutake, Tomoki Taguchi, Yoshio Takahashi, Shohei Yamashita, Shota Okumura 掲 載 誌:Scientific Reports DOI:10.1038/s41598-025-32798-x   参考図表 図2 包有物から取得したラマンスペクトル(下向きの赤三角が有機物に由来) 図3 蛍光顕微鏡像。白矢印で示した部分で包有物内の有機物が強い蛍光を示す。 図4 STXMの分析結果。(a) 280 eVのX線の吸収量を示すマップ (b) 芳香族炭素(赤)、一酸化炭素(緑)、二酸化炭素(青)の分布を示すマップ (c) 包有物の部分から得られた炭素(K吸収端)のXANESスペクトル。   報道発表資料(2.13 MB) 掲載ジャーナル:Scientific Reports 研究者ガイドブック(秋澤 紀克 准教授)   【お問い合わせ先】 <研究に関するお問い合わせ先> 三津川到(みつかわ いたる) 京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻・博士後期課程3年 TEL:075-753-4159 E-mail:mitsukawa.itaru.c11*kyoto-u.jp   秋澤紀克(あきざわ のりかつ) 広島大学大学院先進理工系科学研究科准教授 TEL:082-424-7466 E-mail:akizawa*hiroshima-u.ac.jp   <報道に関するお問い合わせ先> 京都大学広報室国際広報班 TEL:075-753-5729FAX:075-753-2094 E-mail:comms*mail2.adm.kyoto-u.ac.jp   広島大学広報室 TEL:082-424-3749FAX:082-424-6040 E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp   東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室 TEL:022-795-6708 E-mail:sci-pr*mail.sci.tohoku.ac.jp   高輝度光科学研究センター(JASRI)利用推進部普及情報課 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786 E-mail:kouhou*spring8.or.jp   早稲田大学広報室 TEL :03-3202-5454 E-mail :koho*list.waseda.jp   高エネルギー加速器研究機構広報室 TEL:029-864-6047 E-mail:press*kek.jp   (*は半角@に置き換えてください)

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