藻類バイオディーゼル*1などの生産が期待される有用微細藻類、ナンノクロロプシスにおいて遺伝子改変後に脱落可能なTALEN*2発現ベクターとキャリアDNAを使用しないエレクトロポレーション法*3を開発しました。
上述の技術により外来遺伝子を含まず有用変異のみを持つナンノクロロプシスを構築することが可能になりました。
外来遺伝子の残らないゲノム編集生物は遺伝子組換え生物には該当しないため、屋外培養などの幅広い用途への応用が期待できます。
広島大学大学院統合生命科学研究科の山本卓教授および坂本敦教授らは、東京工業大学生命理工学院の太田啓之教授、マツダ株式会社の高見明秀氏らのグループと共同で非常に多くの油脂を蓄積する微細藻類、ナンノクロロプシスにおいて遺伝子改変後に脱落可能なTALEN発現ベクターを開発しました。さらにキャリアDNAを使用しないエレクトロポレーション法の開発にも成功し、これらの技術を組み合わせることで“有用な変異”のみを持ち外来遺伝子を含まないナンノクロロプシスのゲノム編集株を樹立する手法の開発に成功しました。
本研究成果は2月15日に英国Nature Research社の科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。
なお本研究は産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)の支援を受けて行われました。
【背景】
バイオディーゼルの生産コストは化石燃料に比べて高く、多くの研究者が遺伝子組換え技術を用いて微細藻類の油脂生産性向上を試みています。このような研究で得られた遺伝子組換え藻類の多くは、遺伝子組換え生物に係る厳格な規制により、低コストで多量の藻類細胞を得るために不可欠な屋外培養の適用が難しいことが問題となっています。これまでに出芽酵母のCEN/ARS*4という配列を持つCRISPR-Cas9発現ベクターがナンノクロロプシスで遺伝子改変後に脱落可能であることが報告されていましたが、遺伝子改変効率や標的配列の制限、遺伝子導入時のエレクトロポレーションに外来遺伝子であるキャリアDNAを同時に導入していることなどの問題がありました。
【研究の内容】
本研究ではナンノクロロプシスにおいて非常に高い変異導入効率を示したTALEN発現ベクターにCEN/ARSを加えて、図のように変異導入後に脱落可能なTALEN発現ベクターを構築しました。構築できたCEN/ARSを含むTALEN発現ベクターはナンノクロロプシスにおいて高い変異導入効率を示し、変異導入後の脱落にも成功しました。さらに本研究では、ネッパジーン社のELEPO21という高機能エレクトロポレーターを使用してキャリアDNAを使用しないナンノクロロプシスのエレクトロポレーション法の構築に成功しました。
【今後の展開】
本研究により確立した外来遺伝子が残らないゲノム編集法を用いて屋外培養可能、かつ油脂蓄積効率の高い“高機能藻類”の樹立が期待されます。本研究で確立した外来遺伝子フリーゲノム編集は藻類バイオディーゼルの実用化に必須の基盤技術と考えられます。
*1 藻類バイオディーゼル
藻類の蓄積する油脂に含まれる脂肪酸を脂肪酸メチルエステルに変換して使用する燃料です。油脂の生産時に光合成によりCO2を吸収するため、大気中のCO2を増加させない次世代の再生可能エネルギーとして期待されています。
*2 TALEN
Transcription activator-like effector nucleaseの略で、特定のゲノムDNA上の配列に結合するTALEドメインとDNAを切断するFokIヌクレアーゼドメインを持つ人工DNA切断酵素です。L-TALENとR-TALENの2つのTALENタンパク質が標的配列に結合してDNAの二本鎖切断を導入します。TALENのような標的配列を設計できる人工DNA切断酵素をゲノム編集ツールと総称し、ゲノム編集ツールを使用した遺伝子改変技術をゲノム編集と呼びます。Clustered regularly interspaced short palindromic repeats (CRISPR)–CRISPR-associated protein 9 (Cas9)もよく利用されるゲノム編集ツールの一つです。ゲノム編集ツールによってDNAの二本鎖切断が導入された領域は、その後の修復過程において欠失や挿入などの変異が導入され、標的遺伝子の機能の欠失や改変を行うことができます。
*3 エレクトロポレーション法
ナンノクロロプシスにおいて主要な遺伝子導入法で、電気穿孔法とも言います。高い電圧を細胞にかけて細胞質膜に穴をあけ、DNAを細胞の内部に導入します。
*4 CEN/ARS
Centromere and autonomous replication sequenceの略で、出芽酵母の染色体の安定性に関わる配列であり、出芽酵母用のベクターに汎用的に使用されています。最近このCEN/ARSを持つベクターが珪藻やナンノクロロプシスにおいても細胞内で安定に維持されることが報告されていました。これらのCEN/ARSを含むベクターは、図のように抗生物質を含まない培地で培養することで宿主細胞から脱落させることができます。