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未利用の低温排熱から発電できる新規有機熱電変換材料

研究テーマ

  • 軽量、フレキシブル、低コストな熱電変換材料
  • 有機化合物の自在な構造制御により新規材料を創出

研究内容

背景

  • ● 資源枯渇あるいは地球温暖化への対応のため、化石燃料に代わる太陽光、風力、水力、地熱などの自然エネルギー利用のニーズが高まる一方で、世界で消費されるエネルギーの内、約3分の2が未利用のまま排熱として捨てられており、この排熱の利用拡大が合わせて重要な課題となっている。
  • ● この排熱は80%以上が200℃以下の中低温排熱であり、温水供給など熱としての利用促進は図れているものの、利用先が限定的である。一部でも電力に変換できれば、利用価値は飛躍的に増す。
  • ● 高温の熱源が得やすい化石燃料利用の場では、大容量化にも対応しやすい従来の熱サイクルのシステムが有効であったが、中低温排熱は周囲環境との温度差が小さいため電力への変換効率が低く、コスト的にも成立しない。
  • ● 熱を電気に直接変換する熱電変換技術は、比較的小さな温度差、且つ小容量の熱源にも対応しやすくシステムがシンプルである等、メリットが大きい。
  • ● 従来の熱電変換材料は、特殊で量産化にも不向きであったため、放射性同位元素の熱を利用する宇宙探査分野や人間の体温を利用する時計など、特殊な用途に限られていたが、現在の資源や地球環境の制約のなかで、その利用拡大のニーズは非常に高まっている。

 

 

熱電変換の原理

  • 1.熱電変換材料の両端を高温(HOT)と低温(COLD)にさらすと、両端の温度差 (ΔT) に比例して電位差 (ΔV) が生じる。この比例定数をゼーベック係数 (S) と呼ぶ。Sの値が大きいほど大きな電位差を生じることができる。
  • 2.電位差が生じると材料の中に電流 (I)が流れ、電力を生む。材料の電気伝導率 (σ) が大きいほど、多くの電流が流れ、大きな電力を得ることができる。
  • 3.温度差があると材料の中に熱流 (J) を生じる。同じ電力を生み出すための熱量は少ない方が効率が良いので、材料の熱伝導率 (κ) は小さい方がよい。

 

 

従来の熱電変換材料

  •  ● これまでの材料は大半が金属化合物のため、希少金属やTeなど毒性のある元素を含む金属など、一般的な利用に不向きなものが多い。
  •  ● 作動温度が500K以上のものが多く、低温で使用可能な材料が限定的である。

 

 

有機化合物を用いた熱電変換デバイスの特長

  • 一般的な元素からなる有機化合物であり原材料が安価
  • 多様な反応設計により低毒性の材料創出が可能
  • 豊富な埋蔵資源をもつ元素を利用可能
  • デバイスに軽量・柔軟性を付与可能
  • 溶液プロセスにより安価な製造コスト実現が可能

 

 

期待される用途

  • 工場や自動車から排出される200℃以下の中低温排熱を利用する発電
  • オフィスや家庭の電子機器の発熱を利用する発電
  • 特殊環境に置かれる自立型機器における電力供給  など

 

 

新規有機熱電変換材料への要求性能

  • 小さな温度差で大きな電位差の生成
  • 大きな電力を得るための高い電気伝導性
  • 少ない熱量で発電するための低い熱伝導性
  • 使用環境における材料の耐久性・安全性
  • 低い製造コスト

 

 

研究成果の内容

1)カーボンナノチューブ/導電性高分子複合体

  • ・ 新規熱電変換材料の候補として単層カーボンナノチューブ (SWCNT) があり、ゼーベック係数が比較的高く、電気伝導率も非常に高いが、熱伝導率が非常に高いため、単体での熱電変換性能は大きくない。
  • ・ SWCNTを導電性高分子と複合化すると、熱伝導率 κ が0.5~0.7Wm-1K-1程度と高分子材料並みに極端に低下することがわかっている。
  • ・ そこで、SWCNTと熱電変換材料として有望視されている導電性高分子(ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリ(スチレンスルホン酸), PEDOT:PSS)の複合体を作り、電気特性を検討した。

