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最新研究結果

【研究成果】最速の線ノード型ディラック電子を超伝導体の中に発見~省電力デバイス開発へ道~

本研究成果のポイント

  • ●1200km/sの高速ディラック電子を発見し、グラフェンによる記録を塗り替えました。
  • ●「最速」かつ「線状」のノードをもつディラック電子と「超伝導」の共存が、リンの正方格子で実現することを実証しました。
  • ●本研究成果は、より低い電力消費で動作する次世代高速電子デバイス開発や、将来的にはマヨラナ粒子の発見の舞台となるトポロジカル超伝導体の物質開拓に強力な指針を与えることが期待されます。

 

概要

広島大学大学院理学研究科の石坂仁志(D3)、同大学院先進理工系科学研究科の木村昭夫教授、久留米工業大学の井野明洋教授の研究グループは、国立研究開発法人産業技術総合研究所の鬼頭聖主任研究員、イムラ・ジャパン株式会社との共同研究として、広島大学放射光科学研究センター(*1)BL-1、大型放射光施設SPring-8(*2)の軟X線固体分光ビームライン(BL25SU)にて高輝度シンクロトロン放射光(*3)を利用した角度分解光電子分光(ARPES)法(*4)を用いて、超伝導体(*5)として知られるZrP2-xSexのバンド構造の観測に成功し、世界中で精力的に探索が続けられている線ノード型ディラック電子が、同物質中のリン原子の正方格子によって形作られることを実証しました。さらに、本研究で発見されたディラック電子が、グラフェンを含め、これまでに発見された物質中のディラック電子の中で最も高速で1200km/sに達することを明らかにしました。本研究における最速の線ノード型ディラック電子の発見は、今後、消費電力を大幅に下げた次世代デバイスや量子コンピュータの開発につながることが期待されます。
本研究の成果は、米国の科学雑誌Physical Review B のレターセクションに掲載予定です。また、本研究が同学術雑誌のハイライト論文に選ばれました。

 

発表内容

【背景】

見かけ上の質量がゼロになるディラック電子(*6)は、不純物があってもぶつかることなく進み続けるという目覚ましい特徴をもっており、炭素原子が蜂の巣格子を組むグラフェンで最初に発見されました。高速で移動度の高い電気伝導を実現するため、グラフェンを用いた電子デバイスの開発が進められています。ディラック電子が示す特殊な量子ホール効果は、2010年のノーベル物理学賞の対象にもなりました。このディラック電子は、現在、2種類に分けられています。ノードと呼ばれるエネルギーの原点が「点状」のものと「線状」のものです[図1]。グラフェンを含め、これまで発見された物質中のディラック電子は、ほとんどが点ノード型で、線ノード型は希少です。線ノード型は、ディラック電子のエネルギー分散関係が運動量空間で連続的につながっているため、電子が散乱されにくいという性質が強調されることに期待が高まっています。さらなる次世代のデバイス開発のためには、「線状」でかつ「高速」なディラック電子を持ち、さらに「超伝導」を示すことが要求されます。しかし、3拍子そろった物質は未だ発見されておらず、世界中の科学者が熱心に探索しています。
最近、半金属ZrSiSに線ノード型のディラック電子がいることが報告されましたが、その速さはグラフェンの65%で、超伝導は示しません。また超伝導体PbTaSe2に線ノード型ディラック電子が発見されていますが、その速さはグラフェンの40%でした。

