山口大学大学院創成科学研究科の中塚晃彦准教授は、熊本大学大学院先端科学研究部の吉朝朗教授、広島大学大学院先進理工系科学研究科の大川真紀雄助教、岡山大学の伊藤英司名誉教授(研究当時、岡山大学地球物質科学研究センター教授)との共同研究において、D相と呼ばれる高密度水酸化マグネシウム珪酸塩にアルミニウム(Al)を導入することによって、水素含有量が増加するとともに、その安定領域がこれまで考えられてきたよりも高温高圧領域にまで劇的に拡張することを明らかにしました。さらに、本高圧実験で得られたAlを含有したD相(Al-D相)の単結晶試料を用いた精密なX線結晶構造解析から、Alと水素の導入メカニズムとそれによる安定性向上のメカニズムを結晶化学的見地から明らかにしました。この結果から、下部マントル※1 へ運ばれた含水素鉱物相の分解で放出された自由水と周囲のブリッジマナイト※2 との反応で生成したAl-D相が、地球深部での水/水素の循環メカニズムに重要な役割を果たしていると期待されます。この研究成果は、3月4日にSpringer Nature社が発行する英国の科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。
【研究背景】
海洋など地球表層に存在する多量の水の一部は、沈み込む海洋プレート(スラブ)によって、含水素鉱物として地球深部へ運ばれて行くと考えられています。特に下部マントルの水/水素の貯蔵庫としての含水素鉱物は、地球のダイナミクスや進化を解明する鍵を握るため、下部マントル以深で安定な含水素鉱物に関する研究が国内外で精力的に行われてきました。その候補の一つとして下部マントル圧力で安定なD相と呼ばれる高密度水酸化マグネシウム珪酸塩が知られていますが、この相は通常のマントル温度よりも低温で分解するため、沈み込むスラブのような低温環境でのみ安定であり、通常の下部マントルでは安定に存在しないと考えられてきました。ところが最近の研究では、D相にAlを導入することで安定性が向上すると示唆されました。しかし、その安定性に及ぼす水の存在条件の相違やAl導入効果のメカニズムの詳細については不明な点が多く残されています。今回、これまで検討されてこなかった水の飽和条件下での高圧実験とこの実験で合成された単結晶を用いた精密な結晶化学的検討から、Al-D相の安定性や地球深部で生じている水/水素の循環メカニズムに新たな知見を与えることができました。
【研究手法と成果】
我々の研究グループは、岡山大学惑星物質研究所(研究当時、岡山大学地球物質科学研究センター)にて、26~27万気圧・1300~1900℃という地球の下部マントルに相当する超高圧高温条件下において、パイロライト※3を模して単純化したMgO(酸化マグネシウム)-Al2O3(酸化アルミニウム)-SiO2(二酸化珪素)成分系のブリッジマナイト組成(0.92MgSiO3 + 0.08Al2O3)の高圧合成実験を水の飽和条件下で行いました。広島大学での電子線マイクロプローブ分析からAl-D相の化学組成を決定しました。その際、各酸化物成分の分析値合計が100%から不足している分をH2O(水)成分として、水素含有量を求めました。生成したAl-D相の一部は単結晶試料(図1a)として得られ、山口大学において、その単結晶のX線回折実験を行い、得られた回折強度に基づいて精密な結晶構造解析を行いました。
その結果、D相の結晶構造(図1b)中へのAlと多量の水素(H)の導入メカニズムは反応(1)~(3)で表されることを明らかにしました。
Si4+ → Al3+ + H+ (1)
Si4+ → Mg2+ + 2H+ (2)
Mg2+ → 2H+ + Vc(Vc:陽イオン空孔) (3)