  • ・ 図示のとおり、複合体において、SWCNTの割合を増やしていくと、電気伝導率 (σ)、ゼーベック係数 (S)、電力因子 (PF) の値は増加するが、70~80%程度の割合でピークとなり、それ以上では逆に低下することがわかった。
  • ・ この複合割合において、複合体の電気伝導率 (σ) の値がSWCNT単体より高くなるのは、顕微鏡写真中にモデル化して示すように、 PEDOT:PSSがSWCNTの繊維の結節点に付着することにより接触点の電気抵抗が低下したことが考えられる。

 

 

2)有機化合物の自在な構造制御により新規高分子材料を創出

  • ・ カーボンナノチューブと導電性高分子の複合体が優れた熱電変換特性を示すことがわかったので、次に、導電性高分子材料そのものの高性能化について検討した。
  • ・ PEDOTは導電性に優れているものの、溶剤への溶解性が乏しく、また、分子量が低く製膜性に乏しいという欠点がある。
  • ・ 一方、ポリ(3-ヘキシルチオフェン) (P3HT) は溶解性・製膜性には優れているが、PEDOTに比べると導電性が低い。
  • ・ これらの欠点を克服するため、PEDOTとP3HTの構成要素(モノマーユニット)を異なる割合で含む共重合体 (PE2HT, PE1HT) などの新規導電性高分子の開発に成功した。

 

 

3)ドーピング処理により新規高分子材料に電荷を注入

  • ・ 新規高分子膜に電荷を注入して、導電性を付与するための、電気化学的ドーピング処理システムを考案した。
  • ・ 対象高分子膜、電解質溶液、三つの電極(作用、参照、対)、電位を付加する二つのポテンショスタット、電流を測定するクーロメータからなる。
  • ・ 電極電位 (E1) を変化させることにより電荷の注入を制御する。そのとき、クーロメータにより注入電荷密度を定量する。
  • ・ 同時に対象高分子膜に電位差 (E2) を付加して、電流を測定することにより、高分子材料の電気伝導率をその場測定することができる。

 

 

4)電極電位によってドープ率および電気伝導率を制御

  • ・ 新たに合成したPEDOTとP3HTの構成要素(モノマーユニット)を異なる割合で含む共重合体について電気特性を測定した。
  • ・ ドーピングの電極電位を高くするとドープ率(電荷を注入された分子の割合)が増加し、対応して電気伝導度も大きくなる。
  • ・ モノマーユニットの割合や電極電位によってドープ率や電気伝導率を制御することが可能になる。

 

5)添加物とドープ率によって熱電変換特性を制御

  • ・ P3HTやPEDOT: PSSの熱電変換特性についてもドープ率との相関を解析することに成功した。

  • ・ ドープ率を増加させると電気伝導率は大きくなるが、逆に、ゼーベック係数は低下する。
  • ・ PEDOT:PSSにおいてはエチレングリコール (EG) あるいはジメチルスルホキシド (DMSO) を添加すると、電気伝導率は大きくなるが、ゼーベック係数は低くなる。
  • ・ 熱電変換材料から得られる電気出力の指数となる電力因子 (PF) は、ドープ率増加とともに大きくなり、ドープ率10%近傍でピークとなる。
  • ・ 無次元性能指数 (ZT) も同様の傾向を示す。
  • ・ 電力因子や無次元性能指数の値は、電気伝導度 (σ) とゼーベック係数 (S) の値の相反関係に依存するため、最も高い性能を得るために、ドープ率の制御が非常に重要になることがわかった。

 

 

本研究の優位性

  • 導電性高分子とカーボンナノチューブの複合体が示す特異な熱電変換特性を見出し、有機化合物を用いた熱電変換デバイスの高い可能性を示した。
  • 多様な反応設計による自在な構造制御により、高性能な熱電換特性を示す有機高分子材料の候補を提案した。
  • 合成した有機高分子材料に導電性を付与するドーピング処理において、熱電変換の特性をその場でモニターしながら処理が可能な新システムを提案した。
  • ドーピングの際の電極電位とドープ率により熱電変換特性が大きく変わることを示し、これらを制御することにより高い熱電変換特性を得ることができることを示した。

