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最新研究結果

【研究成果】巧みな分子設計でn型ポリマー半導体の移動度を従来の5倍以上に向上~プリンテッドデバイスの高性能化によりIoT、低炭素社会実現に貢献~

本研究成果のポイント

  • ポリマー半導体に高い電子受容性と秩序高い配列構造をもたらす新しπ電子系骨格を開発した。
  • 開発したポリマー半導体は、ベンチマークポリマー半導体に比べて5倍以上高い電子移動度を示した。

 

 

概要

広島大学大学院先進理工系科学研究科応用化学プログラムの尾坂格 教授、三木江翼 助教、東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻の岡本敏宏 准教授、物質・材料研究機構の角谷正友 主席研究員、高輝度光科学研究センターの小金澤智之 主幹研究員らの共同研究チームは、電子輸送性ポリマー半導体の高性能化に有望な新しいπ電子系骨格を開発しました。
ポリマー半導体[1]は、印刷プロセスで簡便に薄膜化できる半導体であり、有機トランジスタ素子、有機薄膜太陽電池や有機熱電変換素子など次世代のプリンテッドデバイス[2]への応用が期待されています。ポリマー半導体には、電荷がホールであるp型半導体と電荷が電子であるn型半導体がありますが、p型に比べてn型ポリマー半導体の開発は大きく遅れています。ポリマー半導体がn型半導体としての性質を持つためには、電子受容性が高いことが重要であり、高い電子移動度[3]を示すためには、ポリマー半導体の主鎖の平面性が高く、主鎖同士が秩序高く配列する必要があります。これらの性質はポリマー半導体の主鎖を構成するπ電子系骨格に大きく依存しますが、これまではこれらの性質を併せ持つポリマー半導体を開発するために必要なπ電子系骨格の種類が限られていました。
共同研究チームは今回、イミド基を有する新しいπ電子系骨格を合理的に分子設計・合成することで、高い電子受容性と秩序高い配列構造を有するポリマー半導体の開発に成功しました。また、今回開発したポリマー半導体を用いて作製した有機トランジスタ素子は、ベンチマーク材料を用いた素子より5倍以上も高い電子移動度を示しました。これは、アモルファスシリコンと同等の性能です。本研究で開発したπ電子系骨格を基盤とすることで、今後さらに高い電子移動度を示すn型ポリマー半導体の創出が期待できます。これにより、プリンテッドデバイスの高性能化とIoT社会実現に貢献することが期待されます。

本研究成果は、3月2日14時(日本時間)にアメリカ化学会の科学誌「Chemistry of Materials」にオンライン掲載されます。

 

 

発表内容

【背景】

ポリマー半導体は、有機物(プラスチック)でありながら半導体の性質を持つ材料です。インク化することで印刷プロセスにより簡便に薄膜化できることから、有機トランジスタ素子、有機薄膜太陽電池や有機熱電変換素子などの近年注目を浴びているプリンテッドデバイスへの応用が期待されています。これらデバイスの高性能化において、優れた電荷輸送性を示すポリマー半導体の開発は重要課題の一つです。ポリマー半導体には、電荷がホールであるp型半導体と電荷が電子であるn型半導体があります。しかし、p型ポリマー半導体の開発研究は数多く報告されていますが、それに比べてn型ポリマー半導体は研究例が少なく、開発が遅れているのが現状です。これは、π共役系を主鎖に有するポリマー半導体は本質的に電子豊富であり、電子受容性が低いことが原因と考えられます。これまで、電子受容性を高めるために、電子求引性の強いイミド基が置換されたπ電子系骨格を使ったポリマー半導体が種々開発されてきましたが、実際に高い電子移動度を示すポリマーは限られていました。この理由として、イミド基が立体障害となり、電子輸送パスとなるポリマー主鎖の平面性が崩れ、ポリマー主鎖の配列構造を乱すことが挙げられます。そこで共同研究チームは今回、立体障害がない新規なイミド基をもつπ電子系骨格の開発に取り組みました。この骨格をビルディングユニットとして合成したポリマー半導体は非常に秩序高い配列構造を形成することができ、ベンチマーク材料の5倍以上高い電子移動度を示すことを見出しました。

 