特に反応(1)は、結晶構造中(図1b)のS-八面体席を占有している珪素(Si)をAlが置換することによって行われることが分かりました。この置換によって、水素含有量が増加するとともに、少量のAlが導入されるだけで、少なくとも下部マントル最上部に相当する26~27万気圧・1600℃ではAl-D相が安定に存在することを実証しました。さらに、この圧力のもと1900℃から徐冷して合成されたAl-D相の単結晶の外形(図1a)および組織観察から、1900℃では融点より高温状態にあり、得られた単結晶は融液から成長したと推察されました(図2)。これは、得られたAl-D相の単結晶は他の結晶相との反応によって得られた生成物ではないことを示していることから、少量のAlを導入するだけで、26~27万気圧において1900℃付近まで安定領域が拡がることを示しています。Alを含有しないD相は、この圧力条件下ではせいぜい1200℃で分解することが知られているので、本研究は、少量のAlを導入しただけでその安定領域がより高温域へ劇的に拡張することを実証したことになります。この安定性の向上は、X線結晶構造解析の結果から、S-八面体席へのAlの導入によってS-八面体席間の陽イオン間斥力が緩和されることに起因すると考えられます。この結晶化学的なエネルギー論的考察から、より高温域だけでなく、より高圧域にまで、少量のAlの導入によって安定領域が劇的に拡張すると推察されました。実際の下部マントルにおけるD相の存在は、これまで下部マントルへ沈み込んだスラブなどの低温あるいはAlに富んだ場でのみ可能であると考えられてきましたが、今回の結果はその存在が下部マントルのそれ以外のところでも可能であることを示しており、Al-D相は下部マントルにおいて多量の水素を貯蔵しうる水素貯蔵庫の一つであることを示しています。
以上の結果を踏まえると、スラブの沈み込みによって地球表層の水/水素は、Al-D相やそれを経てより深部(高圧)で安定であることが知られているAlを含有した高密度水酸化マグネシウム珪酸塩H相(Al-H相)として下部マントル深部へ運ばれ、最終的にそれらの脱水分解で放出された自由水は周囲のブリッジマナイトとの反応によってAl-D相やより深部(高圧)ではAl-H相が再生し、それら結晶構造中の水酸基として下部マントルで貯蔵されると考えられます。さらに、そのような放出水による交代作用で再生したAl-D相やAl-H相を含む領域は周囲の下部マントルよりも低密度のため浮力を受けて上方に移動し、特により深部で再生したAl-H相は上方(低圧域)でのシリカ(SiO2)の高圧多形との反応によって生成したAl-D相を経て、最終的には水/水素が地表に戻ると考えられます。本研究成果は、このような地球深部における水/水素の循環メカニズムに関する新たな知見を示しました。このようなシナリオの実現には、水の飽和環境を生むほど多量の水の供給源が必要です。下部マントル最下部条件で安定な水酸化物相として、沈み込んだ縞状鉄鋼層を起源とするパイライト型水酸化鉄(FeOOHx)が最近発見されました。沈み込むスラブによって下部マントル最下部までもたらされたAl-H相に加えて、このFeOOHxが核-マントル境界での加熱によって脱水分解して生じた自由水が、その供給源かもしれません。
図1 (a)Al-D相の単結晶の走査型電子顕微鏡写真。(b)この単結晶を用いて決定したAl-D相の結晶構造。マグネシウム(Mg)が中心にある配位多面体※4(M-八面体)と珪素(Si)/アルミニウム(Al)/マグネシウム(Mg)が中心にある配位多面体(S-八面体)の結合を描いている。
