国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院生命農学研究科の田中 愛子 研究員、竹本 大吾 准教授、広島大学大学院統合生命科学研究科の田中 伸和 教授、荒川 賢治 准教授らの研究グループは、サツマイモが痩せた土地での生育に適している謎の一端を解明しました。
サツマイモは、江戸時代の飢饉や戦中戦後の食糧難の時代に痩せた土地でも育つ「救荒作物」として広く栽培されてきました。しかし、何故、サツマイモが痩せた土地で健全に育つことが出来るのか?その理由は殆ど解明されていません。近年、サツマイモの祖先種が植物病原菌から獲得した遺伝子が、世界中の栽培種において維持されていることが明らかになりましたが、その遺伝子の役割は不明でした。本研究では、サツマイモが病原菌から獲得した遺伝子から作られる酵素が、土の中の特定の微生物を誘引する働きを持つ物質を合成する機能をもつことを明らかにしました。この結果から、サツマイモが病原菌由来の遺伝子を利用して、土壌微生物相をコントロールしている可能性が示されました。植物の根圏では、病原性微生物、菌根菌や窒素固定菌などの共生微生物、植物成長促進菌、あるいは腐生菌など植物の生育に影響を及ぼす様々な微生物が混在しており、根圏の微生物相が好適であることは植物の生存と繁殖に極めて重要です。本研究により、サツマイモの祖先種が獲得し、維持されてきた病原菌由来の遺伝子が、植物の根圏微生物相に影響を及ぼすことを示されました。現在、IbACS 注1)遺伝子を失って生育が低下したサツマイモと、通常のサツマイモの根圏微生物相の比較により、サツマイモの貧栄養条件での生育を促進する微生物を探索しており、そのような微生物が単離されれば、広く農業に応用できると期待されます。
本研究成果は、1月23日付アメリカ科学雑誌「Molecular Plant-Microbe Interaction」誌の1月号に掲載されました。
【背景】
サツマイモは、江戸時代の飢饉や戦中戦後の食糧難の時代に痩せた土地でも育つ「救荒作物」として広く栽培されてきました。しかし、何故、サツマイモが痩せた土地で健全に育つことが出来るのか?その理由は殆ど解明されていません。
近年、サツマイモ(Ipomoea batatas)栽培品種のゲノムDNAから、植物病原性細菌であるアグロバクテリウム由来の遺伝子の配列が見つかりました。アグロバクテリウムは、植物の地際部などに潰瘍を形成する病原菌で、病気をおこす際に病原菌自らの遺伝子を植物ゲノムに組み込む能力を持っています(図1左)。このアグロバクテリウムの「植物に遺伝子を組み込む」という能力は、人工的な植物への遺伝子の導入(形質転換植物の作出)に広く用いられています(図1右)。
サツマイモ以外にもお茶(Camellia属)、ピーナッツ(Arachis属)、カキの一種(Diospyros属)、タバコ(Nicotiana属)などの植物のゲノムにアグロバクテリウム由来のDNAが残っており、食品にしている植物も含めて、私達のまわりには自然発生した形質転換植物が沢山存在することが分かってきています。
図1 (左)自然界での根頭がんしゅ病菌(Agrobacterium tumefaciens)の感染。① 感染の過程で、病原菌(アグロバクテリウム)は遺伝子を植物のDNAに導入する。② 導入された遺伝子の働きで潰瘍が形成され、また植物によってアグロバクテリウムの「餌」になる物質が作られる。③餌を利用してアグロバクテリウムが増殖する。(右)アグロバクテリウムを用いた植物の形質転換技術。④ アグロバクテリウムの病原性の遺伝子を「導入したい遺伝子」と置き換える。⑤ アグロバクテリウムにより「導入したい遺伝子」が植物のDNAに導入される。⑥ 遺伝子が導入された細胞から植物体を再生し、新しい性質を持った形質転換植物が作られる。
サツマイモでは調査された300近い栽培品種が、例外なくアグロバクテリウム由来の遺伝子をもっていました。試算すると、およそ130~50万年前にアグロバクテリウムがサツマイモの祖先種に感染し、細菌の遺伝子が導入されたと推定されます(図2)。