図1  点状(左)と線状(右)のディラック電子のエネルギー分散。

【研究成果の内容】

このような中、超伝導体ZrP2-xSexが本研究の共同研究者である国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研)の鬼頭らにより2014年に発見されました。この物質は、線ノード半金属ZrSiSを形作るシリコンSiの単原子層を、リンPの単原子層に置き換えたものになっていることから[図2左]、同様の線ノードが現れるものと第一原理計算で予測されていました。そこで、本研究では、超伝導体ZrP2-xSexの電子構造を直接観測し、線ノード型ディラック電子の有無とその形成起源を調べるために、放射光を用いた角度分解光電子分光を行いました。
その結果、超伝導体ZrP2-xSexにはダイヤモンド型をした環状の線ノードが存在することを明らかにしました[図3]。また、観測されたディラック分散関係の傾きから、線ノード型ディラック電子の速度が 1200km/sに達することがわかりました[図2右](*7)。この速度は、グラフェン中の点ノード型ディラック電子の速度に匹敵し、これまでに知られている線ノード型ディラック電子の速度を大幅に上回る最速記録です。また、リンP原子の正方格子でできた単原子層を仮定してモデル計算を行ったところ、実験結果を見事に再現する結果が得られました[図3]。このことから、超伝導体の中に観測された特徴的な環状の線ノードと最速のディラック電子が、リンP原子の正方格子によって実現することがわかりました。

図2 (左)本研究の舞台となるリンP原子の正方格子とシンクロトロン放射光を用いた角度分解光電子分光(ARPES)。(右)角度分解光電子分光によって観測された線ノード型ディラック電子の分散関係。縦軸をエネルギー、横軸を運動量としたときのグラフの傾きが、電子の速度を表す。

図3 環状の線ノードをもつディラック電子のエネルギー分散関係。リンPの単原子層正方格子のモデル計算とおおむね一致することが実証された。

【本研究成果による期待】

今回の発見のポイントは「線状」でかつ「最速」のディラック電子を「超伝導」物質の中に見出したことです。この発見により次世代の高速デバイス開発への明確な指針が見出されました。また、最近、トポロジーという概念が物質に存在し、さまざまな新奇物性現象が予言されており、線ノードを有する物質も同じくトポロジーで分類できることがわかってきました。その観点から、今回の発見は新しいトポロジカル超伝導体の発見にもつながり、エラー耐性に優れた量子コンピュータの開発のために必要な幻の粒子・マヨラナ粒子(*8)の発見にもつながると期待されます。

【謝辞】

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究 A「非共型な結晶対称性を持つ強相関物質の電子状態観測とトポロジーの解明(課題番号:18H03683、研究代表者:木村昭夫)」、同基盤研究 S「トポロジカル相でのバルク・エッジ対応の多様性と普遍性:固体物理を越えて分野横断へ(課題番号:17H06138 、研究代表者:初貝安弘)」などの支援を受けて行われました。