図2 本研究で推察されたMgSiO3系(灰色の点線)とAl2O3成分を含有したMgSiO3系(青色の実線)の水の飽和条件下での可能な安定関係。D:D相,Brg:MgSiO3ブリッジマナイト,Al-D:Al-D相,Al-Brg:Al含有MgSiO3ブリッジマナイト,Liq:液相,MSH:残存したMgO-SiO2-H2O成分。( )付きと( )無しの安定領域は、それぞれAl2O3成分を含有していない系と含有している系の領域を示している。IW(Ito & Weidner, Geophys. Res. Lett. 13, 464–466, 1986)およびOh(Ohtani et al., Phys. Chem. Miner. 27, 533–544, 2000)は文献から引用したデータである。赤色の✕印、●印、↓印は、それぞれ本研究での高圧結晶成長実験における最高保持温度、急冷温度、徐冷パスを示している。青色の長い点線矢印と短い点線矢印は、それぞれD+MSHとBrg+H2O間の相境界および液相線がAl2O3成分を含有することによって高温側へ移動することを示している。
【今後の展望】
今回は水の飽和条件下での単純化したMgO-Al2O3-SiO2成分系のブリッジマナイト組成における相関係を検討しましたが、今後は含水量およびAl含有量の変化に伴う相関係の系統的な変化について検討することが必要です。さらに、マントルにはAl2O3成分と同様に酸化鉄(Fe2O3あるいはFeO)成分が相当量含まれているので、水の存在下でのMgO-Al2O3-Fe2O3/FeO-SiO2成分系のブリッジマナイト組成における相関係も研究し、D相やH相など高密度水酸化マグネシウム珪酸塩の安定性に及ぼすFe含有量の効果も検討する必要があります。鉱物結晶のエネルギー的な安定性の理解には原子レベルでのミクロ構造を明らかにする必要があり、結晶構造解析による精密な構造評価が大きな意味をもちます。これらを明らかにすることで、地球で生じている水/水素の大循環システムの全貌が明らかになると期待されます。
【謝辞】
本研究は、以下の科学研究費補助金の支援の下で行われました。ここに謝意を表します。
※1.下部マントル
マントルのうち、深さ660kmの地点から深さ2900kmに相当する核の直上までの領域のこと。地球全体の体積の約6割を占める。その化学組成については上部マントルと同様にパイロライト(※3で説明)であるとする説と、よりシリカ(SiO2)成分に富んだ組成をもつ物質(ペロブスカイタイト)であるとする説がある。
※2.ブリッジマナイト
下部マントルにおける主要構成鉱物の1つ。地球の約6割を占める下部マントルの約80%はこの鉱物で構成されていると推定されることから、地球で最も存在度の高い鉱物相であると考えられている。下部マントルにおける実際のブリッジマナイトは若干のFe2O3/FeO成分とAl2O3成分を含みうるが、第一近似的にはその組成式をMgSiO3と表すことができる。その化学組成から以前はMg-ペロブスカイトと呼ばれていたが、最近隕石中で発見されたことから、2014年に国際鉱物学連合により 「ブリッジマナイト(bridgmanite)」 という鉱物名が承認された。この鉱物名は、高圧物理学の礎を築いたパーシー・ブリッジマンにちなむ。その結晶構造は、GdFeO3型構造すなわち空間群Pbnm(直方晶)のペロブスカイト型構造をとる。近年、ブリッジマナイトは125GPa・2500Kでポストペロブスカイトと呼ばれるCaIrO3型構造(直方晶;空間群Cmcm)へ相転移することがわかった。この相転移が、長年未解決であった下部マントル最下部にあるD”層(深さ約2700~2900km)で観測される地震波速度不連続の原因であると考えられている。
※3.パイロライト
地球の上部マントル(深さ30~660kmの領域)を構成すると考えられている岩石のこと。マントル捕獲岩であるかんらん岩に近い組成をもち、主に輝石とかんらん石からなる仮想的岩石である。オーストラリア国立大学のA. E. Ringwood教授により考案された。なお、410~660kmの領域をマントル遷移層と呼ぶこともある。
※4.配位多面体
結晶構造において、ある陽イオンに配位している陰イオンどうしを線で結ぶと、その陽イオンが中心に存在する多面体が描ける。これを配位多面体という。結晶構造を配位多面体の結合で表せば、単位格子内に多数の原子が存在する複雑な結晶構造でも分かりやすく描写できる。