【研究の内容】

広島大学の研究グループは以前に、「NPE」というπ電子系骨格を開発していました(図1a)。NPEはナフトビスピラジンというπ電子系骨格に4つのエステル基が置換された構造をもちます。NPEを有するポリマー半導体の電子受容性は比較的高いものの、電子輸送性の発現には不十分でした。そこで今回、広島大学の研究グループは、電子受容性をさらに高めるために、NPEの2組の隣接するエステル基同士をイミド基に変換(イミド化)した「NPI」というπ電子系骨格を開発しました(図1a)。量子化学計算により、これら骨格の持つ静電ポテンシャル[4]を算出したところ、NPIはNPEよりも電子受容性が高いことが示唆されました(図1b)。また、東京大学の研究グループが第一原理計算手法[5]を用いて、NPIとNPEを有するポリマー半導体のモデル化合物のバンド構造を計算した結果、NPIを用いることで、ポリマー半導体は高い電子移動度を示すことが示唆されました。次に、量子化学計算によりNPIを主鎖構造に有するポリマー「PNPI2T」の構造を調べたところ、ベンチマークn型ポリマー半導体であるN2200に比べて平面性が大きく向上することが分かりました。これは、N2200に用いられるNDI骨格中のイミド基に比べて、NPI骨格中のイミド基は隣接するチオフェン環から離れており、立体障害が大きく軽減されていると考えられます(図2a)。実際、大型放射光施設SPring-8のビームライン(BL46XU)[6]にて、ポリマー薄膜のX線構造解析を行ったところ、PNPI2Tのポリマー主鎖同士の距離は3.4Å程度と、N2200の3.9Åに比べて顕著に小さく、ポリマー主鎖が平面的で秩序高く配列しており、電子が流れやすい構造を形成していることがわかりました(図2b)。しかし、PNPI2Tを半導体層として作製した有機トランジスタ素子は0.19cm2/Vsと、同条件で作製したN2200素子の電子移動度(0.14cm2/Vs)よりもやや高い値を示すにとどまりました。これは、N2200に比べて電子受容性が低いことが原因と考えられました。
そこで、さらに電子受容性を高めるため、電気陰性度の高い原子であるフッ素を、PNPI2Tのビチオフェン部位に、二つ互いに向き合うように置換した「PNPI2T-iF2」を合成しました(図3a)。この位置に置換すると、フッ素原子とチオフェン環の硫黄の間に非結合性相互作用が働き、より秩序高い配列構造が形成されることが予想されます。しかし、PNPI2T-iF2は、非結合性相互作用によって主鎖が剛直になりすぎ、PNPI2Tに比べて溶解性が低下し、製膜性が悪化して不均質な薄膜を形成しました。その結果、PNPI2T-iF2はN2200に匹敵する電子受容性を持つものの、電子移動度は0.1cm2/Vs程度とPNPI2Tよりもむしろ少し低い値を示しました。次に、二つのフッ素が互いに反対を向くように置換された「PNPI2T-oF2」を合成しました(図3a)。この位置に置換すると、上記のような非結合性相互作用は働きません。その結果、PNPI2T-oF2は十分な溶解性を示し、均一な薄膜を形成しました。さらに物質・材料研究機構の研究グループが薄膜の光熱偏向分光測定[7]を行ったところ、PNPI2T-oF2はPNPI2TやPNPI2T-iF2よりも秩序高いポリマー主鎖構造を持つことがわかりました。PNPI2TやPNPI2T-iF2では、NPIとチオフェンの結合部位において、NPIに対するチオフェンの向きが異なる構造Aと構造Bが、エネルギー的には同程度安定であり、いずれの構造もポリマー主鎖に含まれ得るのに対し、PNPI2T-oF2では、構造Bがフッ素とNPIとの立体障害によりエネルギー的に不安定になり、ポリマー主鎖には構造Aが優先して含まれると考えられます。すなわち、PNPI2T-oF2はより立体規則性が高くなるため、より秩序高い主鎖構造を示したと推測できます(図3b)。その結果、PNPI2T-oF2を用いた素子の電子移動度は0.7cm2/VsとPNPI2T素子よりも大幅に向上しました。これは、N2200素子よりも5倍以上高く、アモルファスシリコンと同等の値です。
今回、ポリマー半導体に「高い電子受容性」と「秩序高い配列」を同時にもたらすことができるビルディングユニットとして、NPIという新しいイミド置換型π電子系骨格を創出しました。本研究は、高性能なn型ポリマー半導体の開発に向けた非常に重要な成果といえます。

本研究は、広島大学大学院先進理工系科学研究科の尾坂格 教授、三木江翼 助教、岩﨑優佳 氏(大学院博士課程前期)、東京大学大学院新領域創成科学研究科の岡本敏宏 准教授、物質・材料研究機構の角谷正友 主席研究員、高輝度光科学研究センターの小金澤智之 主幹研究員らの共同研究によるものです。
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業の基盤研究B(研究課題番号:16H04196, 21H01916)、研究活動スタート支援(研究課題番号:20K22535)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」(研究総括:谷口研二)研究課題「バンド伝導性有機半導体を用いたハイブリッド型環境発電素子の開発」(研究代表者:岡本敏宏  東京大学大学院新領域創成科学研究科  准教授)などの支援を受けて実施されました。