用語解説

*1. 広島大学放射光科学研究センター
小型放射光源(HiSOR)から発生する紫外線~軟X線域の放射光を利用し、世界最先端の計測技術を用いて物質科学研究を推進しています。また大学の中に置かれた研究拠点として、多様な文化や背景を持つ国内外の大学・研究機関の第一線の研究者と共通の研究課題に取り組み、互いに学ぶことのできる環境を活用した、学生・大学院生、若手研究者の育成を進めています。
*2. 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する、指向性が高く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われています。
*3.シンクロトロン放射光
光の速度まで加速された電子の進行方向を磁場によって曲げると、シンクロトロン放射光と呼ばれる強い光が発生します。宇宙では星雲の中に放射光を見つけることができますが、地上では専用の加速器が必要です。シンクロトロン放射光は、人類が手に入れた最も強力な光で「夢の光」とも呼ばれます。本実験で利用した大型放射光施設SPring-8や、国立大学法人として唯一の広島大学放射光科学研究センターなど、日本にはシンクロトロン放射光施設が多数存在し、最先端の研究が行われています。
*4.角度分解光電子分光(ARPES)
物質に光を当てると、光電効果によって物質内部の電子が放出されます。このとき放出される電子は、エネルギー保存則と運動量保存則に従って、物質内部の電子状態の情報を保持しています。角度分解光電子分光は、放出された電子の運動エネルギーと放出角度を解析することで、固体内部の電子の束縛エネルギーと波数の関係、つまりバンド構造を直接観測できる手法です。
*5.超伝導体
一般に、金属には電気抵抗があるため、電流を流すときに一定の電力を消費することになります。超伝導は、ある温度(転移温度と呼ばれる)よりも低い温度で電気抵抗がゼロになる現象で、1911年にカマリン・オンネスにより初めて発見されました。超伝導物質の利用は、電力問題解決の切り札として、期待されています。
*6.ディラック電子とグラフェン
結晶中の電子は周期ポテンシャルを感じながら運動することにより幅のあるエネルギーバンドを形成します。一般に電子の運動エネルギーEは、運動量pを用いてE = p2/2m*(m*は有効質量)とあらわすことができ、縦軸にE、横軸にpをとるエネルギーバンドが放物線型になります。一方、炭素原子一層だけからなるグラフェンの場合、2つのエネルギーバンドが1点で交差し、その交差点の近くではエネルギーEがpに比例し、線形のエネルギーバンドを持ちます。これは質量のない光子(粒子としての光)と同じ関数のかたちをとることから、グラフェンにも質量ゼロの電子が存在するということになります。このような線形のエネルギーバンドは、物理学者ポール・ディラックが提唱した相対性理論に基づいた方程式で説明できるため、ディラック電子と呼ばれます。
グラフェンは、曲げやすくて壊れにくいという機械的な性質だけでなく、みかけの質量がゼロであるディラック電子を有する点で基礎・応用の観点から注目され世界中で研究が展開されてきました。結晶中には、少なからず欠陥や不純物が存在し、一般には伝導電子がそれらにぶつかることで電気抵抗が生じます。ところが、グラフェン中のディラック電子は不純物や欠陥をものともせず「動き続ける」性質があります。その結果、グラフェンは室温付近であっても高い電子移動度(ある一定の電場でどれだけ電子が大きな加速度を得ることができるかを表す「電子の移動のしやすさ」)を示し、次世代デバイスの最有力候補として注目を浴びていました。
*7.電子の速さ
電子も光と同じように粒子と波の二重性がある。ここでいう電子の速さは、波の群速度であるフェルミ速度VFをさす。フェルミ速度は、エネルギー(E)の運動量(p)のフェルミエネルギー(EF)での微分係数VF=|dE/dp|E=EFで表せる。
*8.マヨラナ粒子
固体では負の電荷をもつ電子が電流を担っていますが、ポール・ディラックは、相対論的量子力学で電子と反対の電荷をもつ陽電子の存在を予言し、その後、陽電子の存在が実証されました。このような電子と陽電子の関係は「粒子と反粒子の関係」と呼ばれています。1937年にエットーレ・マヨラナは粒子でも反粒子でもない、新しい粒子の存在を預言しました。これはマヨラナ粒子と呼ばれ、現在世界中でその実証に向けた研究が展開されています。マヨラナ粒子は電気的に中性であるため、エラー耐性に優れた量子コンピュータの開発が可能としてその謎の粒子の発見に大きな期待が寄せられています。

論文情報

  • 掲載誌: Physical Review B (Letter)
  • 論文タイトル: Evidence for Dirac nodal-line fermions in a phosphorous square-net superconductor
  • 著者名: *石坂仁志1*井野明洋2、3、河野嵩1、宮井雄大4、Shiv Kumar3、 島田賢也3、鬼頭聖5、長谷泉5、岡邦彦5、石田茂之5、岡邦彦5、藤久裕司5、後藤義人5、吉田良行5、伊豫彰5、荻野拓5、永崎洋5、川島健司5、6、柳陽介5、6*木村昭夫1、4(*責任著者)
    1 広島大学大学院理学研究科、2 久留米工業大学、3 広島大学放射光科学研究センター、4 広島大学大学院先進理工系科学研究科、 5 産業技術総合研究所、6 イムラジャパン株式会社