 

 

本技術に関する知的財産権

  • 発明の名称 :熱電変換材料の製造方法及び熱電変換材料
  • 特許 :特許第7061361号
  • 特許権者 :国立大学法人広島大学
  • 発明者 :今榮一郎、播磨裕

 

 

論文

  • ・ Imae, Ichiro; Ogino, Ryo; Tsuboi, Yoshiaki; Goto, Tatsunari; Komaguchi, Kenji; Harima, Yutaka, “Synthesis of EDOT-containing polythiophenes and their properties in relation to the composition ratio of EDOT”, RSC Advances (2015) 5(103), 84694-84702.
  • ・ Imae, Ichiro; Akazawa, Ryosuke; Harima, Yutaka, “Seebeck coefficients of regioregular poly(3-hexylthiophene) correlated with doping levels”, Physical Chemistry and Chemical Physics (2018) 20(2), 738-741.
  • ・ Imae, Ichiro; Koumoto, Takashi; Harima, Yutaka, “Thermoelectric properties of polythiophenes partially substituted by ethylenedioxy groups”, Polymer (2018) 144, 43-50.
  • ・ Imae, Ichiro; Shi, Mengyan; Ooyama, Yousuke; Harima, Yutaka, “Seebeck coefficients of poly(3,4-ethylenedioxythiophene):poly(styrene sulfonate) correlated with oxidation levels”, Journal of Physical Chemistry C (2019) 123(7), 4002-4006.
  • ・ Imae, Ichiro; Akazawa, Ryosuke; Ooyama, Yousuke; Harima, Yutaka, “Investigation of organic thermoelectric materials using potential-step chronocoulometry: Effect of polymerization methods on thermoelectric properties of poly(3‐hexylthiophene)”,
  • ・ Journal of Polymer Science (2020) 58(21), 3004-3008.
  • ・ Imae, Ichiro; Yamane, Haruka; Imato, Keiichi; Ooyama, Yousuke, “Thermoelectric properties of PEDOT:PSS/SWCNT composite films with controlled carrier density”, Composites Communications (2021) 27, 100897 (6pp.).
  • ・ Imae, Ichiro; Uehara, Hirokii; Imato, Keiichi; Ooyama, Yousuke, “Thermoelectric properties of conductive freestanding films prepared from PEDOT:PSS aqueous dispersion and ionic liquids”, ACS Applied Materials and Interfaces (2022) 14(51), 57064-57069.

 

 

研究者からのメッセージ

  •   研究者の有する「多様な反応設計による自在な高分子の構造制御技術」と「独自のドーピングシステム」を活用して、新規有機熱電変換材料のさらなる性能向上を目指す。このための基礎研究と実用化のための検討を企業との共同研究で進めたい。

 

 

 

 

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今榮 一郎

ICHIRO IMAE

広島大学
大学院先進理工系科学研究科
准教授

1992年、大阪大学 工学部 応用化学科 卒業。1994年、同大学 大学院工学研究科 プロセス工学専攻 博士前期課程 修了。1997年、同大学 大学院工学研究科 プロセス工学専攻 博士後期課程 修了。博士(工学)。
1994年、日本学術振興会 特別研究員(DC1)(1997年3月まで)。
1997年、北陸先端科学技術大学院大学 材料科学研究科 助手(2006年3月まで)。
2006年、広島大学 大学院工学研究科 助教授(2007年3月まで)。
2007年、同大学 大学院工学研究科 准教授(2020年3月まで)。
2020年、同大学 大学院先進理工系科学研究科 准教授(現在に至る)。
2018年、室蘭工業大学 大学院工学研究科 非常勤講師。
2018年、華中科技大学 武漢光電士国家中心 客員教授。
2019年、広島県立西条農業高等学校 スーパーサイエンスハイスクール(SSH)協力員(現在に至る)。
専門は有機材料化学、高分子化学、エネルギー関連化学。