 

【今後の展開】

今回、イミド基が置換された新しいπ電子系骨格を用いたポリマー半導体を開発することで、従来の5倍以上の高い電子移動度が得られました。アモルファスシリコンで駆動できるデバイスには十分応用が可能なレベルです。今後、化学構造を最適化することで、さらに電子移動度が向上することが期待できます。また現在、今回開発したポリマー半導体を有機薄膜太陽電池や有機熱電変換素子などへ応用することも検討しています。これにより、IoT社会、低炭素社会実現に貢献することができます。

図1  (a)以前に開発したπ電子系骨格NPEと今回開発したNPIの化学構造。(b)NPEとNPI骨格における静電ポテンシャルの分布。赤い部分は負の部分電荷、青い部分は正の部分電荷をもつ。NPIは青い部分の面積が大きく、より電子受容性が高い。

図2 (a)N2200とPNPI2Tの化学構造。(b)N2200とPNPI2Tにおけるポリマー主鎖の平面性と薄膜中の電子輸送パスの模式図。N2200はポリマー主鎖がねじれて、主鎖同士は距離が離れるが、PNPI2Tはポリマー主鎖が平面で、主鎖同士が近くなる。そのため、PNPI2Tの方が、主鎖内でも主鎖間でも電子が流れやすいと考えられる。

図3 (a)フッ素化したポリマー半導体の化学構造と電子移動度。(b)PNPI2T-iF2とPNPI2T-oF2における、NPIとチオフェン環の連結部分の構造(図3a中のグレーハイライト部分)。PNPI2T-iF2は構造A、Bともに主鎖内に含まれ得るが、PNPI2T-oF2では構造Aが優先的に含まれるため主鎖の秩序がより高い。

用語解説

[1] ポリマー半導体
炭素―炭素単結合と二重結合が交互に連なったπ共役構造を主鎖にもつ有機高分子化合物(プラスチック)。π共役系ポリマーとも呼ばれ、起源は白川英樹(2000年ノーベル化学賞受賞)らにより開発されたポリアセチレンにあり、日本発祥の材料である。プラスチックでありながら半導体の性質を持つ。有機溶剤に溶けて、薄膜を形成するため、印刷できる半導体として、プリンテッドデバイスに応用されている。

[2] プリンテッドデバイス
インク化した半導体材料を用いて安価かつ低環境負荷な印刷プロセスにより、大面積の電子デバイス作製を可能にする技術。特に、プラスチックなどの基板を用いると軽量で柔らかいといった特長を持つことから、IoTセンサーやモバイル・ウェアラブル電源など、新しい応用を切り開く次世代の電子デバイスとして注目を集めている。代表的なものとして、有機トランジスタ素子や有機薄膜太陽電池がある。

[3] 電子移動度
半導体中を電子が移動する速さを示す。一般に、cm2/Vsの単位を用いる。電界効果トランジスタの電流―電圧特性から求めることができる。

[4] 静電ポテンシャル
分子中の部分電荷の分布を、静電ポテンシャル(電位)として色で表現したもの。赤い所にある原子は負の部分電荷を持ち、青い所にある原子は正の部分電荷を持つ。

[5] 第一原理計算
量子化学に基づき、化合物の中の電子の運動をコンピュータの力を借りて計算する方法。原子番号と空間座標(化合物の構造)の情報を入力することにより、化合物のエネルギーバンド構造が求まり、それに基づいて電荷移動度を知ることができる。

[6] 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。

[7] 光熱偏向分光(PDS)測定
分光した光で励起された試料の電子が、非輻射再結合により基底状態にもどる時の発熱を、プローブであるレーザー光の進行方向が変わること(偏向 deflection)によって検出する分光法。高感度な分光法であるため、構造の乱れを示すバンドテイル部分の微弱な吸収スペクトルを観測することができる。

 

 

論文情報

  • ●掲載誌: Chemistry of Materials
  • ●論文タイトル: “Naphthobispyrazine Bisimide: A Strong Acceptor Unit for Conjugated Polymers Enabling Highly Coplanar Backbone, Short ππ Stacking, and High Electron Transport”
  • ●著者名: Tsubasa Mikie, Kenta Okamoto, Yuka Iwasaki, Tomoyuki Koganezawa, Masatomo Sumiya, Toshihiro Okamoto, Itaru Osaka
  • ●DOI: 10.1021/acs.chemmater.1c04196