イネの雄しべや雌しべ、胚珠(はいしゅ)などの全ての花器官は、花の幹細胞からつくられ、雄しべと雌しべが受粉することで胚珠から種子すなわちお米がつくられます。したがって、花器官をつくる幹細胞がどのような遺伝的しくみによって維持されているのかということを解明することは、基礎科学分野だけではなく、農学分野においても重要な課題です。今回、広島大学大学院統合生命科学研究科の田中若奈助教、東京大学大学院理学系研究科の平野博之教授(現名誉教授)、明治大学農学部の川上直人専任教授らの共同研究チームは、イネのTAB1遺伝子が、花の幹細胞を維持するために重要な働きをしていることを明らかにしました。また、TAB1遺伝子によるその幹細胞の維持が、胚珠の形成に必須であることも発見しました。
本研究成果は、日本時間の12月17日午後7時に「Development」誌にオンライン掲載されます。
【背景】
イネは、私たちにとって重要な農作物であることは言うまでもありませんが、基礎科学研究に非常に適した単子葉類のモデル植物でもあります。イネの花には、雄しべや雌しべ、胚珠などの花器官が存在しています(図1)。胚珠は、雌しべの内部に存在するため花の外見からは確認することができませんが、雄しべと雌しべが受粉すると、種子(お米)になる重要な器官です。イネの全ての花器官は、若い花芽に含まれる花の幹細胞からつくられています。そのため、幹細胞は、最後の花器官である胚珠を形成するまで、花芽の中で常に一定数存在するように維持される必要があります。花の幹細胞を維持するための遺伝的しくみについては、シロイヌナズナを中心とする真正双子葉植物では非常に理解が進んできましたが、イネなどの単子葉植物では、不明な点が多く存在していました。
【研究成果の内容】
TAB1遺伝子の機能が失われたtab1変異体を詳しく調べた結果、雌しべの内部にあるはずの胚珠が欠失していたり、形態が異常になっていたりすることが判明しました(図1)。正常な胚珠が形成されない結果、tab1変異体では、種子が全く稔りませんでした。このことから、TAB1遺伝子は、正常な胚珠をつくるために働いていると考えられます。
さらに、そのtab1変異体の花の幹細胞を調べた結果、雄しべや雌しべがつくられる時期には幹細胞の存在が認められましたが、胚珠が形成される時期には幹細胞が消失していることがわかりました。この結果から、TAB1遺伝子は、花の発生の最後の時期まで幹細胞をしっかりと維持することに必要であることが明らかになりました。つまり、TAB1遺伝子は、胚珠形成時の幹細胞を維持することによって、胚珠形成を促し、最終的には種子(お米)を形成する重要な働きをしていることが明らかになりました(図2)。
上述したように、イネの胚珠は花の幹細胞から形成されますが、シロイヌナズナの胚珠は花の幹細胞には由来しないことが知られています。したがって、本研究は、2つの植物では胚珠のつくられ方が異なっていること、イネに独自な胚珠形成の遺伝的しくみが存在することを明らかにしたことになります。
【今後の展開】
本研究では、TAB1遺伝子が胚珠形成時の幹細胞の維持に必須な遺伝子であることを明らかにしましたが、雄しべや雌しべが形成される時期の幹細胞維持に必要な遺伝子は未だ明らかになっていません。今後、その遺伝子を明らかにすることで、花が形成される時の幹細胞維持のしくみの全貌に迫りたいと考えています。また、将来的には、明らかにした遺伝的しくみを、イネの品種改良などの応用研究に活用できればと考えています。