図2 サツマイモ祖先種へのアグロバクテリウムの感染は、130~50万年前に起こったと推定される。現代の世界中の全てのサツマイモ栽培品種のゲノムDNAには、アグロバクテリウム由来の遺伝子が残っている。
通常、植物にとって必要のない遺伝子は、進化や栽培化の過程で失われていきます。一方で、全てのサツマイモ栽培種でアグロバクテリウム由来の遺伝子が残っていたことから、かつて病原菌から導入された遺伝子が、サツマイモに有益な機能をもたらしている可能性が考えられました。そこで本研究では、サツマイモが維持している病原菌由来の遺伝子の機能の解明を目指した研究を行いました。
【研究内容】
本研究では、サツマイモ栽培種のゲノムDNAから見つかったアグロバクテリウム由来の遺伝子のうち、糖-ホスホジエステルであるアグロシノピンの合成酵素(ACS)遺伝子(図2)に注目して解析を行いました。
サツマイモのゲノムから見出されたIbACS遺伝子が機能しているか否かを調べるため、サツマイモにおける遺伝子発現を調査したところ、サツマイモの地上部/地下部の各組織で遺伝子の発現が検出されました。この結果から、サツマイモ全身でアグロシノピン合成酵素IbACSが作られていることが示唆されました。そこで、IbACSの植物内における活性を調査するため、タバコにおいてIbACS遺伝子を異所発現し、生産される物質を特定しました。その結果、IbACSがスクロースとL-アラビノースのホスホジエステルであるアグロシノピンAの合成酵素であることが示されました。さらに、サツマイモにおいてもアグロシノピンA様の物質が検出されました(図3)。
図3 (左)タバコにおけるIbACS遺伝子の機能解析。
IbACS遺伝子を発現させたタバコではアグロシノピンAの生産が検出される。 (右)サツマイモにおけるアグロシノピンA様物質の検出。
アグロシノピンは、アグロバクテリウムが植物に作らせる「餌」となる物質(オパインと総称される)の一種で、ほとんどの微生物や植物は栄養として利用できません。サツマイモにとって、アグロバクテリウムの餌を生産する酵素遺伝子を維持することにどのようなメリットがあるのでしょうか?本研究では、アグロシノピンAを利用できる他の微生物がいると仮定し、アグロシノピンAを生産するタバコの根圏の微生物相を調査しました。その結果、アグロシノピンAの生産によって根圏の微生物相が大きく影響をうけることが示されました(図4)。その中でも、本研究で新たに単離したLeifsonia属の細菌は、アグロシノピンAを生産する植物の根圏でのみ検出され、ゲノム解析の結果、アグロシノピンの分解と吸収に関与すると推定される遺伝子群を持っていました。
以上の結果より、サツマイモの栽培種で維持されているIbACS遺伝子は、根圏の微生物相をコントロールする役割を果たしている可能性が示されました。
図4 アグロシノピンA生産によるタバコの根圏微生物相への影響。OUT_55, Leifsonia属菌。
【成果の意義】
植物の根圏では、病原性微生物、菌根菌や窒素固定菌などの共生微生物、植物成長促進菌、あるいは植物の生育に大きな影響を及ぼさない腐生菌など、多種多様な微生物が混在しています。根圏の微生物相が好適であることは、植物の生存、健全な育成、繁殖に極めて重要です。本研究では、サツマイモの祖先種が獲得し、現代の栽培種まで維持されてきた病原菌由来の遺伝子が、植物の根圏微生物相に影響を及ぼすことを示しました。現在、IbACS遺伝子を失って生育が低下したサツマイモと、通常のサツマイモの根圏微生物相の比較により、サツマイモの貧栄養条件での、生育を促進する微生物の探索を進めており、そのような植物の生育を促進する微生物が単離されれば、広く農業生産に応用できると期待されます。
注1)IbACS:
サツマイモ(Ipomoea batatas)のアグロシノピン合成酵素遺伝子(Agrocinopine synthase)。スクロースとL-アラビノースから、そのホスホジエステルであるアグロシノピンAを生合成する。サツマイモの祖先種にAgrobacterium属の病原菌が感染した際に、植物のゲノムDNAに取り込まれ、現在の全てのサツマイモ栽培種に保存されている。